「オラはモンスター(9)」
暗がりの室内。時計の秒針が進む音。
ロウソクの薄い灯りに照らされた女の横顔。口元に光るピアス。そこに触れた指先、ピンクのネイル。
「――――んんっ??」
透明な水晶玉が「チカチカ」と、光のリズムで報せている。
ぼんやりと眺める女。水晶の点滅に浮かび上がる、目元の刺青。
「…………おおっ!?」
水晶に湾曲して映る緑の草地。そこに見える3人。
テントの前で話す大柄な少年と可憐な少女、それにみすぼらしい老人……。
「お早いねぇ、もうご到着かい? さてさて、良い子達はちゃんと覚えているかねぇ……」
革のシートが剥がれた椅子。浮かせた腰を再び落ち着ける。
それから数秒、暗い天井を眺めて煙をくゆらせる。そして逡巡……。
「……ダメ、やっぱり心配だ。祭りにゃ喧嘩がつきものと言うが……まさかね?」
ゆっくりと腰を浮かせる。放り投げられているロングコート、それは黒地に紫の文様。
吹き消されるロウソク、灯りを失った室内。窓には朧な電灯の光。
開かれた扉。朧な電灯の光に映されて、ロングコートのフードを被る。
金属が敷かれた靴底。鉄の調をざらついた石板にカチ鳴らして……。
閉められた扉。主の去った室内には静寂が残り――――――。
|オレらはモンスター!!|
破城門前大通りに舞い降りた翼ある者……昔の人々はそれを“天使”と呼んだ。
光の翼は流れる黄金の粒子で構成されており、耳を凝らせば蒸気が沸くような噴出音が聞こえてくる。
それは上半身裸の男性だ。黄金に光る仮面からは瞳の様子だけが窺える。
足元には金色の紐を編み込んだサンダル、下半身には長い腰巻を纏っている。動くたびに右の脚がチラ見える装い。
細身でありながら筋肉質かつ石膏の美術彫刻かのように整った肉体。長い髪は後ろで束ねているらしい。
日々の鍛錬と節制によって成された半身をさらして、光の翼を持つ者――帝都守衛の要たる【ヴァルキュアの闘士】がそこに立つ。太ましい少年は危機一髪、彼によって命を救われたようだ。
地に降ろされたイスパールの長男は「ヒ、ヒィィ、ゥヒィィ!」と、高貴な身形が穢れることも厭わず、公の道中で蹲っていた。
「…………。」
“それ”を視ている。無表情に、しかし血走った瞳で【パウロ】は怯えた人間を視野に捉えている。
ヴァルキュアの闘士は自身の背後に射し込まれる視線を察知して、それを塞ぐように立ち位置を変えた。すると己の背に寒気を覚え、視線の対象が自分に移ったことを実感する。
「――なんという気配でしょうか。本当に何者……皆さん、どうかもっと離れて! ここはこのヴァルキュアに任せてください!! 安全な場所に隠れて、興味本位に近づかないように!!」
背筋の寒気と逸る鼓動を感じながらも、冷静。ヴァルキュアの闘士は遠巻きに見ている観衆に向けてさらなる警戒を願った。
通りに大きな輪を形成して見守る群衆。それまでは怪物的な存在を恐れてほとんど散り散りと逃げたり離れたりしていたが、光り輝く者の降臨を見るやぞろぞろと輪を作って見物し始めた。「化け物退治だ!」「やっちまえ、ヴァルキュア!」などと歓声が上がったりもしている。
「困りました……見世物ではないし、本当に危険だというのに……この殺意は尋常ではありません。それにこの馬車の惨状からしてその力も――」
鋭い視線を感じながら、注意深く周囲を観察する。そしてヴァルキュアの闘士は気がついた。
やや離れた位置で仰向けに寝そべっている人……それは街の光で金属質な上半身が鈍く光っている。両腕は不自然な形になっており、どうにか呼吸をしながらうわ言のように「ゆるして……ゆるして……」などと繰り返しているようだ。
仮面の下にある瞳が「ギョッ」と強張った。倒れている存在が何者なのか……それは治安局に在籍する者なら当然しっているべき者だからである。
「あれは……“鉄腕ファルダード”!? あんなにボロボロになって一体何が……まさか!?」
あまりにも名の知れた“元”重罪人が、ヴァルキュア部隊としても警戒を続ける対象で、常人離れした実力を持つはずの男が……ボロボロになって倒れている。
信じ難い光景を見て一瞬、気を奪われた。そして思い出す。
ヴァルキュアの闘士は背筋に感じた寒気を思い出し、振り返った。そこには……ゆっくりと歩いて近づいてくる怪物的な視線がある。
「――――ッ!? ハアアアアア!!!」
光の翼を持つ者は気合とともにその翼を自ら無散させた。黄金の粒子が周囲に解き放たれ、眩しい光に観衆は視線を伏せる。本来の彼なら「強い光にご注意ください!」と周囲に警告してから行うだろうが……緊急の事態に余裕は無かった。
