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休息二日目 校外学習(8)

今日もぎりぎりセーフで更新完了です。明日は休日出勤なので頑張ります。

「あんたは、その『約束』守るつもりなの?」

 真友ちゃんの今にも泣き出しそうな震える声で、我に返った。

「そりゃあ、約束は守らなくちゃいけねえもんな。尾田先生だって言ってたじゃねえか。『約束は守ってこそ意味がある』んだって。」

「じゃあ、知己さんは希望と結婚するんですか!!」

 悲痛な声でミズキが叫ぶと、瞬が間髪入れずに叫んだ。

「そんなこと、絶対に許さん!!!」

 うなだれていたはずの瞬がすさまじい勢いで知己につかみかかると胸ぐらをしめあげた。

「おい、痛てえな。何すんだ!」

「昔の『約束』を盾にして、一人の女性の人生を束縛するなんて、この俺が絶対に許さない!大体、俺との約束はどうした!忘れたとは言わせない!」

 瞬は両手で締め上げた胸ぐらをすごい勢いで前後に揺さぶった。

「忘れてねえよ!ちょっと、落ち着け!落ち着けってば・・・落ち着け、このバカ野郎!」

 そう言うと、知己は拳で瞬の頬を思い切り殴りつけた。瞬の頭がぐらりと揺れ、そのまま砂浜に倒れこんだ。

「ったく、希望のことになると、本当に見境ねえなお前は。って、おーい、聞いてるか?」

「・・・・・・」

「おい、返事くらいしろよ。って、俺、そんなにきつく殴ってねえぞ。おーい。」

 返事のない瞬が心配になったのか、知己は瞬の頭に顔を近づけた。その途端、瞬の頭が飛び上がって知己のあごに直撃した。

「うぐっ」

 言葉にならない悲鳴を漏らして、知己が後方に吹っ飛んだ。と同時に、起き上がった瞬が知己の上に馬乗りになった。

「俺は、約束を平気で破るやつだけは絶対に許さない!」

 そう叫ぶと、大きく振り上げた右手を知己の顔めがけて振り下ろした。

「おーっと、そこまでにしとこうか」

 振り下ろされた瞬の右手を寸前のところで止めたのはリノンさんの左手だった。

「あんたが、何を怒っているのか、本当のところは分からないけどね、それでも、あんたがそうすることで傷つく人がいるってことを忘れちゃいけないな。それに、話ってのは、最後まできちんと聞くことだ。あんたらの先生は、そんなことも教えてくれなかったのか?」

 リノンさんの言葉に、瞬は俯きながら首を横に振った。

「だったら、あんたはどうすべきなんだ?」

 そう言って、リノンさんは瞬の手を離し、二人から距離を置いた。瞬は、くやしそうに唇をかみ締めながら、知己の上から退いた。

「っっ、まだ、あごががくがくしやがる。てめえ、よくもやってくれたな!」

 起き上がった知己は、瞬に対して拳を振り上げた。瞬は、顔を上げると、表情一つ変えずに知己と向かい合った。

「気の済むまで殴ってくれ。お前にはその権利があり、俺にはその義務がある」

 そう言って、目を瞑った。

「じゃあ、遠慮なくやらせてもらうぜ」

 知己は、瞬の目の前まで近寄ると、両手を振り上げて、瞬の頬をぱちんと挟んだ。瞬の顔が、ひょっとこのように歪んだ。

「これで、許してやるよ。瞬には、貸しもあるしな」

 そう言って両手を瞬の顔から話すと、くるりと背を向けた。

「それにな、お前の気持ちも分かる気がするし・・・」

 知己は一度口を閉じると、頭の後ろとぽりぽりとかいた。そして、言葉を選ぶようにして、ゆっくりと口を開いた。

「・・・だけどな、瞬。これだけは信じてくれ。俺はどんなことがあったってお前との約束を忘れたりしねえよ。本当だぜ」

 なんだか照れくさそうに言った知己の言葉は、不思議と私の胸にも強く響いた。

(知己は、本当のことを言ってる)

 自然とそう信じられた。きっと、瞬も同じように感じ取ったんだと思う。だからだろう、強張っていた瞬の表情が、いつもの穏やかなものへと戻っていったのは。瞬は、大きく息を吐くと、少し悔しそうな顔で「情けないな」とつぶやいた。そして、眼鏡を外すと知己の背中に向かって口を開いた。

「・・・分かってる。お前は、簡単に約束を破るようなやつじゃない。そのことを誰よりもよく知ってるのは俺のはずだったのにな・・・すまなかった」

 瞬の言葉に、知己はこちらを振り向いた。

「別にいいよ。さっきも言ったけど、瞬の気持ちも分かるしな。けど、お前、暴力は嫌いだったんじゃねえのか。つかみかかるは、頭突きはくれるわで、やりたい放題じゃねえか」

