「オレサマはモンスターなんだよ(20-2/2)」
|オレらはモンスター!!|
「――――ふぅっ!!」
足が止まる。カイル=ブローデンは立ち止まり、そして振り返った。
視界の中では得意気に燕尾の背中を指し示している老人がある。
カイルという青年は弱者への攻撃を嫌う。特に老人や子供には余程のことが無い限り、攻撃を行わない。多少の狼藉にも叱り飛ばすのが精々だ。その強さのあまり、戦う・倒すという対象としてみることができないということでもあるのだろう。
自分が“決着をつけたい”と思った相手は即ち、実力を認めた相手とも言える。現在の予約としてはそこに居る医者と、今はどこかに居るであろう大柄な少年だ。
そうして認めた相手を軽んじられることには……いくら老人相手とはいえど少々、苛立ちを覚える。
「……決闘というからには、それなりの覚悟があるのだろうな?」
「おっ? おぅおぅ、おうともさぁ!! 骨の一本や二本や三本、ぽっきりいっちゃってもそりゃぁ恨みっこ無しよん♪」
「フンっ――――暇つぶしで顔の骨が砕けても、オレサマは知らんからな。ここまでしつこいキサマが悪い」
「オッホホぉ~~♪ 想像しただけでも痛そうだけど……そりゃ、覚悟はお互い様じゃてぇ……へっへへ」
「上等である。ならばせめて一撃にして……なるべく損傷なく“解らせて”やろう」
広場の入口付近。記念碑の前にてカイル=ブローデンが両拳を軋ませた。左手に若干の痺れが残っているものの……それもほとんど無くなってきている。
相対するのは小柄な老人。艶やかな頭を撫でて笑うリッキーは「ルイドみたいに先やっていい?」とニヤけた。
カイルは容易く、日頃と変わらぬ険相のままに応える。「かかってこい」――と。
少々の距離を空けて相対する2人。その様子に気が付いたリーリアは「大変ですよ!」とルイドに危険を訴えた。
ルイドは振り返り、状況を見て答える。
「あ、老師……ちゃんとワタシの話を聞いてくださっていたんですか? なら、任せようか……。
さぁ、続きだリーリア。もう少し続けたら今日は切り上げて、昼食にしよう」
「チラリ」と見て、それだけ。あまり気にした様子もなくルイドはリーリアに鍛錬の続きを勧めてくる。
そう言われても、あのカイルがあんなに老いた男性と喧嘩をするなんて……。リーリアはとても平常心でいられるはずもなく……。
そしてフィナンシアは他の一切を気にすることなく、一心不乱にすり鉢の中身をゴリゴリとしていた――。
「よっしゃ、そんじゃ行っくぞォォォ!!! 避けてみせよ、若造がぁ!!!」
何度か地面でステップを踏んだ後、勢いをつけて駆けるリッキー。
相対するカイルは腕を組んだ姿勢を崩そうとしない。
「――いや、キサマのは避けん。一発もらおう……そうでもないとオレサマの気が済まんからな」
そう言って微動だにしない青年。その様子を見て戸惑うこともなく……。
「ホっホホ、優しい~~☆ ほんじゃまぁ……喰らえやッ!!!」
リッキーはここぞとばかりに隙だらけで大振りの左拳を繰り出した。
「フンっ。優しいかはこの先オレサマの―――――ッ!!?」
足元が揺らぐ。余裕のある姿勢、何か言葉を発していたカイルだが……その身体は拳の衝突によって大きく傾いた。
「・・・・・おほっ!?」
「…………フン、なるほどな。言うだけはあるというところだが……何がアイツより強いだと??」
傾いた姿勢から戻る。そうして直立したカイルは目の前にある老人を見下ろした。そして腰元に留めた右拳を――――突き出す。
「―――――ッが!!?」
足が浮いた。リッキーの身体は拳を受けた衝撃によって大きく浮き上がり、弾けるように飛ばされて地に落ちた。
空中を舞って落下した老人。大の字に寝転がっているその姿……。
そして、何より自分の拳に違和感がある。
「…………まさか?」
「・・・・・えへへ☆」
殴った感触に違和感を覚えて、自分の右拳を眺めているカイル。