黄金の粒子を光の波動として解き放ったヴァルキュアの闘士。すると、裸だった上半身に異変が生じていく。
目の前にある闘士の変化と眩いほどの光を視て……血走った怪物的な瞳は閉じることなく、無表情も変わらない。波動に押されてほんの僅かに歩みが遅れたくらいである。
黄金粒子の輝きが落ち着くと、観衆はようやくそこにまともな視界を取り戻せた。チカチカと残光に苦しみながら彼らが見る者は――
「鉄腕ファルダードをたった1人で……? ならばここは、最大限の警戒をもってあなたを封縛させてもらいます。どうか市民方々よ、この場を退避してください!! 加減ができそうにありません!!」
そこには黄金の輝きを放つ鎧――鱗のように細かな金属片が寄り集まった“装甲”を全身に纏った闘士の姿がある。
黄金の闘士は右手に光の球体を形成し、それを引き延ばすように細く固めると大空へと撃ち放った。遥か上空で一条の光が炸裂すると、それは“報せ”となる。
黄金闘士ヴァルキュアに対峙するのは血まみれた怪物的な少年。大柄な少年は目の前で起きた変化などまったく気にしていない様子で、さらに一歩を踏み出す。
「……おめさも邪魔か。邪魔ならおめさも壊してやる……ぶっ飛ばしてやる。見てて、アルフィースつぁん。オラは君を、絶対に……」
仮面の闘士と無表情な少年。彼らの手が届きそうな距離に至った時――先に動いたのは黄金の闘士である。
「止まりなさい! 止まらないなら……容赦はしないッ!!」
左脚で大地を蹴り、装甲に護られた右腕を突き伸ばす。指先まで鋭く伸ばされたそれは槍の一突きに似た攻撃である。
怪物的なパウロは身を傾けてそれを回避すると、伸びた腕を掴もうとした。それを察した闘士は素早く腕を引き、縮こまる姿勢で屈む。そして胸の前で交差させた腕を今度は同時に突き上げた。
闘士が攻撃を繰り出す度に黄金の粒子が飛散する。そうした輝かしくも素早い一撃に対応して、パウロは大きく跳び上がった。
空中に浮かび上がった巨体が右の拳を引き絞る。地に立つ闘士は迎え撃とうと右手に光の球体を形成した。
しかし、歯が剥きだされた異様な表情を確認すると……「止められない!」と言い、咄嗟に飛退く。
――大地が抉られた。飛び散る石板の欠片、混じっている土の塊――
拳を地に突き刺した大柄な少年は舞い上がる土煙の中、ゆっくりと顔を上げていく。
折れている指など気にもせず、右の拳を大地から引き抜いた。敵を睨みつけるその表情には……いつもの彼の片鱗も見いだせない。
取り巻く群衆から歓声や悲鳴が沸き上がる。人々の声に、少女の叫びは紛れて……。
「……止めて……もう、“止めて”!! パウロ、ダメよ……これ以上、怪我をしないで……“私のところに、帰ってきなさい”!!!」
少女は叫び、命じる。しかし、まるで怪物的な存在は反応しない。
命じられることなく、命令が伝わっていないかのように……本能のままにただ、戦う。
「やってくれますね……ならば今度はこちらの番です! みなさんもっと離れて!! 離れてくださらないと……巻き込まれてしまいますよ!!!」
背中から黄金の粒子をまき散らしながら低空を飛行するヴァルキュアの闘士。その右手には形成された“黄金の槍”が握られている。
振りかぶり、地面へと投げつけられる黄金の槍。魔力を結集したシンプルかつ驚異的な魔槍の投擲が眼下の怪物目掛けて放たれた。
「…………鬱陶しいんだわ。邪魔……すんなやぁぁぁぁあ!!!」
半壊した精神、約束を妨げられた激しい怒り。
負傷によって呼び起こされる生命力、流される血に刻まれた記憶――。
パウロの右拳が握り込まれた。するとそこに青い血管のようなものが浮き上がり、同時に炎のような……これも青い息吹が少年の口元から吐き出される。
石板を削りながら振り上げられた右のアッパーカット。青色の火柱が刹那、誰も気がつかないくらいの一瞬にだけ少年を包み込んだ。
放たれた黄金の槍と打ちあがる少年の拳が激突。
槍は爆発を起こし、周囲に広く衝撃波が生じた。
少年の足元にある石板は浮き上がって砕け、円形に広がる衝撃波によって群衆が次々とよろめき倒れる。
太ましい長男の悲鳴は轟音で掻き消され、喉が痛むほどに発せられた少女の願いもまた、彼に届かず打ち消された。
黄金の粒子を空中に残しながら、ヴァルキュアの闘士が地に足を着く。その仮面の裏にある表情はどのようなものか……覗き見える瞳は見開かれており、飲み込んだ唾が喉を通る様子はある。
「……何が起きたんです?」
