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5月13日(日) 「宝の在り処」(9)

今日も更新できました。読み返しながらの更新なので、自分で書いたことなのに忘れていることが多々あって新鮮な気分です。

「私が開けるね!」

 そう宣言すると、私は知己と瞬の手の中にあった木の箱を手に取った。知己と瞬と真友ちゃんは、驚いたように私のほうを見ていた。私は思い切って、紐の結び目を解き、ふたを力いっぱい外した。箱の中には綿にくるまれて小さな巻物が入っていた。私は恐る恐る巻物を取り出すとみんなに見せた。

「開けるよ」

 みんなは、いっせいに頷いた。私は、慎重に巻物の結び目を解くと、ゆっくりと巻物を開いていった。

「なにか、描かれてる!」

 真友ちゃんが叫んだ。確かに、何かが描かれている様だった。私は、さらに巻物を開いていく。すると、一人の人物画が現れた。

「男、いや、女の子でしょうか?」

「女だろ。男がこんなに綺麗なわけねえじゃねえか」

 確かに、綺麗な子だった。切れ長の目と小さな口元が淡い笑みを浮かべている。

(何か、不思議な気分)

この絵を見ているうちに、なぜかとても優しい気持ちになってきたような気がする。

「服装から言ってかなり昔のもののようですね」

 瞬の指摘で、知己と真友ちゃんが覗き込むように絵を見た。

「そうだな。着物を着てるくらいだから江戸時代とかじゃねえか?」

「もっと前じゃない。だって、私の知ってる着物とちょっと違うもの。ほら、この辺りとか」

 真友ちゃんは、絵の少年が着ている服の首元を指差した。確かに、着物と違って襟のようなものが描かれている。それに、はいているものも袴ではなく、ふくらんだズボンのようなものだ。最後まで巻物を開き終わると、私は三人にもっとよく見えるようにと、両手で思い切り巻物を広げてみせた。その時、巻物の裏の部分、つまり絵の裏側が私の目に入った。

(何、これ?)

 最初は気づかなかったけれど、よく見ると裏面には細かい字がびっしりと書き込まれていた。漢字やひらがなのようだけど、よく読み取れなかった。けれど、たった一文字読み取れた漢字があった。

「・・・夢・・・」

 私がそうつぶやいた瞬間、夢という字を中心に一瞬にして世界が真っ白になった。視点は変えていないのに、視野だけがどんどん広がっていき真っ白な空間が果てなく続いているのが見えた。

(一体、何が起こってるの)

 私の心の動揺とは裏腹に、真っ白な世界はさらに高く、さらに遠くへと広がっていく。次第に、無限に広がる空間の中に私だけが取り残されていった。あまりにも強烈な喪失感に私は、無我夢中で手を伸ばした。たった一つ、はるか遠くに目に映る『夢』という文字に向かって。

(届け!届け!)

 必死で伸ばした手のはるか先に文字は浮かんでいる。それでも私は手を伸ばし続けた。

(絶対にあきらめてなんかやるもんか!)

 心のそこからそう叫んだ。そうして、私はよりどころを失い宙に浮いている右足を無理やり前へと踏み出した。



【・・・資格はあるようだな・・・】



 はっきりと聞こえたはずなのに、耳には何も聞こていない。心の奥底で、まるで自分の心の声のようだった。



【・・・準備ができたら、会いに行こう・・・】




もう一度、聞こえた声は私と同じくらいの子どもの声のようだった。

(ちょっと、待って!)

 声を出して呼びかけようとしたけれど、声が出ない。口も動かない、目は?耳は?手は?足は?すべての感覚が麻痺したみたいに、消えていった。ただ、私の心だけがそこにぽっかりと浮かんでいた。

(何でかな。心だけしか残ってないのに・・・こんなに私は落ち着いている)

 私は、一度考えるのをやめた。そして、この無限の空間を受け入れてみた。まるで一滴の水が海に落ちたように、広がり溶け込み交わっていくのを素直に感じた。



【・・・ふーん。ずいぶんと深くまで入り込んでくるな。けれど・・・】



 心に響く言葉が、私を拒絶したように感じた。その瞬間、懐かしい声が私の耳に聞こえてきた。


「おい、希望!」


(え!)

