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「オラはモンスターだっぺや ~俺って、情けねぇんすよ(3)~」

 「ホーウ、ホーウ」と鳴き声が聞こえてくる。それは渓谷の森林から発せられた狩人かりうどの声。


 ふくろうかなでが聞こえる宿屋の一室。暗がりに落ちたこの部屋の中、ベッド上でスヤスヤと眠りこけている少女の姿がある。


「・・・・・ん? ・・・・・む?」


 少女は目を覚ました。そして半身を起こして周囲を見渡す。


 乱暴らんぼうにまくり上げられた毛布の半分が床にズリ落ちた。見上げた窓の外はもうすっかりと暗くなっている。


「えっ、うそ!? 今何時・・・ぶわぁ~~~ぁ…………あん時なぉ??」


 欠伸あくび混じりに周囲を見渡すものの、時計が見当たらない。部屋に備え付けの時計はないようで、自身の手持ちにも存在しない。というか、あったとしても暗くてよく見えないだろう。


 尻をるようにしてベッド上を動き、あしを降ろす。こぼる月明かりだけが頼り。


 ほとんど真っ暗闇の中を慎重に慎重に、少女は部屋のとびらを目指した。


「あ――――でっ!?」


 何かに突っかかって前のめりに倒れる。どうやらベッド脇に何かが置いてあったらしく、よく見るとそれは大きなかばんらしい。パウロが持っていたはずだが……何者かが気をかせて部屋に運んでくれたのであろうか。


 それはそうとして、少女【アルフィース】はその鞄につまずいて倒れたのである。


ッッッッたいわね!! もうっ、どうしたってここにあるのよ!? 考えてよ、降りたらこうっ……暗いと丁度ちょうど、脚に当たっても仕方がないでしょう!?」


 怒っている。少女アルフィースは何かに怒っているが、この部屋には他に誰もいない。まぁ確かに、雑な様子でベッドわきに置かれた鞄はこの暗がりで躓いても仕方がない存在ではある。


「まったく……それにしたって、一体どのくらい眠っていたのかしら?」


 すねをさすって気にしつつ、扉にたどり着く少女。


 部屋の扉を開くと……ひと安心。アルフィースは扉の先が明るかったことに安堵あんどした。時刻が不明だったので、最悪のパターンだとすでに夜中なのではないかと心配したのであろう。


 扉を出るとそこには赤毛の女性がいた。


「おやおや、アルフィース! 丁度良かった、声をかけようかと思っていたんだ。もうすぐ夕ご飯にするから、そっちのソファにでも座ってなさいよ!」


 扉のすぐ先に立っていた女性。それは宿屋店主の【マイサ】である。身振り手振りを交えながら、早い口調でまくしたてる。彼女は別にあせらせるつもりも焦っているつもりもない。これが通常ペースなのであろう。


「あ、ええと……こんばんわ? そう、御夕飯の時刻でしたか。お心遣いに感謝致しますわ、マイサさん」


 会釈えしゃくで返すアルフィース。おっとり、しっとりとした仕草しぐさはマイサと対照的に大人おとなしい。気品と可愛かわいのある仕草を見て、マイサは照れくさそうに「ハハ、こりゃどうも」と不慣ふなれなお辞儀を返している。


 示された通りにアルフィースは宿屋の食席ホールへと進む。カーテンをくぐれば、木製の受付カウンターがあった。


 木製のカウンターには入口をふさぐ板が備えてあるが、蝶番ちょうばんが壊れて傾いてしまっている。これはここを出入りする人がしょっちゅうぶつかっているからであろう。


 カウンター上そのものは意外と整頓せいとんされた様子で、そうした清潔せいけつ感はこの宿屋全体に見られる。ただ、ふし々に破損や傷が散見され、清掃はともかく整備は少し行きとどいていない様子がうかがえた。


 花瓶に飾ってある花は鮮度が良く、水もんでいてこまめに変えていることが解る。ソファにつもるほこりも少なく、印象が良い。ソファの質感自体には不満があるものの、今更この程度なら悪くも思わない。