闘士の声が震えているのは“驚いている”からだろう。
ヴァルキュアの闘士は自身が放った槍の一撃による爆発に驚いているわけではない。確かに本来はこのような場で一個人に対して放つような代物ではないし、彼自身初めて実戦使用したのでちょっと驚いたことは驚いた。だが、そんなことはどうでもいいのである。
問題はそれほどのことをしたというのに……“まるで変わらず通りに立つ少年の姿”である。
爆心地にあったはずの人間は本来粉々になっていてもおかしくない。常識通りなら「過剰な防衛行為だった」と規則によりこのヴァルキュアは処罰されていたことだろう。
だが、そこには人間が原型を保ったまま……むしろ何もなかったかのように、少年が脱力して立っている。左右の腕から滴る血液は元々だ。
少年が上体を起こす。歯が剥きだされた口から僅かに、青い煙の残りが漂った。
異様で異常な少年である。怪物的な存在が瞳を動かして視線を突き刺すと、黄金の闘士は竦んで身構えた。
そこに――上空から舞い降りてくる4つの光。
「何事だ? 先ほどの爆発は……まさかお前、魔槍投擲をこんな場所で……」
「やぁれやれ、勤務交代かという時にえらいことなってんなぁ……祭りは3日後だぞ?」
「やりすぎだ、馬鹿者!! ……いや、しかし、これほどにしなければならない存在ということか? なぁ兄弟、どのように対処する?」
「我々ヴァルキュアは何する者ぞ? そう、治安を守り、帝都を守護する者である!! それがかようにして天下の往来を破壊してどうしたことか……日々を研鑽、質素倹約にしてこの身を磨くことはこのような行為のためでは断じて――――ムぅ??」
光の正体はその場に降臨した4体の黄金天使である。半裸の彼らは光の翼を広げて浮遊しつつ、現場の状況を見定めていた。
そのうちの1人が言う。
「おい、あれって……“鉄腕ファルダード”!? なんかボロボロになってるけど、一体何が……まさか!?」
思わず翼を掻き消して装甲を纏うヴァルキュアの1人。視線を向けられたヴァルキュアの闘士は「ち、違いますよ!あの人がやったんです!」と血まみれの少年を指さした。
少年は……身を屈めていた。
それまで戦っていた“敵”と同じような存在が増えたのである。今の彼にすればその全てが障害物としか映らないであろう。だから、これまでよりもさらに殺気立って唸り声を上げている。
この場に揃ったヴァルキュアの一隊。その中でも1人、赤色のスカーフを首元に巻いている男が状況を見てそれぞれに指示を飛ばす。
「まずはともかく、この場を鎮圧せねばならん。
マリュースはそこでひっくり返っている男を診てやれ、場合によっては搬送せよ!
エボンズと兄弟は民衆を遠ざけ、混乱がこれ以上広がらないように配慮、負傷者の確認も行え。一応増援も呼びつつ……後の展開を見据えて対処を行うように!
そして私と若造は続けて脅威への対抗を行う。しかし、どうにも対象の様子がおかしい……精神干渉による異常があるのかもしれない。可能な限り封縛を試みるべきだが……この状況である。殺害による対応も念頭に入れて立ち回るように……では、以上ッ。
各自適切に行動を開始せよ……全ては帝都平穏のために!!」
赤いスカーフの男がそのように指示を出すと「帝都平穏のために!」と他の4人が声を揃えて応える。そして各々が指示通りの行動を開始した。
散り散りに飛び立つ天使達。身を屈めていた少年は咆哮を上げ、怒りのままに駆けだす。
赤いスカーフの男が光の翼を無散させる。竜鱗と称される装甲が彼の身体を覆うと、仮面の奥にある瞳に白金の輝きが灯された。それと共に全身から黄金の輝きが漂い、その身を包んでいく。
赤いスカーフに刻まれた“1”の数字はヴァルキュア1番隊を意味している。スカーフの存在はその隊長である証だ。
迫りくる脅威を迎え撃つ。ヴァルキュア一番隊隊長は右手を眼前に、左手を腰元に置いて身を斜めに構えた。
「この圧力……久方の大捕物か。よかろう、帝都の誇りと共に、ヴァルキュアが貴様を捕る!!!」
放たれる怪物的な一撃と黄金の煌めき。空気を唸らせて奔った少年の右拳は受け止められ、懐へと潜り込んで突き出された黄金の掌底が少年の腹部を撃った。
染み込むように金へと変色するパウロの脇腹。だが、衝撃によるダメージはさほどないようで、すぐに少年は掴まれている右腕を強引に振りぬいた。
振りぬかれた衝撃によって砕ける左腕の黄金装甲。だが、それは見る間に煌めく粒子によって修復されていく。
