「オラはモンスター(5)」
――グランダリア大陸。清廉の乙女に愛されたこの地で、悲哀なる少女が悲劇に見舞われた。
彼女は裏切られ、放心の上に満身創痍となったところを森の中に誘われる。
信仰以外のすべてから見放された少女。そこに、敬虔な切っ先が彼女へと迫った。
そのままその悲哀なる少女は呆気なく幼い命を散らしていたかもしれない。
もし、誘われた場所に“彼”が存在していなかったとしたら――――。
|オレらはモンスター!! ~命じる者と命じられる者~ |
『・・・・・んん?? えっ、なに……なんなの? ここは、何処??』
『うほぉぁっ!! びっくらこいたぁ!?』
『あっ! ……と、その……あれ? あなた……は??』
『ひんぇぇぇっ!? しゃしゃ……しゃべっっつぁぁあ!!!?』
『あっ……あれ?? えと、その……あれ??』
『うひぃぃ……っと。すす、すまんす! ついビックらこいて……うひぇひぇ』
『ん? その、あなた……もしかして……??』
『んゃ?? どしたね??』
『いや、その……そうよ。助けてくれた……のね? そう、“あの時”……あの時??』
『いんゃぁ~~、そっただなことォ!! オラはただ通りかかってだな、そんでおみゃ~さんがおってだな、なんっか“危なっかしぃ”からよ? “こりゃあかん!”と思ってだな、そんでそんで……』
『あら、ありがとう御座います。あなた様がいなければ今頃私は……って! “危なっかしぃ”ってなによ!? 危なっかしぃのは“いつも”そっちで――』
『タハ~~~~ッ! だっけ、そっただなことぉ!! お礼なんて照れっぺよぉ!?』
『いえいえ。薪を納品する最中になんて親切な……って、だから。いやいやいや、そうじゃないわよ! 何か変ね、というかあなた顔が……』
『やめちくりっ、照れっぺよぉ~! あんまし調子乗らさんでくりぇ~~///』
『もうっ、だからいっつも言ってるでしょ。あんまりお下品な振る舞いをしないでくだ……さ??』
『イヤハ~~~~!! いいんだって、お礼なんか逆に申し訳なっちまうけ……んぉ? “ないとぉ”ってなんぞ??』
『……あれ、どうして? 顔が、あなた……あれ? あなた、たしか……あれ??』
『んぉ? ど、どうすた……?? な、泣くでね! オラが悪かった……すまんす!?』
『な、泣いてないッ!! ……いや、そんなことどうでもいいの。あなたが、あなたの顔……見えない??』
『――――。』
『そんなはずがないわよ……どうして真っ暗なの!? ねぇ、ちょっとこっち来なさい!! 見えないのよ、おかしいのよ……あなたの顔がっ、あなたの……!!』
『――――。』
『そうよ“パウロ”……パウロ?? ねぇ、あなたパウロでしょ?? 顔を見せなさいよ、何を黙っているのかしら!?』
『――――アルフィースよ』
『ええ、そうですわ!? 私は……私はアルフィース・ウルスガンド!! だから、でも……あなたまで、私を見なくならないで……』
『――――アルフィースや』
『あなただけは……変わらないで。私から、離れないで……』
『――――アルフィース……』
『お願い……もう、1人にしないで? 化物だって、嫌わないで……』
「・・・・アルフィースつぁん??」
『私は……人間、だから。そう……人間、なのよ……?』
「んぁ、アルフィースつぁんなした?? おぉ~~~イ??」
『もぉ、怒ってないから……ううん、本当は最初から……だから、もう許して……』
「なんね、よっぐわがんねが……こりゃかんわ。――したら、仕方ねぇっぺな??」
『お願い、お父様、お母様……』
「――――はスぅぅぅぅぅぅぅッ!!!」
『助けて……女神、様…………』
CASE1: オラはモンスター /
陽は傾げ、辺りは朱く染まりつつある。
気候は良好。空では心地さそうに、ツバメが飛ぶ姿。
小高い丘の上。眼下に広がる景色を眺めながら……少し気が抜けたのであろう。“御者の男”は曲がりつつある腰を伸ばして一息ついた。
