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休息二日目 朝の会(2)

今日も帰りが遅くなり、ぎりぎりセーフで更新完了です。

 その後、瞬の怒りを察知した私と真友ちゃんは、無神経バカを引きずるようにして部屋を後にした。部屋を出るときに瞬の顔色とうかがうと、頬に赤みがさしているのが分かった。

(知己の“血”が効いたんだ)

 瞬が回復の方向に向かっているのが分かって嬉しかった。けれど、

(次はミズキに会おう)

 そう思うたびに心が揺れる。

(何て声をかければいいんだろう)

 いくつもの言葉が頭の中に浮かんでは消えていく。どんな言葉も、私の中に生まれた不安な心に打ち消されていく。この二日間の夜の出来事が私を不安にさせる。

(ミズキは、昨日の夜のことを覚えているの?)

 心のどこかで覚えていなければいいな、と思う。昨日の夜の出来事をなかったことにできればいいな、とそう思う。けど、

(そんなわけない。ミズキはきっと覚えている。だって、たとえ、どんな姿をしていてもミズキはミズキなんだから。どんな人も、自分からだけは逃げられない)

 迷いもある。逃げたくもなる。けれど、ミズキを助けたい。ミズキを信じたい。私も、私の悩みからは逃げられない。だって、

(ミズキを見捨てるなんて絶対に出来ない!)

 私が、この気持ちを捨てたのなら、私はもう私じゃない。だから、私は逃げない。なら、

(進め!だ。『迷ったら進め!』『進むと決めたのなら、迷うな!』だ)

 心に尾田先生を思い浮かべる。そして、祈るような気持ちで心に願う。

(どうか、私に勇気を与えてください。臆病な自分に打ち勝つための勇気を)

「どうかしたの、のぞちゃん?」

 ふと気づくと真友ちゃんが心配そうな顔を向けていた。

「ううん。なんでもない。大丈夫だよ」

「そう。なら、いいけど。で、これからどうするの?」

「うん。私、ミズキのところに行ってくる」

 真友ちゃんは一瞬顔を強張らせたあと、すぐに口元をほころばせた。

「そっか。まあ、のぞちゃんはそう言うだろうって思ってたけどね」

 真友ちゃんは、両手を伸ばしてうんと背伸びをした。

「だったら、あたしもついて行く。それでいいよね」

 さっぱりした笑顔でそう言ってくれた真友ちゃんの気持ちが嬉しかった。

「うん。ありがとう。助かる」

「じゃあ、行こっか」

 差し出された真友ちゃんの手を握ると私たちは一昨日のあの部屋へと歩みを進めた。と、その時、

「おーい、ちょっと待てよ。誰か忘れてねえか」

 知己が言った。

「忘れちゃいないわよ」

「じゃあ、俺も行くぜ」

「だめよ」

 真友ちゃんは即座に断った。

「なんでだよ?」

 不満そうな顔を向ける知己に、真友ちゃんは何かを言いかけて口を閉じ、少し思案してからこう答えた。

「女同士のほうがいいってこともあるの。あんたもそんな時あるんじゃないの」

「おー、なるほどな。確かにそんな時ってあるよな。OK。じゃあ、とりあえずミズキのことは任せた。俺は、もう一度、瞬のところに行ってくる。ミズキには、『また、星を見ような』って伝えておいてくれ。じゃあ、また後でな」

 そう言うと知己はくるりと背中を向けた。

「瞬のこと、お願いね。」

 私がそう声をかけると、知己は振り向いて笑顔でうなずいた。

「お前らこそ、ミズキを頼んだぜ」

 そう言って知己はもと来た通路を帰っていった。

「じゃあ、行こうか。・・・真友ちゃん?」

 ふと覗き込んだ真友ちゃんの表情の暗さに驚いた。ひどく寂しげで、なんだか今にも泣き出しそうだった。

「どうしたの、真友ちゃん。何かあったの?」

「・・・ねえ、のぞちゃん。」

 ためらいがちに真友ちゃんは言葉を続けた。

「ここって、夢の中なんだよね。」

 一瞬、言葉が出てこなかった。真友ちゃんの言葉の意味は十分すぎるほど理解できているのに、それでもすぐには返答できなかった。

(ここはきっと夢の中。だけど、とても夢には思えない)

