5月13日(日) 「宝の在り処」(10)
今日もようやく更新終了です。
尾田先生の向かった先は職員室だった。
「ちょっと、待っていてくれ」
私たちが職員室の前の廊下でしばらく待っていると、上着を着た尾田先生が出てきた。
「よし、準備完了だ。まず、川崎さんと、後藤さんを送って、それから高山さんと、前田さんを送っていくからな」
「え、いいよ。一人で帰れるって」
知己がそう言うと、尾田先生は笑った。
「先生もたまにはみんなと一緒に帰りたいんだよ。みんなはいつも先生より早く帰ってしまうからな」
「そりゃそうだよ。だって、先生を待ってたら、いつ帰れるか分からないもん」
真友ちゃんが、そう言うと、瞬がすかさず、
「それに、学校が終わったら習い事もありますしね。こう見えて、僕たちも結構忙しいんです」
「寂しいことを言うなよ。お前たちは、先生の味方じゃないのか?」
「クラスの中ではそうですけど。今日は休みですからね」
「休みの日まで、先生につきあってたら、しんどくなっちまうよ」
「あ、でも。昨日みたいに大福をご馳走してくれるなら、考えてもいいよ」
真友ちゃんの言葉に、尾田先生は何かを思い出したようで、
「そういえば、お前たち。先生に何か言うことを忘れてるんじゃないのか?」
私たちはお互いに顔を見合わせると、さっと尾田先生の前に並んだ。真ん中に私と瞬、その脇に真友ちゃんと知己が並ぶのが私たちのクラスでの決まりごとだ。きちんと並んだのを確認して瞬が号令した。
「昨日は大福をご馳走していただき、ありがとうございました。一同、礼!」
「ありがとうございました!」
私たちは一斉に頭を下げた。
「どういたしまして」
先生も頭を下げた。私たちが頭を上げるのを確かめると、尾田先生は居住まいを正して、こう言った。
「最近、クラスのみんなもしっかりと挨拶ができるようになってきた。お前たちリーダーが今みたいに、一つ一つのことを手本になってやってくれているからだ。だから、今度は先生がお前たちに、感謝する番だ。いつも、クラスのために頑張ってくれて、本当にありがとう。心から感謝しています」
それから、深々と頭を下げた。そんな尾田先生を見ていると、心がぽかぽか温かくなってくるのを感じた。嬉しいって気持ちが、きっと顔に湧き上がって、変な表情になっているような気がする。私は、なんだか恥ずかしくなって両手で顔を覆った。
「先生の感謝の気持ち、伝わったか?」
「先生、俺たちはクラスのリーダーだぜ。当たり前のことをしてるだけだから、別に感謝してもらわなくたっていいぜ」
少し上ずった声で、そう言った知己もなんだか嬉しそうだった。
「そのことを当たり前と思えるお前たちだから、先生は感謝してるんだ。クラスのみんなの前では言えないことだけど、先生はお前たち4人と同じクラスになれたことが嬉しいんだ」
少し照れながらそう言った尾田先生が私にはいつもよりキラキラ輝いて見えた。
「だから、たまには一緒に帰ろう。こんな機会めったにないんだから。な」
微笑みながら手を合わせてお願いしてくる尾田先生を見ていると、さっきのぽかぽかとは違って胸の奥が熱くなってくるのを感じた。
「しょうがねえな。じゃあ、さっさと帰ろうぜ」
知己の言葉で私たちが歩き出すと、尾田先生はさっとみんなの前に出た。そして、
「じゃあまずは校門まで競争だな。よーい、ドン!」
