「オラはモンスターだっぺや ~あなた、占いって信じる?~」
「グランダリア大陸の悠久なる歴史、その始まり――
『かつて、この世界は女神の慈愛に満ちていた。
偉大なる女神は大地に命を育み、全ての循環を司っていた。
その秩序を破壊したのは5体の邪悪な竜である。
最も強き竜、タオロンは他の竜を従えて女神を不意打ちした。
彼らに囲んで叩かれた女神は墜ち、暗い板の中に封じられた。
世界を得たタオロンは咆哮したが、その支配も続かなかった。
最も美しき竜、ダリアは破壊的な行為に疑問を抱いていた。
6竜は闇の存在であったが、これによりダリアは光となった。
光となったダリアは最も優しい竜と最も弱い竜に影響を与える。
3体は光となり、強大なる闇のタオロンへと挑んだ。
圧倒的な力の差にありながら、奇跡的に光の竜達は勝利した。
闇の竜は力尽き、この世の痕跡から消え去った。
新たな秩序を世に射すべく、ダリアは生命の指導者となる。
こうしてダリアは祖ダリアとして、祖ブローデンへと衰退した。
祖ダリアの骨格は今も威厳ある守護を帝域に与えている。
また、これをもってしてブローデンの帝位は正当性を持つ。
他の双竜もまた、衰退して飛沫に混じれた。
1つは傍らでブローデンを支え、また1つは別の国を築いた。
帝域がダリアの肉体的正当性を持つとすれば、
聖圏はダリアの精神的正当性を持つとされる。
祖ダリアの思想と精神を教えとし、彼らは秩序を回復したい。
女神と男神の再臨こそ唯一目標とし、人の意味もそれと見る。
それは祖ダリアの秩序を否定する結果にもなるだろう。
現在の秩序を過去の秩序に戻す行為は冒涜とも映る。
帝域と聖圏の争いとはこうした根幹部分によるものである。
上っ面の解決は不可能であり、統一のみが終着となる。
かの竜が人々を秩序の世界に導いているとすれば、
この争いすらかの者の秩序、その一部なのであろうか……』
――マグダリア派教典、グランダリアの祖竜より」
木陰の露店。大して高価でもない装飾品の数々に粗末な店構え。
若い女が水晶を撫でている。掌に乗る大きさの球体、光の反射に映るものは……。
この女は球面の光に、何を見出しているというのであろう?
|オレらはモンスター!!|
煌々とした太陽が大地を照らしつけている。天然自然の加湿に包まれたこの渓谷にあっても、直射日光を受けたらそりゃ暑いことは暑い。
「ひんえぇ~~、あっちなぁ!! 汗が止まらんっぺよぉ!?」
額を拭う腕。太く逞しい腕から迸る飛沫。
筋骨隆々たる有様で胸をはだけているのは【パウロ=スローデン】だ。彼はもらったばかりのTシャツを「パタパタ」と扇ぐようにしているが、その度に「ビリバリ」と音が鳴っていることに気が付いていない。いや、気にしていないと言ったほうがよいか。
快活な笑顔で太陽を見上げるこの大柄な少年。それを怪訝にする眼差しがある。
「もう、ほんっっっと! 見苦しいわねぇ……。そんな様で視界に映らないでくださいます? 嫌な気持ちになるでしょう!?」
口をムの字に、眉をへの字に……若干の距離を置いて振り返っている少女は【アルフィース】だ。この可憐なるお嬢様は露骨に不快感を晒している。
「え……す、すまんす。オラ、またなんか悪ぃことしちまっただか?」
破けたシャツのほつれた糸を弄りながら、パウロ少年は萎縮した。アルフィースに叱られたと感じ取ったのであろう。彼女としては叱ったというより率直な感想を述べただけにすぎないのだが……。
「・・・別に、落ち込まなくってもいいわ。ただ、もう少し身なりのデリカシーってものを備えてほしいってだけよ。もうっ……解らないかなぁ?」
暗い表情で俯いた少年を見た少女は、咳払いをして目線を下げた。申し訳なさそうにしている少年の姿を見ていると、少女もなんだか気分が良くないらしい。
なんだか微妙な空気になってしまったが……それまで2人はハシャイで渓谷の道を歩いていた。
枝や小石がまばらで整備不全な道。跳ねるようにして進む少女と「あぶねっけ、もちっとゆっくし行くべさ」などと諭しながらついていく少年。しかし彼らは楽しそうで、実に朗らかなものだった。
