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5月13日(日) 「宝の在り処」(5)

今日もなんとか更新できました。明日は会議で午前様になるので更新は難しそうです。その分、日曜日に頑張ります。

「では、実際に地図の上で宝の在り処を示してみます」

 瞬はかばんから分度器を取り出すと、大杉の場所に中心をあわせ61.2°の位置に印をつけると、中心点からまっすぐに線を引いた。そして、円周とその直線の接点に赤丸を書き込んだ。それから、私が作った七百歩分の距離の紐を用意し、スタート地点から円周に沿って綺麗に置いていった。すると、その紐の先がさっきつけた赤丸の上にぴたりとあった。

「まちがいない。ここが宝の在り処だ」

 瞬が宣言すると、私たちは身を乗り出して地図の上に書かれた赤丸の場所を凝視した。

「・・・・・・」

 沈黙が流れた。私たちは、お互いに顔を見合わせて目の前のことが現実であることを確認しあった。そして、もう一度、地図の上に目を向け、赤丸の指し示す場所を確かめた。

「これって、小学校だよね?」

 私は恐る恐る瞬に聞いた。瞬は、黙ってうなずいた。

「私たちの由愛美小学校だよね?」

 瞬はもう一度うなずいた。次の瞬間、知己がすっと立ち上がった。

「行こう!小学校へ!」

「うん!」

 私の返事を聞くと、知己は小学校に向かって駆け出した。瞬も手早く道具を片付けると知己の後を追った。走り出した真友ちゃんの後姿を追いかけるように私も走った。私たちは由愛美小学校までの細長い下り道を、まるですべるように走り抜けていった。途中、何度か足がもつれて転びそうになったけど、不思議と怖くなかった。そんな、ちょっとしたスリルでさえ楽しく感じていた。走り続けて体は悲鳴を上げ始めている。息も切れ始めた。でも、心がそれらを補ってあまりあるくらいに体中に元気を送り出していた。

(すごい、すごい、すごい!こんなことって、本当にあるんだ!)

 宝探しを始めてから、何度この言葉を心の中で繰り返しただろう。

(嬉しい、嬉しい、嬉しい)

 こんな瞬間を大切な友だちを一緒に過ごせることが嬉しくてしょうがない。目の前に警察が見えてきた。ここを左に曲がれば由愛美小学校の校門が見える。私の足は疲れを忘れて、さらにスピードを上げていった。コーナーを曲がると、校門の前で肩で息をしながら手を振っている知己と瞬が見えた。続いて真友ちゃんもゴールし、私の名前を呼んだ。

「のぞちゃーん、早く!早く!」

 私は息をするのも忘れて、思いっきり駆けた。みるみる、三人が近づいてくる。私は両手を広げて待ってくれている真友ちゃんの腕の中に思い切り飛び込んだ。

「ゴール!」

 知己の大きな声が響いた。私は、真友ちゃんと一緒になぜか笑っていた。

「なんだよ、希望。何がおかしいんだよ」

 そういう知己も口元をほころばせてニコニコしていた。瞬はというと、口をぎゅっと閉じてなにやら複雑そうな顔をしていた。

「どうしたの、瞬?」

「いえ・・・あの・・・」

「なにか気になることがあるの?もしあるんだったら、言ったほうがきっと楽になると思うよ」

「でも・・・そうでしょうか」

「うん。言いたいことは、言ったほうが絶対いいよ」

「・・・じゃあ」

 そう言うと瞬は息を小さく吐き出した。それから、胸一杯に大きく息を吸い込んだ。そして、

「ぃぃぃぃやったぞー!!!」

 知己の三倍以上の大きな声が辺り一面に響き渡った。私たちはおろか、道路の向こう側を歩いていた人たちが立ち止まるほどの大きな声だった。

「やった、やった、やった」

 子供のようにはしゃぎながら何度もガッツポーズを繰り返す瞬がそこにいた。

(・・・・・・)

