夜の給食
今日も更新完了です。何とか午前様にならずにすみました。
たった一日ぶりなのに、食堂のにぎやかさが懐かしかった。私たちは用意された大きなテーブルを囲むように座った。私が席に着くと、さも当然のように知己が隣に座ってきた。そして、知己の隣にはミズキが座った。昼のあの時以来、ミズキが知己のそばを離れたのは、トイレの時くらいかもしれない。
「のぞちゃん、お願いがあるんだけど!」
勢い込んでそう言ったのは真友ちゃんだった。
「あたし、のぞちゃんの座ってる椅子が気に入ってるんだ。よかったら、席を替わってくれない?」
とっさに、真友ちゃんの意図していることを理解した私は快く返事をしようとした。けれど、
「べつに、どの椅子も変わんねえじゃねえか。どこがちがうんだ?」
「うるさいわね!あたしにしか、この椅子の良さは分からないのよ!」
苦しい真友ちゃんの言い訳に、知己は
「じゃあ、椅子だけ交換すりゃあいいじゃねえか?おい、希望。椅子だけ交換してやれば」
真友ちゃんの気持ちを意にも介さないようなその返事に、私は少し腹が立った。
「知己、そんな言い方ないんじゃないの」
「そんな言い方ってどんな言い方だよ?」
「真友ちゃんは、私にお願いしたんだから、知己が口を挟むことないって言ってるの!」
私が冷たくそう言い放つと、知己は黙って俯いてしまった。
(ちょっと、きつく言い過ぎちゃったかな。でも、知己だって悪いんだからね)
真友ちゃんの気持ちに全然気づかない知己にはいい薬だと思った。けれど、よく考えて見れば知己は別に悪いことはしていないし、言ってもいない。ただ、真友ちゃんの知己を好きだという気持ちに気づいていないだけだ。
(気持ちに気づかないだけで、人を傷つけてしまう・・・なんだか、怖い)
人の心も、気持ちも目には見えない。その見えないものに気づかない知己を責めるようなことを言ってよかったのかな・・・
「ごめんね、知己。ちょっと、きつく言い過ぎたみたい」
「・・・別にいいよ。気にしてねえし」
俯いたまま知己はそう答えた。
「でもね、私、もともと真友ちゃんの座っている席と替わってもらおうと思ってたの。瞬に少し聞いておきたい事があったから」
知己は、ちらりと私の方を見ると、すぐに目を反らした。
「希望がそれでいいんなら、俺は別にいいぜ」
さびしそうにそう言う知己の横顔に、私は小さい頃のことを思い出した。
(そういえば、あの時もこんな顔をしてた)
胸がちくりと痛んだ。だから、私は自然と
「ごめんね」
そう口にしていた。
その後、私と真友ちゃんは席を入れ替わり、食事を始めた。ミズキは相変わらず知己に話しかけていたけれど、当の知己は一言もしゃべらずもくもくと夕食を口に運んでいた。真友ちゃんはといえば、先ほどの件が気にしているのか、せっかく知己の隣に座ったのに一言もしゃべろうとしなかった。
(ごめんね、まゆちゃん)
私が知己に対してあんな態度を取らなければ、こんなことにはならなかった。そんな悔いる気持ちが湧き上がってきて、気持ちがだんだんと沈んでいくのを感じた。
(真友ちゃんの言うとおりだ。私は自分の言葉一つ、大切にできていない)
自分の中に俯き、後ろに下がろうとする自分がいる。けど、そんな自分が強くなろうとするたびに、もう一人の自分が声をあげる。
(『今、自分にできることを精一杯』だ!)
そうだ、後悔なんかいくらしたってきりがないんだから。それよりも、今、私に出来ることを探して、それを精一杯やることだ。
(負けるな!負けるな!)
