休息二日目 校外学習(1)
今日も更新完了です。明日は朝から休日出勤なので早めに休みます。
瞬の部屋を後にしてから私たちはそれぞれの部屋に戻って身体を休めた。なんだかんだ言って昨晩からほとんで眠れていなかったからだ。一人になると、どっと疲れが出た。ベッドに横たわると、水の底に沈んでいくように意識が遠のいていった。
「のぞちゃん、起きて」
真友ちゃんの声で目が覚めた。
「何?まゆちゃん」
「ごめんね、寝てるところを。あたしもさっきまで寝てたんだけど、リノンさんに起こされたんだ。それでね、のぞちゃんと一緒に甲板に出てきてって言われたから」
「うん、分かった。じゃあ、すぐに着替えるから」
私は寝巻きを手早く脱ぐと、白地の麻のシャツと紺のズボンを着込み、真友ちゃんと一緒に甲板へと急いだ。
「遅かったじゃねえか」
先に来ていた知己が興奮気味にそう言った。
「あれ、見てみろよ、すげえぜ」
船から身を乗り出しながら指差す先に島が見えた。見渡す限りの青の中に、ポツリと緑と白が浮かんで見えた。
(なんだか、懐かしいや)
そういえば、この世界に来てからはずっと船の上だったんだ。そう考えてみると、まだ数日しか経っていないのに、夢を見る前の世界の事がひどく遠く感じられた。
(あの島に行ってみたいな)
自然とそう思っていた。
「碇を下ろせ!」
ユリアン副長の合図で投錨されると船はゆっくりと動きを停めていった。碇が海底にしっかりと固定されていることを確認するとユリアン副長は次の指示を出した。
「では、補給開始だ。それぞれの部署の補給担当者の指示に従って行動しろ。補給終了時間は明日の夕刻までだ。それまでに必ず帰艦せよ。」
「了解!」
みんなは一斉に返事をすると、てきぱきとボートを下ろす準備を始めた。向かう先は、船のちょうど右側に見える大きな島だ。
ユングフラウ島。
そう呼ばれているとリノンさんが教えてくれた。私は島の中央に高くそびえる大きな岩山を見て、思わずため息を漏らし一言。
「すごいや」
本当にすごかった。目の前に見える巨大な岩山は、山と呼ぶには不自然なほど裾野は狭く、まるで誰かが粘土細工でつくったっように空に向かってするどく尖がっていた。
「まるで、鉛筆の先みてえだ」
知己の言葉に、私は頷いた。
「本当だ。先っぽを触ったら痛そうだね」
「あんな山、誰も登れねえんじゃねえか」
知己の言葉を聞いて、リノンさんがニコニコしながら返事をした。
「登った人ならいるわよ」
「すげえな。一体、どうやって登ったんだ?あの島に住んでるやつが登ったのか?」
「あの島は無人島だから、住んでる人なんていないよ。だから、あの山に登った人は、あたしたちみたいにこの島に船できた人。どうやって登ったかは、私も直接見たわけじゃないから知らない。けど、一つ言えることは、この世で最も強い力を持った人だけがあの山に登ることができるってこと」
「『この世で最も強い力』?なんだか、すげえな。じゃあ、もし俺があの山のてっぺんに登る事が出来たらその力を持ってるってことになるのか?」
「まあ、そういうことになるわね」
「なんだか、わくわくしてきやがった。そうだ、リノンさん。俺たちもあの島に行っても構わねえのか?」
「当然」
リノンさんはニコニコしながら言葉を続けた。
「あんたたちは休息中なんだから、好きにしたらいいわよ。ただし、補給部隊が全員島に渡り終えた後だけどね」
「よっしゃ!おい、希望。俺たちも島に渡ろうぜ」
知己の言葉に、私は「うん」と言いかけて口をつぐんだ。
「なんだよ、行きたくねえのか?」
「そういうわけじゃないけど」
本当は行ってみたかった。けど、私は頭を横に振った。
「じゃあ、なんだよ」
「・・・瞬を置いては行けない」
私の言葉に知己は、はっと胸を突かれたような表情をした。