 あっけにとられていた私に瞬は思いっきりの笑顔でこう言った。

「ありがとう、高山さん。抑えきれない気持ちって、本当にあったんですね」

 嬉しそうにそうな瞬の顔を見ていると、私の胸の奥が温かくなっていくのを感じた。

「そうだね。私も、さっきから心の中で何度も叫んでたよ。『やった!』ってね」

 私の言葉を聞いて真友ちゃんがニコニコしながら近寄ってきた。

「それ、私もそうだ。走りながら『やった、やった』って何度も繰り返してた。やっぱり、親友は考えることも一緒だね」

「何言ってんだよ。そんなの、俺だって瞬だって一緒に決まってるじゃねえか」

「だ・か・ら。あたしたちは親友なんでしょ」

 茶目っ気いっぱいにそう言った真友ちゃんは、何となく綺麗で、何となく可愛かった。

「ふふふ」

 私は不意におかしくなってきて、つい笑ってしまった。私が笑うと、みんなもつられて笑い始めた。

(ありがとう)

 こんな瞬間を与えてくれた何かに思わず感謝した。


ひとしきりみんなで笑ったあと、校門をくぐり目的の場所へと向かった。地図で示さた赤丸は校舎の西側の奥にあるビオトープ辺りを指していた。新しくできた体育館の前を通り、西校舎前の渡り廊下を進んでいくと、目の前に小さな川と池が見えてきた。川と池の間には小さな田んぼがあり、毎年ここで5年生が田植えをする。川の両側にはスモモと桑の木が植えられ小さな林のようになっている。林の先は少し小高い丘のようになっており、そこから川の水が流れ出るようになっていた。詳しいことは知らないけれど、理科の越智先生が川の水を循環させてここに住む生き物たちが助け合って生きていけるようにしているって言っていたのを覚えている。

「おい、瞬。宝の在り処はこの丘じゃねえのか?」

 知己は丘の上に駆け上がり、トントンと丘のてっぺんを蹴ってみせた。

「いや、地図の示している場所はもう少し奥になる。確か、この先に小さな建物があっただろ。おそらく、あの建物が目的地だ」

「あ、その建物なら知ってる。あれでしょ。まるで江戸時代の建物みたいな古い建物でお化けがでるって有名なところ」

「え、お化け?」

「うん、そう。なんでも綺麗な女の子のお化けが出るんだって。空手仲間のなっちゃんが言ってた」

 真友ちゃんの話を聞いて、私は少し怖くなってきた。まだ日はあるけれど、西の空は少しずつ夕日に赤く染まってきている。いつも遊んでいる学校でも、今日は休みで誰もいない。誰かがいるはずの場所にだれもいないってだけで、無性に怖くなるのはなぜだろう。私が不安そうにしているのに気がついたのか、瞬が声をかけてくれた。

「高山さん、大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫。ごめんね、心配させちゃったかな」

 私は笑って見せた。怖いときでも、つらいときでも、笑ってみると不思議と元気が出てくる。

「じゃあ、行きましょうか。早くしないと日が暮れてしまいますから」

「そうだぜ、宝はもう俺たちの目の前だ!さっさと行くぞ!」

 元気いっぱいの知己の掛け声が、少し不安になっていた私の背中を押してくれた。こんな時には知己の存在が心強い。知己を先頭に私たちは丘を越えてさらに奥に進んでいった。丘の先には広葉樹の林があり、その更に先に竹林があった。まるで塀のようにそびえ立つ竹林の中ほどに一箇所だけ人が通れる空間が開いていた。私たちは一列に並び、その細い道を進んだ。風が吹くたびに笹の鳴る音が聞こえてくる。遠くでたくさんの人たちが呼びかけているように聞こえた。背筋がすっと寒くなるのを感じると、私は怖くなって目の前を歩いていた知己の上着の裾をつかんだ。知己はチラッと後ろを見ると、何も言わずに左手を差し出した。

「ありがとう」

 私が手を握ると、知己はさっと前を向いてスタスタと歩き始めた。知己の手から伝わってくる手のぬくもりが私の中に芽生えていた不安な気持ちを忘れさせてくれた。

(昔は、こうやってよく手をつないで歩いたな・・・)

 そういえば、小さいころにこんな風に暗い場所を二人で手をつなぎながら歩いたことがあったような気がする。

(あれは、いつのことだったかな?)

