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休息二日目 朝の会(5)

会議と仕事が長引いて今日は、日を跨いでの更新になりましたが、なんとか本日のノルマ終了です。

 瞬のベッドを囲んでの食事会が始まった。

「しっかし、さっきは危ないとこだったよな」

 真友ちゃんが首をかしげる。

「何のことよ?」

「お前が、瞬の話を邪魔しようとした時だよ」

「あ・・・うん」

 知己の言葉の意味に気がついて、真友ちゃんは気まずそうに頷いた。

「あの時、俺が止めて正解だったろ」

 知己が得意げに言った。

「・・・うん」

 恨めしそうな顔で知己を睨みつけながら真友ちゃんが答えた。

「瞬は、俺の親友だからな。ここぞという時は絶対に外さねえんだ。野球の試合でも、ピンチやチャンスの時は、必ず期待に応えてくれるんだぜ。すげえだろ」

 自慢げにそう言った知己に、真友ちゃんはここぞとばかり反撃を開始した。

「じゃあ、あんたとは大違いってことね」

「そうそう、そうなんだよ・・・って、何言わせんだ!」

「別に、あたしは思ったことを正直に言っただけよ」

「なお、悪いわ!俺だってやるときはきちんとやる!」

「へえ、じゃあ教えてよ」

 真友ちゃんは知己ににじり寄った。

「たとえばだな・・・えーと・・・」

「ほら、思いつかないじゃない」

「うるせえ、ちょっと待ってろ。えーと、そうだ!一昨日、お前がイカに捕まったとき、助けてやったじゃねえか。あれは、いざっていう時じゃねえのか?それに、あの時、俺一回死んじまったていう話だから、まさに命がけだろ。」

 そこまで話したとき、真友ちゃんが鬼の形相を浮かべながら立ち上がった。

「あんたのは、無謀っていうのよ!この馬鹿!もし、今度あんなことしたら、絶対に許さないからね!」

 本気の本気で怒ったときの真友ちゃんの声だった。その迫力に、怒鳴られた当の本人はもとより私たち全員が身体を縮ませた。

「返事は!!」

「はい!」

「なら、この話はこれで終わり!分かった!」

「はい!」

 素直に返事をする知己の態度を見極めると、真友ちゃんは勢いよく椅子に座り、手にしたパンをすごい勢いで口にくわえ込んだ。知己は、何か言おうとして口を開きかけたけれど、瞬と私が口元に人差し指を押し当てて見せると、手に持ったパンをくわえ込んだ。楽しいはずの食事会が、一変して静かで重苦しい雰囲気となってしまった。

(こんな時、どうすれば元の楽しい雰囲気にできるんだろう。せっかくミズキが勇気を出してここまで来てくれたのに・・・)

 口にパンを運びながら考えていると、私の肩に刹那ちゃんがもたれかかってきた。驚いて刹那ちゃんの顔をのぞきこむと、目を閉じて小さな寝息を立てていた。

(本当にありがとう、刹那ちゃん)

 瞬のために夜を徹して頑張ってくれた刹那ちゃんに私は心の中で感謝の言葉をかけた。

「真友ちゃん、ミズキ、ちょっといいかな」

 最後の一切れを口の中に放り込んだ真友ちゃんと、まだほとんどパンに手をつけていないミズキがこちらを向いた。

「刹那ちゃんをあっちのベッドに運んであげたいんだ。力を貸してくれる?」

「うん、分かった。じゃあ、ミズキとのぞちゃんで刹那ちゃんの肩を抱えてくれる。そうしたら、あたしが背中におぶってベッドまで連れて行くから」

「大丈夫?」

「だてに身体を鍛えてないわよ。それに、刹那ちゃん軽そうだしね。大丈夫、大丈夫」

 そう言って真友ちゃんは、刹那ちゃんの前に来てくるりと背中を向けた。私とミズキはうなずきあって、刹那ちゃんの肩を抱えて起こそうとした。すると、突然知己が立ち上がった。

「おい、ちょっと待てよ」

 知己は真友ちゃんの横に並ぶ形で背中をむけてしゃがみこんだ。

「ほら、希望。早く乗せろよ」

「ちょっと、あんた、何勝手なことしてんのよ」

 真友ちゃんが知己をにらみつける。けれど、知己はひるまず言い返した。

「こういうのは、男の仕事だ」

 たった一言だったけど、ゆるぎない意志を感じた。

(こういうときの知己はかっこいい)

