理科「星空の観察」(3)
今日は日曜日にも関わらず、一日ドタバタしていて、結局更新がこんな時間になりました。
私とミズキがノブレス=オブリージュに戻ったのは、それからすぐのことだった。心配だった瞬の怪我も刹那ちゃんの詩とリノンさんの処置のおかげで命に別状はないとのことだった。甲板に戻った途端、倒れこむように眠ってしまったミズキの付き添いを知己と真友ちゃんにお願いして、私は瞬のいる医務室へと向かった。医務室の扉を静かに開けると、瞬はベッドに横たわったまま顔をこちらに向け、笑顔を見せてくれた。
「高山さん、おかえりなさい」
瞬の青ざめた顔に胸が痛んだ。
「ただいま。瞬」
そう言って、私も笑顔を返した。けど、本当は謝りたかった。私のせいでつらい思いをさせてごめんね、と言葉にしたかった。私の目にじわりと涙があふれ出すのを感じた。
「よかったですね」
瞬の言葉に、私は即座にうなずいた。
「ミズキさんは?」
「私を船に送り届けたてすぐに倒れてしまって、真友ちゃんと知己が部屋まで連れて行ってくれてる」
「なら、安心ですね」
「うん」
「高山さん?」
「・・・。」
唇をかみ締めてみたけどだめだった。歯を食いしばってみたけど、やっぱりだめだった。あふれ出る涙をどうしても止める事ができなかった。涙がぽろり、ぽろりとこぼれ落ちた。
「・・・ごめんね。瞬。本当にごめんなさい」
瞬の痛々しい姿を見ることが出来ずに目を伏せた。自分のせいで傷つき苦しんでいる友だちに謝ることしか出来ない自分が情けなくて、つらくて、悲しかった。目をきつく閉じても、涙はあふれ出しこぼれ落ちた。泣いて、謝って済むことじゃないことは分かってる。だけど・・・
(尾田先生)
心の中で先生の名前を呼んだ。どうすればいいのか教えてほしくて。けど、いくら名前を呼んでみても尾田先生は答えてくれなかった。
「高山さん」
瞬の声が聞こえた。
「お願いですから、自分を責めないでください」
「でも、私のせいで瞬は・」
言いかけて、はっと息を飲んだ。シーツの下から伸びた瞬の手が私の手を握ったからだ。
「高山さんは、悪くありません。もし、誰が悪いのかと聞かれたなら、僕はこう答えます。ミズキさんをあのような姿に変えたものこそ悪いのだ、と。そうでしょう、高山さん」
瞬の落ち着いた優しい声が、私の閉じた目を静かに開いていった。
「それに、僕は嬉しいんです」
瞬は、また微笑んでみせた。
「高山さんを・・・いや、そうじゃないな」
一度目を閉じ、少し考えてから静かに口を開いた。
「誰かのためにこの身を投げ出すことができたことが、嬉しいんです」
その時の瞬の目を見て、私は身震いするような感覚を覚えた。
(瞬は本当にそう思ってる。)
瞬の言葉が、真実の言葉だということが身にしみて分かったから。だけど、だからこそ
「瞬。お願いがあるの・・・ううん。約束して欲しいの」
「何ですか?」
「瞬、約束して。私、友だちに誰一人傷ついてほしくない。私のわがままかもしれないけれど、心からそう思ってる。だから、瞬、約束して。たとえ誰かのためであったとしても、自分のことも同じくらい大切にするって」
本当にわがままだった。自分の言ってる事がめちゃくちゃだってことも分かってた。私がミズキを任せてほしいなんて言わなければ、みんなをこんな危険な目に合わせることはなかった。私があの時、自分の身を自分で守れてさえいれば、瞬が傷つくこともなかった。自分に出来ないことを人に約束させるなんて、本当に虫のいい話だって分かってる。だけど、私は心の底から
(誰一人傷ついてほしくない)
そう思った。
そう願った。
祈った。
そうして、また目を閉じて瞬の返事を待った。
「分かりました。約束します」
瞬の答えに私はまぶたを開き、瞬の目を見つめた。
「高山さんがそう望むのなら、僕はそうあるために全力を尽くします。それでは、だめですか?」
「ううん。そんなことない。ありがとう、瞬。私のわがままを聞いてくれて」
瞬はにこりと笑みをこぼしたあと、目を閉じたまま口を開いた。
「僕から約束をお願いしてもいいですか?」
「いいよ。何でも言って」
「では、約束してください。僕たちのことを大切に思うのと同じくらい、自分のことも大切にしてください。誰かのために自分から危険に身をさらすようなことはしないでくさい。約束できますか?」