「何、ぼーっとしてんだよ」

 知己に肩をつかまれて、私は我に返った。

「え?え?あれ?」

 私は、両手で巻物を広げたまま、立っていた。空はもう明るさを失いつつあり、風が少し冷たかった。

「高山さん、大丈夫ですか?」

 瞬が、私の顔を心配そうなまなざしで見つめている。

「うん、大丈夫」

 真友ちゃんが、私の額に手を当てた。

「熱はないみたいだけど、今日はいろいろあったから疲れたのかも」

「ありがとう、真友ちゃん。ごめんね心配かけて」

「全然OKだよ。のぞちゃんの事で心配できるなら、大満足」

 真友ちゃん見せてくれた笑顔に、戸惑っていた私の心が少し落ち着いた。

(さっきのは、夢だったのかな?)

 私は、手に持っていた巻物の裏をもう一度見つめてみた。けれど、何も見つからなかった。

「なんだよ?裏に何か書いてあったのか?」

「うん。何か分からないけど、小さな文字がびっしりと書き込まれてるよ」

 私は、みんなに見えるように巻物を広げて見せた。すぐさま瞬は、眼鏡をこすりつけるように巻物の裏の文字を確認し始めた。

「本当だ・・・すごい文字の量ですね。草書体で書かれていて、ほとんど文字が判別できない・・・」

「おい、瞬。そんなに顔を近づけてたら、俺と真友がぜんぜん見えねえじゃねえか」

「そうよ、瞬。ちょっとは、遠慮しなさいよ」

 真友ちゃんの言葉でようやく目を離した瞬は、口元に右手を当てると小さな声で独り言を言いながら何かを考え始めた。

「へえ、すげえ小さな字。こんなの一個も読めそうにねえな」

「ねえ、のぞちゃん。何か一つでも読めた?」

「うん。一つだけ読めたよ」

 私の言葉に、考え事をしていた瞬もさっと目を向けた。

「え、どれどれ?のぞちゃん、教えて?」

「これ!」

 私は、巻物の中央で見つけた『夢』の文字を指差した。三人は、いっせいに私の指先にある文字へと目を凝らした。

「どう、『夢』って読めるでしょ」

 けれど、三人から返事はなかった。不思議になって三人を見てみると、みんな巻物を覗き込んだまま、ぴくりとも動かなかった。私は、不安になって、みんなの名前を呼んでみたけれど、真友ちゃんも、知己も、瞬も全く動かなかった。私は、巻物を放り出して、知己の肩を思い切りゆすってみた。

「ねえ、どうしちゃったの!お願いだから、返事をしてよ!」

「はい!」

 私の正面にいた瞬が直立不動になって大きな返事をしてくれた。

「うるせえ!そんなに大きな声をださなくったって聞こえてるよ!」

 私の手を振りほどいた知己はいつもの知己に戻っていた。真友ちゃんのほうを見ると、不思議そうな顔をして、私のほうを見ていた。

「真友ちゃん、大丈夫?」

「え、何が?」

「何が、って。みんな、じっとしたまま動かなくなってたから、心配になって」

「何言ってんだよ。それは、さっきの希望だろ」

「え?」

 ほかの二人を見渡すと、真友ちゃんも、瞬も知己の言うとおりだとうなずいていた。

「私、動かなくなってた?」

「ああ。ちょっとの間だったけどな。って、あれ?」

 知己は、少し考え込んだ後、あたりを見回した。

「気のせいかもしれないけど、さっき、何か話し声が聞こえなかったか?」

 知己の言葉に、うかない顔をしていた真友ちゃんが即座に反応した。

「あ、知己も聞いたの。あたし、気のせいだと思ってた。あたしたちと同じくらいの子どもの声じゃなかった?瞬は聞いた?」

「はい。『まだ、早い』みたいな事を言っていたような気がします」

「それだ!それ!俺も聞いたぜ。やっぱり気のせいじゃなかったんだな」

「でも、『まだ、早い』って、何のことを言ってたのかな?それに、どこから聞こえてきたのかな?」

 真友ちゃんの言葉に知己と瞬はそろって考え込んだ。私はといえば、少し頭が混乱していた。だって、私には三人が聞いたという声が聞こえなかった。

(私だけ違う)