 多分、真友ちゃんもそう感じたと思う。真友ちゃんは、知己から視線を反らしそっぽを向くと「勝手にしなさいよ」と一言つぶやいた。その横顔から見える頬は赤く染まっていた。

「じゃあ、勝手にするよ。おい、早く乗せろよ」

「うん」

 私とミズキは刹那ちゃんを知己の背にゆっくりと乗せた。

「よっこらせっと」

 掛け声と同時に立ち上がった知己は、刹那ちゃんをベッドまで運んでくれた。

 席に戻った知己に瞬が頭を下げた。

「ありがとう、知己」

「ん?」

「本来なら、俺が十六夜さんを運ぶべきなのに、こんな状態で何も出来ずに申し訳ないな」

「別に気にすんなよ。それに、礼なら希望たちに言ったほうがいいんじゃねえか。俺は、こいつらが刹那をベッドに運ぼうとしたから手助けしただけだからよ」

 知己の言葉に頷いた瞬は、私たちの方に向き直り同じように頭を下げた。その姿に私は胸が痛んだ。

(私のせいなのに・・・)

 瞬の寝巻きから垣間見える包帯が私の心を苛んだ。私こそ瞬に頭を下げなければならないのに。本当なら、私がお礼を言わなくちゃいけないのに。それなのに、今の私にはそれをすることが許されないことがつらかった。

(ミズキが見てるんだから)

 私の心の動揺は、そのままミズキの心の動揺につながる。だから、今は笑顔で応えるしかない。

「いいよ、瞬。私だって刹那ちゃんにはいっぱいお世話になってるんだから。それに、刹那ちゃんは友だちなんだから、当たり前でしょ」

「そう言ってもらえると、僕も心が楽になります」

 瞬の言葉に私は心の中で『ありがとう』と『ごめんね』を繰り返した。

 

 それから私たちは残りの食事を済ませると、瞬を囲みながら雑談を始めた。

「そういえば、ミズキ」

 知己が何かを思い出したように声をかけた。

「なんですか?」

「昨日の夜、『好きな人がいますか?』って俺に聞いただろ。あれってどういう意味で言ったんだ?」

 知己の言葉にミズキは顔を真っ赤に染め、目をきつく閉じたまま俯いてしまった。そんなミズキの様子にも気づかず知己は平然と話し続けた。

「あの時、俺『いるぜ』って答えたけど。よくよく考えてみたら誰だって好きなやつくらいいるだろ。だから、何でそんなこと聞くのかなって思って。なあ、真友。お前だって好きなやつくらいいるだろ?」

 突然の問いかけに真友ちゃんは傍から見ても明らかに動揺していた。

「い、いないわよ、そんなの!あんた、ばっかじゃないの!」

「バカはお前だろ。好きなやつがいなけりゃ友達もできねえじゃねえか。それに、家族だっているだろうし。好きなやつなんて数えだしたらきりがないくらいいるんじゃねえか」

「・・・・・・はあ?」

 知己の言葉に唖然とした真友ちゃん。俯いていた顔を上げたミズキ。苦笑いを浮かべた瞬。そして、私は多分・・・笑ってる。

(知己らしい)

 それが率直な感想だった。きっと、知己は自分に向けられている好意には敏感だと思う。だけど、女の子が異性に抱く感情と自分が家族や友人に対して抱く感情との区別ができないんだ。

(だけど、だからこそ、知己なんだね)

