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「オレサマはモンスターなんだよ(18―3/5)」

|オレらはモンスター!!|




 黒岩の宮殿、その大広間……いや、それどころではない。宮殿全域、および周囲の渓谷一帯に異変がしょうじていた。


 ごう々とした地響きをはだに感じる。そこにある誰もが鼓膜こまくの奥に少なからずの違和感を覚えているだろう。


 震源地である大広間は視覚にまで異変をあたえていた。空間に亀裂きれつはしっているかのように“蛇行だこうする黒線”がチラチラ、不規則に消えては出現する光景がある。


 常に微震びしんしているかのような感覚で足元がらぐ。そこにる皇子をのぞいた誰もが姿勢を保つために思わず身をかがめた。


「な、なんねなんね!? 何が起きてんのコリェ!?!?/


/こ、この感覚って…………うわぁ、やっぱりぃ!?!?」


「……そうか、四門しもんだものな。失念していたよ……それはそうか。いや、まずい……か/


/え……あれ? 胸騒ぎはあの人なの? アルちゃんだけじゃなくって、あの人も……?」


 男女4名が見上げている存在。それは4m近い体高がある。


 宮殿の大広間に出現した巨大な異物。それは見たところ太く、ずんぐりむっくりとした……まるで“亀”のような見た目でいかにもにぶそうだ。


 その表面はどうにもスベスベとしているようで、波打つ波紋はもんのように薄茶色の体表に無数の黒い円が広がっては消える周期サイクルを視認できる。


『――――えぇ、そうですとも! 私達は帝都四門が一角……そして、中でも“最硬の怪物”たる我らの“パルスヴェイド”!! これこそ無敵の力というものです!!!』


 巨大な亀のような――怪物――は“動き”というものをみせない。だが、そこから“音”は発せられるらしい。


 この怪物は大きな甲羅こうらを背負っており、全面に分厚ぶあつい板のようなからが備わっている。スベスベとした殻の体表から突き出た頭部はまともに動かせないらしく、手足に関節すらないようだ。よって、まるで陶器の置物かのようにズッシリとしてその場を動かない。せいぜいが鉱石のようなうす灰色はいいろひとみがグルリと動くくらいだ。


 鈍く、見るからに硬そうな怪物。それは動こうともしないが……周囲の人間もまた、“動きがたい”。


「な、なんか……身体さ、肩んとこがかったるい気がすんね? なんなん、これ?」


 パウロ少年が覚える違和感の正体は“重さ”だ。彼は全身に押し付けられるような重圧を感じているのだが、異様に強靭きょうじんであるため「なんか重い」程度で済んでいる。


「あ、あうぅ……ぱ、パウロぉ……」


 その足元でいつくばっている少女の姿がある。パウロは立位を保てているがアルフィースには無理だ。……というより、常人ならば立ってなどいられないほど、この空間には“強い圧力”が生じている。


「あっ…………ぐ、ぐぅぅ…………カイル……様……!」


「リーリアッ!? お、おのれ……キサマ、何をしたッ!!?」


 同じくリアンジェンも立ってなどいられず、彼女の場合は完全にせてしまっている。かたわらで平然とかがんだり立ち上がったりしているカイルは単に強すぎるのであろう。


『これはこれは……“何をした”、ですって? いいえ、何もしていませんよ? そうですね……えて言うなら“私がここに存在してしまった”……とでも言いましょうか。申し訳ないがこのパルスヴェイド。本来の私と違って紳士的な配慮はいりょが難しくて……こうしてここに在るだけでの全てを屈服させてしまうのです。

 ――あぁ、カイル殿下! 多分に無礼とは承知でありますが……こればかりは、どうかご容赦願いたい!』


 【甲羅の怪物[パルスヴェイド]】は口無き顔のどこからか言葉を発しているらしい。正確にはその身体全体から響かせているようだが、くわしくは彼自身も解らない。ただ、存在するだけで他を圧することは確かだ。


 つまりこの怪物は彼の言葉通り、“まだ何もしていない”のにこの状況を作り出しているのである。


 そして甲羅の怪物は動けはしないのかもしれないが……“何もできない”わけではない。


「キサマ……許さん、許さんからな!!!」


 カイルが地を蹴る。驚異きょうい的な跳躍力によって怪物の顔面へと、恐れず殴り掛かろうとする・・・・・というか。


 本来立つことすら困難なこの【超重力の環境】にあって、跳びかかれるというのはどういうことだろう。あまりにも異常だ。


『殿下……アプルーザンの皇子であるあなたは解っておられるはずだ。こうなったらあなたはもう、“詰んでいる”。あまりに強引すぎて好まない手段ですが……いたし方がないのです。どうかお許しください……』


