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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

伝わらない気持ち〜返歌〜

作者: 在原 功

気づけば空には無数の星が輝いている。

ペンを持つ手を止めた。こんな星が綺麗な夜に、一人でいるのは勿体無い。ふと、友人の顔を思い出す。

あいつも、見てるのか。

もし見ていたら、綺麗だ、と喜ぶのだろう。

会いたいと、思う。思ってしまう自分に苦笑した。あわよくば今日も、なんて望みすぎだろうか。


***


残業中の背に、ふわりと声がかかる。


「こんな夜遅くまでお仕事なんて、本当にアデルカ中佐は仕事熱心ですね。」


最近はよくあることだから、驚かない。同僚であり友人のイルバ・コートス。


「そう言うお前こそ、なんでこんな時間まで。」


愛想程度に尋ねてみる。だが、予想はついていた。


「だって……目の下にクマできてるのに頑張ってるディオ、放って置くわけにいかないじゃん?」


そうやってまた嘘をつく。こいつの嘘にはもう慣れてしまった。

それと同時に、さらりと指摘された事に僅かに動揺した。流石の観察眼だ。


「まあ、仕事だからな。それに一時期のお前の方がよほど忙しかっただろう。このくらいで俺が音をあげるわけにはいかない。」


近頃は滅多に顔を合わせなかったから、気づかれないだろうと思っていた。


「……俺と比較しないでよ。アレは特別だったんだ。」


一時期、彼が司令補佐に就任してすぐの頃。

恐ろしいまでの量の書類を前にしていた友人の姿を思い浮かべる。

いろんな事情が重なって起きたことで特別だった、と彼は語るが。


「ディオ、……本当に仕事のせいでできたクマ、なんだよね?」


不意に声の調子が変わる。


「仕事以外に、一体どんな理由があるって言うんだ。」


苦笑して返す。仕事だ、と言ったはずなのになかなか用心深い。

一瞬だけ、昨夜見た悪夢が頭をよぎる。しかし、あれは話すまでのことでもない、か。


「……なら、いいんだ。俺の思い過ごしみたいだから。気にしないで。」


少しだけ早口でまくしたてる。なにか、言いたいことでもあるのか、それは俺にはわからないことだ。

少し沈黙の後。


「…それで、また眠れないのか?」


本題に切り込んでみた。上手い言い回しは苦手だ。


「っ……、へへ、ちょっとね。その……痛く、て、ディオの顔見たら治るかなぁとか思ってたら、あの、部屋の電気ついてたから……」


彼は、真相を突かれると、あの雄弁家と同一人物とは思えないどもり方をする。

罪悪感を覚えないではないが。


「言っておくが俺の顔はそんな万能では無い。…もう一回医者に診てもらった方がいいんじゃないのか?」


「っ……そ、そうだね……やっぱ、行かなきゃダメだよね……。」


病院には行きたくないのだろう、と思う。

容姿が著しく変わってから、彼は医師に会うのを嫌がるようになった。何故拒むのか、それも分かっているつもりだ。その上で、いつも小言を言う。追い詰めてしまっているかもしれない、と分かっていても、強要してしまう。


