惨めな男と謎の人
アンナ達の戦いが終わった頃、王都ガダリーマークから数キロ離れた沖合で「太陽」とアカネの戦闘が行われていた。
戦闘が始まり約10分が経っている。
「太陽」にとって太陽が昇ってきて正午を過ぎるまで、力が上昇して行くこの時間帯が最も強いと言えるだろう。
だが、その絶好のピーク時の「太陽」が攻め切れずにいた。
一撃で山をも削る斬撃、地面を溶かす程の高温の火炎魔法、「太陽」が持てる全てを用いて奴を倒そうとするが全て斬り返され、避けられ、そのまま押し返され続けてこんな海上まで来てしまったのだ。
「何故だ、我とお前とではここまで差があるわけが…」
「あ?何言ってんの?さっき言ったよね?私は世界の頂点に立つ人間、世界最強だと。お前の軟弱な攻撃で私に通じると思ったのなら呆れるな。
ああ、格の違いを見せるとか言っていたが、これで分かっただろ?」
「ちっ、化け物め…」
「まだ時間稼ぎをしたいようだけど、もう終い。10分14秒、児戯だったがよく戦った。私に殺される事を光栄に思え」
アカネの表情が変わる。
虚無的な眼差し、人を殺す為だけの表情だ。
アカネ本人が殺すと宣言するだけで、周りの物は死を悟り、雲や風、波は止まり、海上の湿っぽい周りの空気も乾いて行く。
「太陽」も同様、自衛本能で自身を守るため、自然と体が硬直する。
マズイ、これ以上時間を稼ぐのは無理だ。さっき連絡があったがまだなのか。
アカネが剣を構え、「太陽」の命を刈り取ろうとした瞬間、背後から高速でこちらに飛んで来るのを感じ取り振り返る。
アカネが向いた方向からあたりを埋め尽くす無数の斬撃がこちらに迫っていた。
驚いたアンナはすぐに剣を構えて防ごうとする。
だが、その瞬間、脳裏に悪いイメージが浮かぶ。これは受けずに避けなくてはいけないと。
瞬時に構えを解いて斬撃を全て避ける為、魔法を解いて瞬時に下に落ちる。
斬撃がアカネの頭上すれすれを飛んで行き、少しヒヤリとしながら全て避け切り、もう一度空中に足場を作り空中に立つ。
「で、誰が横槍入れやがったんだ?」
斬撃が飛んできた方向を睨み付けると、あっけらかん顔になる。
「何だ?鳥?……え、めっちゃデカくない?」
遥か遠方に見える鳥の影だが、この距離であの大きさとなるとかなりデカい。
「あ……逃げられたな…」
思い返してすぐに見上げるがさっきの場所に「太陽」の姿は無かった。
再度鳥がいる方角を見るが姿は無く、澄んだ青い空が広がっている。
「敵の方が上手だったか……仕方ない、連絡しに帰るか「ワープ」」
アカネは先程までいた闘技状を思い出し手を前にかざす。
魔法陣が現れ、魔法陣を塗り潰して人が通れる程の黒い円が出来る。
それを通ると今までいた深い青が広がる海ではなく、瓦礫が広がる王都へと戻って来た。
「ん?思ってた場所じゃない……流石に距離が開きすぎてたか」
アカネは周りを見渡すと闘技状らしき外壁を遠くに見えそちらの方向にまた「ワープ」を使い移動する。
また何かを探すように周りを見て、確信を持ったように歩き出して半分溶けた瓦礫の壁が地面に倒れている所まで歩いて行くと、壁をひっくり返す。
「ガウェイン君、無事かなって暑!蒸し暑いな!外であれだけ熱したらこうなるか」
壁をひっくり返した場所は地面に四角形に綺麗に掘られていて、底にガウェインが壁にもたれていた。
「助けに来た人が言う事じゃないですよ…」
「そりゃ仕方ない、暑いんだもん。ほら、手を出して」
ガウェインが腕を伸ばすとアカネが手を掴み引っ張り上げる。
「後はアンナに治して貰ってね。それじゃあ、私はおさらばする」
「ま、待ってください!」
「ん?何?私もう戻らないと行けないんだけど?」
この場から去ろうとするアカネだったがガウェインの緊迫した顔で言われて足を止める。
「私を……私を鍛えてください!」
ガウェインは土下座しアカネに恥を忍んで頼み込む。
それにアカネは驚いたのか声が出ずに後退りする。だが、すぐにガウェインに近づくと胸ぐら掴み持ち上げる。
「貴様程度の力がありながら私に鍛えて欲しいだと?甘えるな!!!」
胸ぐらを掴んだままガウェインを地面に叩きつける。
「私は母さんに、いや師に剣で教わったのはたったの基礎のみ、基礎だけだ!他の技術は目で盗めと言われ、基礎を叩き込まれた後は全ての技術は目で盗み取っていた。
師の剣技、体術、魔法、全て目で盗んで来た。師と別れた後も敵との戦闘時に技術を目で盗み取って、私の力に変えて来た。
貴様と戦った時もだ、私は目で盗み目で見なくても貴様の剣の軌道を読めるようになった。
お前にはそう言う努力がない。いや、努力はしたが元の能力が高過ぎてあまり使わなくなったと言った所だな……」
アカネの碧眼はガウェインの全てを見透かして言う放つ。
