「オラはモンスター(8)」
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:帝都手配手記参照――第二種手配「鉄腕ファルダード」について
鉄腕ファルダードは過去に多数の恐喝・傷害・詐欺の罪を犯した中々に大物な犯罪者である。最近になって刑期を終え、出所を果たした。
元々の手配区分としては“逸脱級”。出所後の区分としては“重警戒”対象である。これは「現在の素行に関わらず、過去に犯した罪の計画性・暴力性等を考慮して治安局による定期的な所在の確認を要する」というものだ。ただしこれに法的な拘束力は弱く、拒絶しようと思えば無理でもない。
ところが、意外とファルダードは治安局による定期の干渉を拒否せず、模範的とも言える態度で接しているらしい。感心したものだが、これは心を入れ替えた……というより後見人への信頼による“余裕”の可能性もある。
本来、ファルダードの服役はもっと長いものだった。それが真都のとある実業家による“保証”と“誠意”によって刑期短縮を成された経緯がある。現在、ファルダードはその実業家を後見人として、彼の家に勤めている。
真都の魔技師家庭に生まれたファルダードは十代の前半までをそこで過ごし、早々に独り立ちして帝都に移住した。少々悪癖があるものの腕は確かとされた父親から様々なものを受け継いだようで、実際に魔技師としての技量は評価が高い。ただし、これも受け継いだらしい悪癖に関しては父親の比ではない。
ファルダードは知人の手伝いを得つつ、自らの左腕/右腕/胸部一部/頸部一部/腹部半分程度/顔面の頬と額、それに脚部全体を機械に置き換えた。そこに至るまでいくらかの“代替治療”を他者に行うことで十分に予行練習していたらしく、この際の罪についても当然として加算されている。
練習の成果は抜群だったのだろう。彼は己が身体の機械化に成功し、常人を超えた耐久性や運動性能・怪力を備えた。半別号でもある“鉄腕”は、文字通り鋼と化した彼の両腕に関連して付けられたものである。
人間離れした格闘・運動能力と一線を容易く越えてしまう倫理観……これらの素質によって帝都の裏社会でも目立つ存在となったファルダードだが、若くして帝都守護の槍玉に挙げられることになる。
さすがの彼もヴァルキュア2人を同時に相手取るのは難しかったようで、少し抵抗しただけで封縛されたようだ。
10年以上の時を経て、鉄腕ファルダードは社会へと復帰。現在は資産家の子息護衛として真っ当に生きているとされる……が、その御曹司もまた不安要素ではある。
今後の彼が誠実な人生を歩めることを祈るばかりだ。
:参照終了
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茜の空に薄く月の姿が映っている。雲が少なく、本来なら今頃にもより鮮明に見えるであろう月だが……帝都周辺においてはその輝きに制限がかかる。
「――ッ、パウロ!? ちょっと何処行ったの!?」
「こ、ここだっぺよ!? おるでな、ちゃんとおるから……アルフィースつぁんこそ離れねぇでくろ!!」
「え、なに?? ……アっ、いた!! んもぅ、勝手にフラフラ消えないでくださいます!?」
「ふ、フラフラするつもりさねぇんだけんど、どうにも……アっ!? しぃましぇんほんに……そんの、人さ多くって避けるのが……んぁっ!? どうも、どうもごめんなしぇぇ……すまんす、すまんす……」
四苦八苦という感じだ。少女アルフィースとパウロ少年は帝都の大通り――正式には“破城門前大通り”へと紛れ、歩いている。
草原からちょこっと通りに入ったばかりなのだがすでに人の波に飲まれそうだ。まだ祭り当日を控えて3日だというのに、今日がもう目出度いかのような人々の活気。アルフィースは見えないが、パウロが見る遥か先、歪な形に開かれた壁の穴の部分(城門)付近はさらにとんでもない混雑になっている。
サルダンの祝祭は大雑把に言うと「とにかく騒いで祝う」お祭りである。貧富・出身問わずに入り乱れてはしゃぐことがマナー。法を守って楽しむ分には何も問題にならない。
気軽に参加しやすいと言えばそうなのだが……人が増えれば増えるほど最低限の約束すら守られない事案が増加することもまた事実。実際、この時期にはトラブルや犯罪がとても発生しやすい。
これでは帝都の法が乱されてしまう……だが、そんな時のための“帝都治安局”である。
帝都治安局は城内に本拠地を構える政府組織であり、いくつもの部署に別れて形成された警備・保健機構だ。特に祭りのような特別な状況で都市警備の要となるのが【ヴァルキュア】と呼ばれる守衛部隊である。
