一日目 夕方 見知らぬルームメイト
遅い時間になりましたが、本日の更新終了です。
目覚めると、目の前に見知らぬ女の人がいた。
「ようやく気がついたわね。あなたは知己や真友と違って普通の人間なんだから、あんまり無茶をしちゃだめよ」
私は視線をめぐらせて見た。どうやら、二段ベッドの下の段に寝ているらしかった。あたりを見渡すと、部屋の中は薄暗く、片隅に吊り下げられているランプの光がゆらゆらと揺れて見えた。体を起こそうとして、左肩と右足の痛みを思い出した。
「痛っ」
「ほら、無理しないの。今日は、仕事のことは忘れて身体を休めること。これは、船長命令なんだからね」
優しく微笑んだ女の人の表情の中にどことなく初音姉さんの面影を感じた。だからだろうか、私はこの人の言うことを素直に受け入れ、もう一度ベッドに体を横たえた。
「あの、すみません。名前を教えていただけませんか」
私は失礼だとは思ったけど、あえて聞くことにした。知らないことを知らないままするよりは、勇気を出して聞いたほうがいいと思ったからだ。
「ふふ。変な子ね。ルームメイトの名前くらい、もうそろそろ覚えてよね。あたしの名前は、リノン。リノン=フレサンジュ」
この時、私は改めてリノンさんの容貌を見た。髪は赤毛のロングヘアで、肩の辺りで紐で一つに括っていた。顔立ちは、初音姉さんによく似ている。
(やっぱり、美人だよね。初音姉さんって)
リノンさんの瞳は透き通った茶色で、目はパッチリと大きく、肌の色は小麦色だった。すらりと伸びた四肢を強調するように、袖のない白いブラウスと腰から巻いたバラの柄の入ったパレオがとても魅力的だった。
「リノンさん。ここはどこですか?」
「ここって、この部屋のこと?それとも海域?」
「できれば、両方教えてほしいです。ごめんなさい」
「あなた、本当に記憶喪失にでもなったみたいね」
リノンさんは、あきれたような顔をしたけれど、すぐにいたずらっぽく微笑んで質問に答えてくれた。
「本当なら、ルームメイトの名前を忘れるような子には、嫌味の一つや二つくらい言うところなんだけどね。今日は許しておいてあげる。じゃあ、一つ目の答え。ここは、あたしと希望と真友と刹那の部屋よ」
「刹那?」
「えー、刹那のことも忘れちゃったの?そんなこと刹那に言ったら傷つくわよ」
「ごめんなさい。本当に私、どうかしちゃって。記憶がはっきりしないというか・・・」
私は、なぜだか心の中が罪悪感でいっぱいになった。この世界の中で私が知っているのは瞬と知己と真友ちゃんだけなのだから、他の人のことは知らなくて当然なのだけど。けれど、相手は私のことを知ってくれているのに、自分だけが知らないということが本当に心苦しく、つらく感じた。
「ううん。気にしないで。昼間、あんな目にあったんだから混乱するのも当たり前よね。えーと、刹那のことね。十六夜 刹那。あなたと同い年の女の子。普段は無口で愛想笑いもしない子だけど、あなたから話しかけられた時だけはとても嬉しそうに笑う。だから、刹那が部屋に帰ってきたら何でもいいから自分から話し掛けてあげてね」
「はい」
「よーし、じゃあ最後の質問に答えるわね。この海域は、青海(the blue line)よ」
「青海?」
「その名の通り、この世界で最も深く澄み切った青の中の青。海の中の海。それが、ここ青海。そんなことも忘れちゃったの?じゃあ、世界の七大洋は?」
そこまで聞いて、私は『海賊紳士』の中に出てくる七大洋のことを思い出した。
(そうだ、確かどの海にも色の名前がついていたんだ。)
「えーと、確か赤と青と黄色と・・・」
リノンさんは、本当にしようがないといった素振りで私の寝ているベッドの傍らに腰を下ろすと説明してくれた。
「忘れちゃったのなら、教えてあげる。けど、今度はしっかり覚えてよね。私たちは、この海で戦わなくちゃいけないんだから」
リノンさんの言葉には、優しさのなかに厳しさを感じさせた。
「はい!」
私の言葉にリノンさんは満足そうにうなずくと部屋の隅から一枚の地図を取り出して、広げて見せてくれた。地図の大きさは画用紙を二枚合わせたくらいの大きさで、中には大きな三つの大陸とたくさんの島々が描かれていた。そして、そこには日本語と英語でそれぞれの場所の名称が書き込まれていた。
「じゃあ、この地図で説明してあげる。この世界には三つの大陸と七つの海があって、海の名前にはそれぞれ虹の色が使われている。順番に、赤海(red line)、橙海(sunset line)、黄海(daylight line)、緑海(forest line)、青海、藍海(before blue line)、紫海(the dawn line)の七つ。私たちがいる青海はウェルウィチア帝国とカジュマル皇国の間に南北に広がる海のこと。ちょうど、ここになるわ。」
そう言って、地図の右上にある大陸と中央にある大陸の間を縦長に延びている海域を指差した。
「そして、今、あたしたちが向かっているのはウェルウィチア帝国領にあるこのシオン島よ。」
リノンさんの指差した先には小さな島が描かれていて、そこには小さく『SION』と書かれていた。
「今日の亜種の襲撃で船が損傷したから、多分、ムグンファ自治領に寄ってからになると思うけど。」
「あの大きなイカが亜種なんですか?」
「そうね。あのイカも亜種のうちの一つね。まあ、亜種にもいろいろあるけど。一つだけ言える事は、亜種自体は別に悪くないってこと」
「それは、どういう意味ですか?」
「襲われたばかりで、ちょっと信じられないかもしれないけれどあのイカの亜種だって私たちから攻撃でもしないかぎり決して近寄ってこない。むしろ、すぐに逃げ出してしまうくらい臆病な生き物なのよ」
「じゃあ、どうしてあんなことを?」
「そう。亜種自体は悪くない。悪いのは、亜種を亜種たらしめて、そう仕向けたやつら」
リノンさんは忌々しそうにその言葉を吐き捨てた。そして、私の目をじっと見つめて心を搾り出すようにこう言った。
「今から言うことをよく覚えておいて。他の何を忘れても、私はまたあなたに教えてあげる。けれど、今から言うことは二度と言わない。いいわね」
私はリノンさんの精一杯の心を受け取った気がして、力強くうなずいた。
「『マグード』。私たちが戦うべき敵の名よ。」
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