少女がやたらと上機嫌だったのには理由が2つある。それは1つに胸のつっかえがとれたような爽快感によるものだろう。あともう1つは“青いタヌキ”に目がくらんでいたからである。
動物好きなアルフィースはとくに小柄な生き物には目がない。それが常人からして「不自然」と感じるような存在であったとしても、彼女はとくに違和感もなく接していた。
<フガッ、フガフガ……!>
触ればヒンヤリとする青いタヌキは少年少女を先導しながら道草を喰う。穴を掘ってみたり、草を引きちぎってみたりと……“使命”を課せられた存在としてはやたら生命くさく、自由な有様だ。
青いタヌキは少年と少女が微妙な空気になっても我、関せず。渓谷の廃れた道を駆けていく。
置いてかれそうになったことに気が付き、少女は慌ててタヌキを追いかけた。それに倣って少年も駆ける。
そもそもの話……先導も何も一本道ではある。だが、それにしたって彼らは迷いかねない、逸れかねないと思われたのであろう。実際にそうだったからこそ、彼らは件の館で老婆と執事に出会ったのだ。
「あっ……!」
過保護にも思える先導あってこそ、つまり彼らは“目的地”に到着したのである。それは渓谷の出入口とも言える“集落”だ。
アルフィースは朽ちた看板を見て「……ウォールナット村、この先渓谷」の表記を読み上げた。振り返ると、そこにはこれまで駆けた砂道が登る景色があり、いつの間にか渓流は見えなくなっている。
「ここ……ローゼンハックさんが言っていた? そっか、いつの間にか着いちゃったのね……」
少女は青いタヌキを抱きかかえて言う。タヌキは看板を前にして「ピタ」と止まっていたので簡単に抱きかかえることができた。
ひんやりとした感触、間近では透き通るような体毛の感触に頬を埋めて、少女は哀しみを察していた。
彼女には過去、何度かこのような経験がある。こうして触れることなど無かったが……追いかけていたり観察している内に、“彼ら”は“同じ”ようになる。
「おほぉ~~……うぉーる、なっとぉ? んだな、そんなん言ってた気がすっぺなぁ~」
パウロは「ポケ~」として口を開き、頷いている。彼の現状を見て、少女はまた顔をしかめた。
<フンガ、フガフガッ!>
少女に抱かれていた青いタヌキは思い出したように停止状態から活動を再開。やんちゃに暴れて少女の胸元から飛び退いた。
アルフィースが「あっ」と言う。着地したタヌキは振り返り、少女を見上げて「クンクン」と鼻を鳴らした。
――いつだって1人の時に現れるので、誰もが「へぇ、青い動物ですか?」と半信半疑にしていた。
絵本の世界を真実と疑わない少女の、他愛もない妄想だと思い、愛おしくされていたのだろう。
今現在、彼女の隣で唖然としている少年はどのような感情であろうか――
「ぬぉっ!? お、おめさっ……タヌキ、おめぇ……なしたん!?!?」
パウロが狼狽して屈みこむ。少年の視界にある小さな生き物が“徐々に薄くなっていたから”だ。
「薄くなる」というのは潰れて平たくなる――ということではない。色彩が、存在が…………そう、“消えてなくなっていく”のである。
「スゥ……」と薄まっていくタヌキ。少年は「でぇじょうぶだか!?おめさ、消えるんか?!」と頭を抱えて狼狽えている。
その隣に立つ少女はただただ、消えゆくタヌキの姿を見ていた。その表情には微笑みがあり、穏やかではある。ただ、小さく振る手の動きから……寂しさが伺える。
やがて、青いタヌキは完全にこの世から消え失せた。呆然とした少年はそれまでタヌキが在った地の砂を掬った。
「な、なんてこった……あいつ、唐突に死におったぞ……!?」
率直な感想だ。徐々に薄れて消えゆく様を、パウロ少年はそのように感じ取ったのであろう。
少女は違う。彼女も「別れ」を察しているものの、それが少年の言うようなものではないと理解している。
「たぶん……帰った、のよ。どうしてか解らないけど、あの子もそんな顔をしていたわ」
「んぇ、“帰った”?? いぁ、らって今目の前から消え……」
「――――ンハッ!? ちょっとちょっと、それよりパウロ! 来なさい、見なさい! あれはナニ!?!?」