そう自分に言い聞かせた時、瞬が私に声をかけた。
「なんだか、さびしくありませんか」
私の気持ちを言い当てたようなその言葉に、私は素直に「うん」と答えていた。
「いつも、さわがしくて、もう少し落ち着けばいいと思っていましたが、いざ落ち着いてしまうと、こんなにさびしいものなんですね」
そう言って席を立った瞬は知己の後ろに回りこみ、すかさず後頭部を平手ではたいた。
「いてっ!何すんだよ!」
知己は勢いよく椅子から立ち上がり瞬をにらみつけた。
「お前に、静かなのは似合わないって伝えに来た」
「だったら、口で言えばいいじゃねえか!」
「口じゃ伝わりにくいと思ったからな」
そう言って、屈託なく笑う瞬に、知己は拍子抜けしたのか語気を弱めた。
「ちぇ、もういいよ。俺もらしくねえかなって思ってたとこだし。けどよ、お前、暴力反対だったんじゃねえかよ。これって、立派な暴力だぞ」
「これは、暴力じゃない」
瞬はきっぱりと言い切った。
「じゃあ、これはなんなんだよ。けっこう、痛かったぞ」
「まあ、強いて言えば、薬みたいなものだ」
「はあ?」
「『良薬口に苦し』って言うだろ。暴力は、自分の意に沿わない相手、もしくは、自分の意に従わせたい相手に向けられる力だ。けど、俺はお前のことを親友だと思っている。親友のお前にいつものように上にバカがつくらい元気になってほしいと思っている。そのことを手っ取り早く気づかせたかったから頭をはたいた。だから、これは暴力じゃない」
「・・・」
知己は何も言い返さなかった。というか、多分だけど瞬の話を半分も理解していないような気がした。
「もういいか?」
瞬の問いかけに、知己は少し考えた後、口を開いた。
「・・・まあ、なんだ。・・・とりあえず、瞬は俺のために頑張ってくれたってくれたってとこは分かったと思う」
「じゃあ、もういいな」
「おう、サンキュ」
知己が右手を高々と掲げると、瞬はすかさずハイタッチをした。
「いいねえ、男同士の友情ってのは」
背後から知己と瞬の肩を丸太のような腕で抱き寄せながらそう言ったのはモレルさんだった。
「暑っ苦しいな、おっさん。離せよ」
「わははは。悪い、悪い」
そう言うと、モレルさんは隣のテーブルから椅子を引き寄せてきて、そこに座った。
「せっかくだから、俺も仲間に入れてもらおうと思ってな」
にこやかにそう話すモレルさんとは対照的に、知己と瞬はあきらかにモレルさんを敵視していた。
「残念だけど、俺はおっさんを仲間に入れるつもりはねえぜ」
知己がそう言い放つと、瞬も
「その点に関しては、僕も同感です。もうしわけありませんが、お引取り願えますか」
と冷たく言い放った。けれど、モレルさんは全く表情を変えずにニコニコしながら、こう言った。
「まあ、そう言うな。お前たちの気持ちも分からんでもないが、艦長には艦長の考えがあってのことだ。それに、俺はただでお前たちに許してもらおうなんて虫のいいことを言ってるわけじゃねえんだからよ。おーい、例のもの持ってきてくれ」
モレルさんの呼び声に、厨房があわただしくなった。そして、運ばれてきたのは・・・
「でっけえー!なんだよ、これ!」
知己の叫びは、私たち全員の叫びだった。4人がかりで運ばれてきた大きな皿の上には、1メートル近くはあろうかという巨大な海老がボイルされて盛り付けられていた。
「どうだ、俺がお前たちのために取ってきた、皇帝海老だ。美味そうだろ!」
モレルさんにそう言われる前から、私の口の中にはよだれがあふれていた。みんなも同じようで、つばを飲み込む音が何度も聞こえてきた。
「これは、俺からのつぐないの意味も含めた贈り物だ。何も言わずに受け取ってくれ」
そう言いながら深々と頭を下げたモレルさんの姿は、本当に立派で大人の威厳のようなものを感じさせた。
「つまり、おっさんはこの海老を俺たちに食べてくれって言ったのか?」
「そうだ。思う存分食ってくれ」
「よっしゃあ!」
リレーのバトンくらいある海老の脚を引きちぎると、そこからあふれ出た身にかぶりついた。
「・・・」
