「オラはモンスター(心の天秤ー後編)」
昔々……ある村が野蛮な人々に襲われて焼き払われた。その有様は凄惨としたものであり、平穏だった村は瓦礫と灰の無残な光景と化したという。
村の人々は全員が死んでしまったと思われていたが……たった1人だけ、生き残った少女がいた。
その子は炭と化した母親の隣で泣いているところを発見されたらしい。
瓦礫の中で発見されたその子は母親の近くから離れようとしなかった。助けに来た人は彼女にその場を離れようと言うのだが、少女はただ静かに泣いて離れようとしてくれない。
助けた人がしばらく困っていると……不思議なことに、少女の瞳がぼんやりと輝き始めた。
その時は助けた人も、女の子自身すら何が起きているのか解らなかっただろう。
――少女はその村のことが大好きだった。そんなに大きくない村だけど、みんな顔を知っていて協力しあっていて……平和な村でずっとみんなと一緒にいたいと願っていた――
その願いはある日、予兆なく唐突に破滅して全てが灰となった。
そうした強い悲しみが切っ掛けとなったのか? それとも、瓦礫に埋もれても無傷であった時点で変化が生じていたのか?
解らないけど……少女はその日に最初の“魔女”となった。魔女となった彼女が自分の力を制御できるわけもない。だから、無意識にただ“一緒に居たい”と願うまま……。
村だった世界に漂う命の欠片を、その身に吸収してしまった。
後に少女だった彼女は言ったという。
『これはきっと女神の呪いなのよ。気ままに悪戯をされて、私はこんな怪物になってしまった……悪いのは私かしら?』
自嘲気味にそう語ったという最初の魔女。
彼女はその後、行方をくらませて現在も生死不明とされている。150年ほど前にとある勇者が彼女に挑んだという伝説が残されているものの……それもまた、彼の生死と共に不明な話である。
彼女のように魔女のことを“女神の呪い”という人もいるし、むしろ“女神の加護”だという人もいる。
得体の知れない力に対して人々は女神を引き合いに出しがちだ。普段は信じてもいない連中すら何かあると「女神のおかげ」「女神が悪い」などと言ったりする。
ダリアは良い、明確にブローデンとして誰もがその存在を疑わないからだ。人々は姿無きものなら何を言ってもよいと思っているのではないだろうか。それとも、知らないからこそ好き勝手言うのであろうか。
だから心の怪物だって“女神のせい”らしい。『装怪者は女神に悪戯された存在なのでは?』だなどと……それもきっと、最初の魔女が余計なことを言った影響であろう。
そんなもの、こっちが聞きたいくらいだ。
|オレらはモンスター!!|
「・・・・・え?」
「ハイ、どーぞ! 暖かいうちに、お食べになってね☆」
確かに暖かそうだ。テーブルの上に置かれた“モノ”からは熱量を感じられる。
揺らぐロウソクの火。その傍らで照らされているのは……“パン”。いや、それはそうなのだが……。
「・・・・・。」
シャワー上がりでまだ水気のある黒い髪。得体の知れないモノを前にして下がったまゆ毛。どうしたらいいのか解らずへの字に曲がった口……。
少女アルフィースは困っていた。それはシンプルに目の前にあるモノ――食べ物に対してどのように向き合ったら良いのか解らないからである。
「えへへ、人に料理出すなんていつぶりだろう。んでもサマちゃんさ、さっきも言ったけど……こういうの得意じゃないから。ごめんね、こういう“ありきたり”な感じのしかできなくって♪」
そう言って照れくさそうにしている占い師サマード。前髪を弄りながら頬を染めている彼女のことをチラリと見上げて、少女はまた目の前のモノに視線を落とした。
アルフィースにとってそれは初めてのモノだ。テーブル上にある食べ物は“パンを真ん中から切って開き、その中に何か麺を詰め込んだ”存在である。しかもアルフィースはまずその茶色い麺の正体が解ってすらいない。
それは【焼きそばパン】という食べ物だ。焼きそばとは、簡単に言って鉄板の上などで炒めるように焼かれた(主に)太い麺である。
――焼きそばの起源を辿ると、数十年前に海の先に住む民がこの国へともたらしたものらしい。それを誰かが「パンってすごいからコレを試しに挟んでみよう」とやってみたことからこの食べ物が生まれた。
焼きそばパンはマナリュアの港が発祥とされており、港の名物となっている。異常なほど格式にこだわる現在の唯一帝、レイヤ=ブローデンが実はこっそりと食べているのではないかと噂されるほど、帝域ではメジャーな食べ物である。
「えと……はい、あの……いただきます。けど……あの……うぅん?」
そうした帝域の定番食を前にして、アルフィースは非常に渋い表情で戸惑っている。一体どうしたことか……何か不満だとでも言うのであろうか?