「――ふぅん、いいわね」


 少女アルフィースはそのように。ソファに座るまでの過程で宿屋内部をザっと観察し、不満のない表情を浮かべた。昼食の料理も実に美味おいしかったし、言うことないのだろう。


「…………はぁ。」


 そして、思い出したように溜息ためいきく。窓際の席を眺めるとかじったトマトの記憶が鮮度を伴って思い出された。合わせて、その時の心境と環境もよみがえってくる。


「そうだ、パウロは……自分のお部屋にるのね? まっったくもう、御夕飯の時刻だというのに、何をしているのかしら?」


 周囲を見渡して“彼”の姿がない理由を探す。


 きっと、自分の部屋でグースカ寝ているのであろうと。あきれたような表情をしながら少女は立ち上がった。


 そこに、あわただしい足音がカーテンを越えてせまる。


「あいよ~、取り合えず水の一杯でものみな……っと。どうしたんだい、アルフィース?」


 マイサはカーテンをかぶった状態で停止した。目の前に立っている少女が少し怪訝けげんな表情をしていたからだ。


「ああ、マイサさん。パウロは……私の付き人はどちらのお部屋にりまして?」


 別段、悪いことではないだろう。例えばこの時、パウロが自室で眠りこけていたとしても、それは悪くはない。時間を約束したわけでもなく、朝を寝過ごして昼になった……というものでもないのだから。そもそもアルフィースだってこれまで眠っていたのだし、人のことを言えたものではない。


 アルフィースもそれくらいは解っている。解っているのだが……それでもパウロに対して不満を感じているらしい。つまり、心象が「マイナス」の状態なのだから傾いた天秤てんびんを平らにする程度の「プラス」な行動を必要としている。


 失った時間の分、存在感を示せ――と。少女は無意識に補填ほてんを求めた。


「パウロ?? ああ、あなたの“付き人”さんね?」


「まったく、私より遅く起きるなんてね。付き人としての自覚がりないのよ!」


「彼なら今、ここにないよ?」


「だいたいね、彼ったらいつも勝手で・・・・・えっ?」


 想定外の返答。アルフィースは不思議そうに首をかしげる。


「ここに……“居ない”? それってどうして……だってここは、この宿屋そのものに居ないって……そういうことでして??」


「そうだよ。あいつ“ら”なら、少し前に“良い所連れてきますよ!”ってさ。夕ご飯もそっちで食べるとか言ってたねぇ」


「・・・・・それって、あのエリックさんと?」


「そう、エリックが連れ出してたよ。あいつったら、どうにもお調子者というか……まぁ、尊敬するパウロに自分も何かいいとこ見せようって、そういう魂胆こんたんもあるんだろうさ。これまで妙な連中と付き合ってたから、まともな友達ができて嬉しいのかもね!」


「・・・・・。」


「おっ――――アルフィース?」


 マイサの語った現状。それを聞いた少女は真顔になった。


 少女アルフィースは無表情に眼前がんぜんのマイサを見つつ、しかしそれに意識を向けてはいないような……どこか遠くを見る目をしている。


 少女の表情変化を目の前にして、マイサは少し怖気おじけたような感情を抱いた。それは誰かを不意に怒らせてしまった時に感じる不安のような寒気である。例え自身が怒らせたわけではなくとも、そういう状態の人に直面すれば感覚で察するものがある。


「そう――そうですか? じゃ、いいです。でも良いところって…………いや、もういいです。どうもありがとう、教えてくれて感謝します」


 目の前で「ふぃっ」と顔をらし、ソファへと戻っていく小柄な後ろ姿。顔を逸らす刹那せつな垣間かいま見えた少女の口元は“への字”に大きくゆがんでいた。それに、少女の背中は震えているように思われる。小さな拳も握り込まれて、精一杯に硬そうだ。