この都市がまだ砦として存在し、壁の代わりに木の柵を巡らされていた時代。そんな帝域の中期発展期にヴァルキュア部隊の発足を見ることができる。
伝承によると最初は時代に秀でた1人の魔闘士が始まりとされ、彼が弟子達に技術を託したことで形成された伝統ある組織だ。
有事には竜鱗と呼ばれる装甲に身を包み、黄金に輝く翼を広げて帝都を空から守護する闘士達。彼らは普段、半裸の姿で城壁上にて待機しているのだが、何か事が起これば翼を展開して即座に現場へと翔け付ける。
天から舞い降りるその姿を古の人々は“天使(てんのつかい)”と呼んだ。現在でも彼らは帝都民の尊敬を受ける存在である。
帝都には「祭りに身を控える者は内の生まれ、祭りに羽目を外す者は外の生まれ」という伝え言葉がある。これが表すのは帝都守護部隊に対する畏敬があるかどうか、それもまた帝都民のステータスであるという誇りであろう。
まぁ、こうして祭りの期間前後は帝都への客人も多くあり、実際に治安を乱す輩が多々見受けられるのでそれを皮肉った言葉でもある。同じ帝域でも真都の人などはあんまりヴァルキュアに想い入れが無かったりもする。
「――わぁ、カワイイ!! ねぇねぇ、見て見て~。私この動物知ってるのよ、珍しいパンダって生き物で……って、パウロ??」
「お~~~美味そうだね、コレ! ねぇねぇこれさオラ食べてみた……って、アルフィースつぁん??」
気を抜くと距離が空く。少女と少年はどちらにも好奇心というものがある。人々の賑やかな熱気に中てられて少し気分が昂っていることもあるだろう。
祭りの前だから、すでに出店や飾り立てた店舗がズラリと大通りに面して並んでいる。規定によって「通りにはみ出すな!」と決まっているのだが……守っていない店も多い。通りに飛び出して通行者に声をかける客引き達も大勢ある。
そうした騒々(そうぞう)しい声によって、少し離れると互いの声が掻き消されてしまう。パウロが明確に大柄であることと、アルフィースが目立って可憐なのでどうにか彼らは決定的にはぐれずにすんでいるようだ。
「いたいた! だからもうっ、フラフラしないでくださいませ! ……しっかしほんと、お祭りは結構ですけど……それにも節度ってものがありましてよ? これだから帝域の人ってやっぱり――」
少年に駆け寄り、手を伸ばして彼の胸を軽く押す。そうして苦々しい表情になっている少女に向けて、少年は「ほんにすまんす~」などとヘラヘラしながら謝った。
パウロは彼女が怒っているとも感じているのだが、苦々しくしながらも「楽しそう」なのだとも察して、それは嬉しいのである。ただ、確かに彼女を見失うのは「イカン!」と、首を振って気を取り直し、少女の姿を凝視した。
「まったく……あら? ねぇ、これって何かな? ちょっと不気味・・・・・ん、何よ??」
「・・・・・えっ??」
「いや、だから何よ。なんだってそんな……じっとさ、私を見て……何か変かしら、私??」
「え、いあ……なんも変とかねぇっぺよ。たんだ、オラさ君を見失いたくねぇっけさ……らっけ、しっかり見てたんだが……す、すまんす。気分さ悪くしちったか?」
「・・・フンッ、子供じゃないんだから。あなたの方こそ勝手に何処か行っちゃわないでくださいますか? それに、私を見るのはいいけど……その……」
「うん、何処も行かねぇっぺよ。オラは君の傍に居るっけね。約束……守るから」
「・・・・・そ、そういうことじゃない! 私ばっかり見て、また何か人とか物にぶつかって壊されると困るって、そういうこと!! 気を付けてよね、ほんとにさ!」
「お、おぅ……そらそうだわな。オラってばどうにも不器用だっけ、こんな人も物も多いんらっけよ、そらいっつもより気をつけんと……そっちも、こっちも!」
「・・・・・うん」
パウロ少年は左右を見渡し、身構えた。警戒してほしいという旨を伝えたものの、一々反応が大げさな彼である。
キョロキョロと落ち着かなくしながらチラチラと見てくる大柄な少年。その様子を少し伏せた顔から横目に見上げる少女。アルフィースは彼から視線を外すと、何かを呟いた。
……気にはなっている。最近、ちょくちょく引っ掛かってはいる。
「約束」はそうだ、出会ったあの日に交わした。でも、それは元々“契約”だった。そのつもりだった。
一方的な契約を成して、高笑いして、見下ろして……満足したつもりになっていた。無理やりにしつこくして言わせた言葉が……「約束」。
彼が自分の傍に居るのは「約束」のためだと言う。少女が詐欺のような手口で取り付けた「約束」だ。
……自分が彼の傍に居るのは何のためだろう?
