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「オレサマはモンスターなんだよ(18―4/5)」


 大広間の床が、黒練岩をき詰めて作られた床が……盛大に破裂した。それは図太ずぶとい“灰色の根”が無数として暴れるように床を砕いて蔓延はびこったからである。


 大柄な影はさらに大きく、巨大に、巨体に――――“成長”する。その姿は全身灰色の巨木だ。しかしそれには四肢ししがあり、胴から頭部まで寸胴すんどうな、首の見わけもつかない様相である。顔には目と口らしきくぼみは開いているが……それらは動かない。


 【巨木の怪物[バウランシア]】は天井までにおさまらない規模きぼだ。半壊した大広間の天井を越えて、ややかがんでたたずむ姿にさん々とした陽光ようこうが当たっている。その全身にはまばらな体毛のように、無数の枝がえている。


『えぇっと……おっ、そこか? あんれ、ちっこいねぇ~。こんなんらっけか??』


 怪物が天井のふちに手を置いたので、傍観ぼうかんしていた青い髪の少女は慌てて飛び退いた。


 その表情は呆気あっけにとられたようで……完全に意表を突かれたらしい。まさかの思いはあったが、それはあまりに珍しいことなので“無い”とたかをくくっていた。


「なっ!? そんな――――“装怪者”ですって!? あの子も!? こんな僻地へきちで、こんな偶然って……!!」


 天井の縁を滑るように逃げる青い髪の少女だが、まるで巨木の怪物は気にしていない。というより、少女1人など本当に小さ過ぎて見えていないのであろう。


 今のパウロには4mはあろう甲羅の怪物すら子供のように思える。


『おめさよ。こんなんすっと、オラも同じにすっけね? 自分だけらって、そんなん思うなや??』


 ヌォッ、と屈む。大広間をのぞき込んでいる巨木きょぼくの影で、その足元程度の大きさである亀のような怪物が呆然ぼうぜんとしていた。いや、表情も何もあったものではないので見た目で解らないが……彼は鉱石のような瞳でただただ、呆気あっけにとられて見上げているのである。


『かか――――怪物ですって!? 心の怪物が彼にも!? このような場所で……このような奇遇があるのですか!?!?』


 岩のような体から響く声。それに答えるように、巨木も灰色の幹のような全身全体から声を発する。


『ア、やっぱす珍しいことなんね? まぁ、それはともかくだな…………ええと、どうすりゃええんだ??』


 巨体を得たはいいものの、この状況。何をすればよいのかわがらず、巨木が自分の装怪者を気にする。


 心に響く疑問。それを受けて、少女はこえ高々に――――命じる。


「そうねぇ……とりあえず。“ここからそいつを追い出しなさい”、バウランシア!!!」


『よっすぁ、任せぃ!!! ……んならね、ちょっちすまんに??』


 命令を受けた巨木の怪物は胴体と同じく太い腕を伸ばした。ここで言う“伸ばした”、とは手を「スっ」と突き出す行為も意味するが……この場合は文字通りに「伸びる」こともふくむ。


 甲羅の怪物は巨大だ。体高4mに全長も同程度。ずんぐりとして見るからに重量を感じさせる。加えて常時垂れ流されている“異常な重力場”によって、その重さは人間が千人寄り集まってもズラすことすらできないであろう。


『あっ、ちょっ……無謀むぼうはおやめなさい!? このパルスヴェイド、そうそう容易く動かせは・・・・・アラララァ!?!?』


 だが、今は容易たやすい。怪物なら――巨木の怪物と化したパウロにとってはリンゴを1つ、拾い上げる程度の労力でことりる。


『あれ、通らねな? うんと……えいっ、そいやっ! ン…………どっこいしょオ!!!』


 伸びるみきの腕に押されて、甲羅の怪物は大広間の入口に押し付けられている。しかし、その入り口は人間用のものだ。巨体である彼が出られるような大きさではない。


『や、やめ……無理をなさるな!! 壊れますよ、この廃墟はいきょ――――ガアアッ!?!?』


 手にしたボールを壁に押し当てて、そのまま押し続ける……そういった様子。甲羅の怪物は確かに硬いようで、けた外れな圧力と黒錬岩にはさまれてもヒビの1つすら入らない。だが、黒練岩の壁は彼ほど頑丈ではないものだ。


 数秒もせずにあっさりと。宮殿の外壁は強度の限界を迎えた。


 メリメリとクッキーかのように破壊される黒岩の壁。甲羅の怪物は悲鳴を上げ、それを掴む巨木のパウロは『よっす、通れた!』と変わらない表情の裏で微笑んでいる。


 ――快晴かいせいの空だ。テッペル渓谷けいこくの空は青く晴れ渡り、渓谷に広がる森林に陽射ひざしがよく当たっている。


 黒岩の宮殿を構成する黒錬岩は研磨けんまされることで鈍く光を反射する。こうした陽気の良い日には遠目にも輝く荘厳そうごんな砦としてえていたことだろう。もっとも、今では随分と古びてしまって見る影もないが……。


 平穏な情景にあって、鳥たちの叫ぶような鳴き声と巻き上がった土埃つちけむりは異質な光景である。


 宮殿の3階層から「ひょい」と跳んで大地に根を降ろした巨木の怪物。着地した足元では大量の土砂どしゃが巻きあがった。巨木きょぼくの手に掴まれている甲羅の怪物はもがくこともできないようで、ただ『放しなさい!』などと訴えている。


 巨木のパウロは片手を腰に、もう片方の手で掴んでいる“ちぃっとばかしデッケぇ亀”をしげしげと観察した。


『あんな……おめさ、カイル達になんてことすんだ!! いっくら身体さデッケくっても、あんまし好き勝手すっとこうなんだわ!? アルフィースつぁんだってあんな……いぁ、んでもらっけ、あんたがこんなんしてっからオラは、オラたつは……そ、そのその、き、ききき……“キッス”を…………あいやはぁ~~!! んだばオラってば、さっきはなんしてあんな言えたんかね!? な、なんか身体があっちぃ気がすっぺよコレ!?!?』


 もだえ始めた。照れ照れとしながら身体をくねらせる巨木の怪物。20m近い巨体は『まいったねぇ!』などと言いながら宮殿の壁面に手を乗せ、照れを隠すように笑いながらその身をあずけた。


 巨木の怪物にとっては単に「手を箪笥たんすの上にでも置いた」程度の動作であろう。しかし、それによって宮殿内部には「ドン!!」と強い衝撃がはしり、全体が微震したことで少女の「ぎゃぁ!?」という悲鳴が響く。


 とてつもない巨体……巨木の手に掴まれている甲羅の怪物は内心、あせりを感じていた。


(く……なんということでしょう! まさか怪物戦がこのような場所で……いや、狼狽うろたえてはいけない。“だとしても”、状況は簡単ではなくなっただけ……我々のパルスヴェイドなら……この“特異性”にまさる力などありはしない!!!)


