「オラはモンスターだっぺや ~俺って、情けねぇんすよ(5)~」
見上げれば星空、照らすは月光。渓谷の夜に流れる風は冷たい。
「んがぁぁあ~~~! ぐごごご……!」
家屋の前で居眠りをしている老人がある。それは腹を半分出しただらしない恰好で、家の軒先で醜態を晒していた。柵に寄りかかって半端に座った無様だが、その表情はとても幸せそうで、平穏そうで……。
だらしのない様子で居眠りする老人。そして、そのすぐ近く。
渓谷へと続く村の出入口付近にて。しげしげと、看板を眺める“男”の姿がある。
この男、吐く息は白く。その身に纏うコートはすっぽりと、頭まで全身黒ずくめに覆われている。背の高い……“細長い”体格で痩せた印象。月光を照らし返した部分が色づき、赤く煌めいた。
「うぉーる・なっと……ふぅむ……?」
青白い月明りの下、反射光で輝くその両眼は――深紅。鮮明な赤に光る眼光は“透鏡”の人工的な光である。
「フゥゥ……おお、ご老人! そこのご老人、少しよろしいか?」
赤眼の男はその細長い身体を屈めて、気分よく居眠りしている老人の耳元に顔を寄せた。
屈んだ姿勢で声掛けを繰り返すものの、しばらくしても老人に反応が無い。ただいびきをかくだけだ。
赤眼の男は首を傾げ、フイとその場を去ろうとした。
「ン……おぉおぉ~~~?? なんじゃい坊主共、話しの続きか? それはな、昔々……ええと、どこまで・・・・・おやぁ??」
遅れた反応で老人が大きく伸びをする。
伸びながら空を見上げて、それがすっかり綺麗な夜空であることに驚く老人。星々の瞬きに合わせたか、老人の眼もパチパチとした。
「!! おお、ご老人! 少しよろしいか、ご老人……」
歩き去ろうとしていた赤眼の男は首だけを回して真後ろを見る。遅れて身体全体も軸足を中心として回して振り返り、数歩、歩んでから腰を曲げた姿勢で老人に顔を近づけた。
細長い身体がへの字に曲がり、深紅に光る眼が老人の間近に寄せられる。このくらがりに、覗き込むかのような近さである。
赤眼の細長い男は両手をコートのポケットに仕舞いこんだ姿勢で首を傾げる。真っ赤で人工的な眼に眺められて、老人は「ホぇ~~」と若干たまげた様子だ。
赤眼の男が問う。
「ご老人、私は人を探している。心当たり、無いか?」
「ほぉ……人探し。そりゃ、こんな夜の真っ暗までご苦労様で……」
「探しているのは黒髪で、小柄な少女である。また、それは活発と聞くが――見覚え、無いか?」
赤眼の男は首を左右に傾けつつ、情報を散発的に思い出しながら語った。つられて老人も首を左右に傾げながら聞く。
「しょうじょ……女の子かね? この辺で黒髪の活発と言えば……おかっぱ頭のトウコちゃんかね?」
少女と聞いて老人が真っ先に思いついたのは村一番の元気娘である。ごっこ遊びで好んで魔神役を買って出る、少し変わった女の子だ。
赤眼の男は首を激しく左右に振った。
「違う――違うな? 髪型と名が違う。何故ならそれはまだ長い黒髪であるだろうし、名は今も確かに変わりないだろう。それはそう、“アルフィース”という名だ……」
「ある、ふぃす……?? んん~~~……」
「知らんか? 見覚え、聞き覚え無いか? そのような少女が、ここを通らなかったか?」
「ん~~~……ダメだ。まったく見覚え無いのぅ!」
「そうか、知らないか。なら、もう用は無い……邪魔をした」
赤眼の男は細長い身体を垂直に戻し、そしてコートのポケットから片手を引き抜いた。
「――おっ!?」
老人が「おっ」と言う間の出来事である。
青白い輝きが……電流の迸りが細身の男、その右手に生じる。
ガラスにヒビでも入ったかのような破裂音の後。男の腕に一羽、「ギョロリ」と留まって出現した。
その一羽はどこから飛んできたのか? 老人が瞬きする間に森の何処かから音もなく飛んで来たのであろうか? ただし、その羽音がしないのは自然なことである。
「ならば空に高く、遣いを出そうではないか。私の嗅覚を信ずるならば、この辺りで……」
――“梟”の羽音はとても静かで、その飛行能力は“夜の狩人”たる証。鉤爪は鋭利に標的を突き刺し、無音の翼によって小柄な獲物を空高く連れ去る。