弾かれた左手を振るって痛みを緩和するヴァルキュア部隊隊長。その背後から跳び上がる光の闘士――若きヴァルキュアが空中で黄金の粒子を破裂させ、それを推進力として蹴りの一撃を振り下ろした。
蹴りは少年の胸元に直撃、巨体を若干に後退させることに成功。輝く一撃を受けた少年の胸元はこれも金に変色したが……それは次第に薄れていく。
「――――ウゥゥウオオァアアアアア!!!!!!」
人の声になっていない。怪物的なパウロは叫んだが、それは痛みとか苦しみとか、そのような感情は微塵も混じっていない。
直向きに純粋な“憤怒”。目の前にある邪魔な物を排除したいという破壊衝動、それを本能のままに咆哮しただけである。
――あの子が殴られた。あの子が傷ついて涙を流した。護らなければならない。
たとえ自分が壊れたとしても、たとえ自分が怪物になったとしても――
約束だから? 違う、護りたいから。交わした言葉ではなく、そう感じる理由は……。
「お願いよ、“止まって”……“止まりなさい”って!! ねぇ、パウロ、聞いてよ……私の声が聞こえないの? もういいのよ、そんなに怒らないで……私のために……私が叩かれたから、あなたはそうなってしまったの??」
いくら叫んでも届かない。観衆の雑音はあるにせよ、届かない距離でもないだろう。
なのに彼は聞いてくれない。これほど命じているというのに、命じられてくれない。
思い通りになってくれない。まるで言葉を理解できない怪物になってしまったかのように……少年の姿が、少女には黒い茨の化け物に見えている。
初めて出会った日も彼は真っ黒な木の怪物になった。でも、言うことは聞いてくれた。なのに今は……。
胸が痛い。身体の奥から「ズキズキ」と、何かが騒いでいるように痛みが響いてくる。
血しぶきを飛ばして邪魔者達を殴りつける黒い怪物。殴られ、蹴られ、輝く矢が突き刺さってもまるで止まらない。身体の一部が黄金に染まっても、そんな自身の変化など気にせず、恐ろしい形相で戦い続ける……。
壊れてしまう――いや、ほとんど壊れている。それは身体的な意味ではなく、彼の心のことである。
パウロという人の心が別の何かに置き換わって、この世からいなくなってしまいそうだ。
少女アルフィースは手を伸ばす……しかし、届かない。
遠ざかっていくかのような少年。流血した彼の瞳から赤い涙が流れていく。
少女は見ていることしかできないのであろうか? こんな時だって自分は無力にこうして泣いていることしか――
|抑制力は人を思い通りに制する力ではない。人を本能から護る為のものである|
――嫌だと思った。アルフィースは彼が失われることを許せなかった。そうして強く想った彼女の記憶から、暖かい感触と共に“彼女”の言葉が思い起こされる。
そう、少女は思い出せた。
あの時聞いた言葉……その時はよく解らなかった。
あの人が言っていた。真剣に伝えようとしてくれていた言葉の意味が……まだよく解らない。
まだよく解らない、けどーー
(ーー私だってそうよ? いつもいつも言ってもらってばかりだったけど……でも、私だって“護りたい”って……何よ、どうしてですって??)
自分で言って、自分に問いかけられた。そんな決まり切ったこと、どうして聞くのかしらと、自分に応える。
(だって……だって大切だから。彼が大切な人だから……私にとって特別な人だから…………“ 大好き ”だからって、そんなのとっくにハッキリしていたでしょう!? いちいち聞かないでくださいまして!!?)
流れていた涙がポロポロと、さらにたくさん溢れてくる。もうまともに見えないほどに視界はぼやけてしまった。
だけど、そこに映る彼の姿に向けてもう一度……叫んで“命う”。
「パウロ、だからもう止めて!! あなたが傷つくところ、私はこれ以上見たくない!!
大切だから……あなたのことが大切だから、だからもう……もう止めて、“戻ってきなさい”ってば…………パウロぉぉぉ!!!/
ーーその時、心の糸が張りつめられたーー
/!!? ・・・・・アルフィース、つぁん??」
止まった。左腕を振りぬいた姿勢でパウロ少年は停止した。大柄な少年はキョトンと、瞬きをしながら振り返る。
そこで少年が目にしたものは……座り込んで泣いている少女の姿だった。
彼女は自分を見て泣いているらしい。ならば流れる涙の理由をパウロは考える。護らなければ……彼女を泣かせたのは何だ、誰があの子を泣かせた?
「んだわ、さっきのやつがアルフィースつぁんさ叩きおってよ。ほいで……ほいで、オラさなしたん??」
彼女は自分を見て、自分に何かを訴えるように……“誰を見て”泣いている?