 太い幹のような5本の指。巨大な手に掴まれている甲羅の怪物は動けない身体の代わりに頭脳を必死に稼働させている。


 そして勝手に悶えている巨木の怪物の頭上を無機質なまなこで見定め、「そこ!」と強く意識した。


 ……そう、ただ「そこ」だと意識しただけである。甲羅の怪物がそのように意識しただけで――周囲の空間にチラチラと生じていた黒い亀裂が集合するかのように――明滅めいめつする黒い稲妻いなずまのようなものが無数と出現した。それらはすべて“空間の亀裂“である。


 無数にある稲妻のような空間の亀裂が巨木の怪物頭上に明滅し、やがてそれらは渦を巻いて回転を始めた。その回転は見る見ると速度を増していき、やがて高速に明滅回転する“竜巻”のように円錐えんすい形を形成していく。


 ずかしそうに悶えていた巨木のパウロが『ん、なんね?』と何気なにげはなしに頭上を見上げた時。



 空間亀裂の竜巻が巨木の身体をつらぬくように大地へと穿うがたれた。



『――――!? ――――な――――なん――――これ――――重――――っぺ――――!?』


 巨木の身体全体から発せられる声は掻き消される。


 黒い竜巻から生じる激しい炸裂さくれつおん音。これは時空そのものがごく局所的に引き裂かれることによって生じている音であり、“特異的な力”がかなでる異音だ。


 特異的な――――そう、それは【特異性】。


 魔法や霊力などとは異なる、心の怪物特有である異次元規模の能力……これを識者しきしゃ達はそのように呼ぶ。


 かつて、大麦おおむぎ開賢かいけん者――オルトラン=ブリトーは以下のように弟子へと語った。


【最初の装怪者がどのようなものだったのか……今では深く知られていない。この世の歴史においてさほど古くもない彼女らだがらこれほどまでに不可解であるのはそれが真に超常性をもつからである。

 彼女らの変質についてもそうだが……やはり、怪物側の異常な性質にも謎を見出さなければならない。それは形状修復についてよりもっプ、殊更ことさら……そのこの世にある力とも思えぬ……異常。いや、異質なる能力……そうそう、“特異な性質”であるな。単にデカいだの強いだのと……そんなことではない。

 いずれこの世界――それこそ国や主義など関係なく、万人ばんにんの脅威となる特異な性質が……“特異性”が出現するやもしれんっフ。ンだから、今のうちから十分に備えよと……間違いない。昨日、夢の中で竜がお告げをくださったのだ。だから間違いないっプぇ! …………失礼】


 彼の言葉を借りて“特異性”と呼ばれる力――例えばそれをパルスヴェイドに見れば、時空間のゆがみに干渉かんしょうすることで“重力”を“任意”で生じさせる能力のことになる。


 重力を自然状態よりも強くしょうじさせるために無理やり空間を引っ張るので、「バキバキ」と異音が鳴り響く。生じた黒い亀裂は摂理せつり的力によって即座、修復されるのであたかも明滅しているかのように感じられるのである。


 竜巻のようだが……それが大地を穿ち、土砂を巻き上げて掘り下げる様は削岩さくがん用の“ドリル”のようだ。渓谷に響き渡るような異音と共に巨木の身体は大地や森林の一角と共に地中へとめ込まれていく。


 もちろん、このような大地をえぐり、貫くような力が直撃している巨木の身体も無事ではない。ないのだが……。


 ズタズタに引き裂かれ、手足が千切れ飛ぼうとも、それはすさまじい速度で修復されていく。パウロ本人は痛みを感じてすらなく、とにかく「なしてこんな重い!?」と違和感を覚えている程度。


 しばしの轟音を経てーー


 数十mはもぐされただろうか。重力のドリルによって地中に押し込まれた巨木の身体に巻き上げられた大量の土砂が降り注ぐ。


 わずか数秒にしてパウロの身体は地上から目視不可能となった。宮殿周囲の地形も森林が盛大に吹き飛ばされて、不自然に土が盛り上がってしまっている。


 巻き上げられた土砂は黒岩の宮殿にもそそいだ。


(――――パウロ?)


 土砂をかぶった宮殿の3階。大広間にて“2人”のことを見守っていた少女アルフィースはふと、床をた。黒岩の床などよりよほど気になる存在達が傍らにあるというのに、少女はじっと床を視ている。ぼんやりと、輝きを放ちながら……。


 輝く少女の横。そこには男女の姿がある。


「……もう、無理をしないでください。お願い……だから……」


 希薄なリアンジェンは涙を流している。自身の膝の上に頭をのせ、どうにか横たわってもらっている彼のひたいに……涙がもう、いくしずくも落ちていた。


「…………フンっ。無理など、しておらぬ。オレサマが、お前を護る……だから泣くな、リーリアよ。

 オレサマは、いつだって最強。負けなど、しな……い。……必、ず……護る……から。だから……オレサマは……だから…………」


 彼女の柔らかな感触に護られながら。カイル=ブローデンはおぼろな視界に大切な存在を見つめ続けていた。


 全身の骨に少なからずの損傷。臓器にも異常が生じており、顔面がんめんの右側はれて赤くただれている。岩の床に埋もれゆく際に強い圧力で擦れてしまったのだろう。


 カイルは息も絶え絶えだが、リアンジェンが気を抜くとそれでも立ち上がろうとする。だから、そうしないように彼の頭を膝の上にのせているのである。


 昔……何気なにげなくこのような状態になった時。その時に彼がすんなりと眠った経験から、リアンジェンはどうにか彼を休ませようとしているのであろう。


 確かに休めてはいる。そしてこの怪物的な皇子の体は修復を開始しており、頬の爛れもすでに赤みが薄れ始めていた。


 そうした2人の様子……不遜ふそんな皇子と希薄な使用人が大広間の中央で静かにいやしを得ている様子。


 それをチラリ、窓の外から一瞥いちべつして確認はするものの……それどころではない人がある。


(――――チャールズ、どうなっていますか? あの少女は“まだ輝いている”……判りましたか、彼女の力は?)


