三日目 「信頼の意味」(1)
今日の更新完了です。自分の書いた作品を読んで、添削して更新することが日々の日課になりつつあります。
次の日の昼ごろ、私たち四人と刹那ちゃんは艦長室に呼ばれた。艦長室の中に入ると、中には、ケネス艦長を中心に左手にユリアン副長とモレルさん。右手に初老の男の人とリノンさんがいた。
「仕事中に呼び立てて申し訳ない。実は君たちに頼みたいことがある」
開口一番そう言ったケネス艦長は、机の上に置いてあった指輪を私たちに見せてくれた。
「これがなんだか分かるか?」
見せられたペンダントは金色で二羽の鳩が交差している彫刻が施されていた。私と真友ちゃんと知己が頭をかしげるなか、瞬は即座に答えた。
「ムグンファ自治領のシンボルですね」
(えー!瞬、何で知ってるの!)
私の驚きをよそに、ケネス艦長は話を続けた。
「そうだ。この指輪はあの女の子を救助したときにはめていたものだ」
「ということは、あの子はムグンファ自治領から連れ去られてきたということですか?」
「おそらくな」
「彼女は亜種ですね」
瞬の言葉に、ケネス艦長の表情が曇った。そして、ためいきまじりの小さな声で「そうだ」と答えた。
(なんだか、つらそう)
唇をかみ締め、眉をしかめ、両方の拳はまっしろくなるまできつく握り締められていた。その様子は、悲しみをこらえているようにも、怒りをおさえているようにも見えた。
「ここからは、私が話しをさせていただいてもよろしいですか?」
「ユリアン・・・ああ、頼む」
ユリアン副長が私たちの前に立つと、ケネス艦長は部屋の奥にある長椅子に座った。
「今回の航海の目的は、君たちも知っての通り、シオン島を拠点にしてムグンファ自治領内を度々襲撃している海賊をウェルウィチア帝国正規軍に知られることなく撃滅することにある。そのためにも、詳しい情報を確認する必要があったためムグンファ自治領に寄航し、現地の協力者と合流する予定だった」
ユリアン副長は、一度口を閉じ、ケネス艦長のほうをちらりと見たあと言葉を続けた。
「が、しかし。彼女が見つかったことで状況は一変した。彼女は、おそらくムグンファ自治領領主の長女ミズキだ」
「なんでそんなこと分かるんだ?」
知己の素朴な問いかけに、ユリアン副長は即座に答えた。
「彼女の金色の髪と、その指輪だ。その指輪に描かれているムグンファ自治領のシンボルの鳩には通常目は描かれない。目は、自治領の行く末を担うものを意味し、領主の後継者となる資格を持ったもののみが、目の入ったシンボルを所持することが許されている。そして、彼女の金色の髪も、彼女が領主に連なるものであることを示している」
「領民の殆どが僕たちと同じ黒髪の東方系であるのに対し領主一家および親族だけは代々金色の髪を受け継いできているからですね」
瞬の答えに、ユリアン副長は無表情のまま軽くうなずいた。
「そうだ。以上のことから彼女がムグンファ領主の長女ミズキであることが推察される。そして、そのことから我々の当初の目的を変更せざるを得ないことが明らかになる」
「どういうことだ?」
知己の言葉に、ユリアン副長は厳しい眼差しをさらに厳しくしながら答えた。
「領主の娘であるミズキが亜種になっているという事実がすべてを物語っている」
その言葉に、艦長をはじめモレルさんやみんなが深いため息をついた。そんな中、瞬が口を開いた。
「すみません。そろそろ僕たちへの用件を教えてくれませんか」
「ああ、すまない。では、君たちに頼みたいことを伝えよう。それは、彼女の立場を知った上で彼女に接触し、秘密裏に監視を行ってもらいたい。彼女が亜種である以上、事情がどうあれ彼女を無条件で受け入れるわけにはいかない」
「どうしてですか?」
思うより先にそう尋ねていた。
「理由を言わねばならないかね?」
表情一つ変えずにそう問い返してきたユリアン副長に気後れしながらも私は