「いぁ……ましゃかよ? そんな……“オラ”……か? オラが……いぁ、らってオラはあん子を護りてぇって、君さ悲しませることなんてぜってしねぇってさ? そう、約束してっけよ。だっけオラが君を――」
ふと、視線を落とす。眺めるとそこには大きな手だ。自分の手が視界に映るが……そのなんと不気味なことか。
血まみれで、右手の指は何本か折れてひん曲がってしまっている。
「い、痛ぇ……! ハ、ハハ……んでもオラ、オラは……オラが……オラが君を――」
痛いと感じ始める。それは指もそうだし全身もそうだ。脇腹に空いた穴から出血は大量で、そのことに気がつくと膝が「ガクッ」と揺らいだ。
でも、そんなことではない。痛むのは――
「――ましゃかよ? オラが君さ、泣かしたんか? オラ、こんなんなって……君を不安にして、怖がらせたんか??
そんな……らってオラは……オラはただ、君さ護りてぇって、ただそんだけを……」
切れた口内に血が溜まり、少年はそれを吐き出した。砕けた石板の地面に広がる鮮血。その光景を見た少女はさらに泣き悲しみ、両手で顔を覆った。
パウロ少年は立ち尽くす。血まみれの姿で呆然と、泣き悲しむ少女の姿を見ている。
少年の表情はすっかり青ざめていた。自分がしてしまったことへの自覚が芽生え、絶望的な恐怖と悲しみが心を暗く染め上げていく。
そうして大柄な少年の動きが止まった。怒りを失い、まるで気が抜けた様子で力なく立っている。
「――おい、若造!! しっかりしろ、気を失うな、立ち上がれ!! 自分の身を護るんだ、逃げてもいい!!」
腹部を抑えて蹲る若い闘士。その姿に喝を入れるようにヴァルキュアの隊長は声を張り上げた。
「ぐっ、まともにもらってしまいました……が、まだ動けます! まだやれますよ、戦います!!」
若い闘士は言葉とは裏腹に立ち上がるのもやっとという具合だ。砕けた装甲は修復されているが、腹部に負った傷は軽くないらしい。
そこに、光の翼を広げた2人が舞い降りた。
「兄弟!! どうやら周辺の人的被害はほとんどなさそうだ。あいつに場の整理だけを頼み、私はこちらに加勢しよう。どうやらその男は……む、少年か? しかし、随分と表情が腑抜けているが……」
「隊長~~、鉄腕ファルダードは死にゃしなさそうだ。応急処置だけしてひとまず放ってあります。そんなことより、ともかくそいつヤバすぎるからなんとかしましょうや。ヴァルキュア4人がかり……まったく、贅沢なことだぜ」
2人の天使は話しながらも翼を仕舞い、全身に装甲を纏った。よく見ればこの4人の装甲はそれぞれ若干に個性というものがあるらしい。
それはともかくとして、問題は大通りに立つ脅威である。だが、脅威とは言っても……どうにも様子がおかしい。
つい先ほどまであれだけ怪物的に暴れていた存在が……今では何か、ただ少し背が高いだけの少年に思われる。それも力なく呆然とした様子で動く気配も無い。血まみれで解りにくいが、静かに涙を流しているようにも見える。
「おぉ……マリュース、それに兄弟!! 加勢はありがたいが油断は禁物である。しかし……なにか解らんが、今は何故かの好機!! 対象が行動を停止している、今の内に封縛を試みるぞ――――定点捕縛の構えだ、陣形をとれ!! あの少年を中心にして、若造はその場を動くな!!」
隊長がそう言うと他の3人が揃って「了解!!」と声を上げる。腹部を大きく負傷した若い闘士はその場に残り、隊長と2人のヴァルキュアが黄金の粒子を噴出しながら立ち位置を変える。
4人なので正方形だ。4人の立ち位置を線で繋ぐと、きっちりと美しい寸分の狂いも無い距離と角度で正方形が形成される。
迷いない動きで即座に陣形を完成させた4人。若い闘士は力を振り絞って立ち上がり、左右の腕を対応する闘士へとそれぞれ向ける。同じように彼らは互いに腕を差し向け合い、「3、2、1……!!」と声を合わせた。
4人の腕を繋ぐように黄金の直線が空中に描かれる。そしてズタズタになってしまった通りの地面にもまた黄金の線が描かれ、文様を形成していく。それは中心にある少年へと至り、彼を足元から金色に染め上げ始めた。
侵食されるように足先から金色に変化していくパウロ少年。見る間に染まっていくのだが、そのことに少年は何も反応せず……。
彼が見ているのは少女の姿だ。涙を流しながら驚きの表情で自分を見ている少女の姿……それがこの日、彼が見た最後の光景だった。
視線の先にある少女アルフィースは金色に染まっていく少年を見ていた。彼女は止まらない涙を流しながら「パウロ!!」と叫ぶ。しかし、それに対する反応は僅かなもので……。