ここで不自然なのは唐突にそれが出現したこと。それに青く透き通るそれが首を回す度に「カキカキ」と、金属が擦れる音が零れ聞こえることである。
まるで虚空から――何処か別の場所から沸いたかのような存在。
青く透き通る、金属質な梟。その瞳は留まる腕の主と同じく、深紅に輝いている。
「行け、我が忠実なる夜の眼よ。獲物を探せ……狩りには良い夜だ」
男が命じる。すると、深紅の瞳を持つ梟は翼を広げて夜空へと舞い上がった。青銀色とでも表するべき猛禽の翼が夜闇へと紛れて飛ぶ。
月光を透く金属質な猛禽類。「キラリ」と夜空を過ぎる様はまるで流れ星かのように、見上げる老人の瞳に映っている。
異質な鳥を空に放った赤眼の男。彼は老人に背を向けてウォールナットの村へと歩み始めた。
呆然とその背を眺めている老人……それに向けて再度、赤眼の男は立ち止まって首だけを振り返らせる。
「ご老体……夜の風は冷えますな。どうかご自愛し、家の中で眠ると良いです。あなたの残された旅路に女神の祝福を――――祈りましょう」
そう言って横向きに直角なお辞儀を残し、スラリと垂直に戻った影は村の奥へと消えて行く。すっかり目の覚めた老人は「ポカン」と口を開いてその背を見送った。
渓谷の夜に流れる風は冷たい。
青白い月明りの下。
無音の翼が夜空を旋回。赤眼を光らせ、世闇を探る――――。
|オレらはモンスター!!|
一定のリズムを刻む時計の針。宿屋“とりで屋”の食席に1人、ソファに座っている少女の姿がある。
満腹となって沢山話をして……しかしこれも沢山昼寝をしたのでまだ眠くはない。店主に借りた画集を眺めてしっとりと、少女は静かに時間を過ごしていた。
夕刻とも言えない時間だ。すっかりこの夜の時分に、中々戻ってこない“彼”のこと……起きたばかりはあれだけ腹立たしかったものだが、今は「しょうがないなぁ」という気分で落ち着けている。
まったく許したというわけではなくとも、少なくとも自分のことを気遣ってくれていたようだし……。ここの店主に比べれば数時間の放置など温いものだと、比較対象が見つかって安堵した感もある。ただ、何処で何をしていたのかだけは問いただしたいと、少女はそれだけは間違いなく思っていた。
「良いところ、か。フゥ……何か美味しいものでも食べたのかしら。でもこっちだって満足しましてよ? それにマイサと色んなことを話せたし……こっちだってあなたの知らないこと、知りましてよ?」
競争心であろうか。“むこう”が「知らなかった!」を知ったのならば、こちらも新しい事を知ったんだから――と、張り合う精神が彼女にはあるらしい。“むこう”としてはそういった「出し抜こう」だなどと、そんなつもりは毛頭なかったことなのだが……。
負けず嫌いな少女が画集をパタリと閉じた時。「キィィ…」と、宿屋の扉がお淑やかに開かれた。
「あっ! ――――パウロ!?」
夜の来客だ。少女はそれに心当たりがある。
アルフィースは明るい表情を浮かべた後、「はっ」と気が付いて険しい顔をつくた。そして仁王立ちする。
この時、宿の扉を開いて忍ぶように入ってきた人。それは――――
「――――あんのぉ。アルフィースつぁん、オラさたった今戻りまして……んぉ?」
パウロだ。大柄なパウロ少年が身を屈めて、オズオズとした挙動不審な様で宿に戻ってきたのである。彼が窮屈そうに扉を通ると、続いて青年エリックもこっそりとした様子で宿に入ってくる。
彼の姿を確認するや否や。アルフィースは…………“吼えた”。
「――――ッ、パウロぉぉぉッ!!! 遅いっ、今何時だと思っていまして!? あなた、こんな時間まで私を1人……何をしてらしたの!! 何処に行ってらしたの!?!? 吐けっ、吐きなさい!!! このぉっ!!!」
「あひぃっ!? ほぉれ怒られちった! んでも、えがったぁ~。アルフィースつぁんさ、元気してっけな。オラさほんに、昼間はどうすたもんかと……」
「答えになってなぁぁぁーーーいっ!!! 私は何処をほっつき歩いて好き勝手していたのかと聞いているの! 付き人なのに私を放置して――こらっ、答えろこのぉ!!」
