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「オラはモンスターだっぺや ~俺って、情けねぇんすよ(4)~」

 テーブルに並べられていたいくつかの皿。すっかりからっぽになった皿は手際てぎわよく重ねてられて、宿屋の奥へと下げられた。


「……ふぅぅ。」


 息を吐きだすが、ため息ではない。「満足した」と気楽に感じたがゆえの、深い呼吸だ。


 ハンカチで口元をぬぐい、水を一口飲む。少女の唇につやが戻った。


「どうだったかね、アルフィースや。量は多くなかったかね?」


「いいえ、よろしくてよ――っと。あの、お味も程よく、満足できました。マイサさんは料理も御上手だし気遣いもこまやかで……同じ淑女として敬慕けいぼの想いでありますわ」


「あらまっ、また照れるようなことを……これは光栄だねぇ。ま、淑女って言うにはあたしゃガサツが過ぎるけどね!? ワァっハハハ!!」


「そうでしょうか? そうは思いませんけど……」


 内容としてもおだてられているようで気恥きはずかしいが、何よりアルフィースの堅苦しい言い回しにこそれない。だからマイサはこそばゆいのであろう。照れ照れに顔を赤らめて椅子に「ドカっ」と尻を降ろす。


「いやさ……まぁ、しっかし照れるねぇ! そんなん言ってくれるのって、あんた何年ぶりって話だよ、お世辞でもさぁ! アっハハっハハ!」


「いえ、別に世辞などではなくってよ? 私は本当に……」


「よしてやい、まぁ……ありがとうよ! それにしたってアルフィースこそ、随分と礼儀正しくって、大人びているねぇ。感心するよ!」


「……それは当然でしてよ? 特段、つとめているわけでもありませんわ。自然とそうあることが、セイデンの風雅ふうがでありますから」


 さもありなん、とばかり。アルフィースは賛辞さんじを浴びてご満悦まんえつだ。


「はっはは……なんだい、その“せいでん”ってのは?」


 店主のマイサは照れて笑いつつ、何とはなしに少女の発言で気になった単語を問う。


「ええ、ご存じなくって? 他国なので仕方ないか……されど、聖圏なら知らねば余所よそ者と看破かんぱされるほどセイデンとは高名な階層でしてよ。聖圏でも特別な、それは高貴で由緒ゆいしょある一族でして……」


「えっ――――聖、圏?? なんだい、あんたアルフィース……どこぞの帝国貴族かと思いきや……そうか、聖圏の人なのかい。こいつぁ尚更なおさらおどろいたねぇ。あの聖圏の……そうかい」


「ええ、私は聖圏の生まれですわ。それがどうかしまして?」


「…………う~ん」


 店主のマイサはうなった。それは彼女の想像していた境遇と、実際の少女の境遇との間にある差異になやんでいるのもある。だが、一番の問題はそこではない。「幼い帝国貴族と若き使用人の悲恋ひれんめいた駆け落ちではなかったのか……」という考察違いも問題ではない。


「アルフィースや。ここはね、このウォールナット村は……一応、もう帝域なんだよ。丁度渓谷と帝国の境目、ってところさ。直接の管轄かんかつではないけどね」


「あら、そうですの。ここはもう、帝域……かの国の地、なのですか? それにしては“臭く”ないですわね」


 アルフィースは村の様子を思い起こして「聞いていた感じではないな」と思った。帝国はもっと危険で、落ち着ける場所などありはしないと想像していた。つねに火薬の臭いがするとも聞いていたのに、それもない。


 ……ウォールナット村は確かに僻地へきちである。しかし、それでも帝域であることはマイサが言うように事実。


 目下もっか、帝域と聖圏は“終わりなき戦争”の最中さいちゅうでもあり、停滞した戦線にあるとはいえ、双国の国民感情としては互いに「敵」と見るのが普通であろう。各個人に程度の違いはあるにしろ、偏見へんけんが備わっていても無理はない。


