「オラたづはモンスター!!!ー前編」
周囲数十kmを山林に囲われた『ヤットコ村』はまるで世界の激動に無頓着なものだ。つまりはノドカで平和な小さな集落なのである。
空は晴れ渡っている。この前に15歳の誕生日を迎えた少年、『パウロ=スローデン』は……今頃どうしているだろうか?
「ウィ~~っく、昼間っから飲む酒の美味いこと美味いこと……。こんなんおっかぁ(妻)に見つかったらエライことなっけどよ。このスリルがまたいい味になんだわなぁ~……ヒィっく!」
平穏なヤットコ村から少し外れて……それは断崖絶壁に突き出た岩の上。ほとんど垂直な断崖の途中に突き出したそのような場所で、“その男”は酒を気分良く飲んでいる。
遮るものがない視界に広がる山林。遥か先に見える山の稜線にかかる、雲が流れる様子を望み見た。
男の傍らには薪の束が置いてある。どうやら薪を運ぶ途中にこの場所へと立ち寄ったらしい。そしてあんまり天気と景色が良いものだから、酒盛りを始めてしまったようだ。
「この空はどっこまでも繋がっているっけなぁ……きっと今頃も、あいつはこの空を見上げているのだろうか? それは青空か、それともどこか建物の中か……元気にしてっといいけどなぁ。もちろん、あの子も一緒にさ!」
筋肉質な男である。怪力自慢であり、逞しいその身体が躍動すると、大柄な少年を数十mも投げ飛ばすことができる。
……正直、それは異常だろう。いくら力自慢と言っても普通はそのようなことはできない。かといってこの男は魔術が扱えるわけでも、霊術に長けているわけでもない。身体を機械化しているわけでも、生体改造を施されているわけでもない。
生まれながらに強い……単にそれだけなのである。あとは若い頃の鍛錬の賜物か。
「ウィィ……ちぃっと強引だったがよ? おりぇ(俺)はずっと言ってたべな。この村もステキだけんど、お前ぇには世界が広いっちゅぅことも知ってもらいてぇって。この世の中にはおりぇなんかより強ぇヤツがいるし、信じらんねぇほど美味いもんがいっぺことあんだわ。それに何よりよ……想像もしねぇような不思議で面白いもんがこの空の下には、あるんだわなぁ……。そういうの見て驚いてもらいてぇんだわ、おりぇはね?」
独り言である。断崖絶壁から突き出た岩の上。薪の束に肘をのせて酒を飲む男は青空に向かって独りで語っている。
すっかり酔いが回っているらしい。血統的にも特別酒に強いわけでもない男の顔は明らかに赤く、その目線は定まっていない。
そうして夢心地にありながら見上げた空に向かって、男は突然として叫ぶ。
「おぉ~~~い、パウロや!! おめさ、ちゃぁんとあん娘を護ってるか? 愛想をつかされてねぇがぁ? 特別な者同士、色々あると思うけんど……上手くいかんかったら帰ってこいや。そんときゃ特別さ、おりぇがおっかぁ(妻)に内緒で酒のましてやっけよ! しっかし上手くいってんなら…………ちゃんとせなイカンでな!? 解っとるんか、オイ!?」
なにか怒っているというか叱るような口調になった。虚空に叫ぶ筋肉質な男は酒が入っていた壺を振り回しながら、何故か勝手に盛り上がっている。
そこに――
「 ご゛ら゛ぁッ、なにすてんだおめさ!!!!!!! 」
山林に響き渡り、断崖絶壁を伝って突き出た岩の上にまで至った怒鳴り声。木々から鳥たちは飛び立ち、岩の上の男は肩を震わせて「ヒャッ!?」と悲鳴を上げた。
恐る恐るに男が見下ろすと……遥か眼下にて、豆粒のような大きさで見覚えが物凄くある女性が存在している。
断崖絶壁の下を流れる川のほとり。そこに立つ女性の表情を筋肉質な男はその異常な視力で認識できた。
「お、おっかぁ(妻)!? なんだってここに……わ、解ったから。酒さ控えるって、約束今度からは守るっけそんな顔で…………ヒッ!? ご、ごめんしゃい……ハイ、すぐ降ります。すんません、ほんに……エへっへへ!」
慌てた様子で男は薪の束を担ぎ、空になった酒の壺を腰に下げた。そしてイソイソと断崖を下り始める。
手と足を使って止まることなく「あっ」という間に崖を下りた男はペコペコと女性に頭を下げた。