中年を越えて老齢へとさしかかろうかという齢。御者の男は仕事がら、腰の疲労が取れにくいことが最近の悩みである。座った姿勢で長い時間「ガタガタ」と揺すられるので、腰に力が入って凝ってしまうのであろう。
だからこうして仕事の終わり際に一息つく際、腰を伸ばすことがすっかり癖になっていた。
目的地を間近として、一時の休憩として停止した馬車。御者の男がノックして尋ねたのは客車の中だ。
中にいるはずの客人たちは何かしているのであろうか……。先ほどから「ゴソゴソ」とした物音ばかりで返答がない。
そうして困惑しつつ少し待っていると……“唐突に大きな音”が客車から聞こえてきた。
御者は大層驚き、飛退いて身を屈めた。大人が怯えるほどにひびき渡った音の正体――それは“大きな声”。それもどうやら男性のものらしく、音量からして御者の男には単なる咆哮にしか聞こえなかった。
正体不明――いや、御者には馬車の中にある客人が発したのであろうと想像はついているが……。
怪物の咆哮かのような大声は実のところ意味のある言葉であった。それは“少女”の名を叫んだものだったのである。
「キ―――ン」とした耳鳴りを御者はやり過ごした。そして恐る恐るに振り返って、馬車の様子を窺う。
そこには・・・・・
「――――ッ!! ――――ッッッ!!」
馬車の中ではギュっと目をつむり、身を縮めている存在があった。それは“体格の良い大男”だが、年はまだ若い。
そもそもが狭い客車の中。長い手足を縮めて身震いし、“怯える少年”。
それは【パウロ=スローデン】だ。この男は自分で叫んでおきながら、今度はその行いに対する“返し”を想像して怯えている。それにしたって、どうしてこれほどまでに怯えるというのか。
それは・・・・・
「――――――。」
そこには“無言の少女”。パッチリと目を開いた様子で、しかし何も言わず。身体を起こして「ジっ」と。狭い馬車の中で対面する大男を眺めている。そこには静寂と沈黙をまとう威圧感があった。
パウロ少年は解っていた。少女の性格を良く知るからこそ怯えていたし、覚悟を決めて先手をうつこともできた。
「あんさ……ごめんち、アルフィースつぁん。その……でんもなるべく怒らんで聞いてくろ??」
意を決してパウロ少年が口を開いた。彼は怯えたまま自己弁護を始める。
「あんな、ほれ……さっきここにさ着いたっけよ? オラあん人……馬走らせてたおっちゃんに言われてな? ・・・いぁ、違うんよ。あん人が言ったとかでなぐってね? あんね、ほら……ここじゃもうすぐ目的の場所だって、それ言われたっけして……ここで降りっかってよ?
らっけ、君さよっぐ寝てたんは解っけどさ。まぁ、起こさんとにぇ? ほりぇ、ずっとここで寝てっとそれも悪ぃろ? んだっけね、起こしたんよ。なるべく静かにね? んでも君さ起きんから……」
「――――――。」
パウロ少年はとにかく事情を説明してみせた。なんとか彼女の気を悪くしないようにと、怯えながらも必死なものである。しかし、それに対する反応はまるで無い。
少年は一呼吸入れて反応の有無を確認して、さらに続けた。
「……んでね? 起こしたんらけど……起きんわけね、君が・・・・・ア゛ッ!? いぁ、違うんよ?? 君さうんッッッとよぐ寝てるみてぇらっけ、それはほんに、ええことだわな~って。ただね、結構がんばったんらけど……やっぱし起きんのね? そぉなっとだな……あんだべ、悪ぃろ? ・・・いぁ、君がってことでねぐってさ。ほりぇ、あっこのおっちゃんに……ね?」
「――――パウロ?」
返答があった。しかしそれは落ち着いたような、いつもより静かというか……低い声色である。パウロは「あっちゃぁ、こりゃやっぱし!」と、彼女が怒ったものと判断して言い訳を続行した。
「だ、だっけして……こりゃこ~なるわなぁって、そりぇは解ってたんらけろね? んでもここはもう、なんとしても君さ起こしてあげんば! ……って。んだっけ、悪気があったわけでもねっげよ? らっけね……どうか許したってくんろ!!
