二日目 朝「仕事と夕日と新たな出会い」(2)
今日の更新終了です。眼ばちこになったのか右目がかなり痛みます。今日は早く寝ます。
私たちの体力が回復し場所を移動した頃には、太陽は西の空と海の境へと差し掛かるところまで来ていた。昼間、あれほど疎ましく感じた太陽が、今度はなんだか去ってしまうのが名残惜しく感じられた。
「おい、真友」
「何?」
「太陽って、あんなにでかかったけ」
「そりゃあ、太陽だからね」
「そっか。そりゃ、そうだよな。なんたって、太陽なんだからな」
西の海に沈み行く夕日は、昼間見た太陽の何倍も大きく見えた。水平線の近くで世界を赤く染め上げながら静かに沈んでいく夕日の姿は、一瞬自分が誰であるかということさえ忘れてしまいそうなほど綺麗だった。
「そういえば、お前。昼間、天の神様に文句言ってたよな」
「そうだっけ」
「こんだけ、綺麗なもの見せてもらったんだから、ちゃらでいいんじゃねか」
真友ちゃんは、一瞬隣にいる知己の横顔を見ると、小さく微笑んですぐに夕日のほうに向き直った。
「うん。ちゃらでいいや」
「だよな」
二人は、また無言になった。私と瞬、そして刹那ちゃんも静かに夕日が沈む光景を見つめていた。
(この世界での二日目が終わる・・・けど、いつになったら終わりがくるのかな)
昨日と同じ不安が心をよぎった。だから、私は自分に言い聞かせるように尾田先生の言葉を心の中で繰り返した。
(「いつかどこかではなく、今ここで頑張れ」)
尾田先生から教えてもらった言葉が私を支えてくれる。同じ思いを持ちながら、一緒に頑張ってくれる仲間がいる。
(だから、私は平気。まだまだ、頑張れる)
私は大きく息を吸い込むと、目を閉じた。そして、静かにまぶたを開いて、沈みゆく太陽に尾田先生を思い浮かべた。
(尾田先生。私、頑張ります。精一杯!)
そうすると、心がすっと軽くなった。胸の中でふくらみかけていた不安が、いつの間にか気にならないほど小さいものになっていた。私はもう一度心のなかでつぶやいた。
(ありがとう、先生)
心の中に尾田先生を思い描いてみた。心の中の尾田先生は、優しく笑っていた。
「大丈夫ですか?」
瞬の呼びかけに、私は反射的に「大丈夫」と答えていた。
「ですが・・・その涙は、どうしてですか?」
この時になって、私はようやく自分の眼から涙がこぼれていることに気がついた。
(どうりで、夕日がにじんで見えたわけだ)
私はすぐに袖で涙をぬぐい取った。
「本当に、大丈夫。夕日がね、あんまり綺麗だったから、つい涙がでちゃった」
「あ、それ、分かる。あたしも、さっきから胸のこの辺りがじーんって響く感じがするもん」
そう言うと、真友ちゃんは胸の前で両手を合わせて見せた。
「どれどれ?」
知己はおもむろに、真友ちゃんの合わせた手の上から胸をさわってみせた。次の瞬間、
「この変態!」
との怒声と共に、平手打ちが知己の左頬に炸裂した。
「あんたねえ、やっていいことと悪いことくらいの区別はつかないの!だいたい、あんたは・・・」
真友ちゃんは、この時とばかりに日ごろの知己に対する不満を連ね始めた。知己はといえば、真っ赤に染まった左頬を押さえながら、小声で「お前がじーんって響くって言うから確かめただけじゃねえか」と言い返していたけれど、真友ちゃんには全く聞こえていないようだった。私はおかしくなって、思わず笑ってしまった。瞬も、私のそんな様子を見て安心したのか、二人の様子を見て苦笑いをしていた。
「あれ?」
真友ちゃんのお小言が続く中、知己は夕日の沈む方向より少し南側に寄った海へと目をこらした。
「ちょっと、聞いてるの!」
そっぽを向いた形になった知己に、真友ちゃんは文句を言ったけど、知己はだまって海のほうをにらみ続けた。
