二日目 朝「仕事と夕日と新たな出会い」(1)
ようやく今週が終わります。なんとか更新途切れず続けられました。
目が覚めて、自分の体を確かめてみた。昨日の痛みも肩と足の腫れもひいていた。
(よし、大丈夫だ)
私がベッドから起き上がると、扉が開いた。
「あら、もう起き上がって大丈夫なの?」
驚いたような顔をしているリノンさんに、私は笑顔で元気いっぱい返事をした。
「はい。すっかりよくなりました」
そう言った途端に、私のお腹の虫が「ぐー」と鳴いた。私は、照れ隠しにまた笑ってみせた。
「ふふふ、本当によくなったみたいね。じゃあ、そこにある服に着替えて食堂に行ってらっしゃい。真友や刹那もいると思うわ」
「あの、質問があるんですけど」
「何?」
「食堂ってどこですか?」
「部屋を出て右に進むと梯子があるから、そこを下に降りなさい。おいしそうなスープのにおいがぷんぷんしてるから、後はあなたのお腹の虫が教えてくれるわ」
私はベッドの傍らにおいてあった服にすばやく着替えると食堂へと向かった。部屋の扉を開けると、言われたとおり右奥へと向かった。狭い廊下の左側には部屋がいくつも並んでいて、右側にはロープやいろいろな種類の金具がかけられていた。急ぎ足で廊下の奥まで進み、梯子を降りるとリノンさんの言ったとおり、おいしそうなにおいがしてきた。
(こっちだ!)
においは梯子を降りたところからちょうど右後ろにあたる扉の向こうから漂ってきていた。扉のほうへ近づくと、中からたくさんの人の声が聞こえてきた。私は、扉をノックすると声をかけた。
「失礼します!」
勢いよく扉をあけると、ゴツンという大きな音がした。慌てて中をのぞくとユリアンさんが険しい顔をしながら額を押さえていた。
「す、すみません!」
私が頭を下げると、ユリアンさんはまるで何事もなかったかのように私の横を通り過ぎようとした。けれど、私のちょうど後ろに来たときに足を止めてこちらのほうへ向き直った。私はすぐに振り返りもう一度ユリアンさんに謝った。
「本当に、すみませんでした。」
「・・・」
ユリアンさんは、だまったまま私の方をじっと見た後、小さな声で何か言うと食堂から出て行った。
(何て言ったのかな?)
ユリアンさんの言葉が気になって考え込んでいると、後ろから聞き覚えのある大きな声が私を呼びかけてきた。
「おーい、希望!こっちに来いよ!」
見ると、知己と瞬と真友ちゃん、そして刹那ちゃんがテーブルについて朝食を摂っていた。
「みんな!」
私は嬉しくて駆け出してしまい、椅子に足をひっかけてしまい盛大に転んでしまった。その途端、食堂中が笑い声でつつまれた。しこたまおでこを打ったので、目に涙がにじんだけれどそれ以上にみんなに会えたことが嬉しくて、何度も他の人の背中にぶつかりながらみんなの席へとたどり着いた。
「もう、のぞちゃん。そんなに急いでこなくてもいいのに」
「そりゃあ、無理な話だ。希望は食いしんぼうだからな」
「何言ってんの。のぞちゃんをあんたみたいなカバ飯喰らいと一緒にしないでくれる」
「何だよ、カバ飯喰らいって?」
「その名の通り、カバみたいに食べまくるやつのことよ」
「おい!そんなこと言ったらカバが可愛そうじゃねえか!」
「ほんと、そうね。じゃあ、バカ飯喰らいならいい?」
「ああ、いいぜ。って、何で俺がバカなんだよ!」
「さっきから、何回スープとパンをおかわりしてるか分かって言ってんの!四回よ、四回!バカじゃなきゃできないわよ!」
「腹が減ってんだ!食べて何が悪い!」
(・・・・・・・・・・・・・・、っぷ)
「あはははははははは」
私はお腹のそこから笑った。二人の変わらぬ様子を見て、嬉しくて、楽しくて、心が安らいで、そして、たまらなくおかしかった。笑いがなかなか止まらなかった。
(ああ、嬉しいな)
少しして落ち着くと、私はみんなに向かって頭を下げた。
「みんな、ごめんね。心配かけて。でも、もう大丈夫だから」
私は元気いっぱいに笑ったみせた。みんなの顔がほころんだ。とその時、私のお腹の虫が大きな鳴き声をあげた。
グー
顔がみるみる熱くなってくるのを感じた。そして、今度はみんながおかしくてたまらないといった様子で笑い始めた。
(恥ずかしい!)
