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5月14日(月) 朝の会「転校生」「昼休み」

ようやくファンタジーの世界に近づき始めました。展開が遅くてすみません。

「今日は、みんなに重大なお知らせがあります」

 尾田先生は、教壇に立つと開口一番そう言った。私たちが何事かとざわついていると、尾田先生は教室の扉に向かって手招きした。すると、スーツ姿の綺麗な顔立ちをした少年が教室の中に入ってきて、尾田先生の横で立ち止まった。

「今日からこの五年二組の41人目の仲間になる朝来夢見あさぎ ゆめみさんだ」

 尾田先生は黒板に朝来君の名前を大きく書き出した。

「じゃあ、朝来さん。自己紹介をどうぞ」

「はい」

 尾田先生の言葉に、静かな落ち着いた声が返ってきた。朝来君は教壇から一歩前に出て自己紹介を始めた。

「朝来夢美だ。以前、この由愛美市に住んでいたことがある。ゆえあって、ここに来ることになった。よろしく頼む」

 挨拶が終わると深々と礼をした後、後ろに一歩下がり、また尾田先生の隣に立った。その動作があまりにも無駄がなく、綺麗だったので、私は思わず

(お姫様みたい)

 と思ってしまった。

「よし、じゃあ歓迎会は今度の学級活動の時にやろう。リーダー」

「はい!」

 返事とともに私たち四人は一斉に立ち上がった。

「というわけで、次の学級活動は朝来さんの歓迎会を行うので、その内容をクラスで決めておくこと。あと、必要なものと簡単な式次第を今日中に書き出して、先生まで提出するように。以上です。質問は?」

 瞬がすかさず手を挙げた。尾田先生はこくりとうなずく。

「歓迎会に飲食物を用意することは可能ですか?」

「食べ物や飲み物、プレゼントなどのお金がかかるものは一切なしです。学校で先生が用意できるものであればいいです」

「分かりました。ありがとうございます」

「他に質問はありますか?・・・ないようですね。では、頼みましたよ」

「はい!」

 大きな声で返事をして私たちは席に着いた。

「では、朝来さん。とりあえず、先生が用意した席がこの列の一番後ろにありますので、そこに座りましょう」

 尾田先生が指示した席は、窓際の席だった。朝来君は、こくりとうなずくともの静かに歩き出し、自分に集まるみんなの視線を気にもしないで席に着いた。

(・・・男の子なのに、まるで、お姫様みたい)

 不思議な気持ちにとらわれて、何度も朝来君のほうに眼を向けているうちに、朝来君と眼が合った。私は、あわてて笑顔を返した。すると、朝来君も笑顔を返してくれた。けれど、その笑顔はお姫様とは違ったいたずらっ子のようなものだった。

不意にチャイムが鳴った。尾田先生の号令が響いた。

「よーし、授業を始めるぞ。」


  「昼休み」


「高山さん。昨日の巻物はどうしましたか?」

 私たちは、歓迎会の打ち合わせをするという名目で友だちの遊びの誘いを断り、図書館に集まっていた。

「うん。ちょうど、幼稚園の時の卒園証書入れの筒があったから、その中に入れて机の中にしまっておいたよ」

「すみません。本来なら、みんなで話し合って持ち帰る人を決めるべきだったのに、とっさのこととはいえ、高山さんに押し付ける形になってしまって」

「いいよ、いいよ。気にしないで」

 いつもながら瞬のこういう気遣いには頭が下がってしまう。それに引きかえ、

「別に、気にすんなよ瞬。こいつん家、結構でかいからさ隠し場所なんていくらでもあるからよ」

知己には、そういう心遣いは期待できそうにない。

「そうだ!希望。小さい時にもぐりこんで遊んでたあの小さな物置はまだ使えるのか?」

「うん。あそこは使いにくいからね」

「そっか。今度、希望んち行った時に久しぶりに一緒に入ってみねえか」

「えー、やだよ」

「なんでだよ。昔はよく一緒に入って隠れたじゃねえか。真っ暗だけど、家の中のいろんな音が聞こえてきて、俺すげえ楽しかったのを覚えてる」

「そりゃあ、昔はそうだったけど。私たち、もう5年生なんだよ」

「大丈夫、大丈夫。お前、ちっこいし、無理してつめれば入れるって」

「だから、そういう問題じゃなくて・・・」

 私は、ちらりと真友ちゃんを見た。そこには切れ長の眼をさらに細めて、微笑みながら私と知己をじっと見つめている真友ちゃんがいた。けれど、真友ちゃんの右手に握られた布製のペンケースが痛々しいほど握りつぶされているのを私は見逃さなかった。

