|オレらはモンスター!! ~テッペルの過去、ある情景(旅人と悪魔)~ |
雲の少ない青空。渓谷から吹く冷たい風は麓に広がる丘地の草原を波打たせた。
靡く炎。焚火から沸く煙がもうもうと、草地の至るところからたなび、立ち昇っている光景。
武装した人々。黒みを帯びた深みのある青色、藍の旗が風を受けて「バタバタ」と音を立てている。
この時、この時代……。
ある少年と少女が楽し気にここを歩み過ぎた時から、150年も遡った時代のこと。
黒髪の青年が1人。同じ草原を茂みに隠れ、こそこそと進んでいた。
|エルダランドの竜人譚 ~テッペル峠の悪魔~ |
軍勢が待機する草原の先。テッペル峠のよく整備された街道。渓谷の森林を切り開いて造られた登り道は次第に断崖の様相となっていく。
「うわぁ〜〜、すっっっごい!! 絶景かな、絶景かな。晴れの日にここを通れてよかったわ〜。景色がとっても雄大で素敵♪」
渓谷の街道を歩く”青年”。それは長い黒髪を後ろで結んでおり、肩を揺すって歩く度に垂らした髪が背中で踊っている。
片手で担ぐ大きな布袋は唯一の荷物。腰元には馬の鐙が1つ、ぶら下がっている。
「あぁ……こんな晴れの日にこの素敵な景色! あとはここに運命的な出会いでもひとつまみありますと、とお〜ってもよろしいんですけどねぇ、ウフフ⭐︎」
渓谷の自然を見回しながら独り、楽し気に歩く。
青年は厚手の長袖を羽織るようにしていて、前を紐でむすんでいる。ちら見える手先は左だけ黒く、手袋でも着用しているのだろうか。実際、天気は良くとも渓谷の風は冷たい。
渓谷に造られた道はそれなりに広く、よく整備されているのはそれだけ人通りが多い証でもある。
”本来は”商人や旅人が行き交う賑やかな峠道。ただ、この頃はそういう用途はまったくされていなかった。いや、”できなかった”と表したほうが適切か……。
テッペル峠を歩く若者は鼻歌混じりにスキップまでしている。そうして渓谷の街道を跳ね歩く長髪の青年……その歩みが「ピタリ」、止まった。
触覚のように垂らされた2本の前髪が風に揺らいでいる。
「あらまぁ、運命的な出会いってこういうこと?」
青年は立ち止まって周囲を見渡した。そもそも独り言がやたら多い男ではあるものの、この時は違う。
青年が視線を留める。流し見るようにして、微笑みを向けた先。
森の茂み。そこにある樹木の上から声がーー
「――ここは今、キャラバックの私有地である。お前は何用か?」
樹上から声が聞こえる。声の発生源は1つだが、気配は1つではない。そのことを黒髪の青年は理解していた。常人離れした五感と直感が、彼に鋭い気配を察知させていた。
気配は4つ。いずれも明らかに友好的な感じはなく、刺すように鋭い印象。だが長髪の青年はまるで平然としたものだ。
若者は堂々と胸を張って、虚空に向け答える。
「何用ですかって?? ハイはぁ〜いっ、私は観光客でございます⭐︎ ここで面白いことが起きていると聞いて、ちょいと見てみたくってね……アプルーザン行きのついでさ!」
ウインクを添えて。黒髪の青年は爽やかに笑って見せている。
そうした態度。どうやら“解っていない”様子の男に向けて……刺さる気配の鋭さが増した。
そして瞬間的なことである。黒髪の青年はたちまちに囲まれた。何にかといえば、それは数名の“黒い衣を纏った”人々である。
1つ、2つ……青年が声を出して数えると、それらは4名らしい。感覚通りだったので青年は「ほらみろ、大正解ッ!」と満面の笑みで叫んだ。
突飛に叫ばれたので、黒衣の4名は揃って一歩後ずさった。
黒衣の4名はフードをかぶっており、隠れた目元は不明である。その中でも先ほどに声を発したのであろう人が口元を歪ませる。
「観光に、ついでに……か。そうか、それは不運というか……無知は罪なものだな」