少女の理由と少年の理由は異なるのだろうか。「約束」させたから自分は彼の隣にあるのだろうか? そんなことを考えていると、自然と少女の視線は彼から逸れてしまったのである。
アルフィースは顔を上げて少年を見た。彼は心配そうな表情をしている。なんでか俯いていた少女の姿を見て、そうした表情になったのであろう。
少女の口が開く。
「あ、あのさ……パウロ? 私達ってさ、その……最初にさ。約束をしたけど……それってやっぱり――」
途切れ途切れに、考えながら呟かれる言葉。雑踏の中で聞き逃してしまいそうな言葉だが、遠方で飛び跳ねるウサギの足音も聞き分けるパウロ少年である。彼女の言葉をしっかりとその意識に受け止めている。
そうして少女が注意深く、そして少年が不思議そうにしている状況を――
「 へい、らっしゃい!! お嬢ちゃんたち、店の前で迷いごとかね!? 」
活気あふれる男性の声が打破した。アルフィースが立ち止まって何かモジモジとしているのは通りにはみだした出店の真ん前であり、活気あふれる声の主はその店主である。
「いや……解る、解るよ! “祭りの前で散財するのもどうしたものか……”ってね。ところがお嬢ちゃん、“祭りは楽しんだ者勝ち”だよ! “やっぱりあの時買っておけば~~”なんて、そぉんな後悔はしちゃいけねぇ!! さぁさ、買った買った!! なんとこれは限定10個しかない代物で……残り5つ!! たった5つだけだよ!?」
「・・・・・。」
「あのね、ここだけの話……本当は祭りまでとっておこうとしてたんだけどさ、可愛らしいお嬢ちゃんに特別ッ! 寄ってちょうだい、見てちょうだい~この“悪魔の羽飾り”はなぁんと! かの高名なキャラバックお抱え、伝説の大悪魔ローゼンハック卿のモデルだよぉ~!! さぁさ今だけカワイイお嬢ちゃん特別価格!! 3000PLきっかり!!! 3000PLきっかりで買えてしまうね!!!」
「・・・・・。」
アルフィースは何かを少年に伝えようとしていたが、もう全部吹っ飛んだ。
集中していた時にいきなりのことだったので、少女は何も聞こえず、解らず。ただただ唖然として口をだらしなく開いて店主の男を見ている。
隣に聳える少年は聴力に集中していたところにいきなり大声を張られたので、片耳を抑えて驚愕したかのような……口を大きく開いた表情で固まっている。
「お嬢ちゃんッ、3000!! 3000PLきっかり!! 城内の職人が作ったもう二度とは手に入らない特注品だよ!? きっとお嬢ちゃんに似合うからさ……ほらここがこうしてスイッチになっていて、押すと直接肌にくっつくように……ああ、大丈夫! 肌荒れなんかしないよ、最近開発された粘性の魔材でね、外すのもこうして簡単に――」
「・・・はっ!? い、いえ……あの、お、おおおお金は大事ですからッ!! 失礼しますッッッ!!!」
出店の店主は意外と高性能そうな翼の飾りものの使い方を説明してくれていたが、アルフィースの精神はそれどころではない。混乱した少女は逃げるように、最低限に高速のお辞儀だけして駆けだした。
人混みの通りを駆ける可憐な少女。少し遅れてそのことに気がついた大柄な少年は慌てて、かつ周囲に気を付けながら彼女の後を追った。特に走ると手にする鞄がぶつかりそうで危ないことこの上ない。中身でもぶちまけたら、きっと彼女に怒られるだろう。
(なんで!? いや、なにを!? 私はどうしたら……!!)