「あちゃぁ~~っ、やめちくり! アルフィースつぁん。そげなすっとまぁた手が痛く――」
「もう遅いわっ!? イタたた……相っ変わらず硬いお腹してるわね!!!」
案の定だとパウロは思った。少女が怒っているだろうと、それはなんとなく察せていた。
だから逆に、彼女のいつも通りの態度にこそ安心できる。ただ、怒っている割には妙に楽しそうな表情なのが想定外ではあるが……。
「おやおや、お帰りかい。エリックや、パウロくんに何か変なこと教えちゃいないだろう――ねッ!」
騒ぎを聞きつけて店の奥から出てきた店主のマイサ。彼女は水仕事を終えた手を拭きつつ、こっそりとしている青年の肩を強く叩いた。
「どぅえっ?! とと、とんでもない! 俺ぁちぃっと、楽しい遊びを紹介しようって……ほんとそれだけですよ。・・・・・あっ、いやそういう悪いことなんて何もないっすよ!? ほんとっすよ!!」
青年エリックはよろめきながらも必死な様子で身振り手振り、弁解している。「何を必死にしてんだか」とマイサは彼の様子に嫌な予感を覚えた。
女店主の勘は鋭い。それは騒ぎに対する嗅覚とでも言えよう。
「んやぁぁ~~~、しっかしアルフィースつぁん。君さいっぺこと食べただか? オラさ心配でよ、ちぃっと見えた時はなんか美味そうに食ってたっけ、大丈夫だろなと安心すたんらけど……」
「フンっ、食べましてよ? それはそれは美味しくね。というかあなたこそ、いい加減答えなさい。良いところって、それ何か目新しいものでも食べ、て――――――て。」
「お~~、オラはそうさな……あっちゃ、いっけねぇ! 言われて思い出したわ。そういやオラ達、結局なんも食ってねぇんよ。飲んだばっかで……んぉ?? どすた、アルフィースつぁん??」
「――――――。」
真顔だった。楽し気だった少女は唐突に無表情となり、「じっ」とパウロを見上げて顔の一点をひたすら注視している。
「な、なした? 黙ってオラの顔さじっと見上げて……そんなんやめちくり、照れっぺよぉ~~♪」
「ねぇ――――“ソレ”、なに?」
「??? “ソレ”って、なんね? ……え。オラの左の頬っぺただか? ほっぺに何か付いてっかに??」
「――――――。」
「あぇ――――ほんとなした。そげな顔して……アルフィースつぁん? オラ……オラまたなんかやっちまってんだか? なしたなした、オラは一体全体……今、どうなってんだ???」
パウロは困った。なんだか怒りのような圧力は感じるものの、これは今まで経験してきた何とも違う。
少女が現在浮かべる表情の不気味なまでの怖さは……これまでとは質が異なっている。
恐る恐る、パウロは夜の村を映すガラスを覗いた。闇に反射されてガラスに映る自分の顔。
左の頬。少女の無表情な視線が一切、動かずに見つめ続けていた場所には……なにか“付いて”いる。
「?? なん、コレ? なんか赤い……なんの模様だ? ……おっ!? これよく見っと首にもあるっぺね。なんらろ……痣だか?? こんなんいつの間に――」
「――――――。」
「ねぇねぇ、アルフィースつぁん。これさなんらろ。オラこんなん前からあっただか?? …………え。あの、アルフィース……つぁん? なして、なしてそんな動かない……」
「――――――。」
アルフィースは何も答えないし、動こうともしない。ただ、パウロの頬を一点に睨みつけて……無表情。
何かがおきている。異様な空気に気が付いたエリックとマイサが、半笑いのままに少年を注目した。
注目して、2人の顔から「サァ」と血の気が引いていく。
「あ、アルフィースつぁん……ごめん、ごめんよ? なしてそんな怒ってんのか……オラ解んねぇ……解んねぇっぺよ。ごめん、アルフィースつぁん……ほんに、ほんにすまんす……」
わけもわからない。少年としては「見た」としてもまるで解らない。
どうして少女が自分を冷たく睨んでいるのか。怒っているならどうしていつものように喚いて叩いて、騒がしくしないのか……。
それは少年が理解できるわけがないことだった。彼は知るわけない知識。彼の両親はこのようなものをつけ合う感じでもなかったのだろう。
