「オレサマはモンスターなんだよ(ENDー後編)」
――――朝日が渓谷の景色を照らし出す。
傾いた宮殿の最も高い場所。そこで“盗賊の頭領”が声を張り上げた。
何事かと。それこそ常人ならざる肺活量にて叫ばれた「集まれ、重大な報せである!!!」との声。
少女の悲鳴は音域とか音質によってなんとなく響き渡るが、頭領の叫びは明確に“音量がデカい”。それは普段から、独り言だって無駄にデカい。
そんな声に寄せられて集った盗賊達。どうやらほとんどは昨日の騒ぎで逃げ出したようだ。中には記憶自体を弄られて去った者もあるようだが……どの道、盗賊団は既に半壊の様相。
そんな盗賊団に向けて、頭領は――カイル=ブローデンが、報せる。
「者ども、よく聞け! オレサマは今、この場をもって頭領を……“盗賊をやめる”!!! よって、この盗賊団もこの瞬間まで。つまりは解散とするッッッ!!!!!」
声高らかに宣言された、それは“解散宣言”。
あまりにもいきなりのことだ。早朝に呼び出されて眠気眼にそう言われても……困ってしまう盗賊達。
「そんな、兄貴がいなくなったら俺達どうすりゃ……」
「突然そんなこと言われても困るよ、生活できないよぉ!」
「見捨てないで……もっと稼ぎましょうぜ、兄貴ィ!!」
「あぁん、いやよいやよ! ずっとお傍にいらして、カイル様ぁ!!!」
などなど。さすがに昨日の出来事を経ても残った輩共である。一応の忠誠というか、関心はあるらしい。全員が瞳を潤ませて、餌をねだる子犬のような表情で元頭領を見上げてすがる。
そうしてワラワラと、挙動不審になる彼らをさほど気にもせず。
不遜なる“帝国の皇子”が自身の胸元を叩いて鼓舞してみせた。
「オレサマが必要な物資はもう、集めてある。後の宮殿に残った物は好き勝手に持ち去るがよい……早い者勝ちだ。これからの生活の足しとするがよい!! ……皆の者、各々が、強く生きよ!!!!!」
翻る黒の外套。指し示された“傾いた宮殿”。
指示されて――――数秒。
状況を飲み込んだ者から盗賊共は競い合って駆け出した。この時点でもう、元頭領のことなどどうでもよいのである。早い者勝ちな物資を我先にと、金目の物を、食料を懐に収めようと過酷な生存競争が幕を開けた。
怒声と怒号が入り乱れる傾いた宮殿。若干地滑りを始めているようで、昨日よりも傾ているような……。
それはともかく。
喧騒を遠くにして、4人の男女が渓谷の崖近くに歩み出た。
小さな焚火の残りを拾い上げ、ホイホイと放る【カイル=ブローデン】。並んで交互に炭を放る【パウロ=スローデン】と「どちらの方が遠くまで飛んでいるか」を誇示し合っている。
崖の縁で全力投球を行う2人とは異なり、少し縁から離れて並ぶ【可憐なアルフィース】と【希薄なリアンジェン】。何やら男共がムキになって言い合っている光景を、「困った人達ね」と優しい眼差しで見守っている。
彼女らの足元には白いカバンと黒いカバン。
白い方の中身は下着やら何やら……それと食料を詰めた袋が添えられている。
黒い方の中身はこれも衣類等に……それと薬剤を詰めた袋が添えられている。
渓谷の空は晴れ渡って……いや、今日はもっと広く、一帯が晴天だ。
それはきっと、遠く離れた“海岸”まで――――。
「――――――んじゃぁ、行くんかに?」
「ああ、行くさ。ここにはもう、用がないからな」
「そっか……また、どっかで会おうな?」
「フッ、そうだな。その時は…………!」
「んむ。それまで、もっと鍛えておくっぺよ……ハッキリ、できるように!」
「良い心掛けだ。オレサマは最強だが……更に高めておこうか、こちらも!」
「・・・にっひひひ!!」
「・・・ふっははは!!」
「ガツン!」と。そこらの岩程度なら軽く砕け散る威力で合わせる拳と拳。ニヤリとして、男2人が約束を交わす。
その後ろで手を取り合う女2人。マスクを付けた、少し背の高い彼女を見上げる少女の姿。
「…………絶対、また会えるから」
「うん……私、まだまだ足りない。アルちゃんと……もっと……」
「え、えへへ・・・うんうん、そうね。もっとお話ししたいもの、ね!」
「ええ、きっとよ。その時は私……もう少しは元気だと……いいかな」
「いいかな、じゃなくて元気になるの! そして……一緒にお買い物とか、したいからね! 連れ歩きたいから……マスクなんて外した、元気なあなたと……もっと楽しいこと、したい!!」
「・・・うふふ。ありがとう、アルちゃん…………そうね。私、がんばるから。そうして…………彼と一緒に、強く…………生きたい」