言葉を紡ぐ中でまとまりそうだった気持ちが霧散したことにより、少女の精神はとても不安定になっている。軽く錯乱している少女は涙目になりながら我武者羅に通りを駆けぬける。
薄い水色のワンピースの裾を巻き上げて走る少女。腕輪だのネックレスなどと飾りも多く着けているが……そもそもの話。
本来、アルフィースはそのままに立っているだけでも目立つ存在だ。人混みを危うくぶつかりそうになりながら走る彼女の姿を、通りに在る人々が男女問わずに注目している。それは「あんなに走って危ないなぁ」ということもあるだろうが、同時に「何処のご令嬢だろう?」と取り乱しても尚気品ある風貌に心を奪われているのである。
アルフィースには何か……人を惹き寄せる天性がある。そしてそれは無差別的なものなのであろう。
才能は時にリスクを伴うものだ。
「――――おぉっと!?/
/――――きゃぁっ!?」
ついにやった。いずれは時間の問題であっただろうが、走っていたアルフィースはやっぱり人にぶつかった。
いつの間にか通りの真ん中、馬車優先の区間。道の中央で倒れそうになった少女と、それを支える人……。
馬車を駆る御者が「突っ立ってるな、あぶねぇぞ馬鹿野郎!」と、警告を飛ばしながら避けて通り過ぎていく。
「何……馬鹿、だと? ふんっ、まぁいい……あいつ良かったよな。こんな時でなければ、名前も所属も控えておくところだ」
「――あっ!? ……ご、ごごごごめんなさいまして!! 私ったら、あの、その……」
人にぶつかったアルフィースは転ばなかった。それはぶつかった人に抱きとめられたからである。そのことに気がついた少女は慌てて離れようとした。
少し距離をとったのだが、離れ際に彼女の手が掴まれる。
「おぉっと……待ちたまえよ? 君さ、人に……誰にぶつかったと思う? 謝ってハイさようなら……それはちょっと許されないから。女の子なら尚更だ」
掴んだのはぶつけられた人――それは男性、それも成人前のまだ少年らしい。顔立ちに幼さはあるものの、そこにはどこか嘲笑うかのような表情が窺える。視線だけではなく、どうにも態度から見下すような……。
「えっ……あ、あのぉ……だから、ごめんなさいって。ぶつかってしまったのは私が悪かったです。だから謝ってるから……手を、放して??」
「ほぉ、うんうん……しかし綺麗な手だね。それに、見ればなんと……これは素晴らしいな。君さ、幸運だよ? うっかりの事故とはいえ、こうして僕と出会えたんだ……名前を控えておこう。名乗り給え、君の名をこの僕が呼んであげるから」
「え゛・・・・・はぁ???」
それまで一応は非を認めて低姿勢にしていたアルフィースだが、初対面であるはずの少年が吐き出す言葉に嫌悪を感じたらしい。露骨に表情を険しくする。
アルフィースの手を掴んで立つ少年――その姿は一言に太ましく、豊かな育ちを想像させるかのように――それこそアルフィースに負けんばかりの装飾品を身に纏っている。
年頃としてアルフィース達と同じくらい、15才程度であろう。だが、どうにもその態度は見た目と同じく太々しく、荒い鼻息に反して口調や声色はやたらと落ち着き払っている。
「なんだよ、僕のことが解らない?? ったく、これだから帝都風情は嫌なんだ……仕方がない。あのね、僕はあのイスパール家の長男なんだよ、解る? イ・ス・パ・ァ・ル。これでも知らないかな、身形が良さそうなのに……見かけだけ?」
【イスパールの長男】だと言う少年。彼は太い態度で少女を見下し、首を左右に「やれやれ」と振った。
これはアルフィースを前にして最もやってはいけない類のことであろう。少なくとも彼女の機嫌というものをうかがう気があるのならば、絶対にダメだ。もっとも、そのつもりがないからこその態度であろうが……。
当然としてアルフィースは険しい表情をさらに険しくして、眼前の男を睨んだ。そして言い放つ。
「――――はぁぁあ!? いすぱ……何って?? 知りませんわ、そのような無名の家など!! あなただってこの私を誰だと!? いいですこと、よっくお聞きなさい!! 私こそはかのセイデ・・・・・っくぅ!?」
言葉に詰まる。本当は声高らかに名乗り上げたいところではあるが……それを言うと何が起きるか解らない。そのような忠告を思い出してアルフィースは言葉を途中で止めた。
少女は物凄く悔しそうではある。だが実際のところ、ここでその地名を出しても「はぁ?」と言われる可能性が高い。むしろそれで済めばよいもので、「なんだと?」という反応が返ってきたらもう、どうなるか解ったものではないだろう。
言葉を詰まらせたことが正解かどうかはともかくとして、冷静な判断ではある。しかし、それによって目の前の男は当然としてさらに増長した。
「え、なになに?? あはぁ~~、やっぱり言えないよね。そりゃイスパールの家名を出されて簡単に対抗できるわけがないよね……でも大丈夫、君だけではないよ! 僕からすれば大体みんな同じさ。無礼も許してあげるからね」
「・・・・・ンガぁぁぁア!!?」
アルフィースは掴まれていた手を振りほどき、そして唸って震えた。明らかに悔しそうな少女を見下して、イスパールの長男は満面の笑みを浮かべている。
