第5話:いつもと同じ筈だった
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申し訳ございません。
今回もかなり短めです。
いつもと同じ筈だった
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
森の中の道なき道を私は必死に走る脇目も振らず顔や体に傷が付くことも気にする余裕もなく只々逃げる為に走っていた
走る私の後ろから悍ましい鳴き声と共に地面を揺らしながら死が私を追いかけてくる、追いかけられてから何処に向かって走っているのかも分からなくなってきた
寧ろ私は今走っているのか?さっきから前に進んでいるのかもわからなくなってきた、感覚がどんどん狭まって来て今自分が何をしているのか本当に足は動いているのか?そもそも何で私は逃げて……
グルォゥ
悍ましい鳴き声がもう耳元まで届いている、死の息が首筋にまで掛かる、背筋が凍る、血の気が引き、一瞬で現実に引き戻される、ダメだ止まったら死ぬ、足を止めるな、止まれば死ぬ、殺される
何でこんな事になったのだろう
今日はいつもと同じ筈だった、いつも通り寝坊をしてお母さんに起こされ
いつも通り家の手伝いをして
その後お父さんと一緒に森に狩りに出掛けて……そうだ、その後お父さんが地面に開いた大きな穴に落ちて、助けようとしていた時に熊が現れて
其処からずっとずっと逃げている
◇
どの位の距離と時間逃げ回っただろうかほんの少しの時間なのか、それとも途轍もなく長い時間が流れていたのか最早感覚がなくなっている、目も霞始めてきた、口の中は血の味しかしない、体中が痛い、息が出来ない、周りの音もよく聞こえなくなってきた、あぁ…私このまま死んじゃうのかな…?熊に食べられて死ぬのかな?
……そんなのダメだ、私が死んだらお父さんを助けられない、それにまだ夢も叶えていない、こんな所で諦めちゃダメだ
下を向いた顔を無理矢理上げ前を向く、そんな事をしても状況は変わらない
だけど心は変わった
涙や鼻水でくしゃくしゃになった顔じゃ何も見えないけど下を見ているよりマシだ、お父さんの為にも私は死ぬ訳には行かない
けど無力な私には今を変える力は無い、必死に逃げても熊を撒く事もできない、ましてや倒す事など出来ない…どうしたらいい?どうすればいい?どうしたら……
「其処の女の子!!そのまま真っ直ぐ走りなさい!!」
纏まらない考えをしていると前方から大きな声が聞こえる、……綺麗な声だ
目は霞んでもうよく見えない、だけど声のする方に掠れる声で私は必死に助けを求めた
「大丈夫!ちゃんと助けるから!だからここまで来なさい!!」
私の喉から出た声は届かないのでは無いか不安なほど小さな声だったでもその人は私の声をしっかりと聞き届け大丈夫と言ってくれた
声に励まされるように私は全速力で声のする方まで走った、途中甲高い音が辺りに響いたが足を止めずに走りぬき
声のする方に勢いそのままに突っ込む、ボフッと柔らかい何かに包み込まれたかと思えばいつの間にか抱きしめられていた
恐怖からガチガチに固まっていた私の体を暖かく優しい光が包み、硬直した体が疲れと共に徐々に和らいでいき私は意識を失った
◇
気がつくと私は何かに包まれて横に寝かせられていた、温かい…コレ何だろう?フカフカでモコモコでずっとこうしていたい誘惑に駆られるが何とか目を開けて周りを見ようと顔を横に向けると大きな狼が大きな蒼色の瞳で私を見つめていた
「ひゃあぁぁぁぁ〜〜〜!」
思わず変な悲鳴を上げてしまった、野生の動物を刺激するという最もやってはいけない愚行を冒し顔から血の気が引いていく、死を覚悟していた私は目をぎゅっと瞑り最後の瞬間を待っていた
たが一向に狼が動かない、その事を不思議に思い目を薄く開けると狼は私から視線を外し何処かを見ている、わたしも狼が見ている方に視線を移すと火が焚いてある、それを挟んで反対側に綺麗な女の人が座っていた
「おはようお嬢さんそんなに大きな声が出せるのなら少しは回復したみたいだね」
女の人は微笑みながら私に話しかけてくる、そんなに悠長にしている場合では無いのですよ!狼がこんなに近くにいるのですよ!何そんなに余裕な感じなんですか?!そんな感じでワタワタと落ち着かない私を見て更に笑みを深くする女の人