 店主のマイサは考えた――「こりゃ、間違いないね」と。少女の振る舞いに自身の想像を合わせて推察する。


 赤髪の店主は「いよいよ辛抱しんぼうならん!」といった面持おももちで厨房ちゅうぼうへと戻り、さらに一段階速度を上げて調理を再開した。



 ――小気味よく聞こえる調理の音。たまに何かが割れたような炸裂音が混じる。



 それほど広くない宿屋のホール。そこにたった1人の少女はソファに座ってイライラと。落ち着かない様子でうつむいている。


(・・・・・そう、そうですか。私を1人置いて、自分は何処どこに行ったのでしょうね? 一言でも「あんのぉ、ちぃっと出てくるべさ!」とか、ね。そうやって申し訳なさそうに言い残すこともありませんか……はい、そうですか。とっくに知っていましたわよ、あなたがガサツだってこと……)


 腕を組み、これも組んだ足の先を揺らして……到底とうてい淑女とは言えない無作法ぶさほう。ふてぶてしいと形容けいようすべき姿勢で、それほどに自分を忘れて彼女は夢中になっているらしい。


(・・・・・気が合うって、それは結構なことよ? そうよね、私なんかよりよッッッぽど近しく感じる存在なんでしょうね、あの青年は? あんなに楽しそうにして……今まで見たことないくらいよ。しかし、無理もありませんわ? 何せこの私はセイデンのアルフィースですから……ああ、そうでしょうよ。あなたと私では生まれが違いすぎますわよねッ!?)


 何に夢中となっているか。それは心の中で止まらない“愚痴ぐち”である。


(・・・・・それでも、一緒に色々見てきたじゃない? これからも一緒に知らないものを見るって……なのに、今は自分1人?? 何よ、良いところって……別に気にはならないけどさ。どうだっていいのだけど、置いていくことが信じられないわよ。大体、そもそも私の方が良い場所、いっぱい知っているからね。そのことはいいのよ、そりゃそうよ。その男よりよっぽど私は良い景色を紹介でき…………あ。でも今はもう、二度と見にはいけないのか。そっか……戻れないのよね、あの場所には…………私の、故郷……)


 過去に思いをせたことでさびしさを覚える。思わず「ねぇ?」とつぶやいてくせのように隣を見上げた。


 視線の先の虚空に戸惑とまどい、周囲を見渡す――そして現状を思い出して唇を噛み、また俯いた。


(・・・・・もうっ、知らないわ!! 勝手にするのなら、私だって勝手にするわよ? それでもいいんだから、私は1人でも生きていけるのだから! 1人にされるのではなく、1人でも平気なのがこのアルフィースよ。私にとって特別なのは……私だけで構わない。そうでしょう、アルフィース??)


 笑っている。それまでの鬱屈うっくつとした表情とは異なり、アルフィースは微笑ほほえんで宿屋の天井てんじょうを眺めた。しかしこの笑顔は幸せな感情によるものではない。誰かを嘲笑あざわらっているのである。


「フっ、フフフフ……そうよ。私は気高く、誇り高きアルフィース! 何をくやしがることが…………いや、悔しがってなんていないわッ!?」


「おおっとぉ!? どど、どうしたんだい、アルフィース??」


「・・・・・あら??」


 虚空をぎ払うようにして手を振るい、ソファから立ち上がったアルフィース。店主のマイサは突然に名乗り上げた少女を一歩、退しりぞいて眺めている。


 自分の振る舞いをかんがみた少女は赤面し、落ちるようにソファへと座り込んだ。そして考え込むような仕草に見せて、顔を両手でおおう。


「なな、なんでもありませんでしてよ? オホンっ、そのちょっと……今朝は日課の体操を忘れていまして? ええ、そうなんです。それで、だから……」


「……フフっ、アルフィースや。食事の準備ができたから、テーブル席にどうぞおいでなさいな?」


「アっ――え、ええ。ヨロシクってよ! あ~~ぁ、お腹がきましたわよっと。アッハハハ~~~……」


 ほほが硬そうな笑顔で、アルフィースはソファから元気に腰を上げた。相手がこれ以上何か、自分の行いに注意しないよう平静をよそおっている。つまりは不自然な動きで、ぎこちない。


