|オレらはモンスター!! ~マバラード丘上の広場にて(皇子と医者)〜
晴天下に広がる大海。
砂浜に寄せては引く波の音。砂浜を歩く母親と子供の姿。浜風に煽られて、水面に浮かぶ連なった漁船が揺らいだ。
漁師の町、【マバラード】。斜面に立ち並んだ家々は古い木造のものが多く、幾らかにも寂れた印象は否めない。ただ、住人達はそのことにこれといった不安もなさそうで「平穏とした日々が一番だ」と口を揃える。
この街は一応にも観光地であり、夏のシーズンには部外者が多数と訪れてくる。主には海水浴、新鮮な海の幸を求めてだ。
傾斜した坂の街並みを登ると平野へと繋がっており、それとの境目に植林された杉林が帯状に広がっている。
大通りを行く馬車。これは今に坂を登って杉林を抜け、平野を駆けて北上する道を行くのであろう。
「むっ? カースエイド行きの馬車か……不審な様子はなさそうだな」
杉林を貫く道を去った蹄鉄の轟。その様子を“険しい表情の青年”が監視していた。
用心深く周囲へと鋭い視線を送る青年。それはツンツンと尖ったような頭髪に黒い外套、金の鎖とベルトで飾られた威圧的な外見がよく目立つ。
彼が周囲を気にしながらも見守る場所。そこは杉林を切り開いて設けられた広場であり、傾斜上にあることからマバラードの街並みと大海の煌めきをよく望める。
険相とも言える表情の青年。何かは知れないが、どうも彼は苛立っている……いや焦っているのであろうか。ともかく、どうにも落ち着かない。
険相の青年は後方を振り向き、声を張った。
「おい、大丈夫なのか? ちゃんと良くなっているのか!?」
広場を一番良く見渡せる場所――町で最初の町長の名を刻み込んだ記念碑――その大きな岩の上で険相の青年は仁王立ちした。腕を組んで高所から見下す視線が太々しい。
青年が問いかけた先にもまた、男が立っている。
「…………やれやれ、困ったものだな」
それは後ろ姿に燕尾の装いが見え、前から全体像を見ればそれが“燕尾の白衣”であることが解る。
「君は質問が多すぎる。心配なのは解るが……一度信用すると言ったからには少しは任せてほしいものだ。“彼女”以前に……まずは君が落ち着くことを学んだ方が良さそうだな」
何度も同じことを聞かれているらしい。白衣の男は首を左右に振り、後ろ姿のままに答えた。
険相の青年は「ムッ」としながらも押し黙り、何か不審なものが無いか周囲への警戒を続ける。
険相の青年がこの広場の周囲を警戒している理由……それはこの広場に存在する。
地面に敷かれた革製のシート。そこに正座の姿勢で座る人。
その“女性”は何も言わず、何も見ず。瞳を閉じて手先を膝元で組み、ただ静かにそこに在る。
真っ白な肌に頭髪までも白く、いかにも繊細で儚い印象。しかしその全てに均整があり、完成された硝子細工に似た芸術性がそこにある。
じっと動かず黙っていた儚気な女性。それがふと、目を開くと――
「アッ!? 痛たたた……! あっ。ご、ごめんなさい……」
――と、正座の姿勢を崩して謝った。そしてしびれた足先を押さえてヨロリと革製のシートに倒れ込む。
そして、その瞬間のことだった。記念碑の岩上で仁王立ちしていた青年が瞬時に跳躍し、儚気な女性の横に降り立つ。
そして一切の惑いなく彼女を抱え、険相をさらに強めて叫ぶ。
「どうした“リーリア”、痛むのか、何処だ!? 脚か、ここか!? まてまて慎重に、慎重に……おい、“ドクター・ルイド”ッ!! 彼女が痛むと言っている!! なんとかしろ!!!!!」
突然に大騒ぎである。戸惑っている女性を抱き寄せたまま、耳をつんざくばかりに叫ぶ険相の青年。
儚気な女性――【リーリア】は思わず耳を押さえたが、嫌そうな様子も無く、ただキョトンと呆けて青年の横顔を見上げた。
そして叫び声を向けられている対象――【ドクター・ルイド】は片手を前にして「落ち着け」とばかりに手先を振って場を制しようとする。
「やれやれ、君はすぐにそうなってしまうな……“カイル”よ。せっかくの環境修行もそれでは効果が薄れてしまいかねない。彼女にはとにかく、平穏となる環境と自身を制する冷静さを身に着けてもらわねばならないのだから……君がそのように乱してしまってはだな――」
何やらブツブツと言いながら、ドクター・ルイドは慌ただしい青年を諭そうと近づく。
険相の青年――【カイル=ブローデン】は「何だと!?」と、普段から見開き気味な瞳をさらに見開いた。その両腕でしっかりとリーリアを抱えたままである。
「このオレサマが何を乱していると言うのだ!? そんなことより見ろ、リーリアが脚を痛がっている!! 何とかしろ、医者だろうが!!!?」