ほんに、オラがもっと器用な人ならえがったんらけど……んでもさ、君がなんか……その、うなされてるみてぇだっけ。オラもう、これ早くなんかせんと! ……って。そんで、らっけ――」
「――――パウロッ!?」
「あんひぃっ!? ごめんち、すまんす、ゆるしちくりぃ~~っ」
少年は覚悟ができていた。きっと“大声で無理に起こすような真似”をすれば少女に怒られるだろうと知っていた。だから期待していたわけではないが……即座に身を縮めて防御態勢をとっていたのである。
目をつむっていた。怯えたように手足を縮めて、今か今かと想定している少女の反応を待っていた。
しかし、それらの期待は外れる。
「ヒィィ! かんべん、かんべんしてくろ! どうかオラを・・・・・をあれ?? あの、アルフィースつぁん??」
「パウロ、パウロッ!! ……うぅ、うぁぁ……パウロぉ!!」
「なっ、なしっ……なしたぁ!!?? あ、アルっ、アルフィースッつぁッッッ……ツァ!?!? アパァァァ!!!!?!?!?」
次の瞬間、パウロは驚愕した。縮こまっていた手足を咄嗟に広げて硬直する。
想定にあった少女の反応……見慣れた少女の“怒り顔”と“元気な叫び声”は……現実に存在しない。
そこに在る彼女は“困り顔”と“悲痛な泣き声”で……飛び込むようにして身を預けてきた。
屈強な胸元へと顔をうずめてきた少女の反応は想定のはるか外。少年にとっては空からの雷撃が如く、唐突で衝撃的な出来事である。
馬車の中。大柄な少年のせいで一際狭い空間で、少女アルフィースは錯乱して少年に身体を押し付けていた。まるで悪い夢から目覚めたかのように……本当に怯えて震えているのは彼女だった。
パウロは呼吸につっかえ、絶句している。自身の分厚い胸板越しに感じる彼女の体温を感じ、手が震えていた。
この時、少年に恐怖や怯えなどない。あるのはただ、この少女に対する使命感――。
反射的に後先など考えもせず。震えを堪えて彼女の身体を抱えた。怪物のように力強い自身の力を精一杯に抑え、最大限の慎重さをもって彼女を包み込んだ。
……何故、彼女は泣いているのか? 何故、彼女は身を預けたのか?
解らない、何も解らないが……ともかくパウロはただ静かに彼女の心をその身で受け止めた。正直、この瞬間に至っては彼自身の混乱が少女のそれを上回っていたであろう。理性も知性もない、剥き出しの愛情だけがそこにあった。
馬車の中で抱き合う少女と少年――/――嘆き泣く少女と呆然自失の少年
解らない、何も解らないが……ともかく御者の男はただ静かに2人の様子を見守った。どちらかと言うとそれは観察だろうが……ただ静かに見ることしかできないという意味では同じである。興味や感傷ではない、単純に戸惑いだけの心情がそこにあった。
――クラウンボール社の契約社員【ウォード=スコルティ】。彼はとうの昔に忘れ置いた自身の甘い体験を客の男女に重ねたか……いや、そんなものは感じていない。何故ならそれどころではないからだ。別段として妻との仲が冷えているとか、そういうことでもない。もっと直面的で業務的な心配が彼を襲っていた。
そう、彼らはすでに目的の場所にほとんど至っていたのである。夕刻の空、朱色の趣にある景色で、広がる街並みが見渡せていた。
先にそびえる城壁、点在して見える高い影。迫る夜から逃げるように、他の馬車が彼らの横を通り過ぎて丘を降って行った。御者のウォードも急かしたいところだが……なんとも客車の中にある空気には触れ難い。
御者の男はモジモジとしつつ。ただ、車窓から中にある男女の様子を覗くことしかできずにいる――――。
第64話 「オラはモンスター(5)」END