タヌキとの別れを紛らわすように、アルフィースは次なる興味の矛先を発見。それは木陰にひっそりと広げられた装飾品の数々……。
少年はどうにも先ほどの不思議な現象が理解できない。しかし、少女が落ち込んだ様子を見せるわけでもなく、何より彼女がそう言うのだからと納得して……「ま、いっか!」と頭を掻いて笑った。
そうした2人――少年と少女の姿に気が付いた人。
「――――あら。いらっしゃい、旅のお方。どうぞゆっくり、見ていって?」
アルフィースが興味を示したのは“露店”である。それも装飾品を扱っている店らしい。樹木の枝葉を屋根に、小さな絨毯を広げただけの粗末な構え。店主らしき「若い女」は紫色のゆったりとした衣に身を包んでおり、口元を黒いレースのマスクで隠している。
彼女の率直な感想を言うと……“怪しい”。
怪しい女は手にしていた水晶を置いて、品物をさっと順に指さしてみせる。
示された品物を軽く流し見た少女は「うん、まぁ……」といった面構え。そうして値踏みするように露店を見渡した。
「……えっと、これってお店なのよね??」
「もちろん、そうよ。粗末で見てくれは悪いけど、品物はそう悪いものではないわ」
「あっ!? い、いや~~、珍しいなと思って……。こういう形式のお店もあるんだなぁ~~、えへへ」
失言してしまったかと、アルフィースは店主の言葉を受けて少し緊張した。
「でしょうね、あなたには珍しいでしょう。でもまぁ、どうぞ……ごゆっくり?」
というか、そもそもこの店主。語り口調がやたらと重く、妙に威圧感がある。よく見れば目元に入れ墨を施しているし、レースの先に見える口元にはピアスが光る。また、口を開けば舌先にも小さな金属が刺さっているらしい。
露店という存在からしてアルフィースに馴染みないものだが、それ以上にこういった女性にも馴染みがない。ダブルで見たことないものを目の当たりにして、怖気てしまうのも仕方がないだろう。
「おっほほ~~~、ピッカピカしててキレイだべなぁ。こんなんおっかぁ(母)にくれてやると喜びそうだわ……うへっへへ!」
故郷の母を思い出し、妄想の中でプレゼントを渡して喜ぶ様を見る。パウロはニヤニヤと笑った。
ニヤニヤとしている大柄な男……それを座って見上げている怪しい女は訝し気に首をかしげた。
「――――あなた、その服……どうしたの?」
「んぁ、オラがどうすたって?」
「いや……なんか、胸の辺りが破けていて……それってそういう主義??」
「んぉ? ああ、こりぇか。こりぇはな、そのな……」
女店主が訝しんでいたのは少年がニヤニヤとして不気味だからではない。いや、それもそうなのだが……この大柄な男が着ているTシャツが派手に破けているからである。それこそ胸元を大胆に、腹筋まで見えそうなほどに豪快な晒しっぷりだ。
「いぁ、これはその……ちっと暑くってに? ほいでパァタパタしてったら、なしてか破けてて――」
「ちょ、ちょっとお待ちなさって!? “なしてか”って何よ、なしてかって!! あなたがいつものように乱暴かつ粗野なことをするからでしょう!!? ほら、こうして悪い意味で目立つからやめてよ!! 恥ずかしいじゃないの!!!!」
「いぁ、すまんす。んでもオラ、ほんにこんなんするつもりは――」
「するつもりはなくっても! あなたはちょっと普通ではないのだから、気をつけてくださいな。これからもっと沢山人がいるであろう場所に行くのに……このままだとこの私まで恥をかくことになりますわ!! 解ってらして!?」
「あいや、そら解ってんらけども……オラってばこういうのあんまし着たことねぐってよ。んだっけ、こんなんなるって解ったっけ、もうこんなんしねぇってそれ――」
「解ってなぁぁああい!!! やっぱり、あなたってばどうしてこう――もっとお淑やかにできませんでして!?」
パウロとしてはそろそろ解ってきたつもりではある。しかし、それが微妙にズレていることにアルフィースは気が付いてほしい。
服をどうこうとかはどうでもいいのである。もっと広い意味で――自分の有り余る力を理解して、もっとお上品にしてほしい――つまりは節度ある行動を心掛けてと、少女はそう言いたい。