「…夜にこうやって此処に来るのをやめろとは言わないが、本当に辛い時に役に立つのは俺なんかじゃなくて医者だからな。」


もしこれで行かないのだったら、彼の優秀な部下に、説得を頼みに行かなければ。他ならぬ可愛い部下の頼みなら、彼も言うことを聞くだろう。


「…うん、大丈夫。明日、ちゃんと行く。このままじゃ仕事に支障出るから、ほんと…せんせに、みて、もらってくるね。」


失望したような声音が帰ってきて、怯む。


「いや…医者に行くって言うのはそうして欲しいんだが、仕事とかじゃなくてな…自分の体を大切にしろと、そういうつもりだった。」


そんな、無理をさせたくて言ったわけではない。自分のことを、あまりにも邪険に扱うから、心配になっただけだ。

こんな声を聞きたかったわけじゃない。


「え……?あ、体……大事にしてるよ…?」


心底分からない、という声で答えられる。振り向いた。


「あー…もういい。ちょっと屈め。」


話が上手くない俺が、自分の気持ちを恙無く伝えることは不可能に近い。仕方ないが、偶に情けなくなる。


「え…?あ、うん。」


恐る恐る友人が屈み込む。

前触れなく、両手でくしゃり、と頭を撫でて前髪をかき上げる。

前髪で隠れていた右目が露になった。

彼が嫌う禍々しい赤は、俺にとっては恐ろしいものとはなり得ない。


「我慢した結果の大丈夫、は自分を大事にするうちに入らないぞ、イル。」


顔を向かせて、無理矢理に目を合わせる。

顔を背けようとしたのが伝わってきた。

動揺したらしい友人は、結局目線を外して小さく言葉を続けた。


「っ……なりたくて、こうなったわけじゃないもん……我慢しないと、何にもできないって思われるじゃないか。」


あぁ、そうか。ずっとそんなことを考えていたんだな。

俺からしたら、何故自分の事を大事にしないのか、不思議でならなかった。それは、昔からの容姿絡みの経験であったり、するのだろうが。

でも、それなら。やはり俺は、誰よりもお前の一番の理解者でありたい。


「俺は、何があっても、お前のことを否定したりしないから。」


衝動のように、言葉が溢れた。いつもなら言えない台詞。

ふっと、友人が肩に頭を預けてくる。

感じる確かな体温が、温かい。


「……ディオは俺から離れていかない?」


生きている人間の体温だ。

守らなければ、と思う。彼だけは、今失うわけにはいかない。この体温が、愛おしい。

頭を抱き寄せた。


「俺を疑うのか?」


「…確認、してるだけ。」


子供っぽい返しに、気づかれないように笑みをこぼす。また頭を撫でてみる。背が高いのは友人の方なのに、子供みたいだ。


「……子ども扱いしないでよ、もう。」


「好きなだけ子供になれば良い。」


不意に、友人は目線をあげる。


「それ……俺に言っちゃうの?女の子じゃなくて?」


からかわれるな、と思った。


「なんで今、女の話なんか出てくるんだ。」


頭を離した。体温が手に残っている。

もう慣れたものだが、俺のことをすぐからかうのはこの友人の悪癖だ。これだけは、なんとも。


「ん、?ディオが突然かっこいいこと言ってくるから俺じゃなくて女の子にそういうこと言ったらモテるのになぁ、って思っただけだよ。」


艶やかに笑みを作って言う友人。さっきまであんなに幼い表情をしてたくせに。


「俺に、女にモテて欲しいのかお前は。」


「それ、俺の許可いるの?ディオがモテたら俺は素直に嬉しいけどね。」


許可がいるとは思っていない。でも、そんな言い方をされるとさっさと女を作れと言われているようで、癪にさわる。この男のことだから、それを分かって言っているのだろう。

素直に答えておけば良い。


「よく分からないが…最期に連れ添うのが一人なら、たくさんの女に好かれる必要はないだろう。」


『一人』の真意についてはわざと触れない。このくらいの仕返しくらいは許されないと割りに合わない。


「……ほんと、ディオって馬鹿正直っていうか、タチが悪いっていうか。」


伝わったのかも分からないが。


「一途と言うんだ。…お前こそ、女の一人や二人作らないのか。俺と違って選り取り見取りだろう?」


「選り取り見取り……?ディオ、本当にそう思ってるの?」

こんななりしてるのに?

忘れていた。自分が、あまり気にしていないものだから、つい。容姿を気にしている友人には酷な一言だったに違いない。


「…あぁ、そうか…。無神経だったな、すまない。」


「……ううん、俺は丁度いいって思ってるよ。この姿なら誰も寄ってこないから関わらなくてすむしね。」


白髪と左右で色が違う目。

最初のうちは痛々しくて見ていられなかったが、今となってはそれが寧ろ彼を彼足らしめるもののように感じていた。

だから、偶に失念してしまう。ほとんどのものにとってこの容姿は決して美しいものではないこと。

しかし、それを彼自身「これでよかった」と言うには、あまりに残酷な。


「そう…か…。」


「ふふ、眉間にしわ寄ってるよ。」


額を押される。無意識だった。


「ディオがそんな顔しないでよ。これは俺の弱さが招いたこと。ディオが気に病むことじゃないでしょう?」


気を遣わせてしまった、と気分が沈む。彼が、本当に彼自身の容姿を割り切って認めているとは、俺には思えない。「大丈夫だ」と言わせるたび、彼自身を否定させているような気持ちになる。おそらくそれは間違っていない。