 何もないところでつまずきながら、少女はテーブル席にたどり着いた。そしてました様子で窓の外を眺めている。


 そんな態度を見て……少女の躓いた仕草を見たから……というわけではないが。


 店主のマイサは料理を取りに行く途中でカーテンを前にして立ち止まり、振り返る。


「そうそう、アルフィースや。あなたどこか悪いとか、痛むとかはないかね?」


「ンっ!? え……わ、私!? いや、痛い、とかは……どこも悪くなくっ、悪くありませんわでして!?」


 不意な質問に少女は狼狽うろたえた。どこも悪くないと、少女は答える。


「フフっ、そうかい。……いやね“パウロくんが”さ。君がどこか少しでも具合悪いようなら、すぐにしらせに来てほしい……ってね。そう言ってえらく心配していたものだから」


「え!? パウロが私を……?」


「部屋に戻るとき……いつもと何か違ったらしいよ、あなたがね。ただ、あんまり良く寝入っているから大丈夫だろうと、そこは安心していたようだけどさ」


「・・・・・。」


「ま、その様子だと確かに具合は良さそうだね。彼がそんなことを言うものだから、こっちも心配したもんだけど……ホント、よかったよかった」


 話しながら。店主のマイサはカーテンをくぐり、宿屋の奥へと引っ込んだ。


 少女アルフィースは「ボ~っ」とした様子でらぐカーテンを眺める。そしてまた、窓の外に視線を移した。



 ――夕刻過ぎのウォールナット。渓谷の夜は早く、すっかり深い暗がりが通りにある。


 影に落ちた村はしかし、まだ早いものだと活気にあふれ、人々は通りを行き交う。それほど多くない人口も、かえってこの時刻にこそ村に賑わいをもたらすらしい。


 瓶やジョッキを片手に肩を組んで歩く男達。通りの真ん中に作られた焚火たきびを囲って、輪を作って踊る女達。


 眠っていて気が付かなかった。暗がりの部屋に1人、その時は見えなかった。


 世の中はこんなにも明るく、楽しで……。まるで窓をへだてた別世界のように見える――。



 客が1人残された宿屋。少女はきらびやかなの明かりに見とれて、陽気な踊りにあこがれて……口をへの字にする。


「――不揃ふぞろいな踊りですわ。基本がなってないのでしょう、見ていて気品がありませんこと。それに、あんな大口をひらいて笑って……はしたないですわ」


 また、悪い。少女は「あっ」と気が付いて自分の口から出た言葉を回収しようとしたが、それは物理的に無理な話だ。せめて誰も聞いていなかったらと、左右を見渡す。


「はいよ、お待たせ~~♪ さぁさ、アルフィースや。たんとおあがりなさいな!!」


「ドワぁぁぁあっ!?!? おわっ、お……あ、ええ。こりゃ、美味しそうでありますわ。わぁ、お腹空いたっぺなぁ~、アっハハハ!」


 少女アルフィースである。彼女は大げさに両手を合わせ、それに頬をり寄せて“喜び”を表現してみせている。


「なんだい、こりゃ嬉しいねぇ。それだけ楽しみにしてもらえると……おっと。そうそう、私も席を一緒にしても良いかね?」


「アワワ、もも、もっちろんですのことよ?? どうぞどうぞ、お座りにならして??」


「フフっ。じゃ、遠慮なく……ふぃ~~、立ち仕事も腰に来る御年おとしになってきたよ。ナァっハハハ!」


「え。あ……アハハ、ヤダぁ~、そんなことなくってよ。マイサさんったら、とてもお若い様子で――」


「コレ! 若い子が気を使うんじゃないよ!?」


「あひっ!? わわ、う嘘じゃない、嘘じゃないですっ! ほんとマイサさんお綺麗ですもの!」


「――フフっ、なんてね。ご馳走ちそう様、世辞せじなんて最近聞かないものだからさ。ありがとうよ、アルフィース……ほら、食べようじゃないか。“置いていかれた者同士”、ね!」