 青髪の暗殺者もまた、ぼんやりとした輝きを放っていた。彼女は降り注ぐ土砂をけ、呼び出した鉤爪かぎづめを黒岩にめり込ませて、砦の壁面に張り付くようにして周囲の様子を探っている。


 眺める視線の先。それは実のところアルフィースが視る先と同じ。


 いまだ渦巻く黒い稲妻のような亀裂の直下。たがやしたかのようにモコモコとした大地の下、地中数十m先を【彼女達】は揃って“視ている”……。


 少女達が視る地中の先。光の届かない暗闇の中。「バキバキ」と何かが裂ける音が響く真っ暗闇な世界で怪物が応える。


(ああ、シャル君……ボクは無事だよ。そうだな、彼らの力というものは不明で……不思議にも、なんら感じられないのだよ。こうして地中に埋めてしまってからは動く様子も無い)


(そう、ですか。では彼らの関係性に問題が? ……いや、そもそも自覚していないのかしら。もしかしたら微弱なものだったり、“無い”なんてこともあるかもですね?)


(ハハハ、そうかもね! まぁ、多少超常的な力があったとしても、我らのパルスヴェイドに比べれば些細ささいであろう。なぁに、このまま消耗しょうもうさせてやるとも!)


 応答おうとうし合う2人。それは砦に張り付く【暗殺者シャラザール】と地中に埋まっている【魔導士ミスティック】である。


 彼らの「声」は届くはずもない。かたや宮殿の3階辺りの壁に張り付いており、片や地中深くに埋まっているのである。どれだけ声を張り上げても届きはしないだろう。


 だが、この2人は通じ合っている。まるで互いの心に張った糸を伝うように、想いを伝えあっている。



 地中に埋まった2体の怪物。それらはどちらも動けない……動かないようで、しかし状況には大きな違いがあるらしい。


 甲羅の怪物が巨木の怪物へと語り掛ける。


『さて……すっかり沈黙してしまいましたが、如何いかがしました? フッフフ……解りますよ、何せこの私は国家指定の魔導士にして帝都至高の解術士かいじゅつしですからね。あなたの心は今……消えかかっている』


『――――――。』


『何が起きているのか? ええ、理解の範疇はんちゅうを超えていることでしょう。何せこのパルスヴェイドは空間をゆがめる。あなたには歪め、集められたこの世界の重みがのしかかっているのです』


『――――――。』


『たとえ自身が動けずとも、他の全てを動けなくする力があれば……それは無敵!! さらに私はこのままあなたを細切れにし続けることも可能!! ……どうです、何か手はありますか? このままあなたを地中に置き去りにしてあげましょうか? ええ、ご心配なく。私には戻るすべがございますから』


『――――――。』


『……フッフフフ。どうやら“心”を……我々の強大な力を覚えて、あなたの心までをも砕いてしまったようですね。えぇ、いいんですよ……早く楽になりなさい。大丈夫、地上にはきちんと返してあげますから。さぁさ、心をゆだねて……さっさとあきらめてごらんなさい?』


『――――――。』


 巨木の怪物は沈黙している。どれほど甲羅の怪物が声を響かせても、それを握りしめたまま動きもしない。


 地中深く、暗闇の中。得体が知れない亀の置物のような物を握って沈黙する怪物――――パウロ=スローデン。


 彼は先ほどにあった轟音と、痛みはなくとも身体が滅茶苦茶に引き裂かれる感覚。そして声が聞こえない、届かないという“孤独こどく”と暗闇によって感覚が朦朧もうろうとなっていた。


 不安と恐怖、無力感は急速に彼の心をむしばみ、削り、弱らせていく。


 孤独な怪物は自責を始めた。


(オラは……どうなったんだ? オラは……動けねな。もしかしてまた……また負けたんか? ……なしてオラって、オラは……。

 こんな身体デッケくっても……もっとデッケくなっても……護れねぇ……だか? いつもこんなん……大事な君を……なしてオラは……)


 暗闇の中でただ重さだけを感じる。それは物理的に埋もれているし、何か解からないけど押しつぶされているしで身体が重い……というのもある。


 だが、それだけではない。


 “重い”のである。責任が……感情が……あの子を護りたいのにこんな有様な事実。いさんだ割にこの無様かと、情けなくなる。


(オラは……オラはよぅ、んでも負けたくねぇんさ。勝ちてぇよ……だって勝たねぇと……いぁ、勝たなくってもよ?

 護れりゃそんでええ。あん子も……あの子が「護りてぇ!」って想ったものを……オラも一緒に護りてぇ。んでもまたできねぇんか? オラは……オラってやつは……ほんに……)


 パウロ少年はツルツルとした右手の変な感触を覚えながら、さびしさを感じていた。振動によって伝わるそれの言葉を聞きながら、むなしさを感じていた。


 気力が……心がくじけそうになる。「オラはダメなんか……!!」と、動かない樹木じゅもくの口から言葉がこぼれた。


 音としてはかすれるようなものだったが、感じた想いは叫ぶような気持ちの発露はつろだ。


 少年の発した強い感情。それは普通、自分だけに響くものである。自分の中でだけ響いて反響するだけのものだ。


 ただ、今の彼らにはつながっている【糸】があるらしい。だから……おもいは振動となって伝わるのだろう。



 返ってくる想いが、そこにある。

 感情の叫びが、伝わり聞こえる。




“ ダメなんかじゃないもの!!


