ババ様と十二歳
夜空を覆い尽くさんばかりの女神ラフールのご尊顔が消えて、祭りは終わった。
物販やら屋台やらはまだやっているし、そこかしこで酒飲んで盛り上がってるグループもあるので、この約束の丘が静けさを取り戻すまでには、まだまだかかりそうだ。
ほとんどの観衆は街へと帰っていく。
街とは別の方へと向かっていくのは、山岳地方に住むハイエルフたちや、近くの別の街の人たちだろう。
それをじっと見ている少女がいる。
彼女の名前はリオ。
性格には不似合いなツリ目がちな目と、亜麻色の髪が印象的な、十二歳。
ちょんと突き出た胸はこの先の発育が楽しみ程度の膨らみ具合だが、今でも充分に柔らかそうではあって、女の子に挨拶がわりに揉まれるのが悩みの種である。
このあどけない十二歳の少女は、結婚を控えていた。
「さて、リオ」
しわがれた声に呼ばれ、リオはハイエルフたちから目を離した。
声の方を向くとババ様がいた。
ババ様は齢二百歳とも三百歳とも言われている、いかにもババ様然としたババ様だ。職業は魔術師で、いかにも魔術師然とした魔術師フードと魔術師杖と魔術師帽子を装備している。誰が見ても魔女だ。
ババ様も、決して普段からこう言う格好をしているわけではないのだが、この祭りのために、よそ行きを着てきたのだと言っていた。
魔術師のファッションセンスは、正直、リオにはよく分からない。でもきっと、人それぞれだからいいんだろう、別に、と思うことにした。
「共に来るがよい。お前が添い遂げる方じゃての」
「はい」
笑顔で答えはしたが、正直、不安だった。
これから自分が嫁ぐ相手と対面するのだ。
これが初対面であり、今まで手紙のやりとりなどもしたことはない。相手がどんな人かリオはまったく知らない。
素敵な人だったらいいなあ、なんて夢見て、ドキドキはする。
でも、期待よりもはるかに不安の方が大きい。
リオはもう初潮を迎えているし、子作り行為のあれやこれや、男の本性についてのあれこれも、美魔女と呼ばれる飢えた狼みたいな未婚の中年魔女連中から事細かに聞かされている。
ババ様の話では初夜は今夜ではないらしいが、近々であることは間違いがないのだから、その時の自分に粗相がないか、旦那様を満足させてあげられるのか、そこがなによりも怖い。
こんなことなら、自分ももっともっと小さいうちから、村の適当な男子を相手にして練習がてら夜伽しとけば良かったなあ、などとも思うのだった。そう、美魔女たちのように。
そんな事を考えていると、ぽかぽかとカラダが熱くなってきた。おへその辺りで不思議に甘い疼きが生まれて、キュンとお尻の穴が締まってしまった。
「や……なにこれ……こわい……」
それはリオにとって、初めての体験だった。
おへそから垂直に下へ、甘い疼きはだんだんと降りていき……。
「リオ。なにをモジモジ股を擦り合わせながら立ち止まっておる。トイレか?」
先を行くババ様に叱られてしまった。
ババ様、老婆のくせに足が速い。もう十メートルぐらい先にいる。さすが、夜道で馬車に追いつく老婆の怪談の正体なだけはある。
しかも、しゃがれ声なのに音量がでかい。職業柄、呪文ばかり唱えてるために声帯が鍛えられてるおかげだが、それはいいとして、すれ違う人々の目が、モジモジしている自分に向けられている。
「ちっ、違います!」
大きな声で否定して、リオはババ様に追いつくべく丘の斜面を駆け上がった。