「なんだよ、希望。にやにやしやがって。俺が言ったこと何か変かよ」

「ううん、変じゃない」

「じゃあ、何で笑ってんだよ」

「何でかな、私もよく分かんないや。けど、きっと何だか嬉しいんだと思うよ。だって、自分でも分からないのに笑っちゃうくらいなんだから」

「ふーん。まあ、いいか。つまり、希望は何か嬉しい事があって笑ってんだろ」

「多分・・・そうかな」

「じゃあ、いいや。お前は笑ってろよ。そのほうが、俺も調子でるからさ」

「なにそれ、変なの」

「変なのはお前だろ」

「あ、そっか」

「本当に、お前は昔からそうだよな。いつでも、笑ってて、みんなを明るい気持ちにするんだ。俺は、希望のそういうところが好きだな」

 照れくさそうにそう言ってくれた知己の言葉が嬉しくて、私は何も考えずにこう答えていた。

「ありがとう。私も知己のこと好きだよ」

 言った後、自分の言葉に驚き、慌てた。だから、すぐに付け加えた。

「あ、でも、友だちとして好きって意味だよ」

「分かってるよ、そんなこと。な、瞬」

 あっけらかんとそう答えた知己に、瞬は少しぎこちない笑みを浮かべた。

「・・・ああ、そうだな」

 そう力なく答えた瞬の表情はどこか悲しそうだった。

「知己さんは、希望さんの事が好きなんですね」

 かすかに震える声でそう言ったのはミズキだった。私はその言葉に、はっと息を飲み込んだ。拳が真っ白になるまで強く握り締められた膝の上の両手や、かすかに高鳴った息遣いからミズキの振り絞った勇気の大きさが感じられた。だから、私は何も言えなくなった。簡単な気持ちで答えるは、ミズキの一生懸命さに対して失礼だと思ったから。

 私がなんて答えればいいのか分からず、口を閉じたまま思い悩んでいると、知己が口を開いた。

「ああ、好きだぜ。」

 平然と答えた知己に、私は頭の中が真っ白になった。そんな私を尻目に、知己は言葉を続けた。

「多分、希望のことが嫌いなやつなんてこの中にいねえんじゃねえか。なあ、瞬」

「・・・全く、お前ってやつは本当に空気が読めないやつだよな」

 呆れた顔でそう答えた瞬だったけど、なんだか嬉しそうだった。

「???俺、空気読めてないか?」

「ああ」

「パーセントで言うと、どれくらいだ?」

「120パーセントくらいじゃないか」

「それって100パーセントを超えてるってことだよな」

「ああ、完全に超えてる」

「俺も算数には少し自信を持ってるから聞くけどよ。この場合の答えとして100パーセント超えることってないんじゃねえの」

「ああ、普通は超えない。なぜなら、比較対象が100パーセント空気を読めない人間だからな」

「じゃあ、なんで俺の場合は20パーセントもオーバーしてんだ?」

「そりゃあ、お前が普通じゃないからだよ」

 知己は首をかしげた。そして、真友ちゃんのほうを向いた。

「俺って普通だよな?」

 知己の問いかけに真友ちゃんは大きなため息を一つついた。そして、とびきり素敵な笑顔を見せた。

「あんたって、とびきりのバカだよね」

「はあ?俺は普通かどうかを聞いたんだ。バカかどうかなんて聞いてねえぞ」

「だから、普通じゃなくバカだって言ってんの」

「じゃあ、俺は普通じゃないってことか?」

「そう」

「めちゃくちゃ言うな。お前ら本当に俺の友だちか?」

「そうよ。だから、正直に教えてあげてるのよ。あんたは、本当にバカで、鈍くて、お調子者で、だけど、友だち思いで、優しくて・・・」

 そこまで言って、真友ちゃんは一度口を閉じた。そして、知己の方に向き直ると真剣なまなざしで言葉を続けた。

「時々だけど、私たちに大切なことを教えてくれる。そんな知己があたしは・・・」

 真友ちゃんの顔がみるみる赤くなった。傍から見ていても真友ちゃんが何を言おうとしているのかは明らかだった。私は祈るような気持ちで真友ちゃんの次の言葉を待った。けれど、いつまで経っても真友ちゃんの口は開かれなかった。

「『あたしは』の次は何て言おうとしたんだ?」

 痺れを切らした知己が真友ちゃんに近寄った。けれど、真友ちゃんは両手をぎゅっと握り締めて俯いたままだった。

「おーい、眠っちまったのか?」

 知己は大胆にも俯いている真友ちゃんの顔を間近で覗き込んだ。それに気づかない真友ちゃんは、意を決したように顔を上げて目を開けた。真友ちゃんの顔と知己の顔がニアミスを起こした。

「え!」

「うわ!」

「うそ!」

「!!!」

 一瞬のことで何がなんだか分からないうちに声を上げていた。きっと、みんなも一緒だったと思う。ただ一つ分かっているのは、真友ちゃんの唇と知己の唇が触れ合ったように見えた。呆然と立ち尽くす知己と、唇を両手で押さえたまま固まってしまった真友ちゃん。私も、瞬も目を大きく見開いたまま動く事ができなかった。

(まだ5年生なのに、キスは早すぎるよ!)

(私もいつかするのかな?)

(でも、好きな人とじゃなかったら嫌だな)

(あ、そうか。真友ちゃんは好きな人とだったんだ。よかった)

(って、何考えてんのよ、バカ希望!)