 あなたは……パウロはダメなんかじゃない!! ”




 突然に響いた叫び声。それは少女アルフィースだ。


 宮殿の大広間の中央。高級な絨毯じゅうたんの上で床を視ながら少女が叫んだ。すぐ横で皇子を介抱かいほうしていたリアンジェンはびっくりして倒れ込む。同時に、衰弱すいじゃくしていた皇子は目をカッぴらき、戦闘態勢をとる。


「ぐっ、うぅ……何事だ!!? ・・・・・ム、なんだアルフィースか。突然どうした?」


「――――――。」


「おい、アルフィース……アルフィース??」


 突然叫んだというのに今度は沈黙。頬に涙を伝わらせながら、妙にけわしい顔で岩の床をにらんでいる少女。


 そうした不自然な様子にカイル=ブローデンは違和感を覚え、声を掛けても反応がないので思わず駆け寄って肩でもすろうとした。


 そうした気配を察してか、リアンジェンが皇子の外套マントつかんだ。


 不意にせいされたことに驚いてカイルが振り返る。


 リアンジェンはカイルを見据みすえたあと、静かに首を振る。そうしてから床を視て立ち尽くす少女に視線を送った。


 希薄な装怪者が優しい口調でカイルに伝える。


「あのね……アルちゃんはきっと、“パウロくんを視ている“の。だからパウロくんを……そう、応援しているのよ。だってパウロくんは彼女にとっての……カイルだから!」


「どうした、何を言って――――ああ、そうか。パウロは……あいつはびとだ。オレサマと同じ……いや、それ以前に……」


 カイルが微笑む。その表情から彼の心を感じてリアンジェンも微笑んだ。


 2人は無意識に手を繋ぎ、そして見守る。


 今現在。この宮殿の中から地中深くの彼と繋がっている彼女を……2人の絆を感じて魅入る。



 ……伝わった想いが“強さ”になる。それは錯覚ではない。


 少なくとも彼らは――装怪者と拠り人にとっては――想いこそがのうりょくになる。


 心の力は独りより、2人合わせた方がきっと強いに決まっているだろう。



 地中深く。数十mにも埋もれた大地の下。甲羅の怪物はぎんじた。


『どうやらあなた達の心は限界……底が見えたと言うものですね! ではでは、ここに終幕を降ろしましょう。

 えぇ、ご心配なさらず……とっておきですよ? この闇の中で極限までの“圧縮”、大いなる死の疑似体験! 超常異次元の恐怖をッ、どうぞご堪能たんのうくださいませッ!!!』


 地中で甲羅の怪物が声を響かせると、それに応じたかのように岩壁がんぺきに張り付く青髪の少女が輝きを増す。


 埋もれた土の上空で渦巻いていた黒い亀裂は無数の針のように変化し、地中へと刺さるように入り込んで巨木の怪物へと突き刺さった。


 一際ひときわ大きな破裂音が土中どちゅうに鳴り響く。バキバキと暗闇に響く音に包まれて、巨木の怪物の身体がきしみ始める。


 さきほどまでとは異なり、“内部”からの圧力を感じながら……だが。


 そんなことなどまるで気にせず、巨木の怪物はつぶやいた。


『…………そ、そうだか? オラ、ダメじゃねぇ……かな??』


 応えて、大広間で少女が叫ぶ。


「当たり前でしょ、ダメじゃないわ! だってだって、あなたは私の……ッお、“お友達みたいな付き人”なんだから!!! 大切なの!!!」


『はっ――――――!!!!!』


 大広間の叫び声。その叫びを聞いて……手を繋いでいる男女が顔を合わせた。そして「クスッ」と、苦笑い混じりに微笑ほほえみあう。



 一方。地面の下で彼女の叫びがいた怪物はーー



『さぁさ、感じます……感じますよぉ!! あなたの巨体が圧力にくっし、ちぢまっていくさまが!! 超越なる惑星の力を受け――そう、今にも!! あなたの身体が縮まって、より小さく、小さく……小さ…………く、ん? 小さく???』


 甲羅の怪物はご機嫌だったようだが、言葉の途中から語気ごきが弱まっていった。それは彼が何か“違和感”を覚えたからだろう。戸惑とまどっているのだ。


 暗闇の中で何が見えるということもない。だが、自身が発している“のうりょく”の作用というものは感じることができる。怪物として基本的な感覚であるが……これがどうにもおかしいのである。


 巨木の怪物は小さくなっている。異常な重力によって内部から圧縮され、小さく小さくなっている……はず。巨木内部に生じさせた極小の高密度天体[=ブラックホール]に内側から引きり込まれ、極限にまで圧縮されていくはずなのだ。


 それが感覚として異なるから戸惑った。どれほど感覚が異なるのかと言うと…………“真逆”。


『小さく、小さく……あ、あれ? え、ちょっと……なんか、あの……何が……え、嘘。そんなはずは……あれれぇ??』


 混乱している。甲羅の怪物――【霞のミスティック】は明らかに狼狽うろたえたような発言を“落としていく”。


 落としていく、というのは“地中に”である。彼の身体が上昇していっているのだから、言葉を落としていると表してもよいだろう。


 こういった芸当は彼も可能である。空間の歪みを連続して調整することで浮き上がることは可能だ。たとえ地中からでも彼は容易よういに脱出ができる……だが、今はその手段をもちいていない。行使こうししているのはただ、“巨木の怪物を圧縮する力”だけのはずだ。


『な、なんで?? 何か……何か変です!? シャルル、ちょっと何か……どうなってますか!? 何か変なんです!! これは……これでは逆なんですよ!?』 


 さらに行使した。彼女への想いを強く持ち、危機を覚えているからこそ護ろうと、更なる力を発揮する。


 空間湾曲による重力操作――パルスヴェイドの特異性とくいせいを全力で行使する、している。


 なのに――


『うわ!? ま、“まぶしい”ッ!? そそんな……そんなことが!?

 こっ、これでは逆です、逆なのです!! 小さくない……どうしてですか!! 怪物が……木の怪物が……“大きくなってしまっている“ゥゥゥ!!?!?』


 そう、「大きくなってしまっている」。圧縮して豆粒サイズにでも小さくしようとしていた巨木の怪物が……どうしたことか?