 そんなことを考えているうちに、出口が見えてきた。竹林を抜けると私たちの目の前に時代劇に出てくる蔵のような形をした古めかしい建物が現れた。壁は白塗りで、高い場所に窓がいくつかついていた。土台のような場所には、四角い瓦のようなタイルが綺麗に並べて貼りつけられていた。私は、思わずつばを飲み込んだ。

(ここに宝物があるんだ)

 どうしてだろう。さっきまでの興奮がうそみたいに、体がかじかんで動かなくなっていた。ただ、知己とつないだ手の先からはほのかな温かさが伝わり続けていた。

「おい、瞬。ここで間違いないんだな?」

「・・・」

 知己の問いかけに瞬は答えなかった。その代わりに眼鏡をすっと外すと、鋭いまなざしを知己に向けた後、力強くうなずいた。

「そっか・・・」

 そう言うと、知己は少し寂しそうな笑顔を私に向けた。

「見つけちまったな、俺たち。あーあ、宝探しも終わりだな」

 知己の言葉に私はとっさに答えた。

「まだだよ!まだ、終わってない!だって宝物、まだ見つかってないよ!」

 なぜか私はむきになってそう答えていた。

「なんだよ、突然大声出しやがって。そんなことくらい分かってるよ」

「ううん。知己はぜんぜん分かってない!宝探しでも何でも、最後が一番大切なんだよ。ほら、尾田先生が木登りの名人の話をしてくれたでしょ。あれと同じ。最後に油断すると大失敗しちゃうんだからね!分かった、知己!」

 私の勢いに知己は唖然としたまま、コクリとうなずいた。

「分かったのなら、よろしい」

 私は満足げにうなずくと、真友ちゃんの方に目を向けた。

「ね、真友ちゃんもそう思うよね」

 けれど、真友ちゃんは不機嫌そうな目で私をにらみつけていた。

「どうしたの、真友ちゃん?」

 私が恐る恐る聞いてみると、真友ちゃんはぷいっと横を向いてしまった。

(私、何か真友ちゃんが怒るようなことしちゃったのかな)

 私がおろおろしていると、瞬がくすりと笑って耳元でささやいた。

「いつまで手をつないでいるんですか?」

(あ!)

 私はあわてて知己の手を離した。そして、すばやく三歩後ずさった。

「ごめんね、知己。いつまでも手をつないでて・・・」

 そこまで言うと、私はたまらなく恥ずかしくなってきた。小学校五年生にもなって、男の子と手をつないで普通に歩いていた自分が信じられなかった。

(私、何やってたんだろう)

 私が一人であたふたしていると、知己は何でもなかったような顔をして

「別にいいよ。だって、昔はよく手をつないで歩いてたじゃねえか」

 なんて言うもんだから、私はさらに慌てて真友ちゃんを見た。その言葉が引き金となったのか真友ちゃんは、さっと踵を返すと肩をいからせて知己に食ってかかった。

「この、変態!変態!変態!」

 あまりの勢いにあっけに取られていた知己も、何度も連呼される『変態』の言葉に腹を立て口論が始まった。

「うるせえ!誰が変態なんだよ!」

「あんたよ!あんた以外に誰がいるって言うのよ!」

「俺のどこが変態なんだよ!」

「頭のてっぺんから、足の先までぜーんぶ『変態』よ!」

「俺が変態なら、お前はド変態だ!」

「あんたなんか、ドドドドド変態よ!このスケベ、変態、いやらしい、最低!」

「あーあ、もう!訳が分かんねえ!大体、何突然怒ってんだよ。俺が、何かしたっていうのかよ。」

「何言ってんのよ!あんた、さっきまで・・・ずっと・・・のぞちゃんと・・・・・・。」

 真友ちゃんの声は次第に小さくなっていった。そして、声が聞こえなくなると、うつむいたまま黙り込んでしまった。しばらく、真友ちゃんの出方を待っていた知己は、すぐにしびれを切らして、真友ちゃんのほうに近づいていった。

「おい!」

 知己の大きな声に真友ちゃんは肩をびくつかせた。知己は、うつむいたままの真友ちゃんの前に立つと意外なほど優しい声で話し始めた。

「あのさ・・・俺、何か悪いことしたのか?俺さ、お前とケンカすんの、嫌いじゃない。だからさ、一方的に怒って、一方的に黙られたら調子が狂っちまう。怒った理由を言いたくないのなら別に言わなくてもいいから。だからさ、えーと、とりあえず、ごめんな」

 そう言うと、知己は深々と頭を下げた。真友ちゃんは、うつむいていた顔を上げると、目を丸くして頭を下げたままの知己をじっと見ていた。真友ちゃんの悲しそうな表情が次第に明るくなってきた。そして、クスリと笑うと

「バカ・・・」

 と一言つぶやいた。真友ちゃんは、大きく深呼吸をすると一気呵成にまくしたてた。

「あんた、バカじゃないの!訳も分からずにあやまられたって、ちっとも心に響かないわよ!だいたい、調子が狂うのはこっちのほうよ!何、あんた、優しい声で話しかければ女の子がみんな喜んでくれるとでも思ってんの?」