 この時も怪物は何ら行動をしていない。ただ、「そこ」と考えただけだ。


 「そこ」とはカイルの存在する位置であり、怪物の思考にそろえて「そこ」にさらなる異変が生じる。


「――――――ッッッ、ぬぁぁぁ!!?!?」


 カイルは――空中にあった彼の身体は慣性かんせいも何もなく。唐突とうとつに急速落下した。


 強烈な衝撃と共に岩の床に叩きつけられ、うつ伏せの状態。大の字にうつ伏せで身動きできないカイルの周囲、空間に……無数の“黒い亀裂”が明滅めいめつするように発生する。そこから生じる超自然的な重力によって、ミシミシと黒練岩こくれんがんの床がきしむ。


「ッッッ!? ぐ、ぐぐ…………ぐうぉぉぉぉおおお!!!?」


『いや、ご無理をなさるな。これは人の領分りょうぶんをとうに超えた力――如何いかにあなたの血統であっても、これにはあらがえない。このまま“圧”を加えてまいります。意識を喪失そうしつする程度に、少々苦しまれるかと思いますが……どうか、ご容赦ようしゃを……』


「ガッ――――がぁあああッ!! ぐっ、ぐぉぉぉぉお…………ウォオオオオオオオ!!!!!」


 もがこうとも、それすらままならない。指先を動かすことすらきびしい。見えない重りに押しつぶされるように、カイルの身体からミシミシと音が鳴った。


 黒岩の床は割れ始め、カイルは……なんと、カイルの身体が岩の床へと徐々に沈み始めた。つまり、岩の床がカイルの形にくぼんでいるのである。並みの人間ならばとうに前の段階で平べったくなっているであろう。強靭なカイルだからこそ、どうにか人の姿を保てているし、この異常な光景が実現している。


 それだっていくらなんでも限界がある。彼の鋼鉄のような筋骨きんこつが悲鳴を上げるように体内できしむ音を鳴らす。その光景は周囲から見ても痛々しく、岩にめり込む人間という状況が異常さと悲惨ひさんさを如実にょじつにしていた。


「カイル…………カイル様ッ!!!」


「く、くぁ……!? く、来るな……来るなッ、リーリアぁあああ!!!!!」


「――――ッ、うぅぅ、カイル様――――カイル様ッ!!!」


 ズリズリと、這って彼に寄ろうとするリアンジェン。その姿が岩に隠れゆく視界のはしに見えて、カイルはありったけの力で叫んだ。


 彼に近づくほど、その周囲にあるほど。圧力が――“重力”が強まる。それを察しているカイルはどうにか彼女を近づけまいと、朦朧もうろうとする意識で叫び続ける。


 なのに言うことを聞いてくれない。リアンジェンは這いつくばり、身体全体に鋭い痛みを覚えながらも、彼に近づくことをめない。


 近づくといっても、それは本当にゆっくりとしたものだ。岩の床にれ、ひび割れた岩の角で指から血を流しながら。リアンジェンは本当に少しずつ、彼に近づいていく。


 涙が冷たい岩の床を湿しめらせる。希薄な女性は何か運命の終わりを察するかのように、ありったけの力で這いつくばった。


 岩にめり込む男の方も悲惨だが、出血しながら地を這う女の姿も悲壮だ。そうした光景は“美意識”とやらに反していないのだろうか?


『いいえ、だから……だから言ったのです!! こんなの……美しくなんてない。しかし……しかしッ! こうすることが……これが、あなたがたためなのです。語りに済めばどれほど良かったか……強情ごうじょうなあなたが悪いのですよ、カイル殿下!!!』


 甲羅の怪物が語気を強める。そんなものは地を這う2人に届いていないが……彼らの姿が怪物の尊厳そんげんを傷つけているらしい。


 美意識との葛藤かっとうなげく怪物の背後。“っすらと輝く女”がバチバチと、青白い光を右手に生じさせている。そして“呼び出した”鎖鎌くさりがまの先端を半壊している天井てんじょうふちへと投げた。