だが……ふと、イスパールの長男は自分の手が振りほどかれたことに気がついた。少女の悔しがる姿に満足していたのだが、その態度を理解して「ムッ」と不満を露わにする。
そこに――
「ん……おめさ、なんだ? アルフィースつぁん、なした?」
パウロが来た。先ほどまでは一応、祭りの雰囲気に楽しそうではあったパウロだが……現在、その顔は無表情である。視線は冷たく、得体の知れない男達を見ている。
そう……“男達”だ。イスパールの長男は1人でこの通りに立っているわけではない。その背後では別に、これも男性の姿がある。
長男の背後に立つのは見るからに筋骨隆々(りゅうりゅう)といった具合で、身長はパウロよりやや高い大男。はちきれそうな装いでスーツを着ており、黒いサングラスが街の灯りを映している。
パウロより大柄な男は不自然なほど逆三角体型だ。上半身が胸部から腕部まで異様に膨らんでいて、ワイシャツの襟元に見える頸部、つまり首の部分は鈍く金属の光沢で光を反射している。黒い手袋で覆われた手先も随分と大きい。また、顔面の頬と額が鉄板で覆われているのだろうか……ともかく金属質である。
つまりこうした男達――その2人をどちらもパウロは見て、観察している。そしてどうやら怒っているらしい少女の原因はどっちなのか、そのことを見定めようとしているようだ。
「パウロ……あのね、私ったらこの……“この太った人”にぶつかってしまいましてね。それで謝ったのですけど……まぁ、もういいです、行きましょう!!」
苛立っている。アルフィースは明確な怒りの感情を隠さず、男達を避けて通ろうとした。
その時である。
「――――っあ!? あ、あぶねぇ!! 自己責任だぞ!!!」
叫び声。それは御者のものである。
馬車優先の往来区間。その中央で突っ立って話している人たち……主に2人の男達へと、馬車が1台、突っ込んできた。
こうならないための区間分けである。それを無視されては御者達にとってたまったものではない。
それはそうとして。通行人としても大人しくぶつけられるわけにはいかない。だが、避けるにはあまりにも馬車の勢いがつきすぎている。
“だから”、異様な体型である背の高い男が振り返った。勢いよく突っ込んでくる馬車の方を向いて「キュルキュル」と、首を傾けて鳴らす。
大男の開かれた口とスーツ越しの背中から、赤黒い蒸気が噴きあがった。
2頭のウマに率いられた馬車。その突進に対してサングラスの大男は“突進”で応じる。
けたたましい音だった。それは2頭のウマが叫んだ鳴き声と、押し返されて仰け反ったウマと大男の身体にぶつかって砕け散った馬車の破裂音である。
<ヒヒィィィ~~~ン……ブルル……>
悲しそうな声だ。それを最後に、砕けた馬車にめり込んだウマはどちらも鳴かなくなった。
破壊されて砕けた馬車の残骸から御者が這って出てくる。
倒れて動かない2頭のウマたち。それを確認して御者は驚き、そして涙を流した。
ウマの身体を揺すってみるが……一目でもう、彼らが助からないことは理解できる有様だった。それでも御者は泣きながら彼らの身体を擦ってあげている。
そうして屈んでいる御者の襟元が掴まれた。そして無理やり立ち上がらされると、頭部を摘まんで見上げさせられる。
そこには口から赤黒い煙を吐き出しながら、金属の頬を動かして話す大男の姿……。
「ゲホッゲホ!! ……ったく、危ないってよぉ~~それはこっちが言いたいんだよな。しかし坊ちゃんは無事だし、まぁ許してあげます。次からは気をつけテッフォ、ゲフォォオ!!」
咳き込んで煙を吐き出しながら、話し難そうにしている大男。その異様な姿を間近にされた御者は放り落とされると同時に這いつくばって逃げ出した。
「フォ、エホ!! ……坊ちゃん、だけどこれって弁償は必要ですよね?」
「んん~~?? まぁ、そうだね。後でこの馬車の業者を調べておいて。だけど、そんなんどぉだっていいんだよねぇ……」
赤黒い煙を吐き出す大男に対して、まるで興味なさそうに返すイスパールの長男。彼にとっては本当にどうでもいいことなのであろう。それは弁償の金額だろうが、倒れたウマのことだろうが、恐怖した人々が遠巻きに見ていようが……。
そんなことより。
「あのさ……さっき君、なんて言った? まさかさ、まさかだと思うけど……君、僕のこと“太ってる”って言った??」
太ましい少年ことイスパールの長男は向き直って少女の姿を見る。眉間にシワを寄せて、荒い鼻息はさらに荒くなっている。
視線の先にある少女は――――立ち尽くしていた。その瞳からは涙が溢れ、倒れて動かなくなったウマたちの姿がぼやけている。
隣に立つ少年もまた立ち尽くしているが……少女が涙を流していることを理解して、“怖がっている”ことを察して……その原因を視た。
大きく咳き込み、赤黒い煙をまき散らす大男。その前に立つ太ましい少年は煙を邪魔そうにしてから一歩、前に出る。
そして振りかぶり、手の平で勢いよく“殴った”。
揺れる少年の頬の肉、歪んだ少女の頬、飛び散る涙――瞬間、刹那の刻にパウロが見た光景はそのようなものだった。
悲鳴を上げる間もなく、腰から地面に倒れる少女。アルフィースはしばらく呆然とした後に痛む頬を抑えた。
(え、今、私……何をされたの?? ほっぺたが痛い……これって…………まさか、嘘でしょ!?)