尾田先生は、スーツ姿のまま校門に向かって駆け出した。つられて、私たちも全速力で走りだした。目の前をみんなが走っていく。私は、みんなを追いかける。結果は分かってるけど、最後まであきらめたくない。ゴールはあっという間にやってきた。順位は、尾田先生、知己、瞬、真友ちゃん、そして私だった。
「先生!卑怯だぞ!」
知己が尾田先生に食って掛かった。
「ははは、ちょっと卑怯だったかな」
笑いながら答える尾田先生に、真友ちゃんも食って掛かった。
「あたしたちが先生に勝てるわけないでしょ。こっちがハンデを欲しいくらいよ」
「でも、誰一人手を抜かなかっただろ」
「そりゃあ、やるからには勝ちたいし、負けるのは嫌いだもん」
「後藤さんと同じ意見の人は?」
私たちは一斉に手を挙げた。
「だから、先生はお前たちが好きなんだ。まあ、勝負のことは卑怯だったから、やりたいのなら今度正々堂々と勝負をしよう。それでいいか?」
「よし!今度は必ず勝つからな!」
そう言うと知己は、尾田先生のお腹を思い切り叩いた。
「お、なかなかだな。けど、先生には効かないな」
「じゃあ、次は私ね」
真友ちゃんが、こぶしを握った瞬間、尾田先生はくるりと後ろを向いて校門の外へと出て行ってしまった。
「ちょっと、私のパンチも受けてみてよ」
真友ちゃんは、すぐに尾田先生に走りより、腕にしがみついた。そして、そのままじゃれあうようにして瞬と真友ちゃんの住むサンライズマンションのほうへと歩き始めた。
「ちぇ、勝手に先に行くなよな」
文句を言いながらも、楽しそうにしながら知己も歩き始めた。私は、先生と真友ちゃんが仲よさそうに腕を組んでいる姿を見て、ちくりと胸が痛むのを感じた。
(嫌な娘だな、私って)
こんなことで心を痛める自分が情けなくて、少し自己嫌悪した。
「大丈夫ですか?」
瞬の声かけに、私はできる限る元気に返事をした。
「ありがとう。全然、大丈夫だよ。私たちも行こ」
とびきりの笑顔を向けたつもりだったけど、自分でも顔がひきつっているのを感じてすぐに顔を背けた。そして、尾田先生たちのところに向かって駆け出した。
(ごめんね、瞬。心配してくれたのに)
瞬に申し訳ないと思いながらも、今の自分をあんまり見て欲しくなかった。
「じゃあな二人とも。明日も元気に学校に来いよ」
尾田先生が手を振ると、瞬と真友ちゃんは「さようなら」と大きな声で返事をしてサンライズマンションの奥へと消えていった。サンライズマンションは2年前にできたマンションで、12棟のマンションが集まってできている。マンションの敷地の中には、池や川もあり、冷暖房完備のプレイルームもある。古い町並みが続く由愛美市の駅前の中でこのあたりだけが新しく近代的だ。サンライズマンションの他にも、いくつか新しいマンションが立ち並び、ここに住んでいる由愛美小学校生だけでも全校生徒の半分近くになるって以前授業で聞いたことがある。
「じゃあ、次は高山さんを送っていこうか」
そう言って、尾田先生は私と知己の前に立って歩き始めた。私は急いで尾田先生の左横に走り寄ると、一緒に並んで歩いた。
「なんだ、手をつないで欲しいのか?」
胸のどきどきを押さえつつ、私は平静を装って話した。
「いえ、別にそんなつもりじゃなくて、ただ、先生の話を聞きたいなって思って」
「あ、俺も聞きたい。先生、この前の怖い話の続きしてくれよ」
知己の言葉に尾田先生は首を振った。
「あの話は、だめだ。今度、みんなの前で話してやるよ。別の話じゃだめか?」
「うん。それでもいい。先生、聞かせて」
「よーし、じゃあ始めるぞ」