 縁に引っ掛けた鎖を頼りとして女は素早く壁を駆け上がる。そうして屋根の上にでると、のぞき込むように眼下がんかの景色を眺めた。口元には笑みが隠せていない。


「同感ですよ、あるじ様。この状況、聞き分けない皇子が悪いのです。だからどうか、傷つかないで? ……でも、シャルはそんな甘いあなたも好きですよ」


 ひと段落、といった具合だ。腰を降ろしてだらりと、両足を天井かららす。誰も自分に注目していないことを確認して、【装怪者のシャラザール】はあらためてフードを外した。


 屋上に流れる風を受けた青い頭髪が揺らぐ。垂らしたあしをブラブラとさせて、一息といったところ。暗殺者の少女はすっかり気をゆるめて、皇子が力尽きる様を観賞している。


 ……ただ、どうにも胸騒ぎがある。その原因は不明――正体不明な違和感。しかしこの状況で何があろうかと、自身の絶対的な力への信頼は揺るがない。


 一方、同様の胸騒ぎを他にも感じている人があった。


「か、怪物……! あの人も“装怪者”だったなんて!? そしてこれが……この重い感じが……彼女の、ちから!?」


 少女アルフィースだ。大広間の端、ベッド脇にて屈んでいる彼女は身体の重さに苦しみながらも状況をみ込もうと懸命だ。


「“そうかいしゃ”……それって、めずらしいんじゃねぇのけ? こんなにポッコポコるもんなんかね?」


 その隣で彼女を気遣い、ひざを着いて華奢きゃしゃな身体を支えているパウロ少年。


 彼は“装怪者”なる存在とここ数日で何人か出会ってきた。珍しいと聞いていた存在なのに、どうしたことかとそれが不思議なのであろう。


「い、居ないんじゃない? 私が知るのはこれで5人目だもの……私含めてね!」


「5人・・・あ~~、んだねぇ。アルフィースつぁんとミリスすぁんにフェイつぁん、ほんでリーリアすぁんに、今のあの子らろ??」


「確かに・・・・・ここ最近でそんなに会ったのね。これって、もしかして実は珍しいものじゃないのかな?」


「さぁぁ…………カイルに聞けばわがっかもよ?」


「……そうね。そうするためにも彼を……彼らを助けないと!」


「んだなぁ~。しっかし、カイルがあんなんなってるってことは……オラも厳しいわな。あのでっけのに近づくとオラも地面さベタってなるんらろなぁ」


「……そう、ね。あなたの力だけでは無理だと思うわ。だって、相手は心の怪物だもの」


「んだなぁ、だっけして・・・・・。」


「だっけして、何なのよ・・・・・。」


 少年と少女は黙ったが、お互いになんとなく解っている。


 そう、相手は怪物だ。怪物の力は圧倒的なものであり、人間では到底敵わない脅威きょういである。



 ならば、それに対抗するには――



「……カイル達さ?」


「ええ、今朝けさよね。そしてだいたい20時間……だったかしら」


「……んでもそうらわな。あれからまぁだ、1時間かそこららろ??」


「まだまだ一日近く、彼らは“不可能”なのよね」


「お、オラ達は……」


「確か3日前でしょ。20時間なんて、とうに過ぎているわ……」


「そっか・・・・・・・。」


「そうね・・・・・・・。」


 だから、解っている。2人とも十分に理解しているのである。


 かたわらにあって、互いに目が合ってから……少しだけ離れた。


「――――フゥっ! 他に、何か妙案はあるかしら??」


「い、いぁぁ…………オラはなんも思いつかんね」


「そう、そうですか…………なるほど。マズイことに、私もよ……」


「お、おぅ! んだか、なら……仕方にぃ、な……」


「・・・・・・・。」


「・・・・・・・。」


 また距離がいた。パウロの言葉を受けてアルフィースが背を向けた。なお、そんなことをしている間にもカイルの身体は軋み続けている。


「“仕方ない”、ねぇ……そぅお? そぉーですか、ハァ。」


「えっ?! いぁ、らって仕方にぃろ。他に方法は、ないんらっけよ……」


「もうっ! イヤになるわ……雑な人よね、あなたって本当に!!!」


「あれ!? な、なして怒ってんの?? オラ、オラまたなんか言っちまっただか!?」


「たぶん言ったんじゃないの? こうして私が不機嫌にされたのだから……どうせ解らないでしょうけどね!!」


「え、えぇ……す、すまにぃ。オラってなしてこう、失礼さしちまうんだ? オラ、オラ……アルフィースつぁんさ喜ばしてぇって思っても、怒らせたいなんて絶対ぜってぇ思わないのに……」