「アっ、ハイ・・・・・ん。え、あの? ・・・え??」


 窓の外に映る陽気なうたげ。落ち着いたに照らされた宿屋の食卓。宿屋の格式にそぐわないほど、立派な絵画かいがが壁面にいくつかかざられている。



 ……先ほど、窓の外に向けて少女が口を悪くしたのは単なる八つ当たりであろう。


 そこにあるならさぞ目立つであろう“大きな影”のことを探し、しかもそれが見当たらなかったことへのいら立ちが“愚痴”となってこぼれたのである。


 そのことを十分自覚したからこそ、少女は申し訳なさそうに言葉を無かったことにしようとした。「はっ」として口を押さえて、胸が苦しくなった。



 ならば。本来ならその目立つであろう“大きな影”は一体、今。何処どこにあるのであろうか……?






|オレらはモンスター!!|






「どうっすか、パウロさん!? ここ、良くないっすか!?」


「ほほぉ? なんだべ。こりゃ人も多くって……しっかし、酒の臭いさすんげぇっぺなぁ~~」


 少女が夕食をり始める少し前。【パウロ少年】は見慣みなれない景色に視線を落ち着かなくしていた。


 元盗賊の青年【エリック】が案内した場所。いわく、「良いところ」とは……。


「んでもすっげ楽しそうだわな。みんなこんなして笑ったり……あっこの人はなしてか怒ってっけど。こりぇが良い所……“とばくじょう”つったか??」


「はいっ、ここが“賭場とば”っす!! どうです。活気があって、実に良い場所でしょう??」


「お~~……んや、まだよっぐわがんねな。どんなところが良いって、そう言うんだ?? 教えちくりぃ、エリックや」


「もちろん! ささ、こっちを案内しましょう!!」


 エリック曰くの良い場所とはつまり、“賭博とばく場”であった。け事の熱気に酒の香り、煙混じりの空気と、男女問わずの笑い声がにぎやかな場所である。


 喧騒けんそうにあっても、大柄おおがらなパウロは入店して以来さっそく目立っていた。客の多くは彼に注意を向けて、それぞれに何かを話しているらしい。


「パウロさん、酒は? ここって思ったより品揃え良いんすよぉ!」


「んや、酒か? いぁ~~、オラってまだ飲んだことねぇっぺなぁ……」


「そうっすか!? じゃ、一杯まずはひっかけましょう! 景気付けに、高めのいっちゃいますか!? イェ、イエ~~イ♪」


 随分と調子が良い。青年エリックはここが「自分の場所グランドだ!」とばかりに得意気となり、動きも口調もキレている。


「あ~~~……いぁ、すまんが飲まねわ。悪ぃけど、オラまだ酒飲むなって、それおっとぅ(父)がキツく言ってたっけよ。大人さなるまで我慢がまんせいって……」


「あ、そっすか。例の親父おやじさんが……そうっすね。親父……か」


 パウロは素直である。そして父母の教えに律儀りちぎだ。意志の硬さが重い口調からも察せられて、エリックはそれ以上誘おうともしない。


 それに加えて青年エリックも何か思うところがあるらしい。「父親」の単語に明確な下降反応を見せた。


「――ッ、そんなら素でいっちゃいましょう!! ほら、パウロさん、こっち、こっち!」


「おっ、なした? そげな慌てんでも……」


 想いを振り切るように店内を進むエリック。手慣れた彼とは異なり戸惑いながらのパウロは挙動不審だ。物珍しそうにキョロキョロしながら店内を進んでいく。


 それなりに混雑している店内に、注意散漫な大男。視界の下に見えなくて、不注意にパウロは女性とぶつかってしまった。


「おっと、すまんす……大丈夫だか? 勘弁しちぇくり」


 パウロの腹部に当たった女性は少しよろけたが、見上げて少年の顔を見据みすえると……「ニッコリ」、笑う。彼女は豪奢ごうしゃなドレスに身を包んでおり、装飾品も派手やかだ。酒の香りに彼女の甘い匂いが雑な様子で混じってただよう。


