「オレサマはモンスターなんだよ(ENDー前編)」
陽が傾いている。山脈の稜線に沈みゆく太陽は僅かなもので、見上げた空の大半は青黒く染まっている。
吸い込まれそうな藍色に、疎らに煌めく星々。
「ベッドに寝そべって見る星空も悪くはないかな」――そんな気分で、“少女”があくびをした。
傾いた宮殿から少し離れた森の一角。自然の中にあって、そこには不自然な光景がある。
並んだ2つのベッド・・・それも片方はやたらと飾りが多く、豪奢な様子だ。それなりのベッドに寝ているのは【アルフィース】であり、その横の豪奢なベッドに腰かけているのは【リアンジェン】である。
彼女らは夕暮れ時の森の中、ゆったりとした時間を過ごしていた。傾いてしまった宮殿は居住用としてはもはや不適切であり、やむなくにこの場を仮の安息地としたのであろう。その為にベッドを運び込んだ男達は……一体、何処にいるのであろうか?
「――んだっけよ。こう、足を動かしてだな? んで腕さザバザバやってっと、浮くろ??」
「いや、浮かないだろうが! いいか、パウロ。人は沈むものだ……浴槽に浸かったことがないのか、キサマは?」
「いやいや、らっけ風呂と川はちげぇらろぉが。川さ深い場所ならこう……浮くろ? ほんで手で水さ掴んで、グイッときて脚さバタバタすんのよ。ほーすっとだなぁ――」
「水は掴めんだろうが!! 大体、ごちゃごちゃせんでも、こうして獲れたのだから、もうよかろう……」
「んでもおめさ、あんないっちいち丘に上がって槍みてーに川ん中刺さって。ほんで1匹ずつらもの……そんなんより、ザバザバして5、6匹掴んでから籠に入れた方が早ぇーわな?」
「ああっ、もうよい!! そうした労働はもう、キサマに任せる。オレサマは目的さえ成せれば細かいことなど、どうでもよいのだよ!!」
何かがガヤガヤとしている。どうやらそれは【パウロ】と【カイル】の声らしい。
彼らは道なき森の中を戻ってきたようで、ガサガサと茂みから見せた姿は濡れている。それでもカイルはまだ、下衣をはいてタオルケットを肩に引っ掛けた姿であり、水気を拭おうという意思が見て取れる。
一方のパウロは単にパンツのみであり、ずぶ濡れなのをまるで気にせずノシノシと森の中を闊歩している。パウロは大きな籠を担いており、中には新鮮な魚が入っているようだ。
食料は宮殿内部にもあるのだが、パウロが「魚が食いてぇ」と渓流へと獲りに向かったので、興味本位にカイルもついていったようだ。2人ともすっかり元気な様子で、カイルなど死にかけていたとは思えない程、普段通りに太々しい。
半裸の男共を眺めながら、アルフィースが「おかえり」と眉をひそめて言う。マスクを付けているリアンジェンは艶やかに頬を染めて、「おかえりなさい」と微笑んだ。
戻った男2人はこれもここに運び込んだらしい調理台を用いて料理を始める。それもほとんどはカイル1人が行っており、パウロはもっぱら火の調節役だ。しかしこのパウロ……薪の扱いにやたらと手慣れており、指示通りに火力を上げ下げしてくれる。そのことにカイルは「褒めてやる」とご満悦気。
調理台に灯った火が周囲を照らす頼りになる頃。パウロはおもむろに薪を組み合わせて別に焚火を盛らせた。あっという間に、手際よく盛る焚火の様子を見て、ベッド上の2人が「へぇ~~」と感嘆している。
焚火の灯が周囲を照らす。傍らで薪を扱う大柄な少年はとても穏やかだ。
朱く照らされた少年の横顔をベッド上からじっと見ている少女。そうして何も言わずに、ただ彼の顔だけをしばらく眺めていた。
「――――ほら、そろそろ食事にするぞ。パウロ、椅子をこっちに並べよ。それと、テーブルもそこに運んでだな……」
「んおぉ、よっしきた! クンクン……うっひょぉ~~~!! うんまそうな香りぃ!!」
瞳を輝かせて立ち上がる少年。彼は大股に歩いてひょいひょいと、岩の椅子を焚火から少し離れた位置に4つ、並べた。仕上げにテーブル……代わりの本来外壁である岩の板を持ち上げて、それを椅子に囲われるように設置する。
さほど腐葉土も舞わず、「ドスン」とした音もなく。軽い様子で置かれた分厚い岩の壁。さすがにそれはあまりにも軽々とした光景であろう。少女と希薄な女性は唖然とし、青年は「フっ」と愉快気に笑った。