「とにかく、私は嫌だからね。それより、瞬、話を進めて」

「分かりました」

 そう言うと、瞬は机の上に「平安時代の生活」と書かれた本を広げた。

「これを見てください」

 広げられたページには見覚えのある服装を着た男女が描かれていた。

「おい、瞬。これって、昨日のあれじゃねえか?」

「お前の言っているあれが僕の考えているあれと同じかどうかは分からないが、多分思っている通りだ」

「ということは、あの巻物って平安時代のものなの?」

 ようやく落ち着きを取り戻した真友ちゃんが瞬に聞いた。

「その可能性が出てきたということです」

「すげー!」

 知己の大声に、図書館中の人たちが私たちのほうを見た。特に、史書の中島先生は私たちをにらみつけながら、人差し指をそっと口の前にあてた。私たちも、中島先生に倣って人差し指を口の前にあてて、なおかつ口にチャックをするジェスチャーをしてみせた。中島先生は、二度うなずくと、また図書館の本の整理を始めた。私たちは、机の上に身を乗り出して、小さな声で話し始めた。

「あんた、ばかじゃないの」

「ごめん、ごめん。つい、興奮しちまって」

「もう、次から気をつけてよね。恥ずかしいんだから」

「別に、お前は恥ずかしくねえだろ」

「なんですって」

 知己と真友ちゃんの定例行事が始まりかけたので、

「ストップ」

 と一言。二人が唖然としている隙に私は話題を元に戻した。

「ところで、瞬。あの巻物、これからどうしようか?」

「そうですね・・・高山さんはどうしたいですか?」

「え?あたし?」

 正直に言うと、私は巻物をこれからどうしようかなんて考えてもいなかった。だから、私は正直に言った。

「巻物をどうしたらいいのかなんて分からない。けど・・・」

「けど?」

「宝探しは、楽しかったから。また、やってみたい」

 私の言葉に瞬はぱっと顔を輝かせた。

「僕も、そうです」

 瞬の言葉を聞いて、知己が身をさらに乗り出してきた。

「ちょっとまて。それを言うなら俺なんてお前らの倍は楽しかったぜ」

 その言葉に、真友ちゃんが知己を押しのけるようにして身を乗り出した。

「聞き捨てならないわね。知己が倍なら、あたしなんか、三倍は楽しかったわ」

「じゃあ、俺四倍」

「なら、あたしは十倍」

「俺は百倍。いや千倍だ」

「ストップ」

 瞬が二人の掛け合いを止めた。

「というわけで、みんなもう一度宝探しをしたいということでいいんだな」

 私たちは、大きくうなずいた。

「でもさ、宝の地図なんてそうあるもんじゃないぜ。この前の紙だって偶然見つけたんだし」

「知己にしては、消極的な意見だな」

「しょうきょくてき?」

「分かりやすく言うと、弱気な意見だなってことだ」

「何!俺がいつ弱気になったって」

「今、なってたじゃない」

 真友ちゃんの突っ込みに、知己は少し黙り込んでから一言。

「ばーか」

 真友ちゃんの電光石火のような平手が知己の頭頂部を打ちつけた。弾けるような音が、図書館に響いた。一瞬の空白の時間の後、

「っ痛てえぇ!」

 知己の絶叫がこだました。私はあわてて中島先生のほうを見た。中島先生はにっこり笑いながら、右手の指先をすっと図書館の入り口へと伸ばした。

(怒ってる・・・)

瞬も中島先生の笑顔に隠された意図に気がついたようで、私たちは知己と真友ちゃんを引きずるようにして図書館から出ていった。


「ちょっといいかな」

 図書館を出てきたところで私に声をかけてきたのは、朝来君だった。

「え、あ、はい」

 私は、知己に追い討ちをしようとする真友ちゃんを抑えながら返事をした。

「君たちにも関係があることだ。場所を変えて話をしたい。ついてきてくれ」

 そう言うと、私たちの返答も聞かずに、図書館の前の階段をつかつかと降り始めた。

「ちょっと、待って」

 私は、あわてて朝来君の後を追った。知己と瞬もすぐについてきた。

「なんだよ、あいつ。えらそうに言いやがって」

 不機嫌そうにしている知己を横目に瞬は何も言わず歩いている。いつのまにか私の隣を歩いていた真友ちゃんは、いたずらっぽい笑顔を見せて前を歩いている朝来君にも聞こえる大きな声で、

「でも、美形だし、ちょっと私の好みかも」

 真友ちゃんの言葉に、私は驚いた。

(えー、朝来君にも知己にも聞こえてるよー!)