「アラ、気にしないで~~? ところであなた……見ない顔ね。背おっきぃ~~♪ わぁ、すっごい胸元!」


「お、おおぅっ!? そ、そげにいきなし胸さ撫でないでくろ!?」


「アハハっ、照れてるの? カワイイ~~。まだ随分と若そうね、御幾おいくつ??」


「と、年だか?? オラは15歳で、ヤットコの……」


「ええぇ~~、15歳!?!? まだ子供じゃないのぉ~~、それにしても随分と立派なのねぇ!」


「あっ、なっ、らっけさわらんで……女ん人が、そげに男さベタベタ触らんで……」


 やめてと言っても女性が腕や腰を触ってくるので、パウロはひどく困惑……むしろおびえている。こんなに異性から触られるなど、経験はおろか考えたこともなかった。おっかぁ(母)にすら物心ついて以来、これほどいじり撫でられたことなどない。


 未知の恐怖に怯える少年。油のようにねっとりと、指を大柄な身体にわす大人な女性。


 そこに、割って入る男の姿がある。


「おっとと。“ナラーシャ”、勘弁してよ~~。パウロさん困ってるだろ、この人は堅気かたぎで誠実なんだから……まどわすようなことはよしてくれ」


 青年エリックだ。彼は人ごみに取り残された少年を見て、慌てて戻ってきたらしい。そしてどうやら顔見知りらしい女性の手を掴んで少年から引き離した。


「あらぁ、エリック。あなたのれなの? こんな良い子をどこで見つけてきたのかしら……盗賊のお友達? まぁ、いいから。ほら、あなたからも紹介してよ!」


「だからやめてくれって。彼にはもう、“る”んだからさ……まぁ、でも紹介だけはしとくか。パウロさん、この人はここの村長さんの娘っす。ナラーシャさんつって……まぁ、御覧の通りで。すぅ~ぐ男にちょっかい出す人だから、気を付けてほしいっす!」


「ちょいと、なんて紹介するのかしら! 大丈夫よ~、危なくないわよ~~♪ お姉さん、うんっと優しくしてあげるタイプだから――ね?」


「まぁた。言ったそばからこれだもの……」


 【ナラーシャ】と呼ばれた大人な女性は口も止まらぬ内に少年へと肩を擦り寄せている。


「・・・・・お、おう。」


 背伸びして顔を寄せられて、パウロは反射的にった。初めての状況を前にして、混乱する彼の顔は真っ赤に染まっている。


「あら……ウっフフフ♪ ほんと、カワイイ~~。ねぇねぇ、宿は決まっているの? なんならうちに……」


「だぁっ、もう!! 宿は決まってます、それに“相手”も決まってます! ほらほら、パウロさん奥に行きましょう! こっち、こっち!!」


「・・・・・お、おう。」


 エリックに押されるようにしてパウロは大人な女性の元からのがれた。「またね、パウロ君~~♪」と彼女がはしゃぐものだから、周囲も一層、大柄な少年への関心を強める。


 少年は頭が沸騰ふっとうするかのように熱く感じていた。困惑してほとんど何も考えられない。呆然自失の最中さなか、押されるままに歩き、この数分にあった現実を受け入れることができずにいる。


「やれやれ……すんませんっす。まぁ、しかしパウロさんマジに良い男っすから。あんなのが寄ってくるのは多少止むをえないというか……背丈タッパありすぎて、どうやったって目立っちゃうし」


「・・・・・お、おう。」


「……パウロさん? 大丈夫っすか。具合、悪いっすか?」


「・・・・・お、おぉう?? い、いぁ……悪くないっぺよ。なぁんか、ちっと頭さ熱っちくなっただけで……」


「マジすか、ねつっすか?? ああ、そっか。いや……ほんと紳士しんしな人っすね、パウロさんって……」


 エリックは憧れるような呆れるような……感情がじった心境で大柄な男を見上げた。


 かつて森の中で盗賊を相手に大暴れした化け物染みた存在も、こうして人に混じればちょっと背が大きいだけの少年に見える。そのことが、遠い存在に少し近づいたようで嬉しいような寂しいような……。


 「ガヤガヤ」と騒がしい店内。


 覚束おぼつかない足取りのパウロは他にも人にぶつかり、その都度つど謝っている。……というより、この混雑した店内でこれほどの大男が何かに当たらないというのは難しいものだろう。ぶつかった人々も「なんだぁ!?」とはならず「あ、どうも……」と見上げた少年の体格をおそれて強気にはならないようだ。