――盛る灯がパキパキと音を立てている。火の粉が飛んで、虚空で消滅する。焚に当てられた風が暖かく、その場を流れていく――
魚を煮込んだ鍋に傾いた宮殿から持ってきた食材で作られた料理の数々。
次々と並べられる料理に3人の男女が思わず顔を見合わせて笑う。いつもマスクを付けよと身を護る為に命じられている女性もまた、この時ばかりはそれを外して、表情を顕わとする。
希薄な彼女の微笑みは焚火の灯で朱く色づき、しなやかな銀の髪が風にそよぐ。それは絵本の世界に見た“ステキな王女様”そのものな姿――。
少女はしっとりとその姿を眺めていたが……隣に座っている少年も何か「ポォ~~」っとしているようなので、それに気が付いて表情を険しくした。
彼の二の腕を無暗に突いてみる。すると「んぁ、なんね。どすたの、アルフィースつぁん?」と、少し遅れて反応が返ってきた。
少女は口を曲げて「フンッ!」と強く鼻息を噴く。少年はどうしてまた気分を悪くさせたのか解らず、とにかく謝った。
「・・・何をしているのだキサマら。先に食べていろと言ったはずだ……冷めるぞ?」
カイルもまた、不機嫌な様相でやってきた。彼は他の3名が先に食べ始めていないことが気に食わないらしい。
「……だって、せっかくですもの。ねぇ、カイル……あなたも一度手を止めて…………一緒に食べましょう? ね?」
「!? おっ・・・お、おぉ。リーリア、まぁ、お前がそう言うのなら……しかし珍しいな……」
「?? 何がです?」
「いや、なんでもない。ただ、お前に“お願い”されるなど……今まで、あまりなかった気がしてな」
「……あぅ。ご、ごめんなさい……私ったら、つい…………」
「いや、いい。いいのだよ、それで。もっと願ってくれ……もっとオレサマに……お前なら願ってくれて、構わないのだから…………」
「カイル…………。」
「・・・・・ほぉぉう??」
「・・・・・ふぅぅん??」
席に着くなり見つめ合う2人。その様子を眼前にして、自然な触れ合いに疑問のようなものを感じている2人。
そこにある青年の険相はいつも通りのようだ。彼がそうして顔つきを険しくしている理由は生まれつき……ということもあるだろう。
ただ、他の理由として……彼が「心配性」ということもある。
意外と繊細だからこそ、安定性を得るために、普段から独り言を吐いて確認に勤しんでいるのであろう。
確かに今もその険相はあるのだが……少しだけ。ほんのちょっとだけ、それが和らいだようにも思われる。
渓谷の一角にて、焚火を頼りに野外の食事会――。
少女アルフィースは本来、こういった行為を好まないだろう。だが、今はまったくそのことに悪い気はなく、むしろ彼女はこの4人で摂る食事を楽しんでいるようだ。
この少女も大概普段から表情が曇りがちなものだが……その様子は今に無い。ここにあるのは料理をお淑やかに食す、可憐な少女の姿だ。
「ともかくこだわりの強い男ね、あなたって人は……」
「宮殿の角度など、こだわるに決まっているだろう。ともかく、もうアレには住めんな!」
「わ、悪かったわよ……。それで、これからどうするの?」
「これからか…………別に変わらないだろう。拠点を移し、続けるだけさ」
「盗賊を、ね。それさぁ、私思ったんだけど……」
「おい、やめろ。ここにきてまた言い争いなどしたくないぞ。リーリアの前だし……」
「まぁ、良いから聞きなさいって。妙案があるのよね、私ったら! 今度こそ、3度目にして“これ!”という具合なのよ」
「ほぅ……よかろう? 食事がてらに流し聞くにはよさそうだ……申してみよ」
「フンっ、ならば申し上げますけど? ……そもそも盗賊を続けたって、あくまで薬を買ったりできるだけで、リーリアの病気を治せるってわけではないわよね?」
「ふむ、そうだな……だが、悪化をなるべく防げる。何もしないよりは、よっぽど……」
「でも、それって良くて“現状維持”でしょう? あなた方は現状に満足なのかしら……?」
「……オレサマはリーリアさえ、生きていてくれればそれで……」
「そう、ならリーリアは??」
