休息二日目 朝の会(4)
昨日の投稿ミスのおかげもあったり、帰りがおそくなったりしたこともありましたが、何とか今日中に投稿終了です。
「ごめんね、ミズキ。あたし、頭に血が上っちゃって」
しばらくして、いつもの笑顔を取り戻したミズキに、真友ちゃんが開口一番言った言葉だった。
「ううん。真友さんは、悪くないです。本当に、私がバカだったですから。むしろ、私のことをあんなふうに一生懸命に怒ってくれたのが嬉しかったです」
「そんな風に言ってもらえると嬉しいけど」
「はい。まるで、お母さんみたいでした」
「えー、あたし、そんな年じゃないよ」
「ふふふ。そうですね」
(よかった、ミズキが元気になって・・・だけど)
不安はある。今は、昼でミズキともこうやって話ができるけど、夜になればどうなるか分からない。昨晩は瞬が大怪我をした。今晩は他の誰かがまた傷つくかもしれない。
(それだけは、絶対にさせない!させちゃいけない!)
人を傷つける行為は、自分を傷つけることになる。私は、ミズキにも、他の誰にも傷ついて欲しくない。傷つけあってほしくない。
そうするための方法を私はまだ知らない。けど、だからといってあきらめてなんてやるもんか。
(今、自分に出来る精一杯だ!)
私は意を決してミズキに言った。
「ミズキ、一緒に来て欲しいところがあるの!」
ミズキの着替えを済ませ、モレルさんに外出許可をもらい、向かった先は医務室だった。心なしか、ミズキの顔は青ざめていた。
(ごめんね、ミズキ)
私は心の中で謝った。私はひどいことをしようとしているのかもしれない。自分が心ならずも傷つけてしまった相手のもとへ心の準備もなく連れて行くのだから。
(だけど、行かなくちゃだめなんだ!)
ミズキが自分を好きになるには、自分と向き合わなくちゃいけない。そのためには、自分がしたことから絶対に逃げちゃいけない。
(それに、心の傷は時間が経てば経つほど広がっていくから)
子どもの頃にあった苦い経験が私の心にそう告げていた。
(だから、私はミズキを瞬の元へ連れて行く)
私はミズキの横にそっと寄り添うと、ミズキの冷え切った手を優しく握り締めた。ミズキの不安げな目がこちらに向けられた。
「大丈夫。一緒だよ」
私が笑顔を返すと、ミズキは返事の代わりに私の手をぎゅっと握り返した。
「瞬、起きてる?」
ノックしながら真友ちゃんが尋ねると、部屋の中から「どうぞ」と瞬の声が返ってきた。
「失礼しまーす」
ドアを開けて部屋の中に入っていった真友ちゃんの後を、私とミズキは手を繋いだままついていった。
「お、ミズキじゃねえか。もう、元気になったのか?」
ベッドの横に座ったまま、まるで何もなかったかのように屈託のない笑顔を向ける知己がそこにいた。
「知己さん・・・」
ミズキは知己に何かを言おうとして口を閉じた。そして、口をきつく閉じたまま両目から大粒の涙をこぼした。
「女の子を泣かすな、この最低男!」
真友ちゃんが食って掛かると、知己も椅子から立ち上がり応戦した。
「誰が、最低男だ!俺は何もしてねえよ!」
「じゃあ、なんでミズキが泣いてるのよ!さては、あんた昨日の夜、ミズキに何かへんなことしたんでしょ!この、変態男!!」
「別に何もしてねえって言ってんだろ!ちょっとは、こっちの話も聞けってんだ、この馬鹿女!」
二人の舌戦が本格化してきた。いつもなら止めることのないお決まりのイベントも、今、ここで続けさせるわけにはいかなかった。私はすーっと大きく息を吸い込むと、お腹の底に力を入れて思い切り叫んだ。
「静かにしなさい!!!」
「はい!」「はい!」
二人はまるで金縛りにあったようにその場に気をつけの姿勢のまま立ち尽くした。ぎろりと二人のほうを睨んでから言葉を続けた。
「二人の喧嘩はいつものことだから、そのことを責めたりはしないけど、時と場所は考えてね。ここは医務室で、瞬は怪我をして体を休めてる。それに、ミズキのこともある」
私はミズキの方を向いた。
「大丈夫、ミズキ?」
