「オラはモンスター(4)」
ある山奥の閑散とした村において。村の歴史に残るような大事件が発生した。
これまで最大の事件であった「トマソン夫婦別居騒動」はランク2位に格下げとなり、今日に生じた「大巨人現る!!市場壊滅事件!!」こそが村の歴史上もっとも騒がしかった出来事と相成ったのである。
ほとんどの村人にとってそれは「市場を建て直すのが面倒だっぺ」という出来事に過ぎなかった。……とは言え、他の文化とほぼ断絶状態にある彼らは建物だって手作業にて造り上げるので、それはそれで本当に面倒な事なのである。
だが、村の外れに住まうスローデン家の人々に限って言うと、それこそ生活が一変する出来事となった。具体的には「子育ての終焉」である。
「なんて!? 今、なんつったべや!?」
崩壊した市場の中央で何やらもめている男女。
パウロ少年と、この日彼が家に連れ込んだ少女アルフィースはなんとも対極な姿勢で言葉を交わしている。つまり、腕を組んで見下している少女の足元で正座している少年が何かを訴えている光景がそこにあった。
「だ~~からね。あなたは私と行動を共にしないといけないの。ほら、さっき誓ったでしょ? “なんでもする”って!」
「言ったけども……言ったけんどもぉ!? そらオラに出来る範囲でってことで、そげな“今日、この時から村を出る”なんて話すは――」
パウロ少年は大いに狼狽えているようだ。それは当然のことだろう。
誰だって何の前振りもなく「今日、故郷を出立なさい」と命じられたら「えっ?」となる。しかもそれを当然のことのように出会ったばかりの人に言われては……素直に恭順というわけにはいかない。
「あら何よ、前言撤回? 有言不実行? 男らしくないじゃない……私のくちびるまで奪っておいてさ」
「なばっ!? や、ややや、くつびるって!? あ、ありぇはその……だってオラだって夢か現実か解んねようなことだっけして――」
「……まぁ、いいわ。どうせあなたはすでに私の下僕。命令すれば嫌でも――」
「 ――――お゛ら゛っ!!!!! 」
「「あひぃっ!?」」
それは不意のことであった。言い争う2人の流れに割り込んだ、巨岩の如き一喝。思わず揃って悲鳴を上げた2人であったが……パウロにとってその喝は聞きなれたものである。
怯えた様子で同じ方向を見る少年と少女。そこには隆々(りゅうりゅう)とした肉体を誇る成人男性が気合の入った険相でギロリと睨みを利かせていた。それはパウロのおっとぅ(父)である。
「聞いたぞ、パウロ。そう、お前ぇは今日15回目の誕生日だったな……」
「はぁ?? おっとぅ(父)、おめさん今頃何を言って――」
「パウロ。俺はお前たちの深い事情は知らんがな……1つだけ、ハッキリとこの目で見て、聞いたことがある! お前ぇ、その娘とき、きき……オホンッ、ンン! ・・・き、キッス(小声)をしたべやな??」
「・・・・・。」
死んだふりをしていたはずの父は思った以上にしたたかだった。実際のところ、息子が女子を家に連れ込んだ辺りから相当気にしていたのだと思われる。それを抱きかかえて来た様を見て、父は父なりに“我が子の巣立ち”を勝手に感じていたのであろう。
「なら、もう何も言うでね。男の鉄則はもう、今更確認する必要もねぇだろう……さて、そこのお嬢さん。よろしければお名前を聞かせてくれませんか?」
「イッ!? わわ、わ私は……誇り高きセイデンのアルフィース! ……です」
「おお、それはなるほど……不出来な我が子ですが、どうぞよろしくお願い致します」
「・・・はぇ???」
膝に手を置き、父が少女に頭を下げる。大人の男が厳ついた表情を向けてきているので、アルフィースは萎縮して後ずさりした。
「そして我が子パウロよ。跡取りであるからにはいずれ戻っては欲しいが……どうしてもとは言わん。何よりも、彼女のことを考え、そして何があっても護り通せ」
「で、でもおっとぅ(父)……やっぱいきなし過ぎんべ? 何事も準備ってもんが――」
「馬鹿このっ!? いきなしだっていいらろ、人生一度っきりでねが、チャンスを活かせ!!!」
「チャ、チャンスって?? れ、れもそんなん言うたって……ほら、オラまだガキんちょなんらし――」
突然とした父の言動に息子は困惑を隠せない。それもそうだろう、いきなり何の予兆もなしに“巣立ち”を宣告されたら誰だって戸惑う。
切っ掛けとなっている少女も少女だが、この父親こそ何をそんなに躍起になっているのであろうか。
「・・・・・ええいっ、グジグジとうるしぇぇぇい!!! 言うて解らんならっ……こうするしかねぇっぺや!!!!!」
「あっ!? ちょちょちょ、待って!!?」
業を煮やしたパウロの父は強硬手段に打って出た。巨漢の彼はそれと同じくらい立派に育った我が子の腰元へと強烈なタックルをかまし、体勢を崩した息子の両足をつかんで空中で振り回した。