 りきめば力むほど、想えば想うほど。


 大きく、より巨大に……まるで“成長”してしまっているかのようだ。


 地中で急成長をげた巨木の怪物は発芽はつが……というにはあまりにも派手な様子で地上へと姿を現した。燦燦さんさんとした陽光を浴びる巨木の身体から土砂が滝のように大地へと流れ落ちていく。


 文字通りに大地を裂いてでた巨木の巨人バウランシア。黒岩の砦など腰掛けの椅子程度にしか思えないほどの巨体である。


 それでもさらに成長を続ける灰色の巨木は更に太くなった幹の手を振り上げ、快晴の空へと咆哮した。


『――――うんんんんおおおおおおおおおお!!!!! オラは、オラは……“お友達”だっぺやぁあああああ!!!!! しっかも大切なッ、オラはアルフィースつぁんの……大切なお友達だっぺぇぇぇぇぇ!!!!!』


 渓谷に響き渡った咆哮はあまりにも大きく、大地が鳴動めいどうした自然音かのように、人間ではまともな声としては認識できないほどのものだった。


 指先でまんでいる陶器とうきの人形みたいな怪物は『うるさいです!!』と叫び、宮殿にる4名もまた「うるさい(です)!!」とそろえて叫ぶ。


 巨木の怪物は巨大すぎて、地上に出現しているのは腰から上ほどに過ぎない。


 渓谷の山々に身近さを感じるほど大きく育った【怪物パウロ】はブルブルと身を振るって土をまき散らした。この行為にも宮殿内から非難ひなんの声がいくらか上がっている。


 そんな小さき人の単なる叫びなど、天をく巨体に届くこともなく。


 怪物パウロは思い出したようにして、指先で摘まんだ甲羅の怪物を注視した。そして首をかしげる。


『・・・・・ありぃ?? おめさ、そんなんだったっけか。もちっとデッケかった気がしたけんどに? おお、そういやなんか……えらく遠くまで見えるんね? あり、こりぇってもしかしてオラが――――』


 状況が判っていない。甲羅の怪物も戸惑っていたがそれはパウロとしても同じである。しばらく周囲を見渡して心に「なんてことしてくれたのよ!!」という叫びを聴きながら……ふと。


 腰元に視線を落とすと黒い石のようなものが「ガクッ」と傾いている様子がうかがえた。


 それは黒岩の宮殿であるのだが……パウロはあんまりそれが何か解かっていないらしい。サイズが変わり過ぎて、さっきまで中に居た宮殿だとは思いもしないのであろう。


 まぁ、それはともかくとして。パウロは再びまんでいる甲羅の怪物を見て、そしておだやかに言葉をかけた。


『おめさ、オラもよっぐわがんねけどよ……こんなん、あまりにも違うっぺやな? なぁ~んかよ、おめさがやってんらろうけど……黒くってバキバキすんのも、全然じぇーんじぇん怖くねぇんだわ。いぁ、オラにもよっぐはわがらんのだけどに??』


 少年は自分の状況がのみ込めたことで落ち着いたらしい。それは余裕として表れている。


 巨木の怪物には表情がない。あるのはただ、ぽっかりと空いた目や口のようなくぼみだけである。


 しかし、表情は変わらずとも伝わるものがある。甲羅の怪物はどうにも自分が「さとされている」……つまりは「降伏こうふくしなさい」とうながされているのだと重々に感じていた。


『――あのですね、確かに驚きましたよ? それに解ってもいませんとも……えぇ、ですがね?』


 甲羅の怪物は動けない。先ほどから空間を歪めて重力によって跳び上がろうとしているのだが、それもできない。


 巨木の怪物があまりに強大すぎる……ということもあるかもしれないが、単なる腕力のたぐいだけではない。


 そもそもりきめない。力んでも効果が無いような……特異性の行使に関して、不気味な“虚無きょむ感”を甲羅の怪物は覚えている。だが、だからといって“諦める”ということもない。


 そういえば彼は自負していた。“最硬”の怪物である……と。


『だからと言って、あなたはどうしますか。私をその巨体で潰しますか? それとも何か特異なる力によって破壊してみせるのですか? ――いずれにせよ、いいでしょう。やってごらんなさい、このパルスヴェイドに対してッ!!!』


 指に摘ままれている小さな人形のような存在はやたらと強気である。見た目は陶器のようであり、ちょっと指先に力を入れれば割れてしまいそうな感じはあるのだが……。


 怪物パウロは『あんま強情な奴だな……仕方ねぇ!!』と。本当に弾けて割れないように、注意しながら指先に力を込めた。


 すると……確かに割れない。ヒビの1つも入らず、びくともしない感触が指先にある。甲羅の怪物は『ハハハ、どうしました?』と笑っている有様だ。


 ならば、怪物パウロは――


『んだらば……知らんっけね!? オラさ修行中だっけして、あんまし加減上手くできねんだわ!?』


 ーーと、右手の指先に力を強く込めた。1本1本が巨木の幹かのような太い指先。地中に埋まっている分もふくめて100mはゆうに超えている巨大な存在がりきんでいるのである。


 だが……。


『フッ――どうしました、と聞いているのです。何も感じませんが……まさかそれが全力でしょうか?』


『チッ、くそ……くんのッ……うんんんむむむむむむ!!!?』


 今度は左手も使う。両手で握り込むようにして、巨体の全身を震わせる怪物パウロ。


 だが、ウンともスンともいかない。歪みの1つも感じられず、あまりの硬さを実感して『むちゃくそ硬いっけね、コレ!?』と声も震わせている。


 そうしてしばらく頑張っていたが……ついに力が抜けて肩を落とした。


『た、たすかに……おめさなんなんこれ。かったいねぇ~~? くのっ、くのっ!』


『フハハハハ、そうでしょうそうでしょう! このパルスヴェイドは最硬の怪物だと自負しております。今まで何者も私を傷つけられた者は存在しません……まぁ、心の怪物なので傷ついてもたぶんすぐ治るんですけどね』


『いやはぁ~~~、まいったに! こんなん、どうにもなんねぇ気がすっぺよ~。んでもオラだっておめさ、なんもできねよね? なんかそんなんわかる気がすっぺよ? ったく、くのっ、くのっ!!』


『フハッ、フハハハハ!! …………ははは、確かに。実際、どうにもならなそうですねぇ。

 先ほどから力を使い続けているつもりですが……あなたには効いていない、というか力が使えていない? ともかく。どうやらお互いに打つ手はなさそうですね・・・・・あれ??』


 パウロは小さな硬物に夢中となっているが甲羅の怪物は何かに気がついたらしい。


 まぁ、気がつくも何もお互いに攻撃が通らないのである。これはハッキリ言って“膠着こうちゃく状態”であろう。つまり互いに手詰まりだ。


 そうした事実に対して、甲羅の怪物――霞のミスティックは「どうしたものか」と、ひねれない首をひねったつもりで悩んだ。


 そこに、彼らの様子を観察していた人から“送心そうしん”がある。


あるじ様――――シャルは解りました)


(おっ、シャル君!? いやぁ、まいったよ。どうしたことか彼はこのように巨大に――)


(ええ、そのことについてもです。おそらく、なのですが……彼らにはやはり、特異性があります)


(ん? あぁ、まぁそれはそうだろうね……無いって前例は今のところ無いからね?)


