「オラはモンスターだっぺや ~私、お嬢様ですのよ?(5)~」
館の2階にて、少女と老婆が語らい始めたころ。
1階へと降りた少年は執事から館の説明を受けていた。
「それで……この扉の先が用を足すところでございます」
「ようをたす・・・・・んあぁ、しょんべんここですんのね! わがった!!」
「はい、シャワールームも併設しておりますので、どうぞご使用ください。……それで、この両開きの扉が大広間で御座います。今は使用しておらず、中は少々混雑としておりますが……ここを通った右手側に、寝室をご用意いたしました」
「んほぉ、立派な扉だなぁ……持つ場所が金ぴかでねぇの。カイルが喜ぶべ」
「サイズが程よいベッドがそこにしか無く、やや解り難い場所となって申し訳ありません。しかし、清掃は済んでおりますし、日差しも良く入りますので……きっと快適で御座います」
「そんな気にすんなや~、オラさどっこでも。寝られればそんでいっけよぉ~」
「左様ですか。ではどうぞ……こちらです」
「おっ――――――んほぁぁ???」
【パウロ少年】は案内されるがまま、両開きの扉の先へと踏み入った。そこは顔色の悪い執事【ローゼンハック】が言うように……確かに物が混雑している。
「ご覧の通り、今は倉庫として使用しておりまして……物が溢れかえっております。どうぞ、足元にお気をつけてお通りくださいませ。そうそう、灯りはこのままで結構です。危険ですから」
「お、おぉぉ…………なんね、こりぇ。いっぺことあんねぇ~~。なんか絵もいっぺぇだし、なんか壺とかなしてこんなあんの?? 菓子入れか??」
寝室の通り道である大広間。そこは確かに物が多く、無数の絵画に加えて棚には並ぶ壺や食器。書物も適当に詰め込まれていて、剣を携えた騎士の鎧も飾られている。
すべて空っぽにすれば、ちょっとした運動場になりそうな大広間。天井も高く、ど真ん中には円形の大きなテーブルが配されている。その上にももちろん、雑貨が適当に並べられて、薄いヴェールが被されている。
「それらは観賞用で御座います。先々代が骨董品を始め、収集好きの方で御座いまして……ああ、この鎧だけは先代の趣味ですね」
「ほぇぇ……こんな物さ集めて、なにしようってんだろね?」
「いえ、何も。ただ眺めて悦に浸るので御座います」
「ふぉぇぇ。……よっぐわがんねけど、とにかくすげぇや」
キョロキョロと、雑多な様子の大広間を眺める巨体。それが「おーっ」と、視界に入った金属の熊を見つけて尻を突き出すように屈む。
筋骨たくましい少年の尻が戸棚のガラスに押し付けられた。ガラスは軋んで呆気なく砕け、なんなら木製の枠組みも歪んでいる。
「――――あっ、こりゃまずい」
少年もすぐに気が付き、慌てて向きを変える。ガラス片に気が付いて一歩下がると、今度は「メキッ」とした感触を足の裏に覚える。チラ見ると、何か潰れた箱の様なものがそこにあった。
「アララ……おっとと。あ、ちょっ……す、すまんす。今、直すっけ…………あっ。」
「――――――パウロさん、お怪我はありませんか? 後はよろしいですから、どうか片付けはお任せください。危ないですので、どうかこちらの……通り道を活用していただきたい」
「め、面目ねぇ……怪我はなぁんもねぇけどね。こりぇ、壊しちったの何か交換すっぺよ。ええと、金さあったけね? あっ、そうだ。この上着さ脱いで……」
「いえいえ、結構です。どれもお嬢様が“さっさと処分してよ!”と私にお叱りなさる物でして……いや、これが個人的な思い入れから、中々思い切れないのですがね」
「そ、そっだか? いやぁ、しかも気ぃつけんとね。こんなん知れたら、まぁたアルフィースつぁんさ機嫌悪くすっぺよ、きっと……」
「承知しました。この件はお2方が居るうちは内密にしておきましょう。お嬢様としてはむしろ壊されて喜ぶでしょうし。私個人として複雑ですが……」
この大広間も明るく照らされている。執事の配慮で卓上にシャンデリアを灯してあるらしい。確かにこの雑多な有様の上に暗がりではあまりに危険。パウロでなくたって、物を踏みつけてしまうだろう。
執事が丁寧に道を示し、先を歩く。今度は慎重に、パウロ少年は彼の後を着いた。というより、寝室の扉は割とすぐにある。なのに寄り道してふらつくから物が壊れたのだ。
言われたように広間右手に存在する、飾られた扉。その先がパウロの寝室らしいのだが……。
「よっと、おっとと―――――っと?? んや。なんね……こりぇ??」
ゴール直前に、また少年は余計な気をとられて立ち止まった。彼は何気なく大広間の天井を見上げて、そして“それ”が気になったのである。
「ん、如何いたしまし――――ああ、“それ”ですか。ご覧の通りのものです。サイズは一般的ではありませんけど……」
「いぁぁ、こりぇって……なんね?? なんか線がいっぺあるし、文字もあるね?? なになに、“うぉーれんたりあれんおうりょ――――」