「瞬が怪我をしたのは、私のせいなのに、瞬を置いて遊びになんていけない。だから、私は船に残るよ」
知己は、何かを言おうとして口を閉じた後、自分で自分の頭をげんこつで叩いた。
「本当にお調子者だよな、俺って」
沈んだ声でそうつぶやくと、しょんぼり俯いてしまった。私は、何か悪いことをしてしまったような気がした。
(何か言ってあげなくちゃ)
私が何か声をかけようと言葉を選んでいたら不意に真友ちゃんが声を上げた。
「当たり前のこと今更言ってんじゃないわよ!あんたがお調子者なんて、太陽が東から昇って、西に沈むくらい当たり前のことなんだから」
突然の真友ちゃんの言葉に、知己は呆然としていた。そんな知己に真友ちゃんはたたみかけるように言葉を続けた。
「だいたい、あんたがあたしに対してやってきたことの数々にくらべたら、瞬のことを忘れるくらい全然たいしたことじゃないわよ。さんざん、人のことをバカだの、男女だの、調子に乗って言いまくったあげく、いつも『悪かったな』『反省する』『今度から気をつける』の繰り返しじゃない。いいかげん、聞き飽きたわよ、このバカ」
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
知己がすねたように言うと、真友ちゃんは人差し指を知己の胸に突きつけて宣言した。
「本当に、反省するなら態度で示しなさい!落ち込む暇があるんだったら、今、この瞬間から、態度で示せ!」
「よーし、分かった!俺だって男だ!やってやるよ!態度で示しゃあいいんだろ!」
真友ちゃんの言葉に火が付いたのか、知己は全速力で船内へとつながる入り口へと駆け込んでいった。
(・・・・・あれ?)
「ねえ、真友ちゃん?」
「何?」
「知己、何をしに行ったの?」
「さあ?でも、きっと、あいつのことだから、また分けのわからないことをしに行ったんじゃないの。」
「多分、そうだよね。なんだか、知己らしくてほっとしちゃうね」
「まあね。あいつが落ち込むなんてらしくないから」
「好きな人が落ち込んでる姿を見るのは嫌?」
「そりゃあ・・・って、何を言わせるの!」
「だって、真友ちゃん、さっきからなんだか嬉しそうだから。それに、さっき知己に言った言葉。とってもかっこよかったから」
「え、あたし嬉しそうにしてる?そんな風に見える?」
「うん、見える。雲に覆われた空がすっきり晴れ渡った時みたいにすっきりして見えるよ」
「そっか。そんな風に見えるのか・・・だったら、やっぱりあいつに言ってやりたいことを思い切り言えたからかな。あたし、あんまり言いたいことを我慢するタイプじゃないのに、ここ最近、あいつに対して本当に言いたいことを何度も、何度も我慢してたから」
真友ちゃんの『本当に言いたいこと』という言葉が、胸に強く響いた。そして、心の中で『真友ちゃん、頑張れ!』と言葉をかけた。
しばらくして、知己が飛び出していった時と同じように、全速力で駆け戻ってきた。そして、私たちの前で急停止すると、満面の笑みを浮かべて叫んだ。
「よっしゃあああああ!」
あまりに大きな声だったので、甲板にいたみんなが一斉にこちらを向いた。私たちが突然のことに目を白黒していると、知己はまた耳が痛くなるような大きな声で叫んだ。
「俺たち、みんなで行けるぞ!!!」
「うるさい!!!!」
真友ちゃんの拳が知己の胸板に突き刺さった。あふぅ、という声にならない声を発して、知己は口を閉じてうずくまった。
「ちょっとは、周りの迷惑も考えなさい、このバカ知己!鼓膜が破れたらどうすんのよ!」
「・・・お前なあ、少しは手加減しろよ・・・」
うめき声のような知己の言葉に、真友ちゃんは間髪入れず言い放った。
「手加減してなかったら、しゃべれやしないわよバカ!」
「・・・そうかよ。こんな手加減ならないほうがましじゃねえのか」