 頭の中が変な考えでいっぱいになった。それくらい刺激的なものを見てしまったのだ。あの巨大イカを見た時も、こんなには驚かなかったし、動揺もしなかったのに。

 そんなことを考えていると、ミズキが口を開いた。

「今のってキスですか?」

 まるでお姫様のように優しく、たおやかにそう言うと、にこりと微笑んだ。

(怖っ)

 ミズキは笑顔を見せているけれど、声の響きと目は笑っていなかった。

「今のは、たまたま口と口が触れ合っただけで、キスではないですよね。キスは、好きな人同士が行う大切な行為だと母から聞きました。つまり、好き合ってもいない知己さんと真友さんの今の行為はキスではないということです。そうですよね、瞬さん?」

「え!」

 突然の問いかけに瞬は慌てて背筋を伸ばした。

「私の話、聞いてくれていましたか?」

 優しい物言いとは裏腹に声の響きは低く、まるで怒っているように聞こえた。

「はい、もちろん聞いていました」

「だったら、私の言っている事が間違っていないことは分かりますよね」

「それは、つまり、なんていうかその・・・」

 瞬は困り果てて、すがるような目を私に向けてきた。

(「助けてください、高山さん!」)

 そんな心の声が聞こえてくるようだった。

「ねえ、ミズキ。この話は、もうこれくらいにしない?」

「いいですよ。希望が今の二人の行為がキスではないと断言してくれるなら」

 ミズキの表情から笑みが消え、真剣なまなざしが私に向けられた。

「お願い、希望。そうでないと、私の中で何かが爆発してしまいそうなの。」

 背中の翼がブルリと震えた。ミズキの顔に苦悶の表情が浮んだ。

 背筋に冷たいものが走った。昨晩のミズキの様子が頭に浮かんだ。

「こんなの、キスのわけないじゃない!」

 真友ちゃんの叫ぶような声が部屋中に響いた。

「ミズキの言うとおりよ。たまたま、口と口が当たっただけで、あたしの大切なファーストキスがなくなったら人類の損失じゃない。だから、だれが何と言おうと、あたしは今のをキスとは認めない。他の誰でもない、あたしがそう言ってんだから、今のはキスじゃない!絶対にない!はい、これでこの話は終わり。これでいいでしょ、ミズキ」

 ミズキは小さくうなずくと、知己に問いかけた。

「知己さんも、それでいいですか?」

「え、あ、うーん。まあ、真友がそう言うなら、それでいいんじゃねえか」

 知己の返事にミズキが食い下がった。

「私は知己さんの意見を聞いてるんです!真友さんは関係ありません!」

「そんな怖い顔すんなよ・・・まあ、俺だってもともとキスしようと思って顔を近づけたわけじゃねえから、キスかキスじゃないかといえば、キスとは言わねえんじゃねえかな」

「じゃあ、知己さんのファーストキスはまだだってことですよね?」

「・・・まあ、そうなるかな」

 知己がそう答えた瞬間、ミズキは知己に抱きつき唇を重ねた。

「!!!」

 みんなが息を飲んだ。ミズキはたっぷり5秒は唇を重ね続けた後、呆然とする知己を見下ろすようにして立ち上がった。そして、高らかに宣言した。

「私、知己さんの事が好きです!誰にも渡したくありません!」

 告白というより、宣戦布告と言ったほうがいいような宣言だった。

「だから、知己さんも真剣に応えてください!」

 背中の翼を震わせながら真剣な、一生懸命なまなざしに知己は椅子ごとあとずさりした。

「返事は!!」

「はい!!」

 返事と同時に知己は椅子もろとも後ろにひっくり返った。慌ててミズキが知己に駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

「いてて、お前がバカみたいにでっけえ声を出すからだ」

 そう言って身体をはたきながら立ち上がった知己は、ミズキのほうをちらりと見た。

「まあ、好きとか嫌いとかはまだ分かんねえけど、お前はそれぐらい元気があったほうがいいと思うぜ」

「知己さんは、元気な子が好きなんですか?」

「そりゃあ、元気がないやつより、元気なやつのほうがいいんじゃねえか」

「じゃあ、元気になります。そして、少しでも知己さんに好きになってもらいます」

 そう言って、嬉しそうに笑ったミズキは、まるで小さな子どものように健気で可愛かった。きっと、知己も、ううん、ここにいる全員がそう感じたと思う。

だからだと思う。「飲み物をもらってくるね。」といって部屋を出て行った真友ちゃんの横顔にうっすらと涙が光って見えたのは・・・


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