他の隊員を庇った怪我の末赤くなった右目も、あの事件の所為で白く変わってしまった髪色も、彼の弱さが原因じゃない。言うならば、彼の優しさとも言うべきものがそれらを引き起こしたのだ、と思う。

他人を守れるのも、罪を着せられたのも、弱さじゃない。

でも、彼は自分を容易に否定する。弱さが招いたことだと自分を追い詰める。

それを、どう止めればいいのか分からない。


「あの事件は、お前が弱かったから起きた訳じゃない…」


辛うじて呟く。

何度言った言葉だろう。届いたことは、多分一度も。


「あー……うん、ディオは優しいね。」


本当の意味では、慰められてなんかいないのにこう言う。こんな嘘には、どう返答すれば良い。

優しいわけじゃない。ただ、彼が自分で全てを背負いこもうとするのが嫌なだけで。

結局、何も言い返せない。

空気を汲んだように、彼が明るい声を発する。


「………ディオ、それより、聞いて聞いて。」


「…あ、あぁ…なんだ?」


また気を使われた。

まずい反応だった、と思いつつ安堵している。僅かな罪悪感とともに耳を傾ける。


「あのね、この間の作戦ヴェールがすごく頑張ってくれてね、司令がヴェールのこと褒めてくださったの!」


「へぇ、ヴェールが…最近、よく噂を聞く。あいつも腕を上げたな。」


友人が拾ってきた少年はいつの間にか成長して、軍を支えている。


「ディオの隊で噂が出るなんて、すごいなぁ……やっぱりディオもヴェール上手くなったって思う?」


「あぁ、あいつが上手くなって、かなりこっちが楽になった。俺達が突っ走れるのはあいつのおかげだ。」


本当に、頼もしくなったと思う。あんなやせ細ってか弱かった彼が。


「ディオが言うなら、間違いないね。ちゃんと隊の統率も取れるようになってきてて。相手が恐れて無条件降伏したりってのもあったの。あ、これはディオ達のおかげもあるんだよ?」


