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「オラはモンスターだっぺや ~私、お嬢様ですのよ?(2)~」

「お待ちください、お二方ふたかた。どうかそこまで、以降は……それ以上は容赦ようしゃいたしかねます」


 階段へと足をかけた少年。大柄な彼に向けて言葉が降りかかった。


 少年が即座な反応で音の方向へと視線を向ける。急に立ちふさがられて、背に隠された少女は「ちょ、ちょっと!?」とあわてた。


 少年が刺す視線の先――館の2階、コの字型の廊下ろうかに立つ1つの姿。


 シャンデリアの灯により近く、らされたそれは……少年の確かな視力からして“老齢ろうれいの男性”である。律儀りちぎな衣装に「スラッ」とした身長が気品を感じさせる。顔のシワや完全な白髪からして、かなりのよわいているものと察せられた。


 老齢の男性は2階部から階段下を見下ろし、じっと動かない。自分を見上げている体格の良い青年が次にとる行動をじっと観察しているのであろうか?


 手すりに手を置き、静かに、されど「ジッ」と見定めるように視線を向けてくる老齢の男性。


 そうして“観察されている”という感覚を受けて、少年が鼓動をはやめて声をあらげる。


「おめさ――おめさ誰だ!? なんで今、急に出てきたん?? どこさかったんね……だったら普通じゃねぇらろ!!?」


 少年の鼻息が荒い。実際、彼の表情は切迫せっぱくしており、見ず知らずの老人を威嚇いかくするにはあまりにも大袈裟おおげさなようにも思われる。彼のひたいを伝う汗は冷たい。単に観察されて嫌な気分……というだけではなさそうだ。


 野生の中で気配けはいつ手段を得ている少年は逆に気配を探る手段にも心得こころえがある。そうした技術に自信を持っていた。だが、その自信を上回られて……この老人の気配を察することができなかった事実。不安なのであろう、自分の技量をえられる何かを持つと直感して、警戒せざるを得ないのである。


 だが、それにしたって少年の発言は滅茶苦茶でもある。どう考えたって「何者」ときたいのは侵入しんにゅうされた側であり、(この老人がここの住人かはまだ不明だが……)少なくとも現在、“不審ふしんな侵入者”は少年と少女である。


 老齢な男性は首元のちょうネクタイを正しながら、軽く息を吐いた。


 そして、“侵入者共”へと語りかける。


「誰とは……それはこちらが御聞きしたいですね。まぁ、しかし……いいでしょう。応えさせて頂きましょうか。

 ――私はこの屋敷で執事をつとめている者です。屋敷の内装・整備から物資の調達、花壇の手入れまでと大方おおかた、なんでも行っております。……ええ、これでよろしいでしょうか、お客人きゃくじん?」


「ヌ……んだか? しつじって、そらあれか。よぐわがんねけんど……ここさ住んでるんか、つまり?? んじゃぁ……おじゃますてます!!!」

 

 真摯しんしに答えられたので、あんまりよく解らなくとも……ともかく真摯に返す。少年は頭を下げて挨拶したが、目線は外さない。まだ彼は警戒しているからだ。


 ここにいたって、まだ気配が希薄な老人が「普通じゃない」のは彼なりの確信である。それは生命の脆弱ぜいじゃくさからくるものではなく、“意図的”ななんらかの技量によるものだと野性になるモノを感じ取っている。


「お邪魔じゃましている……ですか。ええ、ならば今度はこちらから御聞きしましょう。あなた方は一体、何者でしょうか?」


「え・・・・・オラたつが何者って?? そらあんたね、オラはほりぇ、パウロ=スローデンっちゅうもんで、ほいでヤットコ村で薪割りさしてたんらけろ、おっとぅ(父)にぶっ飛ばされてからここにるアルフぃ――――んぬおっ!?」


「おどきなさい、下郎げろう!!! ――――失礼いたしました、紳士しんしのおじさま。私、アルフィースと申します。セイデンのアルフィース……以後、お見知りおきくださいな。・・・・・それとこれは付き人のパウロです。それなりによろしくお願いいたしますわ?」