そこに振り下ろされる拳骨の一撃。「あ痛ぇっ!?」と悲鳴を上げて、男は「ガチャガチャ」と薪を鳴らしながら。
逃げるように、その場を去っていく――――
――――青空を見上げている大柄な少年。なんとはなしに見上げた青空にふと、故郷の景色が思い出された。
山と森に囲われた緑豊かな村。生まれ育った場所に不意な懐かしさを感じつつ、視線を落とせば……。
そこにはあの頃、想像もしなかったような不思議で面白い景色が広がっている。
ちなみにもう少し視線を落とすと、そこには【明らかに不機嫌な少女】と【自信満々に胸を張る男】の姿がある。
「よぉよぉ、お2人さん。まずは再会おめでとう! そして……しばらくぶりだな、アルフィース♪ オレだよ、ジェットお兄さんだよ!? 覚えていてくれたかな??」
ジェット=ロイダーは自信満々に少女へと言葉をかけた。「ニヤリ」と上がった口角に意味はなく、単なる癖だ。決して見下したりとか馬鹿にしているわけではない。そうではないが……口調として何か、“幼い子供に挨拶する青年”を気取っているような感じがある。
「・・・・・えぇ、御機嫌好う。もちろん覚えていますとも……相変わらずですわね」
不機嫌なアルフィースは低い声色で返した。険しい表情をしているが、これは隠しきれていないだけである。何をかと言えば……それは“嫌悪感”だ。
「おぅよ、相変わらず元気だぜ? お前さんは大分しょげてたみてぇだが……すっかり元通りみたいで良かった、良かった。その鋭い目つきがなんだか懐かしく感じられるぜ!!」
「そう? 鋭い目つきって、あなたを前にするとどうしてそうなってしまうのでしょうね?」
「……えぇっ!? さぁなぁ~~、お兄さんにはちょっと解らんね。元からそういう感じなんじゃねぇの、生まれつきってやつ? 悪くないと思うぜ、性格が素直に出ていて大変よろしい!」
「…………そう言うあなたもね。性格が素直に表情に出ていて、大ッッッ変によろしゅうございますわ?」
ヘラヘラとしながら片手の平を上に向け、くちびるを突き出しているジェット=ロイダー。その表情を見上げながら視線を刺す少女アルフィース。彼女の小さな拳は硬く握られて震えていた。
「ハンッ、性格? あ~~、優しくってカッコよくって頼りになるってこと? だろうな、鏡見る度にオレもそう思うもの」
「あら、それは鏡が曇っているのかしら。それともあなたの目がどうかなってしまっているのかしらね? さっさと目のお医者さんにでも行きなさい……この浮れ者ッ!!」
「あ゛あ゛!? だれが遊び人だっつぅーの。だいたいお前、だれのおかげでこうしてパウロと会えたと思ってんの? そうだよ、大人の力だねぇ~~? ちっとは素直に感謝しろって、なぁ??」
「・・・・・それは、それ。これは、これよ……」
「ッかぁ~~、これだもの! あのなぁ、そうやって子供のくせに背伸びして意地張ってるところが――」
「――“生意気”なんでしょ? どうかしらね、“口が悪くて生意気なませた子供”……それは私のせいなのかしら。それとも、あなたの人を見下す尊大な態度がそうさせているのではなくって?」
「ハハァ、オレが人を見下すって? そんなことないよぉ。ただオレは素直なだけで・・・・・ん? ちょっと待て。なんだその……なんか聞き覚えある文言言ったな、お前?」
「……確かにね。あの頃――出会った当初は私、パウロの事をそうやって……利用しようって、そんなことを考えていたわ。でも、今は違うから。いっぱい護ってもらったし、いっぱい……色んな姿を見ているうちにね? いつの間にか、私は彼のことを特別な人だと思うようになっていたの。だから……だからごめんね、パウロ。私は最初の頃、あなたのことを酷い扱いしてた。本当に、ごめんなさい……」
「・・・・・んぇ??」
いきなりだった。ジェットとの口論が加熱していく様を「あら~」と眺めていたパウロだが、その渦中でいきなり謝られた。
突拍子もないものだが、目の前で自分のことを真っすぐに見ている少女の瞳を見ていると……その覚悟を感じて、応えるために思い出す。
彼女が悪かったと感じたこと……自分は何を謝られたのか?
