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理科「星空の観察」(1)

ゆっくりとですが話は展開していきます。

 モレルさんのあたたかな思いやりと、ご馳走のおかげで、思いがけず楽しい晩餐となった。モレルさんは、私たちに皇帝海老の取り方や、今までに出会った不思議な生き物の話をいくつもしてくれた。そのたびに、私たちは驚いたり、笑ったりした。そうして、いつの間にかモレルさんとも、わだかまりなく話せるようになっていた。けど、瞬だけは最後まで口を開かなかった。そんな瞬に、モレルさんはこんなことを言った。

「別に無理する必要はないさ。けど、これだけは知っておいてくれ。俺は、お前のそういうところが大好きだ。」

満面の笑顔でそう話したモレルさんの視線から目を背けるようにして瞬は「はい」とだけ答えた。

 食事が終わり、後片付けを始めると、皿洗いをしている知己のもとへミズキが駆け寄っていくのが見えた。そして、知己の耳元で何かをささやくと嬉しそうな顔をしながらこちらへと帰ってきた。

「どうしたの、ミズキ。なんだか嬉しそう」

「はい!だって、この後、知己さんとデートですから!」

 バキッ

 木が折れる乾いた音がした。

 見ると、真友ちゃんが箒の柄をへし折っていた。

(・・・怖い)

 こちらに背を向けているので表情は分からなかったけど、無言で箒の柄を握りつぶしているその背中からははっきりと怒りのオーラが見て取れた。

「ねえ、ミズキ。デートって本当?」

 私は真友ちゃんが聞きたいであろう事を代わりに尋ねてみた。

「はい!」

 弾んだ声が返ってくる。

「だって、二人きりで夜空の星を見に行くのですから、これは立派なデートですよね」

(あ、そうか。昼間の約束だ)

「そう言われてみれば、デートって言えるかもしれないね」

「ですよね!私、なんだかドキドキしてきました。実は、私、デートって生まれて初めてなんです。希望は経験ありますか?」

「ない、ない。一回もないよ」

「真友さんは、どうですか?」

 真友ちゃんの肩がびくっと震え、少しの沈黙の後

「・・・な・い・わ。」

 地の底から聞こえてくるような低い声が返ってきた。

「じゃあ、後でどんな風だったか報告しますね」

 そう言うと、ミズキはテーブルの上の片づけを手早く終えて食堂の外へと出て行った。

(ミズキ、嬉しそうだな)

ミズキが元気になって本当によかった。

誰かを好きになるということは、こんなにも人を元気にすることができるんだ。

そんな風に思った。けど、

(・・・・・・)

 壊れた(壊した)箒を握り締めたまま、無言で立ち尽くす真友ちゃんの姿を見てしまうと、手放しに喜ぶわけにはいかなかった。

(二人が別々の人を好きになれば良かったのかな)

 二人の気持ちを考えると、そんなことも考えてしまう。だけど、心のどこかでそうじゃないって言っている自分もいた。

(大切な二人が、私の大切な幼馴染のことを好きになってくれた)

 同じ人、同じものを大切にし、好きになることは、とても素敵なことじゃないのかな。

(けど・・・)

 恋はきっと、好きな人にとっての一番になりたいと思うもの。だから、競争になってしまう。だって、どんな競争でも全員が一番にはなれないから。

(誰かを傷つけることでしか、一番になれないのなら、私は恋をしたくないな)

 だんだん憂鬱な気分になってきている自分が嫌になって、大きく頭を振った。そして、大きく息を吸って、

「よしっ!」

 と自分だけに聞こえる声で気合を入れた。

(とにかく、今は目の前でつらい思いをしている仲間のために出来ることを探し、精一杯やろう。『今、出来ることを精一杯』だ!)