「はい」
と答えていた。
「では、答えよう。亜種になっている以上、心が完全に砕けている、もしくは、砕けかけている可能性がある。心が完全に砕けているなら、目覚めたその瞬間、彼女は逃げ出すか、憎悪をむき出しにして襲ってくるだろう。よしんば、心が完全に砕け散っていなかったにせよ、何がきっかけで砕け散るか分からない。いずれにせよ、我々にとって彼女は危険な存在であるということは確かだ」
「亜種は危険な存在なんですか?」
「そうだ。我々の根幹をなす心が砕け散り、そのありようが根本的に変わるとき、あらゆる生物は亜種となる。亜種となったものは、自ら世界との絆を断ち切り、無限の孤独に陥る。絶望的な喪失感が支配するその世界は、心のありようだけではなく肉体をも変化させ、亜種となったものに異形の力を与える。そうして、亜種となったものは、自分以外の全てのものを等しく恐れ、羨み、蔑み、憎悪する。そして、何よりもそんな自分に対して絶望する。だからこそ、亜種は一度その異形の力を暴走させれば命が尽きるその時まで、破壊の限りを尽くそうとする。亜種にとって生きるということは苦しみでしかない」
ユリアン副長の厳しいまなざしが、今の言葉が真実であることをものがたっていた。だからこそ、私はこう答えた。
「だけど、彼女は人間なんですよね」
「そうだ。人間であり、亜種だ」
「じゃあ、私は彼女を人間として受け入れます」
ユリアン副長はまなざしを一層厳しくしてこう言った。
「貴様、死にたいのか」
「そんなつもりはありません」
「では、どういうつもりだ。亜種の恐ろしさは貴様も一昨日の件で十分知ったはずだ。」
その言葉に、胸の奥にしまっておいた恐怖心が顔を覗かせてくるのを感じた。
(だけど、私は・・・)
不安と恐怖で頭の中がいっぱいになる前に、私は心で答えた。
「彼女は人間です!」
そう叫んだ後、私は自分の思いをゆっくりと言葉にした。
「昨日、モレルさんは言いました。『同じ人間だ。救わないバカがどこにいる。』と。私にとってあの言葉が全てです。もし、彼女の心が砕けそうなのなら私が支えます。もし、彼女が孤独なのなら、私がそばにいます。私が仲間のみんなにしてもらったことを、今度は私がしてみせます」
「その甘ったれた考えで何人が犠牲になったと思ってる!」
艦長室を震わすかのような怒号が発せられた。ありありと怒りの表情を浮かべたユリアン副長の姿に、体中の震えが止まらなかった。体だけではなく、心まで震え上がり、萎縮してしまいそうだった。だから、私は
(負けるな、私!)
そう何度も心の中で叫んだ。そうして、崩れ落ちそうになる自分の思いを必死に繋ぎとめた。
「相手は亜種だ!そのことを忘れるな!」
その言葉に、私の中の何かが弾けた。
「彼女は人間です!!そして、私も人間です!人間が人間を信じなくて、一体何ができると言うんですか!」
いつの間にか私の両目には涙があふれていた。体は震え、心臓は高鳴っていた。もっと言いいたいことがたくさんあるのに、言葉がでなかった。頭の中がぐるぐる回って、今にも倒れ込んでしまいそうだった。そんな私にユリアン副長は容赦なく怒号を浴びせてきた。
「その甘さの為に、今まで何人死んだと思ってる!貴様の独りよがりな考えのために仲間を危険にさらすつもりか!」
私は何かを言いかけて、口を閉じた。
(私のせいで誰かが死ぬ・・・)
今までそんなこと考えたこともなかった。私は間違ったことは言っていない。そのことには自信があった。けれど、
(正しいことだからと言って、みんなを危険にさらしていいの?)
私の中の誰かがそう問いかけてきた。動悸が激しくなり、胸が苦しかった。不安と言う闇が心の中を覆いつくしてしまいそうだった。それでも、私の中の誰かがこう叫び続けていた。
(負けるな!負けるな!負けるな!)