殴り飛ばされた老人は「クルリ」と地を跳んで回り、片足で着地を決めていた。
「どうした、何か気になることでもあったかのぅ?」
飄々として得意気な老人リッキー。そのニヤけた表情を見て……カイルは少しだけ微笑んだ。
「いや、何でもない。ただ……もう少しくらいは強く叩いても大丈夫そうだと……安心したよ」
「おやおや、おっかないのぉ~~。しっかし……ぺっ! 久しぶりに口の中を切っちまったわい。お前さん、中々やるねぇ~~! このリッキー=ヴェイガード、久方に血が滾るというものじゃいッ!!」
口内の血を吐き出して笑うリッキー。片足で立った姿勢から、「ピョン」と跳んで再びカイルの眼前へと降り立つ。
カイルは――呆けたような表情を浮かべた。
「リッキー…………“ヴェイガード”?? キサマ、まさか……だとすると、その腕……」
「なぁにを考えとるかね!? このリッキーを前にして、集中してくれないなんてイヤイヤイヤよぉぉ~~~ん♪」
「――――っと、ぐっ!!?」
突き出された拳は避けたのだが、続けて即座に回って撃たれた左の裏拳が見えなかった。カイルは両目に衝撃を受けて視界を一時、失う。
「隙ありィッ、ほいやぁぁぁ!!!」
跳んで膝蹴り。カイルの顎が跳ね上がった。
そのまま空中にあるリッキーはカイルの首を掴み、拳骨を額に3度落とす。
力強く叩き落された拳の衝撃を受けて、カイルの額から血が吹き出す。
「ぐがぁっ――――このっ!!!」
「おっ・・・うへぇっ!?!?」
ほとんど見えていない。血しぶきと目つぶしの一撃によってまだカイルの視界はぼやけている。
その状況で強引に放たれた左拳の打ち上げ。これがリッキーの腹筋深くに抉り込んだ。
「あぼっ――オエエエエエ!?!?」
腹を押さえて悶絶しながら落下するリッキー。両足でどうにか着地したその顔面に……。
「このっ……子狡いジジイめがッッッ!!!!」
弧を描いて振りぬかれた右拳が直撃。カイルの剛拳をモロに浴びたリッキーの顔は骨格から歪み、頬は風圧で裂けんばかりに膨らんだ。
そのまま錐揉みに2回転してから倒れ、しばらく慣性によって地を滑る老人――【リッキー=ヴェイガード】は糸が絡まった操り人形のようにぐったりとしている。
「ハァ、ハァ……くそっ、迂闊だった!! まさか目つぶしなんぞ……小賢しい真似をするな!! それでもヴェイガードか!!!」
カイルはふらふらと、額を拭いながらその場で朦朧としている。額に拳を叩きつけられ脳が揺さぶられ、視界もボヤけて足元が覚束ない。
それでもともかく、強烈な一撃をまともに当てたので、これで少なくともしばらくは――
「――おい、小僧。これは決闘だといったじゃろうが……なぁ??」
「――――!!?」
肩を「ポンポン」と叩かれて、我に返る。そうして未だ掠れる視界で振り返った時には、すでに。
十分に狙いをつけたリッキーの右肘が目の前にあった。
「!!? ウガアアアアっ……!!!」
左頬を強く肘に撃たれて、ガックリと姿勢が落ちるカイル。その姿を見たリッキーは満面に嗤い、青年の頭部をしっかりと両手で掴んだ。
「ウオラアアアアッッッ!!!!!」
「ガっ!? カっ……ぐっ……!!!」
頭蓋骨と頭蓋骨の激突。馬車と馬車が正面衝突したかのような轟音が周囲に響き、遠目で様子を窺っていたリーリアから悲鳴が発せられる。
「うぐぉぉぉぉ…………!!」
「おっほ、これで倒れないんか♪ やるじゃねぇか……ほんじゃ、も1つおまけに――」
「……なにを余裕綽々としている? 決闘だって……言っただろうがよッ――ア゛ア゛ッ!!?」
「えっ――――ガバっ!?!?」
頭突きによってさらに低い姿勢となっていたカイルだが、それは“溜め”を生み出す姿勢でもあった。
屈んだ姿勢から右足を軸に回り、左足を勢い良く振りぬく。
凄まじい威力の“回し蹴り”がリッキーの胸部を直撃。空中へと打ち上げられたリッキーは数m飛んでから記念碑に激突、そして落下。激突の衝撃により、岩の記念碑が割れて記名が裂けてしまった。