「・・・・・おおっ、そうですか。ええ、これは……パウロさん。これは、“世界地図”に御座います。この地上世界を描いた、各地を示したものです」
「ちず……ちずって、“地図”? どこに何さあるって、家ん場所とか描いたやつらろ?」
「如何にも、その地図で御座います」
そこには……そう、地図だ。
大広間の天井。そこにはとても大きな、羊皮紙の地図が貼られている。
「・・・・・・・いぁ、わがんねぇ。らってこれ、オラの村で見たのとちげぇもの。オラん家どこだ?」
「パウロさんのご出身は…………ああ、確かヤットコ村と仰いましたか。薪割をなさっていたそうですね。その村は……ちょっと自信ありませんが。以前、文献を見た経験からして、カースエイドの西――耗輝岩で高名なシャナーラ集落のさらに南西。その山中に“ヤットコ”なる地域があると……そのような文章を記憶しております。つまりは――――“その辺り”、ですね」
「え、どこ? どこって? ……広くてよぐわがんねべや」
「ええと…………はい、ここです。この槍の先」
顔色の悪い執事が、クルリ。手先を回すとそこに赤い“槍”が出現する。天井を見ていたパウロは何も気にすることなく槍先を注視した。
「ア~~~~、聞き覚えあんな。確か“かーすえいど”はルイドと会ったでっけ里で、”しゃなーら”はジェットと会ったでっけ村だわ。ほいでその形は山らろ? オラの村山ん中だっけ、きっとそうだわな…………なるほどにぃ!!」
「そうそう、おそらくその山中でしょう。間違っていたら申し訳ありません。しかし、すると……パウロさんはここをこぅ、通って……カースエイドを経由。ここを東に進み……ええ、この山脈です。草原を抜けましたね? ――――そしてキャラバック城を訪れた、と」
「あぃや、城のことはほんにすまんす……」
「いえ、お嬢様も仰られておりましたが……私も、責めるつもりはありません。むしろ感謝の思いすらあります」
「そ、そだか? ・・・・・にしてもよぉ。こりぇって、つまりよ? この、でっけ地図はさ。オラ達が今まで歩いてきた全部……いや、どうもそんだけじゃねぇわ。あんなに歩いたんに、つまり、これだけなんね??」
「これだけというのは……ええ、そうでしょう。“この世界”にあって、パウロさん達の歩んだ範囲というものは、この部分だけで御座います」
「――――――ちっせ」
「ええ、狭く見えますね。ですが、それは世界が広すぎるだけです。十分、長旅だと思われますよ」
大広間の大きな地図。そこに描かれた大きな枠組み。パウロは何となく、話を聞くうちに察してきた。
地図の中央に広くある大きな枠組みは、自分達が今、踏みしめている大地そのものなのだと……実感は無いが、そうなのだろうと、解ってきた。
「全体からして、何等分したうちの1でしょうか。この地図にあってはかのキャラバック城も描かれることすらありません。描くにはあまりに小さ過ぎるので……されど。先々代は意地から、そこに“キャラバックの黒城”と文字を記しました、黒点も打ってあります」
「つまり・・・・・あんなでっけ家が、この地図ではただの点なんか」
「それでも過大評価した表記でしょうね。まぁ、名所といいますか……歴史ある建造物ではありますので。名前くらい記してあっても本来は不思議ありませんけど」
「…………このさ。この、でっけぇ枠の外側は……何か黒っぽいね?」
「……パウロさん、海をご存じで? それらは全て、水で満たされた領域です」
「う、うみ・・・? うみって、なんさ? 全部水って……あの歩いた全部よりでけぇ、この枠ん中全部土らろ? それ全部囲んでんの、これ水……??」
「はい、水で御座います。正確には塩気のある“海水”ですが……この【グランダリア大陸】は八方全て、海に囲われております」
「……こんなん、たまげるべ。オラ達はなんてところに生きてんだ」
「ちなみにこの大陸……我々の住む大地ですが。この東、右側にある大きな文字と太い線の内側が【ウォーレンダリア連皇領】、古くにはオルダリア帝国などといわれていました。反対側に移りまして西、左側にある同様の領域が【マグナリア・マグダリア神聖圏】となっております。大まかに、現在位置からどちらに何があるか、知っておくと後々良いでしょう。左右の領域で大分と気風・様相が異なりますので……」
「はぇぇぇ――――まだよぐわがんねけど、覚えておくべさ。なぁんてこった……とんでもねぇな」
執事の真摯な解説に耳を傾ける少年。この大きな紙の1枚に、すっかり彼は圧倒されてしまっていた。
――それはまるで知らなかった事。最も身近なはずなのに、大きすぎて全部が見えない。
パウロ少年が村に居た頃。酔った父親が度々、
『世界は広いぞぉ~。そこからしたら俺もお前も、なんてちっさいものかよ。いつか見せてやりてぇものだが……やっぱし、自分の足で知るのが一番よな。機会があったら……そん時は無理にでも、おめさ歩かしてやっけね! そんで己の小ささを知ってこいや! ガッハハハハ…………いや、そんなんしたらかぁちゃんに叱られるな。うん、やめとこう』