最初に膝を着かされて見下されたことだろうか?
宿屋で跳びあがるように命じられて屋根を突き破ったことだろうか?
食事中に泥だらけで汚いと叱られたことだろうか?
川の中で布切れを拾ってきたらもの凄く跳ばされたことであろうか?
それとも……彼女は自分の身を護らせるために“無理に約束をさせた”とでも思っているのであろうか?
「――――なんか、君さ謝ってくれるのオラは解らんよ? でもね、君さそうしたいと思うことがあんだわな。だったらそうしてくれてもいいさ。んでもよ……オラは君がなんと思おうと、一緒にここまで旅ができて嬉しかったっぺよ。そんで、これからも一緒にって言ってくれて……オラさ、ほんに幸せだわ。らっけオラから言えることは……アルフィースつぁん、“あんがとねぇ”! ほいでこれから“もよろすくね”!!」
「!? パウロ、でも私――」
「……んでもな、そんなんして謝るのはこれっきりにしてくろ! オラはオラが護りてぇって、そう思ったから君の傍にいたんだわ? 命令されたからいたわけじゃねぇっけよ。オラがオラの意思で、約束だからってそうじゃねぇんだわ。君さ護るって、最初に会った時にこう……なんかもう、そん時から好きだったんらろな。だっけもう謝るのやめ! そんなん、オラの気持ちを無視されてるみてぇでよ。オラ、悲しくなっちまうっけ……ね?」
「――――パウロ。あなたは……あなたって、人は……本当に……もうっ!!」
「アエッ!? な、泣かないでくろ!? すまんす、やっぱオラなんか解ってないだか? オラってばやっぱす勘の悪ぃ男だっけしてほんに――」
「ううん、ぐすっ……いいの。ありがとう、パウロ。これからも私のこと護ってくださいね、私の騎士様?」
「んぉ――おお、任せぃ!! オラさ君のホレ、あのよりひとって者だけど。そんなん関係なく君さ護るんだわ。だって君さ大切だっけね、大好きだっけね!!」
「ちょっ……も、もうっ! あんまり大きな声で…………言っていいか。今日くらい、構わないわよね?」
「ワハッハハハ、なぁ~んかスッキリした気分だべなぁ! んぁっ、そうそう。あん時も思ったけどその……君さ言う“ないとお”ってなんだ? オラさ納豆かと思ったけど、そんなんだと君さ護れんわな?」
「・・・アハハっ、騎士のこと? ええ、それは私の国にある高潔な守護人でしてね。たとえばおウマさんに跨って――」
晴れやかな……スッキリした気分だとパウロは言う。それはアルフィースも同じであろう。この先、怪物がどうたら契約がどうたらと話したところでパウロが変わることもない。彼にとっては心の怪物すら“そんなもん”なのである。
パウロ=スローデンという男にとって、少女アルフィースを護りたいという気持ちは他の何をもってしても揺らぐことはない。怪物だろうが竜共だろうが、きっと神々だろうと……。
それは実に興味深い不可侵領域である。
「・・・・・。」
そうした2人の領域を間近にして棒立ちする男がある。
隻腕の魔銃士、ジェット=ロイダーだ。赤黒いロングコートを纏った長身細身の男はただ、そこにある樹木が如く。
物言わぬ……いや、物言えぬ様子で複雑な表情をみせている。
それは目の前で繰り広げられている暖かくも輝かしい、少年と少女の気持ちのやりとりに対する微笑ましさ。あとは「なんでコイツ(アルフィース)、報告書の内容知ってんだ?」という疑問。加えて「尊大」だの「見下している」だの身に覚えのないことを言いたい放題言われたことへの苛立ち……。
どうすりゃいいんだ……と、感情と立場の在り方に迷う大人な男。
そこに「トン」と、左肩に何か硬いものが当たる感触がある。
「アルフィース、よくぞ勇気を出したわ! 偉いわよ……でも、あなたならきっとできると信じていた。それにパウロくんも……随分と大きく……はさすがになっていないか。でも、なんだかそんな気がするわ。きっと見えない部分が成長したのね……前よりもっと、頼もしくなったじゃないの?」
黒がかった青い色――ショートカットの頭髪に革のジャケットを羽織った装い。
ボーイッシュなスタイルでそこに現れた女性、それはミリストリア=ロイダーである。長い脚の先に履いたヒールの靴が、白い石板の広場に「ツカツカ」と足音を鳴らす。
