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三日目 「信頼の意味」(2)

昨日更新したつもりのものが更新されていなかったので、再度UPします。

 部屋の中は思ったよりも広く、そして明るかった。

「俺、もっと牢屋みたいなところかと思ってた」

 そう言った知己の言葉が私の気持ちそのままだった。それくらい、この部屋は私の想像とはかけ離れていた。

 部屋の中央に天蓋つきのベッドが置かれており、そこに彼女は寝かされていた。そして、左の壁側には二段ベッドが二台備え付けられ、いつでも仮眠ができるようになっていた。右側の壁には小さな本棚と、机、それにティーセットが置かれていた。

 部屋に入ると真友ちゃんは、すぐにベッドに寝ている彼女の様子を窺いにいった。

「のぞちゃん、見てみて。ほら、お姫様みたい。」

 真友ちゃんにうながされ、彼女の寝顔を覗き込んだ。鮮やかなブロンドの髪が枕元で広がり、彼女の肌の白さを一層際立たせていた。

「綺麗・・・」

 後は言葉にならなかった。真友ちゃんの言うとおり、穏やかで気品のある彼女の寝顔はまさに物語に出てくるお姫さまそのままだった。それだけに、背中から見え隠れする爬虫類を思わせる緑色の羽が禍々しく、痛々しく見えた。

「じゃあ、交代でこの娘を看病しましょ」

 真友ちゃんの提案で、あたしたち五人は交代で彼女の看病をすることにした。時間が分からないので食事の時間を基準に、一日を三等分して二人一組で交代することにした。彼女の体を拭いたり、着替えさせたりするのは女の子にしかできないので、男の子は女の子のサポート役に回ってもらうことにした。

「サポートったって。何をすればいいんだ?」

 知己の質問に真友ちゃんが即座に答えた。

「そんなの決まってるじゃない。あたしたちが言った通りにすればいいだけよ」

「だから、たとえばどんなことだよ?」

「そうね・・・たとえば、あたしたちの肩を揉むとか」

「お、それなら任せろ。俺、母さんの肩いつも揉んでるからな。プロ並だぜ」

「へえ、すごいね。じゃあ、早速あたしの肩を揉んでもらおうかしら」

「いいぜ・・・って、なんで俺がお前の肩を揉まなくちゃなんねえんだよ。最初は瞬と真友だろ。頼むんなら瞬に頼めよ」

「僕でよければ喜んで肩を揉ませていただきますよ」

 瞬がにこやかにそう答えると、真友ちゃんはあわてて両手を振った。

「冗談よ、冗談。瞬に肩なんか揉ませられないよ」

「そうですか。僕も母の肩揉みをよくしているので、結構うまいですよ」

「へえ、以外。でも、いいや。瞬にはいつもお世話になってるのにそんなことさせられないよ」

「じゃあ、俺ならいいってのかよ」

「当然」

 真友ちゃんの言葉に、知己は食って掛かろうとしたが、ベッドのほうをちらりと見るとふてくされたまま、二段ベッドの上にあがりそのまま寝てしまった。

(彼女に気をつかったんだ)