だから、自分の頬と首元にある“キスマーク”の意味など、彼が知るわけない。
「――――――。」
終始無言。何も言わないまま、無表情のアルフィースは少年からゆっくりと視線を外した。
そして何も言わず――傍観者のように立ち尽くす2人に会釈もせず――真っすぐに自室へと戻っていく。歩行も早くなく、あくまで自然に……まるで感情が無い人形のようだ。
青年と女店主は顔色が悪い。どうにも「事件」のマズさを把握したらしい。
「――――エリックや?」
「はい……すんません、俺のミスっす。解らなかった……ああ、そりゃあれだけ彼女らに纏わりつかれてたからな。すり寄られているうちに、あいつがきっと……」
「エリック!!!」
「ヒっ!? もも、申し訳ないっす、気を付けるっす! これ以上余計言わないように、注意するっす……はい」
店主のマイサは呆れてため息を吐く。青年エリックは蒼白とした表情のまま、どうしたものかと頭を抱えている。
そしてパウロ少年は…………動けない。言葉を発することもできない。
少女の態度を受けて、それがとても悲しく、辛く――少年は現在、絶望的な気分に包まれていた。
拒絶された感覚、少女が自分から距離を置いた現実が……まるで最悪な夢を見ているかのようだ。これが現実だと受け入れられないし、意味もまだよく解っていない。それがまた不安で怖くて、情けなくて……。
店主のマイサはしばし考え込んでから、意を決して切り出す。
「……まぁ、そんな有様で帰ってきてしまった事実はもう、しょうがないね。取り合えず、あんたらもう一度外出てなさい! あの子には私からちょっと話してみるよ」
「す、すんません……でも、信じてください! パウロさんはマジに何も悪くないっす。俺達飯でも食おうって、そうやって席に着いたらパウロさん目立っちまってて……そんで囲まれて。でも、彼は何も応じようとせず、ただ耐えていました! ほんとです、マジなんです!!」
「あのね……私だってパウロを疑ったり責めたりしちゃいないよ。だけどね、現状としてアルフィースは傷ついたんだ。事実はどうであれ、見たものが今の彼女の全てさね。ほら、私に言い訳してないで……あんたはあんたのやるべきことをやりなよ。そっちも相当、ダメージでかそうだよ?」
「うっ……うぅぅ! ほんっっっっと、俺ってやつはどうしてこう……情けねぇ!! ――ッ、いや、パウロさん! ちょ……ちょっと出ましょう?? ほら、夜風に当たって、ここはマイサさんに託して。ほらほら、あの、えと……元気出しましょう!!」
ガックリと項垂れて呆然としているパウロ。その背中を押すようにして、エリックは彼と共に宿屋を出た。少年は終始、朧げな表情で……頬を伝う涙が止まらない。
1人、店主が残った宿屋のホール。
静けさの中、店主のマイサはテーブル席に腰を降ろした。そうして数分、顎に手を置いて考え事をしてから……「よっこらせ」と。腰を重そうにして立ち上がる。
店主が向かうは宿屋の奥。カーテンをくぐって、左側。
今は静まり返っている、少女の客室――――
|オレらはモンスター!!|
「――――アルフィース、入るよ」
扉をノックして、試すまでもなく。店主はマスターキーを用いて鍵を開いた。店主特権……そうでもしないと今のこの部屋には入れないであろう。
とりで屋の一室。真っ暗がりの中、窓から月明りが零れ入り、付近を僅かに色づけている。ベッドの上には誰の姿もない。
どうやら少女は影を求めたらしい。
それは零れ入る月明かりを避けるようにして座り込んでいる。僅かな光も鬱陶しいとばかりに、ベッド脇の床に座り込んで蹲っている。
「……何も見えないねぇ。明かりを点けていいかい?」
店主のマイサは暗闇の中にある気配に向けて話す。
「――――――。」
「……解ったよ、このままでもいいさ。誰が何処にいるかも解らないような状況だけど、それでも構わないさ」
「――――――。」
虚空に話しかけているかのようである。マイサの言葉に返答はなく、しかし気配はある。暗がりの中にいるであろうことは解るが……それがどのような顔をしているのかは解らない。