 アルフィースも「常に火薬の臭いがする」という認識からさっそく、「あんたの国っておもったほど臭くないね」というむねの発言をしている。


 この堂々とした態度の少女――アルフィースはしかし、目の前にあるマイサが困ったような顔をしていることに違和感を覚えた。


 マイサのそれは困り顔というより不満の表れであろう。それはそうだ。


「アルフィースや。帝国は臭い場所だと聞いていたかい?」


「はい、そのようにぞんじております。重火器を持つ人間や火花の魔導士がそこいらにて危ないし、空気も汚いから近寄ってはいけないとも……」


「……はぁ。まぁ、そういうものだよね。して、アルフィースや……聖圏のセイデンは汚くって臭いのかい?」


「セイデンが? いいえ、セイデンはそのような・・・・・なっ!?!? ちょ、ちょっと!? セイデンが変に臭うなどと、どうしたってあの花園にそのようなことがありまして!? いくらマイサさんでも訂正を求めます!! 断じて、そのようなことは無いッ!!!」


「だろうね。訂正も何も、そんなこと思っちゃいないさ。それで、アルフィースよ。故郷を想像で“臭い”と目の前でうたがわれて……どんな気分だい?」


「よ、良いわけないでしょう!? はぁ、びっくりした。よもやセイデンをそのようにうたがう人があるわけないわよね。マイサさんったら、淑女にも冗談じょうだんの限度がありましてよ??」


「あんた、私には冗談で言わなかったよね。言い切ってたよね」


「ん?? ――――あ。」


 言われて気が付いた。そう、ここが帝域であるということは……目の前にある女性はおそらくその出身者であろう。


 それをまえて、先ほど少女が発言したことは……。


「……あながち、根拠こんきょが無いとは言えない情報だけどさ。なんにしたって、目の前で故郷を小馬鹿にされたら、誰だって何かしら思うものがあるだろうよ。……まぁ、そういうこったね」


「ご、ごめんなさい。私ったら、その……」


「あはは、怒っちゃいないよ。ただね、ちょっと気になったのさ。そしたらやっぱり……ね」


 マイサは強く言ってしまったと、悪くも思っている。だが、ここで一度強い経験をしておかないと、少女はこの先にもっと手痛い思いをすることになる……そう考えて、えて意地悪を演じてみせた。


 程度の差はある。大半の人は自分のように笑って過ごしてくれるだろうが、中にはそうでない人もある。アルフィースの物腰からしてすぐに理解してくれるだろうと。だからこその警告でもあった。


 それでもすっかり萎縮いしゅくしてしまっている少女を見ると、心が痛む。


「アルフィースや。故郷のことを誇りに思うことは素晴らしいことさ。実際、あなたのような子が育ったのだから、さぞかしセイデンは気品に満ちた世界なんだろうねぇ。……でもさ。良いも悪いも、人格も気品も……時と場合によっては関係なくなることもある。だって、戦争中だもの……」


「戦争……聞く限りでは知っていますけど……」


「そんなものさね。事実として、かなしいことだけど……今の世界は真っ二つなのさ。こうして普通に過ごしていれば感じないけど、今もこっちとそっちの誰かと誰かは傷つけあっている。それが身近だという人もある。ふいと隣に立っている人がそうかもしれない……人を国に見立てて復讐ふくしゅうしようってやからもあるだろうさ」


「…………それって、悪い人よね?」


「そうね。だけど、哀しい人さ。・・・・・ま、よーするに! 余程安全だと確信できない限り、故郷のことは話さないほうがいいだろうね。つらいだろうけどさ……マイサお姉さんはそう思いますよ、はい。暗い話は以上ッ!!」


 強引に話を切り上げて、少女の頭をでるマイサ。固まった空気を混ぜるように、気分を循環じゅんかんさせるようにグワグワとする。


 強く撫でられて……アルフィースは頭がクラクラして良い気はしなかった。でも、彼女の暖かさを感じられて……それは悪い気がしない。



 ……目の前にあるマイサも帝域の人。思えばカイルも帝域の人だし、リーリアだってそう。そこに乗り込んできた派手なおじさんもそうらしいし、盗賊の連中もたぶんほとんどはそうなのだろう……。