「あのちびがよくここまで登りつめたものだな。」

友人が、くすっと笑声をもらす。


「ヴェール、ディオにはチビって言われたくないと思うけどなぁ……、」


あ、しくじったな。そう思うも、もう遅い。咄嗟に誤魔化そうとした。からかわれるのは目に見えている。


「…昔の話をしているんだ、」


「ヴェールは昔は小さかったからなぁ……今じゃ俺より大きいけどね?」


出会った頃は自分を見上げていたのに、今では長身の友人すら見下ろす青年へ成長した。


「今でも、たまにガキっぽいけどな…」


せめてもの意地で呟くと、耳聡く聞きつけられる。


「くっ……ふふ、そうだねぇ……そうやって張り合うアデルカ中佐もガキなんじゃないの…ふふ、」


全く、その通りである。しかし、言われる一方なのは如何なものか。


「張り合ってなどない!大体、そうやって上げ足をとるお前だってガキなんじゃないのか」


友人は柔らかい笑みを浮かべる。


「ふふ、本当だね、ディオと長いこと一緒にいるからかなぁ?」


学生時代の彼はもっと大人しかったような気もするが。そう言ったら、怒るだろうか。


「少なくとも昔、お前はもう少し可愛げのあるやつだったと思うぞ…いつからこんな性格悪くなったんだ。」


「性格悪いとか、心外なんだけど!そんな俺が好きなんじゃないんですかー?」


「誰が嫌なやつと好き好んで一緒にいるものか。とにかく、俺の失言に意気揚々と食いつくな。」


失言だと思ってるんだね。と、彼は笑う。


「あれだけからかわれれば失言だ、とも思うに決まってる。」


「えー……俺がからかったのがいけないのー?」


不貞腐れてみたような、からかい口調。


「まさか、俺の背が低いのが悪いとでも言うつもりか。圧倒的にお前の所為だ。」


「ディオの背が低いのはどう頑張っても解決しないってば、それにいいことだってあるんだから気にしないのー!まあいいよ、俺の所為ねはいはい。」


「良いこと…?思いつく限りでは一つもないがな。」


かの准将の息子、さぞかし逞しいのだろうという勝手な思い込みを持った連中はこの背を見て一様に落胆する。もしくは冷笑。

俺だって何も好きで低身長なわけではない。

不便さは感じないが、周りの目にはよく悩まされた。


「……ディオ、あのね?言わせておけばいいんだよ?ディオの悪口言ってるやつは使えない奴らばっかりだから。」


ふっと変わった声音にひやりとする。

怒ったこいつは手に負えない。


「そうだな…お前が必死になって貶すほどの価値もない奴らだ。」


諭しているのに気づかない奴ではない。それを知っていてこう言った。


「必死?必死だった、俺?でも、ディオを苦しめるんだよ?そんな奴ら……」


弁解してくるのはもう予想済み。


「お前は、人を褒める時の方が良い顔をしてる。」


ただ率直に、伝えた。

イルは一瞬だけ声を詰まらせる。


「っ……ディオがそう言うならなーんにもしないね。」


「今言質とったからな。」


こんな風に俺なりにおどけて見せる。

牽制であることは伝わったはずだ。


「うん。ディオの嫌がることはしないから、大丈夫大丈夫。」


イルは気弱な笑みを浮かべてそう言う。

その言葉に息を止めた。

俺が嫌がるから、じゃなくて。お前が俺の為に、誰かを疎むのは、違うと思ったから。

お前はいつでも、俺じゃないか。俺からいい加減離れろよ、と。


「…本当に、お前は……」


だが、そんなことを言う勇気もない。彼がそばから消えて動揺するのは俺の方だ。都合よく騙してるのか、最悪だ。


「ん……?ディオ?俺、ちゃんと守るよ?」


「うん、わかってる、」


「分かってるんならいいや。」


彼がその事実に気づくまでは、まだ少しくらいは。


「…長話をしてしまったな。そろそろ戻るか?」


提案すると、友人は幾分か和らいだ笑みに寂しさを漂わせる。


「そう、だね。長居するとアデルカ中佐の仕事が捗らないしね。」


「迷惑だといった覚えはない。」


くすくすと笑うのがからかわれているようでむっとする。


「あぁそうだ。明日、絶対医者行けよ。」


「あー……うん、行くね。」


反応が鈍い。これは、行くかどうか怪しいところだ。釘をさしておこうか。


「行ったら、報告に来い」


友人は怪訝そうな顔を見せた。


「報告……?行ったよーって?」


大方、なんで急にと思っているのだろう。

俺も今考えたしな。


「そうでもしないと、行かないだろうお前。」


「……わかったよ、行って終わったらちゃんと報告に来るね。」


あ、そうか。

報告に来るってことはまたここで会えるってことか。


「ああ、待ってる。」


目を合わせた彼の頰に紅色が散る。

しまった、顔に出たらしい。…そんな失敗さえも、この顔が見られるなら悪くない、と思う。


「っ…じゃあ、そろそろ部屋に戻る、ね。」


「ああ、ゆっくり休めよ?」


自分には仕事が残っている。明日に支障が出るのはごめんだ、早く片付けようと机に向かい直す。

友人の気配が扉の前で立ち止まる。


「ディオ、」


「ん?」


顔を上げると、唇と唇が軽く触れた。

ありがと。おやすみ、なさい。

そう、言われた気がする。

暫くした一人きりの執務室で息を吐いた。

全く、仕返しのつもりか知らないが…


「…勝ち逃げされたな」


呟いて手を当てた頰が熱い。こんな顔見られなくてよかった。


明日は、朝一番にいつも通り挨拶してやろう。

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