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「オレサマはモンスターなんだよ(18―1/5)」

 黒岩くろいわの宮殿近く、森林にもれた集落。小鳥がさえずり、木々の枝葉えだはがさわめく音がよく通る……実に静かな情景じょうけいである。


「?? うっ、うぅ……うん??」


 小鳥にほほを突っつかれて、腐葉土ふようどの上に倒れていた人間が身体を起こした。彼の口には葉っぱが1枚入っており、それはどうやら口を開けて昏倒こんとうしていたかららしい。


 昏倒から目覚めた“男”は「ペッ」と葉っぱを吐き出してから、周囲を見渡す。そして目をパチパチとまたたかせた。


「ここは…………ここは何処どこ、だ?」


 立ち上がる。土をはらうように身なりを確認すると、どうにも随分ずいぶんとみすぼらしい。“先ほどまで着ていた”自慢の一張羅いっちょうらではなく、ボロボロで下着のような薄いシャツが1枚……。


 頭髪がなんだかかゆくて、こうとすると頭部に何かをかぶっていると気が付く。いぶかに異物を外す。


「これは……“バンダナ”か? なんだこれは……こんなもの、持ってたっけ?」


 見慣れないバンダナをつけていたことに少々の不信感を抱く。不信の思いは他ならぬ、自分の“記憶”についてだ。


 彼は知らない。このような“赤いバンダナ”、見たことがない。それは人生のうちに何処かしらで目にしたことはあるかもしれないが……ともかく着けた覚えも、まずもって購入した覚えがない。


 赤いバンダナを呆然と見つめている男。そこに、声がかかる。


「ヨォ……なぁ、ここってドコだろうな??」


 それはキョトンとした表情の男であり、これにはよく見覚えがある。声をかけてきたのは古くからよく見知った“男”だ。しかし……どうにも無精ぶしょうひげが目立つし、服装も不潔そうだ。そのことには違和感しかない。


「お前……お前、珍しいな。あれだけオシャレに気を払うお前が、なんだってそんなボロ着をまとってんだ? それに、その青いバンダナは……??」


「それはお互い様だろう。お前だって、なんだってそんな……髭なんて生やして。さわやかさが売りだと、常々言っているくせによ?」


 男達は顔を向き合わせ、互いに感じた違和感を伝え合う。ノソノソと、そこに他の見知った男が2名、起き上がって寄ってきた。どうやらこの場に4人、そろって昏倒していたらしい。


 この男達はそれぞれに面識がある。しかし、不思議なことに……。


 今現在の自分達のよそおいと状況について、記憶がまるで“ない”。


「それで、ここは何処なんだ? 森の中って……“さっきまで”マルサダンで食事をしていたはずだろう?」


「え……? いやいや、俺達はマルサダンを出て、これからどうするかを話してだな――」


「いやいや、それはもう決まっただろう。取りあえずは中立の街に出向いてだな、何処か傭兵ようへいとしてやとってもらおうって――」


「違うだろぉ!? 俺様の刀が折れたから直してもらおうって……そう決まっただろうが!!」


 会話がちぐはぐとしている。それぞれの認識にズレが生じているらしく、4人の誰もが“見知らぬ”バンダナを取って訝し気にそれを眺めた。


「……何が何だか、だな。ともかく、ここを出よう。森の中でこんな軽装は危ないから……」


「待て待て、みょうだぞ。周りに家のようなものがないか? ……空き家かな。ボロボロだが、どの道手ぶらもなんだろう。何か役立つものでも持っていこうぜ」


「おいおい、なんだよ。俺達は盗賊じゃぁないんだぞ? そこまで身をとしてなるものか。帝国の忠義は捨て去っても、紳士たる誇りは捨て去らないようにしよう!」


「あっ、なんだぁ!? なんか俺様の刀……もう直ってる! やったぁ、でも……なんでだ???」


 困惑しつつ言葉をわしながら。“少なくとも盗賊ではない4人”は不気味な雰囲気のある集落をあとにした。



 そろいの模様もようで、色違いのバンダナをその場に残して――――。






|オレらはモンスター!!|







 黒岩の宮殿。その大広間に突如とつじょとしてき立った巨体。


 “かすみの竜[ミスティック・ドラゴン]”はおぼろ輪郭りんかくにもその巨体を得て、ゆう々と眼下を見下みおしている。2足に立てばここの半壊した天井にほとんど近く――すなわち、10mはあろうかという体躯たいくだ。


 霞の身体は常に流動的であり、霞の戦士に比べていくらか密度が高いらしい。透かして見るにはかなりもやがかかる。時折、霧状の体内で金色の電流が稲妻いなずまのようにほとばしっているのが見えた。