「あれ、なんだと思う?」
知己の指差す方向を見てみたけれど、夕日の光がきらきらあと照り返して何も見えなかった。瞬と真友ちゃんも一緒のようだった。
「気のせいじゃないのか?」
瞬がそう言っても、知己は目を逸らさずにじっと海を見つめていた。そして、突然、叫ぶようにこう言った。
「人だ!」
「ゆっくりとだ!よーし、いいぞ。」
私たちは、モレルさんの指示にしたがって、ゆっくりとロープを引っ張った。ゆっくりと引き上げられるロープの先には、知己が見つけた遭難者が毛布に包まれてくくりつけられていた。
「よーし、止まれ。いったん、ロープを固定しろ。」
最後尾にいた二人がロープをマストの横にある金具にすばやく固定した。
「固定完了です!」
「よーし、次の回で最後まで引き上げるからな。気をしっかりと引き締めて取り掛かれ!いいか!」
「はい!!!」
みんながいっせいに返事すると、モレルさんは一層厳しい表情をして、右手を差し上げた。
「それ!」
モレルさんの右手がゆっくりと振り下ろされるのに合わせて、私たちはロープを引っ張った。その動作を7回ほど繰り返した後、モレルさんの右手が止まった。
「よーし、ロープを固定しろ。それから、希望、真友、刹那。そこにある毛布を持ってこっちにこい。」
「はい。」
私たちは、用意されていた毛布をすばやく持つと、モレルさんのもとまで走った。
「知己、瞬!こっちに来て引き上げるのを手伝え!」
「はい!!」
二人が駆け寄ってくるとモレルさんはロープを手繰り寄せた。そして、毛布にくるまれた遭難者の上半身を抱き寄せた。
「知己、瞬、下半身をゆっくりと引き上げろ!」
二人は同時にうなずくと、瞬がロープを手繰り寄せ、知己が遭難者の両足を船の上へと引き上げた。
「毛布!」
モレルさんの一言に、私たち三人は即座に行動した。まず、私が甲板の上に毛布を敷くと、真友ちゃんはその上にもう一枚毛布を敷いた。
「準備できました!」
真友ちゃんの言葉に、モレルさんは知己と呼吸を合わせながらゆっくりと毛布の上に遭難者をおろした。と同時に、すぐさま遭難者を固定していたロープを解き、毛布を広げた。濡れた体を包んでいたので、毛布はじっとりと湿っていた。
(早く、新しい毛布で包んであげなきゃ。)
焦りを感じつつ、手早く毛布を広げていった。そして、全て広げ終わったとき、思わず声が出た、
「うそ・・・」
目の前に横たわっていたのは透き通るような白い肌に腰まである金色の髪の少女だった。年の頃は私たちと同じくらいに見えた。服を着ていなくて、湿った体に長いブロンドの髪が巻きついていて、まるで絵画の中に出てくる女神のように美しかった。けれど、たった一点女神と似ても似つかないところがあった。
(羽が生えてる!)
目の前に横たわる女の子の背中には、まるでこうもりのような緑色の羽が生えていた。真っ白な肌を突き破るようにして生えているその羽は、まるで呼吸をしているかのようにかすかに伸縮を繰り返していた。
(こんなことって、ありえない・・・)
あまりの出来事に、私の心と体は凍りついたように動かなくなってしまった。真友ちゃんと刹那ちゃんも醜悪な緑の羽を前に動けずにいるようだった。そんな私たちの凍りついた心と体をたたき起こしてくれたのはモレルさんの叱咤だった!
「同じ人間だ!救わないバカがどこにいる!」
その言葉に、私たちは今何をしなければならないのかを思い出した。
(そうだ、この娘を助けなくちゃ!)
私は下に敷いていた毛布で女の子をくるんだ。そして、刹那ちゃんが持っていたもう一枚の毛布で髪や体を拭いていった。女の子の手足は冷え切っていて、まるで氷のように冷たかった。そして、気づいた。
(息をしていない!)