少女は状況をおおよそ把握できた。つまり自分は頬を殴られて倒れたのである。そのことを理解したことによる怒りと、まだ消えない悲しい気持ちが混ざって……歯を食いしばりながらも、涙がさらに溢れる。
くちびるを震わせる少女。だが、不意に痛みが奔る。それは叩かれたほっぺたの痛み……ではない。そこではなく、もっと身体の奥。
胸の奥底から「チクチク」――いや、「ズキズキ」と。鼓動の代わりに痛みが響いてくる。
(あれ? この感覚って……)
少女アルフィースが違和感ある痛みに気がつき、胸を押さえて顔を上げた。
そうした少女の瞳に“跳び上がって拳を振り上げている人間の姿”が映る。
「――――えっ?」
これはイスパールの長男が発した音である。彼は何も反応できなかった。ただ、何かが跳び上がったんだなと、それだけを思って……眺めるだけだった。
轟音とともに石板の地面が破裂する。衝撃が伝播して、周囲の石板にも亀裂が入り、一部が弾け飛ぶ。
拳を地に突き刺したまま、大柄な少年はゆっくりと顔を上げた。
その姿を少し離れた位置から見ている者がある。
「ゲッホゲホ!! ……危ないなぁ~~、しかし、大した威力ではある。大した威力だが……そんなものを坊ちゃんに打ち込もうとしたのかね? お前、正気かよ。これって殺人未遂だろう……ッフォ、ゲフォ!!!」
赤黒い煙を吐き出す大男。咳き込むその片腕には太ましい少年が抱きかかえられていた。
ストン、と軽々に地面へと降ろされた太ましい少年。それはしばらく呆けた後に……表情を真っ赤に染めて叫ぶ。
「お、お前……お前なにをするんだぁ!? ここ、殺す気か、この僕を!? なんだよコイツ、このイスパール家の跡取りになんたる無礼だよ!!」
そうやって叫んでいるイスパールの長男。その声が聞こえているのかどうか。
ゆっくりと、パウロは地面に突き刺さった拳を引き抜き、立ち上がった。
表情は怒りでもなく、ただ……無表情。
なんの感情もないのか、失ってしまったのか。真顔のパウロは「ジっ」と太ましい少年だけを視ている。
視られているイスパールの長男は背筋に寒気を覚えた。鼻息ではなく口からの呼吸を荒くして、長男が横を見上げる。
「お……おい、“ファルダード”!! あいつ生意気だ!! 僕にこんな失礼をして……身の程を解らせてやれ!!!」
「ゲホッゲホゲホォ!!! ……あいあい、坊ちゃんが仰ることなら。なに、怪力自慢だなんて……可哀想なことです」
そう言うと、パウロより大柄な男が前に進み出る。一歩、一歩と歩み出しながら己のスーツを引きちぎり、破り捨てた。
露わとなる上半身。不自然に逆三角形な上体は都市の灯りを反射して鈍く、金属質に光った。鋼の色合いはその通り彼の上半身が“鋼”であるからであり、胸部からは鼓動が「キィィィィ――」と零れ聞こえてくる。
「私を知らないのでしょう、この“鉄腕ファルダード”を……。やれやれ、これだから世間知らずは困ります」
赤黒い煙が口や背中、それに胸部の下から噴き出している。
大柄な男――【鉄腕ファルダード】は人間離れした身体を揺すって、大柄な少年へと近づいていく。
間もなく拳が届く距離だ。ほぼ同じくらいの背の高さだが、若干ファルダードの方が高い。それに機械化改造によって肥大化した上半身もあって、一回りは大きく思われる。
近づきながら、ファルダードは思った。
(……とはいえ、先に手を出したのは坊ちゃんですからね。まぁ、こちらもパンチの1つくらい受けて、それから反撃の体裁を見せた方が良いでしょう。目撃者も多いことですし……)
煙を漂わせて歩み進むファルダード。その姿が近づいてもまるで脱力したような姿勢で立ったままのパウロ。
パウロは目の前に迫る大男を視ている。それは彼に興味があるからではない。
「――――おめさ、なんなん? そっか……邪魔、すんだな。オラが……オラが護るってのに…………邪魔、すんなや」
パウロにとって現在の目的はこの男ではない。こんなものではなく、その後ろにある。だから過程として障害を取り除かなければならないだろう。
パウロは前に出た。ふらりと、脱力したように腕を揺すって、前に出る。
