休息二日目 朝の会(3)
昨日、投稿したはずのものが上手く出来ていなかったので再度投稿します。
部屋の中は薄暗く、窓と言う窓にはカーテンがかけられていた。ただ、中央におかれたベッドの周りだけがランプの光でほのかに明るく見えた。ミズキの眠るベッドの両脇には椅子が置かれ、そこにケネス艦長とユリアン副長がミズキをはさんで向き合う形で座っていた。目を瞑ったまま全く動かない二人の姿は、ミズキを守るために作られた神像のように見えた。ぴんと張り詰めた空間に、私はおもわずつばを飲み込んだ。真友ちゃんが小声で語りかけてくる。
「どうする、のぞちゃん?」
私は少し考えた後、足を踏み出した。
「行くよ。そのために来たんだから」
私はゆっくりとベッドへと近寄った。わずか数歩の距離なのにひどく長く感じられた。胸の鼓動が緊張で速く、強くなる。視界が一瞬ぐにゃりとゆがんで見えた。
(しっかりしろ、のぞみ!)
頭を大きく左右に振り、目をしっかりと見開く。気づくと、目の前にまるで眠れる森の美女のように静かに美しく横たわるミズキの姿が見えた。
「覚悟は出来たのか」
目を瞑ったままユリアン副長がそうつぶやいた。
「覚悟がどんなものかは知りません。迷ってもいます。怖いとも思ってます。けど、ミズキを助けたいという気持ちは変わりません」
「なら、言うことはない。後は任せた」
ユリアン副長は、静かに立ち上がるとケネス艦長に一礼をして部屋の外へと出て行った。一人残ったケネス艦長が首を上げ、私たちの方へと向き直った。そして、静かに目を開き、優しく微笑んだ。
「希望はどうして、そんなに強くなれたんだ?」
ケネス艦長の姿に尾田先生が重なった。
「私が『一人ぼっちじゃない』ことを教えてもらったからです」
「そのことを誰に教えてもらったんだい」
「先生です」
私の言葉に、ケネス艦長は満足そうに頷いた。
「そうか。いい先生にめぐり合えることは、本当に幸せなことだ。私も、一度、その先生に会ってみたいな」
ケネス艦長は立ち上がると、私と真友ちゃんに深々と頭を下げた。そして、
「この子を頼む。君たちが『希望』だ。君たちにしか救えない」
真剣な声だった。誠実な声だった。まるで、目に見えるかのようにはっきりとケネス艦長の心が伝わった。涙がこぼれた。
「はい!必ず!」
私は力を振り絞ってそう言い切ってみせた。真友ちゃんも、深くうなずいた。
「ありがとう」
ケネス艦長は、嬉しそうに笑みを浮かべるとポケットの中から二つの指輪を差し出した。
「これを受け取って欲しい」
「これは?」
差し出された指輪は、一つは金色、もう一つは銀色をしていた。
「この指輪は、私のお守りだ。私はこのお守りのおかげで今、こうして生きていられる」
私は驚いて、手を横に振った。
「そんな、大切なもの受け取れません!」
慌てる私に反して、真友ちゃんは目の前に差し出された指輪をじっとみつめていた。
「真友ちゃん?」
「・・・もしかして、これって・・・」
何かを思いついたのか、真友ちゃんは意を決したように言葉を続けた。
「艦長。これって、まさかとは思いますけど、もしかして“the law of causality”じゃないですか?」
ケネス艦長は少し驚いた素振りをした後、静かにうなずいた。
「えー!!!うそでしょ!これ、・・・」
大声で驚きの声を上げた真友ちゃんの口を私は慌ててふさいだ。
「しー、真友ちゃん、声を落として」
「(コクリ)」
私はゆっくりと手を離した。
「ごめん、のぞちゃん。気をつかわせちゃって」
「ううん、気にしないで。ところでこの指輪ってそんなにすごいものなの?」
私の問いに真友ちゃんは何かを話そうして、口を閉じた。そして、ちらりとケネス艦長のほうを見た。
「どうしたの、真友ちゃん ?」
「ううん、なんでもない。まあ、この指輪のことは後で話すとして・・・」
真友ちゃんは、ケネス艦長のほうへ向き直ると真剣な顔つきで申し出を断った。
「気持ちはうれしいですけど、こんな大切なものを受け取れません」
けれど、ケネス艦長は真友ちゃんの手を取ると、掌の中に二個の指輪を握らせた。
「これは、君たちが持っていてくれ。君たちならきっとこの指輪の力をよい方向へと導くことができるはずだ」
そう語ったケネス艦長のまなざしからは、私たちへの信頼と、愛情が強く感じられた。
(まるで、先生みたいだ)
目の前にいる人は、別人だと頭では分かっているけれど、時折見せる優しい表情や、温かな表情の中に、どうしてみ尾田先生の姿を見てしまう。そういう自分を意識すると胸がドキドキする。私は頭を左右に振った。
(尾田先生みたいだけど、尾田先生じゃない。しっかりしろ、希望!今は、ミズキのために全力を尽くすんだ!)