「言い訳はしない。さっきのは、俺の弱さだ。だから、お前は俺を軽蔑してくれて構わないし、気が済むなら殴ってくれても構わない」

「軽蔑しねえし、殴らねえよ。そんなことしても、なんの得にもならねえし。それにな、そんなことをするやつがお前の親友を名乗るなんてできやしねえだろ」

 はっと目を見開いた瞬は、何かつぶやいた後、嬉しそうに笑みを浮かべた。

「本当に、お前はすごいやつだよ」

「そりゃそうだ。今頃気づいたのかよ」

「いや、とっくに気づいてたよ」

「そうか」

 ニヤリと笑った知己が右手を差し出すと、瞬はそれを強く握った。

「とりあえず、この件はこれでOKだな。じゃあ、次は本題にうつるぜ。さっきの話だけどよ。確かに小さい頃の希望と結婚の約束をした。けど、その約束は守られなかったんだ」

「守られなかったってどういうこと?」

 真友ちゃんが問い返すと、知己は笑いながら答えた。

「そのまんまだよ。俺が約束を破ったから、約束自体がなくなっちまったんだ。だから、守られなかった。そういうこと」

 そこまで聞いて、幼い頃に知己と一度別れることになったあの日の事が胸の奥底から蘇ってきた。



 いつもの公園の、いつもの木の下で、幼い知己が泣いていた。

「また、一緒に遊ぼうね」

 私が言うと、知己は「うん」と頷いた。それでも、知己は泣き続けた。

「また、会えるから。大丈夫だよ」

 私が言うと、知己は「うん」と頷いた。けど、知己は泣き止まなかった。

「私、笑っている知己の方が好きだよ」

 困ったようにそう言うと、知己はこぼれる涙を袖でごしごし拭いて笑って見せてくれた。涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま知己は言った。

「・・・約束、覚えてる?」

「うん。覚えてるよ」

「約束守れなくてごめんね。ずっと一緒にいるって言ったのに・・・せっかく、のぞちゃんが約束してくれたのに・・・僕が・・・僕が・・・」

 あふれでそうになる涙をこらえながら、言葉を続けようとする知己に私はこう言ったんだ。

「じゃあ、新しい約束をしようよ」

「新しい約束?」

「うん。それはね・・・」


 そうだ、あの時、私は『新しい約束』を知己としたんだ。私は思い出して、頬が熱くなるのを感じた。

(知己はあのときの約束を覚えてたんだ)

 私は、恥ずかしさと、気まずさと、申し訳なさがごちゃ混ぜになって胸の奥が締め付けられるように苦しくなった。

(私が忘れてた約束を、知己は今も覚えていて、守ろうとしてくれていたんだ)

 心の中で、私は何度も何度も知己に謝った。こんな自分が情けなかった。けど、そんな気持ちとは裏腹になぜかそのことを嬉しく思う自分がいた。私は恐る恐る知己の方を見た。私の視線に気がついたのか、知己が笑いかけてくる。私は慌てて目を反らした。

(変に思われたかな・・・けど、知己の顔をまっすぐ見てられない)

 胸の鼓動が高鳴り、頭の中がぐるぐる回って考えがまとまらなくなってきた。

「じゃあ、その時の約束は、もうないってこと?」

 真友ちゃんが改めて尋ねた。

「ああ、そうだぜ。約束ってのは、守ってこそ意味があるんだ。だから、守られなかった約束は意味がなくなっちまうんだ」

「そっか・・・」

 真友ちゃんは、なんだか複雑そうな顔をしてうなずくと、知己に向けていた視線を反らした。

「ごめんね。変なことばかり聞いちゃって」

「本当にそうだぜ」

 そう言って、知己は頭の後ろをかきながら真友ちゃんのほうへと近づいた。

「何?」

 目を反らしたままたずねる真友ちゃんに、知己は会心の笑顔を向けて言った。

「これで、許してくれよな」

「へ?」

 呆気に取られて真友ちゃんは思わず知己のほうを向いた。

「お前、言ったじゃねえか。正直に話したら、お前を傷つけたことを許してくれるって」

「あ、う、うん」

「俺は正直に話したぜ。だから、これで許してくれよな。あと、これからは、できるだけ気をつけるから。けど、また、俺が調子に乗ってお前のこと傷つけたら、いつもの調子でぶん殴ってくれて構わねえから」

「あたしに、殴って欲しいの?」

「別に殴って欲しいわけじゃねえよ。俺ってにぶいから、殴られでもしなけりゃ分かねえこともあるからよ。もちろん、殴られるのはいやだぜ。けど、自分が間違ったことをしていて、それに気づかずにいることのほうがもっと嫌だからな」

 真友ちゃんは、目を潤ませながら小さく頷いた。そして、俯いたまま『あんたらしい』とつぶやいた。その声はとても小さくて、もしかしたら本当は聞こえてなかったのかもしれない。けど、真友ちゃんはきっとそう言ったんだと思った。

(だって、私もそう思ったから・・・『知己らしい』って)


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