「…………うぇっ!? わ、わた、私っ!? わ、私は……私は…………」
「でしょう? 満足、できるわけないわよね。病は治るわけでもなく、この人は盗賊を続けるし……」
「おいっ! まだリーリアは何も答えていないだろう!? そうやって人の意見を決めつけ――」
「だからね? 私、この状況を続けるくらいなら…………いっそ“病を克服する”って、そういう道の方が素晴らしいんじゃないかなってね。そう思うのよ?」
「……何を言うかと思えば……いや、それはそうなのだがな。お前は解っていないのだ、ソローミン型がどれほどの難病で症例が少なく、厄介なものか――」
「そうね、病の症状とかはあなた達の方が詳しいでしょうね。でも、私――知っているのよ。ソローミン型、その病にかかった“リーリア以外の人”を……」
「だからな、お前の妙案とや・・・・・ら何?? リーリア以外の患者を……??」
「ええ、知っているわ。でも患者と言っていいのかしら……だって、“美しい蹴りを放って悪い人を卒倒させるほどに元気な人”だもの。色々と各地を旅もしているみたいだし……」
「・・・・・はぁ??」
「彼女は発作もなく、健康的な日々を送っているわ。偶然にも、その人も装怪者なのよねぇ~~」
「?? ・・・・・な、なん??? え、それ、え・・・・・なんだ???」
「――――ウフフ。カイル、いい表情よ。それを待っていたわ、ウッハハハ!」
「そ、そんなはずは……だって国の医者に、高名な医者連中をどれほど呼びつけ、押しかけ、診てもらったと…………え、え……えぇ??」
「あなたのお国が世界の全てではなくってよ? もう少し、見聞を広くお持ちになられることを進言いたしますわ、皇子様?」
「…………アルちゃん、それって……あの……どうして? どうしてその人…………装怪者だから??」
「うぅん、違うわ。それがどうも健康法って言うのかしら? まぁ、武術の一端らしいのだけどね。“ある医者”に教わって、色々とコツとかを習ったら、良くなったみたいよ。もちろん、仕組みとしてはそれだけではないのだろうけど……」
「…………ほ、本当なのか、その話?? あまりにも、そんな……武術だと?? そんなことがあり得るとは到底――」
「事実よ。なんなら彼女の名前だって教えてあげるわ。【ミリストリア=ロイダー】……彼女は素晴らしく聡明で優しくて……溜め息でるくらい、憧れちゃうくらいカッコいい人なの! ・・・まぁ、それにくっついてる男の方は……うん。好きじゃないけどね」
「なに……ロイダーだと? 各地を旅する……まさか、【ジェット=ロイダー】なのか?? あのいけ好かない、記者の真似事をして遊んでいる……あのジェット卿の、妻か??」
「あら、知っているの? まぁ、そのジェットよ……そいつの奥様。まったく、どうしてあんなのにあれほど素晴らしい女性が……」
「これでも帝国の皇族であるからな。そりゃ、ジェット=ロイダーを知らなければ問題があるだろう。にしてもまさかそんな…………そんなことが?」
「おぉ~~、おめさもジェットのこと知ってんのか。なぁんか、あいつったら知り合いの人が多い気すんねぇ。金持ちで立派で格好いいって、そう言ってたっけ……それその通りなんねぇ~?」
「・・・なわけないでしょう。金持ちかもしれないけど、あとの2つは間違っているもの。きっと、ロクでもない理由で名が知れているのよ、多少はね……」
「……そのロイダーという人には、会えますか?」
「えっ。あ、それは…………ええと、あの人達、何処に行くって言ってたっけ?」
「んやぁ……わっがんねなぁ。たすか、西の方さ向かってったと……いぁ、ハッキリせんわなぁ」
「そうですか……会ってみたいなぁ、ミリストリアさん。私と同じ、ソローミン型で……装怪者で……」
「ああ、詳しく話を聞きたい。是非にも、どうやって、今もどうして……病を抑え込んでいるというのだ!?」
「あっ、それなんだけどね? このアルフィース、実は妙案というのはここからなのよ」
「何――――なんだと??」
「ウッフフ……そう、ミリスの病を抑える術を教えたというその医者なのだけどね……心当たりがあるのよねぇ~~。むしろ知り合いなのよ、その人も♪」