少年の口元が動いた。金色に染まってしまう直前にただ1つだけ、呟く。そして口元までも完全に全身が金色に染まった。
黄金の彫像かのようになったパウロ少年はわずかにも動かない、動けない。
これはヴァルキュアが古より使う秘術の1つ、“黄金封縛”。これは対象となった存在をその時間ごと封印し、あらゆる行動を停止させ、外部の影響から隔離するものである。
影響というのは傷つけたり精神に干渉したりといったことはできないということで、持ち運びなどは可能。主に罪人の護送や捕縛に用いられる魔術だ。
「よし、封縛は成った! だがまだ仕事終わりではないぞ。周囲の混乱を治め、この者の適切な収監を行い、情報収集から事実確認をとり――」
無残にも破壊された大通りの一部分。黄金の像を囲んで4人のヴァルキュアが話し合い、やがて「行動開始!!」の号令と共に動き始める。
2人のヴァルキュアが黄金のパウロを横にして持ち上げ、翼を広げて飛び上がった。
「――あっ!? あなたたち、パウロに何をしたの!? ねぇ、待ちなさいよ、パウロを連れて行かないで!!」
何が起きているのか解らない。アルフィースは人間が黄金に染まってしまう光景など初めて見たので、パウロが具体的にどうなってしまっているのか解らない。ただ、動かないというか動けない感じであることは解った。
そもそも生きているのか? そうした不安と疑問から少女は立ち上がり、ヴァルキュア達から少年を取り返そうと――
「アルフィース……ストップだ。こっちを見なさい?」
アルフィースは急に肩を掴まれた。「何よ!?」と気が立った様子で振り返りもせず、肩の手を振り払おうとする少女。
その眼前に回り込み、今度は少女の両肩を抑えて真っすぐに瞳を合わせる……“女性”。
「はいはい、どぅどぅ……落ち着いて、私を見て……大人しくしなさい?」
「何よあなた!? 邪魔よ、どいて!! パウロを、彼をとり……返……さ……ないと……」
大切な人との距離を塞がれて憤る少女。その瞳を見据えるのは“真っ赤な瞳”。
赤く輝く瞳孔と目を合わせたアルフィースは、言葉も途切れ途切れにその場でクラクラとしゃがみ込んだ。そうした少女は「うぅ~~ん」と唸っている。意識が朦朧とぼやけているらしい。
ぐったりとした様子である少女の腰を支え、立ち上がらせて手を繋ぐ謎の女性。彼女は群衆の中へと少女を導くように歩き始める。それは着ているロングコートのボタンを外して裾を捲し上げ、アルフィースの身を隠すように覆って人の群れを分け進んだ。
スイスイと慣れた様子で人々の群れを渡っていくと、彼女らは大通りから外れて家屋などが立ち並ぶ小路へと入っていく。
歩くうちにアルフィースが少しずつ意識を取り戻してきた。
「ちょ、ちょっと……何よ、何なのよ? あなた一体……パウロは、どうなったの……?」
「はいはい、質問はあとにしてね。とりあえず彼が心配だろうから言っとくけど……あの子は無事よ。いや、無事っていうかまぁ状況はアレだけど……ともかくむしろ安全かもしれないくらいだから、安心していいわ」
「はぁ?? 何よ、それってどういう……っつつ、まったく、解らない……わよ……」
「あとで落ち着いた場所で説明してあげるってば。今はとにかく、これ以上面倒なことにならないでよ。あなたまで問題を起こしてくれたら、もう手に負えなくなっちゃうでしょ?」
「だ、だから……何を言って……っていうか、あなた誰??」
「・・・え、嘘でしょ、忘れた? まぁいいわ、それも後で――」
ごちゃごちゃと言い合いながら城外の裏路地を足早に駆ける女性が2人。それなりに人がいる通りを迷いなく歩き、避けて進む。
すると、突然としてそこに飛び出す影が出現した。
「おおっとぉ!? 危ない危ない。いきなりぶつかってきて、どうしたというのかね??」
「・・・はぁ? いや、バッカじゃないの、ぶつかってないでしょ? ……っていうか、あんたが飛び出したんだからさ。気ぃつけなよ」
ぶつかってはいない。いきなり飛び出した“男”を察知してロングコートの女はちゃんと停止した。
妙な言いがかりをつけられたが……ともかくコートの女はその場を去ろうとする。
しかし、そこに立つ“白い歯を光らせる男”は「ニヤリ」としたまま道をまた塞いできた。
「いやいや、つれないなぁ~~、私はぶつかったと思うよ? 君こそ怪我はないかね。お連れさんもちょっと顔を見せて。どれどれ、怪我がないか確認をしてあげ――」
そう言って触れようとしてくる白い歯の男。そうした行為に対して……ロングコートの女は「フゥ」とため息ひとつ。
被っているフードを軽くめくって視線を上げた。
「――――あ゛?」