(はい。で、彼らの特異性なのですが……もし、私の考えが正しいなら……そうですね、“吸収”です)


(ふむふむ…………なに、なんて??)


(ですから、吸収きゅうしゅう――つまりい取るのです。主様、さっきからずっととくいせいを垂れ流しているでしょう?)


(おお、そうなんだよ! しかし、この想い……あぁ、シャラザール。私の全てをささげた人よ!! それなのに、このはち切れんばかりの感情が……効果を成さない。実に……実に屈辱くつじょくであるッ!!!)


(いえ、だから……効果はあるんですよ、能力は使えてます。使えてますが……だからこそ、彼は巨大になったのです)


(ん? ・・・あ、つまり何かね? え、そんな……え、それってあるの??)


(あるかないか、と言えば……有り得ます。だって怪物ですから、どのような特異性があるのかなんて、きっと不可能ってこともないのでしょう)


(す、すると何かね? つまりは彼は――この怪物は、我々の“特異性”を吸い取っているのだと?)


(おそらく。しかも、吸い取ることでそれを自身の成長に……栄養として取り込んでいる)


(――――か、感情の力を?? そんなこと……いや、そもそもこの力は……え、じゃぁこれが巨大化したのはボクのせいってこと??)


(はい、そうなりますね)


(・・・・・。)


 甲羅の怪物は呆然とした。その無機質なまなこで巨大な怪物を見上げる。微震びしんしている光景にある怪物の表情は逆光となって判別できないし、判別したところで無表情である。


 それが……この上なく不気味に感じられた。


(・・・・・じゃ、どうしようか。このままどちらかの怪物化が終わるのを待つかね?)


(それは不毛ふもうですし、何より不確定すぎます。だとしたらこちらから行動した方がよいでしょう。幸いといいますか……この怪物はあまりに大きくなり過ぎた。怪物同士ならともかく、人間の姿などまともに見えてもいないはずです。だとすれば――)


(――なるほど。ならばいっそ、装心そうしんいて逃げるなりした方がここは得策だと? ふむ、実に素晴らしい……。そうした柔軟な発想、やはり君はこのミスティックが想う何よりも――)


(では、数えますね。5、4――)


(え、数えるって……ああ!? 解くのね、装心!? ちょちょ、ちょっと待って! でもあのええっと、解けたらまず――――って、うわぁ!?)


 それは一瞬のことだった。


 指先にあった感触に違和感。スカッと、“何も無くなった”感覚があったので怪物パウロは『ありぃ??』と不思議そうに自身の指先を眺めた。


 目は無いが、眼のような窪みを近づけてよく指先を確認しても……そこには何も無くなっている。


『あちゃぁ、どこさ行った!? あんましちいせぇっけ、落としちまっただか!? んまぁ、あんだけ頑丈なら平気なんらろーけど……』


 宝物の小石でも落としてしまったかのように地表を探ろうとしたパウロだが……それは無理というものだ。


 体格や高さという問題ではない。すでに“それ”は物体として存在していないからだ。怪物はすでにあるべき所に、仕舞われるべきかごの奥底に……息を殺すようにひそんでしまっている。



 ――――何をしたというわけでもない。ただ単に、怪物が成長しただけで激変した環境。



 渓谷の森林地帯は一部が土砂に埋もれ、威容いようをどうにか保っていた黒岩の宮殿はすっかり傾いてしまった。これではもう、人がまともに生活することなどできはしないであろう。


 地表ではいま土埃つちぼこりおさまりきっておらず、とてもけむたい。土砂や風圧によって宮殿の周囲にある集落はいくらか家屋かおくが崩壊してしまったようだ。


 崩壊した粗末そまつな家屋のかたわら。そこには黒いかたまりが落ちている。


 その黒い塊は黒衣の外套マントであり、それをまとう者が包み込むようにしてうずくまっていた。


「……無事か、リーリア? アルフィースも……大事ないか?」


 カイル=ブローデンが立ち上がる。右の頬には傷と赤みが残っており、立ち上がるだけで体内に骨が軋む音が鳴っている。本人は十分にそのことを自覚できているが……まるでそのような素振りをみせようともしない。


 ただ少しだけ。フラリと傾く。


「カイル様!? これ以上、どうか無理をなさらないで……お願い……」


「心配するなと言っているだろう。これくらいどうってことはッ……ない。というかだな、様をつけるなとあれほど――」


「心配しますよ。どうか心配、させてください……」


「……お前に負担ふたんをかけたくない」


「カイル様。私、は…………」


 カイルはすっかり衰弱すいじゃくしきっていた。かすかにうなりながら大地に片膝をつく。そして、ゆっくりとその場で横になった。


 先ほどの事――手負いの皇子は“宮殿が傾く”という異常事態に直面して即座に反応した。


 傍らにある人と呆然としている少女を両脇に抱きかかえ、骨を軋ませながら斜面となった宮殿の床を滑走かっそう。崩れる宮殿の柱や壁を順次足場にして大地に着地し、そのまま土砂から逃れるために少し離れた家屋の影へと走った。心身がボロボロの状態で無意識にも身体は動いたのであろう。


 衰弱すいじゃくしたカイルは仰向あおむけに脱力する。リアンジェンは再び彼の頭部を太ももにのせて、その傷ついた顔をでている。通常の彼なら例の“少女”が見ている前では強がって起き上がるところだ。しかし、今はそれすらできない。


 少女は――アルフィースはそんなカイルを茶化ちゃかすこともない。今は彼らを護るためにも重大な問題に意識を向ける必要があるからだ。


 そうして注意を向けた先の異変に気がついた。


「あれ、消えた……自分の中に戻したの? でもよかったぁ~、諦めてくれたのね! やったわ、パウロ! あなたの――――あなたのねばり勝ちよ!!」


 安堵あんどして「ホっ」と一息。っすらと輝きながら何かひとり言をつぶやいていたアルフィースだが……その輝きが「フっ」と失われる。


 同時に、そこから少し離れた……いや、高低差含めて数百mはあろうか?


