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「オラはモンスターだっぺや ~私、お嬢様ですのよ?(3)~」

「ああ、良かった。一時はどうなることかと……」


「ほんとにね。2人ともごめんなさいね? 私ったら、取り乱してしまったわ」


「・・・・・はい」


「・・・・・うむ」


 森林の中にたたず屋敷やしき。その2階1室にて、4名がつどっている。


 大柄なパウロ少年に可憐な少女アルフィース。加えて顔色の悪い紳士。それと……ベッドで横たわる老婆ろうば


「それにしたって、ねぇ? おどろくわよ。お城がかたむいたなんて言われたら……まだ信じられないわ」


「はぁ、まぁ、そうでしょうね……」


「でも、こうして間近まぢかにして思うの。きっと、あなた達は“嘘を吐いていない”――ってね」


「はい、そうですか…………えっ?」


 その1室は薄暗い。シャンデリアに照らされた広間の荘厳そうごんさに比べて、ここはロウソクのおぼろな灯りを頼りとした……良く言って落ち着いた空間である。別の言い方をすると、夜に薄暗くって油臭い、やや不気味な空間といえよう。


「しっかす……油の臭いさすげぇな。こりぇ、この絵がくっさいんね? しかもいっぺことあるわなぁ……」


 油臭あぶらしゅうの正体はすでに判明していた。それはこの居室に無数と雑に置かれた『絵画かいが』。およびそれを描く画材類である。絵画はほとんどが“人物画”らしく、それが薄暗がりにぼんやりと浮かぶモノで……これがまたなんとも不気味な印象。


 先ほどのさわぎ。車椅子から倒れた老婆はすぐに介抱かいほうされ、今は落ち着いたようだ。


 落ち着いてみるとこれがまた小柄で弱々しい。されど口調にはとげのような威圧感があり、常に語気ごきは強い。どうやらパウロ少年が感じていた「もう1つの薄い気配けはい」は彼女のことだったのだろう。


「油を使うからね、臭いのは仕方がありませんわ。でも、れるとこれがむしろ落ち着くものでしてよ? ウっフフフ……」


「はぁ……んでもこれ、全部あんたがいたんけ? らとすっと、相当頑張ってんなぁ」


「あら、絵の良し悪しが解りまして? そうですのよ、頑張ってますのよ。もう、何十年になるかしら。それなのに……ね? ウフフっフフフフ……♪」


 少年の無垢むくな言葉に対する時、老婆の口調から威圧感が消える。純粋じゅんすいな少年の言葉に、彼女を長く支えてきた「かん」が安らぎを覚えさせているのであろう。口元をおさえて微笑ほほえむ彼女の姿には淑女しゅくじょのそれが満ちている。


 一方、先ほどまでおびえていた少女アルフィース。彼女はどうやら、老婆の穏やかな表情をみて安堵あんどしたらしい。


「なんだか驚いたけど……でも、良かったわ! <お婆さん>が無事なよ――」


わたくし、“お嬢様”……ですのよ?」


「え・・・お嬢、様? 確かにまぁ、良いやかたにお住まいですものね。お婆さ――」


「私は“お嬢様”……ですのよ?」


「えっ!? ……う、うん。そうよね、おバ――」


「お嬢様。私は――――<お嬢様>。ねぇ、そうでしょう?」


「・・・・・そ、そうです。仰る通りです、お嬢様……」


 圧にくっした。いや、察した。少女アルフィースは老婆の強まる迫力によってすっかり萎縮いしゅくしてしまっている。


「――結構。そして私、名はユリーシャ=フォランド=キャラバック……キャラバック家10代目当主にして、初の女当主ですのよ。お嬢ちゃん、キャラバックの名はご存知かしら?」


「お、お嬢ちゃん……いや、存じ上げませんけど?」


「あらら、さては帝域の方ではなくってね? ハァ~~ァ。まさか帝域の人でそのような……まさかね? だって、帝域に土地もありますし、一度は必ず聞くでしょうから。余程の世間知らずならいざ知らず……ね?」


 【ユリーシャ】と名乗った老婆はあざけりを隠さないようで、言葉にり交ぜた溜息ためいきも良く聞こえるものだった。少女アルフィースは怖気おじけながらも目つきを鋭くする。


「せ、世間知らずとか……そうよ? だって帝域人ではないですもの。私は聖圏生まれ……セイデンの出身ですわ」


「あらそう、セイデ・・・・・・・せッ!? セセ、セイデン……って??? あの聖圏の……まさか!!?」


「――――そうです、かのセイデンですわ。そちらはご存知のようですね?」


「・・・・・そう。あなたも中々のお嬢様ですわね、<お嬢ちゃん>? ウっフフフ……」


「あなたも、さぞ“帝域では”名の通った名家めいかなのでしょうね? ウッフフフ……」


 老婆はわらい、少女もまたわらう。薄暗い部屋の中、ロウソクのあかりに引きつった女2人の横顔が照らされている。


 大人気おとなげない……それはどちらもであるが、えて言うならばアルフィースはまだ年相応なものだ。ベッド脇に立つ長身の紳士が「コホン!」とせき払いしたのは気持ちばかりにもいさめる想いがあるからであろう。