「今、温めてあげるからね」
そう言うと真友ちゃんは、女の子の手や足を両手で一生懸命こすり始めた。私も、女の子に声をかけながら真友ちゃんと同じようにした。
「刹那、歌だ!」
モレルさんの言葉に、刹那ちゃんは女の子の正面に立つと静かに目を閉じて、両手を胸に当てた。そして、歌い始めた。
「あなたのために 私は歌う
あなたと 私と つながる世界に
私は願い そして 祈る
世界が 私を 守るように
私も あなたを 守りたい
世界が 私を 愛するように
私も あなたを 愛したい
世界が 広く 美しいように
あなたも 広く 美しい
だから あなたに 願いたい
あなたの 偉大さ 尊さに
心を開き 受け入れてと
だから 私は 祈る
あなたの ために
あなたが より強く より深く より善く
この世界を生き抜くための
勇気を持つように
強く 強く 祈る
あなたの ために
私の ために
私たちの 住む この世界の ために」
優しい声だった。温かく、心に染み入るような歌だった。小さな声だけれど、その声に込めた刹那ちゃんの強い思いが私の心の琴線を震わした。歌を聴きながらいつの間にか、涙を流している自分に気がついた。そして、目の前にいる女の子をなんとしても救いたいという気持ちが更に強くなっていた。私はもう無我夢中になって女の子に呼びかけた、
「目を覚まして!大丈夫!あなたは、大丈夫だから!」
真友ちゃんも女の子に呼びかけながら、必死で手を動かし続けた。そんな私たちと女の子の心を応援するように刹那ちゃんは同じ歌を何度も繰り返し続けた。歌が繰り返されるたびに女の子の顔や肌に赤みが差してきて、氷のように冷え切っていた体が少しずつ体温を取り戻しているのを感じた。どれくらい呼びかけ続けていたのか分からなかったけれど、気がついたときには傍に灯りがたかれ、大勢の乗組員の人たちが私たちの周りに集まっていた。いつの間にか自分の手の平の感覚がなくなっていた。それでも私は手を動かし続けた。声をかけ続けた。
「大丈夫、あなたは大丈夫!きっと、元気になる!」
何十回と繰り返した言葉だったけれど、ううん。何十回と繰り返したからこそ、だと思った。女の子は私たちの言葉に答えるように小さく口を開いて静かに息をし始めた。
「やった」
そう思った瞬間、体がぐらりと揺れて甲板に倒れこんでしまった。起き上がろうにも両腕に力が入らなかった。そんな私の手をとり、起き上がらせてくれたのは
「先生・・・艦長」
「よくやった、希望。この子は助かるぞ!」
ケネス艦長が本当に嬉しそうな笑顔を向けて私にそう言ってくれた。
(どうしよう、心臓が壊れそう)
胸の鼓動がさっきよりも一層速くなっているのを感じた。嬉しすぎて、ケネス艦長の顔がまともに見られない。私は昨日のように、またうつむいてしまった。
「真友、刹那もよくやった!」
ケネス艦長の言葉に、真友ちゃんは満面の笑顔を向けてVサインをした。刹那ちゃんは、顔色こそ変えていなかったけれど、その場にぺたりと座り込んでしまった。
「さあ、どいてどいて!こっからはあたしたちの仕事だ!」
リノンさんの声に、周りで見守っていた乗組員の輪が解けた。
「三人とも、よくやった。後はあたしたちに任せて、あんたらは、ゆっくり休みな」
リノンさんの指示で女の人数人が、女の子を毛布にくるんだまま船内へと運んでいった。
(本当に、よかった)
私は、あの子が早く元気になることを心の中で祈った。
「あー!しまった!」
知己が大声をあげた。集まっていたみんなが一斉に知己のほうを向いた。
「俺たち、まだ夕飯食ってない!」
知己の言葉に、みんなが笑い声をあげた。当然、私も笑った。ケネス艦長も、モレルさんも、真友ちゃんも、刹那ちゃんも、みんな。けど、そんな中で二人だけ笑っていない人がいた。
(瞬。ユリアンさん。どうして、そんなつらそうな顔をするの?)
楽しそうに笑いあうみんなと対照的な二人の様子に、私はなんだか不安な気持ちが湧き上がってくるのを押さえ切れなかった。
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