ミリストリアは手にしていた機械仕掛けの杖をジェットに押し付けると、そのまま彼ごと押しのけるようにして少女と少年の前に出て立ち止まった。
ニッコリと笑顔で立つ女性。その表情を見上げる少女は「えへへ、なによぉ」と恥ずかしそうにしている。
ジェット=ロイダーは一歩下げられて何か言いたそうにしていた。しかし、ここで何かを言ってもロクなことにならないと経験から予測できたので大人しく不貞腐ることにする。
ミリストリアを見たパウロが「おお、ミリスすぁん!オラが頼もしいって……そら、あんがとねぇ!」などとデレデレニヤニヤした。
まぁ、別にいいのだが……アルフィースはちょっとだけ。なんだか彼の胸を小突きたくなっている。
「ここで積もる話も色々としたいところだけど……あんまり往来で堂々と話せることばかりでもないでしょう。アルフィース、ここは帝都だから……あなたには気をつけた方がいいこともあるのよ」
「あっ……うん、解ってる。あんまり私の故郷のことは……それに、私達の力のことだって……ね」
「あら、さすがだわ。だけど……別にそれらが悪いってことでもないんだけどね。言うにしたって、適切な時に明らかにすれば問題なく事が進みやすいってことよ。そんなに気負ったり不安に思うこともないわ。いざとなれば私達だって力になれるから……安心してね?」
「……ありがとう、ミリス。帝都だって、こんな中まで入っちゃってるけど……怖いって想いはまだあるのよね。でも、あなたとパウロが居てくれれば……えへへ、心配なんて必要ないわ!」
「うんうん、そうよ。“私とパウロくん”がついているからね。安心して、せっかくだしこの街を楽しんでちょうだいな? 大きなお祭りだって明日にあることだし……」
「!? そうね、お祭り!! そういえばあのおじさんが言ってたわ……とっても大きな祭りだって。ミリスも一緒に行ってくれるの!?」
「もちろんよ、“私とパウロくん”と楽しみましょう……サルダンの祝祭を!」
「ええと・・・・・あの、そろそろオレも混ざっていいかな?」
「 ダメよ。 / イヤよ。 」
素早い否定であった。少女はともかく、なぜか愛する妻にも揃って拒絶されて……。
「えっ、嘘でしょこの扱い?? オレって何か悪いことしましたか??」
稀代なる発明家、ジェット=ロイダーは機械仕掛けの杖でコツコツと己の頭を叩いた。半泣きになっているのは杖が痛いからではない。
それはともかくとして、ミリストリアが続ける。
「――――で、祭りはともかくとしてね。あなた達に提案があるんだけど……」
「あら、提案? 何かしら……?」
「あのね……あなた達は旅を進めてここに来たわけだけど、この先はどうするか決めてるの?」
「この先? いえ、別に……ね?」
「おっ、んだな~。【ルイド】さとにかく帝都行けって、そんだけらったし……」
「そうだと思ったわ。それでなんだけどね……どうかしら? 旅は一度ここまでにして、この街で……“帝都で落ち着いて”みない?」
「帝都で落ち着く……それってつまり?」
「そうね、ここで住んでみませんか? ってことよ。この先、帝域の真都や護都なんかに行くのもいいけど……せっかくだしね」
「う~~ん、帝都に住む……いや、待って。住むってことは“必要”よね? 私達のお金でその……お家をどうにかできるのかしら?」
「ああ、その辺は気にしないで? “私達の家”があるから。研究室とかは売り払ったんだけどね、1つだけ忘れて残してたのを思い出したのよ。だから住む場所は問題ないわ」
「あら、そう。そうね、あなた達のお家があるならお金の心配も・・・・・むぅ??」
「ぬぉ? なにさつまり……それってジェットとミリスすぁんの家ってことか? そこに住むって……オラたつも?? それっていいんか??」
会話の中で大きな疑問に行き当たり、アルフィースは硬直した。その傍らで聞くことに集中していたパウロが先に「いいんか?」と応える。
そう、どうやらミリストリアが言うには……ロイダー夫妻が所有する家屋、そこでパウロとアルフィースも一緒に住まないか? つまりは共に生活しましょ? というお誘いなのである。
内容を理解したアルフィースが目をパチパチとさせてミリストリアを見た。微笑む大人な女は「あなたはどう思う?」と聞いてくる。
