「オラはモンスターだっぺや ~私、お嬢様ですのよ?(1)~」
世界の広さになど興味はなかった。自分のいる世界に満足していた時、その他に目を向ける必要性など感じることは無かった。
世界の全てを知ったつもりになって、得意になって生きていた。それはそれで良かったかもしれない。
ただ……“違う世界”を知る人と出会った時。共に過ごすうちに自分の中にある何かが変わった。
いつからか、不安や恐怖は疑問に変わっていた。それもきっと、1人だったらずっと怖がって震えていたことだろう。
今なら知らないことにも興味を抱ける。
果たしてこの世界は一体、どれほどに広いのであろうか……?
|オレらはモンスター!!|
朱い太陽が灯の役割を終えようとしている。並ぶ山並みのデコボコとした空との境界線が影に染まりゆく頃。
大自然の森は危ない。まず、暗いということもあるだろうし、野生の動物やらが跋扈することもあるし、気温や天候などの変化に対応が難しくなる、というこもある。
それらの全てを大方解決する手段としてお勧めなモノ――それは【パウロ=スローデン】だ。この大柄な身体1つあれば、火は熾せて明るく暖かく、丸太と枝葉の屋根にて雨露も防げ、野犬の類も睨むだけで事足りる。
つまり、夕刻の森林を彷徨う少女――【アルフィース】にとって、この先の生命的問題は凡そにして大丈夫ということである。だが、現在の問題はそんなことではない。
「・・・・・だって、いたんだもの」
「・・・・・そ、そうらか?」
少年の背を降りてキョロキョロとして歩く少女。彼女にとって、ここから先の問題は“清潔感”――これに尽きる。
彼女は野宿というものに恐怖を覚えてはいない。パウロ少年が勝手にどうにかしているので、そういった危険性に自覚は無い。
ただ、暗がりにガサガサする茂みや焚火の影にちょろつく虫など……我慢ならない存在気配は無数に存在する。だから野宿など許されたものではないのであろう。
「あっ、ほら! あれは…………なんだ、岩か」
「んなぁ、アルフィースつぁん。その、ほりぇ……空も暗くなってきてっけ、そろそろ落ち着かんとさ……」
「ぐぅむむむ……! だって、だってだって…………いたんだもの!!」
パウロは少女の機嫌を案じている。彼としては野宿だろうがなんだろうが構わない。しかし、この少女はきっと――「土の上で寝ろと言うの!?・・・代わりに葉っぱですって!?んがっぁぁああ!!!」――くらいに怒るだろうと、そういった懸念を抱いている。
まぁ、その辺は今更どうにもならないことは事実。朽ちた街道を逸れて再び森に入ったことが全ての間違い。本来なら渓谷は抜けているであろう時刻だが……まだここは渓谷の自然の中である。
言ってしまうと。渓谷を抜けて少し進むと小さな集落(盗賊の住処ではない)があるので、本来はそこで休めたはずだ。お金も少しだけあるし、そこでも「これがお布団!?この布切れが……お布団!?!?」などと少女は怒るであろうが、少なくとも野宿ではなかったはずだ。
この時間から渓谷の突破は不可能。パウロ単体なら森の暗がりも問題なく走破できるだろうが、少女も共にとなれば不可能である。
「あ~~ぁ。どうして逃げちゃったかなぁ……」
「なぁ……やっぱすオラ、そんなん居ったか?って思うっぺよ。オラが見たんはたすかに“ウサギ”だけんども……そいつは茶色くってボサボサしとったからに??」
「違うもの、ちゃんと“青かった”の! きっときっと、“祝福の青いウサギ”に違いないのよ!!」
「そ、そうらか……??」
そもそも、どうして彼らはこのように未だ渓谷の森林を彷徨うはめになっているのであろうか。それはきっと、事実を顧みるに……アルフィースのせいである。
……黒岩の宮殿などとうに見えなくなってしばらく。少女アルフィースとパウロ少年の旅路は安定性を得たと思われた。ところが、そこで少女の突発的な行動が発生。それは「青色のウサギを発見した」と彼女が豪語する事柄が理由であり、それを追いかけて少女は茂みすら厭わず森林へと突っ込んでいったのである。
余程、何か思い込みがあるように察せられる。「ああっ!?青いウサギだ、背を撫でないと!!」――そう発言したか否や彼女は走った。少し前に足を捻っただとかなんだとか文句を言っていた割には元気なものであった。
彼女が言う「青いウサギ」なるものが果たしてそこに在ったのか……それは彼女にしか解らない。ただ、少なくともパウロ少年からして、そこにはたぶん、ボサボサとした茶色い何かが存在したのだと認識している。それもハッキリとした確認はなく、臭いからしても正直ウサギではないような……。
そうした行動は何一つ成果を得ず。青いウサギらしき存在はすっかり見失われて、忽然とその姿を消したらしい。パウロは痕跡からの追跡も試みたが、まるで“無い”。始めからいなかったのではないかと……そういった術に自信があるパウロだからこそ、珍しく少女のことを疑っているのである――。
そういった事情で彼らは迷い人となった。どうして彼らは道を真っすぐ歩けないのであろうか?