少年は謝り、少女は叫ぶ。そうした2人のごちゃごちゃした情景……。
「・・・・・・。」
露店の女店主は2人を交互に見上げながら、顎先に指を置いた。そうして観察するようにしながら、彼らが落ち着くのをしばし待つ。
「――はぁはぁ、もうっ! 何度言ったら解るのかしら!?」
「いぁ、すまねぇ。らっけ解ってるつもりなんらけど……」
「解っていないから、こうなるんでしょう!? いっつもいっつも、あなたのせいなんだから!!」
「あいやぁ~~、参ったな。オラさ君を困らせることだけはしたくねぇっけ……頑張ってなんとかすっけ、どうか許してくろ?」
どうやら(そこそこ)落ち着いたらしい。頃合いを見て怪しい女が割って入る。
「――まぁまぁ、“パウロくん”。破けたシャツはほら、村でもお店はあるのだからさ。代わりを買えばいいわ、ねぇ?」
「お、おぉ……んだか? でぇも、こういう服ってすぐ破れっけ不便だわなぁ……そういや、ジェットのもこんなんしちまったっけ」
その発言に、落ち着いたはずのアルフィースが再び形相を険しくする。物のせいにしないで自分の行いを振り返れと、今にも怒鳴りそうな様子だ。
それを見た怪しい女は、装飾された爪の人差し指を少女に指し向ける。
「おっとと、カチンとしないで“アルフィース”? パウロくんだって努力はしているようだし、いずれ解ってくれるわよ。彼は誠実な人でしょ?」
「せ、誠実……。それはそうかもだけど……でも、どうにも察しが悪いのよ!」
「う~~ん、そうらしいわね。でも、彼だってここまでで変わっているはず。それこそ、あなたが一番見て解っているでしょ? 旅の中でだいぶ常識が身についているのではないかしら、あなたも含めて……」
「そ、それは……まぁ、確かにそうかもだけどね? というか私は常識をもともと・・・・・って、というか??」
「――ん? 何かしら、私の顔に何かついてる??」
さらっと話に加わってきたが……アルフィースは違和感に気が付き、怪しい女の顔を見据える。露店の店主はひょうひょうとした様子で首をかしげた。
「私、“アルフィース”って……名乗りましたか? “パウロ”の名前だって、どうしてあなた……」
「あ・・・・・・・フッフフ♪」
女店主は口元のピアスを撫でて、上目に微笑んだ。アルフィースは一歩、退いておぼつかないながらも構えて型をつくる。
「どうして私があなた達の名前を知っているか、ですって……?」
「うっ!? ど、どうしてよ……まさか、あなた!?」
「そう、実は私――」
「やっぱり、聖圏の追っ――」
「んお?? なしたんアルフィースつぁん。そんな身構えて……っと? ・・・・・うぉおお!!??」
パウロ少年は思わず身を屈めた。そして下げた腕で目の前にある“札”を掴む。
少女アルフィースは「キェェェ!?」と奇声を上げて蹴りを放ったが、それは空振りで後ろに倒れてしまう。彼女もまた、目の前に突然浮かんできた札に対応しようとしたのであろう。
少年少女の目の前にそれぞれ、フワフワと浮かんでいる札。それらには同じ文面と絵柄が描かれている。
「あらら、驚かしちゃった? そうなの、実は私・・・・・“占い師”なのォ♪♪ 装飾品の露店は副業、本業は魔術を用いた占いをやってまぁす☆」
浮かんでいる札はどうやらこの怪しい女――【占い師のサマード】の宣伝カードらしい。そこには「(大体)100%的中!美人占い師サマードです☆」の文字がでかでかと、そして彼女の似顔絵がポップに描かれている。
「ほほぅ、うらないしぃ……?」
「い、痛たた……う、占い?? いや、というか、この絵……」
少年と少女はそれぞれ札を手にしてそれを眺めている。少年は「ほほぅ」と関心の表情だが、少女は真っ先に「絵と本人のギャップ」に注目している。
やたらと可愛らしく、楽し気な絵柄に反し。本人は若干暗く、尖った印象。美人というふれこみに間違いはないのだろうが……あまりに印象が違いすぎて軽い詐欺の感もある。
「ウフフフ♪ 私の占い術は中々優れモノなの。正直、ここの品物はまぁ……アレだけどね? この私自身の技術には自信があるわ」
「……いや、でもだからって名前まで占いで??」