「いや、だから……それは脚が痺れているだけだ。同じ姿勢であったのだから、血行の巡りが悪くなり、痺れる。別にその都度に姿勢を崩して構わない…………つまり、リーリアも謝る必要はない。そもそも、最初から完璧にされては修行の意味もないだろう?」
「あっ……ご、ごめんなさい。ルイド先生、私ったらまた……本当にすみません……」
ルイドは怒ったわけではない。ただ注意したつもりなのだが……リーリアが申し訳なさそうにしているので、そのことがまたカイルを刺激する。
「キサマッ、ルイド=カチースキー!!! リーリアに謝らせるな!! リーリアも謝るな、君は悪くないッ!!!」
「……カイルよ、一度落ち着き給え。一々こう、心を乱していては……本当に治療の進展に弊害があるぞ。君が熱心なことは認めるが、まずは感情のままに行動する癖を少し見直したまえ。その点、リーリアはしっかりとしていて――」
「何をッ!? このオレサマが無思慮に動く戯者だとでも言いたいのかッ!!! 言葉が過ぎるぞ、ドクター!! 確かにキサマは恩人であろうが……だからといってこのオレサマを見くびるような言動、断じて許すわけにはいかない!!!」
ルイドが諭そうとすれば、その半ばでカイルが反抗する。
ルイドの言葉は落ち着きを伴って発せられている。しかし、内容は感情による中和がされておらず、原液の薬剤みたいに刺激が強い。
合わせてカイルの沸点は低いもので……大切な人を想うが故に、感情が活火山のように危うくなってしまっているようだ。
カイルはリーリアを診てくれているルイドに対して恩義を感じている・・・が、しかし。
それはそれとして、カイルはどうしてもこの「正直すぎる医者」に対する反抗心を焚いてしまうらしい。
対等に殴り合い、語り合った大柄な少年とは異なり、ここにある白衣の男は『正しいような気がする内容を諭すように長々と語る』傾向にある。これはカイルが近い頃合いに経験したものに酷似しており……つまりはルイドと“自身の父親”が被さって見えてしまっているのであろう。
「あ、ああ、ああ……ごめんなさい、私のせいで……うぅ……! ごめんなさい、2人共……」
その狭間にあるリーリア。彼女はこうなるともう、ただ謝るだけである。自分のせいで怒るカイルに申し訳なく、それに対応させられるルイドにもまた申し訳ない。2人の衝突がどうか無事に済むようにと、願うしかない。
そんな儚き少女の願いを聞き入れたわけではないだろうが……。
丘の上の広場に1人、駆け込んでくる人がある。
「ッッッ――――センセェェェェイ!!! 大変大変ッ!!! 見て見て、ほら……薬草が足りないの!! これじゃお薬作れないっ、どうしましょう!? ねぇねぇ、教えてルイドセンセェェェェッ!!!!!」
えらく狼狽している。広場に駆け込んできたのは女性で、それは家政婦のような看護師のような……その中間のような装いだ。
看護師(?)の女性は何かを山盛りにしたすり鉢を小脇に抱えており、そのままタックルの構えでドクター・ルイドに激突した。
「……っとと。どうしたのかね“フェイくん”? ……ああ、なるほど。それなら一先ず分量を少なくして、あるだけで作るといい。後で小槍草を購入して、残りを作ろう。確か市場で売っていたはずだから――」
「うぉぉぉぉお!!! ・・・なるほど? あっ、そうそう、センセイ。お昼はどうします?? そろそろお食事したって、いいんじゃないですか?? そうしましょ、ねぇ!!!」
看護師(?)の女性――【フィナンシア】によるタックルを容易く受け止め、ほとんど衝撃なく停止させたドクター・ルイド。平然として受け答える彼に、タックルをかましたフィナンシアは何事も無かったかのように昼食のことを話し始める。
一方。平然として彼女の質問に答えているルイドとは異なり、カイル=ブローデンは饒舌だった口を閉じて一歩……下がった。どうにもその険相に陰りもある。
「うっ……フィ、フィナンシア……!」
「あっ、フェイちゃんだ。カイル、あのあの、降ろしていただけると……その…………」
「お、おぉ! そうだな……はい。」
カイルは抱えていたリーリアをそっと降ろした。地に脚を着けたリーリアはニコニコと、嬉しそうにしてフィナンシアへと近づいた。そうしてからルイドに夢中な彼女の背筋を突く。
背中に軽い刺激を受けたフィナンシアは勢いよく振り返った。遠心力で吹き飛んだ彼女のカチューシャをドクター・ルイドが空中で捉える。
「ンホっ!? もうっ、リーリアったら!! くすぐったいじゃないの~~~♪ 仕返ししたるわっ、このこのこのぉ!!」
「うふふ、ごめんなさいフェイちゃん……あ! や、やめてよもぉ~……ごめんなさい~~、アっハハハ!」