 何処どこか深い、深ぁ~い地中において……。


「あり!? なしたん、真っ暗なったさ!?」


 ……と、はるか地上の光を見上げている“少年”が出現している。それと存在が入れわるように、あれほど雄大だった巨木の怪物は忽然こつぜんとその姿を消した。


 そのことには意識が回らず。ともかく「脅威は消えた」のだと、横たわる青年に近づくアルフィース。近づいてみて、明らかに弱っている青年を間近まぢかにして……少女は無意識に彼の手を握った。


 そして、気勢きせいってみせる。


「…………ゥオォッホホホホ!!! 2人とも、よっくお聞きなさいな!? 私のバウランシアが――私とパウロが、あのずんぐりむっくりした怪物をやっつけましたわ! ま、正確には諦めさせたというか……なんで諦めたのかそれは解らないのだけど……ともかく、勝ちは勝ちよね? そうよ、私のパウロが勝ったの!!」


「……おぉ、そうか。よくやった、めてやろう……」


 目を閉じてはいるものの、カイルがボソボソと応える。


 その様子を見て……アルフィースは握った手に力を込め、皇子に顔を近づけた。そしてなおも声を張る。


「しっかしカイル……あなたってば無茶をしてくれたわね!? いきなり人を抱きかかえて……リーリアが案じるのも当然でしょう? あんなピョンピョンされたら、誰だって心配になるわよ。自分の身も含めてね!!!」


「・・・あ゛、無茶だと?? あんなもの……何が無茶か。オレサマには至って軽い所業しょぎょうだ。そんなことより……いや、そんなことより無茶苦茶なのはキサマ達であろう!? 見よ、アレを!! オレサマの宮殿がご覧の有様ではないか、どうしてくれる!!?」


「な゛っ!? 人が心配してあげているのに……! 確かにあなた達のおうちはあんなんなっちゃったけどね……だって怪物と戦ったのよ!? そりゃ、多少の犠牲は仕方がないでしょう!!」


「心配だと?? このオレサマを――――キサマが?! しかも“してあげている”などと……なめるなよ! いや、というか“多少の犠牲”とはなんだ、“多少”とは!? オレサマの宮殿に対してよくぞそのような言いざまを――」


「だってもう、すでにボロボロだったじゃないの! どうせ半分壊れていたのだから、今更傾いてしまったって、それくらいいいでしょう!?」


「よくないだろうが!? あれでどうやって住めばよいのだ、あんな有様ありさまでは生活などできぬ!! オレサマはともかく、リーリアは到底、安泰あんたいな暮らしを送れない!!!」


「むがっ……! そ、それは……いや、でもほら。私の服を御覧ごらんなさいな? こんなに土だらけになっているのよ、だれのせいかしらね!?」


「キサマのせいであろうが!! キサマらの行いからキサマを救うためにそうなっただけだろう!! これでも精一杯配慮してやったつもりだ、怪我はない…………うむ、かすり傷1つないようだ。ならば良かったではないか、感謝しろ、この横暴おうぼう者!!!」


「んがぁぁぁッ、もうッ!! 弱っていると思ったら、にくらしいほどに頑丈な人ね!! えぇ、良かったわよ。本当に……本当にね!!!」


 アルフィースがあんまりギャァギャァ言うので、やかましい鐘のに刺激されたかのように、カイルはいつの間にか身を起こしていた。


 カイルは先ほど、宮殿が傾くという異常事態に直面して激しく躍動していた。確かにその最中でアルフィースの衣類は汚れたかもしれない。だが、そもそもそうしなければならない状況を生み出したのは誰だ?という話で、それはアルフィースとパウロである。だからまぁ、カイルの言い分に正当性がありそうだが……それはともかく。


 アルフィースとしてはここでどちらが正しいかとか、本当は自分の服のことなどどうでもいいのである。


「ゼェ、ゼェ! こんなにも口うるさくして……よくぞ淑女しゅくじょがどうだのとのたまえるな、キサマ! そのつらの皮の厚さは評価に値するよ、大したものだ!!」


「ハァ、ハァ! そっくりお返しするわよ……そちらこそ何が紳士なのかしら、どこが皇子様なの、コレの?? 絵本に見る皇子様って、全然こんなんじゃないわよ!!」


 土くれの地面に座りこんで“少女アルフィース”は本来の目的も忘れてやかましくしている。


 身体を起こして胡坐あぐらをかいて、“盗賊頭領のカイル”は目線が近い高さになった少女をにらみつけていた。


 マスクで表情は目元しか知れない……だが、どうやら“希薄なリアンジェン”は軽くなった太ももに名残なごりしさを感じているらしい。彼女の白いまゆはしゅんとして下がっている。


 そして「バチバチ」と虫食いのようにくさりを虚空に消失させながら……【暗殺者シャラザール】は砂を舞いあげることもなく、静かにこの場へと着地した。


「……にぎやかね。だけど、衰弱の気配は明らか……これは、好機です!」


 音も無く大地に降り立った暗殺者。背後に降り立ったその存在を察して、皇子はゆっくりと立ち上がろうとする。


 だが、ビリビリと痛む。カイルはそうしたおのが身体に苛立いらだち、膝を殴りつけて無理やりにでも立ち上がった。


「……しつこいな、不逞ふていなる者よ。しかしオレサマは本来、女を殴ることは好かん。今日のところは見逃してやるから……即刻に立ち去れ」


 ふらりと上半身を起こし、衰弱した皇子が両の拳を撃ち合わせた。


「フッフフ、強がりが健気けなげですね。でも、私は知っております……そうして立っているだけでもやっとだとね? この私の姿だってかすんでいるのではありませんか……ねぇ、皇子様??」


 余裕がある。シャラザールは疲労どころかむしろ、先ほどより力がみなぎっているような――“絶好調”といった気配がある。それを隠そうとすらせず、見せびらかすようにして手元で短刀を回して遊んでみせる。


