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ぼくが未来へ還る宇宙 作者:蓮田いのり
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第一話 ワタルが海で出会うもの

 そこは完全な天然の浜辺だった。

 ワタルが人工海岸ラグーンの狭間にある小さな綻びから本物の海に出て、しばらく泳いだ先にある小さな無人島を見つけたのは、オルマ・セントラル・スクール(OSS)に入学してすぐのことだ。ここにこっそり通うようになって、もう4年になる。

 人工物に囲まれて育ったワタルにとって、海は尊いものだった。どんなに洗練された建物より、チリひとつない道路より、整然と動く水平移動機サテライトより魅力的で、心を突き動かす存在だ。

 人工海岸ラグーンと良く似た砂浜に辿り着いた時、ワタルは小さな冒険の成功に興奮した。なんの不純物も含まれていない人工海岸ラグーンと違い、その浜辺には大小さまざまな貝殻が落ちていたし、先の尖った硝子の破片やごつごつとした小岩もあったから。

 足元に注意せず素足で歩き回れば、怪我をしてしまうだろう。実際はじめてその浜辺を探索した時、ワタルは不注意で硝子を踏みつけて素足を痛めた。流れる血に焦ってしまい海の水で洗い流した直後、物凄い激痛に襲われて泣いてしまったことは誰にもいえない秘密だ。

 ともかく、ワタルはこの天然の無人島を自分だけの秘密基地にすることに決めた。



 今日も、空が眩しいほど青く澄み渡っている。一年中ほぼ同じような気候であっても、やっぱり5月の日差しが強く感じるのはなぜだろう。

 今日は学校が早く終わったから、ワタルはいつものように、人工海岸ラグーンで遊ぶふりをして境界を越え、穏やかな海へと飛び出した。秘密基地の孤島までは10分も泳げば到着する。

 しばらくのんびりと温かな海を泳いでいくと、ワタルはあっという間に目的地へ到着した。濡れた頭をふって水気を払うと白い砂浜に腰を下ろし、眼前に広がる見慣れた人工の島々を見渡して一息つく。

 島の中でも一番大きな円形街セル・ロタス01の中央塔が、太陽の光に反射してキラキラと輝いている。ラッパを空に向けて立てたようなその塔は巨大で、花が咲いているようにも見えた。

 花の中心から伸びる細く長い糸がある。それは天を突き抜けて、遥か宇宙まで伸びる軌道エレベーターだ。

 地球の中心を通る「赤道」のすぐ傍に造られた「海上都市オルマ」。軌道エレベーターを中心として造られた海上都市は、宇宙産業を支える新しい未来型都市として30年ほど前に作り出され、今では宇宙に関わる人々によって様々な研究が行われる一方、宇宙への架け橋として、世界中からひっきりなしに旅行者や研究者などが訪れる場所となっていた。

 ロタス01に住む人々はごく限られている。宇宙工学や植物学の研究者、バイオエネルギーのエンジニア、もちろん宇宙飛行士や宇宙開発に携わる人々など。

 そういったごく選ばれた人とその家族たちだけが、ロタス01に居住することを許されている。

 そして、ロタス01はワタルの生まれ育った場所であり、これから先もずっと生きていく場所だ。

 ワタルは大きな中央塔がそびえ立つロタス01と、その側で睡蓮の葉のように不揃いに浮かんだロタス02や03を眺めて、小さく溜息をこぼす。

(窮屈なんだ。僕はこの狭く限られた場所が)

 見上げれば、軌道エレベーターを昇っていく高速列車カプセルがちょうど空の果てに消えていく所だった。

(宇宙へ行くことのどこが楽しいんだろう。それよりも、この大きな海をどこまでも泳いで行く方が魅力的なのに)

 ワタルは人々が心躍らせ、大金をはたいても行きたがる「宇宙」に、どうも魅力を見出せなかった。それよりも、タイムトラベルとか、不老不死とか、異次元転移とか、そういうものの方が楽しそうなのに。

 ワタルは以前、今座っている天然の浜辺で、星の形をした不思議な白い石を見つけたことがあった。その時の胸の高鳴りを思い出す。

 持ち帰って色々と調べた結果「ヒトデの化石」だったということを知ったときの喜びは、テストで満点をとった時の何百倍も大きかった。

 宇宙に関することは頭がパンクする程詰め込まれるけれど、ワタルが知りたい地球の小さな秘密を、学校はあまり教えてくれない。それは、未来の人々が宇宙へ進出して行くことが当たり前のように思えてならなかった。

(僕は地球が大好きだから、地球のことをもっと知りたいんだ)

 赤道直下の熱く湿った風が、ワタルの頰と素肌の肩を撫でて行く。日に焼けてこんがりとした健康的な肌が日差しに照らされてジリジリとした。いくら海が好きでも、あまり日に焼けるのは身体に良くないと聞いていたから、ワタルは座り込んでいた砂浜から立ち上がり、木陰に向かうことにする。

 その時、海風がブワッと強めに流れ込んできて、白い砂が巻き上がる。一瞬目を閉じたワタルが次に目を開けた瞬間、驚くべきことに、今まで誰もいなかった白い砂浜に濃い影が落ちていた。

 風が収まり、ワタルが恐る恐るその黒い影を目で辿っていくと、優しく打ち寄せる波際にほっそりとした少女が立っている。

(い……いつの間に?)

 ワタルは驚きのあまり、口をハクハクさせながらその少女の後ろ姿をただ見つめることしかできなかった。

 少女は真っ白なワンピースの裾をひらひらと揺らしながら、広がる真っ青な海原とその先にある軌道エレベーターの方をじっと見つめている。柔らかそうな栗色の長い髪を押さえて、声もなく佇む少女の出現が余りにも唐突すぎて、ワタルはなんとか混乱する頭を整理しようと努力した。

(どうやってここに来たんだ? 確かにさっきまでは僕1人だったのに……)

 少女はワタルと同じくらいの年齢か、それより少し上くらいに見える。恐らくは14歳かそこらだろう。OSSの橙色の制服を着ている訳でもなく、私服でこの時間こんな所にいるということは、転校して来た子か、それとも異次元からやって来た子か。

(後者だったら面白いのにな)

 そんなことを考えていると、唐突にその少女がワタルの方を振り返ってきたから、ワタルはひっ!とおかしな声を上げてしまった。

 バチっと目が合って、ワタルは固まってしまう。少女はワタルとは違い日差しに一瞬で負けそうなくらい色白で、くりっとした大きな黒い瞳の持ち主だった。まるで童話から飛び出してきたみたいだ。繊細で優しげな面持ちは、OSSの中のどんな美人の子よりも綺麗で、神秘的でさえあった。

(いや、もしかしたら本当に異次元から来たのかもしれない……)

 あり得ないけれど、そう考えるとワタルはワクワクする気持ちが抑えきれなくなる。もっと傍で少女を見てみたいと思いゆっくり砂浜に足跡をつけて近づいていくと、少女は小首を傾げてキョトンとしたが、逃げる様子はなかった。

(近くで見ても、綺麗な子だな……)

 高鳴る鼓動を感じながら、ほぼ同じ位置にある黒目がちな瞳を見つめる。そう、この胸の高鳴りは、昔「白いヒトデの化石」を見つけた時と同じ……、いやそれ以上かもしれない。

「君、こんな所で何してるの?」

 ワタルがそう声をかけると、少女は大輪の花が綻ぶように、愛らしく笑顔を咲かせた。
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