「ウェへっへへへ! リーリアぁぁぁ~~ほぉぉぉれ、ここがええんか? ここがくすぐったいんか?? グェっへへへへ……!」
「アハハハ、くすぐったいよぉ、ごめんごめん、許して~~!」
ちょっと背中を突いた反撃として、抱き着かれてからくすぐられる。リーリアは身をよじって悶え、フィナンシアはニヤけた表情で絡みついた。ちなみに、フィナンシアが抱えていたすり鉢はこの最中で空中に放られたが、ドクター・ルイドがそれもキャッチしてある。
……そうした一連の様子を一歩、引いて見ている青年がある。それはカイルだ。
カイル=ブローデンは曇らせた表情に険しさを取り戻し、女性2人の間に割って入ろうとする。
「おい、フィナンシア! ちょっとやりすぎるなよ。リーリアは身体がだな――」
「ンンン〜〜、何かねカイルくぅん?? 君もお姉さんにくすぐってほしいのか?? そうかそうか……ならばいいだろうッ!! ほぉぉぉれ、ほぉぉぉれ、うらめしやぁぁぁ~~~♪」
「――――!!!? ちょちょちょ、ちょっと!?」
反転して跳びかかってくるフィナンシア。これを間一髪に回避して、カイルは大きく距離をとった。そして本能的に姿勢を低くして身構える。
「アっ、逃げたぁ!? カイルくんってばさては……くすぐり攻撃に弱いと見たッ!!!」
「なっ!? このオレサマが“逃げた”などと……どぅ、うおぉぉっ!!?」
再度跳びかかるフィナンシア。焦って飛び退くカイル。
しばらく追いかけ回されるようにして……やがてカイルは広場の記念碑の上に退避した。
「くっ……ええい、しつこいぞフィナンシア!! オレサマに触るな、近寄るな!!」
熊に追いかけられた人間であろうか。岩の上から猛獣を追い払うようにして「シッシッ」と手を払うカイル=ブローデン。その様子は尚更獣を刺激してしまう、逆効果だ。
「ヌアアっ!? そう言われたらもっと捕まえたくなっちゃうでしょう!? 降りてきなさい、このこのっ――――くっっっそぉぅ!? センセェェェェ、カイルくんが逃げてますよ、いいんですか!?!?」
「いや、良いも何も……フェイ君、そもそも何故彼を追いかけ回しているのかね? というか君はこの粉末薬のことを――」
「――ハッ!?!? そうだった!!! お薬作りますっ、フィナンシアは薬を作るのですっ!!! えいや、返せっ!!!」
「ああ、うん。忘れてなくて良かった。しかし頼んだよ、本当に……」
「・・・・・・。」
記念碑の上でじっと様子を見ている青年。獣のような女の意識が別に向いたことで安堵したのか、険相のカイルは脱力して項垂れた。
どうやらカイルはフィナンシアという女性が苦手らしい。好きとか嫌いとかではなく、つまり「どのように対処したらいいのか解らない」という未知数の感覚があるのだろう。
数日前に会った生意気な少女や勇ましい少年と異なる。また、ここに居る正直すぎる医者のような生真面目さとも異なっている。
フィナンシアという女性のそれはいわば「単にフレンドリー」というもので、初対面から心の扉を完全解放して突っ込んでくる感覚に近い。
探り合う過程なしにいきなり仲良くなろうとする存在……カイルはそのような存在と接した経験がなく、見たこともなかった。例え在ったとしても自分の険相や立場を知れば易々と近づこうとはしないだろう……という、経験と自己常識を越えた存在がフィナンシアなのである。
性分から彼女を邪魔だと跳ね飛ばすわけにもいかず、かといって彼女は多少の抵抗など関係なく突っ込んでくる。「近寄るな」と無言の威圧感を出しても無意味であり「どうしたの?」とばかりにむしろ近づいてくる始末。
自分勝手に唯我独尊はカイル=ブローデンの在り様であろうが……自由奔放にして天真爛漫な乙女には成す術がない。だから唯一の対応は「逃げ」なのである。
状況を見守っていたルイドが口を開く。
「……しかしまぁ、頃合いも良いか。リーリア、少し休憩しなさい。しからばフェイ君、彼女に水分を――」
「あいよ、がってんでぃ!! さぁさリーリアよ、この水を飲むが良いぞ??」
「あっ、どうもありがとう……」
リーリアとフィナンシアは並んで広場のベンチに座った。木製のベンチの前には木製の柵があり、その先には広く、マバラードの大海にある景色を見渡せる。
水を飲んで一息つくリーリア。その隣で脚をパタパタとさせながら大空を飛ぶ鳥を指さすフィナンシア。
彼女達の落ち着いた様子を眺め、「やれやれ」とドクター・ルイドはため息を吐いた。中々落ち着いた環境で修行が行えないことが少し気になっているのであろう。
そうした「落ち着けない」原因の半分はフィナンシアにあるとして、もう半分は別にある。
「―――フンっ!!」