 だから私はこう答えた。

「多分、そうだと思う」

 私の答えに力なく笑って見せた真友ちゃんは、少し考えてから口を開いた。

「私ね。ここがなんだか夢の中じゃなくなってきてる気がする。だって、何一つ思い通りになんてならないんだもの。普通夢ってさ、結構自分たちの都合のいいように出来上がってるものじゃない。自分の頭の中で作ってる物語みたいなものなんだから。それなのに、ここときたら何一つ思い通りにならない。まるで、現実と一緒・・・ねえ、のぞちゃん・・・」

 ためらいがちに真友ちゃんは言葉を続けた。

「私、知己が好き。だから誰にも渡したくない。負けたくない。知己の一番になりたい」

「うん」

「さっき、リノンさんが言ってたこと覚えてる。知己が一度死んだって」

「うん。覚えてるよ」

「あの時さ、私、顔では平気なふりをしてたけど、本当は胸がつぶれるくらい苦しかった。私のせいで知己が命を落としていたかもしれないんだから。だけどね・・・」

 言葉を一度止め、真友ちゃんは私の目をしっかりと見つめ直した。

「その反対に、そのことを嬉しく思う自分がいるの。私のために知己が命を捨ててくれた。そのことをどうしようもなく、嬉しく思ってしまう自分がいる。大切な人が命を失いかけたことを喜ぶ自分がいるの・・・」

 そう言うと真友ちゃんは唇をくやしそうにかみ締めた。

「のぞちゃん。私、駄目だね。昔と変わらず弱虫のまま。いつも、負けてばっかりだ」

 それきり真友ちゃんは口を閉じてしまった。今にも泣き出しそうなのに、真友ちゃんは涙をこぼさなかった。そんな真友ちゃんだからこそ、私は励まさずにはいられなかった。

「私は、真友ちゃんを弱いとは思わない。だって、真友ちゃんは自分から逃げてないもの。自分の気持ちからも、弱さからも」

 心を落ち着ける。今、私が真友ちゃんに一番伝えたい言葉を心で紡ぎだす。私は自分の気持ちを声と視線に託して口を開いた。

「一緒に頑張ろう!真友ちゃん!もしも、真友ちゃんがくじけそうになったのなら、私が絶対に支えるから!真友ちゃんが私を何度も支えてくれたように、私が真友ちゃんの支えになる!なってみせるから!だから、一緒に頑張ろう!」

(不思議。心の奥底から勇気が湧いてくる。希望が湧いてくる)

 目を大きく開いて真友ちゃんが頷いた。

「ありがとう、のぞちゃん。あたし、頑張ってみる。いつか、あたしがなりたいと思う自分になるために」

 真友ちゃんの顔にお日様のような笑顔が浮かんだ。

(ああ、そうだ。この笑顔があたしに勇気を与えてくれる。だから、私は頑張れる)

 そういえば尾田先生がいつか話してくれた。人のために何かをすることは、結局自分のためになるんだって。

(先生の言ってた事が少し分かった気がします)

 心で尾田先生に語りかける。そして、私も笑顔を返す。

「さあ、ミズキのところに行こう!」


 船底に近い奥まった場所にその部屋はあった。一昨日、漂流していたミズキが運び込まれた部屋。私たちがミズキの看病をした部屋。ミズキと戦い、触れ合った部屋。その部屋の前に私と真友ちゃんは立っていた。扉の前にモレルさんが立っていた。