「おらぁっ!! 達者でッ……やれやぁぁあああああ!!!!!!!」
そして数回転の後。遠心力に乗せた勢いのままに我が子パウロを大空へと解き放ったのである。
「ホッ、ホンゲェェェェェ――――!?!?!?」
「あわわわ……せ、せっかくの私の付き人が……!!」
青空に煌めき、流星の如く森林へと落下し、枝葉の破裂音と共に土ぼこりが舞い上がる。少女が少年の命を案じるのは当然である。むしろこれで生きてたらおかしい。
「ふんっとに、やれやれ…………さてさて、お嬢さん。アルフィースさん?」
「あにゃぁっ!? ひゃ、ひゃいぃ?!」
それはともかくとして。パウロの父はキリッと態度を真面目にした。まるで息子のことなど案じていないのは彼らスローデン家の者なら当然のことである。
パウロの父は少女に向き合い、そして真摯に語る。
「息子があなたにそぐわないようでしたら、どうぞ送り返してもらって構いません。……かのセイデンと言えば可憐なる花園が高名でしたかな。風雅を好むであろうあなたに、どうか我が子が無礼をはたらかないことを祈っております……」
「────!?」
「・・・ではでは、着弾点を見失わない内にどうかお気をつけて……さぁぁって!! 一仕事終えたっけ、まんず酒でもかっ喰らって……カカァに話すんはそん後でもいいっぺよぉ!? ワァッハハハハ、めでたい!! 実にめでたいねぇ!!?」
肩の荷が下りたかのように晴れやかな笑顔。パウロの父はアルフィースに手を振ると、背を向けて崩壊した市場を歩き始めた。店舗が壊れて尚、商品を整理して酒の売買に応じる村人の逞しさは素晴らしい。
(セイデンの花園を知っているなんて……こんな辺境の村の人が……??)
少女アルフィースはしばらく呆気にとられていたが……ともかく。
せっかく見つけた下僕とはぐれてはマズい、と慌てて山林へと駆け入った。薄紅色の汚れたドレスは一層に汚れてしまうだろうが、背に腹は代えられない。
そしてしばらくして……。
やっと見つけたパウロはうつむけの姿勢で地面にめり込んでおり、「これはダメかもしれない」と少年に別の意味での旅立ちを予感したアルフィース。だがしかし、パウロは案外と簡単に起き上がってワンワンと声を上げて泣き始めた。どうやら元気な様子である。
パウロ少年は少ししてから気を取り直すと「情けない姿を見せた」と土下座し、そのうえで村に帰るわけにはいかなくなった悲しみによってしょげ返った。少女は「まぁ元気出しなさいよ。私と一緒だから、光栄でいいじゃない!」などと一応はなぐさめていたらしい。
……こうして、何はともあれ。
パウロ少年はこの日、ヤットコ村を旅立った。それは決して晴れやかものではなかったが、強引に泥臭い旅立ちこそ彼には似合っているのかもしれない。
パウロの父は千鳥足での帰路最中、振り返って空を見上げた。その広大な空の下には山と林しか存在しない……なんてことはない。
「言葉で言ってもどうせ解んねろ……らっけ、自分の目で見るんだわ。そうすっと、お前ぇの見分は広がるし、きっと世界も変わる――――俺はこの村に落ち着いたが、お前はどうだろうな? いつか酒飲めるくらいに成長したら顔を見せに来い。その時を楽しみにしてるぜ? 旅の話を肴に……飲み交わそうぞ、我が息子よ……!!」
父は常々(つねづね)考えていた。機会があればぶっ飛ばしてでも冒険させてやろうと思っていた。
それがこの日、偶然にも機会を得て……そして叶ったのである。
酔いも回って赤ら顔な父はまったく転びもせずに山道を戻り、そして自宅の扉の先で待ち構えていた鬼の形相を前にして一転、青ざめる。
“ こ゛ら゛っ!!! ”
気合の入った声がスローデン家から轟いた。拳骨が頭蓋を撃った「ゴチン!!」とした音が夕刻の空に響き渡る。
丘高い窓から見える景色は広大な山林。稜線に沈みゆく太陽。朱い空。
朱き陽が、深緑の世界に色濃い影を作っていく――――。
|オレらはモンスター!! 第一章 ~旅立つ者達~ END|
~次回予告~
な~んも無い村から旅立ったパウロ少年。背中の未知なる感触に恐怖を覚えながら辿り着いたのは“町”なる集落であった。
「家と家が近けーーーっ!?」
見るもの全てが珍しい少年はともかくとして、少女アルフィースにとってはそこもヤットコ村と大差はない。
テンション格差が如実に牙を剥く中、重大なトラブル「金が無い」が発覚する!
果たして、パウロとアルフィースは野宿を避けられるのか?? それぞれ別々の意味で世間知らずの彼らに、安全な旅など可能なのであろうか!?
『なにしてんのあんたら……キャンプファイヤー?? マジ、あり得ねぇわ……』
そして出会う「2人」と「2人」。彼らの正体とは、一体――――ッ!?!?
次回、「オレらはモンスター!!」
『 斬光の怪物、ピラース 』
愛する者に想いを託されし時。
隻腕の守護者が、深淵に誓いの灯を放つ――。