「――フンっ。」


「すまんす、アルフィースつぁん。んでも、今はさ……」


「――――“仕方ない”ってのを、訂正して?」


「・・・・・・???」


「なに、首を傾げているの。もっと怒るわよ?」


「え、や、えぇっ!? な、なしてかわかんねっけよ……らっけ、オラ――」


「仕方ないじゃなくってね。その・・・・・あれ? うんと……なんて言わせれば私、気が済むのかしら??」


「あ、アルフィースつぁん?? オラはどうすれば……」


「・・・・・ええいっ、自分で考えなさい!!! 私とその、あれ……するというのならね!! それって仕方ないって……そんな言い様は……私っ、嫌だもの!!!」


「あっ――――そ、そうらな? その、化け物はともかくとしてだな。そうらね……えと……」


「・・・・・・・早くしないとカイルがつぶれてしまうわよ」


「うっ!? お、オラは……オラはッ――――!!」


「うん。オラは…………??」


「お、オラは…………したいと、思います!! あの、アルフィース、つぁんと…………申し訳ねぇんらけど、オラなんか、アレ、こんなんだけど…………すまんす、頼んます!!!」


「・・・・・・・・・・・・はぁ。」


 なんとかひねり出したパウロ少年の言葉。これを受けた少女アルフィースは――。


「まぁ、いいか。スッキリしないけど……頼まれたのなら、仕方ないわね」


 自分が言うのは良いのか。ともかく、アルフィースはそむけていた姿勢を戻して少年と向き合う。


 空間に黒い亀裂がチラチラと明滅している。環境音には男の叫びと怪物の嘆き、女の泣き声が入り混じる。


 身体は重くてまともに姿勢も保てない。同じ空間には、ずんぐりとした不気味な化け物がある…………そんな状況。


 美しさも何もあったものではない。だが、仕方がないのだろう。


 向き直った少女と視線が合って、少年は咄嗟とっさに目を閉じた。頼んでおいて彼は目を閉じ、彼女より動けるのに硬直して微動だにしない様子。


 少女は食いしばるような表情の少年に対して「なんて顔してるのよ」と不満気ではあるが……ちょっと、安心も覚えている。


 もし、彼がいさましくも瞳を開いていたら……硬直してしまったのは自分だったかもしれない、と。


 あり得ない可能性だと思いつつ、「ホっ」としている。


「そのまま“目を閉じていなさい”――――」


「あ、あい……わかりまじだ……!!」


 ガチガチになっている大柄な少年。それに命じても、どの道彼は瞳を開けないであろう。


 ズリズリと、手足で這うように身を寄せて。


 にがい物でも食べたかのような少年の顔を直視して、笑う。


「もう……ちょっと屈んでよ。これ以上私、起き上がれないのよ?」


「はい、屈みます…………どんぞ……!」


「ど、どうぞって――――じ、じゃぁ、いいわね??」


「……! ……! ……!!」


 少年はもう、答える余裕すらないらしい。そして少女もまた、余裕はない。


 大きく呼吸をして、息を整えて……重たい腕を無理にでも動かして、髪型を直す。


 ゆっくりと近づいていく。少女が少年へと顔を近づける。



 緊張で固まっている少年。

 高揚で頬を赤らめる少女。



 彼の顔に……少し傾けて、彼女が顔を寄せた。


 そして――――交わされた、くちびるとくちびる。


 どちらも目を閉じて、しかし今までの何よりも互いを感じて、高さを揃えて……。


「――――。」


「…………。」


「――――。」


「…………。」


「――お、終わったわよ? 送ったから、もう目を開けて、いいわ……」


「うん……あんがとぅね。ほんにオラはいっつも、君に頼ってばかりらわ……」


「…………そうでもないわよ」


「え。そ、そうらか……?」


「ま、もう少しだけでも……頼もしくなってくれると、嬉しいかなって……」


「・・・・・・・うん!! オラ、もっと強くなるし、もっと丁寧ていねいになるし……きっと、もっともっと。君に頼りさしてもらえる男に……なるかんね!!」


 緊張から解放されて、|少年|がはにかんで笑う。


「あら、そう――――フフ♪ 期待しておくわ・・・・・す、少しだけね!?」


 胸をはっている彼の姿を前にして、|少女|が眼を伏せて頬を掻いた。



「 突然何を自信満々に言い出すかと思えば……良い心掛けね、まったく! 」



 ――吸幹きゅうかんの怪物―

    バウランシア ―BOULUNCIA――



『 よっし……よぉっし!! 頑張っぺよ! やるべ、よぉぉぉっし!!! 』






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