 屈強くっきょうな背を押し退け……ることはできなかったので。彼の背からおどり出た。


 ほとんど半裸で野性的な少年の背後から出現したドレスの少女。それはふわりとすそを広げて悠然ゆうぜんとしたお辞儀をしている。呆気あっけにとられたような少年は彼女の後頭部を「ホゲ~」と口を開いてながめた。


 なにか長くなりそうだった語りをさえぎって割入わりいった少女。この少女の振る舞いを受けて……少し呆然としていた老齢の男性は「ハッ」として手すりから手を離し、姿勢を正してみせる。


「そこの少年、今確かに”スローデン”と――――いえ、それもそうですが“セイデン”とはこれまたどうして? いや、ならば尚更なおさらの事。何故なにゆえ、このような時刻、このような森林深くにご令嬢がられますかな?」


 老人が丁寧な挨拶を行うと、ようやく気配がハッキリした。それによって少年も少し気を抜くことができたが……それでも得体の知れない違和感はある。


 老人の言う「どうしてこんな森の中に?」という問い。少年少女の2名が、あまつさえあのセイデン出身というご令嬢が……と、疑問をもつのはもっともである。


「この前にある、大きな砦を早くに出たのですが……見立てが甘かったのでしょう。どうしてか道半ばで日がれてしまいまして……おまけに雨に降られてしまいましてね? 困り果てたところをどうにか見つけた光に寄せられ、ここにいたったのです」


 フゥ、とめ息交じりに少女は語る。まるで自身は困らされた側であり、何らかの要因によってピンチにおちいったのだと言いただ。そしてそれは本心からそう思っているのであろう。背後の少年は相変わらず「ポカン」として口を開いている。