 思えば帝国にもいろんな人がいるのだろうな、と。少女は当たり前のことを当たり前だと実感できた気がした。


「しっかし、臭いと言えば……帝都はちょっと、ソレあるかもねぇ!」


「――――え゛っ??」


「いや、慣れれば気にならないけどね? あたしなんかは一度渓谷に住んだら全然空気が違うからね、もう戻りたくないよ。“ウチの人”みたいに目的があれば別だろうけどさ」


「え、え、臭いの? 帝都って、本当に臭いんですか??」


「臭いというか……そっちの都市部はないのかい? 人も多けりゃ工場も多いからね。四六時中立ち昇る煙突えんとつの煙なんかが空に充満しててさ。魔道パイプサイロだってあれ、たまにすごいうるさくってイヤになるねぇ! そういった人工的な臭い、騒音? ってのが充満してて、あたしゃ渓谷の方がよっぽど好きだよ。夜空だってこんな風にさ、星も綺麗で……1人じゃなきゃなお、最高だね」


「・・・やっぱり危なそうね。さすが帝都だわ」


 火のない所に煙は立たない。うわさの切っ掛けは何処どこかしらに存在するものである。アルフィースは昼時の占いを思い出して、「安全そうな場所の目安があってよかった」と胸を撫でおろした。


 少女がふと、目線を上げる。そこでは寂しげな眼差まなざしで絵画を見上げている女性の姿がある。


 見上げている絵画はここで一番大きなもので、テーブル席に座ると丁度に距離良く、全貌ぜんぼうを眺めることが出来る。


 大きな絵画は一目いちもくに題材が「テッペル渓谷の夜」であると解った。


 絵画には全体的に青と黒を基調としており、尚且なおかつそこに山の稜線りょうせんと“そびえる黒い砦”が描かれている。まだ傾いていない、あの砦だ。


「……はぁ。」


 ため息を吐いた。それはアルフィース……ではない。


 マイサだ。店主のマイサは絵画を見上げて、ため息混じりに「ボ~っ」としている。何かを想っているのであろうか。あれほど口の早い彼女が、今は随分とお淑やかに思われる。


 夜を題材としているのに、その絵画からはきらびやかな印象を受ける。

 暗い空にまたたく星々はやや大きく、色鮮やかに強調して描かれていた。


 砦にすは月光か。青白くふちどられた砦に描かれた穴は窓らしい。

 絵画の右下には白字のサイン。崩れた字体だが、よく見ると……。


「ありゅーど、あい……。あれ、アリュードって確か――」


「インゼット=アリュード……そうさ、あたしの旦那だんなだよ。ここ半年も妻を放って都市を満喫まんきつしている、のんびり屋で気の小さい絵描きさ……はぁ。」


 頬杖を着いて零す様に話す。脱力したようなマイサはまた溜息をいた。


「え゛ッ!! だ、旦那様!? この絵画、マイサさんの旦那様がお描きになったものなの!?」


「旦那“様”なんて言わんでいいよ。まったく、これじゃ何のために渓谷に移り住んだか……あの人、解ってんのかねぇ??」


 夫のことを話すマイサはよどみない様子だが、それにしても喜ばしくなさそうである。何か気に食わないのであろう。


「あ、あの……でも半年、って? マイサさんを置いて旦那……さんは帝都で何をしていらっしゃるの??」


 恐る恐る、アルフィースが聞いてみる。これこそマイサを怒らせるような質問ではないかと、彼女の反応をうかがいながら慎重に言葉を置いた。


 マイサは口を曲げて、眉間みけんにシワを寄せている。少女は「あっ、ごめんなさい」と小さくあやまった。しかしマイサは少女に対するいら立ちや怒りなどまったくない。


 すべて、負の感情は遠くの夫に向けられている。


「あの人は……あいつは今、帝都の展覧会にお呼ばれしてね。授賞式にも参加するって、ノコノコ馬車に乗っかってったよ。個展も開いて特集記事も……って、なぁにが!? 年取ってけんも取れたものだよねぇ!!」