正常にあるためのマスクを外す。薄い唇が顕わとなり、清楚なる彼女が穏やかに風を受けて――見つめてくれた。
2人、身体を寄せ合う。触れ合うと少女の頭が大体彼女の胸元より少し上。良い香りだな……と、少女は大きく息を吸い込んだ。
清浄である希薄な女性。それと揃いの香りを纏う男はいつの間にか振り返っており、触れ合う2人の光景に少しやきもちをやいているようだ。
隣に腕を組んで立つ大柄な少年は「うんうん」と特に何も考えずに頷いている。なんとなく、彼女らの光景が良いなぁと、それくらいには感じているのだろう。
――――渓谷の風が流れる。|2人|と|2人|を分かつように、狭間に吹く。
黒いカバンを携え、険相の青年が彼女の身体を抱えた。マスクをとって顕わとした彼女は彼に顔を寄せて、視線は少女達へと。記憶に深く、刻むように……。
彼女の癖だ。希薄であると自覚するが故に、何事も物静かに思い出として残そうと考える。だからポヤ~~っと、虚ろに物憂げなことが多いのであろう。
そんな彼女の様子が、青年にとってちょっとだけの不満だ。
物憂げな彼女も美しい。しかし、やはり……本音を言うと、少しは快活にあってほしいのだと、口には出さないが……。
「――――どうしましたか?」
「いや…………なんでもない。ンンッ! では……パウロ=スローデン、それにセイデンのアルフィースよ!!」
声が大きい。普段から大きな声だが、こうして口上を述べようとすると尚更大きくなる。
近くにある女性にとってはやかましい……こともなく。気迫に満ちた彼の声こそ、安心に繋がる。
「いずれ、また会おう。このオレサマの名を――カイル=ブローデンの名と、美しきリアンジェンの名をその胸に深く刻み、度々として思い起こすがよい!! オレサマ達との出会いを光栄とし、そして――――精々、達者にしておれよっ!!!」
ワァッハハハ!!・・・・・と、高笑い。不遜な皇子が高らかに声を張ると、それを聞いた少年少女は「それでこそ」とばかりに呆れて笑う。皇子に抱かれた人は照れくさそうにオドオドとした。
高らかな口上を終えて、そっと視線を近くに下げる。それに気が付いた彼女もまた、視線を上げてくれた。
不遜な青年と希薄な女性が目を合わせ、そして――――
――――1日が経過している。20時間は、とうに過ぎている。
交わされた“口づけ”。見守る少年少女の頬は赤く染まり、数ミリだけ……2人は離れた。
翼を広げる。紅い――皇の翼が、暖かな火炎を放ち、渓谷に火が灯される。
全身を包んだ甲殻は、あたかも甲冑に身を包んだ戦士の如く。されど人ならざるその姿、そこに無き瞳が……たとえ無くとも、解る視線を2人に送る。
皇翼の怪物が愛しき人を抱き、黒きカバンを携え――――羽ばたいた。
渓谷の空に昇る怪異。陽光を背に盛る大きな身体が、地上に影を作っている。
すっかり影に覆われた少年と少女は……その影が離れていく様子を見上げた。
ぼんやりと輝く女性が手を振っている。応じるように、2人揃って同じ調子で手を振り返す。
皇翼の怪物はわずかに空中にて留まったが……思い切ったように、その身を回して空を駆けた。
身体の各部から放射される轟とした火炎が空に軌跡を残す。噴流によって加速した怪物は飛行音の重なった壁を貫き、燃え盛る一条の槍のように――――――少女が「あっ」と言う間に、見えなくなった。
地上に残された2人は空のかなたを揃って眺め、しばらく立ち尽くす。
やがて少女が振り切るように反転し、歩み始めた。少年も即座に振り返り、後に続く。
何度も、何度も――――渓谷の廃れた街道を進む内に後ろを向いて、空を見上げてみる。
あれほど大きかった家が……傾いた黒岩の宮殿も小さくなっていく。その頃になってようやく、彼らは足を止めずに真っすぐ歩き始めた。
少し早足に。いつもより活発な少女の姿が、少年に安心と心配を共存させて……。
彼らが足を早めた頃。遥か上空を突き進む怪物とそれに抱かれた女性。彼らの声は飛行中の轟音でかき消されるであろう。
だが、彼らは伝え合っている。心と心に張った糸で、想いを伝え合う。
(ねぇ、カイル…………)
(む、どうした? 具合でも悪くなったか?)
(それは……だって、装怪中ですもの。こんなでも、平気です)
(おぉ、そうか…………そうだな。自分でも驚いているが……)
(そうですね……随分と速いです、クライズレアって。知ってはいましたが……)
(そうか? オレサマはさっき理解したぞ。解らんものだな……)
(ふふ……でも、不思議ですね?)
(ああ、不思議なものだ。心の怪物とは……本当は何物なのだろうな?)