そして口元をひん曲げてそれだけ言う。同時に本来茶色である彼女の瞳孔が赤い光を宿す。
それを見た白い歯の男は――
「へぇ?? え、あ……ああ!? ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
――と、叫んでその場に転げて倒れた。まるで赤子のように蹲り、泣き叫び始める白い歯の男……。
裏路地を歩く周囲の人々が「なんだなんだ」と白い歯の男を取り囲む。そうした様子を放置してロングコートの女は進み始めた。
彼女のコートで隠されるようにしている少女は何が起きたのか解らない。「あの人、どうしたの?」と自分を抱き寄せながら歩く女性に聞いてみた。
「ん? いや、別に……ちょっと“悪い夢”をみてもらっただけさ♪」
いたずらでもした後のようである。少し楽し気にそう言う女性の目元には刺青が入っており、ペロリと出した舌先には金属の小さな飾りがある。
それらを見て少女は何かを思い出したらしい。
「あれっ!? あなたって確か、占いの――」
「おや、嬉しいじゃないの。覚えていてくれたかい? ま、そういった話も後でね……今はとにかく安全確保! お姉さんについてきなさいってことよ?」
それは確かウォールナット村の入口で何か怪しげな露店を開いていた“占い師”。名前はなんだったか……。
ともかく彼女らは駆ける。祭りの前で人も危険も多い路地裏を、時折コートの女が「――あ゛?」と赤く瞳を輝かせながら、駆けていく。
路地裏を通って先へ、先へ……。
建物が多くて気がつかなかったが、いつの間にか赤い壁が目の前で聳えていたことに少女は驚いた。
しかし、気になっていた壁のことをじっくり観察する時間もない。コートの内側で手を繋がれている少女は導かれるまま、壁に開いた入口の1つから城内へと入っていった。
するとそこはまた路地。だが城外よりもむしろ古く汚い印象だ。電灯の明かりもまばらで城外の裏路地よりよほど暗い。
なんだかかえって危険な場所に来ている気がして、不安を抱き始める少女アルフィース。そんな彼女の心境を予想しながらも構わず進むロングコートの女。
路地の上を通るパイプは最初それが大きな管だと気がつかないほど太いものだ。「ゴゥゴゥ」とした響きが頭上から聞こえるので、これもまた少女は不気味に思う。
それでも進むとやがて見えてくる。
少女にとっては解らないものだが……ロングコートの女が目指すものはその“緑色で魚の鱗のような質感がある古くて汚い”店――いや、家だ。
ボロボロな看板にある文字は判別できない有様。家全体の外観は鱗のような質感もあって不気味この上ない。
「うわぁ……」と、少女が露骨に嫌そうな感情を零す。そんなことに構わずロングコートの女は家の扉を開いた。
中は真っ暗闇である。家の入口でコートの女が指を「パチン!」と鳴らすと、テーブルの上にあるロウソクに火が灯される。その近くにある透明な水晶の玉が光を反射して輝いた。
ぼんやりとだが光を得た室内。扉が閉められると、少女はロングコートの内側から解放されたらしい。
薄暗く、テーブル上には水晶玉。その他にも得体のしれない札や置物がチラチラと……ロウソクの火に照らされて確認できる。しかも家の外観はとても汚くて不気味だった。
口を歪ませて眉を下げ、可憐な少女は怪訝な表情でそこに在る。
家の主であろう女はロングコートを脱ぎ、それをどっかに放り投げた。
鉄底のブーツを脱ぎ捨て、タイツの足先でヒタヒタと歩く女は「ドカッ」と、落ちるように古びた椅子へと腰掛ける。目元の刺青、口元や耳に光るピアス、道中に見せた赤く光る瞳……。
怪しい、見事に怪しい要素しかない女。数日前に“占い師”だと名乗った彼女は手慣れた様子でパイプに火を灯し、何か煙を吐き出すと思い出したように少女の姿を見た。
そして和やかな表情で笑って言うのである。
「――やぁ、ようこそアルフィース! ここは美人占い師“サマード”ちゃんのお店だよ☆ 色々お疲れだろうし……まぁまぁ、くつろいでくれたまえ! そうだ、シャワーでも浴びるかね? この奥にあるからさ、他にトイレでも台所でも……好きに使ってくれて構わんからね♪」
ウインクを飛ばしてきた。それを見たアルフィースの不安は「嫌な思い出」によって掻き消される。
そう、あの時――
この女性が放った投げキッス。そのことを未だ根に持っているらしい少女は「あなた……」と、強い警戒感を露わにした――――。
第68話 「オラはモンスター(9)」END
「……封縛、解除いたしました。今は抵抗もなく大人しいです。何が起きたのか理解できていないのでしょうが……こちら、押収した所持品を置いておきます」