不満はある。食べず嫌いに見た目で判断している……こともあるだろう。何せパンに麺を「ガサッ」と詰め込んだようなものだ。少女はこういった状態になった食べ物を見たことがないし、想像したこともない。
しかし、せっかく善意から出された料理である。そうした人の優しさに対して手も付けずに「いらない!」とはしたくないと考えてもいるらしい。
だったら食べてみればいいと思うが……それが問題なのだ。
ナイフもフォークも無しに、いったいどうやって食べればいいのだろう……? それが少女アルフィースにとってはまるで理解できない。
「あれ、どうした? そんな遠慮はいらないよぉ、この家に連れ込んだのは私なんだし……どうぞどうぞ、食べちゃって☆」
「はい……すみません。あの、できればナイフとフォークをお借りしても……よろしいでしょうか?」
「えっ、ナイフとフォークを!? ……って、いいけどさ。ちょっと待ってて、持ってくる」
「ありがとう、助かります」
意外そうな反応をみせた後、占い師サマードはナイフとフォークをテーブルに置いた。
皿の上にのっている焼きそばパン。少女にとってそれは食べ物として異質なものだが……香りは良い。実際、お腹はとても減っている。
アルフィースは意を決して一口食べてみた。
「・・・・・・・あれ??」
「お? ど、どうした……?」
パンと麺を少量ずつ、口に含んで食べてみたアルフィースはキョトンとして固まった。
その様子を見守る占い師はやや緊張した面持ちである。なんとなく少女が食べることに戸惑っているのだと察していたので、なにかマズイことでもあったかと不安があるらしい。人のために料理をした記憶がほぼ無いサマードは自信がないのであろう。
そうした不安な眼差しが見守る中。固まっていた少女が2口、3口と食をすすめ始めた。
お淑やかかはともかくとして。ガツガツと焼きそばパンを黙って半分くらい食べた少女。
終始驚いたような表情だった少女は一度フォークを止めると、テーブル横で不安そうにしている女性を見上げた。
そして、笑顔をみせて言う。
「――おいしいっ! コレ、美味しいです。見た目がちょっとどうかなと思ったし、ナイフもフォークも無くってどうしようかと思ったけど……でもでも、食べたら美味しかった! これってなんて料理ですの??」
「え゛っ!? ……あ、ああ、そりゃ~よかったよ! そうかい、美味いかい、知らないかい……これは焼きそばパンさ。ああ、そうか……」
「やきそばぱん? へぇ、すごく独創的な料理ですわね! この挟まっているのがやきそばってことかな? 少し味が雑な感じしますけど……その豪快さが食欲をそそりますわ!」
「……へへっ、そうかい? これは帝域だと割と一般的なモノさ。ここだと他にもこういった食べ物が色々あるから、是非とも君に食べてもらいたいものだね」
「他にもこういった食べ物がございまして!? そうですわね……帝域の食べ物も中々悪くないかもしれませんわ!」
「そりゃ~良かった。でもそうか……焼きそばパン、知らないか……」
嬉しそうに残りの半分をガツガツと食べるアルフィース。
可憐な少女の元気な食事風景――占い師サマードは微笑みながらも、そこに少しの寂しさを覚えていた。
……空になった皿がテーブルの上に置かれている。食事を終えたアルフィースは古い椅子の上に腰掛けて背もたれに身をあずけていた。
アルフィースはすっかり落ち着いたらしい。お腹にモノが入り、明日に目標ができて……しかし、薄暗い天井を見上げていると、彼は今頃どうしているだろうかと考え込んでしまう。
心配している、心配するに決まっている。だって彼は今、檻の中に居るのだから。早く会いたいし、早く出してあげたいし、だけどそれはできないらしいし……。
占い師の言葉を信じてとにかく明日を待つしかないのだが、それにしても気になって中々眠ろうという気にはなれない。
『奥に寝室がある。私のベッドがあるけど、普段あんまり使ってないからね。今日もここでテキトウに寝るから、どうぞ使ってちょうだい?』
――と、占い師は言ってくれた。しかし、独りで寝室に行くことすら心細い。
声を出せば聞こえる距離に彼が居ないから……。
「…………。」
そうして天井を見上げて座る少女の姿。それを横目に見ているのは、確かにテキトウに重ねた箱の上に座っている占い師サマード。
窓越しに入る薄っすらとした電灯の光に女の横顔が照らし出されている。咥えたパイプの先から煙が漂って昇っていく。
紫に彩られたくちびる、静かに零される白煙。
左手には読みかけの書物、ピンクのネイルに描かれた銀色の細工。
横目に見るのは――――寂しそうな少女の姿。
サマードは読みかけの書物を閉じると、それを窓枠に立て掛けた。そして少し前かがみになって問う。
「――やっぱり、彼のことが気になる?」
その問いを受けて。呆然と天井を見上げている少女が応えた。
「うん……心配だもの。ちゃんと満足に食事はできたのかしら? パウロったらたくさん食べるからね?」