「・・・そうよ、驚いた? そういうのは割と得意なの。でも、一番はね……“運勢占い”。そうだ、驚かしてしまったお詫びにちょっとやってあげよっか?」
「え……う、うん。占いは好きよ? でも、すごいわね……名前までピッタリ占えるって」
「ウ、ウフフフフ……造作もないわ、それくらい。それより運勢ね! ええと、どれどれ……アルフィース、あなたのこの先、そこにある未来は――――」
アルフィースは何か引っかかりがあるものの、占ってもらえるらしいのでそこに興味津々となった。パウロはすっかり感心しきりで「大したもんだ」と、もらった札をしげしげと眺めている。
占い師サマードは絨毯の上にある商品を雑な感じでわきに寄せ、何枚かの札を絨毯に並べた。
「ではでは…………ええと。水晶よ、盟友たるクラダの英知よ! この者に流れる古血に謳う! 測れぬ理の導をここに映したまえ!!」
占い師のサマードは何やら天を仰いだり水晶を撫でたりしながら、ユラユラと身体を左右に動かした。
パウロは「何してんの……大丈夫なんか、コレ?」とアルフィースの肩をつついたが、「静かにしなさい!」と少女に怒られたので大人しくする。
見守る2人にはあまりよく解らないが……確かに占い師の水晶が色合いを変えてゆく様が見て取れる。何か起こっているのだろうと、2人は瞳を輝かせて気が付けば揃って屈んでいた。
何も触れていないのに絨毯の上にある札が動く。それもズリズリと擦るような動きで、揃って停止したり歪に動いたりと、規則性が見えない。不思議な光景に2人は言葉も忘れて見入った。
一体、ここから何が起きるというのか?
「――――あい、見えました! ……って。近いな、オイ?」
「・・・え、終わり??」
「んぁ? こりぇ、どうなったん??」
覗き込むようにしていた少年と少女は確認するように占い師の顔を見た。水晶が何度か変色して札は絨毯の上をズリズリと動いたが……それだけである。特にそこから何かあるわけでもなく、占い師は不思議な動きを止めてしまった。
「なんだ君たち、占いはサーカスではないのだよ。占いの仕草が商売ではないのだから、結果が商品なのだからね? そんな残念そうな顔をされても困るではないか」
「いや、なんか見たことないから……こういうタイプのって。まだ何かすごいことでも起きるのかと……」
「アルフィース、君の国にある占いはもっと派手だったのかね? セイデンでは祈りと予知の占術があると聞くが……」
「えっ、すごい!? 今ので私がセイデンの生まれってこと、解ったんだ!」
「・・・そ、そうよ。まぁ、基本情報だわね、これくらい」
占い師は咳ばらいをして何かを濁す。
「オラは!? オラの故郷さ解った!? ヤットコの――」
「いや、君のことはそこまで知らないから。あなたは解んない」
「えっ……。」
「ではでは、アルフィースよ。君のこの先、そこに待つもの……当ててしんぜよう!!」
しょんぼりとしているパウロ。それをまったく気にかけない少女と占い師。
彼女らは向き合い、言い聞かせるようにサマードが唇を動かし始めた。
「アルフィース……君は帝都を目指しているね?」
「!! そ、そうです。帝都……そこに何が??」
「帝都に至るまで、困難はそれほどないだろう。道中、十分に転倒など注意するがよい」
「うっ。はい、気を付けます……」
「そして、帝都に至ったら……ああ、そうだね、路地が見える。古くて汚い路地で君は好かないだろうが、そこを歩く君の姿が…………見える」
「路地……古くて汚い? えぇ……まぁ、でも、仕方ないのか」
「路地の上には大きなパイプが通っている。パイプ下の通りに、店とも思えない、これも古びた家が見えるだろう」
「え、見えないけど……ああ!? なるほど、未来の私は見るのね、その古びた家を!!」
「そう。それで、その家の壁はこいつも汚い――まるで魚の鱗のような壁面。色は緑色だ」
「汚い家、魚のウロコのような質感で……緑色の壁ね!」
「うん。そんで、そこに入って――いや、入っていく君の姿が見える。そこで安堵し、笑う君の姿を見たよ。ああ、これこそが女神の大地による導きか……」