「いいところあるね」

 あたしがそう言うと、真友ちゃんは、「まあね」と少しさびしそうに答えた。

 それから、次の当番になる刹那ちゃんにはベッドで休んでもらって、私たち三人は彼女が眠るベッドの傍らに椅子を置いて今後のことについて話をした。

「後藤さん、高山さん。二人に確認しておきたいことがあります」

 瞬の様子から真面目な話だということが分かった。というか、瞬が真面目でない話をすること自体めったにないことなんだけど。

「お二人は、この世界が夢の中だと思っていますか?」

 真友ちゃんは即答した。

「思わない。だって、何もかもが本物としか思えないもの。けど、三日前までの学校での生活が嘘だったとも思わない。だから、結論としては『分かんない』かな」

 平然とそう答えた真友ちゃんに、瞬はにこりと笑った。

「高山さんはどうですか?」

 少し考えて、「私も、分からない」そう答えた後、こう言葉を続けた。

「けど、今は、目の前で苦しんでいるこの娘を何としても助けたい。この気持ちだけは、たとえ夢の中だったとしても変わらない」

「では、高山さんは、この世界から抜け出したいとは思っていないのですね」

「うん。今は、この娘を助けることが大切」

 私は自分の気持ちをしっかりと伝えようと、瞬の目をじっと見つめた。瞬は、笑みを浮かべると、今度は真友ちゃんに聞いた。

「後藤さんは、どうですか?」

 さも当然そうに真友ちゃんはこう答えた。

「のぞちゃんが、ここにいるって言ってるんだから、ここにいるに決まってるじゃない。どうせ、瞬もそうでしょ?」

「ははは、そうですね」

 瞬が笑うと、真友ちゃんもくすくす笑った。すると、

「俺もいるぜ!」

 そう言ったのはベッドで寝ているはずの知己だった。見ると、知己はベッドの上から右手を天井に向かって突き出していた。

「あんた、寝てたんじゃなかったの?」

 知己は右手を下ろすと、すぐにわざとらしいいびきをかき始めた。

「起きてるんなら、起きてるっていいなさいよ。バカじゃないの?」

「バカに、バカって言われたくねえ」

「何ですって!」

「寝言だ。気にすんなZZZZZ.・・・・」

「そんな、はっきりとした寝言があるわけないでしょ!」

 次第にヒートアップしてきた真友ちゃんの声はだんだん大きくなっていった。

「真友ちゃん。声を抑えて」

 私が注意すると、真友ちゃんは目の前で静かに眠る女の子に気づき、すぐに口を閉ざした。そして、小さな声でこう言った。

「ごめんね。ありがとう」

 私は、笑顔で応えた。

「やーい、怒られてやんの。って、これ寝言だぜ」

 先ほどよりも抑えられた声で知己がそう言うと、真友ちゃんはさっと立ち上がり、つかつかと二段ベッドに近寄った。

「寝言でも、なんでもいいからそこで聞きなさい。あんた、一昨日マストから飛び降りて平気だったわよね。だから、覚えておきなさい。この借りは、あたしの全力を使ってあんたの体に返すからね。覚悟しておきなさい」

 そう言った、真友ちゃんの声は恐ろしく低く、まるで地の底から聞こえてくるようだった。正直、私は怖いと思ったのに、知己ときたら、

「俺、もの覚え悪いから、ってこれ寝言だぜ。ついでに、言えば寝てる間に何言われても覚えてるわけねえっての。ってこれも寝言。じゃあ、おやすみ。ってこれも寝言だぜ・・・ZZZ」

 眠そうにそういい終わると、今度は本当に眠ってしまったようで静かな寝息が聞こえ始めた。

真友ちゃんは、肩を怒らしながらまた椅子に座った。

「本当に、腹が立つ。なんで、あいつはいつもいつも・・・」

「まあ、まあ。後藤さんが腹を立てる気持ちも分かりますが、話を続けてもいいでしょうか?」

「ああ、ごめんね。話の腰を折っちゃって。で、瞬は何が言いたいわけ」

 瞬は、浮かべていた笑みをさっと消して真顔で話し始めた。

「僕たちは、いつまでかは分かりませんがこの世界で生きていくことになります。さしあたっての僕たちの目の前にある課題はこの娘を救うこと。今は静かに眠っていますが、副長の言うことが嘘でなければ、この娘の心が砕けたとき亜種と呼ばれる恐るべき存在になってしまいます。艦長や副長、その他の方々は亜種の恐ろしさを知っているようでしたが、僕たちは一昨日の巨大イカのことしかしりません。そこで、僕たちが一緒にいられるこの機会に情報を交換しつつ、今後の対策を練りたいと思っています。」