(えっ…………あっ、それもそう、ですけど…………ほら、ね?)
(ム? ――ああ、ヤツらか。フンッ、確かにな。不思議な2人だ)
(どちらもなんだか…………カイルに、似ている気がするのです)
(・・・どちらもとは何だ。オレサマはあのように無作法で雑な振る舞いも、身をわきまえない不遜な振る舞いもせぬぞ??)
(力強いところとか、気が強いところとか…………似ておりますよ?)
(そんな――――いや、まぁ、そこは確かにあるかな。オレサマに近しい戦闘力と、オレサマに張り合える胆力は認めてやらんこともない)
(だから、アルちゃんもパウロくんも……私は好きなのでしょうね。なんだかこの2日間はカイルが3人いるみたいで……とっても、心強かったです)
(そ、そうか? ……頼りに、か。まぁ、多少はあるけどな…………うん)
(でもね……それで尚更、解りました)
(ふむ・・・・・何が??)
(うふふ、それでもやっぱり……カイルが一番なのです。あれほど特別な2人が居ても、こうして感じる……。あなたはやっぱり、一番に特別。誰だって、代わりにならない……)
(おっ・・・・・・・・お、おぅ。そっか、うむ! それはそうだろうよ、そうだとも。うんうん、やはりオレサマは最強であるな! だからこそ、オレサマは怪物なんだよなぁ……アァッハハハ!!!)
(カイル……ええ、ずっと……お慕いしております。これからも、この命ある限り……あなただけを、私は見ていたい…………)
(・・・・・・ぞ、存分にせよ? うむ、ンンッ……オホンっ!! あ~~っと、そろそろマバラードではないか?? ムム、いかんな、通り過ぎたかな……何分速すぎてなぁ~~、いかんなぁ~~)
(あはは、カイルったら……ええ、そうですよ。マバラードは……そうですね。昔、一度だけ連れて行ってくださいましたからね…………覚えております。それは数分前に、下にありましたよ)
(え…………な、何故それを言わぬ!?)
(だって……こうして、もっと抱かれていたくって。暖かくって幸せ、だから…………いけませんか?)
(オボッ!? ――――い、いけないことなど・・・ないよ? そうっ、も、もっと……お前がそう言うなら。もう少し、強く……抱こうか???)
(ありがとう、カイル……うふふ、懐かしいですね。健康っぽくあった頃……あなたは私の手をとって、マバラードの海岸を…………あっ、そうそう。好みの色をそこで初めて知りました)
(・・・ど、どうした!? なんだか、ちょっとリーリアッ、前より言動が激しくなってはいないか!?!? あの女に当てられたのか!? ちくしょうっ、アイツめ、アルフィース!!!!!)
(?? そうですか?? 私はそんな気しませんが…………ああ、アルちゃんにはそういった話はまだしてませんね。今度会ったら、是非ともあなたとの思い出を――)
(ややや、止めたまえッ!? ア~~~ッ、ちょっとしばらく会うのよそう!! 少し君を落ち着かせてからにしようか、うん!! 君はアイツに悪い影響を受けているッッッ!!!)
(悪い…………そうかな? でも、私はとっても気分が良いですよ??)
(だって装心中だもの!? ああっ、もうっ、アルフィースッ! どうしてくれるんだ、お前の影響でリーリアが……元気になるのは良いが……お淑やかでなくなったら、どぉしてくれる!?!?)
(??? カイル…………私なんかより、アルちゃんの方がよっぽどお淑やかですよ???)
(・・・・・・・・ダメだ、完全に毒されている。……あの小娘めぇ!!!)
飛行する紅翼の怪物。それは意識散漫で、凄まじい速度で右往左往。渓谷近くの牧草地帯にまで戻ってきたようで、山脈を見た彼は慌ててまた引き返した。
空に描かれた一条の朱い雲。草原に立つ恰幅の良い女性が「……鳥かしら?」などと。
紅蓮なる翼の痕跡を見上げて、独り呟く。
草原を流れる風に揺らぐ牧草。修繕された花のアーチを前にして、子牛が「ンンモォォ~~」と、豪快に何かを垂らした。
風の吹き流れる草原の先。
川を上って渓流の先を見れば……そこにある2人の|男女|。大柄な少年と可憐な少女が朽ちた街道を行く。
白いカバンを片手に、少年は彼女の背中を眺めて歩く。
手ぶらに跳ねながら、少女は彼に話しかけながら歩く。
注意散漫な様子の少女。それを案じる少年は案の定……「ステン!」とやってしまった彼女を背負った。
少女は「……ありがとう」と頬を染める。
少年も「いいんさ、気ぃつけて」と頬を染めて……。
少し変わったかのような2人。だが、それもすぐに見慣れた様子となる。
現に今。不用意な発言をした少年の後頭部が少女にペシペシとされて……。
まったくもって、騒がしい限りである――――――。
|オレサマはモンスターなんだよ| END