「まぁ、神託みたい! なるほど、ちょっと嫌だけど……汚くってみすぼらしい、その汚れた家に入ればいいのね! そうすれば安心できるの!? あの帝域で、怖くない場所!?」
「そうだよ。あ、そうみたいだな――きっと、君が行くべき場所はそこであろう。大地の導きが示すのだから……」
「わぁ、ありがとう! よかった、心配だったの。見知らぬ場所で、しかもあの帝域に入ってどこに行けばいいのか見当も付かないだろうし……」
「うむ、役立てたようなら何よりだ」
占い師のサマードはそう言うと立ち上がる。「用は済んだ」とばかりにあっさりと、露店を片し始めた。
アルフィースは実際、恐怖があったのだろう。パウロが一緒にいるとはいえ、やはり敵国として教えられてきた領域に入ることに躊躇があったことは確かだ。それがこの占いによって「安置への指標」を得たのである。
占いの精度に関しては疑う様子もない。名前を当てられて、物々しい儀式もあって……すっかり信じ込んでいる。
「ありがとう、サマードさん! 最初に店をみすぼらしいなんて言って、ごめんなさい!」
「いいんだよ、それは事実だ……あれ、そんなこと言ってたっけ?」
「それっぽいことを言ってしまいました、ごめんなさい!」
「・・・まぁ、君の素直なところ、私は好きだよ。ただ確かに、そうしたところが合わなかったのかね。互いに口が悪いというか……」
「え?? それって、どういう――」
「ああ、いや、こっちの話さ。じゃ、私はもう行くよ。こんな辺境の場所では商売もあがったりなんでね」
サマードは手をひらひらと振って少女に背を向けた。ちらり、横に目線を移すと……そこでは胸元を豪快に晒している大男の姿がある。
少女に合わせて「あんがとねぇ!」と笑っている少年。その胸元に光る、紅い宝石……。
「――――君、パウロくん」
「んぁ? はい、どうすた??」
「さっさと新しい服買うか、スカーフでも巻いて胸元隠しなさいね。確かに目立つわ、“ソレ”。良くも悪くも……」
「おぉ! んだな、解った!!」
「あのさ……その“ペンダント”。それはマジで君達の未来を握っている鍵だ。失くすなよ、絶対にな。ましてや売ったりするなよな?」
「ぺんだんと……ああ、これね? こりぇはね、ジェットとオラの心友の証らっけよ。もちろん、ぜってぇ失くさねぇっぺよ!」
「頼むよな、こっちも冷や冷やしてんだから。まぁ、じゃ……またね☆」
「あ――――。」
サマードは去り際、片目を閉じて指先を唇からパウロに向かって差し向けた。
つまりはウィンクをして投げキッスを行ったのである。
「・・・・・・。」
パウロは呆然として立ち尽くした。それは単純に彼女の振る舞いの意図が解らないからである。ただ、なんとなく“興味”を惹かれる振る舞いだったと感じてはいる。
ウォールナット村の中へと消えていく女占い師の姿。しなやかな歩行――その後姿を見送りながら、パウロはもらった宣伝カードを眺めた。
「――んぉっ、アルフィースつぁん??」
眺めていたカードが不意に視界から消える。理由はそれが“奪い取られた”からである。
「これ、預かっておくわ…………だって、失くすでしょ。あなたってガサツだから」
「お、おぉ……あんがとね! ほんにいっつも気がついてくりぇて、アルフィースつぁんさ、さっすがだねー!」
「・・・・・いいから。ほら、日差しが暑いわ。どこか建物に入りましょう……さっさとして!!」
サマードのカードを奪い取ったアルフィースは、それを即座に自分の持つ財布へと仕舞いこんだ。そして「プイっ」とした態度で「ズカズカ」と歩き始める。どうやら突然に機嫌が悪くなったらしい。
「え。あ、はい・・・・・す、すまんす? だか?」
パウロは謝った。彼女がこういった態度になったということは、きっと自分が何かやらかしたのであろうと、経験からくる発想で謝った。しかし、あまりに心当たりが無いので困惑している。だから謝罪が中途半端な様子なのであろう。
慌てて雑に置いた白い鞄を持ち、走るパウロ。先行くアルフィースの表情は険しいものだが……。
実のところ、「不満」の理由は彼女にだって解っていないのである――――――。