 その言葉に知己は猛然と反抗した。

「ふざけんな!下手にでればつけあがりやがって!あーあ、お前のことなんか心配するんじゃなかった。バカらしい」

「あれ?あたしのこと心配してくれてたの?へえー、そうなんだー」

「バカ言え。お前のことなんかこれっぽっちも心配してねえよ」

「じゃあ何であやまったりしたの?」

「そりゃあ、お前が訳の分かんねえことで勝手に怒って、勝手にすねて、勝手にだまっちまうからだよ」

 真友ちゃんは、一瞬口を閉じた後、知己の目をしっかりと見つめた。

「手、つないでたでしょ」

「へ?」

 真友ちゃんの言葉に、知己はクエスチョンマークを載せた頭を横にかしげた。

「何言ってんの?」

「竹やぶの中からずっと、のぞちゃんと手をつないでたでしょ。それをやらしいって言ってんの。だから、変態だって言ったの」

「はあ?なんでそれで変態なんだよ」

「普通、小学五年生にもなって、女の子と手をつないで歩いたりしないでしょ。ねえ、瞬」

「はい、後藤さんの言うとおりだと思います」

「ほら、見てみなさいよ。瞬がそう言ってるんだから間違いないわよ。ねえ、のぞちゃん。普通は手をつないだりしないよね?」

(え、え、えー!)

 突然の質問に私はあわててしまった。あわてたまま、何も考えずに

「え、あ・・・うん」

 そう答えていた。

「ほら、のぞちゃんもそうだって言ってんじゃないのよ!」

「ちょっと、待てよ。それはだな、俺だって普通なら手をつないだりしないぜ」

「じゃあ、なんで手をつないだのよ」

「あ、ちょっと待て!」

「何よ?」

「お前、さっきから俺ばっかり責めてるけど、希望だって同罪じゃねえか。俺が変態なら、希望も変態ってことになるぜ。」

 その瞬間、瞬が烈火のごとく叫んだ。

「ふざけるな!冗談でも高山さんを変態呼ばわりするな!」

 あまりの剣幕に知己も真友ちゃんもすくみあがった。

(瞬の怒鳴り声を久しぶりに聞いたな)

 私は前に瞬がこんな風に怒ったことを思い出していた。あの時も、私のことで一生懸命怒ってくれた。だから、今回のことでも瞬に感謝している。でも、知己だって悪気があったわけじゃない。それどころか、不安になった私の気持ちをやわらげてくれたのは、知己が差し出してくれた手だった。

(私のせいだ)

 不意にそう思った。そして、

(何とかしなくちゃ)

そう思った。私は勇気を振り絞って自分の今の気持ちを伝えた。

「瞬、そんなに怒らないで・・・でも、私のことで怒ってくれてありがとう。前にも、こんなことがあったよね。真友ちゃん、ごめんね。私のせいで嫌な思いをさせて。私がもう少し強かったら手をつながなくてもよかったのにね。さっきは、私、不安で、それで知己が手をだしてくれて、昔のころを思い出して、嬉しくて手をつないじゃったの。だからね、知己を責めるのはやめて欲しい・・・ごめんね、みんな・・・せっかく、みんなで楽しくしてたのにね・・・」

 私は、言いながら自分の目に涙があふれてくるのを抑え切れなかった。

(私、やっぱりだめだな・・・弱すぎる)

 なんでだろう。昔から、私は涙もろい。負けたくない、強くなりたいって思っているのに。そのために、勇気を出して一歩前へ進み続けているのに。こんなことじゃあ、大切な人たちを支えることなんてできない。

(くやしい)

 私は、それ以上言葉を続けることができず、涙を抑えることもできず、悔しくて両手をぎゅっと握り締めたままそこに立ち尽くしてしまった。

「申し訳ありません」

 瞬は、そう言うと深々と頭を下げた。

「高山さんの気持ちも考えず、一方的に話を進め、あげくのはてに涙を流させてしまった。本当に、申し訳ありません」

 瞬は、そう言ったきり頭を上げようとはしなかった。

「のぞちゃん、ごめん!」

 涙声で真友ちゃんが私の首元に抱きついてきた。

「本当に、ごめん。のぞちゃんは悪くないし、知己も悪くない。全部、私が悪いの」

「いいえ、後藤さんは悪くありません。僕が自分の下らない嫉妬心に負けて後藤さんをたきつけたのが悪かったんです。本当に申し訳ありません」

 頭を下げたまま謝り続ける瞬と、涙ながらにごめんと訴えてくる真友ちゃんを見ていると、涙が胸の奥からこみ上げてきて止めることができなかった。

(止まれ!止まってよ!)