「ハァ、ハァ、ハァっ、ハァァァ…………まぁ、だよな?」
「・・・・・うげぇッッッほ、ウェェ!!? む、胸が苦しいッ、ドキドキする……あれ、これってもしかして??」
記念碑の前に立つリィンダイト=ヴェイガード。咳込みながらもまだまだ、元気一杯な様子である。
カイル=ブローデンもまた、頭突きの衝撃も収まり、額からの出血もすっかり止まっていた。左腕に残っていた痺れもすっかりまったく無いらしい。
「フンっ、キサマも大概化け物らしいが……オレサマはその上を行くぞ、ヴェイガード!!!」
「フゥゥム……真向勝負はやはり良いものじゃのぉ。ね、若きブローデンや♪」
どちらも笑っている。「ニヤニヤ」として不気味なくらい上機嫌に笑いあっている。
遠目に彼らの様子を窺っているリーリアはその光景が理解できず、やっぱり止めた方がいいのではないかとハラハラが収まらない。
まるで集中できていないその様子を見て。ドクター・ルイドが「ここまでだな」と頷いた。
「今日はここらで切り上げにしよう。その様子では鍛錬に身も入らないようだし……まぁ、仕方がない。では、ここは老師に任せて……我々は昼食にしようか」
そう言ってリーリアとフィナンシアを誘い、その場を後にしようとするルイド・カチースキー。まるでカイルとリッキーの戦いなど気にしない様子で、スタスタと広場を歩き去っていく。
リーリアはあまりにあっさりとしたルイドの様子に戸惑いを隠せず、何度も「大丈夫ですか!?本当に大丈夫ですか!?」とカイルの身を案じて聞いた。そうこうしている内にも2人は拳等をぶつけ合っており、激突音の度にリーリアの肩が竦む。
そうした様子が返って体調に良くないと考えたのだろう。集中力も保ちようがないと踏んで、ルイドは彼女らをこの広場から連れ出そうとしているのである。
後ろ髪を引かれる思いのリーリアだが、すり鉢を擦り続けるフィナンシアが……
「リッキーおじいさんに任せておけば大丈夫。センセイだってこんな感じだったよ」
……と、妙に落ち着き払っているので。よくは解らないが、ともかく彼女とルイドを信じてその場を後にすることにした。
――そうして、彼女達が去ってから30分程が経過ーー
「ハぁ、ハぁっ、フぅぅ――――よし。さぁ、次はどうするつもりだ??」
「ゼぇ、ゼぇ、へぇぇ……?? いや、もうさ……ちょいと休憩……休憩せんか??」
まだ2人は戦っていた。カイルに疲労の色はあまり見られないのだが、リッキーはかなり肩で息をしている。
そうした影響もあってか、はたまた互いの技を見過ぎたのか……2人は次第に攻撃を躱しあうようになっていた。
リッキーは特にカイルを見切ったようにここ数分はまるで攻撃を食らっていない。ただし、疲労のせいで攻撃の力が弱まっており、カイルに当たっても彼の復帰が早くなってきた。
「フンっ、ほざけ。――――ウぉオオオオオッ、今度は避けさせんぞ!!!!!」
「うへぇぇ……ちょっともぉぉ~~~。若いって本当、羨ましいことじゃのぅ――――なんてね☆」
「ぬぅっ!?」
大きく踏み込んで姿勢を低くしたカイルの顔を掬うように、リッキーの蹴り足が高く上がる。
仰け反ったカイル。姿勢をどうにか戻しつつあるその頭部に、空中で身体を高速回転させながら、勢いをつけたリッキーの踵落としが当たった。こめかみの辺りを直撃されたカイルは体勢を崩し、その場に倒れ込む。
「おっしゃ!! ……しかし、やぁっと倒れおった。なんてタフな男よ……あいつ以上では?」
「くっ――――まだだ、まだオレサマは健在だ!! こいよリッキー、ここから本当の力というものを教えてやる!!!」
勢いよく跳び起きるカイル=ブローデン。若々しい躍動感を見て、リッキー=ヴェイガードは辟易とした表情を露骨とした。
「いや、カイルさぁ……ここからってか、もうここらで一度区切りにしとかねぇ?」
「……ハァ?? 何を言っている、これは決闘なのだからどちらかが――」