カイルだ。この険相な青年はリーリアを大切に思うばかりについつい過剰となって、いつも修行を半端にしてしまう。悪気もないし自覚もないのだが……その事を諭そうとしても途中で吼えかかってくるので上手くいかない。
ドクター・ルイド・カチースキーはそのことにここ数日、頭を悩ませているのである。一応、師である存在に軽く相談はしてみたものの「若さってイイねぇ!」とまるで見当違いの返答をされたので諦めた。
そのようにして悩むルイド。その燕尾の背姿を睨みつけている男がある。
「……おい、ルイド。ルイド・カチースキー!」
カイルだ。この険相な青年はルイドを名指しし、記念碑から跳び下りた。外套を翻して着地し、胸を張るようにして立つ。
ミシミシと、木の幹が軋むような音が聞こえるのは彼の“左拳”が力んでいるからだ。
「…………何かね、カイル」
ルイドは気配を察した。これまでも何度かその気は感じたものの、いつもこうして行動に移すことはなかった。つまり、カイルはルイドという男に一応は気を使っていたというか……彼をリーリアの医者としか見ていなかったのだろう。
しかし、ずっと燻っていた“誇り”がついに堪え切れなくなったらしい。
カイル=ブローデンは腕を組んで少し顎を上げた。そうして見下すような視線でルイドの前に立つ。
比べると、身長は一回りカイルが大きい。
「あの日から考えていたのだが……キサマ、ルイド。最初に会った時、このオレサマを威圧しただろう?」
「……そうだったかな。いや、それは見ず知らずの人がワタシ達のことを一方的に知っていると思ったからだ。そうした人は大抵……身柄が決まっているものでな」
ドクター・ルイドは向き直り、カイルを見据えた。不遜なる態度の青年を前にして、しかしドクターは心を乱さない。
この時、2人の距離はおよそ5m。
「ルイド――キサマは武術の達人だと言う。その技術と医者としての知識を合わせてリーリアを診てくれている……」
「……その通りだ。それが、どうかしたか?」
「礼は言うぞ、感謝している。だが……達人というに、その実力たるやオレサマの知るところではない。
「…………ふむ?」
「つまりだな……リーリアの治療を信頼していないわけではないのだが、確かめておきたいのだよ。解るか?」
カイルは回りくどく言っているが……ようは結局「お前、オレサマと戦え」ということなのであろう。信頼が云々(うんぬん)というのは口実に過ぎない。
「なるほど……よかろう? つまりはワタシの実力を量るために”手合わせ”したい、とそういうことでいいのか?」
「フンっ、軽く言うが……まぁ、そういうことだ。言っておくがこのオレサマは強いぞ、誰よりもな!!!」
「うむ。では…………構わない。どうぞ、“かかってきなさい”」
「――――――あ゛???」
ルイドが発した言葉の末尾。「かかってきなさい」と同時にヒョイヒョイと手招きされたこと……それはどうやら高潔な血統の逆鱗に触ったようだ。
「かかってこい……だと?? とんだ勘違いをしてくれるな!! かかってくるのはキサマだ、ルイド!! このオレサマが相手をしてやるから……ほら、かかって来いッ!!!」
凄まじい地響きが鳴った。それはカイルが突如として激高し、大地を踏みぬいたからである。広場の地面が一部ひび割れ、音に驚いたベンチの女性2人が振り返る。
「た、大変……カイルったら、何か怒って……もしかして、喧嘩?? 大変だわ!!」
「おお、修行だぁ!! センセェ、頑張ってねぇ! カイルくんもファイトォォォォ!!!」
「ふぇ、フェイちゃん……そんな感じでいいの? だってカイルは…………やっぱり良くないわよ! ルイド先生、危ないわ!!」
「大~~い丈夫ッ!! センセェったら、すんごく強いんだから♪」
「うぅ……でもでも、カイルはその……単に強いってものではなくって……あああ、どうしよう……先生、お願い逃げて……」
「うふふん♪ ……センエイだってね。ただ強いってものじゃ、ないんだから!」
ベンチの背を壁にして顔だけ出して様子を見守るリーリアとフィナンシア。それぞれの見解はまるで真逆だが……相対している当人達にも大きなテンション格差があるらしい。
「……ふむ。なら、お言葉に甘えて……」
ルイドはしばらく「キョトン」として目を丸くしていた。口元まで白衣の襟を立てて隠しているのでいまいち表情から解らないが……どうにも「困惑」の感情があるらしい。
それもそうである。「手合わせ願いたい」と願い入れた本人が「かかってこい」と怒鳴ってきたのだから少し意味が解らない。何故怒られたのか解らず、ともかくドクターは「サクサク」と広場の土を踏み鳴らして近づいた。