 私以外の三人は同じ言葉を聞き、同じ時間を過ごしたみたいに思えた。次第に、不安になってきた私はどうしても確かめたくて瞬に聞いてみた。

「ねえ、瞬」

「なんですか?」

「あのね、その声が聞こえてきた時に、『準備ができたら、会いに行く』みたいなことを言ってなかった?」

「高山さんには、そう聞こえたんですか?」

「うん。」

「そうですか・・・残念ですけど、僕には、聞こえませんでした」

「そっか。真友ちゃんは、どうだった?」

「うーん。私も聞いてないかな」

「知己は?」

「俺も聞いてないぜ。ていうか、何を気にしてんのか分かんねえけど、俺もお前もついてる目も耳も違うんだから、いつも同じものが見えたり聞こえたりするわけじゃねえだろ」

(あ・・・)

 知己の言葉が、じーんと私の心にしみこんでいった。暖かな、優しい気持ちが広がっていくのが分かる。

(ありがとう、知己)

「うん。そうだよね。ごめんね、変なこと聞いて。それと、ありがとう」

「別にいいよ。感謝してくれなくても」

 そう言って知己は、右手で頭をかいた。いつもの、照れ隠しの仕草を見て、私はさらにほっとした。気持ちが落ち着いてきて、ようやく私は自分の手にあるはずのものがないことに気がついた。

「あ!」

 私は大変なことを思い出した。さっき、みんなが動かなくなった時に、巻物を地面に放り出してしまっていたことを。地面をさっと見渡すと、真友ちゃんの足元に裏返って落ちているのを見つけた。私は、すぐに手を伸ばして拾い上げた。そして、絵が汚れていないかを確認しようと、巻物を裏返してみた。

(え!)

「・・・こんなことって」

 その後は、言葉にならなかった。私の様子にびっくりして三人がいっせいに絵を覗き込んだ。

「おい、おい、おい、うそだろ・・・」

 知己も次の言葉が出てこなかった。

「うそでしょ・・・さっきまで、たしかに・・・」

 口に手を当てて、お化けでも見たように目を丸くしていた。私を含め三人が、あまりの驚きのために言葉が出てこない中、瞬だけが険しい目をして巻物をにらみつけ、そして、今起こっている事態を説明し始めた。

「・・・絵が消えている。いや、もともと絵など描かれていなかったのか」

「そんなわけあるか!俺は確かに見たぜ、着物姿の子どもの絵を!」

「ああ、俺も見た。だが、今、現実にこの巻物から絵が消えた。あたりが暗くなってきたから、確認のしようがないが、俺の目には誰かが絵を何かの道具を使って消したり、白紙を絵の上から貼り付けたようには見えない。この点は、どうだ?」

「うーん。俺にも誰かが小細工をしたようには見えねえな。ていうか、もし誰かが犯人だとしたら、俺たち四人のうちの誰かってことになるじゃねえか」

「ああ、もし誰かの仕業だとしたら、そういうことになる」

「じゃあ、話は早いや。そんな可能性はない。だろ?」

「ああ、俺もそう思う」

 二人の会話を聞いて、私は嬉しくなった。

(私も、そう思う。きっと、真友ちゃんもそうだ。)

 私は、真友ちゃんのほうを見た。真友ちゃんも、なんだか嬉しそうな顔をしていた。

「じゃあ、瞬。一体、どうして絵が消えたんだ?」

 知己が聞くと、瞬はあっさりと答えた。

「全く、分からない。可能性は無限にあるが、現実的に可能かどうかといえば、不可能に近いものしか思いつかない」

「たとえば?」

「ここに描かれていた絵は、特殊な塗料で描かれていて、空気に触れると化学反応を起こし絵が消えるしくみになっていた、とか」

「おー、なんとなくそれっぽいな」

「しかし、たとえそれが事実だとしても、ここまで見事に消えるかという疑問もあるし、第一、しまわれていた木の箱に空気が入ってこないようにするような機密性があったとは到底思えない」

