「オレサマはモンスターなんだよ(18―5/5)」
『……やれやれ、参りましたねぇ。しかし懲りませんね、あなたも?』
『――何度でも来るさ。必ず断じてやるぞ、キサマをな……』
『ふぅ……まぁ、いいでしょ。あなたが話しを聞かないタイプの人だと、随分前に判明しています。どうぞ、お好きになさってください?』
『――ッ! 舐めるなよ……本当に、私がその気になればだな……』
『だから、本当にその気になってごらんなさいって。んもう……こうして度々侵入されてますとね、こちらだって集中できないんですよ。だからもう、いい加減にハッキリしてくださいな。やるだけやって……そして諦めてくださいっ!』
『……やはり侮っているではないか。フンッ、そうやって余裕をいつまで――』
『それはそれは余裕でしょうよ? 何せあなたはどうにも“その気”ってものをいつまでも魅せてくれない……いや、魅せようとする気配すらありませんもの。一体何なのです? 侮っている、それはあなたなのでは? それとも何か――不思議な戯れなのですか、これは?』
『たッ――戯れ!? この私の断罪をお遊びだとでも!? こっ、このッ……! この私が、どれほどの覚悟でここに来ていると――』
『覚悟ぉ?? 覚悟って、なんですか。私を本気で仕留めようってのなら、もうさっさとしてくださいよ。こちらとしてはあなたに危害を加えたくないのです。本当は……』
『!? ――――な、何故だよ?』
『へぇ?? いや何故って……だって、美しいから。美学に反しますよ、あなたのような人を傷つけること……この私には美意識の損失に感じられます。だからイヤなんです、こうして抵抗するのだって本意ではなく――』
『え!? う、美しいって……じゃ、じゃぁ……どう思っているの??』
『は?? ……どうって……何がです??』
『・・・・・なんでもないッ!! 覚えていろ、悪帝の大馬鹿者がッ!!!』
『うわ、なんて口の悪い……って、あれ。何もしないのですか? おぉ~~い?? ……行ってしまいましたか。遂に何もせず去ってしまった……本当にもう何なんでしょう、彼女ったら。
ハァ……しかし私も変だな、何故だろう? どうして私はこんなにも彼女のことを……彼女がボクを殺しに来ることが待ち遠しいだなんて――――変ですよ、まったく』
|オレらはモンスター!!|
静寂の森にヒラヒラと、樹木から落ちた木の葉が舞っている。漂っていた砂埃は薄れつつあり、視界は次第に良好となっていく。
腐葉土の上。そこに座るのは|言葉を失った2人|と|言葉を出せない2人|。
沈黙の数秒を置いて……茂みが揺らいだ。
「――やれやれ、参りましたねぇ」
茂みから姿を現したのはどうにも大自然に相応しくない風貌の男。都市の社交場にでも繰り出そうという装いな、気取った出で立ちの男である。
銀縁の片眼鏡に付着した汚れをハンカチで拭いながら、派手な装いの男は腐葉土を踏みしめて歩く。
何事にも大袈裟なリアクションでわざとらしい彼だが……曰く。そうすることで演じている自分を客観視し、余裕を得る心理術の1つであるそうだ。その割には演じきれていないこともあるように思われるが……。
「あらら、皆さんここでお揃いでしたか。少々探しましたよ? ま、あの様子では黒い砦などにくつろいで居られませんよね。まったく随分と……派手に舞台を破壊してくださったものです。正直に脱帽いたしますよ、えぇ。このミスティック、演出は過剰なくらいが良いと信条がありますので――」
ペラペラとまぁ、よく回る口である。【霞のミスティック】は茂みをガサガサと鬱陶しそうに除けつつ、コートを掃って注意散漫に登場した。
傾いた宮殿から少し離れた森林。倒壊した粗末な家屋の傍に男1人と女3人、そこに揃った役者達の様子を確認する。少年1人は見当たらないが……おそらくまだ地の底にいるのだろう。
確認して、まず真っ先に寝そべっている皇子の姿が目についた。
「おお、皇子よ! このような場所で横たわるとは……随分と野性的、しかし気品がありませんよ? フッフフ、如何にあなた様と言えど、さすがに我々の力は堪えましたかな。あの力を個人に使用することはあまりに美しくないと思いますが……やむを得なかったのです。強情なあなたをなんとかしようと、むきになってしまったことは謝罪いたしましょう。