みんなが固唾を飲んで見守る中、知己は海老をくわえたまま固まってしまった。
「大丈夫、知己?」
私が声声をかけると、知己はびくりと体を震わして、そのまま残りの海老の身を一気に飲み込んだ。そして、
「ぁぁぁぁんじゃぁぁぁ、こりゃぁぁぁぁ!!!!」
動物の叫びにも似た知己の声が食堂中にこだました。見ると、知己は泣いていた。
「いいのかよ、こんなにうまいものがこの世にあって!」
「そんなにおいしいの?」
真友ちゃんの言葉に、知己は無言で自分の時と同じように海老の足を引きちぎると真友ちゃんの口の中に突っ込んだ。
「・・・(涙)」
口に海老の足をくわえたまま、無言で涙を流す真友ちゃんを見て、私は
(人は、自分の想像を超えたおいしいものに出会ったときでも涙を流すことがあるんだ)
と思った。
「さあ、遠慮せずに食え」
モレルさんの言葉に、私たちは一斉に目の前のご馳走に手を伸ばした。
目の前の巨大な皇帝海老は、あれよあれよと言う間に殻だけとなった。みんな満足そうに笑顔を見せながらお腹をさすったり、お水を飲んだりしていた。
「はあ、食った食った」
知己はベルトを外しただらしない格好で椅子の上でふんぞり返っていた。
「ちょっと、知己。口元に食べかすが残ってるわよ」
真友ちゃんが注意すると、知己は右手で口元をごしごしと拭いて見せた。
「どうだ、取れたか?」
「まだ、残ってるわよ」
「じゃあ、真友。取ってくれよ。」
知己の考えなしの発言に、真友ちゃんは顔を真っ赤にした。
「な、な、なんで、あたしがあんたの食べかすを取ってあげなくちゃいけないのよ!」
「いや、べつに。お前が教えてくれたんだから、そのほうが手っ取り早いかなって思っただけだぜ」
けろりとしてそう言った知己には、本当に他意はないようだった。真友ちゃんも、そのことを感じ取ったのか、少し落ち着きを取り戻してこう言った。
「別に、いいわよ。取ってあげても」
「サンキュ」
そう言って顔を真友ちゃんの方へと突き出して、目をつむった。
「じゃあ、取るわよ」
そう言って知己の口元に伸ばされた真友ちゃんの手はかすかに震えていた。
(よかったね、真友ちゃん)
ほんのささいなことかもしれないけれど、好きな人のために何かをしてあげられるのは本当に嬉しいことだから。
「はい、取れたわよ」
真友ちゃんが、食べかすをつまみ取ると、知己はパチリと目を開けた。そして、何かに驚いたように目をしばたかせた。
「何よ、どうかしたの?」
「いや、その、なんだ」
照れくさそうに鼻の頭をかきながら、知己は言葉を続けた。
「お前って、やっぱり女なんだなって。そう思ったら、ちょっと照れくさくなってよ。おかしいよな、いつも一緒にいるのに今更何言ってんだって感じだよな」
「・・・」
照れながら話し続ける知己に、真友ちゃんは作り笑いを浮かべながら何も答えなかった。ううん。多分、何も答えられなかったんだ。
「おい、おい。知己。あんまり、女の子を困らすんじゃねえぞ」
モレルさんの言葉に、知己はあわてて反論した。
「別に、俺は何もしてねえだろ!何もしてねえって言うか、してもらったほうだし」
「やれやれ」
モレルさんは呆れ顔で言葉を続けた。
「お前はいい奴だが、もう少し女心っていうものを分かったほうがいい」
「???」
「まあ、まだ『男の子』してるお前にはまだピンとこんかもしれねえが、女って言うのはお前らぐらいの歳になれば早いやつは、もう『女の子』から『女』になっちまうんだぜ」
「何言ってんだよ、おっさん。『女の子』も『女』も一緒じゃねえか」
「それが、全然違うんだ。まあ、お前にもそのうち分かるときが来る」
「そんなもんなのか?」
「そんなもんだ」
「ところで、おっさん」
「なんだ?」
「海老、美味かったぜ。ありがとうな」
そう言って、知己は笑顔を見せた。それを見たモレルさんは、本当に嬉しそうにこう言った。
「お前は、本当にいい奴だよ」
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