落ち着いた口調は冷徹なまでの重さがある。フードをかぶった人は嘲笑うかのように肩を揺すった。
黒髪の青年は囲う4名を見回して「服おんなじじゃないか、仲良いな!?」とそれぞれに指を突きつける。
まるで危機感のない青年。それを囲う黒衣の集団……。
どうやら黒衣のリーダーらしい人が言葉を続ける。
「無知で無謀な若者よ。一つ、教えておいてやろう……」
黒衣の人は長い衣の袖から指先を出して青年を指さす。その指には赤い宝石の指輪がキラリ、と輝いている。
そして片目がフードの影から覗き見えた。
「この偉大で真に神聖たるキャラバックの地を犯す者よ。きさまは招かれざる侵入者に他ならない。本心はどのような魂胆か知らぬがな……どうせくだらん存在だろう。
何か問題を起こす前に、真なる皇の為……偉大なるキャラバック、その4代当主であらされるメルギアス様の名の下に……ここで葬られることがキサマの運命だッッッ!!!」
黒衣の人がそう言うと、彼を含む4名が揃って叫ぶように”呼んだ”。
それぞれが異なる”言葉”を叫ぶと、4名の背後や頭上、傍らに1つずつ”出現”する。
青く、透き通った状態で出現した“それら”は次第に独自の色味を帯びていく。あるモノは翼があり、あるモノは牙があり、またあるモノは蛇のように細長く……。
異形なる存在達。黒衣の4名が呼び出したのは【4体の悪魔】。
悪魔――すなわち異界から召喚されたこの世ならざる者達。女神が創り、祖竜が均したこの世の理から外れた【灰に還る者共】。
黒衣の者達はこの異形共を操る“魔役士”の一団であった。彼らが召喚した悪魔は各々が理性無いかのように咆えたり、周囲を見渡している。呆然とした、どうにもこの世に酔ったかのように呆けた様子がある。
「どうだ、愚かな旅人よ。これが真に光あるべきキャラバックの栄光……その偉大なる力の片鱗である。
キサマ、”異界の悪魔”を見たことがあるか? フハハ、この異形は見た目だけではないぞ。その異質な力こそ真に恐ろしいものだ!!
我々はこの偉大な力を使役し、この騒乱を勝ち、栄光のキャラバックを新たなる導きとするのだ!! ーーどうだ、いまさら怯えたかな?? アハッハハハ!!!」
4人の魔役士に4体の異形共。悪魔を従える黒衣は揃って「ワハハハ」などと笑った。先ほどまで余裕をみせていた旅人がどのように狼狽えるのか? 実に楽しみだと、無力な人間を嘲るように肩を揺すっている。
では、その哀れなる旅人はというと……。
「・・・・・嘘つき」
「・・・・・えっ?」
旅人の青年は俯き、呟いた。
そして、身体を振るわせ、声を大にして叫ぶ。
「嘘つき!! 一つだけ教えると言ったのに……なのに……”情報量が多過ぎる”!!!
なに言ってるかわけわかんねぇよ! ”一つくらいなら……”と真面目に聞こうとしたのにさぁ? あっっったまきたんだから、もうッ!!」
青年は怒ったようにして「プンプン」と地団駄を踏んだ。結んだ紐を解き、上衣を投げ捨て布袋を荒々しく地面に「ドスン!」と落とす。
袖なしのシャツがさらされた上半身。張り詰めた胸筋と腹筋の分かれ目が布地にくっきりと浮かび上がっている。両腕も太く、隆々とした力強さが明確に見て取れた。
そしてその左腕は肩の辺りから指先までが黒く、どうにも火傷の跡……焦げたような色合いと化している。
「悪魔だか化け物だか知らんけどさ、やる気なら最初からそう言えよ! なんか教えてくれるって、いい人かと思ったのに……このっ、嘘つきおじさんめ!!」
青年は焦げた左腕を突き出して拳を見せつけるようにした。
拳を突きつけられた黒衣の人……。フード下の表情は険しいものに変化していく。
「な、なんだとこの小僧!! だれが嘘つきだッ、おじさんかッ!?