しかしなんと、このミスティックもまた……ハッキリ申し上げてもう限界です。あなたによって酷く魔力と精神を消耗させられ、そのうえで怪物化ですからね。装怪者とは違いますから……あれも消耗戦でしたので、本当にぐったりしたものです。ですからここは誠に不本意ではあるのですが……止む無し、です。
えぇ、はい、本日は引き上げさせてもらいます。退却です――勝手にお邪魔しまして失礼ではありますが、今日はもう互いにこれ以上もよろしくないでしょう。しかし陛下には……まぁ、弁論こそ我が本懐とでも言いますか。
えぇ、まぁ、なんとでも言ってみせましょうぞ。ハハハ、ご心配なさらず! されど色々と報告はさせて頂きますがね? フッフフフ……」
腐葉土の上に横たわっている皇子の姿。それを見て「随分リラックスしているな」と若干の苛立ちを交えているらしい。だからといってこれ以上ムキになることもなく、ミスティックは冷静に逃げ口上を述べた。
事実としてミスティックは相当に疲労している。怪物化によって装怪者は良い影響を受けるが拠り人は単に疲弊するだけだ。装怪者の方から諦めたり中断することでその負荷は多少なりとも軽減されるものの……そもそも皇子との鬼ごっこに疲れ切っていたので、気を抜くと倒れかねないほど、魔導士は本当に消耗している。
そしてダラダラと長い口上をわざわざ言って見せたのは木の幹を背に座り込む“彼女”に言い聞かせる意味があった。念入りに説明しないとまた何か、突発的に行動されると困るからだ。
「――と、言うことでね。シャル君? ここはもう仕舞いといたします。あぁ、誤解しないで? 確かに君の言い分は解るし、できる限りの責務は全うしたいのですよ。でも、心の怪物まで繰り出して成せなかったのだから……さすがに諦めがつくというものでしょう。そうそう、想定外の怪物と遭遇したなんて、十分な言い訳になると思いませんか、ねぇ?」
フードの影で表情は見え難い。しかし、ミスティックは長年彼女を注視してきた男である。多少に距離があっても異変には気が付く。
「シャル君?? どうしたのかね、返事を――」
木の幹を背にして座っている【暗殺者シャラザール】。後ろ姿ではあるが、その肩が上下する頻度がやたらと高い。そしてどうやら彼女は脇腹を押さえているようだ。
即座に、反射的にミスティックは彼女に寄り添った。残り僅かな体力だというのに、軽い電流と共にその身を霞に代えて、瞬時に回り込む。
表情を……彼女の顔をとにかく見たいと、心の奥底から願ったから……。
「シャル君――――シャラザール!?」
繕いも何もない。装いを失った1人の男がその頭脳を真っ白にして、ただ女の名を呼ぶ。
「……主……様…………」
暗殺者の女は虚ろな瞳を向け、力なく答える。
「――――嘘だろ? 駄目だよ、シャル君……こんなことは許されない……」
近づいて解ったこと。それは彼女の腹部にある衣類は擦り切れていること。
そして腹部を隠そうとする手を強引にどけて解ったこと。それは彼女の腹部に大きな裂傷が生じており、多量に出血しているということ……。
まるで大型の獣に腹を裂かれたかのようだ。それほどに強い摩擦と衝撃が彼女の腹部を砕いたのだろう。
「……ごめんなさい。シャルはこれが好機と……気が逸ってしまいました。あの子を葬り去ればあなた様のお役にたてると……なのに、私は…………」
「――静かに、もう、話さないで?」
「私の、とっておきを用いれば……掠めさえすれば彼女を亡き者にできると……なのにッ…………なのに反撃を、受けて……刃を…………ごめんなさい……!」
「シャラザールッッッ!!!!!」
「あうっ!? ……う、う……も、申し訳――――――あっ。」
「……いいんだ、全て察した。だからもう、一滴の体力も使わないでくれ。君に今必要なことは医学者による適切な治療……それだけです。それは一刻でも早く……何よりも、優先されるべきことなんだ」
「うっ……うぅう!! ぐすっ、うぅ……ひぐっ、うぅぅ……ごめんなさい……う、うぅぅ……チャールズ、ごめん……私…………ごめん、なさい……!!」
「大丈夫、心配しないで。ボクが絶対に護る……君を死なせはしないから。そのほかのことなんか全部忘れていい。君以上に重要な事柄など、この私には存在しないのだよ……」
言い訳をしていた。主の命に応じず、勝手に動いて勝手に事を成そうと焦った。
その結果、返り討ちにあって重傷を負う。それどころか重大な問題を引き起こし……なんとか取り繕おうと、必死に飾らない口を回した。