「で、でっけなぁ! ……なんコレ??」


「あ、私知っているわ。これって、“ドラゴン”でしょ? ふるい時代の怪物だから、勇敢ゆうかんな剣士がやっつけるのよ。はて、剣士の名前は何だったかしら……」


「あぁ、カイル……うふふ、楽しそうな顔してる。よかった、気に入る遊び相手を見つけたのね……」


 大広間のはじ。設置されたベッドの脇で巨体を見上げて、もろ々の感想をべる3人。随分とノンビリしたものだが……それは巨体を前に悠々と腕を組む男の姿が、彼らを軽い気持ちにしてくれているのであろう。これが普通ならば、絶望的な光景に思えるはずだ。


 だが、その男の姿を見ていると……どのような脅威きょういが出現しても大丈夫なような気がしてくる。不遜ふそんにしてふて々しいが、このような時は実に頼もしい限りである。


「楽しそう……んだなぁ。カイルさほんにすげぇわ。なのにオラときたら……情けねぇ! いっつも、肝心かんじんな時になんもできねぇ。ほんにオラってやつは……」


 【パウロ少年】はしょんぼりとした。それは疲労や心配によるものではない。目の前で“同等”と実力を認めた男が躍動する姿を見て……大人おとなしくしている自分がくやしいのである。


 歯噛はがみして悔しさをあらわとする少年。その横顔を見上げる【少女アルフィース】は心がなにかモヤモヤとした。


「パウロ、ダメよ。あなたは怪我けがをしているのだから……無理をしてはダメ!」


 口ではそう言うが、本心には別の感情がある。つまり、少年が悔しそうにしている姿を見ているだけの自分がなんとなく気に食わないのであろう。彼が悔しそうだと、どうしてか自分まで悔しさを感じてしまう。


「いぁ、解ってっけどに? んでも、ちっくそぅ……! こん怪我がなぁ……まぁだ治らんって、なしてこんなひ弱なんね、こん身体ぁ! 情けねぇっぺよ!!」


 自戒じかいするように胸を張り、ムムムとしぶい顔をする大柄おおがらな少年。力んだせいで筋肉が隆起りゅうきし、胸に巻かれた包帯がきしんで千切ちぎれ始めた。


「なによ。あなたが情けないなんて……そんなこと、ないもの……」


 少女は思案しあんした。彼のために何かできないかと考える。


 傷を治す/治療する/何かを用いて/どうにか……そういった類の記憶を探る。眼差まなざしは真剣そのものだ。


 そして少女は思い出す。


「――――あっ!? そうだ、“アレ”って使えるのでは?? 確かカバンに……ッ!!」


 思いいたると同時に駆け出した。少女は別段として一言残すわけでもないので、不用意な行動に映りやすい。


「ムムムン……ぬ?? あり、アルフィースつぁん。何処さいくっぺか……??」


 少年は追いかけようとしたが、やっぱりやめて小さな背中を見送った。大人しくしていろと命じられているので……勝手するとまた機嫌を悪くするな、と。自分の意思で残ったのである。


 そのとなりでポヤ~~っと、同じく可憐な背中を見送っている人。この希薄な女性は「元気よね、アルちゃんって。うらやましいな……」と、うれいのある眼差しをしている。


 存在希薄な女性――【リアンジェン】のこぼす言葉は音量が低く、振る舞いもゆったりとして落ち着いたものだ。そうした態度もあってか、彼女は目立ちにくい。人ごみにまぎれればあっという間に見失いかねない……そうした危うさがある。


 だが、どれほど紛れても“彼”ならば気が付くであろう。その常人離れした五感もそうだろうが……何より、彼女のことを一番に考えているからこそだ。


「ム・・・・・あっ、リーリア!? ダメではないか、部屋を出ては……ああ、そうか。装心そうしん後の影響でむしろ調子が良いのだな。しかし、それはほんの一時的なもの、すぐにいつもの調子に落ち着くというのに……まったく! これだから目を離せん。やはりオレサマが付いていないと、そうでないといけないのだよ……フフッ!」


 困ったと言いながら「ニヤリ」、【カイル=ブローデン】は満更まんざらでもない様子だ。理由がどうであれ、(日頃に比べて)元気な様子の彼女を見ると気分が高揚こうようする。見開かれた眼が細まっているのは何よりも気がゆるんでいる証である。