ミズキは少し驚いた顔を向けていた。ミズキの目から零れ落ちていた涙はいつの間にか止まっていた。
「ごめんね、ミズキ。大きな声を出しちゃって」
「ううん。平気。それより・・・」
ミズキの口元が少し緩んだ。
「何?」
「希望も怒ることがあるんですね」
そう言うと、ミズキはくすくすと笑い始めた。
(よかった、笑ってくれた)
私は嬉しくなって笑顔で応えた。
「そりゃあ、私だって怒るよ」
「けど、希望は怒ってる姿より、笑ってる姿のほうが似合ってる」
「そうかな?私、そんなにいつも笑ってる?」
「はい。私、希望の笑顔が大好きです」
お日様のような笑顔を浮かべながらそう言ったミズキの姿はまるで小さな女の子のように愛らしかった。
「それについては、私も同感です」
ベッドの上で身体を起こしながらそう言ったのは瞬だった。
「瞬、起きて大丈夫なの?」
「はい、おかげさまで」
「よかった。知己の血が効いたんだね」
私がそう言うと、瞬は露骨に嫌な顔をした。
「不本意ではありますが、そのようです。思い出すだけで、吐き気はしますが」
口を押さえながらそう言った瞬の顔は本気で青ざめていた。
「てめえ、俺が大変な思いをして搾り取った貴重な血液を汚いものでも飲んだかのように言いやがって。本当に、お前は冷たいやつだな」
知己は瞬の頭に腕をまわし脇に抱えるようにした。
「友人のために自分の血を差し出すやつなんて、なかなかいるもんじゃねえぞ。俺みたい友人を持てたことを感謝しな」
言いながら瞬の頭をぎりぎりと締め付けた。
「どうだ、俺様のありがたさが分かったか?」
「・・・いい加減に・・・」
「は?」
「・・・しろ!!」
瞬の怒声が発せられると同時に、瞬の右拳が知己のわき腹にめり込んだ。たまらず知己は締め付けていた腕を解きわき腹を押さえた。
「・・・っってえな、これが親友にすることか?」
「うるせえ!この馬鹿!!」
一瞬耳を疑うような瞬の言葉に私は目を丸くした。
「バカって誰のことだ!」
「俺はお前以外を馬鹿と呼んだことはない!いいか、俺にとって馬鹿とお前は同義語なんだ!」
「ドウギゴ?なんだよ、それ?こ難しい言葉で俺を混乱させようって考えかよ。姑息な手を使いやがって。汚ねえぞ、瞬!いつから、お前はそんな卑劣な野郎になっちまったんだ!」
目に涙を浮かべながら的外れな言葉と思いを瞬にぶつける知己に、瞬はため息をつきながら言葉を返した。
「ああ、分かったよ。確かに、俺が卑劣だった。お前でも分かる言葉で伝えるべきだった。足し算も知らない子どもに、方程式を説明するようなものだった」
「そうだよ、それだよ。方程式が何かは知らねえけど、つまり俺でも分かる言葉で話してくれ」
「了解した。じゃあ、いいかよく聞け。」
「おう!」
「俺にとって、知己は馬鹿で、馬鹿は知己っていうことだ」
「???どういう意味だ?」
「・・・」
瞬は大きなため息をつくと、起こした身体をもう一度ベッドに横たえた。そして、目を瞑ったまま知己に語りかけた。
「・・・知己」
「なんだ?」
「少し疲れたから、この話はこれぐらいで終わりにしていいか?」
「別に構わねえよ。ただ、ちょっとな」
「なんだ?」
「俺の血ってそんなに気持ち悪いものか?まあ、お前の気持ちも分からないこともねえけどよ。俺だって、べつに嫌がらせしたくて血を飲ませたわけじゃないぜ。お前のためだってモレルのおっさんが言うからよ・・・結構、痛い思いもしたんだぜ」
少しすねたようにそう言った知己に、瞬は目を瞑ったまま答えた。
「・・・分かってる。感謝してるよ」
そう言った瞬の頬は心なしか赤く見えた。
「なら、いいけどよ」
知己は鼻の上を指先で掻きながら照れくさそうに俯いた。
(これが、男の友情ってやつなのかな。なんだか、見てるこっちまで恥ずかしくなってきちゃった。でも、なんだか嬉しいな)
私はみんなの様子を見回した。みんな、笑みを浮かべていた。ミズキを除いて。
「瞬さん。お話しいいですか」
ミズキが意を決したように瞬の前に進み出た。そして、深々と頭を下げた。