「真っすぐ来るか……いいだろう、撃ってみろ。まずはこのオレサマにどの程度通用するかを一手にして見極めてやる」
カイルは組んでいた腕を下ろした。しかしその体勢はまるで無防備なもので、胸を張ってただ立っているだけというものである。表情には「フフフ」とした不遜な笑みがあり、余裕の様子が窺える。
対してルイドの歩行は素直なもので……平常に歩くのと同じ調子で近づいていく。
そうして、どちらも拳が届く位置にまで何事もなく距離が狭まった。
「……いいのか? その、構えは……?」
「――あ゛!? いいから気を遣うな。ほら、先手はくれてやる」
「ふぅむ、すごい自信だな……では、“1つ置いてみよう”」
ほとんど歩行の過程にあるまま。立ち止まるのと同時に、ルイド・カチースキーの左拳が伸びる。
カイルはあの大柄な少年と相対した時と異なり、今回はあくまで撃たせるだけで受けるつもりはなかった。
適切に上半身を逸らし、拳を虚空に通過させようとした。その後に拳の感想を述べて、今度はこちらから撃ってやろうと考えていた。
――天地がひっくり返る。「フワリ」と浮かんで、空を飛んだような感覚があるーー
「……やはり、少しは構えた方がよいのではないか? いや、そういう状況を想定した訓練なら……なるほど。常日頃、日常からの警戒を考慮すればこれもまた、1つの鍛錬となろうか……」
「――――――んん??」
何かごちゃごちゃと聞こえるが……ともかくカイルは現在冷たい感触を覚えている。
それは土の冷たさ。どうやら今は頬や手など、全身が地面に触れているらしい。
数秒して“自分が倒れている”と理解したカイルは本能的に跳び起きた。
「おっ??? ……??? んんん??? ……!!! き、キサマッ……キサマ!? オレサマに拳を当てたのか、オレサマを地に倒したのか!?!? ……そして眺めていた???」
僅かな痛み。カイルは自身の顎先に触れて事実を確かめた。
「おおっ、もう回復したのか……すごいな。さすがだが……それにこの感触。やはり、彼によく似ているな…………ムッ?」
ルイドは青年の強靭さに感嘆している。そしておもむろに身体を斜めに傾け、左手を眼前に置いた。
明らかに異なる。対峙する男の変化……それまであったカイルの「温さ」が無くなっていた。
感情による体温の変動か……険相の青年が変化したことを察知したルイド・カチースキーは体勢を構えたのである。
「このッ――――無礼者がぁあぁああああッッッ!!!!」
咆哮を上げてカイルが大地を蹴った。凄まじい瞬発力で爆発したように地面が弾ける。
外套を翻して駆け、拳を引き絞るカイル=ブローデン。怒りと力を込めた右の拳が真っすぐに、ルイドの身体を撃ち抜いた。
「――――ッ、凄まじい圧力!! これは普通ではない……やはり”ブローデン”、か!!」
拳を受けたルイドの身体は大きく傾いた。衝撃のほとんどは左腕によって流されたものの、想定以上の速度が完全な回避を失敗させたらしい。
「ぬぅぅうああああああ!!!!!」
続けて低い姿勢からカイルの左拳が打ち上げられる。
空を切り裂くような鋭い一撃。ルイドは間一髪に身を傾げて避けた。
それに続けて1つ、2つ、3つ……止まらず繰り出される拳の連弾。その全てが異なる角度から発射されており、無意識か意識的か……ともかく作為・工夫を感じる攻撃である。
「おお……なんという速度と圧力! しかも割り込む隙が……あんまり無いッ!!」
「うおっ、だぁっ!! ぬああああ!!! うおらぁあああ!!!!!」
虚空を切る連続された拳撃。その全てが掠っただけでも骨を砕きかねないものだ。
だが、それにしても……当たらない。いや、腕や肩に当たってはいるのだが……感触が軽いのである。
カイルはそのことに気が付いているからこそ、尚更体温を上昇させていた。しかも回避を続ける相手からはどうにも余裕を感じられる。
「凄まじい気迫よ……しかし”彼”はこの男とよく渡り合ったな。聞く限りだが、立派に成長しているらしい……喜ばしいことだ」
「くっそぉぉああああ!!! ごちゃごちゃと煩いぞ、キサマッッッ!!!!!」
「――――おっ!?」
しびれを切らしたのだろう。加えて確かに「ごちゃごちゃうるさい」ルイドの右腕が掴まれた。ふらふらと避けられないようにしてから、カイルは大きく右拳を引き絞る。
――天地がひっくり返る。「フワリ」と浮かんで、空を飛んだような感覚があるーー
「フゥゥ……当たればまた老師に迷惑をかけるところだったな。しかし、攻撃には有り余る迫力を感じるものの……割に受け身は随分と雑だ。王家は相変わらず武術の師を付けていないのだな……」
「コレは……ぐっ!? な、投げられた……投げられたのか!? このッ、オレサマが!!?