まるで無防備に足を踏み出した大柄な少年。それまで視られていたことは解っていたが……その質が変化したことを感じて、ファルダードは立ち止まった。
(なに……なんだ? なにか、この感覚は……いや、待て。そんなはず……こんな生身の男に……まだ少年か? それに対して、この私が……いや、しかし……)
震えている。全身が震えていることを感じて、ファルダードは「まさか」と自分に問う。
機械化された鼓動によるものではない。この震えは、この感情は――
(そんな、まさか……“恐れ”……? こ、怖い……ということか? ……馬鹿な!! 私はファルダードだぞ……一体、どれほどの力自慢、実力自慢をこの鉄腕で黙らせてきた――――と。っと、とぅっ……わ……うわ、うわわ……うわわわァ!?)
機械化された彼の身体が寒さを覚えた。蒸気を発する彼の身体が勝手に後ずさりしてしまう。
そして、鉄腕ファルダードは無意識に拳を勢いよく突き出した。大男は恐怖に耐えかね、防衛本能によって敵へと殴りかかったのである。
今までよりも勢いよく、赤黒い蒸気がファルダードの身体から噴きあがる。
「らっけよ。邪魔、すんなって……」
パウロは呟くように言葉を零している。それは相手に聞こえるようにとか、そういった配慮の欠片もない。まるで自分よがりな言い様だ。
突き出された機械仕掛けの拳は停止している。その拳は大きな鉄の塊だが……パウロはそれを突き出した右手で受け止めていた。
鉄の塊に右手の指がめり込む。指先から出血しているが、パウロは微塵も気にする様子が無い。
掴んでいると言ってよいのか……ともかく、そうした鉄の拳をグイと引き寄せ、パウロは左腕を腰元に引き絞る。
そして目を見開き、咆哮した。
「おめさ邪魔だわ……邪魔邪魔ッ、邪魔ッなんだよぉぉぉおおおおお!!!!!」
「バキン」と何かが砕けた。へし折られた鉄の左腕は肘の部分が砕けて曲がり、電流の奔る管が何本か飛び出ている。
左腕を破壊されたファルダードは事態が理解できず、何度も瞬きをしながら飛び出したケーブルを眺めた。
怪物のような咆哮が響き渡る。それに痛烈な破裂音と一応は人間の腕が破壊された光景から、周囲の人々からどよめきと悲鳴が上がった。
その中心にあるパウロは……眼と歯を剥きだし、血が滴る左腕を振り上げている。
「邪魔なんだよぉおお!!! おめさ、邪魔すんなやぁぁああああ!!!!!/
/ゲホゲホッ……ヒっ!? お……おぉわああああああ!?!?」
怪物が発した絶叫。異様な形相で拳を打ち込んできた光景に怯えて、鉄腕ファルダードがまだ無事な右腕で防御態勢をとった。
殴りつけられた鋼の右腕。そこにはヒビが入り、大男の体勢が大きく崩れる。そうして宙で流れていく右腕に対して、パウロの右足が石板とともに蹴り上げられた。
飛び散る石の欠片と金属片。手首から先を失った鉄の右腕から、これも管が飛び出た。
ケーブルが揺らぐ様を見て、ファルダードの機械化されていない瞳から涙が溢れてくる。
歪んだ視界の中。両手から出血しながら尚、攻撃動作が止まらない怪物な存在。血しぶきを飛ばして右の拳を振りかぶる、血走った化物の眼光――。
ファルダードは泣き、叫ぶ。
「ウェッホ!! ご、ごめん……ごめんなざあああい!!! 許じでぐれえええええ!!!!!」
その叫びが怪物的な心に届くことは――――なかった。
めり込んだ。パウロの右腕は機械化されたファルダードの胸部を破裂させ、そのまま巨体を力任せに弾き飛ばす。
大男の身体が宙を舞う。壊れた両腕を無軌道に揺らしながら、鉄腕ファルダードの巨体が破城門前通りを飛んだ。
何mもの距離を浮遊した彼の身体は、途中に呆然自失となっているイスパールの長男横を通り過ぎて落下。勢いそのまま石板の地面をしばらく削り、ようやくに停止した。
ここで停止しているのはパウロも同じである。振りぬいた右手の指は何本か折れているらしい。あらぬ方向に曲がっている……が、それでも握り込む。
まだ、殴るべきものが残っているから。
ゆらりと、上体を起こして対象を視る。痛みも何もないのだろうか?