 見かねたのか呆れたのか……紳士が語り始める。


「先ほどは慌ただしいところをお見せして……水の手配、助かりました。不意に頼まれごとをたくして申し訳ありません。あらためての感謝と……遅ればせながら」


 老齢の紳士は客人のために雑多な居室を整理しながら――それも慎重に、気を遣って老婆の様子を見ながら――改まって姿勢を一度、ぐに正した。


 そして胸を張って名乗り上げる。


わたしはキャラバック家代々に仕える執事――名は“ローゼンハック”と呼ばれております。当館を訪問されたお2方にはロクな歓待かんたいもせず……無礼ぶれいな応対となったこと、ここにおびさせていただきたい。どうか気を悪くなさらないでください」


 深々と頭を下げる執事【ローゼンハック】。あたかもこれ見よがしな……ぎょう々しくも誠実なる振る舞い。これを前にした少女は慌てた様子で背をしゃんと伸ばし、「よろしく」と態度を取りつくろう。一方、ベッド上の老婆は「ツンっ」とした棘のある態度で、不貞腐ふてくされたように視線を窓の外に向けた。雨はもう、止んでいる。


 そしてパウロは紳士が何を謝っているのかまるで解らず。深く考えずに「ハハハ、よろすくぅ!」とほがらかにしている。


 執事のローゼンハックは不貞腐れる老婆を横目にしながら……「ゴホン」とうなるようにのどらした。


「お2人を怪訝けげんにして迎えたのには理由がございます。ここはくだんの砦から近く、幾度いくどか盗賊共も顔を出しておりました。何せ当館の構えは立派なものですから……きっと、何か良い物があるとぎまわっていたのでしょう。都度つど撃退げきたいはしていたものの……やはり気分の良いモノではありません。もっとも、最近はりたらしく近寄りもしなく――」


「気分が良いわけないじゃない? あやつらは私の城を――――ひいお爺様の居城を好きにしていたのよ。たとえ事情があったとしても許せないわ!!!」


 執事の言葉をさえぎるるようにして、老婆のユリーシャがさらに語気を強くする。


 アルフィースは老婆の言葉からあの砦――カイル達が住んでいた今は情けない有様の宮殿――が何者によって造られたものなのかを察した。


「それってつまり、おバ――お嬢様の先祖様があの砦を造ったということでして?」


「ええ、そうよ。栄光ある4代目様が造り、そして…………無念の内に命を落とした場所よ。キャラバック家にとって、とても重要な場所なの。あそこはね……」


「先祖様が命を落とした、とても重要な・・・・・そ、そうなのですわね??」


 老婆の語り。目をせて押し黙った彼女の表情を見て、少女アルフィースは胸中深くの何かを刺激されたらしい。眼を泳がせている。


 少女のそわそわとした様子。暗がりにあっても、老齢な瞳はしっかりとそれを把握はあくしていた。


「しかし……あれほど巨大な城が傾く、ねぇ? 地震があったとのことだけど……ローゼンハック、そのような事がありまして?」


「……いいえ、お嬢様。私の記憶からしてもう、十数年地震の記憶はございません」


「そう、私も同じよ。ここから城までどれほどかしらね? 随分と、局所的な地震があったものね。そうねやはり……信じられないわ。やっぱりきっと、あなた達は嘘を吐いているのね? 嘘つきさんは嫌いよ、私!」


 ベッド脇のロウソクのが震えた。表情をくもらせて「プイ!」と窓の外をみる老婆。朧に照らされる執事は「やれやれ」と首を振っている。


 嘘つき呼ばわり……そんなあつかいに、気位きぐらい高い少女アルフィースがえられるであろうか。いや、無理である。


「う、嘘ではなくってね? あのね、でもでもね? 嘘もその、混じっているというか……でも嘘じゃなくって、あの――」


「――おう、ばあさん。嘘つきとかそんなん言うなや?」


「!? ――――ぱ、パウロ!?」


 あわてた様子で少女が横を見る。そこにはサイズ不足の椅子にちょこんと腰掛けた、体躯たいくの良い少年がある。ただしその横顔にはいつものおだやかさがない。その表情はこれまでたび々、少女を不安にさてきたものである。


「確かにアルフィースつぁんさウソっこちぃと混ぜたけんど……あのでっけ家が傾いたんは嘘じゃねぇ。アルフィースつぁんさオラをかばってんだよ。オラがあの家、ぶっ壊したようなもんだからな」


 「ドン」と胸を一突き。親指でたたいて、自身に意識を向けさせる。暗がりにある大男が前かがみにすると、反射的に老齢の執事が足先を彼へと向けた。


「オラがでっけくなって、そんでぶっ壊したんだわ? あんたの大切な家、壊したんはオラだ。オラが悪さしたんよ……らっけね、あやまる。ほんに・・・・・・・ほんに、すまんすっ!!!」