「相手ならアンナにして貰え。私からはもう何も言わん、帰る」
アカネはその場から歩いて行き、耳に手を当て何かを話し始めるとアカネの真下に魔法陣が現れ、ガウェインに睨み付けて言う。
「次に私に会った時に惨めな姿を変えれてなかったら、ぶち殺してやる………期待しているぞ」
振り向く刹那に見えた殺気立つ笑みと共にアカネの姿が魔法陣と共に掻き消える。
その場に残されたガウェインは地面からヨロヨロと剣を杖にして立ち上がり苦笑する。
「はは……馬鹿な事を申込んでしまいましたね…」
アンナの事を想い浮かぶ。
アカネの言った通り、マスターは剣術に置いて比類を見ない程の使い手だ。それなのに私はアカネに鍛えてくれと申込んでしまう、これはマスターへの侮辱行為だ。
アカネの最後に言ったのはこれを含めての惨めな私にだろう。このまま野垂れ死ぬのも悪くないかもしれないな……。
壁にもたれて目を瞑り自虐的な事を考えているとふと懐かしい声でガウェインの名を呼ぶ声が聞こえる。
「ガ………ガウェ……ガウェイン!!!」
体にドンっと優しい痛みが走しり、目を開けると私のマスター、アンナが抱きついて来ていた。
「マスター…ご無事でしたか……」
「お主は喋るな、すぐに治してやる」
付いて来たスイゲツもガウェインに駆け寄り手をかざす。手から淡い光が現れ、ガウェインの傷を癒して行く。
「すみませんマスター、完敗しました…」
「ガウェインが謝る必要ない、私が謝らなきゃいけないんだ。この場にガウェインを1人で残してこんなにボロボロにさせた私が悪いんだよ、本当にごめん……」
アンナの声が掠れているのに気付き、顔を見ると頬にキラリと光るものが見えた。
しがみついて来ている腕も少女並みの力しか無い。それはアンナがそれ程疲弊し切っていると言う事。
ああ、マスターに何て事を………私はマスターを守れずしてお側に仕える私の意味はあるのか………私の……意味、は…………。
目蓋が落ちて意識が遠のいて行きがくりと体から力が抜けて眠ってしまった。
「ガウェイン…?」
「心配するな、ただ意識を失っただけでだ。ちゃんと休めば此奴ならすぐに起きるだろう、まずは運ぶか」
アンナが心配そうに体を触っているとスイゲツは少し見てガウェインの状況を判断してスイゲツはガウェインの肩組んで持ち上げる。
「ぬっ、初めて担ぐが重いな…」
「鎧があるからね、私も手伝うよ。
ガウェイン自体はそんなに重くないと思う……けど、筋肉は脂肪より重いし仕方ないよ」
「それぐらい分かってる。それよりお主は自身の体の心配をしろ」
「大丈夫、腕は1日経てば使えると思うから」
「そうか……それじゃあ帰るか」
スイゲツとアンナがガウェインを担いで、壊れ果てた闘技場から出ると遠くから懐かしい声が聞こえてくる。
「アンナーーー!」
「シルヴィアはまだ元気が有り余ってそうだな…」
「私達も早く向かおうか」
スイゲツとアンナは顔を合わせて笑いながらみんなが走ってくる方向へと日光が照り付ける瓦礫道を歩いて行くのだった。
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下は白い海、雲海が広がる上空を音速並みの速さで飛ぶ黒鳥の上に「太陽」は寝そべって自己回復を行なっていた。
「くっ、この時間帯で私がここまでやられるなんて……やっぱりアイツは化け物だな…」
傷を治してる際の痛みを紛らわすために独り言を呟く。独り言だから誰の返答はないとそう思っていた。
〈辛酸を舐められたようだな〉
男性女性どちらか分からない声が耳に入り、「太陽」はびくっと体を動かし顔を声の聞こえた方に向ける。
独特な青い仮面を付け、黒を基本とした服を着て黒髪を後ろに束ねた人が立っていた。
「いつ乗ったんだ」
〈ついさっきだ〉
「これ軽く音速はいってると思うが……で、何か私に言う事があって来たんだろ?早くいってくれよ、傷を治したいからな」
〈いや、特に理由はない。ただこっちに飛んで来てるから乗っただけだ。帰ったらさっさと休んでろ〉
「了解……この後の龍退治だけど私は参加しなくてもいいのか?」
〈愚問だ、「節制」とコレがいる。流石の龍王でも2体相手は無理だ。特にコレの相手をするのは不利すぎる〉
「そうか、じゃあ心配しなくてもいいか……この後は何かするのか?」
〈俺か?俺は以前からの命令通りに動くだけだ……そろそろ行く〉
「じゃあまた今度ってもう消えたか…」
さっきまでいた人が見る影もない。
「今日は「俺」だったか……さてさて今度はどんな一人称になっているのやらね…」
くつくつと笑う「太陽」を乗せた鳥は青々とした大海に大きな影を刺して飛んで行ったのだった。
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