 ただし。彼が余裕を持っているので忘れがちだが……今は“戦闘中”であることに変わりない。


「やれやれ。困ったものだよ、あいつったらまったく……フフフ♪/


/おや、何をほうけていますかねぇ……これは千載せんざい一遇いちぐうですよ!?」


 呆けた青年を見た【かすみのミスティック】が指揮棒を勢いよく振り下ろす。


 カイルは目の前のドラゴンを見ていなかった、意識すらしていなかった。


 まったくの無防備。腕を組んだ姿勢のまま、棒立つカイルに――


「ウッフフ…………アっ。」


 “小細工こざいく”をほどこされた霞の一撃が振り下ろされる。


 巨竜の放った尻尾の一撃。霞の一撃がカイルの頭部・・・というより、その全身をおおいつくすように振り下ろされた。物的な圧力はほとんど皆無だが、これの問題はそこではない。


 ――魔導士ミスティックが生み出す霞の脅威きょうい。それは人の身体を破壊することを目的としない。この特殊極まりないきりの集合体は能動的な勢いをもって生物の頭部を通過した場合に、術士じゅつしいわくの“小細工せいしんかんしょうのうりょく”を発揮する。


 この霧は生物の頭蓋ずがい脳髄のうずいを透過貫通し、直接“精神”にれることができる。


 それはすなわち“意識”/“感情”/“記憶”といった部分に影響を与えることを意味する。言い表せば、「意識を吹き飛ばす」と言ったところか。抽象的ちゅうしょうてき概念への疑似的な物理干渉を人体の電気反応におよぼす影響を利用して実現する細工がほどこされている。


 この原理について“とある”有識者は以下のように語った。


【――人の精神は環状かんじょう(感情)の岩壁がんぺきであり、内部にその人間らしさを包み、たたえている。感情の壁は通常、言葉やストレスなどによって硬度こうどを影響、欠損けっそんさせるものだが……この特殊な霧もまた、それらと同様の効果を発揮する。尚且なおかつ、その破壊力は別格だ。言葉が弓矢の一矢いっしとすれば、霧の一撃はさながら巨大な砲弾である。精神の壁など容易たやすくずれ去ってしまうだろう。

 また、使い手次第で砲弾の色も特性も調整が利くものだ。意識を喪失そうしつさせる? 感情をみだす? もしきは記憶を消し飛ばす? ……イエス、可能である。それに程度や範囲を調節することもできるが……まぁ、この超高等なるじゅつをそこまで繊細せんさいあつかえるものはこの世に1人だけであろう。扱うには相応ふさわしい感性――すなわち、芸術的センスが要求されるのだよ。君は美を知らぬ者に人の心を動かせると思うかね――ン?】


 これの解術かいじゅつに成功したかの高名なる解術士、チャールズ=オルドゼアはかつてそのように答えた。聞いていた記者は「実に良いインタビューだったよ。相変わらず回りくどくって、編集のやり甲斐がいがあるね!」と返していたようだが……。


「――――――――――。」


 力が抜けたようだ。カイル=ブローデンはがっくりと項垂うなだれている。膝は半端に曲がり、背中は丸くなり、口はだらしなく開いている。まるで先ほどまでの“覇気はき”というものがない。


 力なく、ぐったりと立つ青年。無力であろうそれに向けて、紳士たる魔導士が語りかける。


「どうかお許しを、殿下でんか。……いえ、このように謝罪しても“何のことか?”――そうなるでしょう。えぇ、えぇ、お忘れくださいませ! そう、全てを忘れて……これがあなたがたためなのです。想いすら忘れてしまえば……全てが平穏に戻る。せめて、何も彼女を手にかけることはないのだから……」


 ミスティックの表情にはかげりがある。それは目上の存在に対して無礼を働いたことによる紳士たる精神への罪悪感……ではない。


 単に1人の人間として、美しきものを好む創造者として――。悲劇を自ら作り出してしまったことへの自己嫌悪である。何よりも美を好むというのならば……彼らの想いを消し去ることに嫌悪を抱かないはずがない。