「私達がミリスと一緒に生活を……それって、つまり家族に……?」
「家族……そうね、そうなるわね。自分で言うのもなんだけど……結構立派なお家だからね? お隣さんも気のいい老人のご夫婦だし。数年空けてたけど、月1のハウスキーパーさんを雇ったままだったからそこまで古びていないと思うわ」
「家族……帝都で私の……家族?」
「ずっと一緒にって、それは解らないけどね。ただしばらくの間は……帝都の生活ってものを満喫してもいいんじゃないかしら。万が一でも、ここは装怪者や特異な存在にも割と寛容だし……」
「そう…………家族、か。」
アルフィースは中々ハッキリとしない。困ったような、辛いような……。
それは思い浮かべた故郷のことがあるのだろう。
赤眼の男が言っていた。望まれるべき死――――。
呼び起こされる過去の記憶、追われて逃げた先で命を落としかけた記憶が……。
『 何すてんだ、おめだづ!!! 』
「――――パウロ!?」
「んや? なした、アルフィースつぁん。しっかすいいんかにぃ? オラは住まわせてくれるってんならそら嬉しいけんど……」
「……パウロは、この街で住みたいの?」
「んぉ、オラか? オラはそうだな…………住みてぇッ!! んだってよ、ここって不思議で面白そうなもんがいっぺことありそうだわ? ほれ、ちぃっと見渡しただけでわげ解んねもん。らっけよ、オラさそういうの君と一緒に見て知りてぇって、そう思うんだわ?」
パウロはそう言いながら周囲を見渡した。帝都の中心地で景色を見渡しながら……そう言う彼につられて、アルフィースも見渡してみる。
彼より低い視点だけど、それでも様々なものに興味を惹かれた。だから、少女も同じ気持ちになったのであろう。
「…………エへへ、うん! 私もパウロと同じ。一緒にこの街を見て、知りたいわ。それにミリスと家族だなんて……それも素敵よねっ!」
笑顔が咲いた。彼女の太陽のような明るい笑顔に照らされて……少年の顔が少し、赤く染まる。
ミリスが「じゃ、決まりね!」と手を打った。少年と少女は揃って彼女を見て、「うん!」と強く頷く。
そして、ここにきて隻腕の男が発言した。
「ミリスが家族って……それつまりオレも家族ってことだよな? オッケー☆ よろしくな、アルフィース! オレのことは兄貴だと思ってくれて構わんぜ……??」
「・・・・・・・はぁ???」
アルフィースの表情が引きつる。それは当然のことだ。
当然というのは少女の表情ではなく、ジェットの言い様である。
確かにそうだろう。ポジションはともかくとしてミリストリアが家族ということは……その夫たるジェットもまた家族ということだ。これは逃れようがない事実である。
一気に暗雲立ち込める。まるで太陽のようだった明るい少女の表情は一転、嵐の前にある静けさが如く、暗く静かに落ち込んだ。
ロイダー夫妻は何か「余計なこと言わないで!!」「余計!?なんでよ、大事な真実だろうが!!」などと言い合いながら歩き始めている。
その後ろをついていく……にもアルフィースは足が前に出ない。信じられない事実をまだ受け止め切れていないのであろう。その隣に聳える大柄な少年はキョロキョロと、遠ざかる夫婦と少女を心配そうに忙しなく、交互に見ている。
やがて――
「おぉ~~~い! どうした、アルフィース……いや、“アル”! お兄さん、先行っちゃうぞぉ? お前、家の場所解らないんだからちゃんとついてこいよ。迷子になって、探しに保護センターまで行くの面倒だからなぁ~~?」
などという言葉が聞こえてきた。アルフィースは歯を食いしばって目にも力を込める。
どうしたことか? 凄まじい怒りの気配を放つ少女アルフィース。
パウロ少年はその理由がよくは解らない。だがこれまでを見るに、どうにもジェットと彼女の相性があんまり良くないのではないか……と察し始めた。
怒りの形相ながらやっと歩き始めた少女。心友と彼女のことを想って「オラはどうすたら……」と先行きに不安を覚え始めた少年。
色々と問題はありそうだが、ともかく。
彼らは治安局本部前の広場を離れていった……。
| オレらはモンスター!!~命じる者と命じられる者~ |
「……ねぇ、やっぱりどうかな?」
「あ゛? どうかなって……なにがよ?」