 “少し前の砦”と聞いて……老人はやや顔をしかめた。しかし、即刻に考えて切り返す。


「砦……それは山賊の根城ねじろとなっていたキャラバック城――――“捨てられた黒砦くろとりで”のことでよろしいかな?」


 老人には何か心当たりがあるらしい。明確な印象を持ってくだんの砦を指している。そしてその印象は複雑らしく、表情にも露骨ろこつに表れていた。


「捨てられた……? えぇ、まぁ、そうでしょう。確かに黒くてボロボロの砦でしたわ」


「んだんだ。天井てんじょうも穴ぼこさでっけのあってな。んでもオラは立派なもんだと思っただよ。だってあんなでっけぇ家初めて見たもの!」


「そうそう、あと確かに盗賊もいましたわね。砦の周りに住んでて、中にはカイ……頭領とうりょうだけが住んでましたけど」


「ハハハ、んだなぁ。思えばあんなでっけところに、カイルさ2人だけ住んでたんね? もったいねろぉ~、皆寄せればよかったんにね?」


「それは無粋ぶすいでしょう? 解らないのねぇ、まったく……パウロったら、ガサツでしょうがないのだから!!」


「え……ご、ごめんだす? なんだか知らんけど、怒られちった……」


「・・・・・・・。」


 この2人の会話。老人はそれを聞きつつ、2人の正体を考えながら……過去を思い描いている。


 複雑な表情――それは「憎悪ぞうおけわしさと哀愁あいしゅうの悲しさ」が合わさったような、眉間みけんのシワが象徴的だ。


随分ずいぶんと、盗賊共の内情にお詳しいようですね。彼らとご関係が?」


「ご関係…………そうねぇ。その盗賊の頭領と、彼の大切な人と……まぁ、知り合い? いいえ、お友達……ですわね。ウフフ♪」


「んだんだ。カイルさ気のいい奴だっけ、きっとこん後もうまくいくっぺよ。盗賊もやめたんだし、アイツさきっとでっけぇ人間になるわな!」


「それはそうでしょう。がりなりにも皇子だしねぇ……いや、でもあの性格だから? きっと、またロクでもない事をしでかすでしょうね! ォオッホホホ~~!!」


 虫でも払いのけるかのように、少女アルフィースは手をハタハタと目の前で振った。邪念じゃねんを払うと言ったところであろう。


 パウロ少年は真っ直ぐに心友のことを認め、再会の時を想って拳に熱を込めた。集中した意識にふと……そういえばまだ“薄い気配”が感じられるな、と。


 それは見上げた先の老人ではなく、もっと別の――


「そうですか。盗賊とご友人…………ん? 盗賊を、めた?」


「オッホホホホ~~……ん? ええ、そうよ。盗賊の頭領・・・まぁ、カイルね。あいつは盗賊をようやく諦めて、真っ当に彼女と向き合うことにしたのだわ」


「彼女……いや、つまりは現在、盗賊共の統率者は不在となったわけですね?」


「ん?? そう……なるかな。解散と言っていたし、きっとバラバラと好き勝手なさるのではないかしら?」


「そうですか。それはそれで不安ですが……しかし、統率性の高い盗賊団が解体されたのは良い事です。何分なにぶん、諸事情と治安の観点からして危惧きぐの対象で……」


「そうね、良い事ね? そしてそれはこのセイデンのアルフィースがよく言い聞かせたからでしてよ? ――――えぇ、えぇ、感謝してくださらないで。淑女として当然の行いですから? ――ンホォッホホホホ!!!」


 高らかに笑う少女。彼女は老人が先ほど「セイデン」に反応したことを見逃していなかった。だから胸を張って名乗りのかんむりを付けているのである。高笑いが豪快過ぎて気品に薄い事だけが残念だ。


 その後ろで「スンスン」と、けわしい表情で臭いをいでいるパウロも品の無さでは負けていない。


「んだなぁ。あのでっけ家も“あんなんなっちまった”し。近くは危なくって、とても住めねぇやなぁ~~」


他人ひと事みたいに……あなたが悪いのだからね? 私だって、ちょっとはカイル達に悪いかなぁ~っという気持ちもあるのだし。当事者のあなたがもっと自覚をもちなさいな?」


「え・・・んだか? いぁ、たすかにあのでっけ家がかたむいたのオラ達がごちゃごちゃしたからだけんど……だって、それって……」


「ナ?! ぉ、おだまりっ!! だったら私に責任があると!?」


「そ、そんなこと言ってにぃよぉ~。あちち、すまんす、すまんすぅ……」


 顔を真っ赤にしてペシペシと少年の胸元をたたく少女。行動と勢いで何かを誤魔化ごまかそうとしているのは、深層心理的な部分で理解しているからではないだろうか。


 それはともかくとして。


 彼らの与太よた話のようなものを聴いていた老齢の男だが……いつからか、その“赤紫な顔面”は見るに狼狽したかのように蒼白そうはくしていた。


「え!? いい今、なんですって…………傾いた?? 住めなくなった?? 危ない???」


 実の所この紳士な男性の顔色はもともと青い――――というより、赤みのある“紫”に近い体色だ。その色合いがより青く白く傾いたように思われる。驚愕きょうがくして開かれた口元から鋭い犬歯が2本、のぞき見えた。


「どど、どういうことでしょうか? “あるじ”の……キャラバックの城に何があったのです!?」


 老齢の男性は手すりに乗りかかる程、身を乗り出した。


 この華奢きゃしゃながらスラッとした高身長で、冷静真摯な印象を受ける老人。しかし彼は今、何故かひどく狼狽している。


「城って、あの黒い砦のこと? それならあの…………ええとね、なんて言いいますかねぇ……」


「おお、あんでっけ家か!? それなららっけ、“傾いた”んよ。ほりぇ、オラがいつもよりもっとずっとでっけくなったろ? ほしたら地面さモォリモリしてよ! 家さまるごと、半分もまるみてぇにかしがったんだわ! らっけもう、あんなん住めねぇっけ、オラさ悪いことしたなぁ~~ってよ! らってオラたつが怪ん――――」


「!! かい、かいぃ――――カイル!! そうそう、カイルのお家がね、傾いたのはね…………じ、地震があったのよ! そうそうそう、地震が急にあって、あの砦は傾いてしまったの!」