「そりゃ、あの体格だからね。それでいて育ち盛りなんだから食欲も旺盛だろうし……」
「そうなの。彼ったら、私のぶんまで食べちゃうことあるのよ? あっ、もちろんワザととかじゃなくってね。そうやってうっかりとか……ほんと、目を離すと何するか解らないんだから!」
「色々あったんだろうね、旅の中で……確かにちょっと普通じゃないところありそうよね、彼って。力がどうとかじゃなくって、こう……素直すぎるというか、なんというか……もしかして気が弱い?」
「いや、そんなことはないッ!! ……真面目なのよ、それに優しいから大人しく思われてしまうかもね。でも、ちゃんと言うときは言うのよ? ”ここは違うらろ!”って。どんなに怖そうな人でも、悪いことしてると思ったらハッキリ言う。それで戦っても強いし……だけど、突然に無茶をするのは良くないわ。それは直してほしいわね!」
「ハハハ、君も苦労したらしいな。おっとりしてそうだけど……パウロくんはそんな無茶するような人なの? ああ、今日のはノーカウントってことにしてさ?」
「ええ、すっごい無茶するわよ!? いきなり崖から飛び降りて川の中に入ったり、朝起きたら牛さんと戦っていたり、カイルみたいな強い人と殴り合いを始めたり……まったく、見ているこちらの身にもなってほしいものですわ! …………でも、今日は……あの時は、なんかそういういつもの無茶とは違って…………怖いくらいだった」
「そりゃ、そうさ。だって“アレ”は“パウロくんじゃない”からね。いや、“パウロくんに混じっている”と言えばいいかな?」
「うん。パウロってばまるで違ってしまっているみたいに……え??」
占い師サマードの言葉。それを会話の流れで聞いていたアルフィースが違和感に気がつき、言葉を止めた。思わず視線を窓際に向ける。
視線の先。そこにある占い師は「ジっ」と少女のことを見ていた。
少女が言葉の違和感で思考停止状態にある中、占い師はかまわず言葉を続ける。
「いいこと、お嬢ちゃん? 装怪者と怪物の関係ってのは……存外、怖いものかもしれんのさ。だから君が今日感じた“怖い”って感情は正常なものだと思うよ」
「……なに、どういうこと?」
「聖圏の――セイデンではどの程度理解されているか知らないけどさ。どうもあなたは怪物を“自分の力”だとみなして、道具のように扱っているらしいじゃない? そんなの、危険で仕方がないと私は思うがね」
「…………あなた、何者なの? どうして知ってるの?」
「おいおい、何度も言わせるない。私は美人占い師サマードちゃんだって――」
「いいから。あの時もどうして名前までって……それが私の故郷や装怪者のことまで知っているのはさすがに変よ。それも占いの力だって、そう言いたいの? もし、これ以上隠すようなら私はここに居られないわ。すぐにでもパウロに会いに行く!」
強まった不信感……アルフィースは鋭い視線で占い師を見た。そうした視線を受けて、サマードは「やれやれ」と視線を落とす。
「――ふっ、さすがに無理か。そうね、私は美人占い師サマード……なんてのは昔使ってた表向きの口上だよ。・・・なに、占い? そんなのできないわよぉ。さっきの水晶玉は単なる投影魔術さ」
「占い師は嘘。つまり、あなた……」
「そう、私の正体は――」
薄暗い部屋の窓際。電灯の光に照らされた横顔。「ニヤリ」とした口元に光るピアス。
怪しい女を睨み、椅子から立ち上がるアルフィース。今にも逃げだしそうな少女に向かって、占い師(嘘)サマードが真実を告げる――。
「そう、私は――――帝都治安局管轄“特異課”所属、国家指定契約魔導士にして、特異保護館美人受付嬢兼美人調査官こと、生粋の帝都生まれにして魔眼使い…………そうさッ、私こそは受け継がれし秘術の継承者――――“三式眼のサマードちゃん”よッ!!!」
「やっぱり! 私を追ってきた聖圏の・・・・・え、なに? なんですって??」
「・・・・・えっ。なによ、もう一度? ……オッケー☆ あのね、私は帝都治安局管轄――」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいまし!? えっ、違うの? 聖圏の追っ手じゃない? 私を断じに来たわけじゃない??」
「は?? 何言ってんだい、そんなわけないだろ。バリバリの帝都っ子である私になんてこと言うんだ……。大体だね、いくら君が聖圏にとって異端だからって、こんな帝都の中にまで追ってくるわけない……追ってこないと思うね!」
占い師(嘘)サマードは実のところ【魔導士サマード】だった。それは受付嬢サマードなのかもしれないし、調査官サマードでもあるのだが……ともかく、彼女は自身の正体を現したのである。
「追っ手じゃなくって、ええと……ていとちあんきょくかんかつとくいかしょぞくこっかしていまどう――――ん、ちょいとお待ちになりまして?」
だがアルフィースはあることに気がついた。
そう、冷静になって考えると……“まるで答えになっていない”のである。