そして……また何もせず眺めていただと!?」
カイルは投げられたようだ。自分が掴んだはずの腕を引き込まれ、拳を振り抜く前に身体を密着、背負うように大地へと叩きつけられた。
状況はなんとなく理解できたが……カイルには先程から気になっていることがある。
「ルイド=カチースキー……キサマ……!」
「ふむ……カイルよ。君はさすがの力強さだ……しかし、おそらくこれまで誰かに師事する……ということはなかったのでは無いか? 特にこうした戦いについーー」
「黙れよルイド・カチースキー!! キサマ、このオレサマを前にして何様なのだッ!!!!」
「ーーて? えっ。あ、ちょっと……一度、待ちたまえ?」
カイルは明らかに”激怒”の様相で鋭い蹴りを放った。ルイドは青年の表情に戸惑いながら、砲弾のような圧力の蹴りを左手で弾くように逸らす。
「カイルよ、待ちたまえ。手合わせも良いが、君に伝えたいことがあるのだよ。例えばそうだな……君の気性には以前から気になる点がーー」
「黙れッッッ!! ”決闘”中だぞ、余計を喋るな!!!」
「け、決闘??? 落ち着け、カイルよ。これは手合わせ……修行、鍛錬だ。何も互いを破壊しあうことが目的では――」
「だぁぁあああまれぇぇぇええええ!!!!!」
蹴りを躱すと続けてもう1つ回し蹴りが飛んでくる。ルイドはこれを右手で撫でるように逸らした。
止まらないカイルは両腕を開き、怒りの形相で左右の拳を交互に叩きつけてくる。
先ほどよりもさらに加速された拳の連撃。1つ1つが当たれば鋼鉄の板を凹ませてしまうほどの破壊力をもつ連打。
カイルの中にある激情の器には容量の限界がないのか……彼は怒りのままに体温と出力を上げていく。
まるで怪物的なーーいや、怪物かのような青年。
「これは……! か、カイルよ……冷静さを失うな! 君はやはり、その気性が危うい……なにより”拠り人”としてこのままではーー」
「黙れよ、ルイドォォォォ!!! キサマはこの“戦い”を穢すつもりか!? このオレサマの”闘争”を――――勝利を薄めてくれるなッ!!!!!」
激高したカイルの拳。連打の中で1つが大きく仰け反り、力をさらに込めて放たれた。
この1つ。極端に大振りな1つを選択してルイドは掴んだ。衝撃が胸元まで響いたが……ここでようやくカイルの動きが少し鈍る。
「なにッ、キサマ!? ぐっ……侮るなよ、この皇帝の血を――――祖竜の血統をッッッ!!!」
「やむを得なしか…………少し落ち着きたまえッ、ブローデンッ!!」
「ウおおおッーーーーガッ!!?!?」
腕を掴まれたままに繰り出そうとした蹴り脚。それを見て先に打ち込まれたのは“掌底”の一打。
ルイド・カチースキーの放った掌底はカイル=ブローデンの胸部を痛打。呼吸困難となったカイルはたたらを踏んで後ずさりした。
強烈な一撃だ。”普通は”しばらく痙攣して半日はまともに動けないはずだが……。
「ーーーーんぐぅぁあッ!!!」
「……3秒。もう、動けるか……」
臓器に衝撃を受けて意識から朦朧としたカイルだが、数秒にして身体機能は回復。すぐにでも駆けだそうと姿勢を屈めて両拳を軋ませている。
「くっ、ヌぉぉぉぉおお!!! オレサマとの……我が勝利を……穢すことは……許さんッッッ!!!」
落ち着きの欠片もない。戦いの中で怪物のようになってしまったカイルの精神。しかし、それでも顕となるのは彼の誇り、闘争心……。
「カイル……君は本気で、本気のワタシを……? それを望んでいたのだとすれば……なにもこんな時でなくとも……。
いや、それはともかく……これ以上は、”マズイ”!」
ルイド・カチースキーはここにきてようやく「この青年はワタシと“決闘”をしたかったのか」と理解した。
つまり、この戦いの最初にあった両者の温度差は「組み手の鍛錬」と「誇りを賭した決闘」という認識の違いにあったのである。ルイドも「何か変だな?」と思いつつ、まぁいいかと始めてしまったのも良くない。
しかし、このカイルにある激情的な攻撃性は……単に気性によるものだろうか?
ドクター・ルイド・カチースキーはそのことも気になっている。
「待て、カイルよ! これ以上の戦いは無用だと考えられる。……君が強いことはワタシも理解したし、少しはワタシの力も見せられただろう……もう、十分としよう」
「なんだと、ほざくなッ!!! 強さとは勝利にこそ宿る概念!! かように半端な闘争に力の証明などあるものかッッッ!!!!!」
確かにここまでにあったルイドの振る舞い……カイルから見れば「手を抜いて遊ばれている」と誤解しても仕方がない。そういったことには特に敏感な性質である。
特に最初、地面に倒された時に“追撃”が無かったことが彼の激情に火を点けてしまった。
「これ以上は無事に済まないだろう。だが、カイルよ……今、君にとって一番大切なことは……“大切な人”は、何だ?」
「フゥッ、フゥっ…………それはリーリアだ。決まっている!!」
「ならばカイルよ。ここで我々のどちらかでも大きな負傷をしてしまったならば……一番悲しみ、困るのは誰かね?」
「あ゛あ゛!? それは………………リーリア、か」
「そう……リーリアの治療にはワタシが必要だ。それにリーリアの心の支えは君なのだから、これも必要である。どちらも、今ここで倒れるわけにはいかない……違うか? だからこれ以上の争いは不要、必要ない……」