そして、いよいよ周囲が暗くなってくる。「こりゃダメだ」とばかりに諦めて、パウロは歩きながらに手ごろな枝を拾い始めた。少女も嫌な気配……野宿の予感を覚えてパウロに何か命じようとした。それはきっと無茶なものであろう。
だが、その命令が下される直前。少女と少年が何かに気が付く。
/ それは、暗がりに沈む森の一点に灯った明かり /
火であろうか。いずれにせよ、何か自然ではないような……夜に不自然な“明かり”だ。
2人はともかく歩いた。そろそろくたびれてそうな少女は歩行が鈍く、少年が率先して障害となる草木を薙いで道を拓く。次第に大きくなる明かりに誘われて、あたかも虫か何かのようにして……。
やがて明瞭となってくる光の正体。どうやらそれは“照明の灯り”らしい。光源は知れないが、ともかく『窓』から光が零れているのだ。
茂みを薙ぎ払った視界の先。そこにあったものは――
「おおっ、こんれまたデッケ家だわなぁ!」
「あら、なんだかちょっと古風な……でも悪くないわよ、こういうの」
“その館”は石造らしく、築年数はかなり長いようだ。年季の入った風貌だが、それもこの暗がりでは詳しく知れない。
だが、このような渓谷の自然に古くも立派な館……これはいささか、“不自然”な存在ではないだろうか?
尚も思われるのは、明かりや気配からしてどうにも人が住んでいるらしいこと。一体、このような渓谷の片隅で誰が? そう言えば、ここら近くにあった渓谷の住民というと……。
「立派な構えだけど……ちょっと古びていて、埃臭そうね。あぁ、でもすごいわ。花壇がお手入れされていて、きっと丁寧な住人なのね!」
「んだんだ、あのデッケ家よりかは小っせけんど……こりぇもまぁまぁ、大っけ家だわなぁ。ただ、こんな広いといっぺこと住んでそうなんに……なしてこんな静かなんね?」
館を見上げて、それぞれの所見。アルフィースとしては「どちらかと言えば妥協可」らしく、パウロとしては「不審につき警戒が必要」ということらしい。
しばらくそうして古風な館を「ボヤ~っ」と眺め上げていた2人だが……。
そこに、ポツ、ポツ。
「・・・・・あっ。」
「んや!? あちゃぁ~~、雨さ降ってきてんね!?」
すっかり、雨雲が空を覆っていたようだ。森の木々は深く生い茂っており、空など見えたものではないので解らなかった。この館の窓から零れる明かりが無ければ互いの顔もまるで見えないだろう。
「仕方ないわね。えっと……ごめんくださいな? あの、よろしいかしら??」
少女は雨を察して即座に行動。濡れることを嫌って館の玄関に駆け寄り、大きな木製の両開きをノックした。
しかし……返事は無い。中から物音1つすら無い。
「あら、留守なのかしら。でも、だとするとこの明かりは……?」
「あちゃちゃ、やっべねぇ~~。本格派になってきたわ、こん雨! うんと……すまんにぃ、誰かおらんかに!? ・・・っとと。ありぃ、開いてっぺよ??」
空がザバザバとしてきたので堪らず少女の身を覆うように駆け寄り、パウロ少年が「ドゴン!バコン!」と品質の良い扉を叩く。
それでも返事は無い。シィンとした静寂だけが返答となる。
そして力強かった。ノックは少女を真似たものだったのだが……彼女のものとは威力が異なる。ほとんど突きのような掌底であり、衝撃によって両開きの片方は「ンギィィ…」と軋んで開かれた。