 顔をそむけた魔導士と項垂うなだれた皇子。そして、それまでの一部始終を目撃していた少年と少女達――。


「えっ、なしたん?? カイルさあのでっけぇやつの尻尾でパンチもらったんか?? んでも吹っ飛んでもねーし……なのになして、あいつあんなぐったりしてんの???」


「そうね……でも、何か変だわ。さっきからそうだけど、この霧……何かイヤな感じがする。“触れちゃダメ”だって、そんな感じがするの……だから、カイル??」


 パウロはなんとなく違和感を覚えた。そしてアルフィースはぼんやりとしながら、されど実感をもつほどの不安を覚えている。


「……カイル? カイルが、あの方が……あんなにも…………“感情”が? こんなのあの時以来、です……」


 見慣れた人の見慣れぬ気配。少年少女の隣にある希薄な女性は……ここではない、しんに栄えた宮殿の大広間を思い浮かべていた。


 あんな彼の姿こころはこれまで一度しか見たことがない。そう、それは立派で荘厳そうごんな大広間にて――――。


「―――――――。」


「殿下、おむかえにあがりました。この見慣れぬ景色にさぞ戸惑とまどいがあることでしょう……しかし、事情は道中に説明いたします。まずは王宮へと戻りまして……陛下へいかがお待ちかねですよ?」


 魔導士がブーツの底を鳴らして歩み寄る。ミスティックは皇子の身を案じて彼の身体を支えた。瞬発的な記憶の喪失は精神に強い負荷ふかを与え、大抵の場合は気絶・昏倒にいたるからである。


「――――――ミスティックよ……」


 項垂うなだれ、力なき口からはよだれれている。どうやら一時的に飛んでいたらしい意識が戻ったようだ。カイルはボソリと、つぶやくように言葉を零す。


 その瞳から流れた一筋ひとすじの涙が落ち、皇子の頬を伝う。


 皇子の涙に……おそらく記憶の断末魔であろうそのしずくにミスティックは胸を痛めた。


「皇子よ…………あぁ、私のことをご存知ですか? これは光栄に御座います。えぇ、えぇ、このミスティック! 帝国の任を受けてあなた様をお迎えにあがりました。ささ、ご案内いたしましょう。我が術にて即座、お送りいたします。まずは気を楽にしていただきまして、どうか身をゆだねて――」


 できることならば別の道を――なぜ運命というものはこうも残酷ざんこくに――このような時、神に祈る人らならばどのようにこの悲劇をとらえるのか――そのようなことを考えると悲痛な想いがある。


 大切な人と過ごした時間、大切な人を想う気持ち。それら全ての記憶を失うということは……一体、どれほどに哀しい事実であろうか。


「ああ、知っているよ。“ついさっき”、大仰おおぎょうな自己紹介をしていただろう……」


「ハハハ、なるほど。確かに私は先ほど口上をぎんじましたが……しかし、それほど大仰でしたかね??」


 そうは思っても任務は任務。この魔導士ミスティックとしては2人の美しい感情も壊しがたいものだったが、それよりも優先しなければならない数多あまたの人々の未来という輝きがある。それを護ることこそが彼の抱く、2番目に重要な信念なのであろう。


 力なき皇子に寄りい、金色こんじきの光を両手にめぐらせる魔導士。


 想いはともかくとして、あとはこの青年を連れ帰れば責務は達成となる。


「大仰だっただろうが。不躾ぶしつけに押し入って高々と……なぁ、そうだろう?」


「あぁ、そうですね。ついさっきとは……なるほど! ハハハ、私がこの広間にいたった時のことでし……た…………ん?」


 言葉の途中でミスティックは硬直した。途端とたんに背筋がこごえて心臓が痛むような感覚がある。それはひどい“おびえ”のせいだと、瞬時に自己解析した。


 そして受け入れがたい事実に強い衝撃を受け、精神魔導士はよろめいた。


「ば……馬鹿、な…………!」


「知っているさ、全て。無論、忘れるものかよ……いいか? 絶対にオレサマはアイツを――――“失わない”」


 魔導士をにらみつけるは見開かれている。眼光は鋭く、瞳には力がみなぎっているようだ。項垂うなだれている身体から、ほとばしるかのような熱量を感じる。空気が揺らいでいるかのように、周囲の気配けはい尋常じんじょうではない。


 これまでよりも、先ほどよりも……カイル=ブローデンの身体は沸騰ふっとうするかのように体温を上昇させている。それは彼の感情も同様らしい。


「キサマ……霞のミスティックよ。我が精神から一体、何をほうむり去ろうとしたのだ? なぁ、申してみよ」


「…………いや、あり得ない。有り得ないんだ、それは……理屈に合わない」


「なんたる罪か……途方とほうもなく深いとがである。たとえ不可能なことであっても、断じて許される狼藉ろうぜきではない……違うか?」


「いやいやいや、だからそんなはずはないんだ!! これまでだって、どれほど強情な人だって……1つ当たれば吹き飛んだ、“忘れたんだ”!! しかも、霧深きドラゴンの一撃ですよ!? これほどに濃い魔素まそ干渉を受けて……精神が揺らがないなんて!? そんなことはどんな人間にだって、有り得ない!!! 世界のことわりはんしている!!!」