「あなたがその……そういった人だってことだとしても! だとしてどうして私達の名前や故郷、それに私が装怪者だってことを知っているのかしら??」
「ぬ? ああ、そりゃ……よいしょっと。“コレ”さ、こいつを読んだから知っている」
魔導士サマードは重ねた箱から跳び上がると、くるりと空中で回ってテーブル前に音もなく着地した。
この部屋の床にはこれも雑な様子で物が散らばっているのだが、彼女はその1つ1つの位置を把握できているらしい。本人にとっては使いやすい生活空間、ということなのであろうか。何かを踏んだりとか蹴とばすようなことはない。
サマードはテーブルの上に置いてある“1枚の手紙”を手に取った。そしてそれをヒラヒラとしながら答える。
「“ジェット=ロイダー”……彼がこいつを送ってきた。“たぶんそのうちそっち側に来るかもだから”――って、ふんわりとした指示のメモも付けてね」
「手紙……ジェット……ジェット=ロイダー、ですって?? えぇ……あの嫌味な人?」
露骨だった。その名を聞いたアルフィースは過去を思い出して表情を歪めている。
隻腕の彼とはしばらく会ってはいないが……悪い印象は変わらないままらしい。むしろ悪いまま熟成されている感すらある。
「そそ、その嫌味で上から目線な人。ああ、いや良いところも探せばあるんだよ、失敬だな君は……」
「あの人の手紙って……でも、それだって本当かしら? そうして見せたふりをして……そういうことだってあるでしょ?」
「なんだい、疑り深いなぁ……っても、私が最初に嘘ついてんだからね。最もだ。いや~、でもこれ最後に“あいつには見せるな”って書いてあんだけど……」
「フゥ~~ン。じゃ、見せてくれないんだ?」
「ううん、これは・・・・・仕方ないよね☆ はい、じゃどうぞ御覧になって……」
「どれどれ……ま、たとえ見たとしても? この手紙自体があの人の名を語った偽物だってこともありまして…………はぁ???」
表情が曇った。渡された手紙を薄暗い部屋の中で「ジぃ」っと読んでいた少女。その表情は読み進める毎に険しくなり、読み終わった頃にはすっかり可憐さの欠片もない厳ついものとなっていた。
魔導士サマードは諦めたように苦笑いしてその表情変化を眺めている。
「どのように思われましたか、お嬢ちゃん?」
「……確かに、あの人っぽいわ。口調というか態度というか……伝わってくる。というか――“口が悪くて生意気なませた子供”ですって?? やっぱりそう思ってたんだ。解ってたけど……こうして秘密の文章っぽいものに書くくらいだもの、本心からそう思ってるのね! 何よ、こっちだってあいつのこと“口が悪くて礼節もない子供のような意地悪な大人”だって思ってるもの! よくぞこんなこと書いて……あの人、記者だかなんだかって言ってたけどさ? こんな人の記事なんて、どうせ嘘ばっかりに違いないわ!! んぐぐぐぐぐぐ……!!」
「メシメシ」と少女の握力によって手紙がシワだらけになっていく。
歯にも手にも力を入れて食いしばり、怒りと悔しさで顔を真っ赤にしているアルフィース。
そうなるだろうとは思ったけど、こうするしかなかったことを心の中で軽く「ごめんね☆」と謝るサマード……。
「一応フォローしておくと……そんな内容でもあの人なりに君たちを心配してるんだよ。だからこそ私が動けてこうして君と合流できたわけだしね。パウロくんの方にもこういう時のために奥の手が施されているからさ。あんまり悪く……いや、もう手遅れだろうけど。せめてそんな嫌いにならないであげてね?」
「……フンッ!! 心配してくれたってのはそうかもだけど……でも……でもでも、ウガウゥゥゥゥ!!!」
「・・・ま、これに関してはあの人が悪いってことで♪ まぁまぁ、それはそれとしてさ、納得してくれたかな。私が君たちのことを知ってた理由にはさ?」
「納得はそうですね……でも、サマードさん。初めて会った時、どうして素性を隠してたんですの?」
「え? ああ、それはだって“帝国の~”とか“治安局の~”とか言うと聖圏出身の君が警戒すると思ったからさ。占い師って感じなら話しかけやすいとも思ったし。それにちょくちょくあんな風にして人を騙してるから慣れて……いや、子供の頃の話ね??」
「・・・あなたも色々とわけはありそうですわね。でも、そうよね……ここまで良くしてもらったんだから……信じますわ。フウゥ……!」
サマードに関しての疑いというものは解消されたらしい。代わりに別の問題は生じたようだが……。
少女アルフィースは急に怒りが頂点に達したことで疲れたらしい。椅子に座ってぐったりとしている。
危うく本人不在にして感情が爆発しそうになった少女。どうやら落ち着いてくれたようだと、魔導士サマードも緊張が解けた様子でパイプから煙を吸い、大きく吐き出した。
近くで煙を吐き出されたのでアルフィースがこれまた嫌そうな表情をする。睨まれたわけではないが……気を遣ったサマードは「あっ、ごめん」と慌てて火を消す。
古びた椅子に座る少女。テーブルの角に腰をのせて立つ魔導士の女。
少し身体を傾けて、少女の表情は晴れない。