ケネス艦長が私と真友ちゃんの頭の上に優しく手をのせた。
「頼んだよ」
「はい!」「はい!」
二人の凛とした返事が部屋にこだました。
「まるで、尾田先生みたいだったね」
真友ちゃんの言葉に私は「え?」と小さく声を上げた。
「まあ、顔はそっくりそのままなんだけど、雰囲気というか、なんというか、とにかく全然違うなって思ってたんだけど・・・なんか、さっきの艦長は尾田先生みたいだった」
真友ちゃんの言葉に私はうなずいた。
「やっぱ、のぞちゃんもそう思ったんだ。私、のぞちゃんや私たちを試すようなやり方をしたから艦長のこと嫌ってたんだけどね。さっきのことで嫌いになれなくなっちゃった。それに、これも預けてもらったし」
そう言って真友ちゃんは手のひらを広げて見せた。
「真友ちゃん、この指輪ってそんなに大切なものなの?」
「うん。簡単に言うと、世界を変える力がある指輪」
「世界を変える力?」
「そう。まだ、全ての秘密は明かされてないんだけどね。たしか、のぞちゃんは海賊紳士の1巻は読んだんだよね」
「うん」
「じゃあ、1巻の最後のほうでケネス=ギルフィードが祖母から小さな箱を受け取ったのを覚えてる?」
(んー)
「ごめんね、ちょっと忘れちゃった」
「そっか。まあ、いいや。それでね、その時に受け取った箱の中に入っていたのがこの金の指輪。“the law of causality”の片割れにして一なるもの“the future”なの。その後、6巻でケネスの元婚約者だった源静香と再開を果たすことで“the future”と対となる“the past”を手に入れることができるの。でもね、そのせいでケネスは世界中の貴族、王族、ギルドから命を狙われることになるの。まあ、そのあたりは実際に本を読んで楽しんで欲しいところなんだけどね。だから、のぞちゃん。もとの世界に戻ったら、ぜひ読んでみてね。絶対に、はまるから。」
「うん、分かった。約束する」
真友ちゃんは、笑顔で頷いた。
「のぞちゃんの、『約束する』は信用できるからね。どこかの、だれかさんと違って」
「それって、知己のこと?」
「他に誰がいるの?」
逆にたずね返されて、私は思わず吹き出してしまった。つられて真友ちゃんも笑った。
「楽しそうですね」
ベッドからの声に、私と真友ちゃんは驚いて目を向けた。
「おはようございます」
身体は起こさず目だけをこちらに向けて微笑んでいるミズキがそこにいた。胸の奥がぐっと締め付けられた。
(ミズキは笑ってる。なのに、どうして胸が苦しくなるくらい悲しさを感じてしまうんだろう)
思わず涙がこぼれそうになった。弱音を吐きたくなった。だから、私は元気いっぱいにこう言った。
「おはよう!ミズキ。よく、眠れた?」
私の言葉に、ミズキは目を瞑り一呼吸おいてから答えた。
「正直、あまり眠れませんでした。嫌な夢を見ましたから」
胸の奥がちくりと痛んだ。
「私が希望に襲い掛かって、瞬さんを傷つける夢です」
『もう、話さなくていいよ。』そう言いたくて口を開こうとしたけれど声にならなかった。
「大好きな、真友さんや知己さんと争いあう夢です」
真友ちゃんが私の手を握ってきた。いつもは力強く、頼もしく感じるその拳が、今はまるで小動物のように小刻みに震えていた。だから、私はその手を強く握り返した。
「なにより、私が私でなくなり、化け物になる夢でした」
そこまで話し、ミズキは口を閉じ目を開いた。そして、私たちの目をまっすぐに見つめ、こう言った。
「・・・全部、現実なんですね」
そのまなざしがあんまりにもまっすぐだったから、私もまっすぐに答えた。
「うん」
「やっぱりそうでしたか・・・」
ミズキは目を反らすと天井へと目を向けた。
「希望。聞いてもいいですか?」
「何?」
「他の人を傷つけるくらいだったら、自分で自分の命を絶ったほうがいいと思うのは正しいことですか?」
「間違ってる!」
考えるよりも先に答えが言葉となって出ていた。
「それは、ぜったい間違ってる!たとえ、どんな理由があっても、たとえ、それがだれであっても、人が人を殺すことは間違ってる!」
自分でも驚くほど大きな声で、私はそう言い放っていた。なぜか涙があふれそうになっていた。ミズキは静かに目をこちらに向けた。
「では、人でなければいいのですか?」