 唇をかみ締めながら、心の中で叫び続けても涙はいっこうに止まってくれなかった。悔しくて、悲しくて、訳が分からなくて、もうどうしたらいいのか分からなかった。ちょっと油断したら、声を上げて泣いてしまいそうだった。

「えーい!うるせえ!!!」

 夕焼けに染まった空が震えるくらいの大きな声だった。

「ぴーぴー泣くな!誰が悪いとかもういいじゃねえか!俺は別に希望と手をつないだことを悪いとも変態とも思ってねえ!人がどう言おうと関係ねえし、自分が正しいと思ってやったことを今更曲げるつもりもねえ!」

 そこまで一気に言うと、知己は真友ちゃんの前に立った。

「おい、真友」

「・・・」

「訳は分かんねえけど、このままじゃ嫌だからさ。俺はお前を許す。だから、お前も俺を許してくれ」

 真友ちゃんは、すこし驚いた顔をした後、恥ずかしそうにうつむいて

「うん」

 と小さな声で言った。

「というわけだ、瞬。希望のことを変態呼ばわりしたのは俺が悪かった。これは、俺が悪い。だから謝る。もう二度と冗談でもそんなことは言わない。約束する。これでいいか?」

 頭を下げ続けていた瞬は、ようやく頭をあげて、知己のほうへ向き直り、右手を差し出した。

「俺のほうこそ、ごめん。なんだか今日は、お前に助けてもらってばっかりだな」

 知己は瞬の右手をがっちりと掴むと笑顔を返した。

「俺たちはバッテリーだからな」

「そういえば、そうだったな」

 二人がニコニコしながら握手をしている姿を見ていると、いつの間にか涙は枯れて、お日様のようなあたたかい気持ちが私の胸の中から顔をのぞかせ始めた。

(よかった)

 この一言のほかは、なんにも思いつかなかった。ただ、みんなが仲良くしていることが嬉しかった。

「それにしても、今日の俺たち変じゃないか?」

 そう言って知己は首をかしげた。

「何が、変なんだ?」

「いや、なんだか今日はケンカとか、なんだかがいつもより多いかなって、そう思ったんだけど・・・気のせいか?」

 みんなはきょとんとして顔を見合わせた。きっと「そういえば、そうかも。」って思ったに違いない。思い返せば、宝探しが進むたびに私たちは、喜んでは、けんかして、仲直りして、また喜んで、そんなことの繰り返しだったような気がする。

(言われてみれば、ちょっと変かも)

 みんなが首をかしげる中、真友ちゃんがポツリとつぶやいた。

「・・・いじゃない」

「?」

「真友、なんか言ったか?」

「いいじゃない、別に」

「??」

「だから、別にいいじゃない。変だって何だって、私は楽しければそれでいい。ケンカしたって、何だって、今、こうやって仲良くできる友だちと一緒にいられるならそれでいい」

 そう言って、私にウインクしてきた。私はすかさず

「うん!」

とうなずいた。そうだ、真友ちゃんの言うとおりだ、私はみんなと一緒にこうやって何かを見たり、聞いたり、探したりできることが一番嬉しい。一番楽しい。一番、幸せ。変だって、何だっていい。今日が終わっていない、今でも胸を張って言える。今日は、思い出にきっと残る大切で素敵な一日だったって。

「言われてみりゃ、そうか。まあ、どうでもいいことだよな」

 そう言うと、知己もニカっと笑って瞬を見た。瞬も、笑顔でうなずいた。

「じゃあ、長かった宝探しの締めくくりといこうか!」

 知己は、建物の中央にある大きな木製の扉の前に立った。そして、扉の取っ手に手をかけると思い切り引いた。けれど、扉は開かなかった。まあ、当たり前のことかもしれないけれど。