 そうしてたどり着いた店の奥。そこには湾曲わんきょくしたテーブルがいくつか並べられており、人々がさらに人ごみを形成していた。


 その人ごみにも秩序があり、湾曲したテーブルをさかいに清潔そうな身なりの人には誰も近づこうとしない。


 清潔そうで身なりの良い人は何かを仕切っているらしい。彼は観衆に向けて声を張り上げた。


盤上ばんじょうはこれにて中立といったところ――さぁ! お客人達、ベットはそろそろ打ち切るよ、乗せるかね!?」


 身なりの良い人は何人か存在し、それぞれがそれぞれのテーブルを取り仕切っているようだ。


 各テーブルにはどれも異なるカードこまなどが並んでいる。どのテーブルにも共通することは、身なりの良い人が仕切り、人混みがあって金銭が積み重ねられていることだろう。


「おっ、丁度仕切り時か! ええと……パウロさん。これ、知ってますか??」


「ん、なんね? こりぇって……この机に並んでる……どれ??」


 パウロは「これ」と言われてもピンとこない。エリックは並ぶテーブルの1つに少年を案内し、その上を指さしたのだが……そこには小さな人形が複数並んでいる。パウロはそれの何を指さしているのかと、そうしたい返しをした。


「どれってか……ええと。これ“ページャ盤”って……あれっす、ゲームっすよ、ゲーム! これの駒で勝負してるんす! つまり戦いっす!!」


「これのこま……あ~~、この人形全部? なに、これ戦ってるんか。ホ~~~~……んでも、動かんに??」


「そりゃ人形っすから。あの……“ディーラー”がカードとダイスを使って動きを決めてるんすよ。そんで、城を落とし合って最後に城が残った陣営が勝ちっす。――あっ、ほら! 今動かして騎兵をとったでしょう?? 倒されたんすよ、騎士ナイト魔役士サモナーに! こいつぁ、赤が勝つかな……流れが良さそうだ」


「おぉ……なんか黒が1つ減ったねぇ。でも、これが戦いだか? ううん??」


 パウロはまるで解らない様子だが、エリックはじっくりと盤面を見渡し、そしてポケットから取り出した金貨をまとめてテーブルに威勢いせいよく置いた。


「赤! 赤に5000!」


「おっ、エリックかい。はいよ、赤に5000――他には? 動き無いか。では、ここで仕切るよ!」


 身なりの良い人――「ディーラー」と呼ばれる存在が声を張った。彼は盤面や他の客をみやりながらも、鋭い目でエリックの顔と手元を確認している。


 いきなり金を置いた青年。それを見たパウロは「何か買ったんか」と、まるで虚空こくうを購入したかのような青年の振る舞いに疑問を抱いている。


 黙りこくってテーブルを注視するエリック。それにならって、パウロもまったく解らないままにテーブルを眺める。


 ディーラーが「仕切り」と発言してからの進みは早く、次々と駒がテーブルからのぞかれていく。


 サイコロ(ダイス)が回り、当たる音や駒が倒れる様子。それらに合わせて客達とエリックは悲喜ひきこも々に反応しているらしい。パウロも合わせて、「ホゥホゥ」と声だけだした。


 そして、一番大きな黒い駒が倒れると……。


「よっしゃぁあ!!! やったぜパウロさん、良いところで間に合った! 勝ち船に乗れましたねぇ!!」


「おお?? ナニ、勝ちって……あらぁ?」


 なげく客と喜ぶ客。その喜ぶ側であったエリックは5000PLペルラより明らかに増えた金を受け取った。


 パウロは不思議に思う。「見た感じ働いてもねぇのに金が増えたんか……なして?」と、見知らぬ魔法でも見ているかのような感覚で状況に首を傾げている。


「へへっ、賭けってのはこういう……偶然のツキっつーか? あそこでナラーシャに引っ掛かったのがこうそうしたんすね。バッチリ、最高のタイミングでけられてマジ、ラッキー♪」


