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五月十五日(火) 夢の始まり 「朝食と登校と夢の続き」(1)

話の展開が遅くてすみません。もう少し、頑張ってお付き合い下さい。

 朝が来た。あれほど、はっきりとした夢を見たのは初めてだ。夢の中で、どんな会話をし、どんなことをしたのかまではっきりと思い出せる。特に、朝来君が言った言葉が忘れられない。もしかしたら、今日、本当に夢の中で言っていたことが現実になってしまうのかもしれない。そんな風に思ってしまうくらい、妙に現実味のある、いや、現実そのものと言ってもいい、そんな夢だった。私は、胸の高鳴りを感じつつ、着替えと登校の準備を済して台所に行った。

「おはよう、お母さん」

「おはよう。ごはん出来てるから、早く食べちゃいなさい」

「はーい。」

 私が居間に行くと、そこにはお父さんと、おばあちゃんと、そして朝来君がテーブルを囲んで朝食を摂っていた。

(やっぱり、夢じゃなかった)

 昨日の夢があまりにも現実っぽかったから、もしかしたら昨日一日のことも全部夢だったんじゃないかと思ったんだけど、どうも目の前のこの光景はまぎれもない現実らしい。目の前にある卵焼きと味噌汁のおいしそうなにおいが一層そのことを私に確信させた。

「おはよう、のぞちゃん」

 おばあちゃんのいつもの優しい声。

「おはよう。希望。今日から、夢美君のことよろしく頼むぞ」

 お父さんの力強い声。そして、

「・・・」

 朝来君は、黙々と食事をし続けていた。私は、いつものように元気一杯に挨拶をした。

「おはよう!」

 そして、

「いただきます!」

 朝来君の隣に、さっと座ると大好きなお母さんの味噌汁を口に含んだ。

(ああ、おいしい!)

 今はいろいろ考えるのはやめよう。夢美君のことは、気になるし、分からないことだらけだけど、悩んでいるだけでは何も始まらない。それより、大事なことは

(『今、自分にできることを精一杯やること』)

 尾田先生が、以前話してくれた言葉を思い出した。だから、今日一日を頑張ろう。周りがどうあろうと、まずは今日一日を大切に生きよう。そう、考えるととても気持ちが軽く、そして強くなった。

 私は、朝食を食べ終わると両手を合わせた。

「ごちそうさまでした!行ってきます!」

「はい、いってらっしゃい」

 お父さん、お母さん、おばあちゃんから一斉に返事が来た。私は、先に朝食を終えて待っていてくれた夢美君の手を掴むと、

「さあ、学校に行こ」

 私の行動に戸惑うこともなく、軽くうなずいて立ち上がった朝来君は、私の後をついてきた。

玄関に置いておいた通学かばんを肩にかけると、もう一度大きな声で

「行ってきます!」

「行ってきます」

 駆け出すように私たちは、外に出た。

(今日一日が始まる!)


「って、おい。お前らなにしてんだ!」

 後ろを振り向くと、知己がすごい剣幕でそこに立っていた。

「何って、学校に行くところだけど」

「そんなこと言ってんじゃねえ!」

「じゃあ、何?」

 知己が何を怒っているのか私にはさっぱり分からなかった。私は隣にいる朝来君に小声で聞いてみた。

「ねえ、朝来君。知己、何を怒ってるのかな?」

 朝来君は、いつものいたずらっぽい笑みを浮かべると視線を下へ向けた。その視線の先には、しっかりと握られた私と朝来君の手があった。

「え、あ、あー!」

 私は慌てて強く握った手をほどいた。

(あれ、え、いつから?)

 確か家を出るときに朝来君の手を握ったような覚えがある。じゃあ、家からずっと朝来君と手をつないで歩いていたってことになる。私は、顔の表面がかっかと熱くなってくるのを感じた。その様子を見ていた知己が眼を細めてこう言った。

「ふーん。一晩一緒に寝たら、もう恋人気取りかよ」 

 その声が知己とは思えないほど、低く重々しく聞こえたので私はあわててその言葉を否定した。

「そんなことない!」

「じゃあ、なんで手なんかつないで歩いてんだよ」

「これはね、なんていうか・・・つい・・・」

 私は言葉に詰まってしまった。だって、朝来君と手をつないだ理由を私自身分かっていないんだから。私が、次の言葉に困っているようすに知己は余計いらいらするらしく、最後には

「もういい!勝手に手でも何でもつないで学校に行けばいいだろ!」

 なんだか泣きそうな声でそう言い放つと、学校へと走っていってしまった。

(あーあ)

 私のほうがなんだか泣きたい気分になってきた。ただでさえ、朝来君のことがあるのに、知己にも誤解されて、一体私が何をしたっていうんだろう。私がそうやって気持ちを沈ませていると朝来君は何もなかったように歩き始めた。そして、私の横を通り過ぎる時につぶやくようにこう言った。

「君は幸せだな」

(何で?)