「よう。思ったより早く来たな」

 モレルさんの快活な声が響いた。

「おはようございます」

 私たちが挨拶をするとモレルさんは、私たちのすぐ傍まで歩み寄り、小さく囁くような声で尋ねてきた。

「瞬の様子はどうだ?」

 私も声を落として答えた。

「はい、だいぶよくなりました。それに、知己の血をもらいましたから」

「そうか!そりゃあよかった!おっと・・・・」

 モレルさんは思わず声が大きくなったのに気がついて口を閉じた。そして、また小さな声で話を続けた。

「あいつの血を飲んだのなら、今晩にもよくなる。これで、瞬のことはひとまず安心だな」

「はい」

「それで、お次はミズキのところに行こうってんだから、本当にお前らはたいしたやつらだよ」

「モレルさん。のぞちゃんに気安く話しかけないでください。のぞちゃんは優しいから許したかもしれないけど、私はあなたたちのことを許したつもりはありませんから」

 にらみつけながらそう言った真友ちゃんの口調は冷たく、厳しいものだった。モレルさんは肩をすくめてみせた。

「これは、これは手厳しいな。昨日、さんざん俺の捕ってきた大王海老を食ったくせに」

 真友ちゃんは顔を赤らめて言い返した。

「それと、これとは別です!」

「そうかい。なら、お前たち全員に許してもらえるまで俺は頑張るだけだ。これについちゃ、あきらめるつもりなんかねえからな」

 なんの屈託もなくそう言ったモレルさんが、私にはとても輝いて見えた。

(私も、そうだ。たとえ、ミズキがどうあろうと友だちになることをあきらめたりしない)

「口でなら何とでも言えるわ」

 そうつぶやいた真友ちゃんの横顔には心なしか笑みが浮かんで見えた。そんな真友ちゃんに、モレルさんは白い歯を見せながら笑ってみせた。

「おう、俺も口だけで終わるのは嫌いだからな。ところで・・・」

 右手で私たちを招き寄せると更に小さな声で言葉を続けた。

「今、部屋の中で艦長と副長がミズキを看てくれている。まあ、正確には抑えてくれている、と言ったほうがいいがな。二日連続であの騒ぎだ。あきらかに亜種の力が増大しつつある。正直なところ、これ以上はやばい。下手すると、あの二人でも抑えきれなくなるかもしれねえ」

「そんなことないわよ。あの性格はともかく、あいつの力は並大抵じゃない。昨日の夜だって、ミズキの力を余裕で受け流してたし」

「ああ、そうだ。昨日の夜までならそうだ。けど、今晩なら、明日の晩ならどうなるか分からない。亜種ってのはな、時間が経てば経つほどバカみてえに強くなっちまうんだ。なんだかんだ言ってお前らのおかげでミズキはまだ、自分でいられる時間が長い。けどな、このまま放っておけばミズキがミズキでいられる時間がだんだん減っていき、最後には亜種の心がミズキを支配する。そうなったら、もう手立てはねえ」

 いつもの優しい笑顔ではなく、真剣なまなざしでそう語ったモレルさんのまなざしから、今の言葉がおどしや冗談ではなく本当のことなんだと分かった。

(『もう、手立てはねえ』)

 モレルさんの最後の言葉が私の心に重くのしかかった。膨れ上がる不安に、たまらず私は尋ねていた。

「手立てがないってどういうことですか?」

 モレルさんは私の目をしっかりと見据えたまま口を開いた。

「もう、俺たちの力では救えねえってことだ・・・いや、もっとはっきり言っておいたほうがいいな。つまりだ、『殺す』しか方法がなくなるってことだ」

 胸の奥に突き刺すような痛みが走った。私は何かを言おうとしたけれど、言葉がでなかった。現実の重さに心が押しつぶされそうだった。

(負けるな!)

 心の声が、何度も叫んだ。何度も、何度も。そして、ようやく重苦しい沈黙の中、私は言葉を発することができた。

「・・・なら、間に合うんですよね」

「ん?」

「今なら、まだ、間に合うんですよね。ミズキはまだミズキでいられる間は、まだ間に合うってことですよね」

「そうだ」

「なら、私は今できることを精一杯やります!自分からあきらめることだけは絶対したくありません!」

 私の言葉を聞くとモレルさんは満足そうにうなずいた。

「お前なら、そう言ってくれると思ってよ。希望。お前たちがミズキの『希望』だ。どうか、力になってやってくれ」

「はい!」

 モレルさんは、私と真友ちゃんの頭を交互になでると、持ち前の豪快な笑顔を見せた。

「合格だ、二人とも。艦長から、お前たちの覚悟を確かめて、もし、心が揺らいでいるようだったら追い返せと言われていた。けど、試すまでもなかったぜ。思ったとおり、お前たちはたいしたやつらだよ。よし、言ってこい。そして、ミズキを救ってやってくれ」

 私と真友ちゃんは、静かに、けれど深く頷いた。モレルさんは、きびすを返すと扉に取っ手を握り、ゆっくりと開いた。

「さあ、行け。ミズキが待ってる」

「はい!」


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