「よろしい。しからば、さてさて……これからどのようにしたものか」
「だけど、よろしいのですか? 少年とはいえ、あれだけ暴れた男を……」
「むぅ? ふむ、確かに危険はある。だが、あの時にあった彼の様子が気になってな……どう見てもまともじゃなかった。それにここは帝都が誇る拘置施設である。いざとなれば適切に対応できるだろう」
「まともじゃない……なるほど、つまり精神干渉の可能性ですか? では、解術士の用意が必要ですね。だけど、この時間から招集に応じてくれる者があるかどうか……」
「夜更かしといえばチャールズ卿である。彼なら事情を伝えると興味本位に来てくれるのではないか?」
「それはそうですね! それに、間もなく局長も到着しますから……可能なら直々にしていただければ、きっと応じてくれるでしょう。では、さっそくに連絡を入れてきます……隊長、本日はありがとうございました!!」
「うむ、君も十分に身体を休めてくれたまえ。治療したとはいえ、負傷の程度は重いのだから……まだ治りきっていないだろう?」
「ハハっ、若いですからね。このくらいなんとも……痛て……! ではでは……!」
「……ううむ、若造め。あのように頑張られては私もまだまだこの身に衰えなど感じている場合ではないぞ。彼ら後身のためにも鍛錬を積まねば――」
「――――失礼します。大事があったそうですね、ご苦労様です。今ほどすれ違いざまに若い子から聞きました。先――いや、魔導士ミスティックに連絡をとってほしいとのことですが……もちろんかまいませんよ。遣いを出しておきます」
「おおっ、これは治安局長殿!! ご足労に感謝いたしますぞ。……して、どの程度お聞きになられておりますかな?」
「資料はまだまとまっていないそうでして……そうですね。謎の大柄な少年が城外大通りにて暴れた、というくらいでしょうか。あとは、鉄腕ファルダードがどうやらその少年によってボロボロにされたとか?」
「ううむ、それは……実際それくらいのことしかこちらでもまだ把握できておりませぬ。目撃情報を集めておりますが、何せ祝祭の直前期間で……よからぬ噂となって話が歪に拡散せぬよう、情報管理にも手間取っております」
「そりゃ、市民様方からすれば丁度良い祭りの余興だったでしょうね。幸いにして死者はありませんし、重症なのもファルダードくらいで……ただ、現場の馬車には心が痛みました。あと大通りの有様から、今後の修繕、混雑を思うと頭が痛く……」
「ハハハ、局長殿!! 何、我々ヴァルキュアも全力で支援いたしますよ。管轄違いのことでも、どうぞ声をかけてください。市民の光たる我々はその平穏に至ることなら何でも尽くす義務がある!!」
「いやはや……いつも尽力に感謝していますよ、ガレード隊長。だけど歳も歳なんだから、たまには休暇でもとって……ん??」
「ガぁっハハハハ!!! ・・・なにこの、年だとぉ!? 小僧めが、ちょっと偉くなったからって言うようになったなぁ~……っと、どうされた?」
「いえ、これって……この、“ペンダント”は??」
「おお、それは先ほど押収した物ですな。例の少年が身に着けていたものです」
「…………どうしてこれをその少年が? 彼に何か……いや、それはないか。つい最近にも元気に盗賊退治をしたと聞くし……」
「むむ、どうなされた? その首飾りが何か気になりますかな」
「ええ、とても気になってます。何せこれは先輩の……あれ、何か挟まってる?」
「見覚えある物なのですかな。そういえば私もそれをどこかで見たような……ん? 待てよ、それ……あの小僧が勲章がどうたらと面倒そうに……」
「白い紙……いや、これは違う。ただの白紙ではない。これって……“片割れ”だ」
「そうだ、思い出したぞ!! 確かにそうだ、一度「いらない」とか言って押し付けられそうになったことがある!! そうだそうだ、懐かしい!! あの小僧……“ジェット”め!! 今頃はどうしているのだろうな!?」
「――――なるほど、解ってきましたよ。“これで”ちょっと聞いてみますね! 隊長、この紙だけもらっていきます」
「む? いや、それは……いくら局長とはいえですな、手順をふんでまずは書類に――」
「ならば局長権限を使わせてもらいます! この紙は治安局本部中枢にて、私が責任をもって預かります! じゃ、そういうことで――」
「お、おいおい……“ロズワルド”や!! そんな割引のチケットみたいに権限を使うでない!! こら、戻ってこ…………ったく、行ってしまったか。
やれやれ、困ったものだ。あの小僧共め、随分と太々しい大人になってしまってからに……頼もしい限りだよ、まったく――――」
|オレらはモンスター!!|




