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2016年/短編まとめ

愛も恋もないけれど

作者: 文崎 美生

ガコンと音を立てて落ちてきた缶を取り出そうとした所で「作間(サクマ)さん……」と、か細い声が背中にぶつけられた。

取り出し口に手を突っ込んで、中身を引き抜いてから振り向けば、見覚えのない子が立っている。

いや、そもそも人の顔と名前を覚えるのが苦手としていれば、クラスメイトですら見覚えのない子になる場合があった。


瞬きをすれば、あの、なんて言いにくそうに口を開き、視線を右へ左へ動かす。

「ちょっと、良いですか」と言われて、はぁ、と頷くけれど、本当に誰だろう。

水滴の付いた缶を指先で撫でながら、ゆるりとその子の後に付いて行く。


栗色の柔らかそうな髪は、肩口で丁寧に切り揃えられ、太陽の光を反射する髪飾りがそこに居座っていた。

ひらりひらりと揺れるスカート丈は、校則違反で下着が見えても文句の言えないものだったが、そこから伸びる足は女の子らしい曲線を描いている。


人気の少ない中庭まで来て、その子は足を止めた。

くるりとこちらを振り返り、ぎゅうっと眉を寄せていて、ボクは首を捻る。

両手に持つ缶を開けたいのだが、開けてもいいのだろうか。


「作間さんって、創間(ソウマ)くんと付き合ってるんですか……?」


柔らかな見た目に似合わない硬い声。

持っていた缶を落としそうになって、ほんの少し腰を落とし、瞬きを繰り返す。

創間、口の中だけで繰り返した苗字は、馴染みがあるはずなのに、何となく物珍しいもののようにも感じる。


その苗字を持つ人物は、恐らくこの学校には一人しかいないし、自分の記憶の中にも一人しかいない。

勿論、その人物の家族を除いて。

青み掛かった黒髪に、中性的な顔立ちの男。

男だけれど、綺麗と呼ぶに相応しい出で立ちを思い出して、細く息を吐く。


「……幼馴染み、だけど」


吐き出した息と共に言葉を紡げば、目の前のその子は、ぱぁっと表情を明るくさせる。

飽きるくらい聞かれたその質問には、慣れと同時に面倒臭いな、と思うことがあった。

幼馴染みとして、幼い頃から傍にいた男の子というだけで、年頃に抱く異性への想いはない。


「あの、それじゃあ、これ」


教室に戻っても良いかな、と足元の土を掘り返していると、目の前には如何にも、と言えるピンク色の封筒があった。

封止めには、可愛らしいお花のシール。

またかよ、とは言わない。


小刻みに震える指先を見ながら、同じく指先で一度封筒を受け取った。

その子は抜き取られた感触を感じて、またしても嬉しそうな顔でこちら見る。

しかし、右手の親指と人差し指で摘んだそれを、その子に向けたまま口を開く。


「……あのさ、ボク、君のこと知らないんだけど。君は、第三者の手から、想いを伝えられて、嬉しい、んですかね」


ひらり、ひらり、持った封筒を揺らしながら問い掛ければ、目の前のその子が大きく目を見開く。

それこそ、今後頭部でも叩けば目玉が落ちてきそう。

過去にも何度か頼まれた女の子らしい封筒だが、それらをキチンと受け取り、渡して欲しいと言われた人物に渡したことはなかった。


だからこそ、今回のその子の封筒も、ボクが受け取って手渡すなんてことをする気はない。

人の色恋沙汰に首を突っ込みたくないのもあるが、些か敬意に欠けるのでは、と思ってしまうのだ。

しかしながら、ボクの価値観を押し付けるのも違うので、問い掛け型にしている。

断るけれど、問い掛けくらい良いじゃないか、ということだ。


「……ボクは、ボクの気持ちを、伝えるなら、ボクの言葉で、伝えたい」


だから、ごめんね、囁くような声で告げ、そっと封筒をその子に押し付ける。

皺にならないように、優しく押し付ける。

その子は、見開いた目を瞬いて、何故か一粒の雫を落とす。

この反応は初めてかも知れない。


何でですか、とか、やっぱり好きなんですか、とか、僅かな怒りを滲ませた声で問い掛けられることもあれば、分かりました、ごめんなさい、なんてゆったりと頭を下げられることもある。