そう言うと、尾田先生は視線を遠くに向けて、ゆっくりと話しを始めた。
「これはずっと昔の中国の話だ。
ある田舎町の一人の少年の話だ。その少年は勉強がよくできたから、将来都会に行って役人になるのが夢だったんだ。そのころの中国で役人になるには、ものすごく難しい試験に合格しなければならなかった。そのかわり、役人になれば大金持ちになることが約束されていたんだ。少年の家は貧乏だったから、どうしても大金持ちになりたくて、一生懸命勉強した。そして、ある年の冬についに、試験を受けに都会へと旅にでたんだ。まだ、若いからと少年を引き止める両親の言葉も聞かずに。都会に向かって三日目の夜のことだった。ものすごく大きな満月が昇り、あたりが昼のように明るく感じられる不思議な夜だった。少年は歩きつかれたので邯鄲という町の宿屋に泊まることにした」
「先生、見てみろよ」
知己は突然、西の空を指差した。すると、そこには今までに見たこともない大きな満月が昇っていた。私は思わず、
「わあっ」
と声をあげてしまった。それくらいその満月は大きかった。
「な、でっかい満月だろ。先生の話に出てきた満月もあれくらいあったのか?」
「さあ、先生も実際にその満月を見たわけじゃないからな。でも、もしかしたらそうかもしれないな」
私たちはしばらくその大きな満月に見入っていた。
「そういえば、二人とも。月は、場所によって小さく見えたり大きく見えたりすることを知ってるか?」
「あ、それ私聞きたいです。前から、不思議だなって思ってたんです。だって、月は同じはずなのに、小さく見えたり、大きく見えたりするから」
「バカだなあ、希望は」
私は、尾田先生の前でバカと呼ばれて少しむっとした。
「えー。じゃあ、知己は訳を知ってるの?」
私が少し意地悪そうにそう聞くと、知己は平然と答えた。
「そんなの簡単じゃねえか。月が遠くにあるときは小さく見えて、近くにあるときは大きく見えるんだよ。こんなの常識だろ」
「だって、月は地球を中心に同じ距離をくるくる回っているんだよ」
「へ?そうなの?」
知己の驚いたような顔を見て、尾田先生は大声をあげて笑った。そして、
「あんまり遅くなってもいけないからな、歩きながら話そう」
そう言うと、また歩き始めた。
「でも、先生は知己を見直したな」
「へ?なんでだよ。」
「ちゃんと、自分で実感したことを使って、先生の質問に答えたからだよ」
「でも、結局間違いだったんだろ」
知己は少し不機嫌そうにそう言った。尾田先生は、知己の頭の上に右手を優しく乗せた。
「そんなことない。たとえ間違っていようと、自分の経験や、体験、知識を使って考えて出した答えには、すばらしい価値がある」
「“カチ”って、勝ち負けの勝ちのことか?」
「そうじゃない。先生の行っている価値っていうのは、分かりやすく言えば貯金みたいなものだ」
「貯金?」
「たとえば、前田さん。今、何か欲しいものがないか?」
「あるぜ。俺は、新しいグローブかMSのソフトが欲しい。」
「それを買うためには何が必要だ?」
「お金だろ」
「そう、お金だ。商品や、物はお金で手に入れることができる。じゃあ、次に健康になるためには何が必要だ」
「うーん。そりゃあ、運動だろ。それに、早寝、早起き。栄養のあるものを食べるのも大事だな」
「そうだ。考えてみれば、もっとたくさんあるだろう。じゃあ、自分の夢を叶えるためには何が必要だ?」
「うーん・・・」
知己は考え込んでしまった。
(私の夢って、何かな?)
