5月8日(火)放課後 「罰掃除」
はじめての小説投稿となります。つたない文章ですが、書き溜めたものを少しずつ更新していきたいと思います。
5月8日(火)放課後 「罰掃除」
放課後の図書館には、なんだか特別な雰囲気がある。図書館を埋め尽くす本の中には、数え切れないくらいの文字と言葉があって、本の作者たちが誰かに何かを伝えようとしている。けれど、その思いは耳には聞こえない。自分の目で読み、心に思い描かなければその世界の扉は開かない。クラスのみんなと一緒の時は感じなかったようなことが、放課後になるとふとした瞬間に気づくことがある。
「なんだか、さびしいな。」
心に感じたことがぽつりと言葉となってでてきた。隣にいた知己が首をかしげた。
「みんな一緒なんだから、さびしくなんかねえだろ?」
不思議そうな顔の知己を見ていると、なんだかほっとした。
「じゃあ、掃除を始めようか。高山さんと後藤さんは床を掃いてください。知己は俺と崩れた本を片付けるぞ。」
「へい、へい。じゃあ、さっさと掃除を済まして、宝探しを始めようぜ。」
私たち四人は力を合わせて、すみずみまで図書館を綺麗にし、15分ほどで掃除を終えた。やっぱり、私たち四人はやればできる。掃除を終えた私たちは、図書館の中央にある広めの丸い机に集まった。
「さあ、いよいよ、宝探しの始まりだ。希望、宝の地図。」
「はい、はい。」
私は、机の上に知己が言うところの『宝の地図』を置いた。真っ先に飛びついたのは瞬だった。食い入るように紙を観察し始めた。
「瞬、独り占めするなよ。」
「紙は、厚めの和紙で、ところどころに汚れがある。墨と筆で書かれている。文字は後藤さんが言ったとおり崩して書かれてある。ほとんどがひらがなで書かれていて句読点がない。最初の『しろのみなみかわ』は、『城の南かわ』かな。」
「ちょっと待って。最後のこの部分だけカタカナで書かれてる。何か意味があるんじゃない。」
真友ちゃんが示したところには、確かに『コ』とカタカナで書かれていた。
「ここ、この部分。『よんひゃく』とか『ななひゃく』って書いてあるぜ。」
「知己、横から割り込むな。」
「ちょっと、知己、べたべたくっついてこないでよ!」
「俺じぇねえよ。瞬、ちゃんと真ん中におけよ!」
「だから、横から割り込むなって言ってるだろ!」
「ちょっと、どこさわってるのよ!このスケベ!」
「そっちこそ、さっきからやたらとひっついてくるんじゃねえ!」
「知己、うるさい!ちょっとは静かに考えさせろ!」
「あの・・・」
私は恐る恐る提案をしてみた。私の声を聞くと三人は一斉にわたしのほうを見つめた。そして、机の上に乗り出していた体を静かに元の席に戻した。
「ありがとう、みんな。」
私はお礼を言うと、言葉をつないだ。
「あのね、この紙に書かれている字は、崩してあって読みにくいでしょ。だから、他の紙に分かりやすく書き写してみたらどうかな。それでね、字が上手い真友ちゃんにお願いしたいんだけど、どうかな。」
「のぞちゃんがそう言うなら・・・私はかまわないけど。」
「僕は高山さんの意見に賛成です。知己もそうだろ?」
「『宝の地図』が読みやすくなるんなら、そっちのほうがいい。真友、頼むぜ。」
「うん、分かった。」
真友ちゃんは、自由帳を取り出すと大きく綺麗な字で『宝の地図』を書き写し始めた。
三分後、真友ちゃんの自由帳にはこのような文字が書き込まれた。
『しろのみなみかわ
ありはしからしろ
せにしてよんひゃ
くあゆみてのちお
おすぎみぎてにな
なひゃくあゆめコ
のしたにたからあり』
「ありがとう、真友ちゃん。お疲れ様。」
「ほかならぬ、のぞちゃんのお願いだからね。どう、分かりやすくなった。」
自慢げな真友ちゃんに、私は笑顔を返した。
「うん!とっても分かりやすくなった。」
字を大きく書いてくれたおかげで、見やすくなったし、これなら机の真ん中に置いてみんなで調べることができる。
(まさに、一石二鳥。)
私はノートを机の真ん中に置くと、みんなで『宝の地図』を調べ始めた。まずは、
「最初の『しろのみなみかわ』だけど、瞬君が言ったみたいに『城の南川』かな?」
「ちょっと待った、『白の南かわ』かもしれないぜ。」
「最初の言葉は始まりを意味する。つまり、何か目印になるものを意味している可能性が高いと考えられる。そう考えると、『白』よりも『城』のほうが分かりやすく、目印になりやすいと思う。」
「でも、待ってよ。この町の近くにお城なんてないわよ。」
真友ちゃんの問いかけに、瞬は即座に答えた。
「今はなくても、昔はあったのかもしれない。戦国時代や、明治維新に落城したのかもしれないし、第二次世界大戦や火事で焼失したのかもしれない。」
私は瞬の理路整然とした答えに関心しきりだった。知己はというと、首をかしげたあと、こう言った。
「瞬の話は、むずかしい。もっと簡単に言ってくれ。」
「あのね、知己。瞬は『今はないけど、昔はこの町にお城があったのかもしれない』って言ってるの。」
あきれている瞬に代わって、私が説明してあげた。昔から知己への説明役が私の役目になっているような気がする。
「なるほど。それならありえるな。俺、ばあちゃんに駅前にあるうどん屋が江戸時代から続いてるって聞いたことがある。」
「そういえば、私と知己が住んでるマンションの住所『城南町』は城の南って書くじゃない。お城の南側にあった場所だからそんな名前をつけたのかもしれない。」
「よし、決まった。まずは、この町に昔、城があったかどうかを調べよう。」
瞬が、そういったとき図書館の扉が開いた。私たちが一斉に目を向けると、そこには史書の中島先生が立っていた。
「ご苦労様。そうじ、終わった?」
「はい、さっき終わりました。」
私が答えると、中島先生はにっこりと微笑んだ。
(お嬢様だ!)