私は照れ隠しに、笑みを浮かべながら頭の後ろをぽりぽりかいてみせた。周りを見回すと、他のテーブルについている人たちも楽しそうに笑っていた。
(ああ、みんな楽しそうだ。だったら、いいや)
だから、私もみんなと一緒に笑った。すると、瞬が笑うのを止めてさっと席を立った。そして、厨房からスープとパンを持ってきてくれた。
「どうぞ、高山さん」
「ありがとう、瞬」
「また、お腹の虫がなく前に食べてくださいね」
「もう、瞬まで私をいじめるの」
わざとおどけてそう答えると、瞬はにこりと笑って、
「それは誤解です。僕は、誰よりも高山さんの幸せを願っていると自負していますから」
私の目を見つめながらそう言った瞬は、なんだかいつもと違って見えた。
(あ、そうか!)
「瞬、眼鏡どうしたの?」
「部屋に置いてきました」
「なんで?」
「必要ないからです。今朝になって気づいたんですが、眼鏡がなくてもよく見えるんです。よく見えるってことが、こんなに気持ちのいいことだと初めて知りました。おかげで、高山さんの笑顔がいつもより何倍も素敵に見えます」
瞬の最後の言葉に、しばらく思考が停止した。
(えーと・・・あれ?)
「瞬。何て言ったの?」
私が聞き返すと、瞬は「なんでもありません。」と笑顔で答えた後、私に食事をするように勧めた。瞬の言葉が気になったけど、それ以上聞き返すのは止めておいた。
にぎやかな食事を終えた後、私たちは甲板へと出た。空と海の青に満たされたこの場所で、私にとってこの世界で初めての仕事が始まった。
「あつーい!なんなのよ、この暑さ!」
真友ちゃんがモップによりかかりながらそう言うと、知己がすかさずこう言った。
「この程度の暑さでへばるなんて鍛え方が足りねえんじゃねえか」
すでに上着を脱いで上半身裸になって作業をしている知己の言葉には、いまひとつ説得力がなかった。にぎやかな二人とは対照的に黙々と作業を続けているのが瞬と刹那ちゃんだった。私たちの仕事。それは、甲板を磨くこと、ロープを拭くこと、道具を手入れすること、つまり、掃除だ。私たちは、先輩たち(この世界においてだけど)の真似をする形でまずは甲板磨きから始めた。最初の頃は、綺麗な青空と、見渡す限りの海、そして、時折吹く潮風が心地よくて機嫌よく作業していたが、日が高くなるにつれ肌がじりじりと焼け始めると、一気に疲れが押し寄せてきた。今では、晴れ渡った空がうとましく感じられるくらいになっていた。
「もう、何で晴れてるのよ!雲くらい出てきなさいよね!」
真友ちゃんがそう言うと、知己が
「雨乞いでもしてみろよ」
と答える。
「どうやるのよ」
「そりゃあ、天の神様に手を合わせてだな、『雨を降らせてください』とでもお願いしてみればいいんじゃねか。知らねえけど」
「ふーん。まあ、いいわ。じゃあ、やってみる」
そう言うと、真友ちゃんは、太陽に向かって手を合わせた。そして、目をつむると顔をしかめながら何かを一生懸命何かを祈り始めた。一分くらいして、真友ちゃんは目を開けるとさわやかな笑顔でこう言った。
「あー、すっきりした」
「真友ちゃん。何をお祈りしたの?」
「え、違うよ。お祈りじゃなくて、文句を言ってやったの。『暑すぎるから、もっと涼しくしろ!この役立たず!』とか、『ほどほどってものを知らないバカは知己だけでいいわよ!』とか、いろいろ言ってやったわ。そうしたら、なんだかすっきりちゃった。さあ、ばりばり働くわよ!」
そう言うと楽しそうに甲板をごしごしと磨き始めた。
「おい、瞬」
「なんだ?」
「遠まわしにバカにされたような気がしたんだけど」
「それに気づけたなら、たいした進歩だよ」
「へへへ、そうかな。じゃあ、こういう場合、俺はどうしたらいいと思う?」