「お、おう・・・何がでしょう?」


「昔、自分で言ったんだよ……

『俺はこの自然にせられた。社会の権欲、色欲、物欲?? そんなもの、もう……うんざりなんだよ。俺が真に描きたかった情景はここにある。そして、俺と俺の絵を評価してくれるのは――そう、ただ君1人でいい。この渓谷に君がいてくれるのなら、そこが俺の居場所さ。これ以上のアトリエは考えられない……帝都の空なんか、2度とは見たくないね』

 ……ってさ。あらまぁ~、今でもスラスラ詠唱えいしょうできるねぇ、この戯言ざれごと!!」


「そ、それはまた……で、今は結局帝都に??」


「そう。まったくではなかったけど、そこまで有名じゃなかったからね、昔は。それが評価された途端に……

『この勲章くんしょうをごらん? アプルーザンの皇帝が直々にさずけてくださったんだ。なんて美しい……どうだい、見惚みほれるほどに綺麗きれいだろう?』

 ……なんて。権利の化身けしんみたいなのに物欲の権化ごんげみたいな物もらって――何よろこんでんだい、本当に!! そんなんなるなら、最初っからデカい事言うんじゃないよ!! 私まで巻き込んで、挙句あげく放置なんて……どう思う!?」


「うぅ~~ん。あまり悪くは言いたくないけど……少し節度に欠けている気がしますわね。マイサさんが可哀想だわ」


「でしょう?? これで色欲にも染まってみなさいな。ただじゃおかないからね、本当に……気が小さいくせに大言たいげん壮語そうごを吐くからこうなるのよ!!」


「そ、そうですわね……でも、そういうことは大丈夫だと思うわ。だって、マイサさんみたいな素敵な奥様があって、何かするわけないもの。それに、何かしたらおっかなそうだし……」


「アッハハハ! それはそれは恐ろしいよ? どうしてやろうか。考えはあるし……あの人だってよく解ってると思うけどさ。しかしでも、あの人ほんと気が小さいんだよ……そういう部分に付け込まれないか、それが不安だねぇ……」


「あ~、旦那さんからではなく、周りが寄ってくるのじゃないかって? それは……どうでしょうね? 式典にも出席するくらいなら、名も知れ渡るだろうし……」


「幸いにしてね……つらはそんなでもないし、キャンパスも重い重い言うほど虚弱きょじゃくだからさ。そこまで強引に言い寄る物好きはない、と。そう思いたいところさね……」


「物好き……ね、ウフフ」


 随分と饒舌じょうぜつなものである。マイサは本来の早口に加えて、さらに加速した舌の回転で夫を語った。


 ほとんどが愚痴ぐちで、悪口もあるけど……聞いているアルフィースは微笑ほほえましくすら思える。


 アルフィースは見たわけではないものの、マイサの夫は「顔がよくなくって貧弱」らしい。だからこそマイサは「大丈夫だろう」と、自分を制することができている。



 ……ふと、アルフィースは自分の付き人のことを考えた。彼は今頃何をしているのか、と。


 結局「良いところ」とは何だったのか? 戻ってきたらそれを問いただしてやろう、と。



 マイサの止まらない愚痴に相槌あいずちを打ちながら。



 少女は少年の顔を脳裏に思い浮かべている――――。




|オレらはモンスター!!|




「――――んでパウロさん、何飲みます? 好きなもの何でもいいっすよ!」


 賭博とばく場のカウンターテーブル。アルコールの染みた木製テーブルに肘を置いて、青年エリックが棚に並ぶ酒などを指をさす。


 カウンター越し、バーテンダーの後ろに並んだボトルの数々。それらを「ほぇ~」と一通り見渡してから、大柄な少年は好きな飲み物を答えた。


「んだば、『水』頼んます」


「おっしゃ、マスターみずゥ――っでぇ!? み、水っすか!? パウロさん、好きなの頼んでいいんですってば!!」


「あいや、らっけ水好きらっけ……だめか??」


「だ、ダメじゃないけど……もしかして、遠慮してます? そんな、俺もいいとこ見せたいっすから、ドンと頼んますぜ!」


「んでもなぁ、酒は飲めねぇし。だいたい、水以外らと牛乳か、果物の汁くらいしか知らんっぺよ? ……ああ! 一度ジェットにもらったリンゴのジュースってのさ、あんれ美味うまかったっぺやねぇ。ほとんどこぼしちったけど……」