驚かれたとしても、泣かれることはなかった。

拙ったかなぁ、なんて眉が寄ってしまう。


「そう、ですよね。そうですよね!」


折角皺にならないように渡したのに、その子はその封筒を両手で握り締め、一歩前に出て来る。

妙にキラキラした目を向けられて、喉がヒュッと変な音を立てた。


「駄目ですよね。幼馴染みだからって理由で頼ろうとして……断られるのが怖いなんて……ありがとうございます!私、頑張りますね!!」


別に駄目とは言ってないけど、幼馴染みが理由で頼ろうとしてたんだ。

てっきり牽制も兼ねてだと思ってた。

しかも、お礼言われたし、応援してるなんて言ってないのに意気込まれた。


はぁ、と曖昧に返事をして頷きながら、詰められた距離を開く。

頬肉を引き攣らせた時、救いのようなチャイム音で肩が下がる。

昼休み終了のチャイムだった。


「あ、次移動教室なんですよね。私、行きますね」


唐突に来た上に、戻る時も唐突らしい。

にっこりと笑みを浮かべたその子は、ボクに向かって頭を一つ下げた。

短いスカートを翻し駆けて行く姿に、午後の授業を受ける気分ではなくなる。

しかも、買った飲み物も温くなっていた。




***




カンカラカンッ、と軽快な音を立ててゴミ箱に吸い込まれていく缶を眺めていると、お前さぁ、と刺のある声が背中に投げ付けられた。

結い上げた髪を揺らしながら振り返ると、そこには眉を寄せて目を細めた幼馴染みがいる。


「余計なことばっか言ってんなよ」


「……怖い顔」


今にも舌打ちが聞こえてきそうだけれど、肩を竦めて答えれば、深い溜息が落とされる。

後ろ髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す幼馴染みは、きっと、あの女の子に告白されたばかりなのだろう。

酷く疲れた顔をしている。


「午後の授業は全部サボるわ。直接告白した方が俺には伝わるとか嘯くわ……」


「前者は認めるけど、後者は誤解だね」


ブレザーのポケットからシリコンの小銭入れを取り出し、パカリと開く。

何が誤解だよ、なんて呟きを右から左へ聞き流し、何が良い?と自販機を指差した。

とうとう一つ、舌打ちをした幼馴染みだけれど、小銭を投下すれば、無言で赤く点灯したボタンを押し込む。


落ちて来た缶珈琲を取り出して手渡せば、やはり無言でプルタブを起こす。

ありえねぇ、そんな呟きも、砂糖もミルクも入ってない黒い液体と共に、幼馴染みの胃の中に落ちていく。

美味しい?の問い掛けには、普通、と返ってくるので、本人からしたら不味くはないのだろう。


「どうせ振ったんでしょう。今回の子、今まででは一番可愛かったと思うけど」


妙な性格と言うか、変な信仰心のようなものが強そうだけれど、とは言わないでおく。

あのキラキラした目を、二度と向けられたくなかった。

その代わりに頭上から降り注ぐのは、絶対零度とも言える冷ややかな視線だ。


「何処がだよ」


「顔とか、スタイルも良かったんじゃない?」


胸は足りないけど、とも、言わない。

しかし、幼馴染みは苦そうな溜息を吐きながら、前髪を掻き上げる。

長く伸ばした前髪から覗く右目は、ぼんやりと輪郭を失った白濁色混じりだ。


「延々と俺の何処が良い、何処が好きって語られてみろ。引くぞ」


「……ごめん、それは引くわ」


大きく上下する喉仏を見ながら答えれば、幼馴染みは缶珈琲を飲み干し終え、カンカラカンッ、と音を立てて空き缶をゴミ箱に投げ入れる。

やはり宗教的な愛情があったらしい、怖い。

しかも、幼馴染みが言うには、ボクに感謝しているとか何とか……要らねぇ。


妙な矛先が自分に向かうことを考えると、ぷつぷつと肌が粟立ち始めて、何だか寒い。

ふるりと体を震わせれば、幼馴染みは怪訝そうな目になるけれど、曖昧に首を傾げて見せた。


「皆諦めが悪いね」


幼馴染みのブレザーの裾を引いて言えば、そうだな、と返ってくるから、告白にはうんざりしている部分もあるらしい。

男冥利に尽きるものだと思ったが、それは人それぞれのようだ。

振られた女の子達も可哀想に。


「もっと良い男がいるよって、言ってあげたいね」


「いんの?」


「えぇ……どうだろ?ボクの基準はズレてるから。それにあんまり知り合い多くないし。オミくんが一番良い男かも」


ケタケタと声を上げて笑えば、端正な顔が近づいて来て鼻で笑われてしまう。

いやしかし、でも、本当に、性格面ではもっと良い人がいるはずだ。

何の手入れもされてないのに、艶のある唇が頬を掠めるのを感じて、笑わずにはいられない。

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