その理由を知る魔導士は彼女の姿を「チラリ」とだけ見て、瞳を閉じた。
――ロウソクの火が照らす薄暗い室内。そこにしばらくの静寂が続く。
やがて、少女が口を開いた。
「…………今日のこと。パウロがパウロではないって……どういうことなの? 確かに見たことないくらい怖い姿だったけど……間違いなく、パウロだったわよ?」
今は痛みがない。痛みはないけど、そこに虚しさを覚えて「ギュッ」と、胸元に手をあてる少女。
彼女の問いを受けて魔導士はゆっくりと瞳を開いた。そして身を屈めて床にしゃがみ込んで、火の消えたパイプの中身をテキトウに転がっていた缶の中に落とす。
葉の燃え残りを落としながら、魔導士は答える。
「――言った通りだよ。あの時のパウロくんはね……遠目に見ていただけだけどさ。君たちの境遇とかあの人の情報を合わせて考えれば……きっと、“半分壊れていた”んだろう。半分、別のモノだったんだ……」
薄暗がりにテーブルの影で座り込み、背中を見せた状態でそのように返す。
サマードの上着は丈が短く、胸元のやや下あたりから腰まで肌が見えている。季節によっては寒そうだ。
そうした彼女の背中を眺めながら、アルフィースが質問を続ける。
「それって、どういうこと? パウロが別の者って……混じっているって、さっきも言ったわね?」
「“怪物性の転移”――帝域ではそう言ってるんだけどね。君たちは知らないのかい? それとも教えられてない……どちらか解らないけど、拠り人が契約の対価に受ける代償だよ」
「代償……な、なにそれ? 拠り人って……パウロが、契約によってどうかなってるってこと?」
「知らんか。いや、あいつらが知らんはずないから……本来は教える前にきっと、消してしまうんだろうね。だから、教える必要がなかった……か」
サマードは立ち上がって軽く跳び、テーブルの上にふわりと腰を降ろした。
「ねぇ、アルフィース。心の怪物って何処に居ると思う?」
「何処って……さぁ? でも、痛くなったりするのは“ここ”だから……」
アルフィースは自分の胸に手をのせる。魔導士サマードは軽く頷いてみせた。
「そうだね……きっとそこにも居るんだろうけどさ。でも、そこだけじゃないんだ。正確には……と言っても全て解っているわけでもないけどね。まぁ、ともかく……どうやら心の怪物ってのは君のそこと……“彼のそこ”。その間に存在しているらしい」
「え? ……パウロにも、怪物が??」
「よく言われるのは“天秤”。君と彼の人形が乗った天秤をイメージしてみてよ。それらが乗った左右の皿の真ん中に支点と共に立つのが怪物さ。あくまで印象として“そういう考え”って話だから深く思わんでもいいよ。なんとなく思い浮かべてみてくれ」
「天秤……その中央に怪物が……左右に、私たちが……?」
「君らの怪物の姿は知らんけど、まぁ人間に近い形なら腕を広げて立っているとでも思えばいいんじゃない? その左右に君らが乗った皿がある。だからさ、厳密には心の怪物ってのは心の中に居るってより……君らと手を繋いで立っているってのが真相に近いのかもね。心の中に居るってのもそうなんだろうけど……」
「……私だけじゃない? パウロにも、だとすると……ずっと、彼も怪物と接していた??」
「おっ、その通り。君は怪物を抱えて生きているわけだけど、パウロくんもまた、怪物に腕を掴まれて……いや、今はもう背中にしがみつかれているくらいかもね」
「そんな状態…………パウロは、大丈夫なの?」
「今日の彼の姿を見てさ、大丈夫だと思う?」
アルフィースは目を大きく見開いた。今日、その身を壊しながらも戦い続けた彼の姿が蘇る。
そこに見た彼の姿は少女にとって黒く、棘々しくて……まるで怪物のようだった。
「怪物性の転移ってのはつまり、拠り人の心に怪物が迫っていく現象なんだよ。……そんで、最後はどうなるかって? 手を繋ぎ、肩を掴み、背中にのしかかり……そして口を開いた怪物は拠り人の身体を喰らって――」
「――――ダメッ!!! イヤよ!!! そんな……パウロが……うぅぅ!!?」
椅子の上に座っていた少女が震えはじめる。うずくまって椅子から落ちそうになる少女を見て、サマードは「ヤバい!」と瞳に赤い光を宿す。
しかし……少女の震えは止まった。自ら胸を叩き、痛みを抑えながら……呼吸を大きくして、整える。
少女アルフィースは顔を上げた。まだ落ち着ききらない呼吸で魔導士の姿を見る。
「――どうしてなの? どうすれば、いいの? これ以上……パウロを傷つけないためには、助けるためには……お願い、私はどうすればいいのか教えて!?」
涙は流れている。瞳から涙は溢れているが……少女の目に力はあり、表情にも凛々しさが感じられる。
魔導士サマードは彼女の表情を見て……「必要ないか」と、その瞳から赤の光を取り払う。
「君さ、大したものだね。うん、まぁ、ちゃんと対策はあるし……きっと今からでも手遅れではないよ。ご希望通り、順に教えてあげよう」
「本当!? お、お願いいたします……」
アルフィースの縋るような顔を見て、サマードは優しく微笑んで頷いてあげた。