「くそー!鍵がかかってやがる。おい、瞬。何とかならねえか?」

瞬は、建物の周りをぐるりと一周してくると知己に言った。

「現状では、何ともならんな」

「じゃあ、どうすんだよ。ここまできて宝をあきらめんのか」

「とりあえず、この扉の鍵を開けないことには、どうしようもないな」

「おい、真友!」

「何?まさかと思うけど『お前のバカ力でこの扉ぶっ壊してくれ』なんて言うつもりじゃないでしょうね」

 知己は大げさに驚いて見せた。

「・・・お前、すげえな。エスパーか?」

 真友ちゃんは両手のこぶしをボキボキと鳴らしながら知己ににじり寄った。

「なんだか、前にも同じようなことがあったように思うんだけど」

 威圧感のある低い声で発せられた言葉は、真友ちゃんのするどい眼光と共に知己の心を震え上がらせた。ここにきて危険を察知した知己は、すばやく身を翻して、私の背中に身を隠した。

「ちょっと、あんた!何やってんのよ!」

「見たか。これが、真友に対抗するために俺が生み出した希望バリヤーだ」

 そう言って、知己は私の肩を両手で押さえ込んで、回り込もうとする真友ちゃんを巧みにガードした。

「もう、のぞちゃん!そんなやつをかばう必要ないんだからね、そこをどいて!」

「え、私、かばってなんかいないよ。知己が勝手に」

「そうだよ、私、乱暴な真友ちゃんなんて嫌いよ。暴力はやめて」

 知己が私の背中から裏声でそう話すと、真友ちゃんの怒りはさらにヒートアップした。素早いスッテップで私の後ろに回り込もうとする真友ちゃんと、それをさせまいとする知己の目まぐるしい攻防に振り回されて私は目が回ってしまった。

(もうだめ・・・目が回る・・・)

 私がそう思ったとき、ズシンと鈍い音が聞こえた。見ると知己が前のめりに倒れこんでいた。

(あ・・・)

 支えを失った私が後ろに倒れそうになったとき、力強い手が腰に手を回して支えてくれた。

「瞬、ありがとう」

 私の言葉に、笑顔でうなずいた瞬は、とてもかっこよく見えた。

(うわ、なんだか王子様みたい。)

 昔、好きだった『眠れる森の美女』や、『シンデレラ』で王子様に抱きとめられたお姫様もきっとこんなふうに王子様を見上げたんだろうな。なんて、たわいもないことを考えているうちに、瞬は私をさっと立たせてくれた。

「もう、大丈夫ですか?」

「うん。ありがとう。なんだか、瞬って王子様みたいだね。」

私はありがとうの気持ちをいっぱい込めて笑ってみせた。それなのに瞬は、さっと目を逸らすと、すたすたと知己に近寄っていった。そして、知己の襟首をつかむと建物の裏のほうへずるずると引きずっていった。

「それにしても、驚きよね」

 その言葉通り驚いた様子で、真友ちゃんが話しかけてきた。

「うん。どこに連れて行ったんだろうね」

「って、のぞちゃん、そこじゃないよ」

「え、じゃあ、どこ?」

「どこって、うーん。あ、そうか!のぞちゃん、見てなかったんだ」

「何を?」

「さっき、瞬がやったこと」

「あ!倒れそうになった私を助けてくれたことでしょ」

「ちがう、ちがう。それも確かに驚きだったけど、その前」

「?」

(その前って、確か知己に振り回されて、目が回ったんだよね。)

 私には真友ちゃんが何のことを言っているのかさっぱり分からなかった。

「もう、知己がぶっ倒れたでしょ。あれ、瞬がやったんだよ」

「えー!」

 私は本気で驚いた。だって、瞬っていつも『どんな理由があろうと暴力が正当化されることはありません。』って言ってたんだもの。

「それ、本当?」

「本当よ。この目ではっきりと見たもの。のぞちゃんを振り回す知己の背中を思い切り蹴り飛ばしたの。なかなかするどい蹴りで十分体重の乗ったいい蹴りだったわよ。」

「・・・」

(どうして・・・)

 真友ちゃんの言葉を聞いても私はまだ信じることができなかった。だって、瞬は『暴力』が嫌いだから。

去年の秋に転校してきた瞬が、一番最初に私に教えてくれたことだった。そのころの瞬は、心にもやもやしたものを抱え込んでいるようで、いつもいらいらしていた。そのせいかクラスの友だちともなかなかなじめず、友だちや上級生との間でいろいろ問題を起こした。そんなときでも、瞬が自分から暴力を振るうことは決してなかった。

(それが、どうして・・・)

 私には、理由は分からなかったけど、瞬が理由もなしにそんなことをする人じゃないことは確かだった。


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