「それって、誰のことを言ってんの。まさか、自分のことじゃないでしょうね」
怒りを含んだ口調でそう答えたのは真友ちゃんだった。
「・・・そうだと言ったらどうしますか?」
「だったら、あたしはあんたを軽蔑する!なにが『勝負とは最後まで戦い抜いたもの勝つもの』よ!小さい頃から教わってきたことならやり通せ、このバカ!」
いつの前にか泣き声に変わった真友ちゃんの言葉は続いた。
「言い訳なんかするな!自分から逃げるな!前を向け!だれに負けても、自分にだけは絶対負けるな!あんた、あたしのライバルで親友になるって言ったんだから、その言葉に最後まで責任とってみせてよ!バカ!あほ!弱虫!バカ、バカ、バカ、この、大バカ野郎!」
肩で息をしながら真友ちゃんは、あふれる涙を拭おうともせずミズキをにらみつけた。ミズキはじっとそのまなざしを見つめ返しながら口を開いた。
「私は、まだ真友さんのライバルで、二人の友だちでいられますか?」
私はきっぱりと答えた。
「たとえ、ミズキが私たちと友だちであることをあきらめたとしても、私はあきらめない。たとえ、ミズキが私のことを友だちと思わなくなっても、私はあなたの友だちでい続ける。これは私が決めたこと。私が私に約束したこと。だから、私はミズキの友だちでいられる」
息を吸い込んだ。そして、お腹のそこから声を出した。
「私は変わらない!ミズキも同じだよ!だから、約束しよう!なにがあっても、前に進むことをあきらめないって!」
瞬きもせずに私はミズキの瞳の奥を見つめ続けた。しばらく見つめあった後、ミズキは静かに目を閉じ、上を向いた。そして、右手を天井へと伸ばし、開いた手を強く握り締めた。目が開いた。
「難しいことだったんですね、あきらめないってことは・・・」
こちらを向きながらミズキが言った。
「どうしたら、希望や真友さんのように強くなれますか」
ミズキの問いに、私の頭の中に尾田先生から教えてもらったたくさんの言葉がいくつも巡り、一つの答えが生まれた。私は自信を持って答えた。
「誰かのために一生懸命になること。思うだけじゃなくて、言葉と行動にすること。これが、自分を強くする方法」
「自分のことも満足にできないのにですか?」
悲しそうな目を向けながらそう応えたミズキに、私は湧き上がる思いを言葉にして届けた。
「人はね、強くなろうと思ったらどこまでも強くなることができるんだよ。自分のために強くなろうと思ったら、それは一人分だけの強さになる。他の誰かのために強くなろうと思ったら、それは二人分の強さになる。家族のためなら、家族の分だけ。仲間のためなら、仲間の分だけ、人は強くなれる。だからね、大切なのは一人にならないこと。自分以外の誰かのために今の自分を乗り越えること。」
ミズキは黙って聞いていた。
「私は、ミズキのことが好きだよ。ミズキを助けたいと思ってる。力になりたいと思ってる。だから、勇気が湧いてくる。たとえ、どんなに大変な事があっても、あきらめずに進みつづけることが出来る。さっき、ミズキが言ったよね。『どうしたら、私たちのように強くなれますか』って」
私は手を伸ばし、ミズキの手を強く握った。
「誰でもいい。ミズキにとって心の底から幸せになって欲しいと思う人を見つけようよ。そして、見つけたらその人のために自分にできることを精一杯やろう。ミズキならきっとできる。そうすればミズキは今よりも、ずっとずっと強く、綺麗になれる。私は、そう信じてる」
ミズキはベッドから身体を起こすと、視線を反らさずまっすぐに私を見た。
「こんな醜い翼があっても、私が綺麗になれると思う」
「なれる!」
「理由は?」
「その翼も、ミズキだから!」
「この翼が私・・・」
「そうだよ、ミズキ!ミズキはその翼のおかげでこの船にやってくる事ができた。その翼のおかげで私はミズキに会うことができた。その翼は私たちにかけがえのない出会いを与えてくれた恩人なんだよ。だからね、ミズキ。あなたのその翼を嫌いにならないで。そして、何よりも自分を嫌いにならないで」
そうして、私はミズキの身体を痛いくらいに抱きしめた。
「ありがとう、希望」
私の胸に顔をうずめたままミズキはそう言った。そんなミズキが愛おしくて、私はミズキの頭を優しく何度もなでた。
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