「だから、私達から言ったことだけどね? なんというか……まだ若すぎないかしら?」
「なんだよ、それってまだ子供ってことか? 言うてわりとあいつらはしっかりしてると……ああ、そういうこと?」
「うん。だってさぁ……ねぇ? 一つ屋根の下よ?」
「……あのなぁ。そんなん言ったらオレらはどうだったよ、もっと下だったろ?」
「私達はだって、あなたがそんな感じだし……むしろどうして? ってもどかしかったわ」
「いや、そんなん君から誘惑かければよかっただろうが。オレのせいなの??」
「……なに、それ。それって私が当時からしてあなたが欲情するほど魅力が無いってそういう――」
「ままま、待ってね?? 後ろ見て、後ろ! ……ほら、今は彼らがいるよ??」
「・・・そうね、止めときましょう。後で聞かせて? それでそうね、やっぱりどうなのかなって……思っちゃって。今さらだけど……」
「後でも何もオレは……いや、まぁそうね。確かに今さらすぎだろ。ほら、だから後ろ見なって、ついてきてるだろ? いいじゃねぇか、オレ達だって一緒なんだし……大丈夫だろ!」
「ハァ……あなたはそういうところ雑すぎよね。あのくらいの年頃は普通、あなたと違って繊細なの。やっぱり私が何か手を考えるしかないか……」
「少年のオレだって繊細でしたよ!? お前さっきっから、どうしてオレのことそんな扱いすんのさ!? っていうか手を考えるってだからそんなのいまさら――」
「そんな扱いもするわよ。あなたつい先日に言ったことも忘れて……“成長してみせる”って、あれは戯言??」
「・・・成長していくって、これからのことさぁ!? もっと長い目で見てくださいませんかねぇ?? オレって積み重ねを大事にするタイプだから――」
「テキトウに積み重ねて放っておくタイプでしょ。ちょっと邪魔だから黙ってて……というか部屋割りどうしよ。互いに隣ってのも、う~~ん……事前にそこまで考えておけばよかったわ」
「そんな……ひどい、ひどいよミリスさん! オレってそんなに悪い子かしら? 昨日はあんなに甘えさせてくれたってのに……」
「ハイハイ、うるさいうるさい……そうね。やっぱり、こんな人とアルフィースを同じ家に住まわせるのも良くないかな。もういっそこの人に別居してもらって――」
「うぇ!? そんな、あんまりだ!! 冗談でも言っていいことと悪いことが…………な、なんですかその眼?? え。じょ、冗談ですよね……あの、ミリスさん??」
――人の心とは日々、移ろうものである。それが人と人の関係性ともなれば顔を合せる度、言葉を交わすたびに機微にも変化するだろう。
そうした変化が時に大きく振れることがある。安定していた天秤が、何気ない一言で傾いてしまうことがある。
そうした傾きに気がつけるかどうか、それが信頼や信用というものに繋がるのではないだろうか。
なにやら勝手に険悪になっているロイダー夫妻。しかし彼らは現在、解ってはいる。天秤がグラッグラに揺れまくっていることを理解しているのである。
そうならば、きっと少し間を置いてでも皿の均衡を正すことができるだろう。ちょっと時間がかかることもあるけど……。
狭間の怪物もきっと困惑しているであろう夫妻から少し遅れて。
その後をついて歩く2人の姿――。
「……あんさ、アルフィースつぁん?」
「…………なに?」
「いぁ、あの……オラはジェットが心友だし、アルフィースつぁんも大切なんだわ。んでな……君さ、もすかすてジェットのこと……あんまし好きじゃにぃ??」
「…………そうかもね」
「あちゃ、やっぱす! オラ、らっけどっちも……その……どうしたらいいんだ??」
「……フゥ。好きじゃないけど嫌いってことも……いや、嫌いだけどね? だけど憎いとか許せないとか、そういうことじゃないから。憎らしいくらい嫌味ってのはそうなんだけどさ……あなたと彼の仲をどうこうなんて言わないから、安心して?」
「そ、そうだか? でもオラ、君がどうしてもダメってんなら……すんげぇ辛いけど、やっぱす――」
「ちょっと? あなたが辛いって、それこそダメだから。私の大切な人を悲しませるなんて……それは許さないわ。そんな人嫌いよ!」
「え、大切な人を悲しませるって……あっ。お、オラか!? ……アルフィースつぁん、ほんにあんがとね。オラのこと心配してくりぇて……オラさもっと自分を大切にせんとイカンね?」