「この心にある怒り……これをどうしてくれようか? この心にある最愛を、その“想い”を……消し去ろうとしたこの郎党ろうとうをッ、どのようにしてくれよう??」


 皇子カイルは静かに立ち上がった。き上がる感情とは裏腹にその動きはとてもゆるやかだ。あたかも力をめ込んでいるかのように……。


「そそ、それもあり得ない!!! 少なくとも、精神に亀裂的な負荷は与えたはずです!? 身体を起こせるなんて、そんな――――そんな馬鹿なことはないッ!!!」


 黒衣の青年が身体を起こし、見下げている。その表情は険相けんそうであるが、いつものことではない。


 いつも以上に――鋼鉄のように硬い歯がきしむほど――食いしばってりきんでいる。


 つまり、この怪物的な皇子は完全に“怒っている”。


「血であがなえ。この心をしずめるにはそれしかない。我が血統の領分りょうぶんにてさばきを下そう――――キサマは私刑しけいとして、オレサマが直々に罰を与えてやる」


「う、うそっ……だ。こんなの嘘です……だって、間違っているもの。こんなの、絶対…………あってはならない現実なんで――――ッスウアァ!!??」


 黒の生地きじに黄金の輝きがほとばしる。力強く、爪を立てるように開かれたてのひらが魔導士の顔面をつかんだ。掴まれた頭部は軋み、接触の衝撃によって銀の片眼鏡モノクルが吹き飛ぶ。


 人間1人の頭部を掴んだまま。それを身体ごと空中に持ち上げて、振り回すように3回転。黄金に輝く虚空こくうに描かれる。


「その命をもって贖うがよい!!! この世から消え失せろッ――――無礼者ォォォッッッ!!!!!!」


 魔導士の身体は綿めんで作られた人形かのように軽々と宙をめぐり、そして十分な加速をもって“投擲とうてき”された。


 凄まじい速度によって彼の身体は垂直に伸び、長弓から放たれた矢のごとく、宮殿の岩壁へと突き刺さるように激突。


 そして響き渡るのは「パン」と弾ける音。半壊した屋根の下、影の中で青い光が瞬間にともった。



「フゥゥゥゥ…………ええいっ、鬱陶うっとうしいな、本当に!!! 名の通り霞かキサマ!!!」


 カイルが激高げっこうする。怒りが収まらない様子の皇子は八つ当たりに床を何度か踏みくだいた。睨みつけている視線の先にはかがんで片眼鏡を拾い上げている男の姿がある。


「グッ、オォォ……あ、頭が……間一髪かんいっぱつでしたね。しかし……ひ、ヒビくらいは入ったかも? それほどに痛い……痛みますよ、ぐぅぅ……!! だ、だがこれも現実。現状を受け入れねば…………現象の解析は後ですッ!!!」


 ミスティックは眼鏡を装着するのもつらい様子だ。フラフラと頭部を押さえてうめいている。


「――――ほぅ、いよいよ危機ですね? あるじ様、どうかご命令を……」


 耳元で声が聞こえた。“女”はそっと、ささやき以外の音もなく……かざりが多い男の前に立つ。


 フードの下でしんとしてある瞳は冷たく、無表情にも確かな“意志”を……えたぎるような圧力を放つ皇子に向けている。


「……いや。シャル君、まだまだですよ? 私には奥の手だって、まだあるのです……!」


「へぇ、あるじ様……奥の手って、だってそれはまずいでしょう。あの少年達まで巻き込むのですか? 彼らは盗賊のようにも見えませんし……というか、何故ここにいるのかサッパリですけど」


「そ、それは…………いや、霞の竜がまだ健在です!! まだ、終劇ではないッ!!!」


「・・・汗をぬぐって差し上げましょうか?」


「いや……ああ、それは頼もうか。フゥっ――――しかし! 多少取り乱しましたが……見ていたまえ。私は帝国の指定魔導士なんだ。その期待と責務を、軽んじるわけにはいかないのだよ!!」


 指揮棒を振り上げる魔導士。それに応じて霞の竜はきりの息を吐き出し、息からは新たに無数の戦士が出現した。


 くらくらと、立位不安定な様子で前にあゆむ魔導士。


 その背中をじぃっと。半目はんめに眺める女……。


「どうやら主様はムキになっておられる、冷静ではありませんね。ならばここは私がなんとかしなくては……!」


 あるじに聞こえぬ声でボソボソと、彼女はつぶやいた。


 言葉がき消えるのと同じく。影へと紛れるように姿を隠しながら……。



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