 尾田先生の言葉を思い出すと、不思議なくらい元気が出てきた。沈んでいた気持ちがぐんぐん浮かび上がってくるのを感じると、私は勢いそのままに真友ちゃんに声をかけた。

「真友ちゃん!」

 思わず声が大きくなってしまった。真友ちゃんは、びくりと震えてこちらを向いた。私は真友ちゃんのそばまで近寄ると小声で囁いた。

「誰に負けても、自分に負けちゃだめだよ」

 真友ちゃんははっとして、目を見開くと私の目をじっと見つめながら大きくうなずいた。私はそれを見て取ると言葉を続けた。

「それにね、」

 私は厨房で皿洗いをしている知己を大きな声で呼んだ。

「なんだ?今、手が離せねえんだよ」

「あのね、知己。この後、ミズキと何しに行く約束したの?」

「ああ、そのことか。星の観察だよ。今日は星が綺麗だから、一緒に見たいって言ってたからな。希望も見たいんなら、一緒に来ればいいじゃねえか」

「ううん、遠慮しとく。だって、デートの邪魔をしちゃ悪いし」

 私の言葉に、真友ちゃんはまた体を震わせた。

「デート?誰が?」

「あなたが、ミズキとよ」

「別に、デートなんかじゃねえよ。一緒に星を見るだけじゃねえか。それによ」

 知己は、皿洗いの手を休めて泡だらけの手で鼻の頭をかく仕草をした。

「それに、デートってのは好きなもの同士がするもんだろ」

 平然とそう言い放った知己に、私は

「そうかもしれないね」

 と笑顔を返した。

「ごめんね。お皿洗いの邪魔しちゃって。そっち、手伝おうか?」

「別にいいよ。もうちょっとで終わるし」

 知己との会話を終えると、私は真友ちゃんのほうを向いた。すると、そこにはさっきとは打って変わって元気な姿の真友ちゃんがいた。

「ということだそうです」

 私が言うと、

「知己らしい」

 と真友ちゃん。

「元気出た?」

「うん!」

「よかった。真友ちゃんが、元気になって」

「ありがとね、のぞちゃん。・・・だけど」

 何かに思い当たったように、真友ちゃんは表情を曇らせた。

「どうしたの?」

 私が聞くと、真友ちゃんは視線を知己の方へ向けたままつぶやくようにこう言った。

「・・・少しだけ、ミズキがかわいそうかなって」


 

「高山さん、この星空は北半球のものです。デネブ、アルタイル、ベガの夏の大三角が見えます」

「本当?どれがデネブなの?」

「あそこに見える十字の形をした星座が白鳥座で、その尾にあたる部分で一際輝いているのがデネブです」

 私は瞬の指差す方向に目を凝らしてみた。すると、確かに一際輝いて見える星があった。

「あ、分かった。あれがデネブでしょ」

 瞬は笑顔を浮かべてうなずいた。私は、また夜空へと目を向けた。

(星が降ってきそうだ)

 満天を埋め尽くす星たちの瞬きに、私は言葉をしばらく言葉を失った。目を凝らせば、凝らすだけ夜空の向こうから星が浮き上がってくるようにも見えた。

(吸い込まれそうだ)

 船の揺れと、波の音がより一層強くそれを感じさせた。

「けど、この星空は僕たちの知っている星空とは全く別物ですね」

 瞬の言葉に我に帰った。

「どこが違うの?」

「アルタイルとベガの別名を知っていますか?」

「えーと、確か織姫星と、彦星じゃなかった?」

「はい、その通りです。では、織姫星と彦星と言えば、高山さんは何を思い浮かべますか?」

 そこまで言われて、私はあることに気がつき、夜空を見上げた。

「・・・本当だ・・・ない。」

 目の前に広がる夜空には、織姫星と彦星を分け隔てていた天の川がなかった。

「何がないの?」

 少し離れた場所で物陰に身を潜めるようにしていた真友ちゃんが尋ねてきた。私は、控えめな声で、「天の川」そう言って夜空を指差して見せた。真友ちゃんは、夜空を見上げて確認すると、納得した様子でこう言った。

「本当だ、ないね。・・・よかった」

(よかった?)

 真友ちゃんの言葉の意味が気になって、真友ちゃんの隠れている物陰に身を潜めた。

「ねえ、真友ちゃん。何が、よかったの?」

「???」

 頭をかしげる真友ちゃんに、私はもう少し分かりやすく聞いてみた。

「天の川がなくて、どうしてよかったの?」

「あ、ああ。そのこと。だって、天の川がなかったら織姫と彦星はいつでも一緒にいられるじゃない」

 そう言ってから照れくさそうに笑った真友ちゃんは、とてもいじらしくて可愛かった。

(どうして、この可愛さが知己には分からないんだろう)

 こんなに可愛くて、女の子らしい真友ちゃんに知己はいつもちょっかいをかけては喧嘩をしている。今までは、それでもよかった。だって、二人はいつも楽しそうに喧嘩をしていたから。けど、ミズキという恋敵が現れて、二人の関係が大きく変わってしまった。素直に自分の気持ちを伝えるミズキ。自分の気持ちを素直に言えない真友ちゃん。真友ちゃんとミズキの気持ちに気づかない(もしかしたら、気づこうとしない)知己。

(三人の間には、目に見えない心の天の川があるのかもしれない)

 そんなことを思って、私はもう一度空を見上げた。夏の大三角が一際輝いて見えた。

(知己と、真友ちゃんと、ミズキみたいだ)


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