「OK。瞬の言いたいことは分かったわ。要は、あたしたちがこの世界で生き抜くための知恵をひねり出そうってことでしょ。」

 真友ちゃんの言葉に、瞬は深くうなずいた。

「そこで、『海賊紳士』に詳しい後藤さんに聞いておきたいことがあります。」

 真友ちゃんは目をきらきらと輝かせた。

「『海賊紳士』の原作の中で、今起こっている出来事と似たような物語はありますか?」

「ちょっと似ているといえば、三巻の『翼を持った少年』かな。」

「それは、どんな話ですか?」

「えーとね。仲間集めの旅の途中で漂流している少年を助けるの。その少年はウェルウィチア帝国領にあるシオン島から逃げてきた子で、背中に翼が生えてたの。その少年は帝国の非公式の組織である『言葉なき犬達サイレンス ドッグス』の研究所から逃げてきた子なの。その研究所では、海賊行為によって各地から異能力を持った子どもたちをさらってきて、『言葉なき犬達』の戦闘員とするため訓練が行われてたの。ちなみに、『言葉なき犬達』が『海賊紳士』の中に初めて出てくるのは二巻の終わりで、ケネスの命を狙いにきた刺客からユリアンが身を挺して守るの。その時のユリアンはめっちゃくちゃかっこいいの。傷だらけになったユリアンにケネスが『私のために君が命を捨てることは許さない。君の幸せこそが私の命の使い場所なのだから』って言うと、ユリアンは『私はあなたのために命を捨てるつもりなどありません。私はあなたのために命を使いたいだけです。大切な人のために自分の命を使うこと以上の幸せはないのですから』っていうの。もう、めっちゃくちゃいいシーンなんだから。瞬も、読んでないのなら一度読んでみなさいよ。なんだったら、あたしが貸してあげるから。」

「ええ、今度ぜひ。ところで、話の続きなんですが、三巻の内容は少年が助けられた後どうなるのですか?」

「ああ、ごめん。えーと、あ、そうそう。それでね、少年の話を聞いたケネスは『言葉なき犬達』の訓練所から子どもたちを救い出すことを決意するの。ユリアンの反対を押し切って訓練所のあるシオン島に向かったの。けれど、実は少年はケネスを暗殺するために送り込まれたスパイだったの。シオン島に残された妹を人質にされて仕方なくだったんだけどね。それで、あと一日でシオン島に到着するというところで少年はケネスと二人きりになったところで隠し持っていた短剣をケネスにつきつけるの。それでね・・・」

 真友ちゃんの話はその後、1時間くらい続いた。あらすじを聞いているだけだったけど不思議と退屈しなかった。むしろ、真友ちゃんの話してくれる『海賊紳士』のあらすじはとても魅力的で、一冊の本を読み終えたような感動があった。だから、私は真友ちゃんが話し終えた後、小さく拍手をした。真友ちゃんは、それを見ると照れくさそうに笑った。

「真友ちゃんの話、とても面白かったよ。今度、『海賊紳士』三巻読んでみるよ」

「うん。ぜひ、読んでみて。本当に、めちゃくちゃ面白いから」

「後藤さん。ありがとうございます。とても分かりやすく、参考になりました」

「へへへ。瞬に、そう言われると、なんだか照れちゃうな」

「ですが、ちょっと気になる点があったので質問してもいいですか?」

「いいわよ。『海賊紳士』のことならなんでも聞いて」

「では」

「ちょっと、待って」

 私は瞬の話をさえぎると、女の子の額に載せた濡れた白いタオルをそっと持ち上げた。

「タオルを濡らしてくるから、少し待っててくれないかな」

 そんな私の様子を瞬はなんだか嬉しそうに見つめながら「どうぞ」と答えくれた。私は、部屋の片隅に置いてあった水の入った桶の中にタオルを浸すと軽く絞った。そして、また元の場所に戻り、そっと女の子の額に濡れタオルを載せてあげた。

「ごめんね。待たせて。瞬、話の続きをお願い」

「分かりました。では、後藤さん。『海賊紳士』の中に『亜種』と呼ばれる存在は出てこないのですか?」

「そうそう、それよ。『亜種』なんて、『海賊紳士』の中には一度も出てこないのよ。それに、リノンさんに、あの緑色の髪の女の子。たしか、エヴァだったっけ。あの娘も物語の中には出てこないよ。」

「分かりました。ありがとうございます。では、あと一つだけ。後藤さんにとって『海賊紳士』の一番の魅力はなんですか?」

 真友ちゃんは、少し考えた後こう答えた。

「仲間作り」


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