「え、マジっすか。パウロさん、あんた……マジ??」


 パウロは遠慮しているわけではない。好意は素直に受け取ったものの、そもそも知っている“飲み物”が数少ないのである。


 ここまででも違和感をおぼえていたエリックだが……どうやらパウロは自分と異なる価値観と過程を持つ人らしいと、改めて彼の特殊性を感じ取った。


「……じゃ、パウロさん。“ジャコック”は?? へい、マスター。ジャコック1本!」


「んや、じゃこっく・・・なんそれ??」


 気前よく指を鳴らしながら注文を出す。エリックは少年の返答を待たず、バーテンダーから緑色の細長いびんとコップを1つ、受け取った。


「アルコールがダメならこいつを試しに飲んでみてほしいっす。こいつは上等な“サイダー”で……シュワシュワ、ノド越しマジサイコーっすから!」


「上等なさいだぁ??? しゅわしゅわ????」


「まま、一杯、どぞ!!」


「お~~……おおぉ??? なんね、これパチパチしてっけど……良いかおりがすんねぇ! どぉれ……」


 その液体はコップにそそがれた時点でシュワシュワと泡がはじけており、甘い香りがただよっている。パウロはこの液体をグイと飲んでみた。


「・・・・・。」


「どっすか、美味いっしょ!?」


「――――んにゃ」


「えっ?」


「は、はわわわわ……! のどが……のどがッ!? なんかチクチクしくさって……!!」


 口にふくんで一気に飲みしたパウロ。彼は一度停止した後、口を開いてノドを押さえて立ち上がった。初めての体験に彼のノドが警報を発しているのである。


「あ、それでいいんす。それがサイダーっす、炭酸っす。その刺激とノド越しを楽しむんすよ。ほら、怖がらないで……味を感じて? どうっすか、甘いっしょ!?」


 なんとなく予想していたエリックは冷静に、パウロをさとすように語りかける。


「あ、あわわわわ……ん、味?? 味は……甘くって、美味しい??」


「でしょ!? 俺も昔は良く飲んだもんっす。パウロさんも、それアルコール入ってないから安心して飲めて良いっしょ?」


「お~~……んでも、なぁんかれねな。このパチパチがどうも……ううむ、甘いけど……んぐ、んぐ…………カッ~~~ッ!? やっぱす慣れねな! 舌がアッチぃわ!」


 瓶の中身をコップに移して再挑戦するものの、やはりノドが違和感に慣れないらしい。どうやら味そのものは気に入ったようだが、パウロはそっと瓶を自分から遠ざけた。


「あちゃ、ちょっと合わなかったか。じゃ、ここは……へいマスター! リンゴジュースをビッグサイズ、頼んます!」


 パウロの様子を見て、エリックはすぐに代わりの物を頼んだ。ちらっと少年が言った「リンゴジュース」をジョッキで受け取り、パウロの前にドンと置く。


「お、こりぇって……」


「さっき言ってた、零しちゃってあんまし飲めなかったって……やっぱり水だけってのも味気ないから、どうぞ飲んでくだせぇ」


「おお!! ングっ、ンガっ、ゴっ――――っパァァ!? うんめぇぇぇなぁぁあ!!! コレよコレ! いんやぁ、オラさこんな美味いもん飲んでいいんか!? ほんとか!?」


「どうぞどうぞ……っと、もうからっぽ?? マジかよ、ジョッキひと息かい……さすがだぜ。へい、マスター! 同じの3つくらいくれや! そんで俺は……どうしよっかなぁ。そうそう、食い物も……」


 リンゴジュースをひと息にして、すっかりご満悦まんえつなパウロ。となりでメニュー表を広げている青年が「何にします?」と見せてきたが、見てもよく解らなかったので「なんでもいいべさ」と笑った。本当になんでも食べるし好き嫌いがないので、彼としては本心である。