そんな彼女の名を呼び、男が抱き寄せる。耳元で優しく、静かに諭されて……ただただ、涙が溢れてくる。
暗殺者の頬を流れる涙は彼女が悔しくて悔しくて……大切な人にこれ以上ない程情けない姿を見せてしまったと……平常ではいられない、という証。
血まみれで涙を流し、悲嘆する少女。その身を抱えて男が立ち上がる。派手な装いの魔導士はその場にある人々へと言葉を向けた。
「誠に勝手では御座いますが……皆様、本日はこれにて幕引きとさせて頂きます。時間がありませんので急ぎ、去りますが……そうですね。皇子は受けてしまいましたか……彼女の“とっておき”を……」
血まみれの女を抱えて立つ魔導士。その姿を“命希薄な女”が睨みつけている。その形相はこれまでに見せていた希薄でオドオドとしたものではない。明確に感情が露わとなっている。
食いしばり、彼の胸元に手を置いて。
弱りゆく命の鼓動に感じる想い。それは――――激しい怒りだ。
「シャラザールの“とっておき”――その【毒】の正体は通称にして蛇打ちの牙、正式には“タオロキン”という代物です。このような森の中で申し上げても仕方ないでしょうが……せめて、お伝えしておきます。もう二度と使わないと、それも約束していたので……解毒の術もこの手に持たず……無責任で申し訳ない」
「……うぅぅ……ごめ、なさ……チャールズ、うぅぅぅ…………!」
「――――では、これにて失礼いたします。またお会いできることをせめて願い……しかし、このような時に我々は困りますねぇ。それでは……どうか皇子の真なる血統に祈りを込めて――さらばです」
言葉と共に消えていく。紳士然とした振る舞いで随分と無責任なことを述べて……【魔導士ミスティックと暗殺者シャラザール】はその姿を霞と化し、その場から消え去った。
渓谷に吹く風にかき消されるかのように景色へと紛れて消えた2人。跡には血液で黒ずんだ腐葉土が残されている。
……ミスティックが残した言葉の内容から。どうやら現在、皇子のカイル=ブローデンは“毒”に侵されているらしい。それも猛毒らしく、シャラザールが自慢気にしていたように常人なら掠められただけで死に至る代物である。
それも万全な皇子なら、もしかしたらたぶん……具合が悪くなる程度で済んだ可能性がある。過去に似たような存在らしいパウロ=スローデンがタオロキンを含む食物を経口摂取しても一晩寝たら全快していたので、きっとそうなのだろう。
だが、現状は異なる。カイルは酷く衰弱していた状態であり、精神的にも肉体的にも随分と弱っていた。抵抗力の落ちた身体に取り込まれた毒素は通常以上の影響を皇子の身体に与えている。
「……カイル。いつもどうして…………無茶ばかり、するのです……」
脅威が消え去ったことを確認して、希薄な女性の瞳が潤む。彼女は横たわる彼の頬を愛おしそうに撫でて声を震わせた。
彼が最も強いと、それは信じている。でも、どれだけ強かろうが……無茶している姿を見るのはいつだって心苦しい。信じてはいるけど、やっぱり心配してしまって……そのことが申し訳なくなる。
だから彼女は――リアンジェンはいつも思う。心配させたくないと口癖にするのなら、もうちょっとだけでも危険な行いは控えてくれないものか、と。
「カイル……私は心配しますよ。だって、いつも私の為に……今だって私を護ろうとして、こうなったじゃないの。自分の為に好きな人が傷つくこと、心配するなって……それはあんまりです。あまりにも、横暴、です……」
どうやら少しだけ怒っているようだ。深い悲しみに満ちながら、リアンジェンはちょっとだけ怒っている。
「――――――。」
カイルは答えず、ただ目を閉じていた。彼に彼女の声が聞こえているのか……いや、すでにその意識は無く、きっと聴覚には届いていないだろう。もし届いていたとしたら、何かしらは反応を示したはずだ。
毒は皇子の全身を巡り、神経を侵して精神を肉体から切り取ろうとしている。次第に希薄となる彼の気配に触れて、たまらずリアンジェンはマスクを外した。
そっと、彼にくちびるを重ねる。虚しき口づけに奇跡など起きない。曰く女神の奇跡はもう、使い果たしている。
そんな“ただの口づけ”をただ眺めているだけの人。それは少女であり、つまりは【アルフィース】だ。
(またなの? 私はまた、ただ見ている……だけ??)