「ではまず、そもそもだね……転移ってのは天秤が傾くことで生じると言われているんだ。つまり、下がった天秤の皿に怪物が乗っかるようなものかな。あるいはそっちの方に近づくというか……」
「天秤が傾く……それってどうして?」
「そりゃ、決まっているだろう……“重さ”だよ。片方の重さが増してしまったり片方が軽すぎたりすると、当然天秤ってのは傾くだろう?」
「えっ。ということはパウロが重くなっている……太っている、ってこと??」
「いや、そうじゃない。心の話だよ、心のさ。つまり想いが……相手に対する感情が重くなったり軽くなったりすると、天秤が傾くんだ。今現在はともかく、君らは旅の中でしば~らく、パウロくん側に大きく傾きっぱなしだったんじゃない?」
「心の重さ……あれ? それってどういう……感情が重い……それって?」
「だから感情だよ。相手のことを思う……ようは“好き”ってことだよ。君のことが好きで好きで好きで、大好きでたまらないからさ。それでパウロくんの方にガクッと天秤は傾き続けていたんだろうね」
「あ、そういうこと。私のことをパウロが・・・・・・・・・・ッウパ!?!?!?!?」
口も目も開いて、驚愕の表情。おおよそ可憐もお淑やかも感じられない。
少女アルフィースが現在、そのような表情で硬直してしまっていることは彼女自身も理解できていない。というか何も考えられていない。ただただ脳内に「!?」がたくさん並んでそれに埋め尽くされているのである。
“凄まじい”という表現が適切か……。
薄暗い室内でロウソクの火に照らされた凄まじい表情の少女。そのような存在を見ている魔導士は「コホン」と咳払いをして、構わず話を続ける。
「ま、そういうことだからさ。どちらかの想いが強すぎたり軽すぎたりすると転移が進みやすいってことなんだ。最悪なのはどちらかが大好きなのにどちらかは大嫌い……いや、興味無いってのが一番マズイかな。そんな状態だと短期間でもガンガン、怪物は拠り人にしがみついてくだろうね」
「・・・・・・!?!? ・・・・・・・・???? ・・・・・・・・・ッ!!!?」
「……そんでね、その上でさらに悪いのはそういう状態で突発的に装心する――ああ、帝域ではそう言うんだ。聖圏はどうかな? まぁ、ともかくその状態でいきなりキスして物理的に怪物化させちゃうと最悪も最悪の最低なんだよ。
実際、いくら天秤が傾いていてもさ、怪物ってのはそうそう急に拠り人を浸食しないみたいなんだ。だけど、装心による怪物化は普段とは比にならないくらい入り込んでくる……それはそうだよね。なんせ、身体が変わってしまうほど怪物と拠り人が接するんだから。もう見るからにノーリスクなわけないじゃない?」
「・・・・・・ッパ、ウッ・・・・・・??? え゛・・・・・???」
「…………あのさ、そろそろ戻ってもらっていいかね? こっちもこの辺り大事だと思うし、ちゃんと聞いてもらえると助かるんだけど……二度手間は嫌だよ?」
「・・・・・ッグ!? ハァ……フゥ……ま、待ってください。ごめん、私……パウロぉ……!?!?」
どういった感情なのか。薄暗い灯りでも解るほどに真っ赤な少女の顔。火でも吐くのかと思うほど荒い呼吸。視点が定まらない様子で自分の頬を両手で抑え、椅子から降りてしゃがみ込む。
落ち着きがまるでない。そのようにしながら悶える少女の様子はさながら、かつて謎の水を飲んでのたうち回ったパウロが熱を放出していた様を髣髴とさせるものだ。
「うぅぅ……パウロ、あなたってどうして……だって、私はあなたを騙して、あんなに命じて……嫌われるくらいだったのに……そうなってもいいって、そんなつもりで最初は……でも、今は…………あうぅぅぅ!」
「・・・ま、良かったじゃない? ある意味では怪物のおかげで知れたわけだ、彼の本心ってものをさ。これで目出度く“両想い”ってことで……ね?」
「うぅぅぅぅ……あなたの話が本当なら、確かに……私だって彼のこと大好…………へぇあ???」
「・・・いや、そこで戸惑うんかい!? あのさ、今日のこれまでだけでも十分伝わっているから。隠すつもりもないだろうよ、あなたが彼を“好き”ってこと……まさか隠してるつもりなの、それで??」
「――――。」
「これは驚いたね……自覚無しかい。あれだけ彼のために必死になって、こうして感情が激しく動いて……別に隠す必要もないだろうと思うけど、それで自分の中に秘めているつもりだったのか」
「――――。」
「いや、そんな睨まれても……解かっちゃうものはしょうがないだろう? というかバレたくないならもっとちゃんと隠しなさいって。そうしない君が悪いのではないかね?」
「――――。」
「・・・・・やれやれ、不貞腐れるのは勝手だよ。まぁ、とにかく聞いてくれ。そんでなんだっけ……ああ、そうそう。天秤が大きく傾いたままの装心は危険って話だけどね。元々大きく傾いてるならもう、どうやっても無理だろうけどさ。そうでなくたって、普段の感情ってのは揺らぐものだろう?