 私は、小声で真友ちゃんに忠告した。

「真友ちゃん、みんなに聞こえちゃうよ」

「別にいいわよ。聞かれても」

 真友ちゃんは相変わらず、みんなに聞こえるような大きな声で話した。

「でも、真友ちゃん。いいの?」

「何が?」

「知己に聞こえちゃうよ」

 真友ちゃんは、少し顔を赤くした後、すうーっと息を吸い込んだ。そして、さっきよりも大きな声で、

「私、朝来君みたいな人タイプかも。だって、朝来君は、誰かさんと違って美形で、上品で清潔な感じがするもの」

 真友ちゃんは、ちらりと知己のほうを見ながら言った。知己は不機嫌そうな顔をさらに不機嫌にした。その様子を見て、真友ちゃんは満足そうな笑顔を見せると、小声で私に話しかけてきた。

「ねえ、のぞちゃん?」

「何?」

「知己、少しは私のこと気にしたかな?」

「そりゃあ、気にするよ」

「へへ、作戦、成功」

「???」

「後で話してあげるね。それよりも、今は朝来君の話を聞かないと」

 そう言うと、真友ちゃんは朝来君のそばまで駆けて行って、話をし始めた。

(どういうこと?真友ちゃんは、知己が好きだったんじゃなかったの?)

 宝物のことも、朝来君のことも、真友ちゃんの気持ちのことも、何にも分からないまま、私はただみんなと一緒に朝来君の後をついて行った。


 私たちがたどり着いた場所は、校庭の端に生えている大きな銀杏の木の下だった。この銀杏は、背こそそんなに高くはないけれど、幹も枝も太くて、秋になると鮮やかに黄葉して、まるで木全体が大きな花のように見える。その銀杏の木の横に立って、朝来君は木肌を優しくなでた。均整の取れた顔が少し緩んだように見えた。けれど、それも一瞬で、次の瞬間にはもとの涼やかな表情に戻っていた。朝来君は、私のほうへと目を向けると、口を開いた。

「さて、何から話そうか。といっても、君たちは僕がなぜ君たちを呼んだのかを理解していないようだ」

「そんなの分かるわけねえだろ。今日、初めて会って、突然『ついて来い』なんて言われて、訳が分かんねえよ」

「では、そこから話そう。まず、第一に僕と君たちは今日が初対面ではない」

「嘘よ。だって、私、朝来君みたいにかっこいい男の子のこと忘れたりしないもん。それとも、小さいころに会ったことがあるの?あ、そうだ・・・」

 言葉が止まらない真友ちゃんのところへ朝来君は静かに近づくと、人差し指を真友ちゃんの唇の上に優しく乗せた。そして、うっすらと笑みを浮かべて見せた。その仕草に、真友ちゃんは口を閉じると、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。見ていただけの私でさえ、胸がどきどきしていた。

(綺麗)

 私は、アイドルとか芸能人とかにはあんまり興味がないけれど、もしも朝来君みたいな人がテレビに映っていたら、きっとその振る舞いの美しさに心を動かされてしまうと思った。

「話を戻そう。僕と君たちは昨日の夕方、初めて出会った。正確には、君たちが僕を見つけたと言ったほうがいいだろう」

「はあ?お前、何言ってんだ?」

 そう言って、知己は頭をかしげたけれど、私や瞬、真友ちゃんには思い当たることがあったのか、一瞬にして表情を強張らせた。多分、朝来君が言っているのは、あのことだろう。けれど、それは現実にはありえない話だ。あの時、見た少年が今、目の前にいるなんてことがあっていいわけがない。もし、そのようなことが現実にあったとしたら、それはすでに現実ではなくて、ファンタジーだ。私が戸惑っている間に、瞬は意を決したのか恐る恐る口を開いた。

「質問があります」

「どうぞ。」

「ありがとう。では、まず一つ目の質問です。あなたはどこから来ましたか?」

「生まれた場所をか、それとも、生まれた意味をか」

「できれば、その両方を聞かせてください」

「生まれた場所は、大和の南の外れ。意味は、たった一人のため。以上だ」

 そう言った朝来君の眼差しは、少し私のおばあちゃんの眼差しに似ていた。

「二つ目の質問です。あなたは何のためにここに来ましたか。」

「それを決めるのは君たちだ。私に価値を見出すのか、見出さないのか」

 淀みのない朝来君の答えに、瞬は口を閉じた。私も、真友ちゃんも自分の中の現実と、目の前の少年が話す内容とのギャップに戸惑っていた。瞬もきっと、そうに違いない。だから、瞬は肝心なことを聞けないでいる。