あまりに信じ難い。あれほど気迫に満ち、自信に満ち、生命力に溢れていたカイルが……その全てを失い、命尽きようとしている。
信じ難い光景を目の当たりにして……自分よりよっぽど深く嘆く女性を前にして、尚も無力。
何もできない、力などない、と。悔しくてただただ涙が……。
(――“また”、じゃないわよ。何をしているの私は!? 何もしないの、私は!? それでいいのかしら、私ったら!!?)
涙は溢れる。でも、溢れるだけで終わらせない、終わらせたくない。
アルフィースは「何もできない」と決めつけたくなかった。少なくとも「何もできない」と決めつけて、この状況を見守るだけでやり過ごしたのなら……絶対、後悔する。
そうはなりたくないと、だからできることをやる。
それは考えることだ。「何か案はないか」と、可能性を探ることが彼女の行動。化け物じみた怪力がなくとも、常識外れの体力がなくたって……彼女には大きな武器があり、それを振り回すだけの気概がある。
振り返る。そこには先ほど「ドスン」と落下して、「おわぁっ!?」と驚かされた物体……。
白いカバンだ。その中には下着類やら何やら入っている。
しかし、今、必要な物は――
「――そうよ! アレは……傷ではないだろうけど。でも、もしかしたら……もしかしてだとしても!!」
アルフィースは大地に突き刺さったカバンに飛びつき、土だらけになって掘り起こし、それを開く。そして“1本のガラス瓶”を握りしめ、掲げた。中にある透明な水(?)が揺らいで煌めいている。
「――カイルッ!! カイル=ブローデン、眼を開けなさい!! ……ダメか!?」
少女はガラス瓶を片手にまた飛びつく。今度は横たわる青年にであり、それを揺すったりまぶたを無理に開いたりして少しだけでも意識を戻そうとする。
突発的な行動だ。それを見て、皇子の傍らで涙を流していた女性は茫然自失――の後。顔を紅潮させて声を荒げた。
「アルちゃんっ!!! あなたは、あなたって子はッ…………こんな時に何をしているの!?!?」
弱りゆく大事な人をいきなり乱暴にされて怒り心頭。リアンジェンに叱り飛ばされたアルフィースは背中をビクッとさせたが……たとえ嫌われたって、不用意な行動を止めはしない。
ひるまずしっかりと意識を保って、なるべく自分だけでも落ち着きをもって――伝える。
「見て、リーリア。これは“水”よ……でもお医者さんが作った、特別な水なの!! ……パウロはこれを一気に飲んで胸の傷がアァ~っという間に治ったわ。何処まで効くのか……カイルは毒にやられているみたいだけど……でも、今はこれしかない!! これに賭けるしかないっ、“カイルが治るかもしれない”!!!」
結局伝えたいのは「これでカイルが治る可能性がある」ということ。そのことを強く言って、ガラス瓶を無理矢理リアンジェンの手に押し付ける。
カイルが治る――――その言葉こそ、リアンジェンが最も求める言葉だ。彼女は目を見開いて、成されるがままにガラス瓶を受け取った。
「治る……本当?? この、水で…………!!」
「わ、解らない……でも、今はもうこれしかない!! ……でね、それは飲むものらしいのよ、パウロだって飲んだら治ったもの。だけどリーリア……今のカイルはこの水を飲むことすらできないわ。でも――」
「あぁ、カイル……この水を、水が……だけど、どうすれば…………」
「だからあなた、決まっているでしょう!? 何の為の“装怪者”よ!!!」
「・・・・・え??」
肩を掴んで、視線を合わせる。少女達/装怪者達が――――“命じる者達”が瞳で意思を伝え合う。
強く見つめられて、言いたいことはどうやら伝わった。だが、リアンジェンは……。
「そ、そんな……私などがそんな……カイル、様に…………命じるなんてっ…………いけないことです!!」