「・・・・・なんだとッ!?!?!?」
「おっとと、いつかのように押し倒さないでくださいね? まぁまぁ、落ち着きなさいな、皇子様……ウッフフフフ♪♪」
「んぇ、押し倒すってなんの話す……/え、押し倒すって……カイルが??」
「・・・・・。」
「・・・・・コホン。ええとね、ともかくそのお医者さんだけど……まず、その人が信頼できるか、という話でしょう?? それならもう、あなたは彼の恩恵にあずかっているわ。あなたが一気飲みした例の水……あれを作った人が、その人よ」
「お、おぉ……! オレサマが無意識に飲み干したという、例の水か……」
「ご、ごめんなさい…………」
「ありぃ?? んでもそれって、“ルイド”らろ?? あん人、ミリスすぁんを良くしたんか??」
「そうよ、【ルイド=カチ―スキー】……彼こそがミリスの身体を診た医者だわ。ミリスはお医者から“収空拳を学んだ”と言っていた。ルイドは収空拳の達人で、私をほったらかしてパウロに教えてもくれたわよね。そして、ルイドとジェットはお友達同士……。
そこから考えて、“収空拳の達人で凄腕の医者でミリスの知り合い”――となればもう、それこそ装怪者より限られるでしょう? 該当する者はこの世にただ1人のはずよ」
「おほぉ~~、そっかぁ! ルイドさ、ミリスすぁんの師匠でもあんだか、ほぇぇ~~~」
「・・・そっ、それで!? その医者は、ルイドという人物は……居場所が解るのか!?」
「オォッホホホホ!! ……解るんだなぁ、コレが。彼らは現在、“マバラード”に居るはずよ。なんだか“腕の治療ができる人がそこに居る”って……。それで私達と別れたのが2日前の朝でしょ? するとええと・・・・・カースエイドからマバラードって、どのくらいの距離??」
「さぁぁ、オラに聞かれても……」
「カースエイドからマバラードならば、馬車で1日かからないな。ドクターの移動手段は?」
「歩きよ。ただ、フェイが……【フィナンシア】がね。心配だわ、転んだりしてないかしら? 寄り道もしてそうな気がする……」
「ならば、まともに進んでいれば今頃か明日には到着するのか。現地にいなくとも、道中、旧街道を進んだのならば…………探れる」
「そうよ、とにかく! ルイドに……彼に会うことができれば、詳しい話も聞けるし、もしかしたらリーリアも診てもらえるかもしれない……ううん。きっと彼のことだから、診てくれるはずよ!」
「そ、そうか…………そうか!! おぉ、こんな…………存在したのか!! ソローミン型に侵されながら、健康な存在が…………この世にッ!!!!!
うっ、ぐっ、うぅぅぅぅ!!!」
「か、カイル……? カイル………あぁ、カイルッ!!」
「あっ――――――うん。そうね、大丈夫。きっと、きっと会えるから……大丈夫だから、ね?」
「カイル……んだな。あん人は信頼できるっけ、オラにとっての先生だし……あんなつえぇ人他に見たことねーしな。
おめさもきっと、あん人に会えば……“知ることができる”。おめさ達2人にとって、良い出会いになるはずだっぺよ……したっけ、まぁ、今は……存分にしんしゃい。よっぽど、今まで苦労して、我慢してたんらな、おめさってやつは……」
「うぉぉぉ…………ぐっ、うぅ……! そうか……そうか!!! リーリアは、オレサマはっ……長く、永く……この時を…………ぉぉっ、うぁぁぁぁぁ……うぁぁあっ……うぅぅぅっ…………うわああぁぁぁぁぁ!!!」
――カイル=ブローデン。
帝国皇帝の子、アプルーザンの長子として次代の皇として定められた人。
盗賊としてその身を堕とし、いつ崩れるかも知れない平穏に怯え、尊厳すら捨てて保証もない明日に祈り続けた神無き国の子。
彼はこの日、自分自身にも見せたことがないほどに……感情の発露で卓を濡らした。
震えるその身を抱き寄せて、横にある人は言葉なく想いを受け止める。
怪物のような彼の鳴く声が渓谷に響く。獣たちは恐れて逃げ、鳥は慌てて飛び去った。
しかし、そこに在る3人は静かに、暖かく。やさしく彼を見守っている。
怪物的だった彼の心が、その落ち着きを取り戻すまで――――。
|オレらはモンスター!!|