「だったら、今度から手加減なしでいくからね」
凄みの聞いた真友ちゃんの言葉に、知己は身体を震わせた。
「・・・・・・すみません、やっぱり手加減してください」
知己は胸を右手で押さえながら、よろよろと立ち上がった。真友ちゃんは、大きなため息をつくと「で、何がどうしたの」と幾分和らいだ声で聞いた。
「ててて。ああ、そうだ。嬉しい知らせだぜ。瞬が元気になってた」
「それで?」
「だから、つまりそういうことだ」
「だから、どういうことよ?」
「分かんねえやつだな。瞬が元気になったってことは、みんなであの島に行けるってことじゃねえか」
「あんたねえ・・・バカ」
「誰が、バカだ」
「よく考えてからものを言いなさいよ。あれだけの怪我をして朝までベッドにいた人が、こんなに早く動き回れるようになるわけないじゃない」
「けど、さっき病室に行ったら、もうベッドから起きてストレッチをしてたぜ」
「嘘よ」
「嘘じゃねえよ」
「嘘だ!」
「嘘じゃねえ!」
「じゃあ、証拠を見せなさいよ!」
「だったら、後ろを向け!」
そう言って知己は真友ちゃんの後ろを指差した。私たちが一斉に目を向けると、その先には
「・・・うそ」
目の前に起こっている事が信じられなくて、思わずそうつぶやいた。そして、何度か目をこすり、再度、目の前の事実を確認した。けれど、目に映る現実が変わることはなかった。間違いなく瞬が甲板の上をこちらに向かって歩いていた。私たちの視線に気がついて頭を軽く下げた後、苦笑いを浮かべた。
「瞬!」
私はとっさに駆け出していた。真友ちゃんや知己も駆け寄った。
「ほら、嘘じゃなかっただろ」
得意げな知己を尻目に、私と真友ちゃんは瞬の健康状態を確認するように隅々に目を配った。
(顔色はいいし、疲れも見えない。朝まで巻いていた胸の包帯も解かれている。ぱっと見た感じは元気そうだけど、もしかしたら無理をしているのかもしれない。けど、とてもそうは見えないし・・・)
「あんまり、じろじろ見ないでいただけませんか」
照れながらそう言った瞬の姿を見て、私は自分のした行為がとても恥ずかしいことのように感じられた。
「ごめんね、瞬。失礼なことをしちゃって」
「いいですよ。気にしてませんから。それに、僕自身が今こうしていられるのが不思議でしようがないんですから」
「そう!それよそれ!なんで、そんなに元気になったのよ?」
真友ちゃんがここぞとばかり身を乗り出してきて尋ねた。瞬はまた苦笑いを浮かべた。
「やっぱり、知己の血を飲んだから?」
核心を突いた一言に、瞬は力なく頷いた。
「うそ!本当に!あいつの血ってそんなに効くんだ!」
「僕も認めたくはありませんが、事実のようです。お見せするわけにはいきませんが、胸元をえぐりとったような深い傷跡が影も形もなくなっていましたし、今朝まで続いていた激しい痛みもなくなっていました」
「じゃあ、もう本当に大丈夫なの?」
私が聞くと、瞬は照れくさそうに頷いた。
「心配をおかけして、すみませんでした。けど、もう大丈夫です」
いつもの頼りがいのある瞬の『大丈夫』の言葉が胸の奥に温かく染み渡っていった。
ほろり。
(あれ?)
頬を何かが伝った。私はすぐにそれを右手でぬぐったけれど、次から次へとそれは零れ落ちた。
(私、泣いてるんだ)
そう実感したとき、私は声をあげて泣いていた。知己や、瞬や、真友ちゃんが私に声をかけてくれている。けれど、私は何も答えられなかった。湧き上がる感情とあふれでる涙をどうしても抑え切れなかったから。だから、顔をくしゃくしゃにしながら泣いた。
(・・・ありがとう。ありがとう。元気になってくれて、本当にありがとう)
そう心の中で何度も何度もつぶやきながら。
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