状態は知れずとも、状況は察しているつもりだ。女店主のマイサは深く息を吸ってから、ゆっくりと落ち着いた口調で話し始めた。
「……パウロくんは良い男だよね。うちの旦那と違って背も高いし、胸板もぶ厚くってさ。面もありゃ、高くて見えにくいだけで……間近にしたらキレイなもんだよ。それに、心も誠実だしね」
「――――――。」
返事はない。だが、マイサは構わず続けた。
独り言として、返答がなくても容赦なく続ける。
「私に彼の何が解るって? そうさね、私はあの子と大して話してもないよ。だけど、解るさ。解ってしまうくらい純朴で清純で……だから、危ういと思うよ」
「――――――。」
「あの子は確かに“強い”んだろうね。エリックに……あいつに聞いた話しによりゃぁ、森の中で盗賊をちぎっては投げ、ちぎっては投げと大暴れだったらしいじゃないか? おまけにエラくお強い頭領さんとも殴り合ったらしいし……大したもんだよ、ほんと。まぁ、あの体格だから解らんでもないけどさ」
「――――――。」
「でもさ、身体は強くっても……心はどうだろうねぇ? それは心が弱いとか、そういう話ではなくて――態度の話さ。良く言えば彼は優しいんだろうけど、それが過ぎると“弱点”になることもあるだろう?」
「――――――。」
「加えて、彼はもの知らずさ。ハハハ、さっきの顔を見たかい? 彼は自分の姿を確認して尚、何がおきているのかまるで解っていなかった。とぼけているわけじゃなくって、本当に解ってないのだろうね。アレがどういった状況で付いたものかは知らないけど……きっと、付けられたことすら解らない状況だったんだろうねぇ?」
「――――――。」
「こう言っちゃぁなんだけど……“間抜け”だねぇ。一緒にいたエリックがあれで顔が広いからね。知り合いの女にでも見つかって、エリックなんかよりよっぽど見てくれが珍しいものだから、きっと捕まったんだろうねぇ……そして無抵抗さ、きっと。女の成すがままに、まっっったく情けない男だねぇ。ガックリしちゃうねぇ」
「――――――ッ」
「でもさ、その時彼はどういった感情だったんだろうね。いや、あくまで想像の話しだけど……ああ、お姉さん、こういう人のことを勝手にアレコレ考えるの好きでね。それで……おそらくだけど、彼は臆病に“勘弁してくれ”って、“やめてくれ”って……ただそれだけ思っていたんじゃないかな?」
「――――――。」
「どうだい? いや、聞いても無駄か……まぁ、私の想像にあるパウロくんってのは、そういった状況でハシャイで浮かれるようには思えないんだよね。良くも悪くも少年というか……だからこそ、純朴だと見抜かれちゃうんだよ。そういうのを見ると悪さをしたくなる人もいるだろうさ。ハハハ、単純そうだなって。騙せそうだ、遊べそうだって……そう思わない? “間抜け”な人だと、そう思われても仕方がないだろうさ。だって、実際に彼は“間――」
「――――違う」
「…………ん?」
「――――――。」
「…………だって、そうだろう? 実際にあいつは“間抜け”にキスマークを付けて帰ってきてさ。まるで意味も解らずあんたの前に立って、現状を知っても理解できずに呆然とするだけだったよ。物を知らないってのは、恐ろしいねぇ。きっと今頃、エリックにでも説明されて、自分の“間抜け”さを恥ずかしがって――」
「やめてよッ――――――違うってば!!!」
「おや?? なんだ、居たのかい。返事が無いから誰も居ないかと思って、独り言を話していたのに……」
「パウロは…………彼は間抜けなんかじゃないものッ!! さっきから聞いていれば……あなたに何が解るのよ!?」
「いや、だから想像さ。ほとんど話していない彼を見て、感じた私の中にあるパウロくん像を勝手に語っているだけだよ。――ならば、教えてほしいものだね。本当のパウロくんって、どんなの? “間抜け”ではないの??」
「――――ッ、だからそれをやめなさい。間抜け間抜けって……さっきは彼、知らなかっただけなんだから。知らないことは間抜けじゃないもの! 知ることができたのならば、それは素晴らしいことなんだから……!!」