「――ッ、んなこと言ってる場合かぁ!? こいつが何様だってねぇ、助けることが第一でしょうが!!! ほら、命じてよ……命じなさいよ!! いいから、水を飲めと命じなさいッッッ!!!!」
「だ、だってだって……わ、私なんて骨――」
「いいからぁッ!!! リーリア、勇気を出しなさい!! たまには偉そうにしてやりなさいよ、お互いに大好きな人同士なのでしょう!!!!?」
「う、うぅぅ……私、私……は………」
「早くぅぅぅぅぅ!!? カイルが死んでしまうわよぉ!!!!!」
「う、うあぁあ…………ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、カイルぅ…………ごめんなさいッ!!」
ボトルのキャップを外――せないようなので。少女が無理矢理キャップを取り払い、改めてリアンジェンが手に取り……そして。
「こんなことは一度ッきりですからね? ……ええと、あのあの…………め、命じます!
スゥゥゥゥっ…………み、水をッ……この水を…………“コレを一気に飲み干しなさいッ”、カイル=ブローデン!!!!!」
意識なきカイルに彼女の言葉は届いているのであろうか。少なくとも、その聴覚は聞き取ってはいないであろう。
だが、カイルは“意識とは無関係に身体を起こした”。そしてこれもまた無意識に“乱暴な様で彼女からガラス瓶を奪い取り”、王族のマナーも何もない様子で無心に“水を一気飲みする”。
「ンぐっ、ンぐっ、ンぐっ・・・・・プッハァ!!! …………ウウウム。」
そして倒れた。カイルはバタンと、仰向けに倒れた。
アルフィースとリアンジェンは一連からなる彼の動作を眺め、そして顔を見合わせる。
倒れてシィン……としている皇子の姿。見守る少女2人は息を呑んだ。
そして――――数秒。
カイルの身体が熱発し始める。発生した蒸気に驚いて思わず女性2人が仰け反った。
しかし……そこから何かが異なるようだ。異なるというのは前例と比べてである。
「あ、あれ? なんか……なんかパウロの時と……ちょっと、違う??」
アルフィースは首を傾げた。大柄な少年はあの水を飲み干した途端に苦しみ、悶えて床を転げまわっていた。
熱気もすさまじいもので近寄ることすらできなかったのに……カイルの場合はそこまで熱くない。むしろ近くにあって心地良いような……カイルもまったく苦しまず、見る見る血色が良くなっていく。なんなら、若干輝いているようだ。煌々とした輝きが蒸気の湧く身体を覆っているようにも思われる。
ともかくそれは不思議な光景であり、彼女達2人は幻想的な情景をそこに感じて見入っていた。異常な状態なのだが、危険だとも思えない。まるで言葉を発せない彼が代わりに気配で語りかけてくるかのような……そんな心強さがそこにある。
ボヤ~~っと輝く青年と、傍らにある2人の女性。そこにガサガサと……茂みを掻き分けて大柄な何かが姿を現す。
「んやぁはぁ~~~しっかし、参るねぇ!! なぁしてオラ、あんな深っけぇ穴ん中に落ちてんだか……って、んおぉ?? おぉ~~、みんな居っただか!! いんやぁ~~えがった、えがった。んであのチッコイ硬てぇヤツさ、こっちこんかったか?? どうにもやっつけた気がせんくって……オラさ心配で心配で・・・・・って、ありぃ???」
獣のようだが獣ではない、それはパウロだ。茂みから姿を現したのは【パウロ少年】である。
彼が茂みからガサガサと出てきたのとほとんど同時。「カッ」――と、鋭い眼光が開かれる。それは横たわる青年の気迫、その表れであり、険相の表情は見慣れたものだ。
切迫した戦闘態勢からいきなりスイッチが切れたように倒れたので、彼は眼を開くなりに立ち上がった。身構えて、犬歯を剥き出して本能的に間近の驚異的な存在を威嚇する。