「う~~ん、なんでもいい、か。これは悩むな……」


 エリックはうなった。彼としてはパウロに良いところを見せたいので、ここで好みをきっちり引いておきたいと思ったのである。ただし、残念ながらアタリはない……というかハズレがないだろう。言うなればこの店の何を出してもパウロにとってのアタリである。


 そうして青年が賭けの心境でメニュー表を眺めている時。


 隣でご機嫌にカウンター奥の酒瓶さかびんを眺めている大柄な少年。その背中に、「ちょんちょん」とした刺激があった。


「んぁ、なした? 誰ね、オラの背中をっつくんは・・・・・あ。」


「ウフフ、さっきぶりぃ~~♪ パウロ君、お隣よろしくって??」


 振り返ったパウロの表情が固まった。そこには先ほど、謎に自分を触りまくってきた女性の姿があったからである。本能的に警戒し、緊張した。


 ――しかも、それだけではない。


「あ~~、この子がそうなの?? すご~い、本当に15歳? 身体しっかりしてる~~♪」


「へぇ、恰好かっこうは随分とラフだけど……良いじゃない。ねぇ、坊や。あたしリンファっていうの。どう、興味きょうみ持ったりしない?」


「ちょっと、飛ばさないでよ! ごめんねパウロくぅ~ん、この子達ってばせっかちで、順序ってものを守れなくってさぁ~」


「・・・・・お、おう。」


 パウロはまたたに3人の女性に囲まれた。左右と背後を包囲され、押し付ける様に観察されていることが解る。パウロはすっかり面食めんくらってしまい、まったく動けない。


「あっ、緊張してる~~本当だ、カワイイ~~♪」


「ねぇねぇ、何処どこ生まれなの? あたしはアプルーザンよ。これでも女学院出身なの~」


「こら、だから先駆けしないでって! パウロくん……あなたのこと“カワイイ子がいる”って話したら、もうこの子達気になっちゃってぇ。でもせっかくだし、少しお話しましょうよぉ♪」


「・・・・・お、おう?」


 少年のアゴ先に触れる女性の指先。持ち上げられるように細い指で撫でられて、パウロは背筋に寒気さむけを覚えた。


 しかし、振りほどくことも立ち上がることもできず。成されるがままに硬直するのみ。


 女性達からは甘い香りもするし、酒の香りも漂っている。そこに賭博場の煙が合わさって……それら全てにまとわりつかれたようで、パウロの視界はグワグワと揺れた。


 何かを言われているようだが、何を言っているのかも把握できず。ただ相槌あいずちを返して成されるがまま、身体に触れられる。


 そうした現状がなんだか怖く、悲しくなって……少年の瞳に涙がまった。


「あらら、パウロくん? もしかして泣いて――」


 その時。危機的な少年の状況に「待った」をかける人がある。


「ハイハイっ、ストォォ~~っプ! ストップストップぅ! はいよ、これにてサービスタイム終~~了~~ですッ!」


 包囲網は唐突とうとつやぶられた。状況に気が付いたエリックが手際よく、パウロの周りから女性たちを遠ざけていく。服についた虫を引きがすかのように雑な対応をされて、女性3名は実に不満そうだ。


「――っとと!? ナニよぉ~エリック、何するのよぉ!」


「はいはい、文句言わない。確かにここは賭博場。色香いろかに狂うも酒に狂うも勝手だが……俺の大切な客人を狂わすような真似だけは、しないでもらいたいね?」


「なによエリックぅ、やきもちぃ? ……それにしたって。随分とこの私を雑にあつかってくれるじゃないの」


「ナラーシャ、悪いな。君のことは好きだが……それとこれは別だ。この人は――――パウロさんは俺の恩人おんじんなんだ。そして彼にはもう、大切な人がある……解ってくれないか?」


「……フゥン、何よ。本当にちょっと、興味があるからお話をしたかっただけなのに……ま、いいでしょ。でも、これは貸しだからね? 私にこのようなことをしたのだから、覚えておきなさいよ、エリック!」