 そう聞き返したかったけど、できなかった。なぜか、その時の朝来君に聞いてはいけないことのような気がした。だから、私はだまって朝来君の後をついていくように歩き始めた。朝来君は黙ったまま歩き続けた。私は、なんだか気まずくなって、次第に歩みが遅くなり、ついには朝来君の後姿が見えなくなってしまった。まるで、世界の中で自分だけが取り残されてしまったような気持ちになった。家を出たときはあんなに元気一杯だったのに。今では、その意気込みが消え、もやもやとした暗い気持ちだけが次第に大きくなってきた。

(何でこんなことになっちゃったのかな・・・)

 今すぐに、誰かに自分の気持ちを聞いて欲しい。一人だけでこんなことをかかえこむのはつらすぎる。胸の中で一杯になってふくらんだもやもやは、ついに大きなため息となって口から漏れ出した。

「はあー。」

 『ため息をつくと幸せが逃げていくよ』といつかおばあちゃんが教えてくれた。


子どもの頃の思い出が蘇ってくる・・・


「のぞちゃん。ため息をつくと幸せが逃げていくよ。」

「えー!本当?」

「本当だよ。」

「じゃあ、ため息はもうつかないようにしようっと。」

「そうだね。だけど、生きているとね、ついついため息をついてしまう時があるんだよ。これはしようがないことなんだ。」

「ふーん。じゃあ、ため息はついていいの?」

「のぞちゃんは、幸せが逃げて行ってもいいの?」

「いや。ぜーったいにいや。」

「じゃあ、ため息をついてしまった時、どうしたら幸せが戻ってくるか教えてあげるね。」

「うん!教えて!」

「それはね・・・」


 私は、うつむいた顔を起こし、目をつむったまま空を見上げた。そして、静かに眼を開け、心の中でつぶやいた。

(ありがとう。)

閉じていたまぶたの向こうから目に映るすべてのものが光の奔流となって心の中に流れこんできた。当たり前の光景が当たり前でなく感じられたその瞬間、忘れられていたたくさんのものが心の中でよみがえってきた。

空がこんなに青かったこと。

空がこんなに高かったこと。

空がこんなに広かったこと。

そして、空をこんなに綺麗だと感じられる自分がここにいること。


(「空を見上げて、心の中で『ありがとう』って言ってごらん。」)

 心の中でおあばあちゃんの言葉がよみがえる。


(うん、おばあちゃんの言うとおりだ。)

 私の中で世界が大きく広がっていくのを感じた。私は、何を小さなことでくよくよしてたんだろう。知己の誤解は、きちんと説明すればいい。朝来君のこともできることからやっていけばいい。だって、私にできることは限られている。けれど、できることはいくつもある。まずは、朝来君のことをよく知ろう。そして、友達になろう。

(「迷ったら『進め』なら、悩んでも、『進め』。」だ!)

 そう心で力強く叫ぶと、自分だけに聞こえる声、けれど力強い声で

「がんばれ!」

 そう自分に言い放った。私は自分の心でこう答える

(うん、がんばる!)

 気づくと、胸の中に充満していたもやもやした気持ちがすっかりなくなっていた。重かった足取りもすっかり軽くなっていて、気づけば朝来君の後を追って走り出していた。すぐに、朝来君の後姿を見つけた。