「じゃあ、その可能性はないってことかよ」

「そういうことになる」

「他の可能性は?」

「後は、今の可能性よりももっと不可能に近いものしか思いつかない」

「あー。まったく、いざというときにあてにならないやつだな」

 知己は自分勝手なことを瞬に言うと、くるりと真友ちゃんへと向き直った。

「おい、真友。お前、何か思いつかないか?」

 真友ちゃんは、「えーと。」を三回繰り返した後、

「あ、そうだ。たとえば、絵の中の子どもが、実は生きてて、歩いてどこかへ出て行った、とか・・・どうかな?」

 真友ちゃんが上目遣いに知己を見た。知己は、真友ちゃんに会心の笑みを向けると、

「やっぱり、真友。お前が一番だよ」

「え、何」

「俺、真友のそういうぶっとんだところ好きだぜ」

 知己の『好き』という言葉に、真友ちゃんはあわてふためいた後、

「あ、あんたに好かれてたって全然嬉しくないわよ!」

 そう言うと、ぷいっと後ろを向いてしまった。真友ちゃんの態度を、知己は別に気にすることなく、けろっとした顔で今度は私に向き直った。

「希望はどう思う?」

「あたしは・・・」

 私が、答えようとした瞬間、背後から怒鳴り声が聞こえた。

「お前たち、こんな時間に何をしているんだ?」

 私たちは驚いて声の主を見た。

「尾田先生!」

 尾田先生は、つかつかと足早に私たちのもとまでやってきた。そして、

「お前たち。今、何時か知ってるか?」

 そう言った、尾田先生の表情は少し険しかった。

「えーと。」

 真友ちゃんは、持ってきていた携帯電話を確認した。

「えー!もう、6時半」

「うそ!私、もう帰らないと」

 私の家の門限は5時半までなのに、それを1時間もオーバーしている。

(お母さん、心配してるだろうな)

 そう思ったとたんに、暗くなった空や辺りの風景がひどく不気味に思えてきた。おろおろする私や真友ちゃんの様子を見て瞬は、さっと尾田先生の前に立った。

「すみません。年甲斐もなく、砂遊びに夢中になってしまって。跡片付けをして帰りたいのですが、こんな時間ですし、家族も心配していると思います。ですから、もしよろしければ明日の休み時間に片づけをさせていただけないでしょうか」

(さすが、瞬)

 私は、瞬のとっさの機転に感動した。尾田先生も、瞬の言葉を聞いて幾分表情をやわらげてくれた。それでも、

(先生、まだ怒ってる)

 私の心は、そう感じていた。そんな時に、よせばいいのに知己が口を開いた、

「先生、ごめん!明日、必ず片付けるから、今日は許してください!」

 尾田先生の前に立って深々と頭を下げた。けれど、それは私でも分かるくらいにおちゃらけたものだった。そして、それは多分、私が知る中で尾田先生が一番嫌いなものの部類に入るものだった。

「ふざけるな!」

 先生の一喝で、私たちは身体がすくんでしまった。

「本気で悪いと思っていないのに、頭なんか下げるな!別に、お前たちがここで遊んでいても構わない。けどな、家族を心配させるようなことを平気でするな!人間だから、自分の行動がどういう結果を生むのか気がつかない時もある。それでも、誰かのおかげで、何かのおかげでそのことに気がついたのなら、反省するべきじゃないのか!どうなんだ、知己!」

 尾田先生の怒鳴り声が当たりにこだました。知己は、ライオンに睨み付けられたうさぎのように震え上がってしまった。そして、だまってうつむいてしまった。

「目をそらすな!前を向け!」

 尾田先生の声に、知己はおずおずと前を向いた。

「知己、お前はお母さんに心配をかけても平気な男じゃないだろ?」

「はい」

「お前は、人の気持ちを大切にできる男だろ?」

「はい」

「知己、お前は先生が信頼するリーダーだろ?」

「はい」

「なら、先生の言うことが分かるよな?」

「はい・・・」

「なら、もういい」

 そういうと、尾田先生は右手を伸ばし、知己の頭を優しくのせた。

「怒鳴ったりして、ごめんな」

 そう言った、尾田先生の声は、本当にあたたかくて優しく聞こえた。きっと、みんなにもそう聞こえたと思う。知己は、その言葉を聞くと、また視線を下に向けた。そして、泣きそうな声で

「・・・すみませんでした」

 と小さくつぶやいた。尾田先生は、その様子を見ると、もう一度知己の頭に手をのせた。

(いいな・・・)

 私は、なぜか知己のことがうらやましくなった。

「よし、じゃあ行くぞ。暗くなってるから、足元に気をつけてついて来いよ」

 そう言うと、尾田先生は校舎のほうへと歩き始めた。知己はうつむいたまま後を歩き始めた。私もあわてて後を追おうとしたとき、瞬が私の手に巻物を渡してこう言った。

「高山さんが、持っていてください」

「え?」

 理由を聞き返す間もなく、瞬は知己のそばまで走っていってしまった。

「のぞちゃん、急ごう」

 真友ちゃんに急かされて、私は受け取った巻物をかばんの中にしまうと、先生たちの後を追いかけた。


おそらく次回で「宝の在り処」終了です。長い話になりましたが、次回から少しは新しい展開になります。

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