「フっ、素晴らしいって……キスマークの意味を知ることが?」
「うっ・・・す、素晴らしいわよ?? 知ることができたのならば、それも素晴らしい。だって次からは気を付けることができるし……それができないことを間抜けって言うの! でも、パウロは違うわ。彼はああ見えて物事をよく見ているの。そりゃ、キョロキョロし過ぎて何かにぶつかることは多いけど……身体が大きいから、それは仕方がないの!!」
「なぁんだ、やっぱり私なんかよりよっぽどパウロくんに詳しいじゃないか。じゃ、聞くけどね。パウロくんはたとえば知らない女に言い寄られて……そういった場合はどうなると思うね?」
「・・・え? そ、そういう状況は…………たぶん、何もできないと思うわ。ううん、絶対、無反応よ! そんな知らない人なんて、彼が興味を持つだなんて・・・あ、でも。お昼の時は“彼女”に反応してたわね……いや、でもあれは驚いていただけで何もないわ! 興味なんて持たない、絶ッッッ対!!!」
「へぇ~~、何かあったんだ。……フフ、しかし当然だけどさ。私が知らない本当のパウロくんをあなたはよく知っているのね。それでなに、あの子お昼に危ない場面でもあったの?」
「いや……危なく、はない。危なくはないのだけど……今日のお昼にね? ちょっと色気の強い女性にウインクなどをされて…………あいつったら、呆然としていたのよ。……いや、まぁ、違うわ。あれはきっと“意味わがんね”って、呆けていたから……でもカードは回収したわ、一応ね? せっかくもらったものでもあるし、彼ったらきっと、失くすからね??」
「へぇ……でも、そんな“子供”って年齢でもないからね。多少でも色気に興味があるくらい、仕方ないんじゃない?」
「パウロは15歳よ。そうね、でも……まだまだ子供よ! あ、年齢ってことよりは……精神がね? だから私が注意してあげないと、いつだって困るのよ。それに何かと雑で鈍感だから、そう言った意味では安心できるわね。でもでも、安心だけではなくって……そもそも常識が足りないから放っておくと何するか解らないの。雑で鈍感って、それは何かをしでかしても気が付かないこともあるってことで――」
「あなたはほんと、彼のことが“好き”なのねぇ……」
「――だから私はいつだって迷惑してね? 大体、恥じらいというかデリカシーが彼に・・・・・んん?? 今、なんて???」
「よしっ! そろそろ電気点けるわよ~~。ハイ、点けたぁ!!」
「あっ――。」
部屋が一瞬にして光に照らされる。ボタン1つで「ハッ」と照らされた室内。宿屋とりで屋はこんな辺境の地にあって、どうやら照明設備はロイダー製の最新鋭なものを備えているらしい。さすがは大物芸術家の住居である。
照らし出された居室。光によってベッド脇に座る少女が姿を現した。それは両手で膝を抱えた姿勢で床に座り込んでいる。
少女は突然太陽に晒されたモグラのように、慌ててベッド下に逃げ込もうとした。
「これこれ、アルフィースや。今更闇を求めてどうする? いい加減に心の影も晴れただろう。観念して出てきなさい!」
「うっ……な、何よ心の影って? そもそも私は別に……解っていたから。ただちょっと驚いただけどいうか、なんというか……」
「なんというか、落ち込んでしまった? ……フフ、冷静になってみてどう? 彼のこと、まだ疑っている?」
「う、疑うというか…………でも、やっぱり怒ってるわよ。そうやって無防備で無警戒なところ! 子供みたいに好奇心旺盛も結構ですけど、彼にはもう少しだけでも大人になって頂きたいものですわ」
「・・・・・あんたは大人だっての?」
「んなっ!? お、大人でしてよ!!? ほら、こうして淑女たる気品に溢れておりますし、しっかりと自己判断で責任を持って――」
「はいはい。どうやらまぁだ、ちょっと冷静じゃないね……」
「な、なによ!! マイサさんは私のこと子供だと思っていらして!? 私はてっきり対等のお友達だとしてお付き合いを――」