私は昔、ケーキ屋さんになりたかった。次は、幼稚園の先生。最近は、小学校の先生になりたい、なんて考えたりするときがある。
(でも・・・)
私は、ちらりと尾田先生に目を向けた。私の視線に気づいた尾田先生が笑顔を返してくる。私は、あわてて目をそらす。顔がほてって、胸がどきどきしているのを感じる。
「高山さんは、分かる?」
「えーと」
私はつとめて平静を装いながら答えた。
「私は、夢は一人ひとり違うから、夢の数だけ必要なものがあるんだと思います」
「なるほどね。ちなみに、高山さんの夢は何かな?」
「私の夢は・・・今は、先生になることです」
「そうか。じゃあ、勉強もしないといけないし、免許もとらないといけないし、試験にも合格しないといけないな。さっき、高山さんが言ったみたいに、夢の数だけ必要なものはある。先生がさっき言った価値っていうのは、その必要なものに似てるんだ。前田さんは野球が好きだろ?」
「ああ、最高に好きだぜ」
「だから練習する。もっと上手くなりたいから。でも、高山さんはそこまで野球が好きじゃないから、練習をしない。つまり、前田さんにとって野球の練習は価値のあることで、高山さんにとっては価値のないことになる」
「あ、それ分かる!猫に小判ってやつだろ」
「お、かしこいな前田さん。その通りだ」
尾田先生の話を聞いていて、ふと疑問に思った。
「じゃあ、先生。価値っていうのは、一人ひとり違うものなんですか?」
私が聞くと、尾田先生はにこっと笑って、私の頭に優しく手を乗せた。
「そこからは、自分で考えてみるといい。さあ、高山さんの家に着いたぞ」
ふと気づくともう家の目の前に帰ってきていた。尾田先生と一緒にいると、時間があっという間にすぎてしまう。
(もっと、いっぱい話したかったな)
「高山さん、また明日」
「うん。先生、さようなら。送ってくれてありがとうございました」
私は尾田先生と知己に手を振りながら家の扉を開けた。
今日は本当に長い一日だった。帰りが遅かったので、お母さんには少し怒られたけれど、私の心は不思議と悲しくなかった。みんなと一緒に過ごした小さな冒険の余韻が私の心をわくわくさせ続けている。
「楽しかった・・・」
湯船につかりながら、今日一日のことを思い返してみる。大杉を見つけてから、宝を発見するまでのこと。宝の巻物を見たときに見た(?)あの夢のような光景のこと。それから尾田先生とのこと。どれもが宝石みたいにキラキラして私の胸の奥に刻み込まれている。
「私の夢って、何かな・・・」
思ったことが言葉となってこぼれた。
(そういえば。宝物を見つけることができたことも、よく考えれば夢みたいなものなんだよね)
そう、私たちは宝物を見つけるために力を合わせてがんばった。そして、今日ようやく宝物を見つけることができた。
(でも・・・)
宝物を見つけてしまったら、明日からは何をすればいいんだろう。もう、あんなワクワクする瞬間を過ごすことはできないのかもしれない。そう思った時、さっきまでのワクワクした気持ちが一瞬で消えて、なんだか寂しくなってしまった。
(見つからないほうがよかったのかな?)
私は、湯船の湯を思い切り救うと、顔にばしゃばしゃとかけた。そして、
「よしっ」
と気合の声を吐くと、湯船から勢いよく飛び出した。
(私はバカだ)
そう、私はバカだ。すばらしい仲間たちと、あんなにすばらしい時間を過ごすことができたのに、こんな気持ちになるなんて。いつか尾田先生が話してくれた言葉を思い出した。
『別れを悲しむより、出会えたことに感謝しよう。』
(そうだよね、先生)
今日は、本当に楽しかった。いろいろなことがあった一日だった。大切な人たちとかけがえのない時間を過ごすことができた一日だった。
(ありがとうございます)
そう心でつぶやいた。心が楽になった。
お風呂から上がって洗面台の鏡をのぞきこんだ。思ったとおり、鏡の向こうの私はにこにこ笑っていた。
その日は、一日中動き回ったせいか、布団に入るとすぐに眠りに落ちた。
【・・・準備はできた・・・】
【・・・後は、君次第だ・・・】
まどろみの中で聞こえた声は、どこかで聞いたことがあったような気がした。
次回から新キャラクター登場です。