「そうそう、頼みますわよ。それにだから、ありがとうは……お互い様、でしょ? いつも私のこと心配してくれて……エへへ」
「おっ・・・・・ウ、ウへへ! そ、そげなめんこいの照れるっぺよ。なしてかオラ、身体さ熱ぃわ! いやぁ~~まいったね、コレ!!」
「…………フゥ、そういう雑なところはいつか直してね。まぁ~た服を破いちゃって。あ~ぁ……」
「あっ!? す、すまんす……んだば着替えさあったっけ……ぬぉっ!?」
「な、なに、どうしたのよ?」
「・・・・・かばん。すまんす……かばんさ、失くしちった……ごめんち」
「あぁ……まぁ、いいわよもう。後でミリスと一緒にお買い物でも行きましょう? 私も新しいお洋服が欲しいわ。帝都らしい?ものがどのようなものか知らないけど……」
「あり? おお、そっか。そうらな、ミリスすぁんと家族さなったんなら買い物だっていつでも・・・・・ぬん??」
「なによ、今度はどうしまして?」
「いぁ…………一緒に住んで家族ってことはだな、ジェットも家族なんだわな?」
「・・・・・そうらしいわね。ハァァ……」
「……ま、まぁそうなるとだな。オラと……その、アルフィースつぁんも一緒に住むんだわな?」
「そうよ、当たり前でしょ。一緒に住むわよ、だってずっと一緒にって・・・・・ん??」
「そう、だわな……一緒に……うんむ。オラとアルフィースつぁんが、一緒に……」
「うん、そうね。一緒に・・・・・うん???」
少年と少女は同時に気がついた。そして揃って黙り込む。
これまでの旅において2人は何度も宿で泊ってきた。そう、一緒にである。
だが、一緒に住む……一晩だけとかではなく、ずっと生活する。いや、ずっとではないかもしれないが……きっと何日もだろう。もしかしたら何年も?
そう考えると……それが“イヤ”ということはない。まるでそんなことはないのだけど……むしろ逆なんだけど……。
気がつくと、並んで歩いていた2人の距離は少し開いていた。互いに上を向いて、下を向いて……先ほどまでは目を合わせて会話をしていたのに。
気がついたら、目を逸らしてしまっている。すると会話も止まってしまった。
やや離れて前方。坂道の先ではようやくロイダー夫妻が落ち着いたらしい。ミリストリアが優しく微笑んでいるので、そうなればジェットの側はあんまりどうでもいい。彼女が優しい笑顔でいてくれるならば、ジェットも決まって優しい気持ちになっているからである。
少し離れて先を行っていたロイダー夫妻。彼らは家屋や商店が立ち並ぶ坂道を先導し、やがて足を止めた。
……それはある家屋の前。茶色い外壁で見た目は地味だが確かに立派ではある。
3階建ての家屋は構えがしっかりと、奥行きもそこそこあるようで庭まで備わっている。右隣は何らかの商店のようだ。今は「臨時休業」の看板が掛かっている。
そして左隣は……これも立派な3階建ての家屋。赤い外壁にちょっと過剰な装飾が目立つが、それは家主の趣味というか美的感覚の賜物なのだろう。
茶色い家屋と赤色の家屋は壁がほとんど接しており、互いに窓から手を出せば容易に届く距離にある。
ロイダー夫妻は茶色い外壁の家屋の前で足を止めている。ジェットが鍵を取り出そうとコートのポケットをゴソゴソしているのは、ここが“ロイダー夫妻の家”だからである。
そうして鍵を取り出しつつ……ふと、ジェットは気がついた。
隣の赤くて過剰な装飾の家。そういえば以前はこのように派手なものではなかった。数年前の話だが……もっと質素な外観だったとジェットは記憶している。倹約家の老夫婦が住んでいて壁の色も暗い緑だった気が……。
何か違和感がある赤色の家屋。よく見るとその前ではモコモコなパジャマ姿で掃き掃除を行っている人がある。その人は眠そうに欠伸をしながら落ち葉などをホウキでチリトリにおさめていた。
昼の太陽が煌々(こうこう)として陽射しが眩しい。それを反射して“銀縁の片眼鏡”が「キラリ」と輝いた。
掃き掃除をする人。それを「ボ~っ」と眺めていたジェットだが……片眼鏡の煌めきを見て「アッ!」と声を零す。すると、掃き掃除をしている人もまた「ん?」と顔を上げた。
それから数秒――――数秒経過した、その時である。