誉ある黒衣の精鋭になるたる言い様! 許さんッ……こいつを許すな、キャラバックの鋭牙達よッ!!!」
リーダーの黒衣がフードが捲れるほどに叫び、腕を振り上げた。
それを受けた黒衣の一団は揃って指令を下す。名を呼ばれ、使命を刻まれた異形共はそれまでの呆然とした様子を一変。
一斉に鋭い殺意を放ち、ただ1人の若者へと襲い掛かった。
異形が差し向けられた青年。長い黒髪の男は垂らした触覚のような前髪を右手で弄っている。
そして、黒ずんだ左腕を軽く回した。
「一度にね……感情のまま、直情にかい? ダメだぜぇ〜、戦いにイッチバン肝要なのは冷静さなんだから……♪」
青年は”一斉に”襲いかかる異形を見渡してから、「ニヤリ」。その表情には白い歯が輝いている。そして、その左腕からは黄金の蒸気が瞬時に湧き上がっていた。
黄金の蒸気はやがて黄緑色の炎と化し、青年が全身ごと左腕を一回転に振るうと周囲へと爆発するように広がっていく。
翼があったり、牙があったり、蛇のような4体の異形たち。それらは瞬く間に緑の炎に包まれ、この世のものとは思えぬ悲鳴を残業させた。
渓谷に響き渡る悲鳴。灰となって霧散する4体の悪魔ーー。
もとより灰となる運命にある彼らだが、青年の放つ炎はその運命を今に定めた。
「・・・・・えっ?」
リーダー含む4名の黒衣たち。各々、所持している杖や指輪にある赤い宝石が1つずつ、破裂して散る。事態が飲み込めずに黒衣の彼らは呆然とした。
緑色の湯気を渓谷の寒風に靡かせる青年。それは右手で前髪をかき上げると、左の黒ずんだ拳を突きつけ、黒衣のリーダーへと優しく声をかける。
「安心したまえ、君らは焼かないさ。その代わりと言っちゃなんだけど……。
しばらく起きないくらいには、寝ててもらおうかなっ⭐︎」
|エルダランドの竜人譚 ~テッペル峠の悪魔~ |
この頃、渓谷には城砦が建造されていた。断崖を削り、黒練岩をふんだんに用いて造られた堅牢な砦。
今に”キャラバックの黒砦”などと呼ばれるそれは4代目キャラバック当主、【メルギアス=キャラバック】によって構えられた”反旗の拠点”である。
同時期にあった帝国混乱に乗じて乱を起こしたメルギアス。彼はキャラバックの正当な栄誉を求めたと歴史は語る。実際のところはどうだったのか……それは今となって不明瞭なものだ。
毎日のように行われたという演説の記録を見る限り、そもそも彼自身が何か不相応なまでに権力を求めていた個人的な欲望が理由に思えなくもない。
だからこそ、家に真摯な”執事長”は彼をなんとか思い止まらせたかったのだろう。
その日も黒砦の大広間では演説が行われていた。長々とした演説に兵士の中では欠伸をするものもあっただろう。もちろん、こっそりと隠すようにしなければならない。バレたら1対1での直々なる再教育が行われるからだ。
そうした演説に飽きた、というわけでもないのだが……ただ、どうせ「もうお止めください」と言っても聞いてはくれない現状。実際、毎日同じようなことを聞いていても仕方がない。
それもあってか、”キャラバックの執事長”はちょっと自然の空気を浴びることにした。
赤みのある青……紫な色合いで顔色悪い執事長は「やれやれ」と、大広間の光景を背に砦を離れた。
壁を蹴って少し飛ぶ。磨かれた黒練岩の輝きが太陽光を反射して眩しい。
森林の上空に浮かんで渓谷の風を感じる。「フゥ」と胸元の蝶ネクタイを緩めて一息つく。
顔色の悪い存在は普段から紳士然とした態度を心掛けているが……それも疲れる時だってある。
元々肉体的にそういったことはないのだろう。しかしいつしか人間と同じような感覚を覚えるようになった。
思い込み、というものなのであろうか。それとも本当に、存在から変化して”人間に近づいている”のであろうか。
ともかく、そうして森林の上空にて身体を伸ばし、腰を叩いて身体を労わってみる。これも自分に必要か解らないが、今まで仕えた彼らは年をとるとこのような行動をとっていた。
顔色の悪い執事長は「変わったものだ」と呟く。
そしてふと、気が付いた。
執事長は「どうした?」と言うと渓谷の街道、そのある地点へと降りていく。異変は視界ではなく直感に覚えたものだが……そこには確かに“異常”がある。
そこではキャラバックの私兵――それも精鋭たるブラックケープ(黒衣)の内、4名が渓谷街道の只中にて昏倒していた。
誇り高き彼らである。こんな通りの真ん中で昼寝などするわけがない。そしてどうやら地形に僅かな痕跡も見受けられる。
地面に焦げた跡……そして何かが強く叩いたのか、地面が何箇所か砕けて穴が空いている。
ブラックケープの4名はどうやら全員が“召喚”を行ったらしい。彼らを確認すると、あるべき“媒介”となる宝石が存在しておらず、それはつまり悪魔との契約が失われたことを意味していた。状況からして、契約は悪魔の喪失に伴って破棄されたとも考えられる。
つまり、魔役士の4名は悪魔を召喚した上で全員が諸共に倒された。それがこの現場から察せられる事柄となる。
「しかし、普通ではないな。これだけのことを成せる者とは一体……気になりますな」
そう言うと顔色の悪い執事長はその場を飛び立つ。彼が飛び立った後には青白い文様が描かれており、それが弾けると同時に“大きなカエル”が現れた。それは青く、見た目は透き通るようである。
青い大きなカエルは倒れている4名を「ペロリ」、口の中に含む。そして地響きを鳴らしながら黒砦へと飛び跳ねて向かって行った。
飛び立った執事長は森林の上空をスレスレに飛行し、やがて空中で急停止して留まる。
彼は蝶ネクタイを正し、「コホン」と喉を鳴らした……。
|エルダランドの竜人譚 ~テッペル峠の悪魔~ |