 そして彼女の推察すいさつは正しい。カイルの膝は揺らいでおり、その視界もかすみがかったようで今にも消失しそうなほどだ。撃ち合わせた拳も、大して音を響かせない。


「強がりだと……フンッ、怖気おじけているのはキサマであろう? 御託ごたくを並べていないでさっさと挑んでくるがよい。そこまでえたのならば……相手になってやろう」


「相手になる? 結構です、ご遠慮しますよ。私はあなたなど、どうだっていい。ただ、後ろに座り込んでいるその人をスパっと首から断じられれば……それでよいのです」


「――――戯言ざれごとも、過ぎればとがとなる。今度は容赦なく、その頭蓋を砕いてくれようか」


 膝の揺らぎが止まった。視界はくもっているが、先に立つ女の姿だけはハッキリと捉えている。


 手負いの皇子が握る腕の先。はがねのような拳が熱をびる。


「そうですね……先ほどは少しだけ怖かったです。少しだけ、ですけどね?」


 シャラザールは先ほど……宮殿内部にて、危うく背後から当たりそうだった狂気的な拳を思い起こしている。そうすることで、彼女のフードに隠された表情が赤みを帯びる。


「危なかったですよね。あんなに大袈裟おおげさに飛び退かされて……よくも、あるじ様の前で……とんだ失態です。この私が恐怖でまさか…………ッ、ぜぜ絶対ッ、許さないからッッッ!!!」


 歯ぎしりをしている。言い終えて、シャラザールは倒れた自分の姿と状況を思い浮かべて……悔しさに歯噛みした。少しだけ瞳がうるんでいるようにも思われる。フードの影でほとんど見えないが、声が震えているのでどうにも感情はおだやかではないらしい。


「フンっ……それは悪かったな。オレサマの気迫がそれほど怖かったか? ならば大人おとなげなかったよ、弱き人。だったら児戯じぎはここまでにして……見逃してやる。さぁ、子供は安寧あんねいのある住処すみかに帰るがよい」


 カイルは決して挑発しているわけではない。ただ思ったことを思ったままに、相手を心配して発言しているだけだ。


 ただし、言葉というものは発言者と受け手で意味合いが異なる場合がおう々にして存在する。この場合は“心配”とは真逆のものになったらしい。


「――――何が皇子よ。どうしたって、この国の男は本当に馬鹿ばかりね。ああ、主様を除いてよ? ……いい加減、取りつくろうのも馬鹿らしくなるってものだわ」


 シャラザールはそう言いながら、おもむろに自身の胸元へと手を突っ込んだ。突然ガバッと生地を伸ばしてそうするものだから、カイルの視野は本能的にハッキリとする。


 暗殺者の女は胸元から何かを――どうやら“小瓶にかったナイフ”を取り出したらしい。


「シャルのとっておきです。あなたの特別な人に、特別なサービスをしてさしあげましょう――ねぇ、皇子様?」


 小瓶はシャラザールの手先程度の長さしかなく、太さも指2本程度。そのような中に浸かっているナイフも細いもので……食事用のものに近い形状である。ただし、そこには複雑な図柄のようにみぞり込まれている。


 細身のナイフを小瓶から引き抜き、透明な液体の入った瓶を投げ捨てる。ナイフを一度払うと、無色無臭の液体が刃先から飛び散った。


 飛び散った液体。大地に生えた雑草にしずくが1つぶ当たる。すると、雑草は雫の触れた部位から炭のように黒ずみ、やがてしなびて崩れてしまった。


「私は今、とても爽快そうかいな気分です。彼との特別を終えて、いつもより調子が良い……そしてあなた様は絶不調だ。それでもまだ油断はできませんからね。化け物じみたあなたの妨害を掻いくぐり、“なるべく苦しまずに”あっさりと、その悲しき人をほうむる――――可能でしょう? この子をもちいればかすり傷1つ、たったそれだけで仕舞となる作業です」


「――――フゥ。女よ、覚悟は良いか? キサマはもう、とっくにオレサマの限界の線を踏み越えているぞ」


「あらら無礼でしたか、これは申し訳ない。では言いえましょう――かすり傷1つでも後ろの人がわないように、どうにか私をさまたげてみせなよ。無論、いくらあなたとはいえ、この子で傷を負えばただでは済まない……できるかな? ねぇ、課題に挑むのはどちらかしら、帝国の皇子様ボクちゃん??」


「フッ、減らぬ口だ。その言葉、あの世でいるなよ? この先はわずかにも加減ができぬ状況を作ったキサマが悪いのだからな……」


 戦闘態勢ではあるが、異なる。カイルは右手を下げ、左手を顔の横に置き、軸足を残して片足を引いた。


「そのような玩具がんぐよりオレサマの方が比べようもなく危険であると、身の程を知るがよい……雑兵ざっぺいごときよ/


/全てはあるじ様の為……あと、少しだけ。ちょっとだけの理由はね? 私に……この私に――――はじをかかせてくれた、そのむくいだッッッ!!!」


 ナイフのつか逆手さかてに握り、片手をえて丁寧に刃を構える暗殺者。


 傾いた宮殿からパラパラと物が落下してくる。暗殺者と皇子の狭間はざまを冷たい風が流れていく。


 皇子の広い背の後ろに座り込んでいる希薄な女性。気迫を振りしぼる彼の背中を見ていると、自然と瞳から涙があふれてくる。


 その傍らに座る少女。暗殺者と皇子の間で高まる緊張感を感じ取り、こおるような感覚におびえて何も言えず……ただそれでも、寄り添うように希薄な女性に触れた。それは自身の不安を緩和かんわする為ではない。悲しむ彼女をなぐさめる為でもない。


 心の奥底で大柄な少年の名を呼びながら――せめて代わりとして自分が勇気を出すのだと――護る為に少女は寄り添う。・・・とはいえ、やはり怖いことは怖い。希薄な彼女の手を握りながら、鼓動こどうは速くて涙も出てきそうである。


 だから少女アルフィースはビックリした。


 宮殿から転がり跳ねて間近に落下してきた【白いカバン】。いきなりそんなものが落ちてきたものだから思わず「おわぁっ!?」と少女の悲鳴がた。


 ひと時の膠着こうちゃくにあった暗殺者と皇子。少女の突発的な悲鳴は彼らの膠着を破る、その合図となったらしい。


 不意の声に視線を奪われた皇子。その瞬間を逃すまいと、暗殺者が残像を残して地をすべるように駆ける。



 れた銀の刃が半月の軌跡をえがく/見透かしていたかのように、ねらました蹴り足が迎え撃った。


 互いに一撃、まさに一瞬。



 鮮血せんけつが飛んだ。


 それは森の腐葉土を黒く湿しめらせて――――。






|オレらはモンスター!!|






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