「あのね、こっちは老体なんだよ? 君さこんな、150もとうに越えた老人相手に“体力勝ち”なんてして、嬉しいの?? それにおじいちゃん、お腹も空いて力が入らないよ!」
「・・・・・キサマが決闘を申し込んできたくせにか?」
「え、そうだったっけ? すまん、ちぃっと年が……いかんな、最近記憶力が落ちてきて……ちょっとその辺覚えがないな。すまんち☆」
「・・・・・。」
これまで散々と殴り合っておいて、“高齢”を理由にするとは……なんとも調子が良いものだ。カイルは大層に不満気だが、そうして弱い部分を盾にされると強く出られない質がある。
「続きは明日にでもやろうよ。ほら、リーリア達もすっかり呆れて……きっと今頃は美味しくお昼ご飯を食べてるよ?」
「ムぅ、リーリアか……仕方がない。確かに、これ以上あいつを1人にしておくわけにもいかんからな」
「1人ってか……ルイドとかフェイちゃんとかラファンダとか居るけどね?」
「オレサマが傍にいなければ1人も同然だ。あいつを護るのは、オレサマしかいない!!!」
「……やれやれ、健気なもんじゃ。ワシもそれくらい熱血にすれば、もう少し彼女も優しくなってくれるかのぉ? 無理か、ハハ……」
腰を「トントン」と労わりながら、リッキーが歩きはじめる。カイルも途中で記念碑の上に置いた外套を纏い、老人に続いて丘の上の広場を離れた。
昼時を少し過ぎたマバラード。暖かな日差しの下、坂道の街路を歩く2人。
黒の外套に金の装飾が目立つ青年と、タンクトップに艶やかな頭部が光る老人。
しばらく無言で歩いていた2人だが……ある程度降ったところでカイルが口を開いた。
「リッキーよ。キサマ……手を抜いてはおるまいな?」
「えっ・・・・・・・そんなんないよ。そんな、わかるだろう? ワシの身体は全力だったよ?」
「……確かに、そう感じたが……何かな。引っかかる感じもある」
「そうさ、気のせいだよぅ……」
「……フンっ。ならば今はそうしておいてやろう」
「お、おう! ならホレ、さっさと家にーー」
「ーーそれで、リッキーよ。キサマ、ヴェイガードというのは……あの“リッキー=ヴェイガード”なのか?」
「…………あらら。そこ、気になっちゃった?」
カイルはずっと、戦いながらも気になっていたらしい。というのも、カイルはその名に見覚えも聞き覚えもあったからである。
リッキーはつぶやくように「たぶんそうだよ」と続けて答えた。
カイルが足を止める。
「やはりか。しかし、だとすれば……150歳がどうとか言っていたな? あれは聞き間違いではないということになる。
確かに、あのリッキーが存命であるならば今頃それ以上の年齢であろう……信じ難いことだが、戦ってみた実感として信憑性がある」
カイルに合わせてリッキーもまた足を止めた。
坂道の途中、老人は振り返って青年に笑顔を向ける。
「信じてくれるのか、嬉しいねぇ……ま、たぶん170とちょっとくらいじゃなかろうかな? あんまし数えとらんが……むしろラファンダが覚えてそうな気がするのぅ」
「ならばリッキーよ……キサマに何があった? 記録は途切れているので解らんが……おかげでヴェイガードの国は大層に落ち込んでいるぞ」
「いや、そんなんワシのせいじゃないって! 兄さん達も居ったことだし……ワシ1人が放浪したって、家はどうにかなったはずじゃろう」
「血統の問題があろうが。今日に殴り合って、やはり実感したぞ。キサマが今のヴェイガードで間違いない。それが不在だから、国が廃れているのだ」
「そんなんは関係ないと思うよ。というか、その手の話はぜぇ~~~んぶ、お前さんに跳ね返っていくからさ⭐︎ この辺にしておこう、ね?」
「・・・オレサマはいいんだよ。事情があるんだから。悪いのは全て親父だ」
「そんなん、ワシだって事情があるわい! ま、こっちの場合は悪いのは誰ってこともないけど……」
「事情――それは”あの女”のことか?」
「ああ、そりゃ後の話だね。最初は理由が違くて・・・って。え、それも知ってんの?