「もちろん、友達さ。私はあんたのことを気に入っている。だから、あんたに嫌われるかもしれない、辛い思いをさせるかもしれないことを…………言うのが怖かったよ」
「――――あっ。」
明るくなって照らし出されたのは少女だけではない。店主のマイサもまた、部屋の入口で壁を背にした姿を顕わにしている。
真っ暗で口調からも解らなかったが……どうやら、彼女もまた感情を抑え込むのに必死だったらしい。目元を拭って天を仰ぐ様子から、相当に疲労したことが窺える。
少女は知った。闇に護られていたのは自分だけではなかったんだと……。
「正直、部屋が真っ暗で助かったね。そうでなかったらさ……あんたのその赤くなった目を見ていたら……私も、冷静ではいられなかったかもしれない」
「……ごめんなさい、心配かけたみたいで……」
「なに、いいさ! 第一ね……事の発端は全部あのエリックだよ。あいつが余計なことをしでかすから、本当に!!」
「エリック・・・・・まぁ、それこそ私は彼を良く知りませんから。でも、確かにお調子者というか、少し鬱陶し――あ、違くて。少し私と波長が合わないようですわ」
アルフィースにとってのエリック。それはこれまでからして……正直、“邪魔者”でしかない。
昼間にふて寝する原因となったのもエリックだし、さきほどパウロがあんな有様で帰ってきた原因もよくよく考えればエリックである。つまり何一つ、好ましい要素が現状として存在していない。この日、彼が何か悪いことをしたわけでもないのだが……初印象として“盗賊”という負の要素まである。
「そうかい? それは仕方ないね。でも、まぁ……ひとつ解ってやってほしい。あいつもあいつなりに考えがあってパウロを連れまわしたってこと。悪気があったわけじゃないんだよ……彼にも抱え込んでいるものがあるのさ」
「はぁ、それは……悪気があったらたまったものではないですからね。・・・え、彼ってあんな調子で何か悩みでもあるの?」
「そいつぁ……私から言うことでもないね。まぁ、あやつのことなんてど~~~でもいいや。――それで、あんたはこれからどうするんだい?」
「どうするって……そうですね。シャワー、浴び損ねていたので。さっぱりしたい……かな?」
「あいよ、どうぞ自由に使いな。せっかくだし、風呂も沸かそうか? 今から少しすれば沸くよ」
「お、お願いします! えと、じゃそれまで……」
「夜空でも見てきたら? 少し夜風でも浴びて、外の空気を吸って気分を変えるといい。ただし、夜の風は冷えるからね。ほどほどに入ってきなさいよ!」
「夜空を……はい、そうしてみます。ありがとう、マイサさん」
アルフィースは女店主に丁寧なお辞儀をした。そして、ベッドの暗がりから立ち上がって居室を後にした。
宿屋の外に出ると、すぐに渓谷の風が身体を撫でていく。大きな伸びをしたら、白いドレスの裾が翻って……やっぱり、少し寒い。
暗い空にも光はある。星々の輝きに月の灯り。それらを見上げて、少女は白く息を吐いた。
「綺麗よね……でも、どこまで遠くにあるんだろう?」
夜空に輝く星々。その計り知れない位置を想っていたら……ふと、気が付いた。
青白い小さな光がある。その光は夜空を旋回していたのだが――やがて、ピタリと停止した。
流れ星であろうか? しかしそれにしては一筋に落ちず。
それに単に青いだけでなく。赤い輝きも混じっているような――――――。
|オレらはモンスター!!|
暗がりへと沈んだ森に灯る、一点の光。
渓谷の山中。森の中に一軒、隠れ家のように佇む立派な館。
そこには現在、館の主とそれに仕える執事が住んでいる。
「静かな夜ね……存外、今宵は月が明るく感じるわ。しかしどうしたものか……ねぇ、ここの色合いってこれで良いかしら?」
館の主は窓の外を眺めてから、悩ましく筆の尾を唇に当てた。
月明りが零れ入る居室。乱雑に散らかった部屋をロウソクの灯りが朧に照らしている。
そのような環境で筆を手にしている主。それに仕える者は渋い表情でよく眼をこらしてみた。
睨みっ面になると、それは随分と人間離れした強面である。
「どれどれ……ううむ、通りの景色ですか? 見たままを申し上げますと……実際もこの色合いだったと思われますがね?」