「……ヌぅぅぅ、ぐぅぅぅぅ……!?」
ドクターが言っていることは正しい。しかし、カイルとしてはどうにも納得がいかないようだ。感情の整理ができないから、拳を緩めることができない。
怒りと混乱で震える青年。この怪物的な若者を前にして、ドクター・ルイドは妥協案を提示した。
「……カイルよ、解った。これで納得がいかないというのならば……よろしい。君と決着をつけようではないか」
「うむ・・・・・いやなにっ!? しかし、それでは……」
「ああ。よって、それは然るべき時に……そう、リーリアの容態が落ち着き、彼女が安全な状況に至ったならば……次こそ、ワタシの全身全霊をもって君の相手をするとここに誓おう」
「ぬ……しかしな。いや、だが……むうぅ……!」
「……カイルよ、信じてくれ。ワタシは君との戦いを適切な状況で明確に行いたいと考えている……そのことに間違いはない。今日は少し、思い違いをしてすまなかった……謝罪しよう」
「――――本当か? 今日のように、汚らしい戦いはしないか? 誇りある戦いをするか?」
「ああ、本当だ。大地の深底、女神に誓って君を全力で叩きのめす……それが望みなのだろう?」
「・・・・・全力のキサマに勝つ、それがオレサマの望みだよッ!!!」
「えっ? ……ああ、そうか、なるほど。ふむ…………では、心しておこう」
ルイドは素のままにそのような発言をする。何も意図していない反応だが、カイルとしては今すぐにでも跳びかかりたくなる反応であろう。
ともかく、カイル=ブローデンはどうにか落ち着きを取り戻した。
それはいいのだが……しかし、険相の青年は持てあますように拳を開いたり閉じたりと、広場に立ち尽くして不完全燃焼の感が否めない。
そんな彼に……ベンチの影から一部始終を見守っていた儚い女性が寄ってきた。
「……カイル?」
「む……なんだ、リーリア? どうしたお前、そんな心配そうな顔をして……」
「……心配、しますよ。だって……」
「案ずるなといつも言っている! オレサマは最強だ。見ろ、今だってまったく無傷であろう? あの男にも負傷は無いようだが……」
「…………怖かった。あなた、まるで先生を……どうにかしてしまうような……あんなに叫んで……」
「いや、だからそれはヤツがーー」
「……カイル、お願い。あまりムキになりすぎないで……身体を大事にして? 私はさっき……とても怖かったんだから……うぅぅ。」
「え――――いや、泣くなよ!? わ、悪かった……確かに少しだけ取り乱してしまったが……それはアイツが一番悪いんだ。ナメた態度でナメた戦いなどするものだから……」
「……カイル?」
「・・・こ、今度からはもう少し落ち着いて戦うようにする。まぁ、だから心配するな!!」
「ーーーーーー。」
「・・・お、お前の為にもオレサマは常に強く、冷静で在り続けるから……心配など、させたくない。ましてや怖がらせるなど…………うん、すまなかった」
リーリアは瞳を潤ませて見上げている。カイルは顔を逸らして言い訳をした。
彼女に左腕をさすられると顔が紅潮する。振り払うこともできず「よせよ」としか言えない。
しばらく、リーリアは彼に寄りかかるようにして声なく泣いた。カイルはただ、寄りかかられた幹のように黙って立ち尽くしている。
ーー少し間を置いてから。
ドクター・ルイドに「鍛錬を再開しよう」と呼ばれ、リーリアが青年から離れた。儚気な彼女は広場に敷かれた革のシートへと向かう。
カイルは彼女のぬくもりが残る左腕を擦った。
そうして確かに落ち着きはしたが……その血に宿る戦いの炎は未だ燻っている。
不貞腐れたようにして拳を虚空に振るい、背を記念碑に預けて佇む。
広場の記念碑を背にして「ムスッ」としているカイル=ブローデン。不服そうな表情で彼女達の様子を見守るその姿……。
そこにふと、頭上から影がかかった。
「ホっホホ! 青春じゃのぉ~~カイルくんや。若いって、イイね⭐︎」
「……なんだ、”あんた”か。見ていたのか?」
振り返って見上げると……いつのまにか記念碑の上に在ったのは“老人”。艶やかな頭部を光らせて、老齢の男性が1人、記念碑の上で胡坐をかいて座っている。
反応の薄いカイル。それを見下ろして老人が「ニャァリ」といやらしく嗤う。
「のぉ、カイルくんや? 正直言って今ちょっと、物足りなさを感じちゃったりしてない??」
「……フンっ。アイツとここで決着をつけられないというのは、確かに不満あるがな……ヤツの言うことも納得はできた。だから、仕方がない」
「へぇ、君って意外と素直なんよね。しっかし、本音はどうかな??
ワシにはわかるぞ、若人よ!! しかもあれだけ割といいように”やられて”おったからのぉ!!」
「…………そうでもないだろうが」
タンクトップ1枚に短パン1丁。夏真っ盛りという風貌の老人だが、現在はその季節にまだ早い。とは言え、このマバラードでは割とよくあるコーディネイトでもある。
タンクトップの老人は一応、同調するように話してはいるが……どうにも挑発的な態度である。それは高い場所から見下ろしながら「ニヤニヤ」と嗤っている様が正にそうだ。
そうした相手には基本的に怒りを露わとするカイル。だがしかし、現在はほとんど反応がない。
老人の男性も思った反応と違うものを受けて首を傾げた。先ほど少女に縋られたことで腑抜けているのであろうか?