などと、やたら気を大きくして語っていた。
パウロは今、父親の得意気な態度も解る気がしてきた。そして、彼がしつこいくらい語っていた理由も解ってきた。
そして……自分がまだまだ、全然“世界”を知らないという事実も――――。
「……見上げていたら首が疲れてきましたね。どうでしょう、そろそろお休みになりますか?」
「んぁ…………そだなぁ、そうすっかねぇ。いぁ、あんがとね、ローゼンハックさん。ほんに勉強さなったっぺよぉ~」
「お安い御用です。また何か御用がありましたら、私は1階の……丁度この大広間の反対側、先ほど訪れたお嬢様の居室の真下にて所要をしております。特に眠ることもありませんので、いつでもお声かけください」
「おぉ、そっか。助かるわな…………ん? おめさ、寝ねぇの?」
「はい、睡眠は必要としませんので。それではこれにて失礼致します。おやすみなさい……」
「はぁ、まぁ、身体気ぃつけてな。おやすみねぇ~~~」
律儀に正しく一礼し、大広間を出ていく執事のローゼンハック。パウロ少年は彼を見送った後もしばらく、天井を見上げていた。
色々と思うところがあるようだが…………遂に眠くなったのであろう。
大きな欠伸をかいて、伸びあがる。肩を回して扉を開き、そこに見たサイズの「でっけぇ!」ベッドに感動。
跳び上がって寝転がったのだが……ここで何か「ガキッ」とした破裂音が紛れる。少年は意識散漫であり、それを気にすることもなかった。
――眠る大柄な少年は豪快にイビキをかく。しかし今日は、どうにも深く眠れない。ちょこちょこ目を開いては何もない寝室の天井を見上げていた。
パウロ少年にとって、今まで受けたことが無い類の衝撃だった。それは身体的ではなく、精神的にでもなく……感情的に、揺さぶられた。
好奇心と興味が刺激される。あの子と歩いてきた道が、まだまだあんな「ちっせ」かった事実。
だからもっと、まだ知らない道を――――共に歩いてみたい、と。
少年は夢の中でも少女と歩く。まだ見ぬ未知の大地を、大地の外にも想いを馳せて……。
それが楽しみで興奮してしまって、あんまり眠れない――――。
|オレらはモンスター!!|
『――――眠れない、ですか』
『……寝たくないのかも。今は良い夢を見ていて、起きたら全部幻でした……って。怖いのかもね、ウフフ』
『それは……左様ですか。何かしら、温茶でもご用意致しましょう』
『・・・なんてね、冗談よ! そんなに弱くなくってよ、私。…………本当はね? これぞ年甲斐もなくドキドキしちゃって、それで眠れないの』
『“ドキドキ”ですか、なるほど。ならば私はあの少年に悪いことをしたかもしれません』
『おや。何したんだい、彼に?』
『いえ、何とはなく…………ただ少し、共に世界を見上げておりました』
『――――あぁ、そういうこと。で、あなたから見て……あの子は“怖気”ではなく“興奮”を覚えたと?』
『まぁ、“呆気”の様子は見られましたけど。ただ、私の傍らで天を見るその瞳は――――実に美しく、輝かしいものでありました。私こそ年甲斐なく、些か語りに熱が込もってしまいまして……』
『それで、見上げすぎて“首が痛い”と? ・・・この前は膝がどうとか言っていたでしょう。まったく、やれやれ』
『おっとと、これはさすが。はは、面目ない……』
『ウっフフ……でも、きっと大丈夫よ。あの年頃は多少寝ずとも、身体は気持ちに付いてくるもの。きっと夢にふけるより、今を行くことが充実するのでしょうね。本能がそのことを知っているのでしょうね……』
『おや…………今は充実、されていませんか?』
『彼がいないからね、充実のしようがない』
『あぁ、ユリーシャお嬢様……』
『――眠らないあなたにこのような話、解り難いこと限りないわよね。ところで、ちょっと思い出したのだけど……』
『しかし、人とは難しいモノです。ここまで共にしても解らないことが未だ尽きず。だからこそ興味が…………っとと。いかがしました、お嬢様?』
『ローゼンハック、あなた……地図で思い出したわ。あの倉庫、お父様の遺したガラクタ共だけどね?』
『・・・・・アっ!? おやぁ、何か気配を感じますね?? これはもしや盗賊の残党か?? この夜半に、もしかするとです。お嬢様、様子を見てきます故……どうかここで安静に。ではでは、失礼致します!』
『――――ハァァ、困ったものだよ。あなたにとっては大事な“お坊ちゃま”かもしれないけどさ。どうか私の最期までには、あなたの手腕で売り捌いてほしいものだわね、まったく。…………もうっ! だから、あなたが当主としてもっと強く言ってくれればよかったのに! 本当、皆して彼に甘いんだから。・・・・・まぁ、それは私もだけどさ?』
|オレらはモンスター!!|