「あー、大丈夫だよ今迄貴女のベッド代わりになっていたその狼はウチの子だから心配しなくても大丈夫だよ、噛まないし優しい子だから怖がらないでね?あ、喉乾いてない?待ってて今お茶を淹れるから」
何が何だか分からず目を白黒させていると女の人は何処からかポットとカップを取り出しお茶を渡してきた、渡されたお茶を少しだけ飲む、温めのお茶の温かさと優しい香りがじんわりと体に染み渡っていき幾分か気分が落ち着いてきた、そんな私の様子を優しそうな目で見つめる女の人は私に話しかけてくる
「しかし危なかったね、貴女みたいな小さい子があの熊に追いかけられて無事だったなんて本当に運が良かったよ」
その言葉を聞いてハッとなるそう言えばあの熊はどうなったのか?というよりこの人は誰なのだろうか?……ダメだまだ混乱しているのかまともに頭が働いてくれない
「あ、熊は駆除したから心配しなくても大丈夫だよ、それよりも聞きたいことがあるんだけど、貴女何でこんな森の奥に1人で居るの?誰かと一緒に来て逸れたの?」
誰かと一緒に……そうだ、こんな所で休んでいる場合じゃなかった、早くお父さんを助けないと、そう思い体を起こそうとするが足に力が入らず倒れてしまう
だがそこを今迄ジッとしていた狼が大きな尻尾を使って助けてくれた、狼はそのまま尻尾を器用に使い自分のお腹の上に私を寝かせその上からまるで「ジッとしてなさい」と言わんばかりに尻尾を被せてきた
「お嬢さん余程急いで行かなきゃいけない場所があるんだね、でも貴女かなり衰弱しているからこのまま行くのを私は見過ごす事は出来ない、良ければ話してみてくれる?多分力になれるから」
女の人は優しげな声で何があったかを聞いてくる、もう自分の力だけでお父さんを助ける事は難しい事は分かっているけど見ず知らずの人にこんな事頼んで良いのだろうか…それに助けて貰っても何か返せるようなものも持ってないしどうしよう…
「ん?どうかした?何か言いにくい事情でもあるの?だとしたら無理に話さなくても良いからね?」
ジッと押し黙る私を心配しているのか眉を寄せて女の人は私の様子を伺ってくる
「いえ、違います、話しにくいと言えば話しにくい事で…私助けてもらったのに何も御返し出来るものを何も持ってなくて……」
「そんな事気にしてたの?貴女を助けたのは私が助けたかったから勝手にやった事だよ、お礼が貰いたくてした事じゃ無い、それに子供がそんな事気にする物じゃ無いよ」
「で、でも…」
「でもも、何も無いの、それに何か貰うよりも私はただ、ありがとうって言ってもらえた方が嬉しいかな?」
それを聞いて助けて貰ったのにまだ感謝の言葉も伝えてなかった事に気が付き、すぐさま起き上がるそして地面に両膝を付き頭を深々と下げる
「感謝の言葉が遅れてしまい申し訳ございませんでした、この度は助けて頂きありがとうございました、ですが私には何も返せ……」
「うりゃ」
「はうっ!…?え?…な、なに?」
感謝の言葉が遅れた事に対する謝罪と助けて貰った事を自分が思い付く限りの丁寧な言葉で伝えようとするといつの間にか移動していた女の人に頭を軽い感じでチョップされた
「だからね?子供がそんな事気にしないの、しっかりしてるのは良い事だけど、もう少し子供らしくしても良いのよ?」
そう言って頭を優しく撫で柔らかい笑みを浮かべるこの人の顔を見て、安心したのかボロボロと目から涙が溢れてきた、それから言葉は途切れ途切れにだが事情を話していく
「お、お父さんが、大きな穴に落ちて、ケガして…助けようと…したら、熊が来て…逃げたの、どの位…逃げたか、自分でも…わかんない、穴が…ある場所も…わかんない、お父さん…大丈夫かも…わかんない…」
もう、頭の中がぐちゃぐちゃで何を考えて良いかわかんない、何を言ってるかもわかんなくなってきた、目の焦点が定まらない、そんな私を女の人はぎゅっと抱きしめてきた
「大丈夫だよ、私が貴女のお父さんを一緒に探してあげるから安心して」
そう言いながらずっと私を安心させるために優しく頭を撫でてくれた、その手の暖かさが不安で仕方なかった私の心を解きほぐしてくれた、この人ならどうにかしてくれるんじゃないかと安心した