 有頂天うちょうてんに調子が良くなるエリック。その横でパウロは「ポン!」と手を打った。


「・・・これ、あれか。とばくじょうって……みんなして金とかをける場所なんか? 勝負って、これベコ(牛)競争みてぇなもんなんらな。ベコの代わりにこいつら人形使って、何か競ってたんだわ。あ~~、らっけ金も増えたんか。相手の魚さもらったみてーに?」


「そうそう、そうっす! ベコ競争ってのはちっとわかんねーすけど……まぁ、こうやって賭けをみんなでやる場所なんすよ。どうっす、最高に楽しくないっすか!?」


「お~~、おお! それなら楽しそうなん解ったわ。あっちくなって、そっちのおっちゃんがれてんのもそうなんね。ほぇ~~……こんなん、遊ぶのに随分と立派にしてるんねぇ?」


 パウロの知る賭け事。例えばベコ競争などはもっとシンプルである。


 まず、ひまなときに食べ物やまきを持ち寄る。そしてそれぞれが用意した牛を走らせ、より速く目的地に着いた方が勝ち……というもの。勝てば持ち寄った賞品を総取りできるのが普通だ。


 力比べでは父親以外に負けなしのパウロも、ベコ競争なら誰とも対等に勝負ができた。だからこそ楽しいもので……しかし“戦い”という認識はなかったのであろう。


 ベコ競争とは随分と規模も細かさも異なる。だが、ここでの賭けも本質としては同じなのであろうと、パウロはこの場を理解したようだ。


「へっへへ! どうです、パウロさん。いっちょ賭けてみますか? コツを教えますよ!」


「え・・・う~~ん。どうすっかな、いやでもしかし……」


「?? どうしたっすか……大丈夫っすよぉ! このエリック=“ガリンスキー”、元々地元でページャ盤のシングルプロとしても知られてたっす。オートベットも任せてくださいよぉ!」


「んでもなぁ……まぁた裸にさなったら、しこたま怒られるっけ……」


「ハハハ・・・・・え、裸???」


 パウロはおのれの所持品を考えて、「賭けで上着を失ったらあの子がガッカリするだろう」と少女の顔を思い浮かべた。たとえやぶれた上着だとしても。


「……もしかしてパウロさん。金、持ってないすか??」


 少年の突拍子とっぴょうしもない「裸」という単語。合わせて戸惑っている少年の様子から……エリックはその理由を掴んだらしい。


「んだな。金さねぇっけ、賭けるならこのシャツかズボンらろーけど……」


「いや、ここは物で賭けるのはちょっと……そうっすね。まぁ、今日は見せってことで! 何か飲み物でもおごりますよ、せっかく勝ったんだし! 景気よくいきましょうや!」


「んだか? 悪ぃなぁ~。たすかにちぃっとノドもイガイガするし、何か飲みたいねぇ!」


「よっしゃ、任せてくださいっす! いやぁ、やっと少しはいいとこ見せられる。アッハハハ!」


 パウロは奢られることにあまり抵抗を示さない。それは人の好意を裏もなく、素直に受け取るからであろう。ヤットコ村でも日常的にお互い様と、奢って奢られるのが当たり前だった。


「じゃ、さっきの酒が並んでたカウンターに行って、飯も何か頼みましょう!」


「おっ、そうさね飯も食わんと……あらら、待っちくりぃ~~。置いてかんでくりぇ~~」


 人ごみをスイスイと進むエリック。色々なものに突っかかりつつ、謝りながら進むパウロ。


 しかし……この青年エリックは「奢れる」ことがよほど嬉しいのであろう。この日一番に、先ほど賭けに勝った時よりよほど調子が良さそうである。


(んだ、飯……アルフィースつぁんさ食べてっかね? それとも、まだ寝てっかな。身体さ、どこも悪くねぇといいんらが……)


 一方のパウロは心もつっかえる様にして。人ごみの頭1つ高い場所から賭博場の窓を眺めた。



 くもった窓の外。通りの焚火越しに見えた宿屋の窓。


 そこに見えた、少年の視力だからこそ視認できた――その可憐な姿。


 どうやら起きて食事をしているらしい彼女の姿を確認して……。



 少年は一先ひとまず、安堵のため息を吐いた――――――。










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