瞬はモップを動かす手を止めると、知己に向かって一言。
「だまって、仕事しろ」
「はい」
途中、何度か休憩しながら甲板の掃除を昼前に終えると、簡単な昼食を摂り、その後残りの仕事をやり終えた頃には日はだいぶ傾いてきていた。
「よーし、よく頑張った。各自の責務を自覚しつつ休養をとること、以上だ!解散!」
野太い声でモレルさんがそう伝えると、他のみんなは平気な顔をして船内へと帰っていった。けれど、私たちはそこから動くこともできず、誰ともなしにその場に座り込んでしまった。
(こんなに、疲れたのは生まれて初めてかもしれない)
長い間、太陽に照らされ続けた肌は日に焼けていつの間にか真っ赤になっていた。小学校2年生くらいの頃に、家族で海水浴に行った時に日に焼けすぎて熱を出してしまったことを思い出した。あの時も、こんな風に肌が真っ赤になって、体中が焼けるように痛かったけど、今は痛さよりも疲れのほうが何倍も大きく感じる。
「のぞちゃーん。あたし、もうだめかもー」
隣に座り込んでいた真友ちゃんが、私の首元に抱きついてきた。
「いたっ・・・」
「あ、ごめん。大丈夫?」
「うん、大丈夫。日焼けしたところがこすれてひりひりしただけだから」
「本当に、ごめんね。あー、もう。本当に、これ夢なの?」
「そりゃあ、夢だろ。こんなこと現実にありえねえし。けど、このしんどさが夢だなんて全然信じられねえ」
「ああ、まったくだ」
瞬は肩で息をしながらそう答えると、よろよろと立ち上がって私の前に立った。
「高山さん、大丈夫ですか?手を貸しましょうか?」
へとへとに疲れながらも私のことを心配してくれる瞬の気持ちが嬉しかった。だから、私は元気いっぱいにこう答えた。
「心配してくれてありがとう!でも、大丈夫!」
私も起き上がって元気いっぱいなところを見せようと立ち上がろうとしたけれど、途中で膝が抜けてしまい、その場に倒れそうになった。瞬は、とっさに手を伸ばすと私の体を抱きとめてくれた。
「ごめんなさい」
私が慌てて顔を上げると、心配そうに覗き込む瞬の顔にもう少しでぶつかりになった。その瞬間、瞬の顔がまるで火がついたように赤くなって、思い切り頭を後ろへと反らした。その反動で、私たちはバランスを崩して結局二人そろって倒れてしまった。けれど、私は全然痛くなかった。瞬が私の体をかばうように体を反転させて倒れてくれたからだ。
「っっー」
私をかばったために後頭部をしこたま甲板にぶつけた瞬は顔をしかめながら痛みをこらえていた。
「瞬、大丈夫。ごめんね、わたしのせいで」
瞬は、後頭部を手で押さえながら小さな声で
「高山さんのせいじゃないです。僕の責任です」
「その通りだ、ばーか。かっこつけるからだ」
知己の言葉に、私はかっとなった。
「知己!言っていいことと悪いことがあるでしょ!今すぐ、瞬に謝りなさい!」
知己はばつの悪そうな顔をして、何か言おうとしたが、すぐに口を閉じた。そして、のそりと立ち上がると、瞬の元に来て頭を下げた。
「ごめん。言いすぎた」
瞬は自嘲気味にうっすらと笑みを浮かべた。
「ああ、気にするな。お前の言う通りなんだから。俺ってかっこわるよな」
「ああ、かっこわるい。けど、俺はそんなやつのほうが好きだけどな」
知己の言葉に、私はとっさに言葉を繋いだ。
「あたしも、好きだよ。瞬の一生懸命なところが」
瞬は、照れくさそうに鼻の頭をかくと小さな声で、つぶやくようにこう言った。
「僕も・・・」
最後のほうが聞き取れなくて、瞬に聞き返してみたけれど、「何でもありません。」と教えてくれなかった。私もそれ以上は聞かなかった。
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