その表情は化け物じみたままであり、剥き出された歯を食いしばり過ぎたのか……口内からも出血がある。口元から赤い血が滴り落ちた。
「……おめさが、泣かしたんらろ? おめさが、アルフィースつぁんを……殴ったから……」
「あっ……あ、あぁ……ち、ちが、ぼ、僕じゃない。僕じゃ……僕は……僕はあの、イスパールの――」
「おめさが…………おめさが殴ったんなら、オラも殴る!!! オラがおめさをぶっ飛ばしてやる!!!」
「あ、あぁぁ……か、金なら、い、いくらでも――」
「アルフィースつぁんを泣かすやつは……オラが全部全部……全ッ部、ぶっ壊してやる!!!!!」
「や、やめ……誰か……誰かぁ!! 僕をっ……イスパールの跡取りをッ、助けろぉぉおおおお!!!」
太ましい少年は全身を震わせている。機械仕掛けではなく、彼の身体が震えるのは恐怖以外の何ものでもない。
血まみれの拳を握り込み、真っすぐに歩くパウロ。それは射程圏内とみるや、瞬時に姿勢を下げて低空を跳んだ。引き絞った拳から赤い軌跡が描かれる。剥きだされた眼球は血走り、その瞳孔はただ“敵”を映している。
……なんとも恐ろしい光景だ。それは太ましい少年にとってはもちろんそうだが、周囲で遠巻きに見る人々にとってもそうだろう。だが、何より……。
他の誰よりもこの光景に恐怖を抱いているのは――――
「パウロ……パウロだめよっ、止めて! それ以上はいいから、もう、“止めなさい”!!」
響く少女の命令。彼女の声は確かに空気を振るわせて響いたが……それだけだった。
命じられた者が止まることはない。
だからこの時、パウロの攻撃を“不発”とするならそれは――他の要因となる。
「 !? 」
拳を構えて跳んだパウロは何かに気がつき、空中で足を石板に突き下ろした。
無理やり急停止したパウロの足元で石板が弾け割れる。それと同時に、彼の眼前にある石板が“眩い輝き”と共に砕かれた。
パウロは無表情に見上げる。彼の動体視力は一条の光が石板を貫き砕く様子を見ていたし、その直後に太ましい少年が上空へと連れ去らわれる様子も目撃していた。
パウロが見上げた先。そこには眩い光がある。
目を凝らすと光の中に人の姿が確認できた。それは輝く黄金の翼を広げて滞空しているらしい。
光に包まれている人は“仮面の奥にある瞳”で眼下の怪物的な少年を観察している。
「 何の騒ぎかと思えば……随分と派手な有様ですね。祭りの前とはいえ、節度は守っていただきたいものです 」
光の中から声が聞こえる。仮面越しに、瞳しか見えないので口の動きは解らない。
空中で光の翼を広げている人はゆっくりと、地面に降りて抱えていた太ましい少年を降ろしてあげた。
それが何者かは解らない。パウロにはそれが何者かは解らない。ただ――――
「……おめさもか。そうか、ならよ……仕方ねぇわな」
口から滴った血を手で拭ったが、それも血濡れているので余計に汚れた。血で化粧をしたかのように不気味な少年は無表情に新たな“邪魔者”を視た。
対して、黄金の翼を広げている人は上半身裸だが、その姿に不思議を覚えるものは周囲の人々に存在しない。
そういう者だからだ。“彼ら”はいつも、そのような姿で降り立つことが普通だからである。
「――こちらは帝都守護“ヴァルキュア”、あなたは絶対に逃げられません。どうか、無駄な抵抗は……しないでくださいね?」
第67話 「オラはモンスター(8)」END
|パウロよ。本能に頼る戦いを脱することは重要な事だ。そう、我々“拠り人”にとっては特に、大事な心得なんだ…………|