「おーい!待ってよ!」

 振り向きもしない朝来君に一気に追いつくと、その腕を思い切りつかんだ。そして、荒くなった呼吸を急いで整えてからこう言った。

「ねえ、朝来君。私、朝来君のこともっと知りたい。朝来君のいいところを見つけたい。だからね、一緒に歩こうよ」

 朝来君は、すこし驚いたような、困ったような顔をしてから静かにうなずいた。私は、その無言の返事が嬉しかった。だから、その気持ちを言葉にした。

「ありがとう、朝来君」

 その言葉を聞き終わると、朝来君はまた前を向いて静かに歩き始めた。私が隣を歩き始めると、朝来君は前を向いたままこう言った。

「僕のことは、下の名前で呼ぶことだ。」

「うん。分かったよ、夢美君。」

 その時、今日初めて夢美君はうっすらと笑みを浮かべた。



「おはよう、のぞちゃん!」

 校門をくぐったところで後ろから真友ちゃんが駆け寄ってきた。

「おはよう、真友ちゃん」

「朝来君も、おはよう。あんた、のぞちゃんに変なことしなかったでしょうね?」

 夢美君は、何も答えなかった。

「あー、無視するつもり!」

 真友ちゃんが、夢美君に食って掛かろうとしたので私はとっさに二人の間に割って入った。

「私と夢美君は何もしてないよ」

「・・・」

 真友ちゃんが、「本当に?」とでも言いたそうな眼で私を見つめてきた。私は話をはぐらかそうと昨日の夢の話をすることにした。

「それより、昨日面白い夢を見たんだ」

「へえ、どんな夢?」

「なんだか、真っ白な場所でね私たち四人と朝来君が出てくるの。それでね、なんだか知己と真友ちゃんがちょっといい雰囲気になってたんだよ」

 私がいたずらっぽくそう言うと、真友ちゃんは頬をほんのり赤く染めた。

「もう、のぞちゃん。からかわないでよね」

 そう言って、私の頭に軽くげんこつを乗せた。

「ごめん、ごめん。あ、そういえば真友ちゃん、デジャヴって知ってる?」

 その言葉を聞いた途端、真友ちゃんの表情から笑みが消えた。

(あれ。私、何か悪いこと言っちゃったかな?)

 私が不思議そうな顔をすると、真友ちゃんはおそるおそる私に聞いてきた。

「何でそんなこと聞くの?」

 その時の真友ちゃんの様子がとても不安そうだったから、私は思わず本当のことを言わずに嘘の答えを言ってしまった。

「えーと、あのね。昨日、読んでた本にねそんな言葉が出てきたんだ」

 私の答えを聞くと、真友ちゃんはほっとした顔をしてにこりと笑った。

「なーんだ。びっくりした」

「何をびっくりしたの?」

「もしかしたら、のぞちゃんも私と同じ夢を見たのかと思っちゃった」

「???」

「あのね、私も昨日同じような夢を見たの。あたりは真っ白で何もないの。それで、その時にデジャヴの話が出てきたんだ」

「!!!」

 胸の鼓動が早鐘のように高まってくるのを感じた。どうして?という疑問詞が頭の中をぐるぐるとめぐった。

(さっき、真友ちゃんがあんな顔をしたのはこのことだったんだ)

 偶然にしても、驚くくらい私と真友ちゃんの夢の内容が似ている。ううん、似すぎてる。

「それでね、あたしがデジャヴの意味をちょっと間違って言っちゃうとね、瞬が『それは違います』っていつものあの調子で言うわけ。そしたらね、知己のやつがあたしのことをかばってくれたんだ。あの時の知己は、ちょっとかっこよかったかな」

 少しはにかみながら嬉しそうにしている真友ちゃんとは対称的に、私はきっと沈んだ表情をしているにちがいない。

「そうなんだ・・・」

私はかろうじて返事をすることができた。たった一言返事をするだけでも大変なくらいに、私の心は揺れ動いていた。

(どういうこと?)

 似たような夢を見ることならあるかもしれないけれど、ここまで内容が同じ夢を見ることなんてあるんだろうか。

 そんな私の思いをよそに、真友ちゃんは更に話を続けた。

「それでね、私たち四人だけかと思ったら、最後にあいつが現れたのよ」

 私は声が震えそうになるのを押さえながら尋ねた。

「あいつって?」

「朝来君よ」

(!!!)

「それでね、突然私たちの輪の中に入ってきてこう言ったの」

「『昨日の夢を覚えているか。』」

(え!)

 後ろからの突然の声に振り向くと、そこには険しい表情をした瞬がいた。

「え、なんで瞬が私の夢のこと知ってんの?」

 不思議そうな顔をして首をかしげる真友ちゃんに、瞬は重々しく口を開いた。

「僕も昨日同じような夢を見ましたからね」

「へえ、偶然ね」

「偶然だといいんですがね」

 最後の言葉を吐き捨てるように言い放つと、瞬は私の前に立った。

「どうしたの?」

 私の問いには答えず、瞬は一言。

「すみません。ちょっと来てくれますか。」

 そういい終わると、素早く私の腕をつかんで体育倉庫の裏側へと引っ張っていった。その様子を見ていた真友ちゃんも慌てて私たちを追っかけてきた。


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