「私を罰してください。あなたにはその権利があります。私は、あなたや、みなさんの信頼を裏切り、あまつさえあなたに大怪我をさせました。恩に対して仇を返すことは人として最も恥ずべき行為だと父から教わりました。ですから、私は罰せられねばなりません」
瞬はミズキの姿をじっと見つめた後、真剣な面持ちで言葉を返した。
「なんのための罰ですか?」
「・・・」
頭を下げたまま言葉を返さないミズキに、瞬はもう一度問いかけた。
「あなたは、なんのために罰せられねばならないのですか?」
ミズキはゆっくりと頭を上げると、瞬のまなざしを真正面から受け止めた。そして、
「私が前に進むためです!」
そう力強く宣言した。毅然とそう言い放ったミズキの姿が涙でかすんで見えた。
「分かりました。では、僕からミズキさんに罰を与えます」
瞬の言葉に真友ちゃんが口を挟んだ。
「ちょっと、瞬。罰なんて、別にいいじゃない。もう、過ぎたことだし、あんたも男なら・・・」
そこまで言って知己に口をふさがれた。
「お前は、ちょっと黙ってろ。いいぜ、瞬」
知己に笑みを返した瞬は、ミズキの方へ向き直り言葉を続けた。
「僕は、あなたに僕が考えうる最も重い罰を与えます」
ミズキは神妙な面持ちでうなずいた。
「僕の与える罰は約束です。約束は言葉で交わします。ある本で読みました。『神は言葉というこの世で最も軽いものに、もっとも重い罰を与えた。』と。だから、ミズキさん。僕はあなたと約束を交わします。約束することがあなたへの罰です」
ミズキはもう一度うなずいた。
「分かりました。あなたが僕と・・・いや、僕たちと交わす約束は、何があろうと自分のあるべき姿を求め続けること。今の自分と向き合い、自分の犯してきた罪と向き合い、現実の壁と向き合い、それでもなお、前に進む勇気を持ち続けること。自分の力のなさに心が折れそうになったとき、心が絶望に支配されそうになったとき、僕たちと交わした約束を思い出し、希望を持ち続けること」
瞬は深く息を吸い込んだ。
「何があっても、絶対にあきらめるな!!」
瞬の気迫に、部屋中が震えたように感じた。
「あなたに約束できますか?」
一切の嘘や言い訳を受け付けないようなするどく厳しい口調だった。だけど、ミズキはひるむことなく堂々と言い切ってくれた。
「はい!約束します!」
「では、約束を必ず果たして下さい。僕たちは、ミズキさんを見ています」
瞬の顔に笑みが浮かんび、ミズキの両目に大粒の涙があふれた。私はすかさずミズキに抱きついた。
「がんばったね、ミズキ!がんばれ、ミズキ!」
「うん」
顔を涙でくしゃくしゃにしながらミズキは何度もうなずいた。私は、そんなミズキが愛おしくて、強く強く抱きしめた。
その後、しばらくしてリノンさんと刹那ちゃんが軽食を人数分届けてくた。
「じゃあ、私は仕事に戻るけど、瞬をしっかり休ませてあげなさいよ」
そう言うと、リノンさんは部屋を出ていった。残った刹那ちゃんは、持ってきたハムと卵をはさんだパンをみんなに配ってくれた。
(あれ?)
見ると、刹那ちゃんの目の下にクマができていた。その時、昨晩のことを思い出した。
(そうだ。刹那ちゃん、瞬のために歌ってくれてたんだ)
夜を徹して瞬のためにがんばってくれて、今もみんなのために食事を用意してくれている。私はじんと胸の奥が熱くなった。言葉が自然と口からこぼれた。
「ありがとう、刹那ちゃん」
刹那ちゃんは、小さくうなずくと少し口元をほころばせた。私の言葉に続いて瞬が口を開いた。
「十六夜さん。昨晩は、本当にありがとうございました。十六夜さんの詩、ずっと聞こえていました」
瞬の感謝の言葉に刹那ちゃんは真っ白な肌をばら色に染めて、やはり、小さくうなずいた。
刹那ちゃんに、リノンさん。モレルさんに、副長。そして、ケネス艦長。みんな、私たちのために頑張ってくれている。
(だから、私もがんばろう!みんなのために!)
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