例えば朝に喧嘩をしたとか、ちょっとすれ違いがあって怒っているとか……そうした一時的に傾いた状態での装心だって危険は変わらないんだよ。だから、装心の時ってのは大体、互いに心の重さを揃えようとする。転移を知っていればもちろんだし、そうでなくとも本能的に行う場合も多いらしいね。
お互いに見つめ合って会話して……同じ高さに揃えるというか、高め合って同じくらい重くするというか……ともかくそうして、互いの気持ちと目線が合ってからキスをするといいんだ。いいってのは“安全”って意味でね?」
「――――気持ちを、同じ重さに……目を合わせて、会話して……?」
「そうそう。そうすることで“怪物性の変調”にも影響がある。お互いの想いが重いほど、怪物の特異性ってのは強大なものになるらしいんだ。特異性ってアレだ、なんか怪物になると物凄い爆発を生じたり周りを滅茶苦茶重くしたり……そういう不思議な力だね。それが感情によって強くなったり弱くなったりするのを変調ってこっちでは言ってるのさ」
「特異性……私たちの力は……棘や枝を伸ばす? いや、なんか吸っていた気がする……そっちかな? よく解らないけど……」
「おや、まだ自覚できてない? ……まぁまぁ、ともかくね。そうして変調ってのは装心の安全性を測る目安にもなるんだよ。元が光ってたりすると解りにくいけど……大体悪い装心すると真っ黒になったりするね。逆に眩いほど白かったりすると良い装心だと言われている。例外もあるかもしれんがね? ああ、強い弱いってのは別の話だよ。これは片方の想いだけが桁外れに強くても特異性自体は強烈に作用する事例があるからさ。良い力だとは言えないけど……」
「真っ黒……私たちは、最初と次が……真っ黒だったわ」
「あちゃ! つまり一番天秤が傾いていた時に一番やっちゃいけない装心をしたってことか。そりゃ~……よくぞ、今までパウロくん無事だったね。彼って何者なんだ? ああ、スローデンか……いや、それにしたって……」
「つまり……私のせいってことなの? パウロがああなってしまったのは……私が、無茶なことをしたから……」
「……君はまた泣くだろうけどね。ハッキリ言うよ――――その通りだ。君が無理やりしたんだろう、それもまだ好きとかない時にさ……それが彼の心を壊した。それによってすでに危なかったはずの彼の心は、この場所に至って何かを切っ掛けに決定的に砕けたんだろう」
「…………私が……パウロを……私の……せいで……」
「ああ、そうだね…………で、どうする? それでも彼は戻ってきたみたいだが? 君が叫んだ想いを受けて彼は怪物を振り払った。自分の身体に喰らいついていたであろう怪物を、君の声に応えて追い返したんだ」
「…………。」
「あれほどに転移した場合さ、普通はあのまま心を怪物に食われて戻ってこないんだよ……本能が剥き出しになって、人ではなくなってしまうはずだったんだ」
「…………どうすればいい? 私は彼を助けたい。一緒にじゃなくなれば、いいのかな……?」
「ん~~~、逆だね。離れたところで心の怪物の位置ってのは変わらないし。それに……解ったよ、やはりこうして話せて良かった」
「なに、どういうこと?」
「君がさ……あの人も書いてたけど、“利用している可能性”ってのがあったわけだ。ただ力だけを使うために、彼をさ……どうやら最初はそうだったんだろう?」
「…………ごめんなさい」
「それは私に言うことじゃないね。ま、今もそのままだったらさぁてね、どうしたものかと思ったけど……違ったからね」
「…………うん」
「そうさ。ちゃんと彼のこと“大好き”って、そういうことなら話は簡単なんだよ。ただ、会えばいいんだ。そうして2人、もっとたくさん顔を合わせて、話をして、色々なこと経験してさ……それだけでいいんだよ。
お互いの関係がハッキリしているのなら……お互いに好き同士ってんならさ。わざわざ言うことはないけど、そう感じられるなら充分。君らはここから、段階を踏んでハッキリさせていけばいい。そうすりゃ怪物も真ん中に戻っていく。
まともに好きだ嫌いだってやってんなら、怪物ってのはそう悪いもんでもない。能力目当てに人を、心を馬鹿みたいに扱わなければ……ちょっと強いペットちゃんみたいなものだろうさ。
――誰かは心の怪物を“女神さんの呪いだ~”、なんて言うけどね。私は実際のところそんな存在じゃない気がするよ。装怪者でもない女の、あくまで所感だけど……」
「……会って、話す? うん、そうね。彼に会いたい……会って、謝りたい……」
「そう? こんな真実を知ったって、彼は謝ってほしいなんて思わないとおもうけど?」
「ううん、そうじゃないの。彼ったら、今日の最後にね。あんな金色になってしまう前に……あんなに傷だらけになって、私のために戦って……壊れてしまいそうになりながら。なのに、私に“ごめん”だなんて……パウロったら、どうして? どうしていっつも……謝るのは、私の方なのに……」
「そう、か――――夜遅いけど、ちょっと予約入れてくる。窓口叩き起こして、“明日の朝一番に会いに行く”って……話付けてくるわ。アルフィース……君はもう休んでいなさい」
投げ捨てられていた鉄底のクツを履き、ロングコートを羽織りながら。魔導士サマードは指を鳴らして奥にある部屋のロウソクを灯した。ぼんやりとした灯りが家屋の奥から溢れてくる。
「なるべく早く君たちを会わせてあげたい。朝起こして“まだ眠い~”だなんて、そんなのはお姉さんが許さないゾ☆ ――じゃ、すぐ帰るから」
そう言ってフードを被ると、サマードの瞳が青く輝いた。
魔導士は「ガサガサ」と暗がりから慣れた様子で小さな薬の瓶を取り出すと、それをコートの裏ポケットに仕舞う。
そして彼女は振り返り、朗らかな笑顔を見せて片手をヒラヒラとさせた。