 椅子からずり落ちるように床へと座り、深々と腰をげて頭を下げる。大柄な少年はまるで無防備に、ベッド上の老婆に向けて後頭部を見せた。


 いきなりに雑な行動だが……その姿は誠実である。老齢の執事は引きしぼっていた片腕を止めた。


「おめさの大事な家らって――いぁ、そんでなくっても誰かさ造ったもんらろ? それをあんなんして、かしげて、もう住めなくなってんだわ? そりぇはオラがモリモリっと、こんなん肩をいからせて地面さ割って……おめさの先祖さんにも謝る!! ほんにほんに……もうすわけねぇッッッ!!!!!」


 さらに頭を下げた。少年の想いは強く、いきおいも強く……。床に当たった前頭部はそこに凹みを造ってしまった。だが、この時それを誰も気にしていない。


 ただ、あまりにも悲痛な姿。床に頭部をめり込ませるほどの謝罪に、その場の誰もが言葉を失っている。かろうじて、老齢の執事がベッド上の老婆に「お、お嬢様……?」と一声掛けた。


 執事が向けた視線の先。ベッド上から少年を見下ろす老婆のひとみは――


「――そう、あなたが城を……我がいえの名誉と栄華の忘れ形見がたみを……壊してしまったのね。それも“でっけくなって”、か……」


 老婆がゆっくりと口を開く。そうしてこの後、“彼が怒られる”と感じた少女は考えるより前に立ち上がった。


「違う……違うわ!! パウロ、勝手なことを言わないで!? あのね、お嬢様……聞いて? 本当はね、私は――」


「いいの。もう、いいから……あなたは顔を上げて、あなたは座って頂戴ちょうだいな?」


 立ち上がった少女を制するように。老婆はベッドから半身を傾け、少女の肩に手を置いた。老いた瞳は穏やかで、母性のような暖かさがある。


 老婆ユリーシャは視線を大柄な少年の後頭部に向けると、優しく言葉を落とす。


「元々、我が放棄ほうきした同然の遺産……ボロボロだったし、それが今更いまさら傾いたって、よくよく考えたら大して変わらないわ。盗賊共に先祖の栄光が踏み荒らされている事実が私は不愉快ふゆかいだったの。むしろ追い払ってくれた礼を言うべきよね?」


「んや、でもさ。あんなん見たらきっと“あらまぁ”って驚くと思――」


「もう、いいんだってば。言うこと聞きなさい! ……それより、正直に話してくれてありがとうね、2人共。ええ、そう……あなた達がしんに嘘を言っていないこと、本当は最初から気が付いていたのよ。ただ、地震が原因ってところだけ明らかにウソでしょ~~って。だからちょっとからかうつもりだったの……ごめんなさいね?」


 老婆は穏やかにそのように言う。ただ、実際に砦の有様を見ればきっとビックリするだろう。そしてやはり、多少にはショックがあると思われる。


 まぁ、それはともかく。この老婆ユリーシャには少女と対面した時から感じる予感があった。少女もそれはあったのだろうが、まだハッキリと受け入れることができない。


 老婆は“でっけくなった”という少年の言葉に確信を得た。だからこそ尚更なおさら、感謝した。


 聖圏出身である少女が――――隠したい真実を言おうとした事実にも、関心している。


「まだ若い2人が、こうして山奥の館を訪れる。まるで落ちびたように……これって不思議ではないかしら? きっと、不思議な“ワケ”があるからこそ、こういったことになるのよね……そういうものよ、物事って」


 いきなり何を言い出したのか。少年と少女はベッド上の老婆にほうけた表情を向けている。


 老婆は続けた。


「ねぇ、あなたはいつから? 聖圏出身者ですものね……それもセイデンの地を離れるには相応そうおうの理由があるはず。だからその頃からでしょう、きっとね」


「・・・・・え? 何を・・・・・お嬢様??」


「私はそうね…………60年は前よね、ローゼンハック? ・・・そうそう! 彼の誕生日だったわ、思い出した。そう、女神が私にれたあの日から――――なんて。帝域貴婦人にしては信心しんじん深すぎる例えかしら?」


 過去を振り返る老婆の表情は明るく、あどけなく。ロウソクの朧な灯が彼女の姿を曖昧あいまいにして。


 そこに三つみの若い少女を幻視げんしするのは、少年少女のうたかたな夢であろう。


 老婆が少女に向けて微笑む。


「あなたも同じでしょう? 経緯はどうあれ……あなただって、“そうなのでしょう”? ねぇ、聖圏のお嬢様……」


 夜に落ちた森林の静寂せいじゃく。館の一室で放たれた穏やかな言葉。


 老齢の執事に護られるは、年を経た女と無数の人物画。



 油臭の中。少年と少女……装怪者そうかいしゃびと|が、ゴクリと。



 生唾なまつばを飲み込んで、横目に視線を合わせている――――――。






第52話 「オラはモンスターだっぺや ~私、お嬢様ですのよ?(3)~」END







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