私はその言葉だけを頼りに、精一杯の思いを込めてこう言った。
「私は彼女を信じます」
その言葉に、ユリアン副長の右手が振り上げられた。
「もう一度聞こう。貴様のその独りよがりな理想論のために、仲間を犠牲にするつもりか。」
私は何も答えられなかった。素直にユリアン副長の言うことを聞いておけばよかったのかもとも思った。けれど、今一番苦しんでいる彼女を同じ人間として扱わないような命令だけは絶対に聞けなかった。
「僕は別にいいですよ」
私は驚いて瞬のほうを見た。瞬は笑顔でこう言った。
「高山さんが彼女を信じるのなら、僕も信じます。たとえ、そのために命を落としたとしても悔いはありません」
「俺もべつにいいぜ。希望が言ったこと、俺は間違ってると思わねえし」
知己の言葉にユリアン副長は振り上げた右手をゆっくりと下ろした。そして、真友ちゃんと刹那ちゃんのほうを向いた。
「お前たちは、どうなんだ。こんなバカに付き合うことはないぞ」
真友ちゃんは、涼やかな顔で、
「そうね。バカかもね。けど、小さな一人ぼっちの女の子を腫れ物扱いみたいにしろっていうバカよりは、よっぽどましだと思うけどね。それに、あたし決めてるんだ。のぞちゃんのことは、何が何でも信じるって。ね、のぞちゃん」
そう言うと、真友ちゃんは私のほうへ近寄り、ポケットから取り出したハンカチで私の涙を拭いてくれた。
「ごめんね。のぞちゃん、一人に言わせちゃって」
私は目を伏せてうつむいた。泣き顔を見られたくなったからだ。
(瞬、知己、真友ちゃん。ありがとう・・・)
三人の言葉が、そこに込められた思いが本当に嬉しかった。嬉しくて、嬉しくて、嬉しすぎて涙がこぼれて仕方がなかった。
「正直、あなたには失望しました」
いつにない怒気をおびた瞬の声に私は目を上げた。見るとユリアン副長の目の前に瞬が立っていた。
「それに艦長を含めここにいる方々全員に僕は失望しました」
その言葉にユリアン副長は、表情一つ変えずに瞬の左頬を殴りつけた。
「てめえ、なにしやがる!」
ユリアン副長に飛び掛ろうとする知己を瞬は右手でさえぎった。
「いいんだ、知己。俺に任せてくれ」
瞬の言葉に、知己はしぶしぶ後ろに下がった。瞬は袖で切れた口元をぬぐうと言葉を続けた。
「高山さんの言葉をあなた方は独りよがりの理想論だと聞いたのかもしれない。けれど、僕は、僕たちは高山さんの言葉が偽りでないことを知っています。もし、高山さんの言葉が偽りであったのなら、今ここに僕たちはいません。僕たちが今こうして自分を好きでいられるのは高山さんがいたからです。だから、僕たちは高山さんの言葉を、思いを、理想を信じています。僕たちの尊敬する人がこんな言葉を教えてくれました。『人間にとって一番間違った行いは、理想を追い求めもせず、これが現実だからあきらめることだ。人間にとって一番すばらしい行いは、今この場所から決してあきらめることなく理想を求めて前に進み続けることだ。』と。この言葉を僕は時折忘れそうになる時があります。現実があまりにも厳しく、つらい時に。けれど、そのたびに高山さんが僕に思い出させてくれます。希望があるから、人は生きていけるのだということを。だから、僕はユリアン副長。あなたの言葉を許せません。僕のとった言動が失礼なことであることは承知しています。処罰も覚悟の上です。ですが、高山さんへの暴言は撤回してください。そして、謝罪してください」
そう言って、瞬は更に一歩前に出てユリアン副長のすぐそばに詰め寄った。
「私が謝罪すれば、満足なのか?」
「はい」
「しかし、私は謝罪するつもりはない」
「理由を伺ってもよろしいですか」
「貴様の言い分は分かった。確かに貴様の言うとおりであるならば、私の言葉は的外れな暴言であり、謝罪してしかるべきだろう。だが、貴様の言葉が真実であるという確証はどこにもない。つまり、そういうことだ」
「では、どうすれば謝罪してくれますか」
「言葉ではなく、行動で示してみせろ。貴様たちが希望を信じるというのなら彼女を見事救って見せることだ。お前たちだけの力で。それができたなら貴様の言葉を真実として認め、謝罪することを受け入れよう」