中島先生は、図書館のアイドルみたいな人で、いつもおしとやかで優しい言葉遣いをしている。私たち5年生の中でのあだ名は「お嬢様」。学校でスカートをはいている先生は、中島先生だけだ。
「そう、よくがんばったね。職員室で尾田先生が待っているから、ごあいさつをしてから帰りなさい。」
「中島先生は、まだ仕事があるの?」
真友ちゃんが聞くと、中島先生はまたにっこり微笑んで「うん。」と答えた。
私たちは、中島先生へのあいさつを終えると、職員室に向かった。
「失礼します。」
私たちは声を合わせてあいさつをすると、瞬を先頭に、私、知己、真友ちゃんの順番で尾田先生の席へ向かった。尾田先生は、いすをくるりと回して私たちのほうに向き直った。私たちは横一列に並ぶと、一斉に頭を下げ、「申し訳ありませんでした。」と謝った。
「なにが、悪かったのか、もう分かっているな。」
「はい。」
瞬の言葉に、尾田先生は静かにうなずいた。
「なら、もういい。何度も言っているが、お前たちはすごい力を持っている。だから、みんなは、お前たちをクラスのリーダーに選んだんだ。その四人が力を合わせれば、学校一のすばらしいクラスができる。だから、先生はお前たち四人に期待しているし、力になりたいと思っている。いいか、クラスのみんなは、リーダーであるお前たち四人に先生以上に期待し、注目している。だから、先生はお前たち四人がクラスみんなの模範となるようにがんばって欲しいと思っている。リーダーは、みんなのためにがんばることが仕事だ。分かるな。」
「はい。」
四人一斉に返事をした。尾田先生は、満足そうにうなずいた。
「もう、遅いからできるだけ一緒に帰るように。」
「先生、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
「なんだ、前田さん。」
「この町に、昔、お城があったことってある?」
「いい質問だ!」
尾田先生は、会心の笑みを浮かべた。個人的なことだが、私は尾田先生の笑顔が大好きだ。このことは、私だけの秘密である。
「この由愛美市は、昔は城下町として栄えた町なんだ。今は駅前に商店街があってにぎやかだが、江戸時代までは朝来山のふもとにあった由愛美城を中心に武家屋敷や、商店が立ち並んでいたんだ。学校の上に文房具屋さんや和菓子屋さんが並んでいる細い道があるのを知っているだろう。」
「その和菓子屋さん知ってる!真友のママがよく大福を買ってくるところ。大福の中に甘栗とかイチゴとかが入っていて、めちゃくちゃおいしいの。」
「そう、その和菓子屋だ。ちなみ、いつごろからあの和菓子屋さんは営業しているか分かる人。」
「100年前!」
「前田さんは100年前か。川崎さんは、何年前からだと思う?」
「先生が江戸時代からといっていたから120年から400年前の間と考えられます。しかし、江戸時代初期は、まだ政治も安定していなく、したがって和菓子などの生活の副産物的商品が販売されていたようには思えないので、商業が盛んになった時期を考えると150年前頃が妥当だと思います。」
「さすが、クラスのリーダーだな。二人とも、ほぼ正解だ。あの和菓子屋さんは創業138年になる。」
「すげー!」
「そうだろう。この由愛美市には、同じように江戸時代以前から続く店が多く残っているのが魅力の一つだ。」
「先生、由愛美城はどこにあったの?」
私が聞くと、先生はいたずらっぽい笑顔を見せた。
「どこだと思う?高山、当ててみろ。」
「えーと。皐月山公園?」
「はずれ。」
「じゃあ、駅前公園。」
「公園に目を付けたのはいい着眼点だ。次がラストチャンスだ。」
「じゃあ、由愛美公園。」
尾田先生は、笑顔を見せて、さっと立ち上がった。私は、先生の顔を見上げた。先生は、大きな手で私の頭をやさしくなでた。
「正解だ。さあ、先生もこれから仕事があるから、今日はもう帰りなさい。また、明日もがんばろうな。」
「はい、ありがとうございました。さようなら。」
私たち四人の大きな声が職員室に響いた。
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