私は少し考えて、返事をした。
「うん、約束する。どんなことがあってもとは、約束できないけれど、みんなの気持ちを無視して自分勝手に大切な身体を危険にさらすようなことはしないって約束する。それでいいかな?」
「はい。十分です」
瞬は目を閉じたまま、そう答えると静かな寝息を立て始めた。
「おやすみ、瞬。早く元気になってね」
囁くようにそう声をかけると、私は静かに扉を開き、部屋の外へと出た。扉を閉じる間際、寝息に混じって瞬の声が聞こえたような気がした。
「・・・守りたい・・・今度こそ」
部屋を出た私は、少し落ち着きたくて甲板に出た。さっきまでの激しい戦いが嘘のように静かだった。船が風と波を切る音が遠く、近くに聞こえてくる。空を見上げると、夏の大三角が一際輝きを放って見えた。
「どうした、もう諦めたのか」
聞き覚えのある声に、私は静かに振り向いた。そして、相手を認めると、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。ユリアン副長」
私が頭をあげると、ユリアン副長は私の目を見据えたまま冷たい口調で言い放った。
「二日後とはいえ、私の部下になるものだ。見殺しにするつもりはない。ただし、自ら死ににいくやつを救ってやる義理はない。貴様が今やろうとしていることは、自ら死ににいくようなものだ。お前がそれを望むのなら、それもいいだろう。だが、その身勝手な欲望のために周りのものを巻き込むな」
胸が痛かった。私は、何も言えなくてただ俯いた。『身勝手な欲望』という言葉が、胸の奥底に重くのしかかってきた。そんなつもりじゃない、と私の中の何かが叫ぶ、けれど、他の何かはそうかもしれないと囁きかける。
「どうした、迷っているのか?」
私は黙って俯いた。
「だったら今すぐ亜種からは手を引け。迷うくらいなら、最初からあきらめることだ」
「・・・迷ったら進め」
心に浮かんだ言葉がそのまま口から出た。
「何?」
顔を上げ、深く息を吸い込み、ユリアン副長の目をしっかりと見つめた。
「もし、迷ったのなら、私は進みます!」
私はこみ上げてきた思いのままに言葉を続けた。
「なにか大変な事が起こったとき、胸が苦しくなるようなこと出来事があったとき、自分の力ではどうしようもない問題を抱えたとき、その度に私の心の中には答えがありました。だけど、いつも迷うし、悩みます。自分の中にある答えと、現実があまりにも違うから。自分が本当にしたいこと、やりたいことをするには、現実を自分の答えに近づけなければなりません。けれど、そうすることがどれほど大変でつらいか。たとえやってみたとしても叶うかどうかも分からない。だから、私はいつも迷います。」
(私は、何が言いたいんだろう。)
言葉の合間に、自分の気持ち振り返ってみた。そして、気がついた。
(何かを言いたいんだ。私が教えてもらった大切なことをこの人に伝えたいんだ)
だから、言葉に力を込めた。思いを伝えるために。
「けど、だからこそ私は前に進みます。何かをしたいと思うのなら、何かを今、ここから始めなければだめなんです。たとえ、自分が望む事がはるか遠くの夢のようなことだったとしても、あきらめずに前に進み続けることこそがそこにたどりつくただ一つの方法だから。だから、私は迷ったら進みます。何よりも、自分のことを信じようとしない臆病な自分に負けたくないから。だから、私は進みます!迷うからこそ進むんです!」
私は、最後までユリアン副長の瞳から視線をそらさなかった。
「覚悟はあるのか?」
「はい!」
私は即座にそう答えた。瞬間、ユリアン副長の瞳に温かな光が宿ったように見えた。
「なら、見事貫き通してみせればいい。もし、それができたのならその言葉を受け入れてやろう」
そう言い放つと、ユリアン副長はくるりときびすを返し艦内へと戻っていった。私はもう一度、空を見上げて目を閉じた。
(今、できることを精一杯やろう!私にはそれしかできないんだから!)
目を開き、大きく深呼吸した。
(私、がんばります!)
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