「あーもう!何を話してんのかさっぱり分からん!」

 沈黙を破ったのは知己だった。知己は朝来君の目の前に近づいていくと、朝来君の目の前に右手の人差し指を立てて見せた。

「とりあえず、一つだけ俺に教えてくれ」

「どうぞ」

「なんでここに俺たちを呼んだんだ?用があるから呼んだんだろ?」

「ああ、そうだ。君たちが私を必要とするのかしないのかをはっきりさせてもらうためだ」

「もっと、分かりやすく言ってくれ。ていうか、俺に分かるように話してくれ」

 知己の言葉に朝来君は、涼やかな笑顔を見せた。

「君のような男は好きだ」

「そうか。まあ、俺は別にお前に好きになってもらいたいとは思わないけどな」

「それは残念だ。君が望めば私は君好みの女性になることもできるのに」

「なにふざけたこと言ってんだ、男が女になれるわけ・・・」

 目の前で起こったことに知己は絶句してしまった。知己だけじゃない、目の前で起こった事態に、私たち全員が息を呑み、呼吸することさえ忘れた。

「嘘ではないだろ」

 そう言った朝来君の表情はさっきと全く変わらなかった。顔だって服装だって変わっていない。けれど、少し膨らんで見える胸元と体全体から漂う雰囲気が少年のものから少女のものへと変わっていた。あまりのことに声を失った知己はゴクリとつばを飲み込むと、意を決したように右手を伸ばし事もあろうに朝来君の胸を鷲づかみにした。

「・・・柔らかい・・・」

 次の瞬間、真友ちゃんはきっと音の速さにもっとも近い人間になった。一瞬のうちに知己の間合いに入り、そして、

「こぉのぉ、ド変態!」

 との言葉と同時に右上段蹴りを繰り出した。ひどく鈍い打撃音と共に知己は一瞬宙を浮き、そのまま地面へと崩れ落ちた。

「あんた、一体、何考えてんのよ!よりにもよって女の子の胸を掴むなんて!本当に信じられない!しかも、今日はじめて会った子の胸をなんて・・・あー、もう、この変態、変態、ド変態!ちょっと、聞いてるの!」

 マシンガンのように炸裂する真友ちゃんの言葉は、一つとして知己に届いていなかった。

「後藤さん。ちょっと待ってください」

 瞬の言葉に、真友ちゃんは怒りに満ちた目を瞬に向けた。

「何よ!このバカをかばうつもり!」

「そんなつもりはありません。けど」

「けど、何!」

「知己、完全に落ちていますよ」

 そう言って、瞬は倒れている知己の右手を掴み上げるとぷらぷらと横に振って見せた。

「ほらね」

「じゃあ、私のこの怒りはどこにぶつければいいのよ!」

「後藤さんの怒りはもっともだと思います。けれど、それはこのバカが眼を覚ましてからでもいいでしょう。それより、今はもっと大事なことがあります。それも、はからずもこのバカのおかげで分かったことです」

 そう言って、朝来君の目の前に立った瞬の眼差しは、驚くほど鋭かった。

「僕もそうですが、高山さん」

「はい!」

 突然の呼びかけに驚いて、おもわず大きな返事をしてしまった。瞬は朝来君から目を離さずに言葉を続けた。

「あなたも、今、目の前にいる存在を女性だと感じている。違いますか」

「・・・うん」

「そう、だから知己は胸をわしづかみにし、それに嫉妬した後藤さんの怒りが爆発した」

「ちょっと、誰が誰に嫉妬したっていうのよ!私は、知己のことなんかなんとも思ってないだからね!」

 むきになって否定する真友ちゃんは、なんだか可愛かった。けれど、瞬は表情一つ変えずにさらに言葉を続けた。

「確かに、さっきまでは男性と感じ、今は女性と感じる。僕は、こんなことを現実に行える存在を見たことも聞いたこともありません。そう、フィクションの世界以外では。だから、問います。あなたは何者ですか?」

 瞬の眼鏡の奥がギラリと光ったように見えた。瞬の射抜くような眼光を受けながら、朝来君は平然としていた。そして、静かに口を開くと一言。

「夢をつむぐもの。」


 キーン、コーン、カーン、コーン


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


明日は仕事がハードなので更新が難しいかもしれませんが、頑張ります。

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