顔色が悪い。執事の者はロウソクの灯りに照らされて、その赤紫の顔色をボンヤリと闇に浮かべている。これは体調が悪いわけではなく、彼はそもそもがそのような表皮の色をしているのである。ようは生まれつきというもので、口から覗く鋭い犬歯も生まれ持ったものだ。
誠実で当たり障りのない回答。館の主は首を横に振って「違う違う」とため息を吐いた。見慣れたものらしく、彼女はこの恐ろし気な執事の顔になんら疑問を抱いていない。
「私はね、この景色に“哀愁”を漂わせたいの。だらこの……この錆びたパイプ! これにあるがままの色合いを求めてないのよ、解る? 哀愁よ、哀・愁! だからもうちょっと緑を混ぜて帝都の環境を暗示してみるとか、佇む2人に当時あった近況の不安を表現してみるとか……そういった印象的なアドバイスが欲しいの!」
館の主は芸術家として、それを気取る者として、感情から沸き上がるような答えを求めているらしい。言い様からするとかなり我がままなものに思われる。
執事は大変答えにくい、何を言っても反論されそうな質問に頭を悩ませた。
「はぁ……哀愁でありますか? それならもう、描かれたお2人の表情から十分に伝わってまいりますが……」
「なに言ってんだい、2人とも笑顔じゃないか! 私達2人自体は“幸せ”にこれから旅立つ、そういった表情なんだよ? それを景色が代弁するからこそ、この絵が引き締まるのでしょう? あなた、“ローゼンハック”よ。ちゃんと絵を見てまして??」
「いや、しかし……これは難しいですよ“お嬢様”。それもこんな暗がりに色合いを聞かれましても……」
「なにを言ってますか。あなたの眼が暗がりを理由にしてどうします! 本当は面倒だから適当に答えているのでしょう!?」
「やや、そんな、滅相も御座いませんよ。このローゼンハック、いつだって真摯にお嬢様の御質問に答えております。面倒だとか、やり過ごそうだとか、早く寝ていただきたいとか、そういった感情はこの心にあらずでして……」
「本音が零れ出てんだよね、まったく……この“使い魔”ときたら妙に気を遣ってさ。本当に、悪魔らしくないわねぇ……」
不機嫌に頬を膨らせてむくれてみせる主。その傍らにある執事――【使い魔のローゼンハック】は困ったような照れるような……そのような苦笑いを薄暗がりに浮かべた。
不気味な絵画がテキトウに雑居する主の寝室。むくれる主と困り顔の執事。
2人はすっかり黙った。暗い部屋で互い違いの方向を向き、そして目も合わせぬまま……応答し合う。
「――――ふむ。」
「あらなに、また客人ですの? 一体、何者かしら……フフフ」
「いえ、ご期待されるような者達ではありません。あの2人なら、きっと導のまま目的地へと……」
「ちぇっ……じゃ、なんだい。また輩共かい? はぁ、どうにも懲りないねぇ」
「いえ、それとも違いましょう。この速度に、この感覚は……魔力ではない?」
「…………気になるなら、さっさと片づけてきなさい。ただし、さっきの答えは戻ってくるまでによく考えておくこと!」
「あちゃ、誤魔化せないか……承知致しました。いやはや、さすがお嬢様は抜け目なく、まったくこのローゼンハック、感嘆の思いを禁じ得ません――――ではでは!」
暗がりの部屋の中。黒い霧が主である老婆の眼前を過ぎる。黒い霧は吸い込まれるようにして窓の僅かな隙間を通り、月夜の景色へと流れ消えた。
「……私らはアレに、人の悪い部分も教えたらしい。それは嫌味と愚痴だろうね。やれやれ……本当にらしくないんだから」
呆れたように肩を竦めてから、老婆はキャンパスと向き合う。
一方、館から流れるように出でた黒い霧は渓谷の風に逆らいながら森林を流れる。それは時折に顔や腕のようなものを形作りながら、枝葉に引っ掛かることもなく、猛然とした速度で渓谷の一点へと向かった。
そして森のある部分に到達すると……体積を考慮しない広がりによって、一帯に“霧の壁”を形成した。
霧の壁は何者かを遮るための包囲である。
黒い霧によって捕らわれた者。
森の中を疾走していた存在、それは――――。