「・・・パウロ? 少し、乱暴な振る舞いでしてよ……」
「あれま。いぁぁ……らって、返事さねっけよぉ?」
「だからって勝手に……ま、いいわ。こうしてあなたの脇に隠れるくらいなら……止む無し、ね」
少年の中々直らない癖に警告を刺しつつ、少女アルフィースが歩み入る。物音1つしない大きな館……扉をくぐって入ると、そこには広い空間が2人を迎えていた。
内装としては……まず、幅広い階段が正面に構えている。紅いカーペットの敷かれたそこに石造の飾りが堂々と、門衛のように配されている。
2階建てらしく、ザっと見上げただけでもかなりの部屋数があるらしい。それらはコの字型の廊下を重ねた様相であり、似たような扉が並んで「シィン…」と静寂にしている。
真新しいのであろう。艶ある絨毯は足元でフカフカとしており、それら情景を“巨大なシャンデリア”が高い天井から煌々と照らし出していた。
「フゥゥン、やるじゃない? 割と清潔そうだわ……うんうん、やっぱりね!」
所見の通りに丁寧な内装を見て、アルフィースは満足気な様子だ。
「おぉいっ、すんますぇぇぇん!!! 誰かいねがぁ~~? ちぃっと雨宿りさ、さしてくんろぉ!!?」
パウロは声を張り上げた。無駄に大きな声は挨拶の意味合いもあるだろうが……何より「誰かいるなら姿を見せろ!」という威嚇の意図もある。この時彼は片手で少女の身をかばうようにして――別の手に拳を1つ、形作っている。
機嫌よく、穏やかに豪華なシャンデリアを眺め上げる少女。
声は大きく爽やかにも、見渡す眼に力がこもっている少年。
飾られた館の灯りと静寂が彼ら2人を包んでいる。「キョトン」として眺める少女アルフィースは壁に掛かっている絵画を見て……失礼にも、「あんまり良くないわね」と勝手に品定めした。
しかし、この館……あまりにも気配が無い。そのことはパウロ少年にとって不安要素である。
数十m離れた位置のウサギを察せられる男だ。これほど豪奢な館内にあって、自分達以外の気配を“1つしか”察せられないことが恐ろしい……。つまり、彼の本能からくる直感が『不自然である』と警戒を促している。
確信ではないが、少年の勘は告げているのであろう。何者かが「潜んでいる」のだと。そして僅かな……生命とするには希薄だが、そのような気配が2階から感じられる。
少年はそれを訝しんだ。得体の知れない油臭も鼻につく。
「誰もおらんか? んなら……ちぃっと、ジャマすっけよ。悪く思わんでくりぇよ……」
先手を打つべく、「来ないんならこっちからいくべ!」とばかりに少年は歩もうとする……が、すぐに立ち止まった。
なんだか張りつめたような少年が振り返ってチラチラしてきたので。少女は――
(・・・何様かしら? 何を怖い顔して・・・こっちに来いと命じているの? ・・・何様かしらぁ!?)
――と、若干の高揚を覚えつつにイライラとしている。
2人が紅いカーペットを踏みしめ、幅広い階段へと歩む。そして少年の足が幅広い階段の1段目にさしかかった――――その時。
「御待ちなさい、お二方。それ以上はどうか、進まぬように…………」
|オレらはモンスター!!|