お前さん、見た目によらず勤勉な男なんじゃな……もっとこう、粗野な皇子かと思っておった。いやさ、お前さんが真面目に机で読書とかしてる姿、あんまり思い浮かばないから……ゴメンね?」
「余計なことを言うな! ――キサマが国に帰れない理由、それはあの家に居る女だろう。そしておそらく、ラファンダとはつまり……」
「おっとと、はいはい、その通りじゃ。だからあんまり大きな声で言いなさんな……事が知れたらまた生活拠点を変えねばならん。今までも度々そうしてきたんだから……」
「だとすると――――何かされてないか、キサマ? だからそんなに長寿なのでは??」
「おいっ、変なこと言うな!! ラファンダはああ見えてえッッッらい情熱的な女じゃぞ!? ちゃんとその辺の理屈は心得ておる。むしろそこらの市民よりよっぽど常識的じゃよ、彼女はね!」
「そうか? もう、見るからに普通ではない感じがするし、見るからに淡白な感じだが……しょっちゅうため息吐いてるし」
「だぁ~~から、人を見た目で判断するなよ。ワシがいい例じゃろ……っと、こんなところで立ち話なんてしてられんわ。ご飯、ご飯♪ 愛する妻の手作りご飯~~~♪ ……は無いんだよね。残念ながら、それだけはないんだ……エヘヘ」
「トボトボ」として歩き初めるリッキー。その艶やかな頭部を眺めながら、カイルはしばらく立ち尽くしていた。
―――昔、カイルが幼い頃。
王宮の書物庫で暇を潰していた時に読んだ、アプルーザンと兄弟国の契りを結んだ国の伝説。
そこに描かれていた【勇者】は弱き者を傷つけることなく。強さを求め、当時の皇帝とすら対等に渡り合い、数々の悪党や猛獣を懲らしめながら世界を旅した。
彼はその名を国に関係なく轟かせ、各地で逸話を残し、そして……
誰にも知られず、消息を絶った。
彼が最後に言葉を遺したのはある寒村とされ、そこの村民に「魔女を退治しに行く」と告げてそれっきりだったと云う。
それはもう、150年近く古い話……。
少年期にあったカイル=ブローデンがその「勇者伝説」を特別視していたわけではない。だが、そうした人物と生き方があったのだと、そのことは成長した今でもずっと心のどこかに引っ掛かっていた。
「・・・・・あっ、そうそう。できればワシらのこと、お前さんの国にも黙っといてくれんかな? ま、知られてもいいけどさ……やっぱし、ワシらってほら、色々と億劫なお年頃なものでね? ……テヘヘ、よろぴく☆」
振り返り、舌を出しておどける老人。そうしてから傷だらけの身体を弾ませて、彼は「ご飯ご飯」と呪文のように唱えながら家へと駆けた。
マバラードの潮風が坂の街並みを吹き上がっていく。
カイル=ブローデンの外套が風に煽られ、翻った。
かつての幼い少年は今、逞しく成長してここに在る。
「フンっ、我が運命も数奇なものだな……」
大海を望み、坂道を見下ろして微笑む青年。
青年は坂道を下った。目指すはおどけた老人とその妻、それにさわがしい看護師(?)と生真面目な医者。
そして何より、最愛の女性が待つマバラードのとある一軒家へと。
ゆっくりと、険相の表情で坂道を歩いて行く――――――。