「もとよりそのつもりです」
「では、話はこれまでだ。あとのことはフレサンジュに聞け」
ユリアン副長はくるりときびすを返した。
「ちょっと、待ってください。僕への処罰がまだですが」
瞬の問いかけに、ユリアン副長は振り向きもせず、
「貴様の言葉が偽りだった時までとっておく。もっとも、偽りだと証明されたなら、私が処罰せずとも彼女によって貴様たちは皆殺しとなっていることだろう。以上だ。早々にここから立ち去れ」
その後、私たちはリノンさんにうながされるままに艦長室を後にした。部屋を出るとき見たモレルさん達はとてもつらそうな顔をして目を合わせようともしなかった。けれど、ケネス艦長だけは、まばたきもせず部屋から出て行く私たちのことを見つめ続けていた。
「リノンさんも、あいつと同じ考えなんですか?」
真友ちゃんの言葉に、リノンさんは黙ってうなずいた。
「じゃあ、あたしたちのことを信じてないってことですね」
「・・・・・・」
黙ったままリノンさんは船内の奥へと進んでいった。
「答えないってことは、信じてないってことですね。あーあ、やだやだ。これだから、大人は。さんざん、えらそうなこと言いながら、いざとなったら裏切るんだから」
真友ちゃんの言葉は、私の胸をぎゅっと締め付けた。私に向けられた言葉でないことはわかっているけど、もし自分が言われたらと思ったらつらく、悲しかった。だから、私は
「真友ちゃん、もう止めて」
「なんでよ。のぞちゃんだって腹が立ってるでしょ」
「うん。でも、真友ちゃんや、みんながいっぱい怒ってくれたから大丈夫。それに、本当はユリアン副長の言ってたことが正しかったのかもしれない」
「それは、ねえな」
私の言葉を即座に否定したのは知己だった。
「希望が言ってたじゃねえか。『人間が人間を信じられなくて、一体何が出来るんですか』って。あれが全てだろ。何が正しいかなんて俺には関係ねえ。俺にとって大事なのは、人を信じられない世界よりも、人を信じられる世界のほうが価値があるってことだ」
言い終わると、知己はあたしの頭の上に軽く右手を載せた。
「へへへ、尾田先生の真似。うれしいか?」
照れくさそうにそう言った知己はなんだか頼もしく見えた。
「ちょっとだけ・・・かな?」
「ちぇ、ちょっとだけかよ」
「でも、ありがとう。知己のおかげで、元気が出てきた。あと、瞬も真友ちゃんもありがとう。それと」
後ろを振り返り、私の服のすそを握りながらついてきている刹那ちゃんに笑顔を向けた。
「刹那ちゃんもありがとう」
刹那ちゃんは、うつむきながら小さくうなずいた。
しばらくして、リノンさんは大きな扉の前で止まった。
「ここで彼女は眠っているわ。今は、マリアが看病しているけれど、これからはあなた達が看てあげなさい。この部屋には生活に必要なものは一通り用意されている。食事は、きちんと届けてあげる。これがどういうことか分かるわね」
瞬は、リノンさんをにらみつけながら答えた。
「僕たちに、外に出るなと言うことですね」
「そういうこと。理由は言わなくても分かるわね」
そう言ったリノンさんの顔は、私たちに問い返す余裕を与えないほど真剣だった。だから、私たちはみんな一様に口を閉ざしたままうなずいた。それを見て取るとリノンさんは、不意に私の肩の上に両手を乗せた。
「希望」
リノンさんは静かで、それでいて力強い声で話し始めた。
「あたしも、あなたの言うことを間違いだとは思わない。けれど、厳しい現実を前にしてその思いを貫ける人はほとんどいない。人のために一生懸命になればなるほど裏切られたときの苦しみは想像を絶するものになる。だから、希望。これだけは覚えておきなさい。」
肩に乗せた腕に力が込められた。
「もし、あなたが彼女を信じるというのなら、最後までその思いを貫き通しなさい。何があろうと、絶対に!いいわね!」
「はい!」
私は自分の精一杯の決意を込めて返事をした。リノンさんは、うっすら微笑みを浮かべると、肩に乗せた両手を解き、部屋の扉を開いた。
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