「はいはい、後でなんなりと。お嬢様……」


 頬に手をえられ、息がかかるほどに唇を近づけられ、そしてにらみつけられる。ナラーシャの威圧的な態度を受けたエリックは肩をすくめ、笑顔を見せることでやり過ごした。


「ユーリィとリンファも、悪く思わないでくれよな。こればっかりはゆずれなくってよ」


「――ま、私たちはナラーシャにさそわれただけだしぃ?」


「――ね。でも、間近まぢかにしたら確かに興味でたかも……その子さ。別にいいけど……」


 ナラーシャの仲間は彼女ほど未練みれんないようで、ない様でエリックに答えている。


 突き放すようにエリックを押しのけ「逃げるんじゃないわよ」と捨て台詞を吐いて。


 村長の娘、ナラーシャは賭博場の奥へと戻っていく。不機嫌そうな彼女の通り道を、喧騒けんそうの客達はおそれるように自然とけた。


 どうにか混乱をやりすごした青年は安堵あんどの表情で隣を見る。


「……フゥ。いや、パウロさんすまなかった。嫌な予感はあったんだが……彼女がこんなに早く戻ってくるとは思わなくってさ。しっかし、素直に引っ込んでくれて助かったよ。彼女の虫の居所がもちっと悪ければ、たぶんまだ……ん?」


「・・・・・。」


「パウロさん、あの……大丈夫っすか? おぉ~~い、パウロさん? 俺が見えますか~~??」


「・・・・・お、おう。」


「……いかん、ダメだ。こりゃ一旦いったん、外に出た方が良さそうだな……マスター、すまねぇお勘定かんじょう! 頼んだ飯は適当に、そこの客にでも振る舞っておいてくれ!」


 急ぐ様子で代金をカウンターに叩き置き、パウロを押して賭博場の外へと向かう。


 呆然ぼうぜん自失じしつな様のパウロは反応薄く。


 まるで無感情な人形かのように「カクカク」と不器用に歩く大男。そうした姿を見た喧騒の客たちは自然と彼から距離をとった。


 賭博場の外に出ると空には月明り。通りの焚火はえんもたけなわ、消化と片付けの段階にあるらしい。



 青白い光に照らされて、男2人は賭博場の脇にあるベンチへと腰を下ろした。



 冷たい夜風をびたパウロはようやくに感情を取り戻したらしい。悪夢から目覚めた朝のように頭を抱えて……先ほどまでのことが現実なのか夢なのかを考えている。


 大柄な少年は背中を丸めて、月明りの影で涙をぬぐった。


 得体の知れない体験に恐怖を覚えたこともそうだし、胸中きょうちゅうからき上がった強烈な罪悪感によって感情が押しつぶされそうになったこともそうだろう。


 ともかく彼は冷静になると真っ先に「あの子」のことを思い浮かべた。不安な自分の横にあの子がない事実が、不安をさら増幅ぞうふくして……。


「パウロさん……俺、こんなつもりじゃなかったっす。俺はただ、パウロさんにせめて俺の良いところをって……」


「……なぁ、エリック」


「あっ、はい!? なんでしょう、パウロさん!?」


「オラ……オラさ? アルフィースつぁんに会いてぇわ。あん子さ、さっき見えた時に起きてたみてぇだし……」


「え!? ええ、ええ、もちろんですとも! ……ん、さっき見えた??」


「んだば、行こう。オラは……オラはそばに……あの子の隣に、たいんだ……」


「――――ッ、はい! 行きましょう! さぁ、立ち上がって!!」


「おぅ。よっこらせ……いやぁ、なんでかえらく疲れたっぺやなぁ……」


 まるで死闘を越えたかのようなパウロの表情と背中にある哀愁あいしゅう。ヨロヨロと宿屋に向かう少年の後姿に、エリックこそ罪悪感を覚えて歯を食いしばった。


 まぁ、ふらつきもするだろう。だって、何も食べずに店を出たのだから。



 もっとも。この時の少年は空腹を気にするほど、意識に余裕などなかった――――――。






|オレらはモンスター!!|







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