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「オレサマはモンスターなんだよ(ENDー中編)」

すっかりと暗くなってしまった。パキパキと小さくさかる火が、渓谷のがけあかりをほのかにしている。


 月明かりが射す夜の渓谷。ふくろうの泣き声が森へと染みるように鳴り渡る。


 大柄な少年ほどではないが……カイル=ブローデンもまた、火は扱える。盗賊生活の中で不服にもその連中から見取った術だ。


 渓谷の暗がりに渓流けいりゅうの流れる気配がある。崖縁がけふちに腰を降ろして、手近てぢかにある小石を拾っては「コツン」と川に投げ込む。この暗がりにも彼は“見えている”らしく、川の中に突き出た岩へと的確に投擲とうてきしているようだ。


「――――オレサマらしくない」


 言葉をいた。虚空に、暗闇へと向けて彼はつぶやく。


「取り乱してしまった。あれほどに涙を――フッ、このオレサマがな。解らんものだ……自分では感情など、どうとでも制御できていると思っていたのに……」


 ほうられた石が「コツン……パシャン」と一定の音をかなでる。水の流れる音に、風が枝葉を揺らすだけの音。そこに混じる投石の音はよく響く。


「不思議だよ。あれだけ無様ぶざまだったと思うが……まぁ、悪い気はしない。むしろすが々しい気分だ。やっと、自分の中にあった大きなとげが……外れた気分とでも言うかな」


「あらそう、それは良かった。だったら、少しは素直に感謝しなさいよね?」


「・・・・・。」


 虚空こくうと話していたはずの彼の言葉に、返答のようなものがある。これは風の音ではなく、水の流れる音でもない。明確な人の声だ。


 カイルは「やれやれ」と首を振った。小石を指のあいだくだいて、砂と化した粉をパラパラと風に混ぜる。


「お前らは揃って盗聴が趣味なのか? 聖圏の諜報員ちょうほういんかよ、まったく……」


「失礼ね。このセイデンのアルフィースに向かって……私はもっと、はなやかなる存在ですわよ?」


 なんだかそれはそれで失礼な気がするが……。どうやらいつの間にか背後に立っていたらしい少女――【アルフィース】がその身をかがめる。のぞき込まれるようにされて、カイルが目をらした。


 しかし、アルフィースは気配を隠すようなすべはもたない。どこぞの暗殺者や、野生とたわむれて育った少年とは異なるのである。背後に立たれてそれに気が付かないほど、カイルの嗅覚きゅうかくにぶくはないだろう。


 だから、彼女の存在に「驚き」はない。


「フンッ、お前はいつも上から目線で……気に食わん女だよ」


「はぁ?? そっくり返すわよ、その言葉。感情どころか態度だって制御できていないじゃないの、あなたって!!」


「制御して、これなのだ。えらそうではなく、偉いのだ。何か間違っているか??」


「・・・ええ、おっしゃる通りですわ皇子様?? はいはい、スゴイスゴォ~イッ!!」


 腰を降ろす。地べたに「サッ」とスカーフが広げて置かれたので、少女はそこに腰を降ろした。どちらも無意識で特に意識していない、当たり前とした行動である。


 わざとらしく拍手はくしゅをされて、カイルは横目に少女をにらんだ。しかしアルフィースはまったく動じず、むしろ睨まれて尚且なおかつ「べぇ~っ」とした顔を寄せて挑発している。