「なんじゃい、お前さん悔しくないのかい。中途半端な戦いして……もっとこう、“スカッ!”と晴れやかな気分になりたいとは思わんのか??」
老人が岩から跳び下りる。彼は片足で着地すると、そのまま覗き込むようにしてカイルの前に出でた。
「それは叶わんのだから仕方が無かろう。まぁ、いずれ……アイツも約束したことだしな。このオレサマが我慢だなどと……まったく、笑えるな」
自分より随分と小柄な老人。その姿を見るカイルの表情には険相がない……というより、威圧しようとする気がみられない。
「お前さん、決闘が望みなのじゃろう? いいねぇ……ワシ、そういうの好きじゃよ♪」
「……そうか。昔はさぞ、腕に覚えがあったようだな。歴戦の身体つきをしているよ……見事なものだ」
「――えっ。そ、そうかな? えへへ、ありがとう……」
褒められてうれしい。老齢の男性は艶やかな頭部を撫でてクネクネと身体をうねらせている。
この老人の体格は確かに小柄だが、それは年齢によって骨格が縮こまってしまったせいだろう。
年を経ても筋肉は盛り上がっており、体中には傷跡がある。刃の傷から銃創、様々な戦いの痕跡がそこから察せられた。またその左腕は火傷の跡であろうか……大部分が黒ずんでしまっている。
だからこそ、カイルは穏やかな瞳で彼を見下ろしていた。この男が旺盛な時代に出会えればと、哀愁の視線を向けているーー
――と、老人はそのような青年の態度に気が付いたらしい。耳たぶを弄りながら、唇を曲げて何かを考えている。
「ンンン~~~~、カイルくんや? お前さん、あやつと戦いたいのじゃろう??」
「あやつ? ……ああ、ルイドな。そうだ、オレサマはアイツと決着をつけたい」
「決着ねぇ……でも果たして、勝てるかのぉ?」
リーリアに向かって何か姿勢を伝授している男。白衣の燕尾が垂れたその後ろ姿を青年と老人が揃って眺めた。
「勝つだろう、オレサマは何者よりも強い。それこそがオレサマなのだから……」
「フっフフン♪ どうじゃろうなぁ、ちょっと怪しいかなぁ……」
「……キサマ、さっきから何が言いたい?」
「いやぁ、まぁ……そうさな。例えば“このワシ”と一戦交えてみれば、大方の見当はつくだろうと思ってさ。だって気になるだろう? 本当のところ、あやつがどれほどのものなのか……」
老齢の男性はムキムキと、右腕の力こぶを誇示してみせた。
「・・・・・言ってる意味がまるで解らんが?」
「ンン~~~~、つまりこの“リッキー”と勝負をしてみてだな。気になる未来を占ってはみないかと……どうかね??」
「……占いなど好きではないぞ」
「・・・・・・・・だぁぁぁッ!!! だからつまりッ、このワシと“決闘をせいッ”て、そういうことじゃよ!!! 解らんか、若造!!!!!」
この老人――【リッキー】と名乗った彼はどうやらカイルを“いっちょ戦おうぜ!”と誘っているらしい。それも決闘を申し出ている。
カイルは……首を傾げた。
「いや、キサマと喧嘩をしてどうするよ。老齢なのだから無理なことは言うものではない。長くを戦い抜いた身体を労るがよい」
労られた。老人リッキーはまた唇を曲げて「やれやれ」と首を振り、両手を広げている。
そして不意に、拳を掲げてカイルの顎先に突きつけた。
「まったく……人を見た目で判断するんじゃねぇぞ。こう見えてまだまだ現役だぜ? ワシの暇つぶし……ちぃっとくらい付き合ってくれてもいいだろう?」
「ほぅ、本音が出たな……老人、リッキーよ。つまりキサマは持て余した暇な時間を遊んでほしいのだろう? それなら他を当たれ。ほら、そこのフィナンシアなんか随分と暇そうだぞ」
すり鉢を高速で擦っている看護師(?)の姿を指さした後、カイルはつきつけられた老人の拳を押し返そうとする。
「――――ムッ!?」
しかし、老人の拳が動かない。
「…………ほぅ、やはりブローデンよ。このワシと互角に力を張り合うとはのぉ……懐かしいなぁ」
老人リッキーはニヤリと笑う。
「キサマ、リッキー……ただの鍛冶職人ではないのか?」
カイルは小柄な老人を見下ろし、少し驚いた表情を見せた。
「なんじゃ、あれは副業というか……まぁ、ワシって器用だから? 色々とできるんよ、年の功ってやつじゃのぅ、ホッホホホ! ……殴り合いだって、割と得意なのよん☆」
「――――フンっ、しかしオレサマはキサマのような老人を殴ることは好かん」
「・・・あらら。んもぅ、見かけによらず繊細なんじゃから!」
カイルは老人の拳から手を放し、その場を去ろうとした。
「おぉ~~い、逃げるのか、カイル=ブローデン?? お前さんは“強い者”との戦いを望んでいるのではないのか?? だとしたら、いいのかなぁ~~!?」
外套を翻した青年の背中。そこに掛かる老人リッキーの声。
老人は太々しく胸を張り、右手の親指で燕尾の背中を指した。
そして、「ニヤァ〜リ」と嗤う。
「たぶん、今でもワシの方が強いよ……アイツよりね☆」
|オレらはモンスター!!|