家屋の扉は開かれ、すぐに閉じられる。あんまり綺麗じゃない窓ガラス越しに映る夜の帝都城内。その片鱗が曇ったガラスに煌めいて――。
猫のようにしなやかな魔導士。それが一足に跳び上がって太いパイプの上へと消えていく姿が見えた。そうして「あっ」という間に帝都の夜に姿を紛らせ去った魔導士。
古い家屋に残された少女アルフィース。呆然と魔導士の姿を見送った彼女はしばらくそうしていた。
だが、気持ちを決めたかのように自分の頬を「パチパチ」叩くと、少女は立ち上がる。そして一度伸びをしてから灯りの点いた家屋の奥へと向かった。
少女アルフィースは寝室のさらにごちゃごちゃとした様子に「えっ」と引いた感じはあったが……そんなことを気にしている場合ではない。
そう、目の下に濃いクマなんてつくって彼を心配させないためにも。というか今日だけでもかなり疲労が積もっていたので……。
アルフィースは魔導士のベッドに横たわり、毛布にくるまって眠る。
スヤスヤと、これまでの旅にあった出来事が夢として……。
眠る少女の記憶から、次々と思い起こされている――――――。
|オレらはモンスター!!|
「おお、これは“ミスティック”殿! よくぞ参られたな、夜分遅くに感謝いたしますぞ! ささ、件の少年はこの先に居ります!」
「こんばんは。ご無沙汰しております、ガレードさん。夜分遅く……そんなことは気にしないでくださいよ。というかあなたこそいい加減に年を考えてですね……いえ、よしましょう。どうせあなたは聞かないから」
「・・・ん、なにぃ?? 今、なにか言ったかね元小僧殿??」
「ハハハ、別に何も? ……まぁ、幸い彼女の容体も落ち着いていますから。それに聞けば不思議なものです。得体の知れない大柄な少年が……城外の大通りで一体、どうしてそのような大立ち回りを? 何か事情があるなら解術士として興味深い話です」
「如何にも! あれは様子が普通では無かったからな……原因によっては事件が真犯人の捜査に進む可能性もある」
「ふむ……しかし近年は精神犯罪も証拠が残るし、リスクが多い。何よりその少年を大通りで暴れさせることに何か意味があるのか……本当に少年自身の精神的問題で事件が起きた線もやはり太いと思いますがね?」
「そうだとすれば、それはそれでこの少年の身元が問題となりますな。調べているが、帝都の資料にはそれらしい表記が無い。これだけ大柄な男なら何か目立った記録くらいありそうなものだから……やはり、外部の客人ですかな?」
「さぁね。それも含めて私が――――っと? これは……」
「お、どうなされた?」
「ガレードさん、あの“コレ”……コレって彼の……ジェットの皇製勲章でしょう? なんでこんなものがここに……?」
「ああ、それは少年が身に着けていたんだ。懐かしいよなぁ……お前さんは“なんでこいつが!!”って、真都にまで乗り込んで――」
「オォッホン!! ……しからば、嫌な予感がありますね。彼に関連する事柄だとすると……あいつのことです、奪われたとかそういうのはないでしょう。そんなガッカリさせるような奴ではない。だとすれば…………あれっ??」
「おお、今度はどうなされた?」
「いや…………え、その暴れた少年ってこの子ですか? この……大きな少年に間違いない?」
「はぁ、そうだが? なんだ、どうしたってそんな目を丸くしおってからに……」
「えっ、だってこの子……キャラバックの黒砦に居た……あぁ~~あ!?」
「なんだなんだ、どうなされたんだ。この少年に見覚えがあるのかね?」
「・・・コレ、捜査的干渉する必要ありますかね? あなたにだから言うけど……この子は拠り人なんですよ。それが暴れたってことは……怪物性の転移が原因である可能性が高い。しかしそれにしてはあの時、それほど悪い怪物化に見えませんでしたが……まぁ、深く彼らを知らないのでなんともですけど?」
「ナニ、拠り人……そうか。ならば怪物化によって喪失状態だったというわけ……いや、でも戻ったぞ? あれほどまでに自分を失いながら、今こうして大人しく膝を抱えて座っていられるものか??」
「だから、そこはどうにも……一応、調べてみますか? もしかしたら違うってこともあるし……ああ、だけど彼が意味もなくコレを渡さないか。何か、他にこれ以外で彼に関するものはありましたか?」
「このペンダント以外で……? そうだなぁ……ああ! そうそう、これに紙切れが挟まっていたんだが……なんかそれをさっき、治安局長殿が“片割れだから預かる”とかなんとか言って――」
「え、ロズ君が持っていった? ……なるほど片割れ、か。懐かしいじゃないか……ってことはこの子が帝都に辿り着くと見ていたわけだな。相変わらず良く言えば勘が鋭い男だが……こうして危険もあったわけだし、やはり私の美意識からは反する存在ですね。雑なんですよ、昔っからギリギリのところで橋を渡ろうとする……」
「なんだお前、ジェットの悪口を言いに来たのか?」
「いいえ、そうではありませんよ? ですがね……興が削がれました。彼のお気に入りということなら、もう彼に任せます。というかロズめ、そういうことは事前に言ってほしいものだよな。ではでは、私はこれにて――」
「む? どうされたミスティック……って、オイ! 本当にどうした!? まだ何もしとらんじゃないかお前、なのにどうして去ろうとする!? おいミスティック……おい、“チャールズ”!! 待たんかこの……いや、“もういい”ってだからどうして……アっ!?
――き、消えおった。仕事もせず本当に去る奴があるか! まったく……あやつは都合が悪くなるとすぐ霧になってしまいおる。
困ったものだ、本当にこいつらときたら……そういう子供っぽさは、いくつになっても変わらんものだな――――」
|オレらはモンスター!!|