 焚火に照らされて朱いカイルの横顔が、あきれによる笑いでゆるむ。それを見て、アルフィースもまた表情を緩めた。



 渓谷の夜は静かで、まきはじける音が心地よい。熱気を適度にさえぎるように、体格の良い青年の影で小柄な少女が空を見上げている。青年も同じく、夜空を見上げていた。


 渓谷の夜にまたたく星々。一際ひときわ大きく輝く赤い星に、2人同じく注目する。


「……眠れないの??」


「ああ。どうしてか体力が有り余っているからな……まぁ、そもそも普段からこんなだぞ? オレサマは2、3時間の睡眠で事足りる」


「えぇ~~?? そんなことしていると、身体をおかしくするわよ? ・・・いや、もうおかしいわね、あなた達の身体って!」


「――というかだな。そういうお前こそ眠らないのかよ。ほらみろ、深夜の1時ではないか……いつもこうか??」


 外套マントの裏から時計を取り出して針を見る。暗がりにも彼はハッキリと時間を確認している。


 アルフィースは「今日はなんだか眠れないだけだから、一緒にしないでちょうだい!」と手の平を壁のようにして否定してみせた。


 「眠らないと成長できんぞ」と言われて「お黙りなさい」と答える。子ども扱いするなと、これは目つきが鋭い。カイルは苦笑いして話を切り替えようと気を遣った。


「それで……お前たちはどうするのだ。明日以降、何処どこへ向かう?」


「私達? えっと……帝都、かな。その道中に、ここを通ったわけだしね」


「そうか。もし、アプルーザンに向かうようなら、オレサマ達のことは――」


「解っているわよぉ。帝国の領内で、あなた達のことは何も言わない、話さない。例え皇様に会ったとしても、ね?」


「フンっ――会っても気分を害するだけだ、やめておけ」


「あなたのお父様でしょう? ・・・ま、リーリアへの発言とか聞くと、私も気が合いそうにはないかもね。悪いけど」


 昨日の話からして、カイルの父親はリーリアにひどいことを言ったらしい。アルフィースはもちろん、それが許せない。


「アッハハハ、絶対に気が合わないだろうな。オヤジに食ってかかるお前の姿が目に浮かぶよ!」


 ありありと光景が浮かんだようで、カイルは肩を揺すって笑っている。


「あら、何よそれ? 私は淑女ですからね、あなたと違いましてよ? 理的に知的に、理論と秩序をたずさえ……皇帝様とお話しいたしますわよ? きっと、たぶん……」


「おっ、自信が無さそうだな? やっとみずからの無礼な振る舞いに気が付いたか?」


「ち、違うわよ……ただちょっと、ここのところお淑やかな人に会いすぎて……。私もなんだか、もうちょっと頑張らないといけないかもって……そう思っただけ!」


 アルフィースが頬を膨れさせた。ふくれてそっぽを向かれたので、その機嫌を戻すために「ハハ、悪かったよ」とカイルがはにかむ。


 真夜中の渓谷。崖のふちに座る2人を月が眺めているようだ。


 崖の縁に座る2人は月を見上げて、焚火の音に耳を傾けた。


 2人はしばらくそうしていたが……。


 やがて、隣の少女が眠そうに目をこすってあくびをしたので……カイルは立ち上がる。ちょうど焚火もかげりを見せており、炎は「パチ…パチ…」と消えかけていた。


 カイルは「アイツの様子を見てやらんとな」などと、消えそうな焚火を気にする。うながされるように、アルフィースが「私もそろそろ眠くなったわ」と立ち上がった。


 焚火を豪快に踏み消し、カイルが背を向ける。彼は率先そっせんして茂みの一部を掻き分けると、そこで立ち止まる。「後に続け」と、少女の行動を待っているのだ。


 まるで自分のペースで伸びをして、スカーフを拾い上げ……月光を頼りにたたんで差し出す少女。青年がそれを受け取ると、2人の手がわずかにれた。


 月光のした。鋭い険相の青年と可憐なる少女の視線がわされる。ほんの数秒だけ交わされた視線に――思わず2人とも「アハハ」とちいさく声を出した。


 茂みをガサガサと掻き分け、ゆっくりと歩み始めながら……カイルが環境に紛れさせるように言葉をこぼす。


「一度だけしか、言わないからな――――」


 ガサガサとしながら零される言葉。外套の広い背中を頼りに、くっつくようにしてあゆむ少女は「え、何よ?」と足元を気にしている。


「ありがとう、アルフィース。お前は本当に良い女だ……」


 ガサガサとさせながらまぎれる言葉。背後のアルフィースはうまく聞き取れず、思わず顔を上げて「え、何て??」と聞き返した。


 意識をとられて、若干じゃっかんにつまづいて――広い外套の背中に顔を突っ込む少女。


「・・・一度しか言わんといっただろう?」


 あぶなな少女の様を背中に感じて、まるで動じることなく。カイルは「やれやれ」と呆れた様子で首を振った。


 抜けた茂みの先では焚火が盛っており、それを見張る大柄な男が「んぉ、どこさ行ってたん2人とも。寝ないんけ??」とこれも大きなあくびをした。少女もつられて「ふわぁ」と口元に手を置く。


 青年が「代わろう」と少年に声をかける。応じた少年は「バタン!」……と。そのまま地べたで横になった。



 焚の灯りと青年に見守られ、豪奢なベッドでは希薄な女性が静かに寝息をたてている。


 盛る焚火の灯――舞う火の粉の熱に平然としながら、2人の静かな寝息に耳を傾ける。



 そしてそれらを打ち消すかのように豪快な寝息が……まるで可愛らしくないイビキが「ンゴァァ、スピィィ……ンゴォォォ……!」と。傍らで聞こえて、青年が思わず苦笑う。


「まったく、うるさいやつだ。やれやれ……お前もありがとうな、パウロ。このオレサマが認めた、オレサマに肩を並べる唯一ゆいいつの――――」


 アプルーザンの皇子は――カイル=ブローデンという男は、リアンジェンと出会うまで孤独であった。


 家族はあるが……父親は自分を次に剣を受け継ぐうつわとしか見ておらず。母親はカイルに比べて強くない弟の事を気にかけ、なんでもそつなくこなすカイルは放置に近かった。


 周りの多数も同じようで、むしろ常にある険相を恐れて近寄らず――近寄らせたところで有り余る力で傷つけてしまいそうで――精神的には結局、負担ふたんにしかならない。


 そうして孤高の様に生きたすえに盗賊として身を偽り、自分をだまし、誇りを無意識にさげずんでいた彼が……。



 不意に、森の中で出会った男。



 その大柄な少年は生意気にも自分の拳を浴びてピンピンとしており、物事も怖気おじけることなく、真っすぐに意見をべてくる。


 不遜だと無礼だと言ってはみたものの……。本当は出会った時から、嬉しかった。


 生まれて初めて意識を飛ばされた拳。生まれて初めて向き合い、語った言葉……。



 嬉しかったから。だから、心から――――



 「最高な心友である」と、自分に出会ってくれたこと……彼の存在そのものに、感謝する。


 ・・・まぁ、当の本人は眠っているので聞いちゃいないであろうが。おおむねね、彼も同じことをカイルに対して感じているだろう。


 言葉にせずとも……たとえ聞こえず、伝わって無くとも。



 大柄で野性的な少年と、険相恐ろしく不遜な青年。


 彼らの思いは同じく、またこころざしも共に。



 そう、同じ守護者たるものとして――――




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