いきなりに威嚇された少年は――パウロは「ほぁ?」っとした表情でボリボリと脇の辺りを掻いている。何とも脱力したものだが、それは視界内にある少女にまるで危険な気配が無いからであろう。彼にとって身構える必要が微塵もない。
「・・・・・なんだ、キサマか。パウロ、どうしてここに……あれ、むしろここは……??」
「んぁぁ、どうしてって……らって、匂いさどうにか探してよ? 辿ったらここだったっけさ。みんなして居るから、一緒に混ざろうかと……にしてもあの家、てぇへんな事になっちまったなぁ~~。うぇっへへへ!」
何が笑い事なのであろう。しかし、彼は別に笑って誤魔化すつもりもないようだ。何せ宮殿が傾いた原因が自分であることに「ピン!」ときていないのだから。どうにもあの巨木の怪物と自分を照らし合わせて考えることが難しいらしい。
対してカイルはカイルで混乱している。彼の記憶では確か危ない女が毒牙を携え、大切な彼女を襲おうとして……。
「――――ッ、リーリア!! リーリアは無事かっ!?!?」
警戒を解いて周囲を見渡す。まぁ、見渡さずともすぐに発見できるであろう。
何せ彼女はすぐ足元にいる。そこで瞳を潤ませて自分を見上げてくれているのだから……。
泣き始めるリアンジェン。その姿に心が痛む……。
自分のせいで彼女は泣いているのだと……本当は彼女が言わずとも、それこそずっと以前から気が付いていた。
盗賊の頭領はその場に座り、彼女の身体を抱き寄せる。涙を流す彼女の長い白髪に手を通しながら、「すまない」と――素直に謝る。
抱き寄せられた使用人はか弱い力ながらも、精一杯に彼へとしがみついた。しがみつかれて、皇子の表情が和らいだ。
そして、そうした2人を割と間近で眺めている少年と少女――。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・んねぇ、なしてリーリアすぁん泣いて……」
「・・・・・。」
「あっ、すまんす、黙ります、はい……」
「・・・フフっ♪ いいわよ、黙らなくっても!」
「え、だって今すんごい目で睨んで――」
「んもうっ、イイの! どうせ言ったって、その無粋は治らないもの!」
「え? ほ、ほんにすまんす……オラってまぁた、こんなんしてからに……」
「……だから、謝らないでよ。“ありがとう”って、言い難いじゃない……」
「んぇ、なんらって? すまんす、あんます小っせ声で聞こえ――」
「――――ッッッ、うるさぁい!! “黙っていなさい”!!!!」
「えぇっ!? んだって今、黙らんでイイっで……モゴゴゴゴゴゴッ!!?」
意思と無関係に黙らされる少年。
無神経というか……やっぱり雑な彼に対して、少女の溜め息。抱き寄せられているお淑やかな彼女と隣を黙らせてそっぽを向いている自分を比べると……なんとも腹立たしい気持ちが湧いてくる。
それは少年に対して腹立たしいのか? それとも、自分に対して腹立たしいのか……?
おそらく、その両方ではないだろうか。
「・・・・・やれやれ、なんて朝なのかしらね? はぁぁ~~あ! なんだか疲れたし、汗もかいたし。シャワーでも浴びて一息つい・・・・・て。」
舞っていた土砂はすっかり落ち着き、風は穏やかだ。相変わらず傾いた宮殿からポロポロと物が落下しているようだが……まぁ、仕方がない。
備えられていた浴室も傾いているだろうし、まともな寝室もまともな角度ではないだろう。それも仕方がない。
そうした「仕方がない」をいくつか考えた後、くたびれた様子で少女は空を見上げた。
飛ぶ鳥は燕であろうか。
それは木々の狭間にある景色を横切り、どこか彼方へと飛び去って行く。
静寂の森林に立ち尽くす少女。
可憐な彼女は体力だけは有り余るようで……「んもうっ!」と。
力強く、腐葉土をふみつけている――――――。
第47話 「オレサマはモンスターなんだよ(18)」END