 少年の口を背伸びした上で指先を伸ばしてふさぎながら、少女はペラペラと取りつくろい始めた。それは自身の罪を隠すためではなく、単に“自分が特別”であることを知られたくないからである。


 しかし、その言い訳には少々無理があるらしい。


「地震、ですと?? ここでは何も感じませんでしたが……あの城が傾くほどの地震が? いや、それより……か、傾いたというのは本当なのですか? ははは、これまたご冗談を……」


 原因はまるで聞き入れられていないが、結果の方は疑いながらも気にかかっているらしい。


 顔色の悪い老人は瞬時、つま先に力を込めた……が、思いとどまる。真実を知りたい気持ちはあるものの、まだこの場をからにするわけにはいかないからである。まだ、少年少女を安全と断言できていない。


 老齢の背に護られている扉、そこは2階の一室。これの平穏を保つことこそが彼のになう最優先な責務……。


 そして、その扉の奥からである。



「 んなっ、んななっ・・・・・・なぁんですってぇぇぇぇ!!!!? 」



 静けさのあった扉の奥から、耳をつんざくような鋭い高音の絶叫がひびき渡る。木製の扉を高い貫通力で突破した音波が館にる3人の鼓膜を襲う。


 高齢の男性は耳をふさぎ、少女アルフィースはすくんで肩をいからせ、パウロ少年は良好な聴覚がたたったようで、耳をおさえて立ったまま悶絶もんぜつしている。


 頑丈な彼の鼓膜もがたいいほどの絶叫ぜっきょう


 「ガタン!バサッ、キャリキャリキャリ……!」と、さわがしい音が聞こえてきた。これは扉の奥かららしく、その扉が勢いよく開かれる。


 開かれた扉から勢いよく飛び出てきた存在。それは2階の手すりに“車輪”をぶつける形で横付けした。


 そして、叫ぶ。


「本当ですの!? うそおっしゃい!!! いいこと、よくお聞かせなさい!!! 何があったって!? 何をしたって!? お城に……“私の城”にッッッ!!! 何をしたというのォォォォオオ!!!!?」


 飛び出してきたのは車椅子に腰かけた老齢の女性……つまり老婆ろうばなのだが、どうにも感情がたかぶっているらしい。すさまじい険相けんそうである。


 老婆は真っ赤な顔を向けて、階段下でおびえる少女と悶絶する少年を交互に睨みつけた。


「お、落ち着いてくださいおじょ――」


「あなたは黙りなさって!!? これが落ち着けるものか!!! 私の、私の先祖様の……お城がっ、か、かたむ……カ…………クガゥッ!?!?」


「うわぁッ!? お……“お嬢様”ッ!!!」


 勢いのままとなりの紳士につかみかかろうとして。車椅子の老婆は「フッ」と、白目をいてその場で前のめりに倒れ込んだ。


 その身を咄嗟とっさに支えた老齢の男性は「大変だ!大変だ!」と慌てて彼女をかかえ、開かれた扉の奥へとすべるように低く跳躍して消えた。


「 ・・・・・?/・・・・・? 」


 一方、階段の下。少年と少女は2階の一部始終を目撃して……茫然ぼうぜん自失じしつの有様だ。


 2人は目を合わせて同時に息をんだ。あまりの迫力と勢いに圧倒されたのであろう。


 どちらも何も言わないが……ともかく。


 状況からして「大変」な事態だと思われた。老齢の紳士もそのように連呼していたし、見るからに緊急事態ではある。


 恐怖はあるけど……人が倒れた現実もある。少女がうなずくと、少年も大きく頷いて応えた。



 見つめ合っていた2人は視線を2階の一室へと移し、開かれたままの扉を目指して階段を登り始める。


 「ガタガタ」と物音がする扉の先。「スンスン」と、少年の鼻をすする音が明瞭めいりょうになる。




 ずっと少年が気にかけていた“得体の知れない油臭”。



 臭いの発生源は……目指す扉の先らしい――――――。






|オレらはモンスター!!|







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